ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

84 / 95
バトルシーン:イメージは浮かぶが文字に起こすのが難しい
日常シーン:イメージすらできず路頭に迷う

なんだろうこの差は?

今回、ちょっと長めです。


VSジャネンバ(2)

 ジャネンバとの戦いはまさに死闘。一瞬であっても気を抜くことも許されなかった。

 

 スピードもパワーもこちらが上。だが奇妙なまでの戦闘センスのせいで、オレは未だに決定打を決めきれずにいた。厄介だ。とはいえ、それでも押してるのはこちら側。このまま続けていればいずれはオレが押し勝つ。その確信がオレにはあった。

 

 そんな時だった。オレがふと違和感を覚えたのは。

 

「……誰だ?」

 

 つい先程まで、この空間にオレとジャネンバ以外の生命体はいなかった。まあリューティリスもいると言われればそれはその通りなのだが、あれは例外だ。だがジャネンバとの戦闘で神経を研ぎ澄ませていたオレは近くにいくつかの小さな気が現れたことに気づく。

 

 気になるのは、それがやけに覚えのある気ばかりだということ。

 

 心当たりはあった。ハジメに作らせた変装用の腕輪。あれが戦ってる最中にいきなり光り出したと思えば、突然カタカタ動き出して勝手に外れた。あの時はてっきり壊れたのだとばかり思ってたが、思い返してみればそれはおかしい。

 

 あのハジメがそう簡単に壊れるアーティファクトを作るとは思えないし、そもそも体色を変えるだけのアーティファクトがあんな奇妙な壊れ方をするはずもない。もしも……もしもだ。もしもあれが故障ではなく正常な動作をしていたならば、腕輪にこっそり何かしらの細工をされていたならば、今この場にあいつらの気を感じる理由にも納得がいく。

 

 でもそれは、朗報じゃない。むしろ悲報だ。この空間には逃げられないという制限こそあるものの、ジャネンバとタイマンで殺し合う場としてはこれ以上とない舞台だ。頑丈で人気がない。しかも壊したとしても誰にも迷惑がかからない。

 

 理想的な環境だ。だからこそ、オレも本気で戦うことができる。問題はまさに今、その理想的状況が崩されそうであるということ。

 

 逸る気持ちを抑え、オレは視線をジャネンバから突然現れた第三者達がいるであろう方向へとずらす。

 

「おおう……マジかよ」

 

 当たって欲しくなかった予測通り、そこにはハジメ達の姿があった。やっぱりハジメがオレに黙って腕輪に何かしらの小細工でもしてたんだろうか。後ろの方で閉じていくゲートを遠い目で見つめる。

 

 目的は……オレの救助ってところか。心の底からありがた迷惑だ。

 

 気持ちは……本当に気持ちだけはありがたい。だが今の状況とあわせて考えればこれは最悪だ。確かに今のオレはジャネンバより強い。でもそれはオレが全力で戦えるという前提での話。ハジメ達を守りつつ、巻き込まないよう注意を払いながらジャネンバに勝つのは……大分厳しい。

 

「っ……!? やっべえ!」

 

 本当に僅かな間であったとしても、意識を逸らしてしまったからだろう。ジャネンバの体から放たれたエネルギー弾の1つが軌道を逸れた瞬間を見逃してしまった。見当違いな方向へ飛んで行ったエネルギー弾の先にはなんて運の悪いことか、ハジメ達がいる。咄嗟にオレは空気を足場に、一瞬で飛んだ。否、跳んだ。

 

「間に合ッ……たあっ!!」

 

 ジャネンバのエネルギー弾は速い……が、今のオレのトップギアはそれすら優に超える。追いつくどころか追い抜き、ハジメ達の前まで急接近したオレは振り返り、飛んできたエネルギー弾を手刀で弾き飛ばす。

 

 なんとかハジメ達は無事。だがオレが庇ったことで、ジャネンバにはハジメ達が弱点だと認識された。その巨体に似合わないスピードで走って迫ってきたジャネンバはオレが避ければハジメ達に直撃するような軌道で殴りかかってくる。

 

「ジャネンバァ!」

「悪いが緊急事態だ。しばらく引っ込んでろ」

 

 後ろにハジメ達がいる以上回避は不可能。というか無理だ。オレは振り下ろされる拳を両手を出して受け止める。サイズ差はあるが気の総量ではオレの方が上なのだからこの程度は容易い。そしてオレ腹から新たに2本の腕を生やすと至近距離からイノセンスキャノンを放ち、片腕を掴んでいるため身動きの取れないジャネンバを遥か遠くまで吹き飛ばす。

 

 相変わらずギャグ感の強い悲鳴を上げながらポヨンポヨンと跳ねながら転がり飛んでいくジャネンバだが、あの様子ならそう時間もかからず戻ってくるだろう。多少骨は折れるだろうが、時間稼ぎをするか。

 

 オレは体をちぎって3体の分裂体を生み出す。以前、ハジメ達と戦った時にやって見せたプラナリア式の分裂だ。

 

「1分だ。死に物狂いで稼げ」

「「「おっけー!!!」」」

 

 偽物がいない分、気も4分割されてるから戦力は少し心許ないが、1分だけ時間を稼ぐくらいはできるはずだ。……遊ばなければ。

 

 分身達に時間稼ぎを任せ、オレはハジメ達の方へと振り返り……

 

「仁、助かった。実はっ――ッ!?」

 

 安心したかのように近づいてきたハジメの頬を拳で打ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物理的な重しが圧し掛かってくるような強烈な重圧に、誰も声を出せなかった。

 

 仁の救出を目標に掲げ、"外界世界"へやってきたハジメ達は自分達の方に向けて飛んできた流れ弾に死を覚悟した。いいや、事実として仁が助けていなければ彼らは今頃全滅とはいかなくとも、それに近い状態には陥っていたはずだ。

 

 その恐怖も相まって、ハジメを殴った仁から発せられたプレッシャーに誰も動けなかった。誰も受け止めることすらできず、体勢を崩したハジメは尻もちを着くようにして後ろに倒れる。咄嗟にユエや香織が駆け寄ろうとするも、仁から放たれ続ける威圧感に一歩も足を踏み出せない。

 

 気という概念を受け入れた雫は勿論、ハジメやユエ達。仁の強さをほとんど理解できていなかった光輝、龍太郎、鈴も含めて誰もが察した。理解されられた。

 

 仁が怒っているという事実を。

 

「……何しに来た」

 

 ハジメの胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、仁は問い詰めるかのようにして告げる。その声音こそ落ち着いているものの、その深紅の瞳からは抑えきれていない苛立ちが見て取れた。

 

「ハジメ……おまえならオレがどういう状況にあるかぐらい予想できただろ。情報は十分に揃ってたはずだ。それが分からないおまえじゃない。だからそれを踏まえた上でもう1回聞くぞ。――何しに来た?」

 

 鋭い視線がハジメに突き刺さる。もはや殺意にも近い怒りを躊躇いなくぶつける仁に誰もが息を飲むが、ハジメも引くことはない。仁の腕を振り払ってから自力で立ち上がり、彼は強く睨み返す。

 

「お前を助けにだ。それ以外にあるわけねぇだろ」

「オレより弱いおまえらがか?」

「そうだ……」

「……笑わせんな。おまえに何が出来る。何も出来ないだろ」

 

 嘘偽りのない本音。強固な覚悟によって放たれた言葉。だが仁はそれを一蹴する。

 

 仁にとって、ジャネンバとの戦いは命を懸けた殺し合いだ。ただそれでも、全力で戦えば勝てるという確信も彼の中にはあった。しかしそれは仁が全力で戦うことのできる環境あってこその話であって、ハジメ達という明確な不安要素を抱えてしまった現状、"約束された勝利"というビジョンは仁の中から崩れ去った。

 

 仁が怒りを抑えきれない理由はそこにある。苦戦こそするかもしれないが、確実に勝てた戦いがよりにもよって味方せいで邪魔された。大本音では怒鳴ってやりたいほど頭に血が昇っていたものの、ここで冷静さを欠けばこの後の戦いにも響く。だから表向きにはあくまで冷静に、それでいてハジメ達に激情をぶつけていた。

 

「さっきの流れ弾だってそうだ。オレが弾いてなきゃ少なくとも天之河達は確実に死んでたぞ。助けに来るにしてもどうして天之河達(コイツら)まで連れて来た。どう考えたって戦力不足だろ。まさか、そんなことすら分からなくなったか?」

「「「っ……」」」

 

 仁の視線がハジメからズレ、仁からの威圧を浴びただけで顔色を悪くしている光輝達へ向けられる。その瞳には、僅かな侮蔑の色が混じっていた。

 

 仁からの見下された評価に光輝達は悔し気に歯を食いしばる。だがそれは全て事実であり、実際に仁が守っていなければ死んでいたことも嘘とは思えない。3人は反論することすらできず、ただ辛そうに俯いた。

 

「それも分かってる。あいつらじゃあ所詮、欠片も戦力にはならねぇよ」

「っ……だったら本当になんで来た! どうしてわざわざ戦いに巻き込まれようとする! 今のおまえは生きることが最優先なんだろ! こっちに来たら死ぬって分かんないのかよっ!!」

 

 仁から押し寄せる威圧が更に強まる。だがどれだけ強烈なプレッシャーを浴びせようとも、ハジメが動じる様子は一切ない。涼しい顔で自分は間違ってはいないと言いたげに見返すハジメに、ついに仁も口調を荒げた。

 

 南雲ハジメという人間がどうしてここまで豹変したのか、仁はもう知っている。檜山に裏切られ、来るはずもない助けを期待し、【オルクス大迷宮】で"死にたい"と思えるほどの日々を過ごしてきた。その壮絶な経験がハジメを変えた。

 

 優しさを捨て、躊躇いを捨て、弱さを捨て、生きて故郷に帰るためだけを目的に生きる廃人へと。

 

 今でこそユエ達のおかげで多少はマシになっているが、その根本は変わっていない。故郷を帰る為とは関係ない"危険"には断じて関わろうとはせず、常にメリットとデメリットを天秤にかけて思考する。それが今のハジメだった。

 

 そう分かっていたからこそ、仁は理解に苦しむ。今のハジメにとって、自分を助けに来るという行為は、それ自体が死へと繋がる。だったら、ハジメは自分を見捨て、生きて戻ってくることに賭けるはずだと。そう信じきっていた。

 

 しかし、仁は分かっていない。ハジメは確かに損得勘定ありきで考えるところがあるが、ユエやシアといった大切な者のためならば命の危機にも躊躇うことなく足を踏み入れる。そしてハジメにとって、親友である仁は既に"()()()()"の枠組みに収まっていた。

 

「仁と一緒だ」

「……は?」

親友(仲間)を助けるのに、理由はいらないだろ?」

「っ……!?」

 

 まるでそれが当たり前のことであるかのように、ニヒルな笑みを見せたハジメは告げる。それは……それだけは……仁が否定できない要素であると承知した上で。

 

 風磨仁はお人好しだ。例え本人がそれを否定しようとも、ハジメがその意見を覆すことはない。何度も何度も救われた、他の誰でもない彼自身がその証人なのだから。

 

 そんなハジメだからこそ知っている。仁は光輝と違い、相手が助けたい人間か助けたくない人間かを定めてから行動する。その線引きは単純な立場や状況によってコロコロと変わるものの、ただ1つだけ、揺るがないものもある。

 

 それは……仁は仲間を見捨てないということ。

 

 それだけは確かだった。

 

「それは……」

 

 だからそれを出されてしまえば、仁はもう反論できない。そこを否定してしまえば、彼は彼の在り方を否定することになる。それだけは、これまで本心を隠し続けてきた仁にもある、踏み越えてはならないラインだった。

 

「ふぅ……仁、もう諦めなさい。貴方がどれだけ嫌がっても、南雲君の意思は変わらないわ。勿論、それは南雲君だけじゃなくて私も同じ。仁がどれだけ1人で頑張ろうとしても、私をどれだけ拒絶しても……私は何度だって仁を助けに来る。これは譲らないわ」

「八重樫……」

 

 仁のプレッシャーが緩んだ隙を見て、重圧を振り払った雫が仁の正面まで近づき、確固たる意思を告げる。まるで見透かすように見つめてくる雫。思わず仁は無意識に目を逸らしてしまった。

 

「そういうわけだ。諦めて俺達の手を借りるんだな。それに、この空間の性質か何かは知らないがゲートを閉じられちまった。どっちにしろ、戻るためには仁の手も借りなきゃならねぇ。だからまあ、さっさとあの怪物ぶっ殺して帰ろうぜ。……それと……」

 

 雫に続いて、再びハジメが呆れたように肩を竦めて告げる。そしてそのまま、仁の真横までゆっくり歩いて近づくと、耳元で仁にだけ聞こえるよう囁く。

 

好きなんだろ……八重樫のこと。だったら俺に任せないで自分で守れ……

「うっ……」

「それとこれはお返しだ。馬鹿野郎!!

 

 そして、先程の報復と言わんばかりに、今度はハジメの拳が仁の頬に突き刺さる。

 

 避けることも、守ることも出来た。だがそれをせずに敢えて仁は受け入れ、仰向けに倒れる。魔人ブウの肉体を持つ彼に痛みはない。しかしその衝撃は、確かに魂に届いた。己を友と信じる男が、メリットデメリット関係なしに、死ぬ可能性を考慮した上で助けに来てくれたのだ。これ以上意地を張り続けるなど、むしろそっちの方がみっともない。

 

 それに何より、納得してしまった。『好きな女は自分で守る』。なんて当たり前なことだろう。自分が死ぬかもしれないから、もしものことを考えて最も信頼できる相手に後を任せる。それは間違いだった。なんとしてでも生き延びて、必ず戻る。その覚悟こそが自分に最も必要なものだったのだと仁は再認識する。

 

 加えて最悪のIF……自分が死に、雫が光輝と恋人になったり、ハジメのハーレムメンバーの一員になった状況をイメージし、仁は決めた。

 

 ――うん、これはダメだ。嫉妬で頭おかしくなる。何が何でも生き延びよう。

 

「さて、これでさっきの分はおあいこだ。どうだ、足手纏いを連れてく覚悟を出来たか?」

「足手まといの自覚はあるのかよ。……はぁ、分かった! やってやるよ! そっちもまともな作戦考えてきたんだろうな!」

「任せとけ。とっておきのを容易してある」

 

 頭を強く掻きなから、半ばヤケクソ気味に仁はハジメ達の参加を許容する。それがどれだけ困難なことであるのかを理解していながら、仁は笑顔を浮かべてハジメから差し出された手を掴みにいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両腕をグルグルと振り回しながら暴れる黄色い肌の怪物――ジャネンバ。そしてその周りを物理法則を無視した軌道で飛び回りながら幾度となく遠距離攻撃を仕掛けることで、時間稼ぎとしての役割を果たそうとする3体の魔人――仁の分裂体。両者の戦いは熾烈を極めた激しいものであったが、戦況は明らかにジャネンバの方へと傾いていた。

 

 仕方のないことだ。分裂したことによって数的な優位を得た仁だが、その強さまでもを分裂させてしまえば必然的に個々の強さは劣化する。だからこその時間稼ぎでもあったのだが、それもいつまでも保つものではない。そして何より、ジャネンバが許してくれるはずがない。

 

「ジャ、ジャ、ジャ、ジャネンバァァア!!」

「「「っ……!!」」」

 

 両腕を広げ、ジャネンバは自身を中心に大爆発を引き起こす。両腕をクロスさせて爆風に耐えようとする分裂体達であったが、その威力は絶大。徐々に肉体が消し炭にされていく。その時だった。分裂体達は突然雷に打たれたような反応を見せると、一瞬の硬直の後に撤退を開始した。

 

 これにはジャネンバも意外そうにキョトンと首を傾げる。

 

 撤退していった仁達の先に現れたのは4つ目のピンク色の影。つい先程までハジメ達と作戦会議を行っていた本体の方の仁だ。最低限の情報共有を終えた彼が分裂した3体の元へと戻ってきたのだ。仁達は体をスライム状にして再び1つにくっつくと、万全な個として復活する。

 

「待たせたな。さあ、お遊びを始めようぜ」

 

 2人はただ本能に従って駆けだした。その時、仁の脳裏には先程の作戦会議でハジメから伝えられた指示が過る。

 

『仁、取り合えずお前は今まで通り戦え。結局のとこ、俺達の最高戦力はお前だ。そこだけはどうやっても変えらねぇ。とにかくツッコんで奴を殴れ」

『そこは任せとけ。ただおまえらに気を配んなきゃならん以上、かなりきついぞ。負けることはないだろうが、多分勝つのも無理だ。そこら辺は分かってるんだよな?』

『ああ、安心しとけ。要は、仁があの怪物を好きなだけ殴れればいいんだろ?』

 

 ジャネンバの口から燃え盛る火炎が放たれる。まるで津波のように押し寄せてくるそれは、背後の味方を気にかけるのであればここで食い止めねばならない災害だ。だが仁は避けようとも、衝撃に備えようともしない。迫る炎を前にしてもなお、一切スピードを落とさず突き進む。

 

 しかし、仁が炎の波に呑み込まれることはなかった。

 

『――そのサポートを俺達がやる』

 

 突如、仁の背後から黒い極光がうねるように飛び出し、駆ける仁を越えてジャネンバの火炎放射に直撃。すると火炎が明後日の方向へと逸れる。

 

「ふっ、まさか噂に聞くジャネンバと戦う日が来ようとは……ご主人様と一緒にいると驚かされることばかりじゃ。だがのう、たかが熱しか取り柄の無い炎如き、妾の敵ではない!」

 

 ティオの放ったブレスだ。"竜人形態"から放たれたそれを、ティオは長年の経験から手足のように自由自在に操ることを可能とした。その高い操作技術によってティオは、己のものよりも高火力かつ広範囲のジャネンバの炎を絡めとり、進行方向をズラしたのである。

 

『ティオは普段はアレだが、炎の扱いに関してはユエを上回る天才だ。相殺は無理でも、攻撃を外させるぐらいはできる。そうだろ、ティオ?』

『ほほう、ご主人様にそこまで言われては仕方ない。任せよ、どれほど強大な炎であったとしても、妾が全て弾いてみせよう』

『それは……頼もしいな』

 

 目の前の災害が消えたことを確認した仁は口元を吊り上げ、笑みを浮かべると一気に加速。ジャネンバの顔前まで一歩で接近すると、その巨大な顔に飛び膝蹴りを浴びせる。

 

「ンバァ?!」

 

 衝撃をそのまま受けて吹き飛ばされそうになるジャネンバだが、仁がそれを許さない。両腕を伸ばすとジャネンバの足を掴み、ハンマ―投げの要領でグルグルと振り回してから真上に放り投げた。

 

 ボールのような丸い体を高速回転させて吹き飛んでいくジャネンバは空中で「フンッ」と力んでその場に静止する。しかしジャネンバは気づけていない。己の頭上に、巨大なハンマーを振りかぶった兎が待ち構えていたことなど……。

 

「でぇぇぇりゃぁぁああああ!!」

「ジャネンバ?!?!」

 

 仁が空中に投げ飛ばすことを"天啓視"で事前に予知し、待ち構えていたシアがドリュッケンをジャネンバの頭部めがけて振り下ろす。

 

『シアには仁と一緒に前線で戦ってもらう。多分1番キツイポジションだが、唯一それができる奴がシアだ。多分大丈夫だと思うが、もしヤバそうだったら仁が死んでもいいから守ってくれ』

『貴方と一緒に戦うのはすご~く……複雑なんですが! 今回は合わせてくださいよ。あと今後2度と負けヒロインって呼ばないでください! 今の私は第2正ヒロインです!』

『いいのかおまえそれで……』

 

 シアの物理的火力はアーティファクトなしのハジメすら超える脅威であるが、それでも仁やジャネンバの領域には届かない。それは自分でも分かっていたのだろう。シアはその手に持つドリュッケンを力で振るうのではなく、"重力魔法"で最大限まで重さを加え、体重移動だけで落とすようにして当てて見せた。

 

 重量が重ければ重い程その衝撃も強まる。だがジャネンバにとってそれは所詮、とんでもなく重い物質が頭に当たっただけのこと、痛みこそあれダメージと呼べるものには至らなかった。

 

 しかしそれで構わない。そもそもシアの役割は敵を倒すことではない。仁が守りを気にせずに殴れる状況を作り出す。それだけで構わない。だからこそ、彼女は自身の全力を攻撃の為ではなく落とすためだけに使った。

 

「いい位置だ……ほらよッ!」

「ジャネンバァァ!!」

 

 シアに叩き落され、無防備なジャネンバを落下地点で待ち構えていた仁は一瞬で顎を打ち抜き、腹に拳を叩き込んだ後にそのまま掌を腹に当て、0距離からエネルギー波を放つ。

 

 再び吹き飛んだジャネンバを追って飛んだ仁は、腕にサクラブレードを展開しつつ至近距離まで迫る。気の刃を振り上げた仁に対し、ジャネンバも飛ばされながらも尻尾で突きを放つも、それは突如仁とジャネンバの間に割り込んできた漆黒の刀によって逸らされ、仁から大きく外れた何もない空間を裂いた。

 

『あとはまあ……なんか八重樫が自分も前線で戦うって言って聞かないから好きにやらせとく……』

『おい急に雑になったな……ってかそれマジか? いくらなんでも八重樫じゃ無理だろ。天之河達と一緒に白崎お守り隊やっとけ。冗談抜きで死ぬぞ』

『嫌よ。私だって仁のために戦うわ。弱くたって、戦う手段は持っているもの。それでも止めるつもりなら、力づくで止めてみなさい』

『ほら、ずっとこんな調子だ。止めたければ仁がやれ、俺はもう諦めた。といってもまあ、そんな時間もなさそうだけどな』

『いや、えー……嘘でしょ……』

 

 当たり前であるが、いくら強くなった雫とはいえ仁の戦闘に追いつける程速くなければ、ジャネンバの攻撃に耐えうる剛力もない。ただ彼女には長年の付き合いによる仁との信頼関係と磨き上げ続けた剣術の才があった。

 

 つまりは、仁の性格から戦闘経過を推測し、逆算して自分が手を貸すことのできる位置へ先回りすることで速すぎる戦闘に割り込み。雑に振るわれた攻撃を刀の腹で()なすことによって迫りくる尻尾突きから仁を守ったのだ。

 

「カ、カッケー。オレもやってみたい……」

「いいからさっさと攻撃!!」

 

 ジャネンバの尾から守った雫が、目を輝かせて見つめてくる仁を叱責する。

 

 見た目だけならば仁の言うように男心の擽られるロマンある戦い方だが、雫からしてみれば少しでもミスすれば冗談抜きに命が消し飛ぶ精密かつ危険な作業。何も知らない仁が呑気に目を輝かせていれば腹も立つ。怒るのも無理はない。

 

 雫に叱られ、「はっ……!」と戦闘モードに思考を切り替えた仁は体勢を崩したジャネンバを容赦なくサクラブレードで切り刻む。一撃で両断する威力こそなくとも、その刃は確かにジャネンバの皮膚を裂き、その体にいくつもの切り傷を刻みつけた。

 

「ジャ、ジャネンバァ!!」

 

 打撃による鈍い痛みとは異なる、刃による鋭い痛み。それには流石のジャネンバも嫌がる様子を見せ、怒りのままに殴りかかろうとした。しかしそれは仁が眼から発射したビームに弾かれ、逆に腕を掴まれ、背負い投げの要領で地面に叩きつけられる。

 

「パパパパァ!」

 

 痛みに苦しむ悲鳴こそ上がるものの、抵抗は鎮まない。体をコマのように回転させて周囲に衝撃波を発生させることで仁を遠ざると、ジャネンバはすぐに立ち上がり、大の字の体勢をとってからエネルギー弾を放った。勿論発射点は体中に空いた謎の穴から。

 

 ホーミングのかかったエネルギー弾は吸い寄せられるように距離を取った仁へと狙いを定め、意思を持ったかのように襲い来る。しかし、

 

「ジャネッ?!」

 

 驚くことにそれらは仁に直撃する前に空中で爆散して消滅していった。

 

「へえ、意外といけるもんだな」

 

 仁のはるか後方、シュラーゲンを構えたハジメがその光景を見届けながら小さく呟く。

 

『それで俺の役割についてだが……前線で戦うお前らの援護ってところだな。隙を見て銃弾ぶち込んだり、エネルギー弾……だったか? あれを撃ち落とすのも多分いけるはずだ』

 

 ハジメにはティオのような相性的に有利を取れる武器はない。シアのように確定した未来も見ることで最適なタイミングの援護も出せない。雫のような生まれつきの才能だって持ち合わせていない。元より、南雲ハジメに秀でた才能はなく、その強さの全ては文字通り死に物狂いの努力によって鍛え上げられたもの。

 

 だがそれが努力によって積み上げられたものだからこそ、ハジメの技術はどんな才能をも上回る。今のハジメからしてみれば、エネルギー弾などというタメ時間のない超速の爆弾を撃ち落とすことなど、難しくともなんともなかった。

 

「ジャネンバァ?」

 

 サイズが違い過ぎるが故に、ジャネンバはハジメが撃った小さな弾丸など目に入らなかったのだろう。いきなり自分の放ったエネルギー弾が破裂したことに戸惑いを隠せずにいた。

 

 そんなあからさまな隙を見せてしまえば、卑怯卑劣をなんとも思わないハジメが追撃を仕掛けないわけがない。呆然とするジャネンバへ向けてカーブボールのような軌道を描いて2つの手榴弾が投げ込まれた。

 

 直後、ジャネンバを中心に激しい光と煙が発生する。

 

「ジャネンバァァァ!?!?!?」

 

 ここまでの戦いで、最大の悲鳴が上がった。

 

 ハジメ作の手榴弾は数多く存在するが、今回使用したものはハジメが正直戦闘用としてあまり期待していなかったものだった。何故なら、基本的にハジメの作った手榴弾はどれも破壊能力に優れており、わざわざその手榴弾を使うよりも爆破とか燃やす方が手っ取り早かったからである。

 

 今回使用したものだってそうだ。使用相手は調子に乗った光輝ぐらいにしか使っていない。

 

「ジャ、ジャネンバァ?!?!」

 

 やがて爆煙の中から顔を見せたのは、目元を抑え、涙と鼻水っぽい白い何かを垂れ流した状態で悶えるジャネンバだった。

 

 もうお分かりだろう。ハジメが使った手榴弾は"閃光手榴弾"と"催涙手榴弾"。

 

 肉体的強度が高く、ダメージを与えることが不可能でも、人間のような目と鼻を持つ生物ならばこれを避けることはできない。圧倒的格上相手への対策として思いついたハジメの考えがそれだった。ちなみに、仁には既に実験済みである。

 

「今だ! ありったけ撃ちまくれ!」

「あんまこういうやり方は好みじゃないが……この際仕方ないか!」

「流石はご主人様じゃ、やりおった!」

「ほらほらほら、避けられるもんなら避けてみろです!」

「ええっと……こんな感じ……かしらね!」

 

 ハジメの号令と共に、仁が連続でエネルギー弾を、ティオが黒炎を、シアが砲撃モードに切り替えたドリュッケンで、雫がいつの間にか出せるようになった気の斬撃で、そしてハジメが宝物庫から取り出したオルカンで、同時攻撃を放った。

 

「ジャネンバァァァ!!!」

 

 いくらジャネンバの体が頑丈とはいえ、仁のエネルギー弾を含めたそれらの弾幕を全て受け、無傷でいられるわけがない。これまで受けたダメージも重なって、ジャネンバは足掻き苦しむ。

 

 でも、ここまではまだ第1段階に過ぎない。

 

『俺達5人で戦えばかなり一方的な展開に持ち込めるはずだ。それである程度のあの化け物の動きを鈍らせる。もしくは止めたところで……』

『……ん。私の出番』

『えぇ……』

『おい、あからさまに嫌そうな顔すんな』

 

 ハジメ達が考えた作戦の要石は、ユエだった。ハジメ、仁、シア、ティオ、雫の5人でジャネンバを弱らせた後、ユエの魔法でとどめを刺す。そんな単純な作戦こそ、ハジメがジャネンバに勝つ手段として提案したものだった。

 

 ただハジメは兎も角、仁はユエにそこまでの期待をしていなかった。仁からしてみれば、ユエはハジメ達の中で誰よりも光輝側(強者側)の思考回路をしており、かつ敗北を糧に大した成長も見せなかった。弱さを認め、強さを求める者を好む仁にとってユエは相当気に入らない部類だったからだ。

 

 しかし、その後に語ったハジメの作戦を聞かされ、仁がユエへと定めた評価が揺らぐ。

 

『――それは……正気か? もし本当にそんな魔法があるなら奴にも通じるだろうが、それこそ神の領域に届く力だぞ。とてもじゃないがそんな芸当がおまえに出来るとは思えない。それに、失敗して死ぬのはおまえだ。それでもいいのか?』

『……分かってる。でも大丈夫。私、失敗しないから』

『はぁ……信じるしかないか』

 

 不安も相当あったが、残された時間もそうない。仁はユエを信じてハジメの作戦を受け入れることに決めた。いざという時は、ユエを()()()()()()()()自分がとどめを刺すと胸に刻んで。

 

『……でも、あの魔法はまだ使い慣れてない。魔力操作にもきっと時間がかかるし、同時に別の魔法も使えない。だからそこは……なんとかして』

 

 全てが理想通りに進めば穴のなさそうな作戦だが、そこにも1つだけ落とし穴がある。

 

 ユエの魔法が確実にジャネンバを倒せると仮定した上で考えるとして……ユエが集中して魔法を発動させるまでの時間を稼ぎ。確実にソレをジャネンバに当てるための隙。そして全ての神経を1つの魔法を発動することだけに集中させるため、その他の魔法発動を禁じられた無防備かつ脆弱になったユエを守りながらジャネンバの元まで届ける誰か。最低でもそれら3つが必要だった。

 

 前半2つに関しては問題ないだろう。それは前衛として戦う仁達が頑張ればいいだけのこと。だが3つ目に関してだけは少しばかり手が足りない。

 

『その役割、俺に任せちゃくれねぇか?』

 

 ハジメ含めた前衛組はジャネンバの対応で手一杯でそちらに意識を向けることすら厳しく、それ以外のメンバーは戦力不足。最悪攻めが甘くなることを承知で、ハジメがユエを運ぼうとしたものの、そこにある立候補者が現れた。

 

「ンバッ!?」

 

 絶え間なく続く遠距離攻撃により怯んだジャネンバを仁がちぎった腹の肉を投げてグルグル巻きにし、ハジメが神速で"宝物庫"から拘束用アーティファクト、"ボーラ"を取り出し、その上から更にワイヤーで拘束する。

 

 ジタバタともがいて拘束から抜け出そうとするジャネンバから目を逸らさず、ハジメと仁は彼の名を呼んだ。

 

「「()()ッ!」」

「おぉおおおお!!」

 

 2人が合図を出す前から、とっくにユエのGOサインは出ていたのだろう。ハジメの遥か後方から、野太い声を上げながら肩にユエを担いだ龍太郎が走り出してきた。

 

 坂上龍太郎は、これまで己の意思で物事を決定したことが常人と比べて遥かに少なかった。

 

 それは自分の最も近くに、『こいつについて行けば大丈夫!』と心から信頼できる親友(光輝)がいたことが大きな要因だろう。何事も表面だけ見れば上手く進んでしまう光輝と、他人に考えることを任せて己の直感に従って動く龍太郎では、悪い意味で相性が良かった。

 

 そのため、龍太郎は光輝の視点で世界が見えてしまっていた。流石に光輝程壊れてはいないものの、"何もかもが上手くいく世界"を味わっていたのだ。悪い言い方をすれば、光輝の甘い汁を誰よりも吸っていたとも言える。

 

 そのような絶望を知らない人生を送っていれば、人は成長しない生き物だ。龍太郎は無意識の内に己の意思よりも光輝の意思を尊重して行動するようになっていた。

 

 しかし今回、その決断を選んだのは他でもない龍太郎自身。

 

 トータスで己の強さを知り。魔人族の強さを知り。ハジメの強さを知り。仁の強さを知り。そして……己の弱さを知った。

 

 自分は弱者である。それを理解できない龍太郎ではない。だから、誰かがユエをジャネンバの元にまで運ばなければならないと聞き、真っ先に自分に任せて欲しいと彼は主張したのだ。それこそが、パワーと頑丈さに自信のある自分でも出来る唯一の事だと信じて。

 

「うぉおおおお!!」

 

 声を張り上げ、先程まで仁達の戦闘を見て恐怖していた心と体を奮い立たせながら、龍太郎は全力で走った。

 

 本来、龍太郎の役割は光輝や鈴と同様、回復要因として後方で待機している香織の護衛だった。戦力として数えてもらえないことに不満はあれど、仁とジャネンバの戦いを見てしまえば、それも仕方のないことだと納得してしまった。仁と龍太郎ではあまりにも、戦いのレベルが違いすぎる。

 

 龍太郎は悔しかった。何も出来ない自分に怒りしか湧いてこなかった。誰かを助けるために力を得たというのに、助けるどころか弱者だと思っていた相手に助けられている始末。そんな己の未熟さをどうしても許せなかった。

 

 それほどまでの無力感があったからこそ、龍太郎には躊躇いもなかったのだろう。ユエの足として一手間違えれば命を落とす真の戦場へ足を踏み入れることへの躊躇いが。

 

 そして何より、既に本命がいたのだとしても、惚れた女(ユエ)が困っているのだ。助けないという選択肢などあるはずがない。それが坂上龍太郎という(おとこ)である。

 

 その龍太郎の男としての覚悟が伝わったのだろう。普段であればユエに他の男が触れることさえ許さないハジメが、『死んでもユエを届けろ』と龍太郎を作戦の一部として許容した。ならば、もう後戻りは許されない。

 

 龍太郎は走った。感覚的に多分太陽の10倍の速度で走った。そして、あと数歩で拘束されたジャネンバの元まで辿り着くといったところにまで到達した時――誰もが想定していない方向へ事態は進路を変える。

 

「ジャネンバ♪」

「……は?」

 

 拘束されたジャネンバがそのままの体勢で掌を上へと向けると、驚くことにそこからミニサイズの仁が生えるように現れ、拘束していた仁の肉片とボーラをまとめてエネルギー波で破壊したのだ。ジャネンバはこれまで多種多様な攻撃手段を見せていたが、完全に意表を突かれたその攻撃に仁とハジメも一瞬動きが止まる。

 

「ッ……やべぇ!!」

 

 しかしそんな仁やハジメを待ってくれる相手ではない。すぐに仁達が何かを企んでいることに気づき、あからさまな計画の要であろうユエへと向けて、ビンタを振るった。

 

 巨大な黄色い掌が、ユエを肩に担ぐ龍太郎へと迫る。回避は不可、防御も不可、反応が遅れた仁やハジメの助けすら期待できない。龍太郎の脳裏は"死"一色に染め上げられた。

 

 その瞬間、龍太郎の脳内に溢れ出す走馬灯。

 

 光輝と一緒にラーメンを食いに行った時の記憶。光輝と一緒に焼肉を食いに行った時の記憶。光輝と一緒に寿司を食いに行った時の記憶。光輝と一緒にカツ丼を食いに行った時の記憶。光輝と一緒に……etc

 

 忘れるはずもない数々の思い出が、何度も何度も龍太郎の脳裏を駆け巡る。一瞬が何秒にも感じられる不思議な感覚を感じつつも、イメージとして無理矢理流されたそれらの記憶を振り返り、龍太郎は覚悟を固めた。

 

(死んでたまるか!!)

「根性ゥゥゥゥ!!」

 

 生きて元の世界へ帰る覚悟を。

 

 闘気を張り巡らせた龍太郎は迫るジャネンバの掌からユエを庇いながら、まさかのタックルをかます。サイズもパワーも違いすぎる。耐えられるはずがない。実際、龍太郎の肩からはバキバキボキボキという骨の折れるような痛々しい音が何度も鳴り響いた。

 

「ぐぅ……ギィ……おぉおおおおッ!!」

 

 しかしそれでも、龍太郎が押されることはなかった。体のあちこちが壊れ、全身から血を垂れ流しながらも、龍太郎はジャネンバのビンタに耐えてみせたのだ。

 

 龍太郎が強くなったわけじゃない。危機的な状況に覚醒したわけでもない。奇跡に恵まれたわけでも、悪運が強かったわけでもない。元より、龍太郎はそんな運命を持ち合わせていない。

 

 ただの泥臭い根性。たったそれだけで、龍太郎はジャネンバの攻撃に生身で耐えて見せたのだ。

 

「……坂上の野郎、男見せやがって」

 

 これは流石にダメだと思ったのだろう。良い意味で意表を突かれたハジメの口元が楽しげに歪む。ハジメも男だ。泥臭い根性的な展開は嫌いじゃない。だが、油断するのはまだ早い。

 

「っ……」

 

 ビンタを耐えられたジャネンバが今度は大きく口を開き、火炎放射を放とうする。咄嗟にティオが援護に入ろうとするも、このタイミングと距離ではとてもじゃないが間に合わない。すぐにそれを察した仁とハジメが龍太郎とユエを守ろうと動き出そうとしたその時……仁達の遥か後方から気の抜けるような声が響いた。

 

「やめろー! この風船オバケー!!」

 

 声の主は、後方で香織を守るために障壁を張っていた鈴だった。もし今が切羽詰まった戦場でなければ、仁あたりが『いきなり何言ってんだおまえ?』と呆れていたことだろう。誰もが耳に入ってはいたものの、それどころではないとスルーしていた鈴の怒りの"悪口"は思わぬ方向に働いた。

 

「ジャネンバッ!?」

「「……え?」」

 

 突然ジャネンバの身体の表面がガラスのように砕け散り、あからさまなダメージを受けた。そして発動しようとしていた火炎放射も中断される。

 

 これには仁とハジメも口を開けてポカンと思考停止に陥ったが、それよりも先に肉体的余裕がない龍太郎が動いた。

 

「よく分かんねぇけど……行っけぇええええ!!」

 

 全身ボロボロにも関わらず、根性だけで体を動かし、龍太郎は目の前に聳え立つ巨大な黄色い怪物へ向けてユエを放り投げた。そしてその行動を最後、龍太郎はギリギリで繋ぎ止めていた意識を手放した。

 

「……ありがと。……龍太郎。貴方の犠牲は忘れない」

 

 一方投げ飛ばされたユエは、うつ伏せに倒れようとする龍太郎へ聞こえるはずのない感謝の言葉をかけると、意識を目の前のジャネンバへと集中させる。その鋭い眼には、明確な殺意が宿っていた。

 

「……最新の神代魔法。見せてあげる」

 

 ハジメ達の時間稼ぎと龍太郎による命懸けのサポートによって、魔法の構築は9割方完了している。あとは発動するのみ。ユエは集中を途切らせないまま、投げられた勢いそのままにジャネンバへと飛んでいく。

 

 だがジャネンバも一筋縄ではいかない。鈴の悪口によって多少皮膚を傷つけられたものの、すぐに立ち直って真っ直ぐと迫ってくるユエへ拳を振り下ろす。

 

 直撃すれば死。しかしユエは避けようとしない。今ここで回避するために別の魔法を発動することもできるが、それではせっかく構築した魔法が崩れてしまう。そうなってしまえば1からやり直しだ。

 

 それに、ユエは約束していた。

 

『分かった。おまえを信じよう。その代わり、おまえもオレを信じろ。オレのことが嫌いなのは分かってるが、信用してくれない味方に背中を預けるつもりはない』

『……ん、それは当たり前。信頼するつもりはないけど、信用はしてるつもり。そっちこそ、私を本当に信用できる?』

『当然だろ。ハジメのために戦うおまえが、この状況でオレを裏切るわけがない』

『そう……なら、この戦い……私達が勝てる』

 

 この場においての最高戦力をハジメの名に誓って信じると。そして彼女は、始めて彼の名を呼ぶ。

 

()、助けて!」

「ああ、助けるさ、()()

 

 振り下ろされるジャネンバの拳。それがユエに触れる直前、救援に応えるかのようにユエの顔前に"瞬間移動"で現れた仁が迫る拳を蹴り上げた。

 

「お膳立てはしてやったぞ。遠慮なくやれ!」

「……んっ!」

 

 片腕が上がり、無防備となったジャネンバの顔前へユエは怪しく輝く右の掌を向ける。

 

 あの日、仁に2度目の敗北を与えられたあの時をきっかけに、ユエは更なる魔法の研鑽を始めた。全ては己の弱さを越えるため、そしていつの日か、仁をぶちのめすために。

 

 仁は言った。ユエ程の才能があれば、神代魔法にも匹敵するオリジナルの魔法だって生み出すことは不可能じゃないと。

 

 不服ではあったものの、そのアドバイスを参考にユエはこれまでのものとはまったく方向性の異なる、完全オリジナルの魔法開発を目指した。それも、神代魔法に匹敵する程の高位なものを。

 

 だがそう簡単に新たな魔法が生み出せるはずもない。王国、帝国両方の書庫からありったけの魔導書を読み込んであらゆる現代魔法の知識を蓄え、ハジメやティオに相談して多くの発想を取り入れ、時には恥を忍んで超遠回りに仁からアドバイスも貰った。

 

 それでも何十何百通りといった試行錯誤を重ね、ついにユエは己のイメージを実現させることに成功した。

 

 神エヒトにすら辿り着けなかった真の神の領域。生まれつきではない人造の固有魔法。現代に生まれた最新の神代魔法。そして何より、南雲ハジメの隣に立つべく存在として最も相応しい最強にして最凶の力。

 

 その名は――

 

「――"()()"!」

 

 瞬間、ユエの掌から紫色に怪しく輝く白銀の光球が放たれた。

 

 それは文字通り"破壊"という概念の塊。森羅万象……生物、自然、魔法、概念すら含めた世界のあらゆる全てに対して問答無用で破壊という効果を押し付ける絶対的な力。名付けるならば、そのまんま"()()()()"といったところだろう。

 

「ジャネンバァァァ!?!?」

 

 破壊魔法によって作られた光球――"破壊玉"は無防備なジャネンバへと直撃し、まるで伝染するかのようにその体全体を紫色のオーラで包んでいく。そして数秒も経たぬ内に、ジャネンバの身体は手足の先から徐々に分解されるように崩壊を始めた。

 

 破壊魔法はこれまでユエが扱ってきた魔法のようなただの物理的破壊とはわけが違う。どれだけ強くとも、どれだけ強固な守りを持っていようとも、もしくは不死身に等しい再生能力があろうとも、瞬く間に体全体へといきわたりその身を魂ごと消滅させる。

 

 まさに殺すための魔法ではなく、()()()()。それがユエの新たに生み出した神代魔法――"破壊魔法"だった。

 

 しかし、

 

「ンバァァァ!!」

「っ……なんでッ!」

 

 肉体が死に近づく感覚に今までの痛みの悲鳴とは異なる雄叫びをジャネンバが上げた途端、両腕両足の付け根まで崩壊させていた破壊魔法の魔力が急激に弱まった。

 

 それでもジャネンバの肉体の破壊は未だ続いているが、それはあまりに遅い。このままでは完全に破壊しきるまで5分……もしかしたらそれより前に克服されてしまう可能性すらあった。

 

 破壊魔法が通用しなかったわけではない。確実に効いた上で、耐性を付けられたのだ。

 

 何故か? それは単に、ユエの実力不足に過ぎない。

 

 ユエが幾度となく研究と努力を重ねて生み出した"破壊魔法"は、確かに破壊という概念を強制的に相手へ押し付ける性質を持ち合わせていた。だが、あくまでそれは土台に過ぎない。ユエが破壊魔法を完成させるためには、更なる改良と練度が必要だったのだ。

 

 その事実にユエはこれまで気づくことができなかったが、それも無理はない。ユエだって、実戦でいきなり破壊魔法を投入するほど愚かではない。事前に何度も練習や実験は繰り返していた。ただ確実に敵を殺すという目的で作った魔法であるため、その的役は基本殺しても問題ない魔物に限定される。

 

 当然普通の魔法でも容易く殺せる程度の魔物が、破壊魔法に耐えられるはずがない。ユエの練習という名の蹂躙は大抵1発で終わってしまうものだった。

 

 だからこそ、圧倒的格上――それこそジャネンバのような怪物相手には、耐えられてしまう可能性もあるのだとユエは予測できなかった。破壊魔法が完成したと本気で思い込んでいたのだ。

 

 それをこの危機的状況で気づき、顔を青くしたユエからは冷や汗が吹き出す。

 

「っ……もう一度ッ!」

「いいや、どうやらその必要はなさそうじゃぞ」

 

 もう1度破壊魔法を発動できる時間と集中力があるかは賭けであったが、ユエが再び魔法の構築を始めようとしたその時、微かにしか捉えることのできない速度で飛翔してきたティオがユエを抱きかかえてその場から大きく距離を取った。

 

 この場にいては、()()()()()()()()。そう判断したからだ。

 

「ユエのことは妾に任せよ。ご主人様!」

「ああ、最高だ!」

「……ぁ」

 

 自身を抱えるティオの視線を辿り、ユエは目撃する。10メートルを超えるジャネンバの巨体の更に上。上部から落下してくる漆黒の人影を。それが誰であるか、ユエがそれを分からないはずがない。

 

 ユエが世界の誰よりも信じ、愛する男。

 

「ハジメッ!」

 

 南雲ハジメだ。全長2メートル半のアームが付いた大筒――パイルバンカーを義手に装着したハジメは自然落下の勢いを利用し、ユエの破壊魔法で仰向けに倒れながら苦しみ悶えるジャネンバへと迫る。

 

「そのデカい体に風穴開けてやるよ」

 

 ハジメの口元が不敵に吊り上り、瞳が殺意にギラつく。"極破"の発動によって溢れた深紅の魔力をその身に纏いながら、ハジメは凄まじい衝撃と共にジャネンバの腹へとパイルバンカーを叩きつけた。

 

「ジャ、ジャネッ!!」

 

 ジャネンバの顔に動揺が走る。いくらハジメの持つ最大最強の一撃とはいえ、ジャネンバの身体を貫く威力はない。だがユエの破壊魔法によって肉体の表面をズタボロにされ、その耐久力は著しく弱まり、加えてハジメの魔改造に魔改造を重ねたパイルバンカーを極破の魔力で更に強化したその一撃は、ジャネンバの皮膚を容赦なく貫いた。

 

 肉体を貫かれた痛みにジャネンバから、甲高い悲鳴の声があがる。しかし、その一撃もジャネンバの命までは届かなかった。明確な致命傷であろうが、これではまだ足りない。

 

 しかしハジメの目に諦めの色はない。まるで、そんなことは想定済みと言わんばかりに。

 

「元より本命は俺じゃねぇ……やれ、仁!」

 

 突き刺さった杭を義手から外すと、ハジメはジャネンバの身体から勢いよく飛び退いた。

 

 代わりに現れたのは、体を縦に高速回転させながら、遥か上部から重力を利用して急速降下してくる仁。

 

「ッ……ンバァ!!」

 

 仁が何をしようとしているのか察したのだろう。焦ったようにその場から退避しようとするジャネンバだが、もう遅い。猛スピードで落下してくる仁には間に合わない。

 

「だりゃあッ!」

 

 仁は落下の勢いそのままに、踵落としを杭に叩き込む。轟音と共に杭が更にめり込み、ジャネンバのその巨大な腹に完全に埋め込まれた。だが、それだけでは終わらない。

 

 仁の蹴りに耐えきれなかった杭にビシッという音を響かせながら亀裂が入り、その亀裂からは今にも漏れ出しそうな光が溢れだした。パイルバンカーに詰められていた超圧縮された炸薬と魔力である。あまりの衝撃に反応し、爆破を引き起こそうとしていたのだ。

 

 輝きが増し、今にも杭が爆破しようとした瞬間、仁は体に杭の埋まったジャネンバを土台に飛び立つ。そして、右手に槍のような細長い形状をしたエネルギー弾を生み出すと、弓を引くように右腕を体の後ろへと持っていき、それをトドメとばかりに投げ放った。

 

 今にも破裂しそうであった杭は気の槍を受けたことをきっかけにして、眩いばかりの大爆発を引き起こす。

 

 ハジメの魔力が込められたアーティファクトに仁の気が混ぜ合わさったその威力は、既に離れていたユエ達すらも勢いよく吹き飛ばす。それを体内から直に受けたジャネンバはもうどうしようもない。

 

 爆炎が消え去った後に残ったのは、腹に巨大な風穴を開けられたジャネンバの姿。傷口から血を吹き出すことも悲鳴を上げることもなく仰向けに力なく倒れたその姿から、既に生を手放したという判断に至るのはごく自然な結論だった。

 

 仁はそれを確認すると、ようやく全身から力を抜き安堵の溜息を吐いて着地する。直後、背後か声がかかる。振り向くと、そこには予想通りハジメがいた。仁は親指を立ててサムズアップすると、ハジメも応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

 

 ここに、かつて亜人族を滅ぼしかけ、世界中に恐怖を振り撒いた神代の怪物の1体――ジャネンバが現代の人間達によって倒された……

 

 

 

 

 

 

 ――ように思われた。

 

「……ハハ…マジかよ」

「仁、どうし……ッ!」

 

 仁が何かに気づきジャネンバの亡骸へ目を向ける。違和感を感じ、ハジメも続いてそちらへ目を向け、絶望した。

 

 そこには、仰向けに倒れたまま蠢くジャネンバの肉体があった。

 

「おい仁、これってもしかしなくてもヤバいか?」

「ヤバいどころじゃない……滅茶苦茶ヤバい。というか、さっきよりも気が増えてないか?」

 

 この変化に危機感を感じない程、仁もハジメも能天気じゃない。2人は言葉にせずとも、絶対にこの状況で起きて欲しくはなかったある法則が頭に過る。

 

 すなわち、ボスには第2形態があると。

 

 仁とハジメによって開けられた風穴を中心にジャネンバの肉が収束し、あれほどの巨体が人間サイズにまで圧縮されていく。その際、ジャネンバの肉塊から人間サイズの何かが飛び出したようであったが、今のハジメと仁にそれに気づける程の余裕はない。

 

 身体の色は黄色から赤へ。その顔つきは先ほどまでのゆるキャラのような顔ではなく、鋭利で凶悪な悪魔のような顔へ。灰色と赤の2色で構成された身体は今までの愚鈍そうな外見とはうって変わり、一つの機能美すらも感じさせた。

 

 更に気も今まで以上に凶悪に、そしてより巨大なものへと変貌していく。それは全力の仁を遥かに上回る絶大な気。膨れ上がる気の余波だけで、外界世界は地震のような揺れを引き起こす。

 

「ウガァァア!」

 

 最後に獣のような唸り声を発し、ジャネンバは復活を遂げた。完全なる悪と成り果て、その身体もより戦闘向きなものへと変えて。

 

 悪は未だ、滅びない。




スーパージャネンバ
遂に変身できたジャネンバ。やったね。
変身したことでフィジカル、気の総量共に仁を上回り、文字通り現状世界最強の生物。ただこれでもリューティリスの"外界世界"の効果によって弱体化しているため、実力の6割程度しか出せていない。
ユエの"破壊"が不発となった以上、弱点は悪口しかない。(肉体がサイケ鬼ではないのに原作と同じ弱点を持つ理由についてはあまり考えない方向で)
弱体化している影響もあり、この作品内でのスーパージャネンバの強さはスーパーサイヤ人3の悟空に勝てない程度、つまりは魔人ブウ(無邪気)と同じくらいと思っていただければ。ただ現状の仁がブウ編のベジータ程度の力しかないためタイマンやったら絶対に負ける。
さあ、どうする風磨仁!

破壊魔法
ユエが新たに生み出した神代魔法。
ビルス様達のような破壊神が扱う"破壊"を魔法で再現したもの。
ユエは能力が足りず未完成ではあったものの、それでも余程の強敵でなければ問答無用で殺すチート魔法。発動時間が長いのと、相当の集中力が必要なのが欠点。
神代に作ったわけじゃないから神代魔法じゃないと言われたらその通りだが、名前の響きでそう宣言しただけであって、そこまで深い意味はない。
エヒトですら辿り着けない本物の神の領域に手を伸ばすという意味では創造と破壊で迷ったが、「ハジメの女ならこっち」ということで破壊を習得することになった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。