ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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最近、マイファザーが『ありふれた職業で世界最強』にハマってしまった。
何故だろう。別に嫌ではないんだが、異世界ハーレム系アニメを見る父親は見ていてツライ。

パラガス「腐☆腐、ユエちゃんカワイイ!
ブロリー「親父ぃ……」


解放者の願い

 恒例の転移もこれでもう4度目になるだろうか。案の定、オレ達の転移先はやはり洞の中だった。ただこれまでと違い、外へと通じる出入り口が最初から開いている。違いはそれだけだ。

 

 どうせ今回も何かしらのトラップはあるのだろうが、オレ達は念のため偽物がいないことを確認してから歩みを進める。

 

 洞の先にあったのは、驚くほどに巨大な木製の通路。正しく言えば、通路にも思えるくらいの大きな枝だった。どうやら、今回オレ達が転移してきた場所は巨木の枝の根元にある幹に空いた洞だったらしい。枝の1本だけでオレ達全員が歩ける空中回廊が作りあげられているのだから、きっとこの巨木は地上で見た大樹の地中部分に違いない。

 

 改めて大樹の凄まじさを思い知らされたオレ達が頭上を仰いでいると、突然シアがウサミミをピクピクと動かし、枝の淵へと歩いて下を覗き込みはじめた。シアの聴覚は五感に優れたオレをも上回る。様子を見る限り、枝の下から何か気になる音を捉えたらしい。

 

「ん~? 暗くてよく見えないです。……あの、ハジメさん」

「どうした?」

「何だか下から嫌な感じの音が聞こえてくるんです。でも私の目じゃ暗くて正体が……」

「ああ、俺に確認しろってことか」

「はい、お願いします。何か、蠢いてる? そんな感じの音です」

「……嫌な音だってことはよくわかった」

 

 今度はシアに呼ばれたハジメが枝通路の端から下方を覗き込む。ここは暗い上にオレ達のいる場所はかなりの高所。いくら五感の発達した亜人族でも見えなくて無理はない。

 

 オレには輝くエネルギー弾で辺りを照らすという方法もあったが、ハジメは"夜目"と"遠見"という技能を持ってるからこの程度の暗闇なら問題ないと、それを断った。だが後にこの出来事を振り返れば、きっとオレはこの時に拒否られたことを一生感謝するだろう。

 

「……っ!?」

 

 突如、下方に視線を向け目を細めていたハジメが声にならない叫びを上げつつガバッ! と顔を上げた。傲岸不遜、大胆不敵。そんな言葉がぴたりと当てはまるハジメがまるで恐怖に戦くように顔を青褪めさせた姿に、何かの異常事態かと天之河達も集まってくる。

 

 ユエに背中をさすられ、シアに手を握られ慰められるハジメ。こんな状況でもハーレムを満喫するその姿にイラつきはしたものの、真剣な表情のまま声を震わせるその姿を見ては、とてもじゃないが文句は言えなかった。

 

 そしてユエとシアによって少し気を持ち直したハジメは呟く。

 

「……悪魔がいる」

「さっきのバーニング森林破壊を見た限り悪魔はおまえだろ? もしかして鏡でもあったのか?」

「そうじゃねぇよ」

 

――俺は悪魔だぁ……!

 

 なんか変な電波を受信したような気がするが、無視だ無視。オレが脳裏に映り込んできた筋骨隆々の金髪大男を振り払っていると、ハジメがクロスビットを1機だけ出し下方に飛ばす。そして、小型の水晶ディスプレイをオレ達が見えるように掲げた。

 

 僅かなノイズのあとそこに映し出されたのは……

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 『1匹見つけたら100匹はいる』そう子供の頃から言いつけられてきた黒い悪魔。カサカサカサカサと地面、壁、天井とあらゆる場所を高速で這い回る混沌。高い生命力に加えて飛ぶことすら可能。そしてなにより恐ろしいのが、遭遇場所のほとんどがプライベートエリアという油断することすら許さない最悪の生態。多くの人々からは"増殖するG"と呼ばれ恐れられた人類の敵。

 

 奴の名は……ゴキブリ。

 

 そう、奴こそがこの地下空間の底辺に数百万、数千万、もはや測定不能なほど蠢いていたのだ。それこそ、ゴキブリの海と言っていい程に。シアが聞き取ったという音は、おびただしい数のゴキブリが奏でる交響曲だったのだ。

 

 あっ、そろそろ限界が……

 

「きゅう……」

「あ、風磨君が倒れた」

「ちょっと仁! しっかりしなさい!」

 

 結構頑張って平静を保ってはいたものの、やっぱり無理だったオレは過去のトラウマがフラッシュバックを起こし、視界が真っ白ならぬ真っ黒に染まってその場にぶっ倒れた。

 

 

 

ー少々お待ちくださいー

 

 

 

「んん~……なんか5秒くらい気絶した気がする……」

「復活早くないっ!?」

「なあ、やっぱ風磨の奴も人間じゃないよな!?」

 

 ブラックアウトしてからしばらくして(5秒)、オレは目を覚ました。上半身を起こし、肩を掴んでブンブン揺らしてくる八重樫をどうにかどかしてから立ち上がる。そしてギャアギャアと騒いでいる谷口と坂上を横目に首をポキポキと鳴らして体の調子を確かめていく。

 

 一度意識を飛ばしたからか、オレの心は不思議な程に落ち着いてきた。なるほど、これが賢者タイムか(違います)。

 

「ゴキブリで気絶って……子供かお前は。そんな様子じゃ天之河達のこと言えねぇぞ。いくら強くても足元を掬われることはある。もっと集中しろ」

「神代の魔人のくせに虫苦手って、恥ずかしくないんですか~?」

「それで煽ってるつもりか負けヒロイン1号。おまえだってビビってたよな? というか、オレがダメなのは虫全般じゃなくてGだけだ。あいつをそこらの虫と同じだと思うな、死ぬぞ」

「憎悪強すぎんだろ。お前はGに親でも殺されたのかよ」

 

 虫という種族は全体として見ればオレは別に好きでも嫌いでもない。カブトムシとかクワガタ系統のカッコいい枠は好きだが、それ以外のキモいタイプとか害虫に関しては見たくもない。まあ、別に普通の価値観だろう。ブウに吸収されてからはどっちにしろ殺せば終わりみたいな思考になりかけているが、完全にそこまで振り切れてはいない。

 

 だがGだけは例外だ。

 

 奴はオレに一生かけても忘れられないであろうトラウマを受け付けた。視界に入れるのが嫌どころの問題ですらない。そんな生命体がこの世に未だ存在していること自体が我慢ならないのだ。忘れるはずもない。あれは――オレがまだ小学生だった頃の話。

 

「少年時代、イジメ、ゴキブリ、口の中、ごっくん。これで理解しろ」

「……」

「オレにだってそういう過去はある。分かったらあんま追求するなよ」

「お、おう……すまん」

「それでいい」

 

 雫と香織以外のメンバーは揃って首を傾げていたが、ハジメはすぐに単語の繋がりからその意味を察したのか、とてつもなく嫌そうに顔を歪めた。きっと、その状況が鮮明にイメージできてしまったのだろう。

 

「意外だな。仁にもそんな時期があったのか……」

「それはお互い様だろ。今のハジメだって何も知らない他人から見たらイジメられる側じゃなくてイジメる側だろ? それと同じだ。結局、ずっと変わらないままでいられる人間なんているわけない。良い方向か悪い方向かは別としてな」

「……ああ、同感だな。所詮人なんてそんなもんか」

「それよりも、だ。結局アレの対処はどうすんだよ。オレとしては手っ取り早く駆除した方がいいと思うけど?」

 

 親指を下へ向け、下方で蠢くGの大群を指しながらオレは問う。

 

「……そいつと一緒なのは気に食わないけど……私も同じ意見。焼き払おう」

 

 即答でそう返したのはユエだった。オレの意見に同意する形になったのが凄く不満そうだが、それ以上にG共の排除を優先したいらしい。やはりあんな世界にとって害悪でしかない汚物は消毒すべきに決まっている。そして他のメンバーも同意見だったようで、鳥肌を立てながらも、すわった目で駆逐の意志を示していた。

 

「……やめといた方がいいんじゃないか。あの数だぞ? ……撃ち漏らしが大量に飛んできたらどうする」

「「「……」」」

 

 だがそれをハジメが否定する。ハジメのことだから、ユエの判断が間違ってたなどとは微塵も考えていないはずだ。ただ、それはそれとして最悪のケースを想定していただけ。その忠告にユエ達は顔色を変えて先程まで燃え上がっていた闘志をみるみると萎えさせていく。確かにそれはオレも嫌だ。想像するだけで心が折れそうになってくる。

 

 ハジメは正しい。正しい……のだがまだ甘い。触らぬ神に祟りなしとはいうが、それは『普通ならば』という前提がついての話。ここは大迷宮、普通などという言葉とはかけ離れた場所だ。

 

「いや、どっちにしろあいつらは襲い掛かってくるだろ?」

「はあ? どうしてそう思う」

「今までの流れからして、大迷宮(ここ)の製作者は相当性格が悪い。あのミレディが可愛く思えるくらいでだ。そんな頭のおかしい奴がこんなあからさまな嫌悪感しか抱けない敵を配置しといて、『落ちなければ大丈夫』なんて誰でも思いつく安直な攻略方を用意してるわけないだろ? もしオレがリューティリス・ハルツィナだったなら、ゴール直前で足場消した上で重力魔法かけてぶち落とすくらいはするだろうな」

「「「……」」」

 

 ハジメを加えたユエ達の口が再度閉じる。認めたくはないが、その可能性を否定しきれない。そんな感じの表情だ。

 

 これまで、大迷宮には挑戦者を肉体的または精神的に苦しめる試練が数多く存在した。だがそこに難易度の差はあれど、ただ警戒しているだけで回避可能だなんて優しい試練はこれまでなかった。そして当然、他より難易度が高めに設定されたここ(ハルツィナ大迷宮)だけが例外ということもあるわけない。それだけ分かってれば、あのGの軍勢との衝突が不可避であることぐらい簡単に予想できるはずだ。

 

 大迷宮を何度も攻略したハジメ達ならそれくらい分かっていそうだったが、どうやら冷静さを欠いていたのはオレだけじゃなくハジメもだったらしい。別に咎めるつもりはない。むしろあんなものを直で見てそれだけで済んでるだけでも尊敬ものだ。

 

 オレの指摘を受けたハジメ達はあからさまに嫌悪感を剝き出しにする。まあ気持ちは本当によく分かる。あのGの海に喧嘩を売るだなんて例え勝ちが確定していたとしてもやりたくない。だが人にはやりたくなくてもやらなきゃならない時がある。他でもない自分の為に。

 

「じゃあなんだ? 結局あのゴキブリ共を全滅させねぇと先には進めないってわけか?」

「少なくとも、オレはそう考えてる」

「どんな地獄だそれ。しかもここじゃあ、あんま派手なこともできねぇ。もしかしてそれも計算済みか? 性格悪すぎんだろ」

「まあまあ安心しろよ。こういうこともあろうかと……ってわけじゃないが、オレに1つ作戦がある」

 

 もしここで先程の乳白色スライムを殲滅した時と同様のやり方でG共を燃やし尽くしたとしよう。勿論、それでGは全滅する。だが同時に木で作られたこの足場も文字通り灰となってしまう。その程度なら空中移動能力持ちのいるオレ達には大した被害はないかもしれないが、大樹全体にどんな被害を及ぼすか分からない以上、そのやり方はあまりおすすめできない。

 

 というわけで大樹ぶっ壊すような大規模攻撃はNG。つまり高威力かつ広範囲の技は使えないってわけだ。とはいえ、一瞬で全滅させなければ殺し損ねた大量のGが襲い掛かってくる。つまり今オレ達に求められているのは、大迷宮そのものには大きな被害を与えず、Gのみを一瞬で全滅させる手札。

 

 それが今、オレにはある。

 

「ふっ、野宿中に虫に集られるのが嫌で作ったアレがまさかこんな形で役立つとはな……人生、何があるか分からないもんだ」

 

 地球にいた頃、家族とキャンプに行ったある日オレは経験した。何故か大量発生したカメムシがテントに張り着き、少しでも隙間があれば侵入してくるという地獄を。テントから出ることはできず、異臭を避けるためには駆除も不可。最終的に、オレはキャンプに来たというのにテント内でコンビニ飯を食べるという屈辱を受けさせられた。

 

 オレはあの日から学んだのだ。虫対策は絶対に怠ってはいけないと。そんな教訓もあって、オレはその()()()()()()()()を自作した。

 

 その名も……

 

「テレレレッテレ~♪ はい、ゴ〇ジェット~!」

「仁君ダメだよそれは!? なんか色々と!」

 

 オレは"宝物庫"からたった今名付けたスプレー缶型アーティファクトを取り出す。サイズは元ネタ――いや、標準サイズと比べて遥かに大きく縦3メートル、横1メートル程もあるビッグサイズだ。

 

 使い方は簡単。てっぺんにある無駄に硬いボタンを押し込めば、オレ特性の虫殺し液がノズルから霧状に発射される。それだけ。

 

 効果は勿論超強力。周囲に振りまくだけでも数日は虫を寄せ付けず、直接虫へ向けて噴射すれば外側から神経を無理矢理破壊して動きを封じ、僅かな隙間から体内へ入り込んだオレの気が内側から体を破壊する。即効性の高い物理破壊を伴う猛毒だ。一応人間は殺さないよう設計してあるが、魔物にすら効果を見せるこの毒薬はきっとあのG共を葬ってくれることだろう。

 

「うっし! それじゃあおまえら下がって結界でも貼ってろ。人体に害はないけど、多分めちゃくちゃ気持ち悪いからな」

「……なんて?」

 

 ただこの虫よけスプレーには大きな欠陥がある。それはオレの気を毒に混ぜて使ってるため、人体に害はなくとも本能的な部分を刺激され、不快な感覚に襲われること。当然オレ自身にはノーダメージなので最初は気づかなかったが、一緒に野宿した時に清水がキラキラを吐いてたから相当なものだと思う。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしまぁぁぁすっ!」

 

 ハジメは静止の声をかけようとしていたが、ユエが瞬時に結界を張ったのを確認したオレは早速行動に移る。ノズルをGが大量に蠢いている下方に向け、無駄に迫真な演技をしながら力いっぱいにボタンを押し込んだ。

 

 下方に向けて発射されるあからさまに有害などす黒いの毒液。それは一瞬の内に広がり、眼下に映る全てを覆いつくした。普段はここまで大量噴射する必要はないのだが、相手が大迷宮の魔物かつGなのだから大サービスだ。

 

 しばらくして下の光景が霧状の毒液によって見えなくなるくらいまで満たされると、次にオレの耳に届いたのはカサカサ、バタバタ、ブンブン、ビチョンビチョンといった聞くだけでも意識が持ってかれそうになる異音の数々だった。

 

「ひぃいいい!! 耳がぁ! 私のウサ耳がぁぁぁあ!?」

「シアよ。そう混乱するでない。いや、気持ちはよく分かるが……あのアーティファクトから放たれた霧は確かに効いておる。この音は奴らの苦しみそのもの。しばらく耐えれば収まるはずじゃ」

「れ、れれれ、冷静すぎない! これ仁君に全部任せちゃって本当に大丈夫なの!? 私が行っても役に立たないだろうけどさあ!」

「香織。大丈夫、問題ないわ。仁のことだからちゃんと考えてるはずよ……たぶん……おそらく……きっと…………うん……だいじょうぶ、よね?」

「雫ちゃん!? お願いだから雫ちゃんだけは仁君を信じてあげて!」

 

 何やら後ろがとても騒がしいが、オレの方もこの音のせいで意識を保つので必死なんだ。構ってやれる余裕はない。普通の虫ならこの毒液を浴びた瞬間に死ぬが、やっぱり大迷宮に用意されたG。ただでさえ高い生命力が更に高くなっているに違いない。

 

 その後30秒ほど、オレは虫殺しスプレーを発射し続けていたが、詰めていた毒液が空になったことでその時間は終わりを告げた。一応10秒程前からGが苦しみもがく音は消えているため大丈夫だとは思うが、念のためとオレは気の探知と肉眼で確認する。

 

「うげぇ……」

「おいどうした? 上手くいったのか?」

「上手くは……いったんだが、ちょっと絵面がヤバいな。ハジメも見てみろよ」

 

 気が感じられないからと、油断して眼下を確認してしまったオレは自身の判断を後悔する。そこにあったのは夥しい程のGの死骸。しかも、内側から破壊されたことでかなりグロテスクな光景が出来上がっていたのだ。一瞬意識が飛びそうになった気もする。

 

 まったく、死んでなお精神攻撃を仕掛けてくるとは、やはり奴らはこの世にいてはいけない存在だ。オレは改めてそう確信した。

 

 オレに続き、ハジメもその場にいる全員を代表して下方を覗く。そして一瞬ギョッと目を見開いてから天を仰ぐと、その体勢のままユエ達へと向けて『見ない方がいい』とジェスチャーで伝えた。なんとか被害者は2名に抑えられたな。

 

「まあ、何はともあれ、倒せたならオーケーだ」

「そうだな。これ以上こんな所にいる理由もないし、さっさと進むぞ」

 

 死んでもこちらに不快感を与え続けて来る敵に精神をやられながらも、こうしてオレ達はサクッと大迷宮のラスボスになりそうだったGの撃破に成功した。何故か天之河がハジメに向けるような眼差しとは別の……ヤバい奴を見るような視線をぶつけて来ているが、後で殴っておこう。

 

 そうしてオレ達は、再度道なりに進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仁によって、ゴキブリの群れが駆除されてからしばらくして、彼らは特に罠や魔物の襲撃に遭うこともなく、遠くに見えていた枝通路が4本合流して作られた大きな足場の上に到着した。だがとりあえずここまで進んできたはいいものの、目的の魔法陣らしきものは未だ見つからず、そこから先どう進んだものかと全員が頭を悩ませていた。

 

 そんな時だった。流れで先頭を進んでいた仁が突如足を止めたのは。

 

「……? 仁、どうした?」

 

 すぐ後ろを歩いていたらハジメが不思議に思い問いかける。何かを見つけたのか、もしくは何かが起きたのか。ハジメは周囲を見渡すも、それらしき異変があるようにも思えない。

 

「まさか……。一体いつから……いや、もしかして最初からか……」

 

 ハジメの声が届いていないのか、俯きがちに仁は小さくボソボソと呟く。その様子から、いつものようなふざけた様子は見られない。むしろその表情は真剣そのもので、どこか焦っているような気配さえ感じられる。

 

 あの仁がこんな反応を見せる。それにハジメはすぐただごとではないと察した。しかし何度声をかけようとも、仁が応対する様子はない。

 

 急に立ち止まり自分の世界に入り込んだ仁とそんな仁へと焦ったように声をかけるハジメを見て、さらに後ろに続いていたユエ達や光輝達も異常を察し、心配そうに2人へと近づいていく。

 

「おい、いい加減に――」

 

 やがてしびれをきらしたハジメが仁の肩に手を置こうとした……その瞬間、

 

「っ……オレから離れろッ!!」

「なっ……!!」

 

 突然振り返った仁にハジメは突き飛ばされた。

 

 ハジメのステータスは異常なほどに高い。大の大人が数人がかりでタックルしたとしても、微動だにすることはないだろう。しかしどれだけステータスが高くとも、仁はそれを大きく上回る。加えて意表を突かれたともなれば回避することすらできまい。ハジメはそのまま大きく後ろに突き飛ばされていく。

 

「ハジメッ!」

「大丈夫ですか、ハジメさん!」

「あ、ああ……」

 

 そこへ咄嗟にユエとシアが反応し、ハジメを2人で受け止める。その意気の合った動きは日頃の訓練の賜物だろう。

 

「おい、風磨! どうしてハジメを攻撃したんだ!」

「なんで仁君、どうしちゃったの!」

「待って皆。仁の足元を見て!」

 

 光輝達は突然ハジメを突き飛ばした仁を責め立てるも、誰よりも早く異変に気がついた雫の言葉によって全員の視線が1ヵ所に集まった。ユエとシアのおかげもあって体勢を立て直したハジメも仁の足元に視線を向け、驚愕する。

 

 そこにあったのは半径2メートル程の赤黒く輝く魔法陣だった。

 

 そしてハジメは理解する。あの魔法陣は仁を中心に展開されたものであり、仁が突き飛ばしていなければ、今頃自分もあの魔法陣の中に入っていた。つまり、仁は自分を守ったのだと。

 

「わりぃ、ハジメ。後は任せた」

 

 輝きを増していく魔方陣の上で、困ったような笑みを浮かべながら手を振って仁はそう告げる。ハジメが何かを言おうと口を開こうとするも、それよりも早く魔方陣は爆発したかのような閃光を放ち、仁の姿を隠す。

 

「待ってッ!」

 

 咄嗟に雫が手を伸ばす。だがもう遅い。激しい光は周囲一帯を包みこみ、ハジメ達ですら耐えきれず目を腕で庇った。

 

 そして光が落ち着き、ハジメ達が再び目を開いた時には……

 

――そこには、既に仁の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……ここは?」

 

 唐突にオレを狙って発動された転移魔法によって、強制的に連れて来られた場所は、なんとも不思議な空間だった。

 

 異様な程に広い空間。だが外にいるというわけではなく、遥か遠くに見える大量の魔法陣が刻まれた青白い壁や天井を見れば、どこかの部屋に近い空間であるとすぐに分かった。見渡す限り入口はない。無事帰れるかどうかも今のところ分からない。

 

「ハジメ達の気が全く感じられない……か。滅茶苦茶遠くに飛ばされたか……もしくはまた異世界転移受けちまった。ってところか? どっちにしろまったく嬉しくないボーナスステージだな」

 

 恐らくここは、先程までオレがいた場所とは完全に隔離されている。ハジメ達の気が感じられないのはまだいいが、それ以外気も……というかこの空間の外の情報がまったく入ってこない。名付けるなら、"小さな異世界"とでも言ったところだろう。

 

「なあ、おまえもそう思わないか?」

 

 オレはこの不思議空間への考察を打ち切り、前方のある一点を見つめる。

 

 そこにいるのは、1人の拘束された女。

 

 瞼を閉じ、口も開かず、ただ眠るように椅子に座り、青白い鎖で全身を拘束された異様な雰囲気を漂わせる怪しい女。気配はない。魔力もない。だがその体から漏れ出る()()だけは、この空間に転移されてすぐに気がついた。

 

 オレが【ハルツィナ大迷宮】に挑む直前、一瞬だけ感じたあの邪悪な気。それが今目の前にいる女から放たれていたのだ。自然とオレの警戒心も跳ねあがる。

 

 "理想世界"で聞かされた神代の化け物。情報が正しければその正体は目の前の女ということになるのだが……それはオスカーの記憶が違うと断言する。なぜなら、あの女をオレは知っているからだ。

 

「まさかおまえ本人のご登場とはな……随分なお出迎えじゃないか。そろそろだんまりもいい加減にしようぜ、()()()()()()()()()()()()()

 

 リューティリス・ハルツィナ。解放者の1人であり、亜人族の王族、そしてフェアベルゲンの創設者でもある女性。オスカー・オルクスの記憶に存在する彼女と目の前の女の姿はまさに瓜二つだった。

 

 驚きはある。だが神代の解放者とこうして出会うのはミレディ・ライセンに続いて2度目だ。別にあり得ない話ではない。問題は方法についてだが……解放者ともなれば"老い"という概念すら乗り越えても不思議じゃない。オレは静かに落ち着きを取り戻した。

 

 それにこの空間に飛ばされる直前、オレは誰かに見られているかのような視線を感じていた。いつから見られていたかは知らないが、大迷宮の内部でそれを可能にする者がいるのだとすれば、それは製作者であるリューティリス以外にありえない。空想にも近い推測だが、可能性自体は考慮していた。

 

「……はぁ。まったく、待てない男は嫌われるわよ」

 

 小さく、掠れたような声だが確かな反応が返ってくる。

 

 リューティリスは目を閉じたまま口だけを開き、軽く上半身を持ち上げると拘束していた鎖がジャラリと音を立てる。何故彼女がこんな場所で拘束されているかは知らないし、本来なら善側の人間である彼女から邪気が感じられる理由も分からない。

 

 よく観察すれば、あの鎖には絡めた相手の力を吸い取り、より強固にパワーアップさせる魔法が組み込まれているのが分かった。他人にやられたのか、自分でやったのかは知らないが、相当強力な拘束だ。この頑丈さだと、オレでも力ずくで引きちぎるのは難しいだろう。

 

「以前見た時とは、随分姿が変わってるわね。わたくしが封印されてる間に外では何が……いえ、別にどうだっていいわ。どれだけ姿が変わっても、どれだけの人が犠牲になっても、私が魔人ブウにかける言葉は変わらない」

 

 辛そうに顔を歪めながらも更に体を起こし、リューティリスは瞼を開いてオレをまっすぐと見つめる。その瞳からは漏れ出る邪気とは対照的な、気品と威厳さを感じられた。

 

 そうしてリューティリスはその願いを口にした。

 

「――わたくしを殺しなさい」




リューティリス・ハルツィナ
解放者の1人にして【ハルツィナ大迷宮】の製作者。同時に"昇華魔法"の使い手でもある。
いろいろあって、死ぬことのできない肉体になってしまい、神代の時代から現代まで魔人ブウが自身の大迷宮に現れるのをただ孤独に"外界世界"にて待ち続けていた。
外界世界では時間の流れも歪となっているため、本人もどれだけ長い間そこにいたかは分かっておらず、リューティリスの体感的には神代から数百年程度しか経っていない認識。
とある理由から死を望んでおり、それを可能にできる者が魔人ブウしかいなかったためこれまで待ち続けていた。

外界世界
【ハルツィナ大迷宮】の深層と同位置に存在する魔法によって作られた小さな異世界。
神ですら不可能な"世界の創造"という大規模な魔法であるが、解放者であり魔法の天才のリューティリスでも単独での発動は厳しく。多くの制限がかけられている。
とある存在を封印するために作り出した。
ルール
1. 外界世界の製作者は外には出られない。
2. 外の者を内に呼び寄せることは可能だが、内から外への脱出は不可。
3. 顕現する限り魔力を著しく消耗する。

風磨仁のゴキブリ嫌い
子供の頃、イジメを受けていた仁は『ゴキブリ口の中ホイホイ』を嫉妬男子組にされてしまう。
運良くそこに香織が通りがかったことで最悪の事態にはならずに済んだものの、その事件は確実に仁の脳裏へと刻まれ、茶色い虫を見ただけで眩暈が感じるレベルのトラウマとして未だに記憶に残っている。カブトムシもメスだとキツイとのこと。

反転ゴキブリ戦 スルー
原作でのハジメは当初、ゴキブリの海をスルーしようとしていたが普通に考えて大迷宮にいる大量のゴキブリが襲ってこないはずがないので、仁は普通に殲滅しました。というか、ぶっちゃけゴキブリ戦やっても両想いメンバーがいちゃつくだけなので戦いが始まる前に勝たせた。
それとこの後の戦いが長引くのであまり話数をかけたくなかったという事情もあります。
ちなみに、キャンプ中に大量のカメムシに襲われた話は作者の実体験です。
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