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急ぎ早乙女研究所に戻った竜馬、ベンケイ、元気の三人を迎える人影があった。
「博士ー!!ただいま戻りました」ベンケイが少し急くような声で帰着を告げる。
「ああ、待っていたよベンケイくん、リョウく……竜馬くん」
早乙女博士だ。ついさっき別れたばかりというのに、その風体はまるで一日中働いていたかのように着衣が寄れてシワだらけだった。それほど、研究所内は非常事態に逼迫し所員が忙しなく動き、博士の片手にあるトランシーバーからは所員たちの焦眉の急を伝える声が絶えず流れ続けていた。
「ん、アレ?お父さん、ハヤトさんは?」
元気はきょろきょろとあたりを見回してハヤトの影を探した。もうゲットマシンに乗り込んだのだろうか?それにしては冷静な状況判断ができるハヤトらしくない羽詰まった行動だと元気は思った。
「……ハヤトくんは計器チェックのためにゲットマシンにコクピット・スタンバイしているよ。元気、ここは危ないからお前はシェルターにいなさい。ゲッターロボの留守を狙ってゲッター線増幅器を奪おうとする百鬼が現れてもおかしくないのだからね」
元気は少し間をおいて「分かったよお父さん」と頷く。元気には父親がもっともなことを言いつつ自分をシェルターへいち早く追い立てようとしているように見えた。その理由はきっと、危ないからだけではない――。
「……ねえ竜馬さん」
「なんだ?」
「ハヤトさんのこと、もう怒らないであげてね。本当はとても優しい人なんだ。きっとハヤトさんは悪ぶっていろんな嫌なこと……全部引き受けようと思ったんじゃないかな。だから、ハヤトさんがまた強く言っても、ケンカしないでね」
元気は恐る恐る、といった感じに竜馬を見上げた。
ほんのちょっとだけの、たった数時間話しただけの間柄だ。まだ親しい仲にはほど遠いかもしれない。だけど、竜馬は理由がなければそこまで怒る人じゃないという直覚が元気にはあった。
「……おう、分かった」
特に深く考えてもない、自然と出ただけの一言だった。しかし、その一言に元気はその小さな身体に嬉しさを溢れさせるには十分で、感情を抑えきれずくしゃりと破顔した。
「じゃあ行くね、頑張ってね竜馬さん!ぼく、シェルターから応援してるよ!必ず、無事に戻ってよ!!ベンケイさん、竜馬さんのこと、よろしくねー!」
「お、オイこっち向きながら走んなバカ!」
「うん分かったってばー!」
そして大きく手を振って、元気はシェルターへと真っ直ぐ駆けて行った。
急になんだったんだ?と頭に大きなハテナマークが見えそうなくらい呆気に取られた竜馬だったが、まあなんというか、ああいうのは悪くない。胸の奥がこそばゆい、どちらかといえば良い心地だ。
そんな二人を側で見ていた早乙女博士は「子供は如何なる経験者より広い視野を持っているのだな……」と我が子の成長に思わず言葉を漏らした。
「なに感慨ぶってんだこのジイさんはよ、急いでんだろ?ベンケイ、オレたちもゲットマシンに乗り込むぜ」
「そうだな、学園のみんなが危ないし急がないと!」
ゲットマシンへ今すぐにでもとシート室に足を向けた二人だったが、
「待つんだ、竜馬くん!」
早乙女博士が強い調子で引き止めた。
「ンだよさっきからよ!早くしねえと学校にいる奴ら死んじまうかもしれねえんだぜ!?」
「だから、事をする前に君に言わなくてはならない。竜馬くん、君は強烈なフラッシュバック……強い記憶のイメージを感じたことがあったね?」
「あ?まあ、一回あったけどよ」
頭を鋭い爪で引っ掻き回されたような痛みを伴うフラッシュバックだったが、そのお陰か竜馬は己が何者か、この世界は一体何かと合点がいく記憶を得ることができた。あんな痛い思いはもう御免だが、それが一体なんだというのだろうかと竜馬は片眉を釣り上げた。
「君はこれ以上に強いフラッシュバックを起こす可能性がある。君がゲットマシンに搭乗後、ワシはこのオートパイロットモードに切り替える遠隔装置を入れる。竜馬くん、君はそのままオートに任せ戦わずに座っていてくれないだろうか」
「はあ!?何言ってやがンだ、たかが頭痛ごときで戦うなとか冗談じゃねえ!」
「そうですよ博士!相手はリョウを暗殺しようとしたり学園のみんなを人質にする嫌ったらしいヤツなんです、一人でも抜けたらその弱点を突くに決まっていますって!」
急いで来いと言っておいて、そのまま座って戦うなと言う。これにはベンケイも反対を唱えた。
ゲッターロボは3つのゲットマシンからなるロボット、三人搭乗して初めて本領を発揮する。
しかも今回は前回と同じ、黄金色の百鬼ロボだ。非常に硬質な鈍く光る黄金の巨体、攻撃しても即座に四つに分かれて自在に宙を高速で飛び回る。ガード面でもスピード面でも非常に厄介だ。そして、いつ来るかも分からない催眠波……それに対抗できるのは攻撃のバランスに優れ、空中を精密に飛ぶことができるゲッタードラゴンしかいない。
そして、ゲッタードラゴンは三変形のうち一番ピーキーな機体だ。ゲッタードラゴン必殺の技、シャインスパークは搭乗する三人がコックピット下にあるペダルを同時に踏まなければ発動しない。
それを一番分かってるのは設計者である博士に他ならない。なのにどうしてと言い返しても仕方がなかった。
早乙女博士のいつも重たげな瞼が大きく開けられ、逸らすことを許さない爛々と光る眼差しを竜馬に、いや『流竜馬』に眠るリョウに向けられた。
「本来のリョウくんが戻らなくてもかね」
「え……そりゃどういうことなんですか?」リョウという名を聞いた途端気の高まりが引いて、何事かとベンケイが静かに聞いた。
「何故竜馬くんの人格が顕在化したかは不明としか言えない。しかし、一度リョウくんの記憶を見たと竜馬くんが話してくれた時、果たしてこれ以上のフラッシュバックはリョウくんを正常な状態で覚醒させることができるかと、ワシは疑問に思ったのだが――」
「前置きが長くて話が見えねえよ、オレがこの身体の記憶見えちゃいけないのか!?」こんな非常時にと竜馬が怒鳴った。
「誤解を生じさせたくないからよく聞きくんだ。竜馬くんの記憶はまだ不安定な状態だ、それはリョウくんの記憶領域に無理やり押し込まれているからと仮定しよう。まだ君の記憶領域は小さいが、フラッシュバックを起こすたび正しい記憶と認識が戻る――つまり君の記憶が増えて領域が大きくなっていると言えるだろう。だがそれはリョウくんの記憶領域を吸収してるからとなれば、どうなると思う」
「リョウの領域がどんどんなくなって代わりに竜馬さんの領域になってくんだから、一方的な陣取りゲームだ。リョウの分が、なくなっちまう!」ベンケイは悲鳴を上げるように叫んだ。
「それに竜馬くんの人格が強く前へ出ることで、リョウくんへの容態が如何なるか、人格に影響が出るかもしれないという心配もある。まだ仮定の段階だが、ワシは大事を取りたい。だから竜馬くん……」
『君は戦わないでくれ。コクピットにいるだけでいいんだ』
早乙女博士が言おうとした言葉は、竜馬に遮られた。
「それでこの身体のヤツは納得するのかよ」
その口調は今までの竜馬からは考えられない冷静で、淡々としたものだった。
「こいつはオレの何倍も真面目なヤツなんだろ。そんなヤツが倒せる敵倒せなくて学校守れなかったら、相当悔しがるんじゃねえのか?」
「……君は戦うというのだね」
「ジイさんの知る『流竜馬』なら、こんな時どう言うんだよ」
見透かされてる。と思うと同時にどうしてか、まるで自分の知っているリョウという青年と対話しているような錯覚に早乙女博士は陥った。
パラレルワールドの『流竜馬』。リョウと正反対の好戦的な性格であるはずの彼が、まるでリョウの一番の理解者で、代弁者であるかのようだった。
いや違う、彼もまた『流竜馬』であるのだ。『竜馬』の精神の根本には、『リョウ』が持つ自己犠牲的な正義の精神と同一だった。今正しく、『流竜馬』の心と身体は一つに重なっていた。
「……そうだ、戦うって言うさ!リョウはそう言うヤツだ。そうでしょ、博士」
ベンケイが声を張り、博士を見た。
その眼差しは真っ直ぐだった。日々戦士としてのリョウを間近で知るベンケイだからこそ、竜馬の戦う姿勢に強く賛同した。
――早乙女博士の持っていたトランシーバーが更なる緊急を告げる。
時間の猶予は、最早無い。
「分かった。君に何が起こっても、すべてワシが責任を持とう。行きなさい、そして――」
「へっ、必ず無事に戻って来てやるよ。元気に言われたからな!!」
竜馬は『流竜馬』に似つかわしい輝くような笑みを返した。
ゲットマシンに乗り込む為、竜馬とベンケイはシート室へと駆け込んだ。
竜馬は跳ぶように出撃シートに座る。すると妙な感覚が竜馬に襲った。竜馬自身が知っているカプセル型の出撃シートではないのに、それに違和感を感じることなく当たり前のように受け入れていた。
次は何をすれば……と思考する前に竜馬は自然に声を発した。
「『シートセッティングッ!ゴー!』」
合図の音声に出撃シートが瞬時に反応する。
竜馬の座る出撃シートが、スライドレールの先にあるゲットマシン・ドラゴン号へ吸い込まれるように移動しコックピットにセットされた。
瞬く間にドラゴン号へ搭乗した竜馬は自分の周囲を見遣った。
この世界で意識を覚ました直前、竜馬は怒りの感情と戦うことしか頭になく、ほぼ無意識にゲッタードラゴンを操縦していた。混乱した意識から離れフラットな状態の竜馬は操縦桿、アナログな計器、各スイッチは自身の知っているコックピットの内装規格とは全く違っていることに気付いた。なのに、自分は次にどういった動作をすればいいか、一つ一つ身体が教えるように自然とスイッチに手が伸び、頭はその行動が何であるかを当然のように理解した。
知らないはずなのに理解しているという矛盾した感覚――例えるなら、理不尽でありながら正常を疑うという思考すらない夢の中で唐突に起こる事を受け入れてしまう感覚……だろうか。不思議と不安はなかった。
竜馬はふと、もしや自分はこの身体の持ち主『リョウ』が見る夢の中の登場人物で、鬼の催眠波によって現れてしまった人格なのでは?と考えたが、何を萎びた妄想をしているのだと小さく苦笑を漏らした。――この身体の男は優等生で出来の良い人間だ。それが、鬼の血肉で己を紅く染める夢など見るはずがない……。
竜馬はゲットマシン・ドラゴン号のメインエンジンを点け、通信回線をオープンにする。
するとその直後、待ちかねたようにスピーカーが響いた。
「やっとお帰りかい竜馬さんよ。たいそう道草くったようだ」
厭味ったらしい皮肉に塗れた声音がドラゴン号に響く。ハヤトの声だった。
敵意には敵意で返す普段の竜馬ならその厭味に腹が立つなり強く言い返したに違いない。が、元気との約束が胸にある今の竜馬にはハヤトのシニカルな言葉が可愛く思えた。まだ18の男子高校生が年離れた少年を悲しませないようにと悪役を買って出ている、その若い男気に微笑ましさすら湧いてくるというものだ。
「まあな。じゃ、学校にいる鬼を倒しに――」
「待ちな。あんた、博士に戦うなと言われたんじゃないのか?ならあんたは言われた通りにこのままシートに座ってればいい。空中戦はライガーも出来る、あとは俺に任せておけ」
「へえ、やっぱそういう目論見だった訳だ」
「何?」
クツクツと笑いを押さえ込むよう喋る竜馬を不審がるハヤトに、竜馬は更に調子を明るくして話を続けた。ハヤトからしてみればライガー号の内蔵スピーカーから発せられる音声でニヤニヤと片方の口角を上げて喋っている竜馬がまざまざと想像できた。
「元気から言われたぜ、お前は憎まれ役を買って出てるってよ。もうケンカすんなって釘も刺されちまった」
「元気ちゃんが……そうかい。だが、あんたのバカがリョウに移ってしまうと言ったのは俺の本音だよ」
「へーへー。じゃ、オレのが移る前に鬼をブッ倒そうぜ。――色々、時間ねえんだろ?」ハヤトは今の竜馬の言葉が、何か一気に遠くに行ったような、達観した含みがあるように思えた。
「あんたな……!」
「やめようぜハヤト。お前が一番に分かってるんだろ、あの百鬼メカを倒すにはドラゴンの安定した飛行能力しか手がないって」
言いようのない焦燥感に駆り立てられ声を張り上げたハヤトをたしなめたのは、今まで聞き役に徹して黙っていたベンケイだった。
「お前がそっち側につくとは、意外だな」
「まあ、ちょっとね。俺は竜馬さんを信じるよ」
ベンケイの言葉に冷静になれたハヤトは少し考えて、吐息をついた。何もここで言い合いをしたい訳じゃない。
早乙女博士と話した計画では博士が竜馬を戦闘に参加させないよう促し、それでも反抗するだろう竜馬を最終的にハヤトが竜馬へ自身に敵愾心を煽り立て激昂させることで戦闘を放棄させよう、それでも戦おうとするならばドラゴン号に強制オートパイロットモードを発動させることも辞さないつもりだった。
しかし、今の竜馬は早乙女博士たちの胸中の事情を既に察しているし、あの竜馬に対して嫌悪が見えていたベンケイも外出中に何かあったのか竜馬に協力的に、もっと言えば好意的な態度になっていた。最早この状況で計画を強行したところで、得られる結果は何もないのだ。
そして何より、一番傷つく立場にある元気がハヤトの成そうとしていることを理解していたことに、ハヤトは元気を子供扱いし過ぎていたのだと反省した。自分が思うよりも元気は賢く、精神的な成長を遂げていたのだ。元気はもう守られているだけの少年じゃない、立派なゲッターチームの仲間であり大事なサポーターなのだ。
「……今は時間が惜しい。竜馬さんよ、そこまで言うならあんたには戦ってもらう。が、何かあってからではフォローは難しくなる。俺がライガーで百鬼メカの隙を作る、そこを――」
「オレが叩く。この身体の記憶が教えてくれたぜ、たしか……『シャインスパーク』。そいつで倒すんだ」
「そうだ。あの百鬼メカは装甲が段違いに厚い、シャインスパークでなきゃ決定的なダメージは与えられないだろうな。だがシャインスパークは操縦席足下のペダルを三人同時に踏まなければ放つことはできない。しかもあの黄金色の百鬼メカは分離すると素早く飛び回って捉えることが困難だ。だからあんたはいつでもタイミングが合わせられるよう、俺が戦闘中でも気を張ってくれよ」
ベンケイはハヤトの緊迫した空気が和らいだのを感じ取り安心したのか、小さく胸をなでおろした。が、まだ本題が残っている。学園のみんなを、人質という非人道的な状況からいち早く助けなくてはいけない。
「さあ早く人質に取られてる学園のみんなを助けに行かなきゃ!竜馬さん、ここ一番頼むぜ」
一度は啀み合いもしたが、ハヤトとベンケイは竜馬を受け入れ今は学園を救おうと意思を一つにした。
これにやる気をわかせたのは竜馬だった。竜馬は一応精神的には二十歳過ぎた成人、2歳違いとはいえまだ学生の彼らに頼られたら兄貴風を吹かしたくなるのは竜馬の気質を考えれば仕方なかった。期待をされて応えてやらねば男じゃない。
「任せろよ。んじゃま、オレ様が華々しく大見栄を張れるような花道を飾ってくれよ!」返事を返したものの
気を大きくして嘯く竜馬だが、
「ああ。……ん?」咄嗟に返事を返したものの、よく考えてみると竜馬の言ってるのかよく分からなかった。ハヤトは自分がゲットマシンに待機し続けていた間に考え込みすぎて頭が回らなくなってしまったか?と、思ったが
「……あ、それって『大見得を切れる大舞台を作ってくれ』って言いたいんじゃあ……」
ベンケイはさっきの竜馬の言い間違いを指摘する元気のやり取りを思い出した。
そしてそれは大当たりのようで、竜馬の吹かしていた兄貴風が途端に凪いた。それで、ブワッと吹き上がる恥に耐えられず騒ぎ出した。
「う、うるせえ!オレは社会もだけど国語もちと苦手なんだよっ!」
「え~、竜馬さんあっちじゃ二十歳なんでしょ?それで未来の人でさ。うっわーホントやだなーこんな未来人」
「ンだよ、わりぃかよ!?こんなことちょっと知らなくたって世間様をちゃんと生きていけんだっつうの!」
ベンケイのボヤきにギャアギャアと叫ぶ竜馬。売り言葉に買い言葉でスピーカーがとんでもなく煩いことにハヤトは少し顔を顰めた。だがその言い合いの声音は険悪なものはなく、どことなく楽しそうな雰囲気もある。
まるで、浅間山学園の小休み時間に響き渡る男子生徒の無邪気な歓談のようだ。
――……違う縁であれば、俺はこいつとそれ程悪い絆ではなかったと思う――
だが、パラレルワールドの『竜馬』は、この世界の住人じゃない。そして『竜馬』には『竜馬』の、『リョウ』には『リョウ』の住んでいた世界がある、そして互いの『流竜馬』には互いの世界にとって必要な男のはずだ。
帰らねばならない、戻らねばならない。ハヤトたちの学友であり戦友の『リョウ』がこの世界に必要なように、『竜馬』を必要としている世界へと――
……コックピットに待機し過ぎて、些か思考がナーバスになっていたかもしれないとハヤトは思い直した。
「はあ……だからガキだって言うんだ、あんた。ライガー号、出る!」
ハヤトはベンケイのボヤき癖が移ったように呆れを口にするとゲットマシン・ライガー号のジェットを点火し、カタパルトから出撃した。続いてベンケイもポセイドン号のジェットを点火し、
「竜馬さん、帰ったら元気ちゃんに社会と国語習った方がいいよ。ポセイドン号、発進!」
普段のマイペースな雰囲気からは考えられない反応速度で出撃していった。
「あ、待ててめえら!!……ちっ、イーグル!……じゃねえか。――ドラゴン号!行くぜ!!」
二人の後を追うように、ゲットマシン・ドラゴン号は青紫の空の中へと飛翔した。