俺がオレで、オレが俺で   作:よくかんさん

8 / 10
番外編

練れば練るほど色が変わる肉団子VS白い雑面ファンタジスタ


俺がオレで、オレが俺で・間話

『それ』は、あまりにも醜い肉塊だった。

 汁椀を逆さにしたようなドーム状の形、4階建てのビル並みの体高。表面は灰と焦茶の油絵の具を雑に混ぜ合わせたようなマーブル模様をしていて、一定間隔で脈を打ち、時折その表層に人間の手足のようなものがわらわらと生える。

 そして『それ』が己の理想の形をドーム状の肉塊の天頂に成した……その瞬間。表面にあった有象無象の手足がまるで融点に達した鉄のようにドロドロと溶け落ち、その都度『それ』は悲鳴のような、怒声のような、高音と低音が入り交じる奇っ怪な轟音を肉塊の内から発した。

 

「く゛、く゛か゛っ……!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァ!??手、手が、私の手ガ、また崩レル……アア私の身体モ……腕モ、肩モ、脚モ、胴モ首モ顔モォオオ!……のれ……おのれ……おのれ、おのれおのれおのれぇ!!!許さん、許サんゾ……ナガレリョウマァアア!!」

 

 また『それ』は己が求める肉体に戻れなかったらしく、幾度目の自己中心的かつ傲慢な怒りと憎しみに満ちた呪詛を吐き散らした。

 

「ワ、我が美しき身体をこの様な醜イ姿にしたコト……その恨みを、憎しみを、貴様の魂の消滅を以テ理解サセテやろうと……シタ、ノニィィィッ!!」

 

『それ』はその異様な見た目通りの異様な力を持っていた。

 地球上では様々な法則のもと、エネルギーは循環し、地球が緩やかな死を迎える遙か先までは留まることはない。しかし、この肉塊は時間を空間から切り離し、他次元からエネルギーを引っ張り出すという様々な法則を無視した超常を起こすことができた。

 肉体が崩壊寸前だった『それ』は、己の持つ超常の力を使い、肉体を地球の時間軸と隔絶した他次元に転移させ、そこで再生を試み、己の理想とする美しく強靭な肉体を復活させようとした。

 ……しかし、『それ』が幾千幾万試みても『それ』の理想とは程遠い醜悪な肉塊に戻ってしまう。まるで、穴が空いた風船にいくら空気を送っても萎んでしまうように、力を使い再生しようとしても身体は溶け崩れ肉塊という現実に戻るだけだった。

 それを、この空間で幾度も幾度も……人間の時間感覚で言う八万年の時が経っていた。

 

「なのにナノニドウシたコトだ……流竜馬の気配が消えたなど!!あり得ない……アリエナイィッ!!我が力はコノ銀河系において右に出るものはナイのだゾ!?」

 

 だが八万年経とうと『それ』にとってはさほどのことでもない。

 幾ら時が経とうと『それ』の肉体が復活さえすれば、己を醜い肉塊にした――結果的に肉塊になってしまったのであって、原因は『それ』が起こしてしまったエネルギーの暴走なのだが――『流竜馬』を跡形もなく葬ることができる。

 その私怨を糧に数多幾多に復活を試み、その度に身体が溶け崩れ、それでも『それ』は再生を図った。――ただひとつ、八万年の時がたった今に、その均衡が大きく傾こうとしていた。

 その切っ掛けが『流竜馬』への『呪』の介入だった。

 それは『それ』が数え切れない再生失敗のカウントをまた一つ増やした時のこと、突然何らかの影響で隔絶した空間が歪み、ほんの少しの隙間が、時空間の歪みが生じた。そして、『それ』が持つ索敵能力(千里眼)が、ひたすらに怨み続けていた『流竜馬』をその隙間から感知した。

 

 ――本来この力はゲッター線を感知するためのものだった。が、『それ』はまだ正常な肉体を持っていたとき、日々の緩慢で退屈な時間を埋めるために索敵能力(千里眼)を使い個人的な暇つぶしをしていた。

『それ』には『ゲッターの抹消』という使命があった。一時も忘れはしないが(補佐兼監視役の鬼女二人が何かにつけて口を出すので嫌でも忘れることはなかった)、なんとも張り合いのない低次元の軍事力と科学力に『それ』は幻滅していた。

 結果、『それ』のもともと持っていた傲慢さをさらに増幅させることになる。そしてその果てのない傲慢さが、『流竜馬』を退屈しのぎに利用するという考えに至らしめた。

 収集した情報によるとゲッター線はまるで誘引されるように『流竜馬』に指向性を持っているという。ゲッター線が求める存在、特異点の存在と言っていい。ならば、怨敵たるゲッターが求める『流竜馬』という人間がどれほどのものか、『それ』は試したくなった。

 試す、と言っても試練を与えるというものではなく『カエルの肛門にストローで空気を送ったらどうなるか』とか『羽根をむしったトンボは生きていけるのか』とか『触覚をなくしたアリは巣に戻れるのか』という子供の無邪気な邪気をスケールアップしたような感覚だ。

 戦士として成長するまで待ち、ある時はけしかけ、力をつけたところで自分の用意した鬼の軍団と戦わせ、己の手のひらの上で転がされてる様を観察する……なんと極上の暇つぶしだろうか。

 無様に、滑稽に、強がっては泣きを見る『流竜馬』が、まるで巣から転げ落ちて鳴き喚く雛を観察する様なほの暗い好奇心に似た感情に、『それ』は胸を沸かせた。

 きっと雛は腹を空かせた獣に喰われるに違いないという期待して観察するように、いつ『流竜馬』がゲッターの現象の一つである吸収同一化に巻き込まれて取り込まれるか、例えゲッターの魔手から免れたとしても超常の力を操る自分に惨めたらしく弄ばれ屠られるか、その様を想像するのが愉しみでなかった。

 ……しかし、今の『それ』にそんな余裕はない。

 肉塊に成り果てた『それ』は、『流竜馬』に強く恨みを持ち固執している。『流竜馬』を見つけたことは、千載一遇の……いや八万年も経っているのだから単位は軽く飛んで億載一遇と言うべきか、なんにせよまたとない積もりきった怨みを叶えるチャンスだった。

 その空間の隙間からキャッチした『流竜馬』の気配は早乙女研究所に繋がっていた。好都合だった。位置の確定をしたところで早乙女研究所に保管されていた己の支配下にある鬼の死骸を伝って超常の力――人の言う『呪』を送り、取り殺す。

 

 ――無知な人間は鬼が胴と頭部とを切り離されさえすれば動かなくなると思っている。それは間違いなのだ。骸であろうと私の支配下にあった鬼ならば私の思念を直介入することができる。そうすればどんな状態であろうとも鬼を使役できる。そして鬼を介して強力な死の幻影の『呪』を送れば、いかなる屈強な精神すらも破壊できるのだ!――

 

『それ』は息巻いた。即席の下策だが必ず『流竜馬』の精神は破滅するだろう。なにせ、自分の力を妨げるものは何もないのだから。嗚呼、私の積年の怨みは成就するのだ!そうして肉塊は己の本懐が遂げられると確信し高揚した。

『それ』は『流竜馬』が死に悶える姿を見るのが愉しみで仕方なかった。肉体はまだ復活しそうにないが、それでもいい。もはや怨みを果たすのみ。

 圧倒的な勝者の視点で、『それ』は成功を疑わなかった。――が、そうはならなかった。

 

「ォォ……ォォオオ!!お、お、オぉノォレえェェ!アリエん……アリエンのダ!……誰ダぁア!ワ、我が力をはばむ下郎はァア!!」

 

 索敵能力(千里眼)は何者かによって遮断されたらしく、肉塊は酷く荒みさらに腐った肉のような不安定な形態になる。超常の力を何者かに遮断されたことにより空間の隙間へ向いていた超常の力のベクトルは行き場を失い、肉塊へと力が跳ね返ってきたのだ。

 矛盾に満ちた憎悪を喚いた。

 誰にも妨げられることはない超常の力を持っていると自負するのに、それを妨げ対抗できる下郎がいると言う。

 崩れた肉塊しか存在を許さない隔絶された時空間に、他の誰がいるだろうか。

 

 ――その肉塊の怨嗟に応える声があった。

 

『陰陽とはその名の通り宇宙は『陰』と『陽』の2つの気によって構成されるという思想だ。死と生、液と気、裏と表、地と天……相反し循環し、世界は渦を巻きならが一定のバランスを保とうとする』

「ナニやツッ!?」

『お前は己の対極になり得る『流竜馬』に興味を示し、求めた。あれは脆くともゲッターの強力な『陽』の気を受け入れる存在だからな』

「何処ダ!我が結界に侵入ナド……ゲッターの手の者カ!?」

 

 声の正体を探るため、『それ』は顔を生成しようとした。直ぐに溶け落ちるから形には構わず、できるだけ早く、そうして4階建てのビルの体高に貼り付いたような歪な顔を作ろうとする。

 声は話を続ける。よく聞けば分かるが、その声は二重の男性の話し声に聞こえる。

 二人同時に喋っているにしては、合いすぎていた。どうしてか発音のタイミングもブレスの強弱も寸分の狂いが無い。

 

『森羅万象の理は覆せない、それがゲッターであろうとも。破壊するものがあるなら、それを補うものがある。ゲッターが成そうとしてることは正にそれだ。破壊と創生……陰と陽のサイクルが、万物の進化という次元の昇華を目指してゆく。サイクルの中心たる太極(タイチ)に至ろうとする為に……進化するた為……』

「ゴチャゴチャ痴れ言をほざく!貴様は誰ダ!私を嘲笑う貴様ハ!誰だァ!」

 

 顔の再生を終えた『それ』に合わせたかのように、ぐにゃりと空間が歪む。

 ――声の主が満を持して現れた。

 二重に聞こえていた声だったが、現れたのは白い狩衣を着て、さらに真白い無地の雑面(ぞうめん)を顔につけた成人らしき男一人だった。

 

「俺は神々より最も遠い存在、人の……『蘆屋道満』さ。まあ、今は霊魂のエーテル体だけだが――」「死ネエェッ!!」

 

『それ』が号令するように吠えると、無数の五芒星が宙に現れ、声の主目掛け鋭い紫光を放った。

『蘆屋道満』と名乗った男は攻撃されると分かっていた。身を翻し、鮮やかに四方八方から降り注ぐ紫光を避けていく。その動きは蹴鞠を楽しむような軽快さがあった。

 

「大層なご挨拶だな。が、仮初の霊で不完全な肉体に囚われてるお前には、(オレ)をどうこうすることはできない。また(オレ)も、肉体を持たないからお前に直接牙を向けることもできない……そもそも俺は生者でないしな。お互い、無様なものだ」

 

 己を自嘲しつつ余裕を感じさせる二重の声音。『それ』を逆上させるには十分だった。

 肉塊を大きく震わせてさらに五芒星を出現させて『蘆屋道満』を屠ろうとする。

 数え切れない紫光の雨。それでも『蘆屋道満』は恐れることなくまるでサッカーボールをタッチするような足捌きで軽くステップを踏み、さながらファンタジスタのように紫光をいなしていく。

 相手は怒り狂っている、手数は多くとも攻撃が単調で男にとっては簡単に攻撃パターンを読むことが出来た。

 

「思考するという知性すら失っているのか。仕方ない、お前は『安倍晴明』と言う人形(ヒトカタ)を失ったのだからな」

「ナ、ナニヲ……」

 

『それ』の動きがピタリと止まった。

 

「お前が日の本の歴史に残る『安倍晴明』という陰陽師であれば、その力を制御できただろう。しかしお前は八万年の時を経ても制御ができない。それはお前の正体が『安倍晴明』という人形(ヒトカタ)に閉じ込められた高次元のエネルギー体に過ぎないからだ」

 

『それ』の驚愕がシンクロするように満天の五芒星は輝きを失い、辺りは肉塊と白い狩衣の男だけの静かな空間となった。

『蘆屋道満』は、その無音を晴らすように朗々と深くも明朗な二つの音で話す。

 

「高次元の存在に作られたゲッターアンチウェポンであったお前は、『安倍晴明』という強大な依代を使い、現世に顕現した。お前は子供がおもちゃで遊ぶように有り余る力を行使し、平安京の真逆の黒平安京を琵琶湖に創出。『呪』という高次元からの波動を人間に過適応させることより物質法則を変質させ鬼という傀儡を生成した。そして都より鬼門にある黒平安京を拠点とし周囲に鬼を蔓延させ京を混乱させる。その混乱でタイムパラドックスを誘発し未来を変え、時空間を操作する力でゲッター線の研究が盛んな時代へとワームホールを繋げ鬼を送り込んだ。二重の策、態々ゲッターのいる次元へ派遣されるだけはある。……ここまでは、な」

 

『それ』の溶け掛けの巨大な顔が反論したげに大きく歪む。

 だが言わない。いや言えない。『蘆屋道満』は自分を何者か知り過ぎている。一言発するだけで、全て暴かれるようだ。『それ』は不安を、初めて抱いた。

 

「理は何者にも崩せない。時空間は捻れた時間軸を正常へと修正しようとし、整合性を取るために様々なパラレルワールドが生成された。それによりお前のいる時代は同一性が失われ、『流竜馬』がいる時代と直接の繋がりが無くなった。結果、『流竜馬』たちという修正力も加わり鬼との大戦は人間側の勝利となり……鬼は調伏される」

「き゛き゛き゛゛ぃいい!!ウルサイ、ウルサイィ!!耳障リダ!!だから何ダ!何ガ言いタイ!?」

「過去は変えられないんだよ。どんなにお前たちがゲッターを恐れ、破滅を企もうとも、ゲッターは存在し続ける。それが森羅万象に宿る意思らの望み。未来を進み、進化と破壊を……永劫に繰り返すのさ」

 

『蘆屋道満』は手印を結び、「鬼魔招来急急如律令!」と口早に述べた。

 ――パリンと乾いた音が響いた。

 空間に窓ガラスを割ったようなヒビが入り、八万年も隔絶していた空間が揺らぎ時空が歪む。

 その割れた部分から、『それ』が使役してきた鬼共の成れの果てがぞろぞろと這い出て来た。大小様々な鬼の骸は、肉塊へと近づいていく。鬼の骸の中にある歪んだ波動が、『それ』と再び一体化しようと、元へ還ろうとしている。

 骸を呼び寄せたのは『蘆屋道満』だった。わざと挑発した言い回しをしていたのも、自分に意識を集中させて、『それ』が隔絶した時空間を持続的に維持ができない状態にすることが目的だった。

 

『き、きさまあああ!!!?』

 

『それ』が震え上がった悲鳴を上げる。自分以外の異物が、変質した波動が混じってしまえば、もう『安倍晴明』には、美しく強靭な肉体は戻らない。ただの化物になってしまう。『それ』は激しく狂乱し五芒星を幾つも出現させて、骸を始末していく。だが鬼の骸は無尽蔵に割れ目から這い出す。

 そして、灰と焦茶のマーブルに様々な色が混じりはじめた。

 

 

『蘆屋道満』の策はある程度成功した。しかし、それに伴った大きな反動もあった。

 

「ぐぅっ!?……ふふ、『蘆屋道満』も、楽じゃないな……」

 

『蘆屋道満』の霊体がコンマ数秒、二重のビジョンにブレる。幽体(エーテル体)を維持できない程の相当な負荷が掛かっているらしいが、まだ彼は休むことを許されない。彼にも己の存在を賭けた使命が、宿命があるからだ。

『蘆屋道満』は落ち着きを払った声で、虚空へ語り掛けた。

 

 

「『流竜馬』……後はお前たちが頼りだ」

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