ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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主人公視点は一人称、それ以外は三人称で書きます。


残された者達

 響き渡り、奈落の底に消えていくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちていく石橋。

 

 そして……

 

 瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えていく仁とハジメ。

 

 その光景を、世界が止まったかのように、生徒達はただ見ていることしかできなかった。

 

 香織が悲鳴をあげる。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

 

 飛び出そうとする香織を光輝が必死に羽交い締めにする。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲と風磨はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯の言葉だったのだろう。しかし、今この場で発言するべき言葉ではなかった。

 

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 誰がどう考えても助からない。しかし今の彼女にはそれを受け入れられるほど心の余裕はない。普段からは考えられない香織の言動に周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだった。

 

「お、おい雫! 俺たちも抑えるぞ! ……雫?」

「……嘘よ……そんなの嘘。なんで仁が……私、まだ……なにも…………」

「おい! しっかりしろ! 雫!」

 

 龍太郎が自分達も香織を抑えに行こうと雫に声をかけるが返事はない。そのことに疑問を抱き振り返ると、顔を蒼白させ瞳から涙を流した雫がいた。崩れるように膝をつき、焦点の合っていない目で俯きがちに呟いている。

 

 その時だった。メルドが香織に近づき問答無用で首筋に手刀を落としたのは。香織はビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす。

 倒れそうになる香織を抱え、メルドを睨み付ける光輝。しかしそれは、香織のことを思った行いのため。我慢して頭を下げる。

 

「ありがとう……ございます……」

「礼など……止めてくれ。もう1人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼んだぞ」

「任せてください……」

 

 メルドが離れていくのを見送ると、光輝は龍太郎に肩を揺さぶられている雫に近づく。

 

「雫……大丈夫か?」

「…………」

 

 雫からの応答はない。

 

「雫!」

「あっ…………こう、き……」

「やっと気がついたか。大丈夫か? 歩けないなら肩を貸そうか?」

「大丈夫……よ。1人で歩けるわ」

「本当に大丈夫なのか?」

「……お願い。今は放って置いて」

 

 どう見てもフラフラで今にも倒れてしまいそうな様子だったがそう言われてしまえば、光輝も龍太郎もこれ以上声をかけることなどできなかった。

 

 目の前で2人もクラスメイトが死んだという事実を前に生徒達の精神には多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方を眺め、中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう者までいた。

 

 そんな中、光輝がクラスメイトに向けて声を張り上げる。皆辛いことぐらいは光輝も分かっている。だが、今は一刻も早く安全を確保しなければならない。

 

「皆! 今は生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 その言葉に生徒達はノロノロと動き出す。

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 そして気が滅入るほどの薄暗く長い階段を上ると、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

 生徒達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は今回こそフェアスコープを使って扉を調べる。

 今度は檜山も勝手なことをすることはなかったが、クラスメイトが死んだというのに檜山が薄暗い笑みを浮かべていることにこの場で気づいた者はたった2()()しかいなかった。

 

 詳しく調べた結果、トラップはなく、魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのものだと分かった。メルドが魔法陣を発動させると、まるで隠し扉かのように扉がクルリと回転し奥の部屋への道が開く。

 

 その先は元の20階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

 しかし、メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。迷宮を侮ってはいけない。少しの油断が命取りになる。実際その油断のせいでハジメと仁は命を落とした。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えを目を吊り上げて封殺する。

 

 渋々、フラフラとしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上まで向けて突き進んだ。

 

 こうして2人の犠牲を出し、オルクス大迷宮の遠征は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八重樫雫は風磨仁を恐れていた。

 

 きっかけは小学校の頃に受けたイジメだった。

 その頃の雫は稽古の為に髪は短く切り揃えられ、服装も地味なものが多く、可愛いというよりは美人系の顔立ちだったこともあり、女の子らしさというものとは縁遠かった。

 

 そんな雫が、小学生の頃から人気のあった光輝と一緒にいれば他の女子達が黙っているはずもない。子供故、加減や容赦というものがないイジメを雫はその小さな体で受け続けていた。単純な暴力もあれば言葉による精神的な攻撃。時には女として扱われないことすらあった。

 

 そんな中、仁は常に雫の側に寄り添っていた。当時は仁も雫と同様、光輝や香織のような人気者と親しいことに嫉妬した相手にイジメを受けていた。今とは違い一人称は僕で性格も内気な方であり、雫達への呼び方も呼び捨てではなく、名前の後ろに『くん』や『ちゃん』を付けた子供らしい呼び方で呼んでいた。そんな幼少の彼がいじめっ子に逆らえるはずもなく、同じ境遇の雫といつも一緒にいた。

 

 ある日、激しさを増すイジメに耐えられなくなった雫はつい仁に隠していた本音を漏らした。漏らしてしまった。「イジメられるのが辛い」「助けてほしい」などと今までは言えなかった言葉を次々と吐き出した。相談された相手がどんな行動をとるのかも考えずに。

 

 そして次の日、雫へのイジメはさらにエスカレートした。

 

 仁に話した次の日にイジメが酷くなったのは明らかに偶然じゃない。幼いながらもそう決めつけた雫は仁に問いただした。

 

 結果は予想した通り。仁は雫の悩みが自分では解決できないと思い、光輝へと助けを求めたのだ。その結果がどうなったかなど現在の光輝を知っていれば容易に想像がつくだろう。光輝はいじめっ子達に直接話し合いに行き、雫と仲良くするように言った。

 当たり前ではあるが、そんなことでいじめっ子が止まるはずがない。光輝にばれないように巧妙さを増して、イジメは過激化した。

 

 そうなることは当時の雫ですら分かりきっていた。光輝に相談して解決できる程度の問題ならばもうすでに解決している。一度その経験があったからこそ、その手段を取った仁に雫は怒りの感情を爆発させる。

 

『余計なことをしないで!』

 

 ひたすら黙っている仁に雫が暴言を浴びせている最中、そんな事を言ってしまったことを雫は未だに鮮明に覚えている。

 

 雫が仁の行動を否定するような言葉を吐いてから約一週間の間、仁が学校に来る事はなかった。

 自分の言葉が仁を傷つけていたことを理解していた雫は頭では謝らなければいけないと思っていたが、まだ心のどこかで許せない気持ちがあったのだろう。雫はどうしても謝りにいくことが出来なかった。

 

 そして次に仁に出会った時、すでに彼は別人のようになっていた。

 

 今まで自分に自信がなかったのが嘘かのような堂々とした振る舞いをするようになり、一人称も僕から俺へと変化した。その時、初めて名前ではなく苗字で呼ばれた雫は自分と仁との繋がりが切れてしまったような気さえしていた。

 光輝と仁が喧嘩をするようになったのもこの頃である。今まではどちらかと言えば光輝に憧れの感情を持っていた仁はその日から光輝のことを嫌うようになった。最初こそ仁が一方的に嫌っているだけであったが、日が経つにつれて光輝の方も仁を拒絶するようになった。酷い時は暴力沙汰にもなりかけたこともある。

 

 それからさらに一週間が経った後、雫にとって驚くべきことが起こった。

 

 雫を虐めていた生徒が1人残らず県外の学校へと転校したのだ。担任の先生からは家族の事情としか伝えられなかったがそれが嘘だと言うことは幼い彼女にも分っていた。

 

 イジメがなくなった。それは自分が望んでいたことにも関わらず、雫は素直に喜ぶことなどできなかった。時期的に考えても間違いなく彼女達を転校させたことには仁が関わっている。

 いくら優しい性格の雫とはいえ、自分を虐めた相手まで心配することはなかったが、それよりもいつも光輝や龍太郎に助けられて、自分からは反抗することもできなかった仁が他者を傷つけたことに雫は恐怖を抱いていた。

 

 それ以降、まるで人が変わってしまったかのような仁を雫は避けるようになり、今までのように一緒にいる時間は格段と少なくなっていった。

 

 それから中学、高校と上がったが、それまでの間に雫と仁との関係は多少は良くなったとはいえ、昔のように元通りになることはなかった。

 

 もう昔みたいに臆病ではあるが、優しい仁はこの世にいない。

 

 そう雫は思っていた…………あの時までは。

 

 オルクス大迷宮へと挑む前日、静寂に包まれた夜空の下で、雫は昔のような仁の姿を見た。

 

『僕が雫ちゃんに笑っててほしいから』

 

 何年も一緒にいた雫だからこそ分かった。それが嘘ではない本心からの言葉だと。

 

 仁は雫と同じだったのだ。強くなるために、強い自分を演じていた。変わったのではなく、変わったように見せていた。何故そんなことをしたのか。理由はとっくに分かっている。

 

 八重樫雫を助けるため。

 

 それだけのために仁は自分を演じていた。それを知った雫の内心はもうぐちゃぐちゃだった。

 

 そこには勿論、安堵や困惑という感情もあったが、その時の雫の心は他の誰でもない自分のためだけに演じていたという事実に喜びを隠せなかった。自分のせいで変わってしまったのではなく、自分のために変わろうとしてくれている。それだけの違いが、雫にとっては天と地ほどに差があった。あまりの嬉しさに涙を流してしまうぐらいにはその真実は衝撃だったのだと言っておこう。

 

 そしてそれを知った雫にはもう迷いは無かった。どれだけ時間がかかろうと、どれだけ厳しかろうとも、昔みたいな関係に戻してみせる。そう決めた…………はずだった。

 

 今、雫の近くに仁はいない。光の届かない奈落へと落ちてしまった。生きている可能性は絶望的ともいえる。それでも、

 

 (仁は生きてる)

 

 雫が希望を捨てることはなかった。証拠も根拠も何もない。それでも仁は絶対に生きている。何故か雫にはそうとしか思えなかった。

 

 だからこそ諦めない。

 

  (今度は……私が助けてみせる)

 

 昔とは違う。自分は助けられているばかりの女ではないのだと証明するために、雫は覚悟を決めた。その瞳にはもう恐怖はない。たとえどんな壁が立ちはだかったとしても彼女を止めることはできないだろう。




次回はついに彼がでます。
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