ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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どうしよう。色々フラグを用意した結果、どれを回収して、まだどれが残っているか完全に分からなくなった。
自分の小説を最初から読み直すのもキツイし、このまま続けようっと!


目標への第一歩

 『最強の敵』ジャネンバに勝利。そして『解放者』リューティリス・ハルツィナの消滅。これらをもって、今回の戦いは終わりを告げた。ひとまずの危機は去ったと見ていいだろう。しかしハジメ達に安堵する暇はない。

 

「……それで、お前は一体何しに来やがった? 仁をどうした?」

 

 仁が変身するようにして突如現れたオスカーを睨みつけ、ハジメは凍えるような殺気を放つ。ハジメとて、オスカーの存在は勿論知っているし、残された日記やミレディの語る人物像からも善人であるという推測はできている。だがそれで信用できるかどうかは話が別。

 

 実際に会ったことがあるわけでもない相手をそう簡単に信用できるほど、ハジメはチョロい人間じゃない。痛む体をなんとか動かして銃口を向けると、両隣にいるユエとシアもいつでも戦闘に入れるよう警戒を高めていく。

 

 雫は香織を庇いながら刀を構え、龍太郎と鈴は混乱する現状についていけずただ見守ることしかできない。そんな中、光輝だけは消滅していったリューティリスを未だ呆然とした様子で見つめていた。

 

「そう警戒しないで欲しいな。といっても、君の性格からして信用を得るのは相当厳しいと見た。警戒心が強いのはいいことだが……これは少し困ったな」

 

 冷や汗を流し、乾いた笑みを浮かべながらオスカーは無害であることをアピールするように両手を上げる。だが彼は気づいているのだろうか。魔法使いにとって両手を上げるという動作は必ずしも無抵抗の宣言とはならないことを。

 

 わざわざ異世界人(ハジメ達)に合わせたやり方で降参を示すオスカーの行動は、むしろハジメ達の警戒を引き上げさせてしまった。それに行動に移してから気づいたオスカーは、「まいったな」と困ったように笑いながら両手を下す。

 

「旧友の最期なんだ。挨拶ぐらいしてもかまわないだろう? それに()については安心してくれ。私も彼と同様、魔人ブウの内で生きる者。今は彼が意識を手放し、ブウから許可を貰ったから表に出ていられるだけであって、彼が目を覚ませばすぐに肉体の主導権は戻るはずさ」

「だったらもう要件は済んだだろ。とっとと引っ込んだらどうだ?」

「結論が早すぎる。君はもうすこし真面目の人の話を聞いた方がいい。元の世界でも、授業中にも関わらず居眠りばかりだったのだろう。そういうところだよ」

「……なんでテメエが昔の俺を知ってやがる」

「さあ、何故だろうね」

 

 心の内まで見透かしてくるようなオスカーに、ハジメはなんとも言えない拒絶感を感じた。

 

 同じ天職。人並外れた実力。低身長金髪美少女と親しい。それでいて苦労人なとこもあって本質的な性格を似通っている。まあ普通に考えて同族嫌悪だろう。絶対にハジメは認めないだろうが。

 

 そこに加えて誰よりも勝利の喜びを分かち合いたい親友の身体が現在進行形で他人に使われているのだ。ハジメがイライラするのも仕方がない。

 

 どうしてオスカーが生きているのか? 結局その疑問に突き当たることは避けられないが、ミレディ・ライセンが生きていて、リューティリス・ハルツィナも生きていた。だったら他にも1人や2人、解放者が生きていたって不思議じゃない。

 

 ハジメはそこについて深く考えることを諦めた。

 

「まったく……自分達の状況も理解できていないようだから念のため聞いておくが……君達はこの世界から脱出する方法があるのかい?」

「……」

 

 不意にかけられたオスカーの問いかけに、ハジメは黙り込む。何故か? それは単純。忘れていたからだ。あのハジメが……思いっ切り。

 

 当初の予定では大迷宮の方に残してきた"ゲートホール"と空間を繋げて帰還するつもりだったハジメだが、この"外界世界"は内から外への転移を強く縛る世界。ユエですら魔力のゴリ押しによる脱出が不可能な空間だったのだ。

 

 そのため、現状で全員が帰還できる手段をハジメは思いついていない。

 

 かなり大事なところではあるが、第1目標であるジャネンバの討伐があまりにも高い壁すぎてその課題を意識の外に追いやってしまったのだ。これに関しては仕方ない。ハジメだけでなく、ユエやシアもその事を思い出すと「あ……」と声を漏らす。

 

 運動会と同様、帰るまでが大迷宮攻略。光輝達はジャネンバを倒せば脱出できるんじゃないかという甘い考えを持っていたようだが、その考えは本当に甘すぎる。まるでショートケーキのように甘ったるい思考回路だ。

 

 この世界はゲームとは違う。ラスボスを倒したからといって、自動的にダンジョンの外に戻してくれる親切設計なんてあるわけがない。

 

 それになにより、この"外界世界"はリューティリスがジャネンバと魔人ブウがワンチャン共倒れになることを望んで創りあげた世界。戦いが終わってもなお、崩壊を続ける外界世界は当たり前のように内側にいる者達を巻き込む気満々であった。

 

「もし()が目を覚ましていたなら、力技でこの世界から脱出することもできただろう。でも今の彼は肉体だけでなく、精神にも決して浅くないダメージを負っている状態だ。きっと"再生魔法"でも完全な状態で復活させるのは厳しいだろうね」

「だったらなんだ? お前はもしかして俺達は逃がすために出てきたとでも言うつもりか?」

「ああ、そうだとも」

「……は?」

 

 まるでそれが当然であるかのように即答するオスカーに、ハジメも唖然とする。

 

 とはいえオスカーからしてみればそれは当たり前のこと。仁が死ねば、同じ肉体を共有するオスカーもブウも……そして()()も死ぬのだ。まだ彼には死ねない理由がある。生きるために手を貸すことはごくごく自然なことだった。

 

 それに、オスカーは同じ魔人ブウに取り込まれた者として仁の記憶に触れたこともある。そのため南雲ハジメという人間についてはよく知っているし、同じ"錬成師"としてある種の好感も持ち合わせていた。簡単に見殺しにできる相手ではないのである。

 

 ただそんなことは知らないハジメからしてみれば、『なんでコイツが俺達のために……』という疑問を払拭することができない。

 

「私達が魔法という力を行使する以上、可能性は無限大だ。密室から脱出する方法なんて幾らだってある。例えばそう……」

 

 ハジメから怪訝そうな顔を向けられたオスカーは気にすることなく、ジャネンバとの戦闘により砕けた床の破片をしゃがんで拾う。

 

 そしてオスカーはその言葉を口にした。南雲ハジメの原点、彼にとって最も聞きなれた言葉を。

 

「――"()()"」

 

 魔力が弾け、オスカーの掌に乗った床の破片が急速にその姿を変えていく。

 

 他でもない"錬成師"のハジメだからその異常さにすぐに気づき、目を見開いた。これまで、彼が目にしてきた錬成は自分には遠く及ばないお粗末なものばかり。だがオスカー・オルクスは"錬成師"としての年季がまるで違う。

 

 その錬成は、精度、質、速度、そして理解できないナニカ。あらゆる面で見て、ハジメの錬成を上回っていた。

 

「……こんな風にね」

 

 やがてオスカーの手の内に生まれたのは青白い鍵状のアーティファクト。余計な装飾はなく、シンプルな形状のそれをオスカーはハジメに投げ渡した。

 

「どうだい、錬成の神髄は? 足りない物を、必要な物を、欲する物をその場で生み出す。それが私達"錬成師"の強みだ。素材などいくらでも持っているだろう? 君の才能ならこのくらいすぐにできるようになるさ。それで……勿論使い方は分かるんだろう?」

「……あ、ああ」

 

 自分を上回る"錬成"を見せつけられたハジメの中にあった感情は驚愕や嫉妬ではない。いや、勿論驚いたし、羨ましくも思っただろう。だがそれ以上にハジメが抱いたのは、純粋な尊敬の念だった。

 

 たった今作り出された鍵状アーティファクト。それが持つ機能は……"外界世界からの脱出"。それだけ。それだけのために生み出され、それ以外の用途には一切使えない。汎用性のなさすぎる代物だ。だがそれを成すことがどれだけ困難か。

 

 床の一部から外界世界の性質を把握し、デメリットなく脱出可能とするアーティファクトを僅か数秒で作り上げる。そんなこと、まだハジメにだってできはしない。同じ錬成師としてそれがどれだけの技術を求められるかをこの場で誰よりも理解しているハジメだからこそ、その一瞬の技には魅了されるしかなかった。

 

「それを使って大迷宮に戻るといい。本来、こうやって手を貸すことは解放者としてよくはないんだが……事の発端はジャネンバを生み出してしまったリューティリス(彼女)にある。このくらいなら皆も怒らないはずさ」

「……そうか。助かる」

「おや?……君は素直に礼を言うとは、意外に真面目なようだね。()が君を信用する気持ちが少し分かったような気がするよ」

 

 未だハジメのオスカーに対する警戒は解けていないが、今の"錬成"の効果か、ハジメは顔を背けながらも素直に感謝を告げる。それに驚愕したのがユエやシアを含んだ全員だ。あのハジメが……他者の施しに感謝どころか追加注文をつけようとするハジメが……礼を言ったのだ。まだリューティリスが消えたショックから立ち直れていなかった光輝ですら『誰だお前!』といった感じで目を見開いている。

 

 随分と酷い評価だが、一応ハジメにだって最低限の敬意というものは存在する。自分が最初に攻略した大迷宮の製作者であり、同じ錬成師であり、あれほどまでの錬成技術を見せられたのだ。ハジメの中に多少の心境の変化があったとしても不思議ではない。

 

「では、これで要件は済んだ。私は引っ込むとするよ。彼――仁のことをよろしく頼む。あの子は私達にとっても希望だ。強く優しい彼だが、魔人ブウの力はそんな彼をも呑み込みかねない。仁が自分自身を保っていられるように君が……いや君達が支えてあげて欲しい」

「当たり前だろ。言われるまでもねぇ」

「そうね。任されたわ」

 

 主にハジメと雫へ向けて告げられたその言葉に、2人は力強く頷く。それを確認したオスカーは満足そうに頷くと、肉体の制御権を仁へと返した。先程仁がオスカーに替わった光景を逆再生したかのように、今度は肉体が仁のものへと戻っていく。

 

「あっ……とと。まったく、危ないわね」

 

 仁の意識が表層へ戻ってきたとはいえ、気絶している彼が目を覚ますわけじゃない。元の姿へと戻った仁はそのまま前向きに取れようとし――そこを雫が支える。

 

「八重樫、仁のことは任せていいか?」

「ええ、分かってるわ。子供の頃から仁の世話は私の役目だもの、もう慣れっこだわ。それより、南雲君は早く脱出の準備を。もう時間はなさそうよ」

「ああ、頼んだぜオカン」

「ぶった切られたいのかしら?」

 

 外界世界の崩壊は近い。それを悟った雫がハジメに脱出を急かすも、ここぞという場面で悪戯心が騒いでしまったハジメに青筋を浮かべて睨みつける。それをガン無視して、ハジメはオスカーから与えられた鍵――名付けるなら"帰界の鍵"とでもしようか。それを目の前の空間へと突き刺した。

 

 使い方はゲートキーとほぼ同じ。どうやら、オスカーが意識的に使いやすい構造にしてくれたらしい。ハジメはその心遣いに心の声で再び感謝を告げながら、鍵を捻る。

 

 すると、元の世界へと続く人間大サイズの穴が開いた。

 

「よし、念のため鍵を持ってる俺が最後に出る。お前ら、さっさと潜れ!」

 

 残された時間はあと僅か。ハジメ達は崩壊する世界を後に"外界世界"を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートを潜った先、ハジメ達の前に広がっていたのは――庭園だった。

 

 空は近く、空気はとても澄んでいる。学校の体育館ぐらいの広さしかないそこには、チョロチョロと流れるいくつもの水路や芝生のような地面が見られ、あちこちから突き出す小さな樹々や白亜の建物もあった。

 

 そして一番奥に見える円形の水路で囲まれた小さな島と、その中央に聳え立つ一際大きな樹とその樹の枝が絡みついていた石版。

 

 ハジメ達が庭園の淵に近づき眼下を覗き込むと、そこから見えるのは広大な雲海と見紛う濃霧の海。驚くことにそこは、大樹の天辺付近だった。

 

「おいおい、おかしいだろ。……俺達がフェルニルで樹海の上を飛んで来たときには大樹なんてなかった。濃霧があるところまでで目算しても、この庭園の高さは200メートルはある。こんなでっかい樹を見逃すはずがないが……」

 

 そこまで言って、ハジメは自分の発言の違和感に気づく。そもそも、地上で見た大樹の大きさからして、樹海を覆う濃霧を越えて上部が上空に突き出しているのは当たり前のことだった。むしろ、上空からそれを視認できなかったことの方が異常なのだ。

 

 にもかかわらず、今の今まで、ハジメ達はその事実を不思議にすら思わなかった。

 

「……なるほど。隠蔽する魔法でも働いてるってことか」

「……ん。闇系統にそういう魔法はある……魂魄魔法ならもっと……あるいは空間をずらしてる?」

 

 ハジメの推論に、ユエが考察をする。闇系統の認識阻害や魂魄魔法による魂への干渉によってこの場を隠蔽することは理論上は不可能じゃない。どちらにしろ規模がおかしいという点こそあるが、あのリューティリス(天才)ならそれが出来てもおかしくはない。ハジメはそう確信していた。

 

 もし魂魄魔法の才能に恵まれたティオが目覚めていて、闇魔法だけならば相当の知識を持つ清水がこの場にいたとしたらもっと正確な情報を得られたのだろうが、現状のメンバーではこれが精一杯。ハジメはこの空間に関するこれ以上の考察を諦めた。

 

「まったく、オスカーも随分とサービスしてくれるな。まさか解放者の住処に直接繋げてくれるなんてよ」

「あ、やっぱりここそうなんですね?」

「だと思うぜ。そうじゃなきゃこんな庭園がある理由が分からねぇ」

 

 "外界世界"に行く前までいた場所に戻されるのもそれはそれで困ると思っていたハジメだったが、オスカーのちょっとした気遣いに安堵したように微笑む。そこでようやく光輝達もここが大迷宮の最終地点であるのだと気づきハッとした表情を見せた。

 

 口々に「ここが……」とか「やっと……」などと呟いている光輝達を尻目に、ハジメは一番奥にある石版のもとへ歩く。

 

 水路で囲まれた円状の小さな島に、ハジメ達が可愛らしいアーチを渡って降り立つ。途端、石版が輝き出し、水路に若草色の魔力が流れ込んだ。水路そのものが魔法陣となっているのだ。ホタルのような燐光がゆらゆらと立ち昇る。

 

 そしていつもと同じように記憶を精査された後に、神代魔法に関する知識が無理やり刻み込まれていく。元より想定はしていたが、やはりジャネンバとの戦いは大迷宮攻略条件には入っていなかった。慣れたように記憶を精査と知識の刻み込みを受け入れてくハジメ達だが、意識を失っている仁とティオだけはその違和感と衝撃に「うっ」と呻き声を上げる。

 

 既に本人の口から語られていたこともあり、敢えて再確認するようなことでもない。だがその上でハジメが手に入れた新たな神代魔法の名を口にしようとしたその時、おもむろに目の前の石版に絡みついた樹がうねり始めた。

 

 戦いを終えたばかりで疲労していたハジメ達だったが瞬時に身構える。そんなハジメ達を尻目に立ち昇る燐光に照らされた樹はぐねぐねと形を変えていき、やがて、その幹の真ん中に人の顔を作り始めた。ググッとせり出てきて、肩から上だけの女性と分かる見覚えのある容姿が出来上がっていく。

 

 そうして完全に人型が出来上がると、その女性は閉じていた目を開ける。そして、そっと口を開いた。

 

「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、ひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」

「……短い別れだったな」

「リューティリスさん……」

 

 それは樹を媒体にしたリューティリスの記録映像だった。勿論リューティリス本人が生き返ったわけではないが、先程感動的な別れをした人物との早すぎる再会に全員が曖昧な表情を浮かべる。ただ1人、光輝だけは酷く悲しい表情を見せていたけれど。

 

 勿論、こちらの事情なんて知るはずもない記録映像は構わず一方的に話を続ける。

 

 その内容は……まあ要約してしまえば『この大迷宮での試練は今後の役に立つ』そして『昇華魔法の解説』だった。

 

 とても大事な話。人によっては金を払ってでも聞きたい講義なのだろうが、そんな御託などハジメはとっくに聞き飽きている。一応話自体は聞いていたものの、その表情は非常に退屈そうであった。というか普通に欠伸している。

 

 それでも普段のハジメであればとっくに痺れを切らして"攻略の証"を手に入れるため、石板の破壊という強行に踏み入っていただろう。それをしなかったのは、一応リューティリスは先の戦いで共に戦った仲であるというのと、単にジャネンバとの戦いで疲れていてそんなことをする気分にもならなかったからでしかない。

 

「わたくしの与えた神代の魔法"昇華"は、全ての"力"を最低でも1段進化させる。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあるわ」

 

 まったく真面目に聞いていない様子のハジメだったが、リューティリスのその発言に眼をクワっと見開いた。昇華魔法の真価など与えられた知識の中にない。『先にそれを教えろや』と非難的な眼差しを向けている。

 

 ただハジメは忘れているであろうが、そのことに関してはジャネンバと戦っていた時にリューティリスがさりげなく触れていた。隣にいるユエはそれに気づいていたが、敢えて何も口にはしない。目線を逸らし、遠くを見つめる。

 

「昇華魔法は、文字通り全ての"力"を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが1段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法――"概念魔法"に」

 

 誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。

 

 ハジメも大きく目を見開いて驚きをあらわにしている。その脳裏には、かつて【ライセン大迷宮】でミレディ・ライセンに言われたことが過ぎっていた。彼女は、望みを叶えたいのなら全ての神代魔法を手に入れろと言っていた。それは、このことを言っていたのだろう。

 

「概念魔法――そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ないわ。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから」

 

 それが魔法陣による知識転写が出来なかった理由。

 

 ハジメは説明を聞いて眉をしかめる。"極限の意志"……何て、ふわっとした説明なんだ、と。そういう感覚的な考え方はハジメよりも仁の方が向いている。

 

「わたくし達、解放者のメンバーでも7人掛りで何十年かけても、たった3つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。もっとも、今わたくしが作っている"魔"も含めれば4つになるでしょうけど……。その内の1つをあなた達に」

 

 話を聞く限り、この記録はジャネンバを作る以前に用意されたものなのだろう。この後の彼女があのような怪物に肉体を乗っ取られると思うと、香織は胸が締め付けられたかのような痛みに襲われる。

 

 リューティリスの言葉に続くように、石版の中央がスライドし奥から懐中時計のようなものが出てきた。それを手に取るハジメ。表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が1本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら攻略の証も兼ねているようだ。ハジメが、手中のそれをしげしげと見つめているとリューティリスが説明を再開した。

 

「名を"導越の羅針盤"――込められた概念は"望んだ場所を指し示す"よ」

 

 ハジメは、その言葉を聞いた瞬間、自分の心臓が跳ねる音を確かに聞いた。

 

 "望んだ場所を指し示す"。ならば、それなら……

 

「どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠されたものであっても、あるいは――別の世界であっても」

「っ……」

 

 きっと、リューティリスの言っている"別の世界"とは神のいる世界、もしくはこれから己の手で作り上げることとなる外界世界のこと示している。だが、別の世界でも、その場所を示して導いてくれるというのなら――それは、故郷でも、日本でも可能なはず。

 

 故郷に帰るための一手が手に入った。……ハジメの胸中に、どうしようもない程の歓喜が湧き上がる。それを察したのか、傍らのユエが優しげな眼差しでハジメを見上げながらギュッと手を握り締めた。

 

「全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた達はどこにでも行ける。自由な意志のもと、あなた達の進む未来に幸多からんことを祈っているわ」

 

 伝えることは最低限伝えたということか、リューティリスはそれを最後の言葉に再び樹の中へと戻っていき、後には唯の石版に絡みついた樹だけが残った。

 

 余韻に浸っているような、あるいは、今起きた出来事を咀嚼しているかのような沈黙が場を満たす。そよそよと吹く風が起こす葉擦れの音だけが辺りに響いていた。

 

 やがて、その静寂を破ってハジメが感情を抑えたような抑揚のない声音でユエに尋ねる。

 

「ユエ、念の為に聞くが……昇華魔法を使えば……空間魔法で………………世界を越えられるか?」

 

 ハジメの背後で、光輝達のハッとする気配が広がった。

 

 ユエは、その言葉の重みを知っているがために即答は避けて、必死にその可能性を探る。刻み込まれた知識と、間違いなく現代において最高最強の魔法使いとしての知識をフル活用する。

 

 その結果、得た答えは……

 

「…………ごめんなさい」

「そうか……」

 

 そういうことだ。ただ昇華しただけの空間魔法で世界が越えられるなら、きっと解放者達も苦労していない。

 

 リューティリスは言った。3つの概念魔法を作ったと。一つは"導越の羅針盤"に付与した概念。ならば、後の2つは異なる神の世界に行く為の概念と打倒するための概念だろう。

 

 つまり、概念魔法の域に達しなければ世界を越えることは至難だということだ。

 

 ハジメの期待に応えられなかったせいか項垂れるユエに、ハジメは優しげな眼差しを向けると、そっとその美しい黄金の髪を指で梳いた。地肌に触れる感触に、ユエはくすぐったそうに首を竦めながら上目遣いでハジメを見つめる。

 

「なに、問題ないさ。あわよくばって思っただけだ。必要な神代魔法はあと1つ。それを手に入れればいいだけだからな。なんにせよ、ユエがそんな顔をする必要はねぇよ」

 

 帰れるかもしれないという思いに逸っていた心は既に落ち着きを取り戻したようで、ハジメは余裕のある表情で肩を竦める。そんなハジメの様子にユエも安心したのか、「……ん」といつものように返事をしてハジメに擦り寄った。

 

「ゴホンッ、ゴホンッ! ハジメさ~ん、ユエさ~ん、いいですか? どうやら、下に降りるショートカットの道も出現したみたいなので、そろそろイチャイチャから戻って下さ~い。せめて気絶してるティオさんのこともう少し気遣ったらどうです?」

 

 ティオを背負ったシアの「はいはい、いつも通りいつも通り」と言わんばかりの投げやり気味な言葉にハジメとユエが振り返れば、確かに庭園の一角に魔法陣が出現していた。シアの予想通り、地上へ降りるためのショートカットだろう。

 

 ハジメが、少し拗ね気味のシアの機嫌を直すようにそのウサミミを撫でつつ、その魔法陣を確認していると光輝が声を掛けてきた。

 

「な、なぁ、南雲。さっきの話……その概念魔法が使えるようになれば……」

「ああ、帰れるだろうな。少なくとも、転移先はこの羅針盤が教えてくれるだろう」

「そう……か……」

 

 光輝が希望を見たような表情になる。それは、龍太郎や鈴も同じだった。一様に、どこか泣きそうな表情で今にも爆発しそうな感情をグッと堪えている。おそらく、まだ完全に手に入ったわけではないことと、全ての神代魔法を手に入れられる可能性が高いのは今のところハジメ、もしくは仁しかいないために遠慮があるのだろう。

 

「あ、あの、南雲君は、その、帰るとき……えっと……」

 

 鈴が、どこか遠慮がちにハジメに何かを尋ねようとする。

 

 その先は言わなくても察することが出来た。ハジメの、クラスメイトへの無関心ぶりを思い出して不安になったのだろう。帰還方法を手に入れたあと、ハジメ達だけでさっさと帰ってしまうのではないかと。しかし、ストレートに聞くには完全な他力本願なため遠慮が出てしまうのだ。

 

 普段ズケズケとものを言って場をかき回すムードメイカーの癖に、こういう時に限って遠慮してしまうのは鈴のいいところなのか、それとも悪いところなのか……だが、自分達も当然に帰還させてもらえると根拠もなく信じる輩よりは万倍ましだ。少なくとも、ハジメは、そういう遠慮は嫌いではない。

 

「安心しろ。定員制限やらデメリットでもない限り、ついでに全員連れ帰ってやるよ」

「そ、そっか、えへへ。ありがとう、南雲君」

「それより、やけに自信なさげにそんなことを聞いて来るってことは……お前等、ダメだったな?」

「「「うっ!?」」」

 

 光輝、龍太郎、鈴の3人が胸を抑えて項垂れる。

 

 昇華魔法があれば、全ての能力のレベルを最低でも1段上げることが出来るのだ。もちろん、そこは神代魔法なので昇華させること自体に莫大な魔力は必要だし、言ってみれば副作用なしの限界突破みたいなものなので時間制限も短いだろうが……それでも、一般の【オルクス大迷宮】くらいは歯牙にもかけず攻略できるだろう。その下層にある本当の大迷宮も、いいところまでは普通に行けるはずだ。

 

 それでも自信なさげなのは、つまり、昇華魔法を得られなかったということだ。もっとも、それは予想できたことでもある。あれだけ試練で失敗続きだったのだ。攻略できたと考える方がどうかしている。ジャネンバ戦では龍太郎の活躍こそあったものの、あれはそもそも採点基準にすら入っていない。プラスもマイナスもあるわけがない。

 

 だが、そんな項垂れる光輝達を心配そうな、また、どこか気まずげな様子でオロオロとフォローしようとしている人物が1人。

 

「八重樫……まあお前は認められるか」

「ええ、みたいだけど……」

「ほ、ほんとか雫!」

「マジかっ! やったじゃねぇか!」

「流石、シズシズ! 鈴の嫁!」

 

 こっちに関してはむしろ納得だった。雫は全ての試練を自力で乗り超え、採点されていなくともジャネンバ戦ではMVPに近い働きを見せた。戦闘能力、精神力共に神代魔法を得るに十分だと判断されないはずがない。

 

 その事実を純粋に喜ぶ鈴、喜びつつも俺も欲しかった! と悔しがる龍太郎、そして笑顔で称賛しながら、どこか表情に影を落とす光輝。

 

「これで、仁にも少しは近づけたのかしら?」

「変わってない……とは言わないが仁を基準にしたらほとんど誤差みたいなもんだろ。俺もこの程度じゃそいつとの差を埋まられた気がまったくしないしな。仁に追いつくには、それこそ"概念魔法"くらいの力がいるはずだ」

「……道のりは遠いのね」

 

 想定以上に遠い背中に、雫は大きなため息を吐く。所詮は神代魔法1つ。その程度じゃあ仁との差を埋めることなんて不可能に等しい。だが少なくとも第1歩は踏み出せた。その事実を受け入れ、雫は自身の背でグースカと眠る仁を見つめながら闘志を燃やす。

 

 そして同時に、そんな雫の様子を見ながら光輝の内には暗き火種が生まれていた。

 

「とにかく、一度フェアベルゲンに戻って、少しゆっくりしよう。流石に今回は疲れた……ユエに癒されたい」

「くふふ……いっぱいして上げる」

「わ、私も、膝枕とか! いろいろしますよぉ! 何ならその先も!」

「私だって、な、何でもするから! 何でもするから! 大切なことだから二度言うよ!」

 

 ハジメがユエを抱っこしながら転移陣へと歩いていくと、その左右と後ろを固めながらシア達が頑張ってアピールする。

 

 ハジメは小さく笑いながら、空いた片手でシアのウサミミを撫でる。ビクッとしながらも嬉しそうに擦り寄るシア。何となく、シアが優先されているような気がして香織が羨ましげな眼差しをシアに向ける。

 

 そんな甘い光景と、故郷に帰れる可能性が見えたという希望に、やはり明るい表情で追随する雫達。

 

 1人、無理をしているのが丸分かりな笑顔を浮かべる少年もいたが、何はともあれ、こうして七大迷宮の1つ【ハルツィナ樹海】の攻略は終わったのだった。




悲報:ハジメちょろかった
仁の体を使ったオスカーをかなり警戒していたにも関わらず、自分以上の"錬成"を見た途端態度を45度くらい改善。内心少年のように目をキラキラさせていた。
ハジメ君はああ見えてメルド団長や畑山先生といった尊敬できる人物の尊敬できる所はしっかり認めるタイプなので今回の件ではオスカーを"錬成師"という観点から尊敬の眼差しで見るようになりました。
ただ同族嫌悪が凄い様子。

Q. 仁が起きてたらどうやって外界世界から脱出してた?
A. 原作悪ブウみたいに叫んで空間に穴開けます。

Q. 結局オスカー何しに来たの?
A. お友達とのお別れとハジメ達の送迎です。


空気を読まない女 リューティリス・ハルツィナ

「……ああ、それなら……安心して……逝けるわ」(キラキラキラ~)
 数分後
「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。――」(デデンッ!!)

おい雰囲気……
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