「ふむ。にわかには信じ難い……が、疑問は解消する。リョウくん……いや、竜馬くん、でいいかな?」
「どっちでも」
『竜馬』は険がとれた、と言ってもまだ獣じみた眼で早乙女博士を見やった。
だいぶ平静になったようで、肌に刺さる刃のような殺気はもう『竜馬』から放たれることはなくなった。
「では、竜馬くん。君は我々の知っている『流竜馬』ではなく、もう一つの可能性……パラレルワールドの『流竜馬』だと、そう言いたいのだね」
「ぱ、パラパラ?ンまあ、よく分かんねえけどそうなんだろ。あんたらとは違う世界の『流竜馬』だよ。恐竜人間もいなければ人間様と同じ言葉をしゃべる鬼人間もいない。マジモンの鬼がいる世界から来た竜馬だ」
『流竜馬』――彼が自認したように言うなら竜馬は自分は別世界から来たのだと、まるで夢物語のような事実を明かした。
竜馬は、突然に襲ってきた激しい脳の痛みから開放された後、そばで心配していた元気に今すぐ早乙女博士とゲッターチームを呼んでほしいと頼んだ。
息を切らせ駆けつけた早乙女博士、神隼人、車弁慶、そして元気に竜馬は至極真面目そうな口調で「オレはあんたたちが知っている『流竜馬』じゃない」という第一声を発した。
まさかの『似たような存在の別人』という説明に、最初は何を言い出したのだと皆呆気にとられたが、しかしその荒唐無稽ながらも咄嗟に考えたにしては筋が整えられた内容に、妄想で片付けられるものではないと早乙女博士は『パラレルワールドの竜馬』の話を受け入れることにした。
「オレがこうなった原因はその鬼からの呪なんだろうが、あんたらの世界に何でオレがこうなって紛れたのか、そこんとこの理由はサッパリだ」
頭をガシガシと掻く竜馬に、その仕草からハヤトは納得したように鼻を鳴らした。
「ガラが悪いとは思ったが、なるほどパラレルワールドか」
「なあ、ハヤト。パラ、パラソルワールドってなんだい?俺初めて聞く言葉でさ、どういう意味かよく分かんないんだよね」
すこし話が見えないでいたベンケイがハヤトにこっそりと小声で聞いた。
……実は竜馬も、その『パラ……なんとか』を知りたかったため、ひっそりと二人の会話に聞き耳を立てた。
「パラソルじゃねえ、パラレル。パラレルってのは並行とか並列という意味だ。……並行して存在する別の世界、似ているようでどこか違うもう一つの可能性を秘めた世界。SF小説とかでよく使われる観測されたことのない、いや、されていなかった科学的理論さ。理論上は存在すると言われていたんだが、まさかこんな形で見ることになるなんてな」
「へえ。じゃあリョウはそのパラレルから来たリョウになんだか取り憑かれてるってワケか」
「おい!オレを悪霊のたぐいみたいに言うんじゃねえ!」
歯肉を見せて吠える竜馬にベンケイはビクッと肩を震わせて、少しだけ怯んでしまった。
リョウの顔で無茶苦茶な怒り方をされるのは、ベンケイはどうしても慣れず、声も妙にドスが掛かっていて苦手だった。
「うわぁ!?リョウ、じゃなくて竜馬さん?いやいやホントに悪かったよ。……はあ、やり辛いなもう」
怒鳴られたら嫌だし苦手意識は強くある。なのに、ベンケイは竜馬からどことなく放っておけない『孤独』のようなものを感じていた。
まるで、人間を警戒する捨て犬が持つ『孤独』と気難しさのようなものが――『そんなこと本人に言ったらまたワアっと怒るんだろうなあ……』とも思うので、絶対に言いはしないが。
ハヤトもこの『流竜馬』が他人に対してどういうふうに接する男なのか注視していた。ベンケイに一々吠えるところを見ると、まるで手負いの野犬のようである。
ふと、ハヤトは自分たちを呼びに来た元気が一言も喋らないのを気になり様子を見ると、元気は少しふさぎ込んだ表情をしていた。気持ちも沈んでいるように見える。
「どうした元気ちゃん?……いや、リョウの中身が別人になっちまったんだ、気落ちもするか。気が付かなくて悪かったな」
「ううん……ハヤトさん、違うんだ。リョウさんが竜馬さんになっちゃったのもビックリしたけどさ……ぼく、そのパラレルの世界にはいないんだなあって」
元気は竜馬の話を聞いて、そのパラレルワールドに自分がいないことに寂しさを覚えていた。
まるでその世界には自分が必要ないのだと、影形すら『早乙女元気』が存在しないことに『そのパラレルワールドに嫌われている』というぼんやりとした感覚が元気の心を暗い気持ちにさせていた。
「そっか、元気ちゃんのこと、このリョウは知らなかったもんな」ベンケイも元気を気遣えなかったことを反省して、元気の小さい肩をそっと寄せた。
「話を聞いてるとね、達人お兄ちゃんもミチルお姉ちゃんもいるようだったのに、やっぱりぼくはいないみたいだから。なんだろう、なんか寂しいなあって思って……アハハ!急にこんなこと思うなんて、ぼくなんか変だね!」
この話はおしまい!とばかりに元気は気の張った笑顔を作った。
その様子を、ベッドでじっと見ていた竜馬が口を挟んだ。
「ンだよちび、そんなことでナイーブになりやがって。男がそんな小さいことで悩むな。それにオレや隼人みたいなのが無駄にいるより、どこの世界探してもオメェしかいねえ方が……あー……ほら、なんだ、特別感あるだろ」
場が、しんと静まる。
何かおかしいことを言ったろうか、もしや地雷踏んで滑ったのか?竜馬は口をとがらせ、なんだと威嚇するようにあたりを見渡し眉をひそめるが……
「……わあ、適当だ」
「並行世界のリョウはとっさに回る頭がないらしい。パラレルとはいえあって欲しくなかった可能性だぜ」
「だよなあ、これじゃリョウのイメージ壊れちゃうよ」
返ってきたのは、あっけらかんとしたベンケイとハヤトの軽口だった。
「よ、横でゴチャゴチャと無駄口言ってんじゃねえよてめえら!?」
なれないことをしたと思った。
竜馬は子供の相手なんてしたことがなかった。ボロ道場に悪戯しに来る悪童を追っ払うくらいのことはしてきたが、慰めまがいなことは自身の記憶が正しければ一切ない。
そんなものだから『ヘコんだチビが気になって説教がましいこと言ってしまった』という、この無駄極まりない行為をしてしまったことにほんの少し焦っていた。
その焦りを誤魔化そうとして大きく声を出して怒る竜馬に、ハヤトとベンケイの二人はおかしそうに声を立てて笑い、元気もつられて一緒に笑った。
この男は十分、『流竜馬』だった。
「ふふふ、ありがとうリョウさ……竜馬さん。そっか、ぼく、特別かあ」
元気は人懐こい笑顔を竜馬に向けた。
――この人も良い人なんだ。だって優しい言葉をかけてくれるんだもん――
パラレルの世界の『流竜馬』も優しい人なんだなと、リョウと竜馬のポジティヴな共通点が見つけることができて、元気は嬉しかった。そんな笑顔の戻った元気の頭に、ポンと手のひらが降りた。
それはハヤトの手だった。ハヤトは内心表情を暗くした元気にどう声を掛けようかと言葉を探していたが、竜馬のストレートな励ましの言葉にすっかり顔を明るくさせたのを見て安堵していた。
竜馬に軽口は言ったが、見下している訳ではない。下手に感謝を述べると、この男は壁を作るタイプに見えた。そういうやつは笑ってやった方が気楽に構えれるのだ。
――しかし、この『流竜馬』はそれ程害がないとして、だ。元のリョウはどうになる?――
「博士、このパラレルのリョウが自分たちの知るリョウじゃないとして、元のリョウをどうしたら呼び戻せるのです?」
それなのだが……と、無精髭の生えた顎を抱え早乙女博士は話を切り出した。
「リョウくんがレム睡眠状態であることには変わりはない。リョウくんの脳が覚醒状態、つまり『起きている』状態になるのを待つか、直接脳に電気信号を送り『起きている』状態にするか、今はその選択肢しかないのが現状だ。前者は何時になるかわからんし、後者はリスクが高過ぎる。覚醒の可能性はごく僅かと言っていい。時間はかかるが、他の方法を探す方が賢明だろう」
「へえ、こっちの早乙女博士はお優しいこって」
竜馬は珍しいものを見たように早乙女博士を見た。ついでに「あっ、こっちのは髪の毛黒いのかあ」と今更気づいたように口の中でごちた。
「オレんとこのあんただったら迷わずオレの頭に電極ブチ込んで電流流すだろうな。なんつったってオレはこっちの早乙女博士から殺しのプロ送られたり、麻酔薬で強制的に研究所に連れられたんだからよ。あ、そうそう。殺し屋は全部返り討ちにしてやったんだぜ!」
頬杖をつきながら懐かしそうに話す竜馬に「な、なかなかバイオレスだねそっちの私は……」と、普段は冷静な早乙女博士も、冗談でなさそうな竜馬の話に苦笑いで応えるしかなかった。
ふと、竜馬が周りを見回す。指を折って人数を数え、やっぱりいないと疑問を口にした。
「なあ、そういやミチルは?もしかしてこっちじゃ……死んでんのか?」
「死んでねえよ」鋭くハヤトが否定した。
「リョウの記憶をちゃんと思い出せ。ミチルさんは友人と旅行に行ってんだよ。……いつも戦い詰めで、女友達との付き合いもろくにしてねえなんて、年頃の女の子だってのに悪いだろ。俺たちはミチルさんにいつも世話になっているし、たまの小旅行くらいゆっくりさせてやりたいんだよ。リョウだってそう言っていたしな。だから緊急招集は掛けなかったんだ」
「ふうん……お前ら学生だっけ。『コイツ』の記憶だと学校に行きながらゲッターで戦ってるみてえだし。ったくよ、学校なんてブッちすりゃあいいのに」
「……俺たちはこれでも成績優秀で通ってるもんでね、あんたとはココが違うのさ」ハヤトはトントンと自分の頭を突いた。
ハヤトのあまりにも人を馬鹿にする言い方に「はあ?頭の硬さってか」竜馬の声のトーンが一つ下がる。
「良ーく分かってるじゃねえか。あんた、鉄球のように脳にシワがないようだから、早くリョウに身体を戻してやらないとな」
段々と竜馬の顔が険しくなる。それに追い打ちをかけるようにして、ハヤトは傲岸不遜な口調でまくし立てた。
「リョウまであんたの『馬鹿』が移っちまう。いや、『ガキのような性格』のほうか、それとも両方か?なんにせよ、あんたがリョウの中に居続けると不都合なんだ。それも分からないか?」
見下すように鼻で笑い、ハヤトは竜馬を『煽った』。
その分かりきった売られた喧嘩に、ただ黙ってる竜馬ではない。
「てめえ……ちっといけすかねえとは思ってたが、そこまで言うってんなら買ってやるぜそのケンカ!」
烈しい剣幕を見せ、竜馬はベッドから勢い良く飛び出した。
まだ頭がふらつくのか足元の重心がぐらついている。
「止めてくれよ竜馬さん!その身体はリョウのなんだから出来るだけ大事にしてくれって!ハヤトもこれ以上ことを大きくしないでくれよ、何で今そんなふうに言うんだ!?」
「そうだよ!二人ともやめてって、ねえ竜馬さん!ハヤトさんもどうして急に喧嘩腰になったんだよお!」
「ちっ、退けろチビ!巻き込むぞ!!」
ベンケイはハヤトを、元気は竜馬を抑えようと身体を張って止めに入る。ベンケイは折角竜馬が落ち着いて話せるようになったのというのに態々喧嘩を売るハヤトに、困惑を隠せなかった。
ハヤトはこんなふうに言うやつじゃない、何回もチームを組み、共に戦ったんだから分かる。それがどうして?
「フッ、博士行きましょう。早くリョウを治す方法を探さないと、もしかしたらぼんやりしている時間は無いのかもしれませんよ」
「……ああ、分かったハヤトくん。竜馬くん、怒る気持ちは分かるが、今は抑えてくれ。君も元に戻りたいだろう?」
「そ、そりゃあ……だがよ!」そこを言われると弱い。喧嘩するより、元に戻る方法を考えるのが先決なのは竜馬も理解してる。
だが、一度燃え上がってしまった怒りはなかなか収まってはくれない。
「……そうだ!気分転換に外行こうよ!ね、竜馬さん!」
「あ、あん?外だあ?」
元気は明るく振る舞って言った。どうしても竜馬を放っておけなかったし、自分の落ち込んだ気持ちを寄り添った人を無下にするような真似はできない。早乙女元気はそういう義理堅い少年だった。
竜馬は元気の突然の誘いに戸惑いつつも、くすぶる怒りの矛先をハヤトに向けていた。
そしてハヤトは、その怒りを確認するように横目で一瞥すると音もなく出ていった。
※
元気の急ぎの呼び出しで出ていった為に、所長室はまだ資料が散らばっていた。
早乙女博士は大きく深呼吸をしてやれやれと息をついた。
「ハヤトくん。流石に無理がある、君だけが悪役になろうなど」
「何がです」
「ふふ、ワシは君の倍以上歳をとってるし人生を経験しているんだよ。元気を、気遣わせたね」
「早乙女博士!僕はただ……」ハヤトの言葉を遮って、早乙女博士はデスクの上に散らばった資料をまとめ始めた。
「科学者たるもの、どのような現象にも理解を観さねばならない。『呪』のような超常的なものにも、その根本は科学で解明できる『理』があるとワシは信じている。今回のリョウくんとその対になる竜馬くんに起きていることも、きっと解決できると思っているよ。しかし……」
博士は揃えた資料をデスク棚に仕舞い、言葉を続ける。
「君が言っていた『時間がない』と言うのも、存外嘘にならない」
ハヤトの顔に緊張する。竜馬を『煽った』のも、小馬鹿にしたのも、元気が『平行世界の竜馬』との別れが来たときに『ハヤトが切っ掛けで別れることになった』という印象を強めることが目的だった。
元気は竜馬に好印象を持っている。それは思った以上に強いものだった。だからこそ、ハヤトは場を荒らす悪役に徹しようとした。
リョウが元に戻ったとして、元気がリョウの顔を見たとき、どう思うだろう。きっと、別れの悲しみを何度も思い出す。
ならば、怒りによる後腐れなない別れを、自分に怒りを向けようとした。……だが、それは早乙女博士に見通されていた。
『時間が無い』と言ったのも、竜馬を煽るための言葉だった。それと、早く入れ替わった原因を解決することで別れの辛さを軽減したい、との考えもあった。
そのとっさの言葉が、早乙女博士にある気付きを与えた。
「ハヤトくんは竜馬くんを怒らせたくて『時間がない』と言ったのだろうが、その可能性は大いにあり得る、と思ってな」
「……まさかリョウに竜馬の意識が定着する、と言うことですか」ハヤトの言葉に早乙女博士は頷く。
「例え話になるが、太陽の光を直に見ると網膜が焼けるだろう?それが人格にも、あの竜馬くんの強い自意識が、睡眠状態から覚醒しても残ってしまう、という可能性を想定しなくてはならない」
「まさか!?」
ハヤトの驚きに、早乙女博士は努めて冷静に答える。
「あって欲しくないがね。だからこそ、早急な解決を図らねばならん」