ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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……なんか日間ランキングに載ってた。
でも凄い勢いでお気に入りが増えたわけじゃないし、感想がバンバン来てるわけでもない。
なんだろう、違和感が凄い。
今更だけどハーメルンのランキングの仕組みってどうなってるんだっけ?


同居人からの依頼

 寝ている。一体どれくらいの間そうしていたかは分からないが、それを自覚したオレは奥底に沈んでいた意識を無理矢理引っ張り上げる。そうして目を覚ましたそこは、異質としか表現しようのない空間だった。

 

 上下左右全てが脈動する濃いピンク色の壁に囲まれ、空間全体には張り巡らせたかのような粘糸が無数に広がっている。無重力空間にあるかのようなぷかぷかと浮かぶ赤黒い液状の球体がいくつも見られ、まるで何かの生物の体内にも思える奇妙な空間。そんな場所にオレはいた。

 

 不思議な空間だった。初めて来たというのに何度も来たことがあるような、ずっとここにいたかのような、それでも初めて来たと思える。矛盾した感覚だとは分かってる。でもそうとしかこの感情を言い表せなかった。不自然なまでに落ち着いている心に違和感を覚えつつも、オレは辺りを見渡そうとする。

 

 そこで気づいた。

 

「……」

(体が動かな……なに?)

 

 声が出なかった。いつものように喋ろうと思っているのに声が出せない。というよりも、口が脳の命令を一切無視して動かなかったのだ。しかも動かせないのは口だけじゃない。手も足も、指先の1つに至るまでオレの身体機能は停止していた。唯一動かせる箇所といえば眼球くらいのもの。呼吸は……しているかどうかさえ分からない。

 

 何が起こったのか、いつからこうであったのか、何も分からないままオレは全身の動きを封じられていた。オレに今出来ることがあるとすれば、この奇妙な空間で立ち尽くす。ただそれだけ。

 

「……」

(体を動かすのは無理っと……うん、気もまったくコントロールできない。この様子じゃあ魔法も魔術も無理っぽいな。どこにいるのかも分からないから助けも呼べないし、もしかして今相当ヤバいか? 八重樫達は無事か?)

 

 記憶に問題はない。オレはハジメ達と【ハルツィナ大迷宮】の攻略中、罠……というよりも意図的なワープ地点の魔法陣に転移させられた。あの時見た魔法陣には単純な転移としての機能しかなかったから、転移させられた先で何かがあったことは確実。

 

 それが何であるかを覚えていない以上解決策は浮かばないが、何か手がかりはないかと思案する。そんな時だった。

 

「――ようやく、目が覚めましたか」

 

 前方の暗がりから微かな足音が近づいて来ると共に、1つの人影が歩いてこちらへ歩いてきているのが見えた。暗さのせいではっきりとは見えなかったその人影は、こちらに近づくにつれどこからか覗き込む光に照らされ、その姿を見せる。

 

 一瞬、その姿を目にしたオレは驚愕のあまり思考を飛ばした。

 

「いやぁ、ハラハラしました。解放者の魔法に無理矢理介入したからですね。貴方の意識が想定よりも深く沈んでしまいました。申し訳ありません」

 

 現れたのは、1人の少女だった。年はオレと同じくらいだろう。碧眼の瞳に腰まで伸びた茶髪のロングヘア―。身に着けている純白のドレスは黄金の装飾で飾られており、貴族や王族といったあからさまな高貴さを漂わせている。

 

 しかし何よりも気になるのはその容姿。

 

 知らないはずがない。その姿は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()をしていたのだから。

 

「……」

(おまえは……)

「あれ、喋れないんですか? あちゃぁ、もしかしてどこかで調整、失敗しましたかね。私、そういうとこあるんですよね。あ、でも大丈夫です。私と貴方はある意味一心同体、思考の共有くらい簡単です」

 

 証拠も根拠もないけど、オレは勘でなんとなく理解した。彼女が何者かは分からない。でも、今目の前にいるこの少女こそ、この姿(オレ)の元となった人物だと。

 

「おっと……でも時間もそう長くはありませんので、単刀直入に言わせていただきます」

 

 まるで親しい友人に語りかけるように親しげに彼女は話すと、オレの目をじっと見つめ、真面目な表情に切り替えてから告げた。

 

「風磨仁さん。貴方にはこの【ハルツィナ大迷宮】に封印された"悪"を倒してもらいます」

 

 

 

 

 

 

 いきなり『悪を倒せ』などという補足説明があまりにない命令に、呆然としたオレを見て……この状況を作り出した元凶である少女は口元に手を当ててクスリと微笑んだ。

 

 何気ない仕草だが、そんなところからも、どこか気品さが感じられる。それだけでも、オレがこれまで出会った王族や貴族とはレベルの違う高貴な人物なのだと改めて思い知らされる。

 

 それはそれとして、現状が意味不明過ぎる。いきなりこんなよく分からないところに連れ込まれ、体の動きを封じられて、なんの説明もないまま誰かも分からない相手を倒せと命じられたのだ。オレは不服であることを示すようにジト目で目の前の少女を見つめる。

 

「あはは、やっぱりそうなりますよね。オスカーさんから『まず結論から伝えることが大切』とは教わりましたが、やはり間違ってました。ご安心を。時間もないので質問は遠慮させてもらいますけど、順序立てて説明します。……と、その前に、ここでは貴方が落ち着かないでしょうし、場所を変えますか」

 

 オレの訴えが通じた――というよりは、オレの考えを見透かしているような少女はそう言って指をパチンッと鳴らす。

 

 瞬間、周囲の景色がガラッと入れ替わった。そこは、先程までの生物の体内のような場所じゃない。もはや懐かしさすら感じられる近代的な建物の中であり、その一室には数多くの机と椅子が並べられている。忘れるはずもない。オレ達がトータスに来る前まで通っていた学校の教室だ。人気こそないものの、それを断言できないわけがない。

 

 加えて、少女の服装も変わっていた。オレ達が通っていた高校の女子用制服。この世界に来た時に八重樫達も着ていたアレだ。それと、これは憶測だが、多分オレも同じ格好をしてる。さっきから妙に足がスース―するから恐らくスカートでも履いてるんだろう。なんか凄く嫌だし、確認もしたくない。

 

「……」

(これは、幻覚か何かか?)

「当たらずとも遠からず、といったところですね。私が介入したとはいえ、この世界は"理想"を魅せる夢の世界。ただ望むだけで、いくらでも姿は変わります」

「……」

("夢"……と来たか。ってことは、これもおまえの魔法か何かか?)

「え? ああいや、違いますよ。これは大迷宮そのものに仕組まれた試練の1つです。私はただその魔法に干渉し、私自身の意識を割り込ませただけですよ。貴方に分かりやすいように言うと、魔法版のハッキング、といったところですね」

「……」

(試練……か。てことは、やっぱりここはまだ大迷宮の中なのか。まだよく状況が掴めないんだが……)

「安心してください。ちゃんと説明します。ですがその前に1つ確認を……」

 

 オレは一言も喋っていないにも関わらず、こちらの意図を寸分の狂いもなく読み取る少女。大方、心でも読んでいるのだろう。夢の世界に割り込めるぐらいなんだから、そのくらいできてもおかしくない。

 

 少女は床を爪先で2度叩くと、足元に波紋が広がりその体をフワリと浮かび上がらせる。そして、そのまま滑るように空中をスライドして教室の前方まで移動すると、黒板の前に置かれた教卓の上に腰を下ろして再びこちらに顔を向けた。

 

「貴方は今、私のことをどこまで理解してますか。賢い貴方のことです。ある程度の推測くらいは出来てるんでしょう?」

 

 教卓に座りながら脚をブラブラとさせる彼女の問いに、オレは即答することができず目を閉じて思案する。

 

 彼女とは初対面だ。こうして面と向かい合い、初めて言葉を交わした。だが同時に彼女の言う通り、オレは彼女が何者であるかにもある程度の推測はついていた。

 

 今のオレの姿は、人間であった頃の風磨仁のものではなく、本来の肉体の持ち主である魔人ブウのものでもない。一切の記憶にない第3者。この変化はただの偶然で済ませていいものじゃない。だからこそ、オレはこの姿の原型となった人物がいる。そう考えていた。

 

 過去、ブウによって吸収、またはお菓子にされて食べられた何者かが、未だ消化されずに肉体の内で生き続け、その肉体情報がオレの吸収をきっかけに容姿として表に現れた。ありえない話ではない。問題はそれが"誰か"であるが、状況的に考えてそれは目の前にいるこの少女のことだと思っていい。

 

 更にそこで、じゃあこの少女は誰なのかという問いが生まれてくるが、もうヒントは手に入れた。確信はないが想像くらいはできる。

 

「……」

(多少……はな。でも確証はない。せいぜい"そうかもしれない"くらいの認識だ)

「なるほど、なるほど。そこまで分かってれば十分ですね。でしたら、今更私も自己紹介するつもりはありません」

「……」

(いや、そこはちゃんとして欲しいんだが? さっき言ったろ、確証はないって)

「問題ありませんよ。分かってるんでしょう? 私と貴方は同じ肉体を共有する仲、こちらから貴方の記憶や思考を読み取る程度造作もありません。ですから私からはこう返しましょう。『その予測は間違っていないと』……これでよろしいですね?」

「……」

(……まあ、それならいいけどよ。悪かった、話を進めてくれ)

 

 これまで頭の隅に引っかかっていた悩みをこうもあっさり答えを提示され、どこかスッキリとしない感覚を感じながらもオレは話の続きを促した。随分と余裕そうに見えるが、目の前の少女が焦りを隠しているのがバレバレだったからだ。

 

 本音では、この少女に問いただしたいことは山ほどある。でもそれは、"今"、"どうしても"聞かなければならないことでもない。こうして会話が可能な以上、また話せる機会は訪れるだろう。ならば今は、彼女の事情を優先させた方がいい。

 

 聞き入れる体勢に移ったオレへ、彼女がまず語ったのは、オレが陥っている現状についてだった。

 

 彼女の話によれば、今オレは夢を見ている状態なのだという。あの時、ハジメ達と共に魔法陣によって転移させられたが、思った通り何も仕掛けがないわけじゃなかった。転移後に飛ばされた空間に仕掛けてあったトラップによって、オレ達全員、意識を夢の中に幽閉されたとのことだ。

 

 オレ達がまんまと引っかかったトラップは別に苦痛を浴びせるとかそういう類のものじゃない。むしろその逆、ただただ幸せな夢を見せる。たったそれだけ。しかしそれは、だからこそ絶大な効果を発揮するだろう。

 

 対象の"もし、こうだったら"という"理想世界"を夢という形で実現させるその魔法には、夢の世界を拒絶すれば脱出可能という簡単な非常口が存在する。しかし、一体それを出来る人間が何人いるだろうか。

 

 現実の辛さを身をもって理解し、現状に満足していない者にとって、"理想"は夢であっても手放しがたい。最悪の場合、それが夢であると理解しておきながら、目覚めることを拒絶する者も出てくるはずだ。それほどまでに、"理想"という誘惑は強烈すぎる。

 

 事実、現実では今のところ、ハジメ以外誰1人として夢の世界から帰ってこれずにいるらしい。

 

 そこまで説明を聞けば、分かりきっていたことだが1つの矛盾が浮かび上がってくる。あの場にいた全員が理想世界に捕らわれていると彼女は語ったが、どう考えても今のオレの現状にそれは当てはまっていない。この世界が夢であるということは認めよう。だが、オレの望む世界は先程までいた奇妙な空間でも、こんな人気のない教室でもない。

 

 この世界がオレの理想と大きな差異が生じている時点で、大迷宮の魔法が正しく機能されていないのは明らかだった。

 

 その疑問に対し、彼女はこう返す。

 

「あー……そうですよね。本当なら……ふふっ、今頃貴方は愛しの彼女と一緒に世界中をハチャメチャに大冒険してました。最初は私も手を出すつもりはなかったんですよ。面白そうですし……ですが、見逃せないイレギュラーが起きました。こうして反則的なやり方を使ってまで貴方と話せる時間を作ったのはそのためです」

 

 オレ本来の理想世界については置いておくとして、彼女はオレと話をするためだけに大迷宮の魔法をハッキングし、無理矢理オレの理想世界に割り込んだという。そのため、彼女はこの世界を思いのままに操ることができる。それがオレだけが理想世界から逃れられている真相だった。

 

 とはいえ、なんのデメリットもなくそんな芸当ができるはずもない。彼女が他人の魔法を乗っ取ったことによりバグが生じ、オレが夢の世界へと落ちるまで時間がかかってしまい。加えて、オレが夢を受け入れも拒絶もしていないという大迷宮のコンセプトぶち壊しな状況に、大迷宮側もどう判断してよいのか分からず、肉体の方が勝手に目覚めようとしてるらしい。

 

 『時間がない』とはそういう意味だった。オレが体をまともに動かせない理由も多分それが原因だという。ちなみに、それで試練突破判定をもらえるか不安だったのだが、そこに関しては彼女が大迷宮の方を誤魔化してくれるという。随分と思い切った不正だ。

 

「……」

(ふぅん。で、それがどう『悪を倒せ』なんて話に繋がるんだ?)

「それは貴方も分かってるでしょう。気づいたはずです。あの邪悪な気配に……」

「……」

(っ……やっぱりそれか……)

 

 オレの脳裏に、大迷宮に転移させられる直前、一瞬だけ感じ取れた気のことが過る。どこからかは分からないが、一瞬だけ感じられたあまりにも強大かつ邪悪な気。あれはもう強いとか弱いとかそういう次元で語れるものじゃない。

 

 トータスで比べる相手すらいない強さを誇る魔人ブウ。その肉体を持ったオレが、本能的に『勝てない』と恐怖してしまった。それほどの気だったのだ。

 

 勘違いであればどれほど良かったか、その気から善性をひとかけらでも感じることができてればどれだけ安堵したことか。しかし、目の前の少女は認めがたい現実を前に冷や汗をかくオレに事実を突きつける。

 

「話は、神代の時代まで遡ります。まだ魔人ブウも解放者達も健在していたほどの昔……当時のこの地域に恐ろしい怪物が現れました。奴によって、たったの数日で何十という国が地図から消え、数えられない程の命が散ることとなりました」

「……」

(そのくらいオレでも出来るが……神は何もしなかったのか? あいつはクズだが、自分の玩具が他人に壊されるのは気に入らないって考えるタイプだろ?)

「ええ、最終的に怪物は、神の裁きによって倒されました」

「……」

(へぇ、やるじゃ――)

「――歴史上の話では」

「……」

(おっと?)

 

 少女は、とても悔しそうに血が出そうなほど強く拳を握り締めながら、歯を食いしばる。オレは出会ったばかりの彼女についてよく知らない。だがそれでも、彼女が神に対して強い怒りを抱いていることはその仕草から理解する。少女は、一度深呼吸をしてから話を続けた。

 

「真実は違います。神は貴方の言う通り怪物を好ましくは思ってませんでした。ですが、あの怪物の強さは全盛期の魔人ブウに匹敵します。太刀打ちなんてできません。そこで貴重な戦力のブウさんを失うわけにもいかなかった神は、なんの躊躇いもなく人間達を見捨てる決断をしました」

「……」

(うわぁ……クズだぁ。曲がりなりにも神のしていいことじゃないだろ。ん? でもそれなら怪物はどうしたんだ。今この世界が無事ってことはなんとかなったんだろ?)

「当時の私は世間知らずで、神が怪物を倒したという歴史が嘘だとは分かってたんですが、真実は知りませんでした。でも、私達と共にこの肉体に共存するもう1人、解放者オスカー・オルクス。彼が真の歴史を教えてくれました」

 

 少女は、教卓の上から飛び降りると、今度は窓の方へと歩いて近づき、寂しそうに外を眺める。

 

「怪物は倒されたのではありません。オスカーさんと同じ解放者のリューティリス・ハルツィナによって、この【ハルツィナ大迷宮】に封印されたんです。詳しい事情については、オスカーさんも知らないようでしたが、それだけは間違いないと言ってました」

「……」

(封印……か。まあ有効な手だな。それなら実力差があってもひっくり返せる)

 

 封印は、弱者が勝者に対抗しうる数少ない手の1つだ。あのブウだって、神による封印に逆らうことができずに長期間【オルクス大迷宮】の底に閉じ込められてきたんだ。どんな封印を施したかは知らないが、リューティリスの判断は間違ってはいないだろう。

 

「――しかし、私達は油断してました。永遠に続く封印なんて存在しません。魔法とは時が経つに連れ効果を薄めるもの。ブウさんの封印とは違い、定期的に調整をしていない封印などいずれ内側から破られてしまうに決まってます」

「……」

(おい、それってまさか……"そういうこと"か?)

「はい。そう遠くない未来、恐らくは1年もしない内に怪物は復活するでしょう。あの邪気はその兆候に過ぎません」

 

 そこまで聞き、オレは彼女が何を望んでいるのかようやく理解した。というかここまで説明されて、分からない方がおかしいだろう。窓の外へ向けていた視線を外した少女は、こちらに顔を向けるとゆっくり近づいて来る。

 

「貴方と時を同じくして、私もあの邪気を感じ取りました。あれは封印の綻びから漏れ出た怪物の気に違いありません。以前より薄まっていても、あの邪悪さは忘れもしません」

 

 少女はオレの目の前で立ち止まり、緊迫した様子でこちらをまっすぐと見つめる。可愛らしい少女だというのに、随分と威厳がある。多分、オレより年上だろうな。

 

「だからお願いします、仁さん。怪物が完全な状態で復活を遂げる前に封印されている場所を見つけ出し、奴を倒してください! この時代で奴を倒せるのはブウさんの肉体を持つ貴方しかいないんです!」

 

 話はそうして最初に戻り、彼女は頭を下げた。

 

 理解はできる。話を聞く限りその怪物は放置すれば世界を好き勝手にぶっ壊す。今この状況で倒さなければこの先に倒せる機会はない。最適な判断だ。リスクを背負う価値もある。

 

 納得はできた。彼女の言う通り、怪物がブウに匹敵する強さを持つのなら、それに対抗できるのは魔人ブウ――つまり今のオレしかいない。もしハジメ達であってもどうしようもない相手だ。この依頼はオレにしか頼めないし、達成もできない。

 

 それでも、"勝てる"かどうかは話が別だ。

 

 気が薄まってると言ってたが、それでもオレが本能的に負けを認めてしまうような強大な気だ。全盛期のブウならまだしも、今のオレはブウの実力、その半分も引き出せてない。このまま彼女が言う"怪物"と戦えば、間違いなく負けるのはオレ。それこそ無駄死にだ。

 

「……」

(その依頼……受けてやりたい。でも、今のオレじゃあダメだ。オレの力じゃまだ足りない)

「……ええ、ええ、分かってます。貴方がまだブウさんの力を引き出しきれないことは……ですので! 今回はちょっとした裏技を使います!」

「……」

(裏技?)

「私が持つ権限で制限されてるブウさんの力を解放するんです。今の弱体化した奴であれば、それだけでも倒せるはずですよ」

「……」

(……は? なんだそれオレ知らないぞ)

「お忘れですか? 貴方は一度経験してるはずです。思い出してください。【グリューエン大火山】でオスカーさんが貴方に手を貸したあの時のことを……」

「……」

(【グリューエン大火山】?…………ぁ!)

 

 少し昔のことで頭から抜けていたが、オレはその時のことを記憶の棚から引っ張り出す。マグマの巨人と戦い、死にかけた?(実は結構余裕あった)オレの前に現れたオスカーの幻影?の力によってあの時オレは謎の超強化を遂げてマグマの巨人を一方的にぶちのめした。

 

 今の今まで本当に忘れてたが、あの上昇幅で強くなれば、あの邪悪な気が相手でも"何とかなる"可能性は確かにある。

 

 だがそもそも、あれは一体何なのか。そんな疑問を心の内で呟きながらオレは顔を上げた少女を見つめる。すると案の定、こちらの意図を汲み取ってくれた。

 

「私とオスカー・オルクス。そして魔人ブウの3人はこの肉体の源とも呼べる力を分割して抑えています。割合でいえば、私とオスカーさんが2割づつ。ブウさんが残りの6割を担当してる感じですね」

 

 ブウの力の源。初めて聞いた話だ。確かにオレはこの肉体になって以降、何かに力をセーブされるような感覚を何度か味わっていた。てっきり、人格がオレになった影響で生じた障害なのだとばかり思ってたが。

 

「これも全て仁さん、貴方を守るためなんですよ。貴方が肉体の制御権を奪ったことは私達の誰もが想定してなかった自体です。驚きましたよ。ちょっと不思議な男の子がブウさんの肉体を乗っ取るだなんて……でも、それがよくなかった」

 

 あの時、やっぱり人格としてオレが表に出てきたのは彼女達からしても想定外な事態だったらしく、彼女は「あの時は本当にびっくりしました」と疲れたように胸を撫でおろす。

 

「ブウさんの肉体には、意識とは別に本能とも呼べる意思が宿ってます。ブウさん程の強さと魂があれば、そのくらい簡単に抑え込めるんですが、あの時の貴方はその条件を満たしていませんでした。弱体化した肉体とはいえ、放置しておけば本能は人格を形成し、貴方という人格を塗りつぶして、やがて"()()"を満たすためだけに行動するようになってたはずです」

「……」

(お、おう……マジか。全然知らなかった)

「当然です! そうならないために私達が全力で力に制限をかけてたのんですから。いくらなんでも理性完全に捨てて本能のままに世界滅ぼすブウさんとか最悪過ぎます!」

 

 少女は苛立ち気味にオレへと告げる。というか、本当に危ないところだったのだろう。もしかしたらオスカーの命懸けの計画が無駄になるところだったのだから。

 

「とりあえず、そんな最悪な未来を回避するために私とオスカーさんは、ブウさんにも協力してもらって肉体の調整を行いました。貴方の故郷風に言うならメンテというやつですね」

「……」

(ああ、終わると始まるアレな)

「まあ、ちょっと私の趣味で見た目変えたりもしましたが……調整自体は上手くいきました」

「……」

(……ん? ちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが……この姿になった元凶っておまえなの! 男のオレをこんな見た目にするとか正気か!?)

「べ、別にちょっとくらいはいいじゃないですか。男の()ですよ、最高ですよね! ぜひ私のことはお姉ちゃんと!」

「……」

(呼ばねーよ! もういいからさっさと話を戻せ)

 

 サラッと重大な真実が出てきたものの、オレはグッと堪えてお姉ちゃん呼びを拒否されて滅茶苦茶残念がってる彼女に話の続きを促す。そこで落ち着きを取り戻したのだろう。彼女は「コホンッ」と一度咳払いすると、話を再開する。

 

「とまあ……そんなことがあって今貴方の力は私達が制限しています。ただこのままにしておくと、逆に貴方がいつまで経ってもブウさんの力を引き出せなくなってしまうので、相応の力と精神力を身に着けた時、この制限を解放しようと私達の中では話し合っていました」

 

 それが【グリューエン大火山】のあの時なのかと、一瞬思いはしたが、彼女はそうではないと首を左右に振るう。

 

「オスカーさんは、貴方が危ないからと私達の静止を聞かずに勝手に力の制限を解放したんです。結果的には良い方向に傾いたものの、一歩間違えれば貴方の人格が消えてたかもしれないんですよ。まあ、今そのことはいいです。オスカーさんには罰として、ブウさんのディープキス刑を与えましたから」

「……」

(おおう、罰がえぐい……)

「ただし、今回は状況が違います。あのマグマの巨人であれば制限された力を解放しなくとも、貴方が最初から本気で戦ってれば容易に勝てた相手です。でも奴は違う。今のままでは歯が立たず、負ければ世界が終わる。なんとしても、ここで絶対に勝たなければならない。これはそういう戦いです。私も危険だからと出し惜しみしてる場合ではないと判断しました」

「……」

(だからその、制限された力ってのを解放してオレを強化するってわけか?)

「そうです。可能ならブウさんが制限している力も解放するべきなんでしょうが、流石にそれは貴方への負担が大きすぎます。私が管理してる分だけでも適合できるか怪しいのに、それ以上の力の制限を解いてはもはやただの自殺行為ですよ」

 

 つまり、彼女が言いたい事はこうだ。

 

 この【ハルツィナ大迷宮】には神代に封印されたブウレベルの怪物が未だに健在していて、その復活が近い。だから現状トータスにおいて最強のオレに怪物を倒して欲しい。でも今のままじゃ勝てないから暴走する危険性のある力を解放するけど、絶対に暴走はするな。こんなところだろう。

 

 状況は悪い。勝たなければ、オレが死ぬだけではすまない。八重樫やハジメ、他にもオレが知ってる奴らも含めた世界そのものが終わる。多分そうなれば神の野郎も死ぬだろうが、それをハッピーエンドと捉えるのはダメだ。

 

 それに今はハジメ達という足手纏いも連れてる。あいつらが近くにいる状態で全力で戦える自信がオレにはない。

 

 もっと最悪なのはそんなデメリットばかりの依頼にも関わらず、避けて通る道すらオレには用意されてないってことだ。話の怪物が近い内に復活する以上、戦いは避けられない。そして確実に倒すためならまだ万全じゃない今叩いた方がまだマシだ。

 

 少しの間、目を閉じて思案していたオレは思いっきりため息を吐く。そして目の前で不安そうにこちらを伺うオレと瓜二つの少女を見つめ返した。

 

「――分かった。その依頼、受けてやる」

「あ、貴方……喋れるように……」

 

 先程まではどうやっても出ることのなかった声が口から飛び出す。きっと現実での体が目覚めようとしているのだろう。オレは一瞬動揺するも、口を開き続ける。

 

「というより、そもそも断る選択肢なんてないだろ。失敗したとしても今死ぬか後で死ぬかの差だ。だったら勝率の高い時に挑んだ方がいい。……ふっ。要するに世界を救えってだけだろ? いいぜ、最高だ。神をぶち殺す前の称号としてこれ以上に相応しいものはない」

「そう……ありがとうございます、仁さん」

 

 やがて、オレの体からは光の粒子が溢れ出し始め、体が透け始めた。目覚めの進行と見ていい。返答を聞いた彼女は消えかけるオレへと向け、寂しそうな表情を一瞬見せるも、「もう言いたいことは言ったから大丈夫です」と笑顔に変えた。

 

「……2つ、聞きたい」

 

 そんな彼女へ、最後にオレは問いかける。

 

 オレが彼女に聞きたいこと、そんなこと山程ある。だがそれを全て聞いている時間はない。今絶対に知っておかなければならない2つに絞り、オレは問いかける。

 

「あの人……魔人ブウは、肉体を勝手に奪ったオレを恨んでるか?」

 

 あの運命の日。偶然であったとしても、オレはブウの肉体の奪った。オスカーや目の前の彼女とはこうして話す機会が訪れたものの、未だにブウの声はオレには届いていない。

 

 オレはブウに感謝してる。あの人のおかげでオレは生きながらえ、あの人の力を得たからこそここまで生きてこれた。だから本当に子供のような感情なのだが、『自分が気に入ってい人に嫌われたくない』という感情から、ついそんなことを聞いてしまった。

 

「はい? あはは、そんなことありませんよ。確かに最初の方はイライラしてましたけど、今は貴方のことをとても気に入ってます。いつでも肉体の制御権を取り戻せるのに、そのままにしてるのがその証拠ですよ。むしろ今では、貴方の人生を映画感覚でポップコーン片手に楽しんでるくらいです」

「そ、そうなのか? それなら良かった……」

 

 きっと彼女達はオレの現在や過去をいつでも知れるんだろう。だとしても映画感覚で楽しむのはどうかと思うのだが、ひとまずはブウに恨まれているわけではないと知り安堵する。ぶっちゃけ、オレはこの体になって1番強く感じていた罪悪感がそれだ。だからこそ、その不安が杞憂だと知り正直滅茶苦茶嬉しかった。

 

 その時、オレの体から溢れ出る光の粒子の勢いが増し、肉体がさらに透け始めた。安心なんかしてる場合ではなかったと、オレは焦って次の疑問を問いかける。

 

「あんたが言ってた怪物。そいつの名前を教えてくれ。これから殺し合う相手だ。名前ぐらいは知っておきたい」

「え、そんなこと気にするんです? 貴方も貴方もやっぱり不思議な方ですね。でも、そんなことでしたらいくらでも答えますよ」

 

 彼女からしてみれば、今から倒す怪物の名前なんて知る意味が分からないんだろう。実際のところ、名前なんて聞いたところで意味はない。それも相手は今から殺しに行く怪物なのだ。はっきり言えば無駄だ。だがこれからオレが戦うであろう敵は、これまで戦った相手とは比べ物にもならない強敵。

 

 例えそれが悪であったとしても、それほどの強者の名を知らないのは()()()()。つい、オレはそんなことを考えてしまった。

 

「神代の世を地獄へと変えた"悪の化身"。数多くの亜人を滅ぼした"厄災の化身G"。2つ名は数あれど、当時の人々は奴をその特徴的な口癖からこう呼びました――」

 

 そして、表情を緊迫したものへと変えた少女はこちらをまっすぐと見つめ、その名を告げた。

 

「――ジャネンバ

 

 その言葉を最後に、オレの視界は溢れ出した光の粒子に完全に包まれ、意識は現実世界へと浮上していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ハルツィナ大迷宮】内部に作られたドーム状の空間。そこには現在、10人の人影があった。そしてその中の4人が、長方形型で透明感のある黄褐色の異物に閉じ込められている。その姿は、まるで琥珀(アンバー)の中に閉じ込められた太古の生物のようにも思えた。

 

 ここは試練の場。挑戦者が望む理想に限りなく近い世界を夢として見せ、仮初の世界へと誘惑する何よりも幸福で残酷な罠。魔物の気配はなく、命の危険もない。夢の世界から脱出できなければ自死することすら許されないそこは、ある意味地獄よりも地獄だろう。さしずめ、琥珀は棺桶といった所だ。

 

 大迷宮の最深部を目指して進んでいたハジメ達は、転移魔法陣によってそんな場所へと転移されていた。そして転移直後、例外なく全員がその意識を理想世界へと幽閉されたのがほんの3時間以上前のこと。

 

 最初に理想世界から脱出を果たしたのは……ハジメだった。

 

 恋人であるユエ、自分を好いたシアやティオ、香織。加えて仁を筆頭に多くの友人達と共に過ごす幸福な日本での生活。その溺れるような理想に最初こそ囚われそうになっていたハジメだったが、違和感のある記憶と偽物のユエに気づき、脱出条件を達成したにも関わらず必要以上に理想世界を破壊して彼は現実へ戻ってきた。

 

 そんなハジメに続くように、ユエがシアがティオが、やや遅れて香織が理想世界からの脱出に成功。そして雫も多少の遅れはあったものの夢から現実に戻ってこれた。残されたのは光輝、龍太郎、鈴……そして仁のみ。

 

「……なんでお前が()()なんだよ」

 

 ハジメが苛立ち気味に呟く。ハジメは目覚めた時、仁が未だに琥珀に捕らわれていた事実に驚愕した。南雲ハジメは風磨仁の精神的な異常さをよく理解している。どんな状況であろとも自分を崩さず、疑わず、他人を疑いつつも信じ、正しさよりも感情を優先する。そんな不安定ながらも確かな精神性を持った仁が、自分ですら脱出できた"紛い物の世界"などに囚われることはありえない。その確信がハジメにはあった。

 

 しかしその期待に反し、ハジメが目覚めてから3時間が経過した今も、仁は未だに琥珀に閉じ込められたまま目覚めていない。自分が親友と認める男がこの程度であるはずがないと、ハジメは自分自身が心の内に抱く感情を振り払うように己へ言い聞かせる。

 

「南雲君。焦る必要はないわ。仁のことだからただ遊んでるだけよ。きっとすぐに戻ってくるはず……」

「ああ、そうだな」

 

 苛立ちを隠そうともしないハジメに背後から声がかかる。振り向くとそこには、トレードマークのポニーテールを揺らす少女の姿があった。唯一、ハジメレディーズを除いて理想世界からの脱出を成し遂げた雫だ。口では大丈夫だと強く言っているが、どこか不安気な視線を琥珀に捕らわれた仁へ向けていることをハジメは見逃さない。

 

(さっさと戻って来いよ、仁。女を待たせる男は最低だぞ)

 

 未だ眠り続ける親友へ心の中で忠告し、ハジメは捕らわれた仁から視線を雫へと移す。

 

「それよりも、八重樫の方は大丈夫か? さっきまでユエ達にさんざん弄られてたみたいだが」

「うぐっ…………べ、別に大丈夫よ。というか、分かってたなら助けてくれても良かったんじゃない? 恋人の暴走を正すのは彼氏の役割でしょ」

「あれは暴走でもなんでもなくお前の自滅だろ。助ける理由がない。それにユエと八重樫だったら、俺は悩むことなくユエに味方する。当たり前だろ?」

「っ~~~……落ち着け。落ち着くのよ私。この女たらしクソ野郎にはいつか天罰が下るはず……」

「天罰って……神はあのエヒトだぞ?」

「ううっ……」

 

 唐突に話題を変えたハジメの発言に、雫は先程までの自分を思い出し、目を背け屈辱に歯を食いしばる。

 

 雫が理想世界から戻ってきたのは、今より1時間程前のことだった。それについては大した問題ではない。せいぜい香織に抱き着かれて百合の花が舞い広がっていたくらいのものだ。雫にとっての地獄はその後。

 

 興味本位でハジメにどんな夢を見たのかと問われた雫は咄嗟に黙秘権を行使した。ハジメ達は知らないことだが、八重樫雫とは周りの抱く印象とは大きく異なり、女子小学生と同レベルの可愛らしい理想を胸に抱いている。ならば当然、理想世界も『そういう世界』となるだろう。

 

 要するに、恥ずかしくて言いたくなかったのだ。

 

 しかし、この場にはそれを察してスルーしてくれる心優しいメンバーなんていない。きっと面白いことが起きると直感で判断したハジメの女達は、あの手この手で雫から夢の内容を聞き出そうとした。

 

 中でも、ユエとティオは文字通り生きている長さが違う。多対1に加え、人生経験豊富な者が2人も揃い、雫は寝起きで思考が鈍っている。そんな状態では敗北は必須。必死に抵抗した雫であったが、最終的には夢の内容を自白するよう誘導されてしまった。

 

 雫の見た夢。それは案の定少女染みた可愛らしいものだった。お姫様となった雫が王族として不自由を課せられて生き、強制的に結婚までさせられそうになった所を突如としてやってきた王子様が結婚式ごと無茶苦茶にして解放してくれるという……どこかの姫様がモデルにも思える随分とメルヘンな理想。

 

 ここまでならば、凄く恥ずかしい程度で済んだことだろう。だが問題はその配役にある。

 

 まあお分かりだろう。王子様役が仁だったのだ。

 

 ある意味そうだろうなと納得していたメンバーだったが、それを知らない雫は顔を真っ赤にして羞恥に悶えた。異性として見ていないと宣言までした昔からの幼馴染が、夢の中に理想の王子様として現れただなんて、誰かにバレたら黒歴史ものだと。しかし、そんな乙女の秘密にも恋バナの波動を感じたユエ達はズカズカと入りこんでいく。

 

 結果、雫はしばらくの間ハジメ達とは言葉を交わさないくらいには拗ねた。

 

 今でこそ少し落ち着いているものの、勇者パーティー唯一のマトモ枠である雫にまた拗ねられでもしたら面倒だと、ハジメは言葉を選んで会話を続ける。しかし元よりハジメはただのオタク。いくら豹変したとはいえ、そのコミュニケーション能力に改善は見られない。というより悪化していた。

 

 当たり前のように雫の地雷を踏みかけるハジメが、『何か変なこと言ったか?』と首を傾げた――その時だった。ガラスに罅が入るような、ピキッという音が小さく響いた。

 

「「っ……!」」

 

 ハジメと雫は咄嗟に、音の発生源へと顔を向ける。

 

 そこにあるのは未だ囚われ続ける仁の姿。しかし、仁を体を覆っていた琥珀には、目に見える大きな亀裂が生じていた。そして次の瞬間、呆然とするハジメと雫を置いて、琥珀の中で眠り続けていた仁が目を見開いた。

 

 直後、仁を中心に衝撃波と閃光が発生し、琥珀が内側から砕け散った。

 

 至近距離でそれを受けたハジメと雫は勿論、少し離れた位置で異常を察したユエが一瞬で張った障壁に守られたメンバーも眩い光に視界が眩む。

 

「……ふぅ」

 

 やがて閃光は落ち着き、再び視界を取り戻したハジメ達の前に、彼はいた。

 

「よっ、おはよ!」

 

 琥珀の拘束から逃れ、片手を上げて何事もなかったかのように気軽に挨拶してくる仁だ。

 

「お前なぁ……もうちょっと落ち着いて出られなかったのかよ……」

「悪い悪い。なんか目が覚めたら体が全然動かなくてよ。ちょっと力入れたらこうなっちまった」

「仁、大丈夫? 怪我とかは……」

「あるわけないし、あってもすぐに治るぞ? まったく八重樫は心配症だな。安心しろ。むしろオレは絶好調だ」

 

 相変わらずの仁に、ハジメと雫は揃って安堵の息を零す。理想世界から帰ってくるのが遅かったため、口ではああ言っていたものの2人共内心ではとても仁を心配していたのだ。そんなこと気にした様子もなく、仁は鈍った身体を解すように首を曲げてポキポキと音を鳴らす。

 

「体は特に問題なしっと……。(中身)の方も……うん、大丈夫だ。歪んでるが壊れてない。これぐらいならなんとでもなる。さて、それじゃあパワーの方はっと……」

 

 体をペタペタと触ったり、胸に手を当てて深呼吸したりする仁は、虚空へと向けて軽く指を縦に振るう。その瞬間、突風が勢いよく走り遠くに見える壁が縦に引き裂かれた。

 

「な……」

「え……」

「ほぉ、悪くない」

 

 裂けた壁を唖然とした様子でハジメと雫は見つめる。今仁がやったことは、なんらおかしなことではない。ただ気を纏わせた指を振った。ただそれだけ。それだけの動作で、物理的な衝撃を与える斬撃を生み出したのだ。

 

 それを理解できてしまったからこそ、ハジメも雫も驚きを隠せない。動いただけで衝撃が発生する。それはもはや災害のようなものだ。勿論、仁ならばその程度の手加減など造作もないのだが、それが異常であることに変わりはない。

 

「仁、貴方もしかして……前より強くなったんじゃない?」

「ああ、大分強いぞ。多分神くらいなら余裕で殺せる」

「そう言われると神が急にしょうもない存在に思えてきたな。……というか、お前何があった。いくらなんでもそこまでチートじゃなかったろ」

「あ、やっぱ気になる?」

 

 ちょうどそこへ、ハジメ達の後ろから様子を窺っていたいたユエ達が女子トークを中断して合流する。先程、仁が琥珀を破壊した際に生じた衝撃波を正面から浴びた彼女達の顔にはあからさまな不満の色が見て取れた。

 

「いいよ、教えてやる。これはおまえらも知っておくべき情報だ。なんせ、世界の危機だしなあ?」

 

 

 

 

 

 

 仁は語った。夢の世界で何があったのかを。

 

 夢の世界にてある過去の人物と遭遇したこと。この大迷宮には神代の時代にて世界を滅茶苦茶にした怪物が封印されていること。そして自分がその討伐を依頼され、それに必要な力を解放され飛躍的なパワーアップを遂げたこと。

 

 それらを伝えてくれた彼女のことだけはぼかし、仁は夢の世界で起きた詳細に伝えた。

 

「……ジャネンバ。昔、聞いたことはある」

「ふむ、妾も噂だけであれば耳にしたことがあるぞ。真実であるかは定かではないが、その怪物によって亜人族は大きく数を減らしたともいう。今更その名を聞くことになるとも思わなかったがのう」

「亜人族を……」

 

 最初に反応を示したのは、ユエとティオだった。2人はこの世界でも数少ない神代の時代を知る生き証人。一切の関わりがなかったのだとしても、彼女達はその名に聞き覚えがあった。

 

「ユエとティオが知ってるっていうなら、その話にも信憑性があるな」

「え……ねえ、なんで皆当たり前のように仁君の話受け入れてるの? 夢の世界ハッキングされたとかおかしいよね? 普通そこから気にならない?」

「はぁ……皆、香織の言う通りよ。いくら仁がおかしいからって、そのまま『おかしいから』って結論づけて考えることを放棄するのはよくないわ」

「やっぱりそうだよね! おかしいの私じゃないよね! もうマトモなのは雫ちゃんだけだよ~!」

「ええ、まず考えなきゃいけないのは、仁の言う怪物をどう倒すかよね?」

「……違う。違うんだよ雫ちゃん。もう何歩も戻ってから考えよ、ね? お願いだから雫ちゃんまでそっち側に行かないで……」

 

 この場においての唯一のマトモ枠、香織が乾いた笑みを浮かべながら雫に縋りつく。しかし彼女はとっくに『仁ならそういう事もある』という思考に染まりきっている。残念ながら、他の勇者パーティーがスヤスヤタイムな以上、ツッコミ担当は香織だけだ。

 

「……で、お前はどうしたい? 俺としては普通に無視して進もうと思うが?」

 

 ほとんど一方通行なやり取りを繰り返す雫と香織に呆れたハジメは視線をずらして仁へ問いかける。ハジメからしてみれば、そのような厄ネタに積極的に首をツッコむ理由はなく、メリットもない。この世界のために命を懸ける気なんてさらさらないハジメは、最悪ユエ達を連れて故郷に逃げればいいと本気で考えていた。

 

 告げられた問いに対して、仁は間髪いれずに答える。ハジメの想像していた通りの返答を。

 

「もっちろん。見つけ出してぶっ飛ばす。オレの性格知ってんなら分かってんだろ?」

 

 一字一句とはいかないものの、想定通りの返答にハジメは大きくため息を吐いた。頼りになり、その優しさで自分を何度も救ってくれた親友()ならば、そう言うであろうと分かっていた。だが今はその優しさに呆れてしまう。

 

「はぁ……だろうな。仁ならそう言うと思った。まあいい、お前がやりたいなら止めねぇよ。ただなあ、そこまで言うんなら勿論勝てるんだろうな?」

「さあ、まあ勝率6割ってところじゃね。まっ、なんとかなるだろ」

「チッ……ってことは、相手はマジもんの化け物か。まったく、ちょっと寝てる間に問題事抱えて戻ってきやがって……」

 

 苛立ち気にハジメが舌打ちする。勝率6割と仁は言うが、それは逆にあの仁が4割の確率で負けることを意味する。決して侮っていたわけじゃないが、敵の強大さを仁を指標に測り知り、ハジメは自身に敵はいないと思っていた頃の事を思いだす。

 

「安心しろよ、戦うのはオレだ。おまえらはもし奴と遭遇したらすぐに逃げてくれればいい」

「そういうわけにもいかねぇだろうが。お前1人残して俺が逃げられるか」

「そうよ仁、あまり私達を見くびらないで……」

 

 ハジメも雫も自分達が仁に比べて圧倒的に弱いことぐらい分かっている。それでも、2人は仁の「逃げていい」という言葉に間もおかずNOと返した。仲間を大切に想う雫は勿論、ハジメにも友を置いて逃げる非情さはなかった。もしそうであったなら、彼は未だに嫌う檜山のような者と同じになってしまう。

 

 それに、ハジメが真の意味で非情であったならば、今彼の隣にユエはいなかっただろう、

 

「まったく、おまえらは真面目だな。まあ、それを決断するにはまだ時間はある。あとで応相談といこう。それよりも……」

 

 ハジメと雫の言葉に嬉しそうな、困ったような複雑な表情を浮かべた仁は、話を後回しにし、視線を移す。その先には、未だ琥珀に囚われ眠り続ける光輝、龍太郎、鈴の姿。

 

「とりあえず、あの寝坊助共が起きるの待ってようぜ」

 

 自分のような複雑な事情がないにも関わらず、夢の世界から戻ってこない3人を見て、仁はそう提案した。

 

 

 

 

 

 

 それから更に数時間、食事でも取りながら光輝達が解放されるのを待ってはいたのだが、結局誰も出てくることはなかった。

 

「そろそろ助けた方がいいかもな……」

「……ん、確かに」

「ですね。……区切りつけないとキリないですし」

 

 ハジメが琥珀を見つめながら、遂に光輝達の強制脱出を切り出す。ユエとシアも、そろそろ仕方ないかと同意を示した。光輝達の必死さを誰より知っている香織はもう少しだけ待つよう懇願しようともしたが、後ろから肩を掴んだ雫が無言で首を横に振った様子を見て言葉に出すことを諦める。

 

 ユエやシア、仁といった手加減苦手メンバーでは中にいる光輝達諸共壊してしまう可能性があり、雫や香織は能力不足。"神の使徒"のように"分解"の固有魔法が使える者がいれば話も変わってくるが、この世界線にはそんな者もいない。というわけで、ある程度加減に慣れているハジメが消去法的に光輝達の救出役に選ばれた。

 

「香織、もし間違って当たっちまったら治療を頼めるか?」

「うん、任せて。あ、でもちゃんと手加減はしてよね」

「……」

「あの、無言は怖いから止めて欲しいな~……」

 

 短い香織との会話を終えると、ハジメは琥珀に捕らわれた光輝達へ向けてドンナーを構える。この様子だけ見ればハジメが動けない光輝達にとどめを刺そうとしているようにも見えるが、勿論そんなことはない。ハジメは型抜きするように光輝達を避けて琥珀を撃ち抜くと、琥珀は溶け出すのではなく中にいる者を残して砕け散っていった。

 

 そして、3分もかからないうちに全ての琥珀は砕け散り、規則正しい呼吸を繰り返す光輝達が現れた。正規の手順での解放ではない上、かなり手荒な手段であったため、何か異常でもないかと治療を任された香織とついでに回復も可能な仁が容態を確認する。

 

 しかし、その心配は杞憂だったようだ。

 

「……あ? あれ、香織? 雫? ここは? 俺は、2人と……」

「んあ? どこだ、ここは? 俺は、確か……」

「え? そんな、恵里はっ、恵里……」

 

 そう時間をおかずに3人は目を覚ました。

 

 それぞれ直前まで見ていた夢から、いきなり薄暗い穴ぐらへと場面が切り替わったようで少々意識に混乱が見られるようだ。特に、鈴に至っては何もない虚空へ必死に手を伸ばしている。何を求めて手を伸ばしたのかは、その言葉から明らかだろう。それは彼女が見ていた夢の内容も同じだ。それを思えば、自力で夢を振り切れなかったのも仕方ないかもしれない。

 

 鈴の有様に香織と雫が悲痛な表情になる。いつも元気に笑っていても、やはり、あの手痛い裏切りは彼女の心に深い傷を作っていたようで、その傷は、きっと今も血を流しているのだろう。特に辛くても無理矢理に笑顔を見せる辛さをよく理解している雫は鈴に強く共感を示した。

 

 ようやく、先程まで見ていたのが夢だったのだと理解した3人は、しばらく呆然としていた。

 

 しかし、その後の反応はバラバラだ。

 

 龍太郎は、どこかガッカリしたような雰囲気を漂わせつつも、直ぐに「まぁしゃあねぇか」と恥ずかしげな表情で頭を掻き、光輝は悔しげに唇を噛み締めている。鈴は直ぐに誤魔化すように笑顔を浮かべたが、余りに痛々しいそれに香織と雫の方が耐えられず2人がかりでギュウウと鈴を抱き締めた。

 

 と、そんな彼等にハジメが声を掛けようとしたその時、部屋の中央に魔法陣が出現した。

 

 どうやら全員が琥珀から脱したことで次のステージへ強制的に送られる仕組みらしい。龍太郎はともかく、光輝と鈴の精神が不安定な状態なので、もうしばらく休息をとりたかったのだが……どうやらそんな猶予は与えてくれないようだ。

 

 ハジメは敢えて厳しい言葉を浴びせて無理矢理にでも3人立ち直らせようとするが、あまり効果は見られない。意気消沈する光輝達の様子を横目で見ながら、仁は未だ心の中にある不安と向き合っていた。

 

(……体の奥底から力が湧き上がってくる。今なら誰が相手だろうが負ける気がしない。なのに、これはどういうわけだ?)

 

 制限された力が一端とはいえ解放され、仁は内心自分自身の力に酔っていた。今までの自分では到達できなかった圧倒的な強さ。もう誰にも負けはしない。己こそが最強であるのだと、仁は本気で思い込んでいた。だが同時にこうも思った。

 

(あの邪悪な気に――ジャネンバに勝てる気がまったくしない)

 

 脳裏にこびりついた不安を振り払えずにいるまま、魔法陣の光は爆ぜ、仁は3度目ともなる転移の魔法をその身に受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは世界から隔離された場所だった。無機質な青白い壁に四方を閉ざされた、ただ広大なだけの空間。地面、壁、天井全てには隙間なく魔法陣が刻まれ薄い光を放ち続け、出入口の扉はなく、窓どころか外の世界と繋がるもは一切ない。

 

 その場所は、世界から完全に切り離されていた。恐らく、トータスという世界が滅んだとしても、この空間だけは未来永劫残り続けるだろう。

 

 "外界世界"。そう名付けられた空間に、1つの人影がある。

 

 薄緑色のストレートの髪を中分けにし、尖った耳に白いドレスのような衣装を纏った森人族の女性。美しい容姿に、王族に通じる気品と威厳を感じられる雰囲気。誰が見たとしても、彼女が只者ではないと瞬時に判断することだろう。

 

 しかし、森人族の女は人気すらないそこでたった1人。椅子に縛り付けられ拘束されていた。

 

 部屋の壁から伸びる青白い半透明の6本の鎖が両手、両足、胴体、首に巻きつき、玉座のような木製の椅子に縛り付けられたかのように身動きを完全に封じられている。

 

 自由とはかけ離れた姿であるが、彼女は抵抗の意思を一切見せない。まるで眠っているように瞼を閉じ、それを当たり前の光景と思える程自然に受け入れていた。彼女は口を開かない。語り合う者はいなければ、声を出す必要もない。

 

 何百年、何千年、何億年。彼女はそうしていたことだろう。しかし、変化は訪れた。

 

 これまで身じろぎ1つすることのなかった彼女は、突如何かに反応したかのようにその尖った耳をピクンと跳ねさせる。そしてゆっくりと瞼を開き、薄く口角を歪めると、長らく閉ざされていたその口がようやく開かれた。

 

「ああ……ようやく……ようやくわたくしの元まで来たのね。この時をどれだけ待ちわびたことか……。早く、早く来なさい魔人ブウ。そして――」

 

 瞳に光はなく、震えた声からは一切の覇気も感じられない。まるで、この世の全てに絶望したかのように自嘲気味な笑みを浮かべる彼女は虚空を見つめながら力なく呟く。

 

「――わたくしを、殺して」

 

 そして再び彼女は瞼を閉じ、深い眠りへと落ちていった。




ジャネンバ
名前だけ登場。劇場版ドラゴンボール『復活のヒュージョン』に登場する強敵。
劇場版ではスピリッツ・ロンダリング装置の定期メンテを怠ったことにより漏れ出した悪の気がサイケ鬼を媒体に変化した姿であったが、ありふれた世界にはそのどちらも存在しない。さて、どうやってジャネンバは生まれたのでしょう?
極論を言えば全部エヒトが悪い。

風磨仁
強化イベント達成 戦闘力アップ
夢の世界で謎の少女(自分そっくり)と学校でコスプレしながら語り合っていたら強くなった。強さ的には善ブウの6割程度の強さ。魔人ベジータに勝てるか勝てないかぐらい。

謎の少女
仁にそっくりな女性。
とある御伽噺の書籍版に描かれた少女とも瓜二つの顔をしている謎が多い女性。落ち着いた雰囲気を保つようにしているが、仁と初めて話せたことに超喜んでおり、内心ウキウキだった。この後仁が現実に戻ってしょんぼりとしている。
仁やオスカー同様、ブウに吸収された者の1人であるが吸収された経緯はまだ不明。また神との深い繋がりもあるようだがこれもまた不明。つまり謎の多い女。
ブウとオスカーとは知り合いのようではあるが、多分吸収されてから体の中でティーパーティーでもしていたのだろう。
正体判明はまた今度。

リューティリス・ハルツィナ
「あれ? わたくしの出番は? 現実に戻る直前に意味深なことを言って評価を上げるわたくしの出番は!?」

雫の見た理想世界
むかしむかし、とある国に、そこそこ美しいお姫様がいました。
お姫様は家族や友人、国民の全てから期待を寄せられ、それに応える成果を上げ続けてきました。
ですが、お姫様は自由ではありません。
優しい優しいお姫様は皆の期待に応えるために、自分の本当の願いを捨ててしまったのです。
そんなある日、お姫様は大臣との結婚を両親に無理矢理決められてしまいました。
しかしお姫様は反対しません。それが国にとって、皆にとって幸せな結末だと分かっているからです。
時は流れ、結婚式当日。
お姫様と大臣の結婚式に突如お姫様の幼馴染である隣国の王子様が現れたのです。
王子様は自分がお姫様と結婚する相手にふさわしいと、大臣が裏でしていた悪い事を全部バラシ、襲い掛かってきた兵士達をなぎ倒し、ついでに金銀財宝も盗んでからお姫様を攫っていきました。
その後、お姫様は隣国の王子様の妻としていつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。



それから10年、王子様とお姫様は2人の子宝に恵まれました。
男の子の名前はコウキ。女の子の名前はカオリ……

「ちょっと待ちなさい! それはおかしいでしょ!?」

――雫は目覚めた。

忘れてはいけない。彼女はどこまでいってもオカンなのだ。
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