猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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【視点・狗尾寝子】

 

 ボクはコホンと一つ咳払いして、手にした書状を読み上げる。

 

「えー、花柱継子・胡蝶しのぶ。水柱継子・冨岡義勇。両名、柱としての実力ありと認む。空席無きため柱への任命は見送るが柱に準ずる扱いとす。にゃむ……長い! 残りはよーするに、柱合会議への参加、担当区域の制定については追って連絡するし、何か希望があれば聞くってさ」

「研究費ください」

「……俺は柱だ」

「義勇さん、『俺は錆兎を支える柱だから柱に準ずる扱いなど必要ない』とちゃんと口にしましょうね。いやそれもわりと意味がわかりませんけど」

「……」

 

 義勇はなんともいえない顔をして、そっぽを向いた。

 

「というか、空席がないとかなんとかって理由は後付けで、実際二人とも柱になりたくないって聞いたんだが」

「研究時間が減るでしょう?」

「俺は鬼殺隊じゃない」

「義勇さん」

「……」

 

 今のは『鬼を殺すことよりも錆兎を守ることを優先する俺は鬼殺隊の柱に相応しくない』という意。義勇は何故しのぶは俺の名前を呼ぶのだろう、最近花柱は任務が忙しく蝶屋敷に中々帰れないと聞く、寂しいのかもしれない、わかるよ、という優しい目をしていた。しのぶは虚ろな目をしている。

 

「ま、今回の処置は拒否権がないらしいし、義勇は腹をくくることだな」

「そうなんですか?」

「うむ、お館様が二人にもっと活躍して欲しいんだってさ」

 

 もう十二分活躍していると思うのだが、これは二人の成果が正当に評価されていると思おう。今回みたいにちょくちょく伝令の使いっぱしりさせられているボクとは大違いだな! 別にいいけど!

 ちょっとしょぼくれていたら、横で一緒に聞いていた真菰がパチパチと拍手をした。

 

「二人ともおめでとう。柱かぁ、鬼五十体か十二鬼月の討伐だっけ?」

「あと階級が甲な。真菰は甲だし鬼も五十体以上殺してるけど、ほら、長時間戦うと知恵熱出すから……」

「知恵熱じゃないし」

「いひゃい」

 

 ほっぺをぐにーっと引っ張られた。真菰は体質から何をするにしても脳に負荷がかかる、それが殺し合いになると猶更だ。柱になって高頻度に鬼狩りを行えば、身体を壊してしまうかもしれない。実力で言えば柱と言っても申し分ないだろう。

 ボクはといえば一応条件は満たしているけれど、単純に実力が足りていない。基本カウンター狙いだから、カウンター出来ない攻撃、つまりは実体のない血鬼術を使う鬼とは相性が悪くて毎回死にかける。姉弟子として不甲斐なし、穴があったら入りたい、猫は炬燵で丸くなる。にゃーん。

 

「そんなわけで早速お仕事だ、義勇は真菰と一緒に先行している錆兎と合流。海の近くらしいからお土産よろしく。しのぶはボクと一緒に山へ向かうぞ」

「山?」

「うん」

 

 脚が六本以上ある生き物が苦手な身としては嫌な予感しかしない、山の名前を告げた。

 

「那田蜘蛛山だ」

 

 

 

【視点・嘴平伊之助】

 

 蜘蛛野郎に喉を握り潰されようとしていた。いやもう潰れている、息が出来ない。

 山の中なのに、知らねぇ景色が周りを流れていく。なんだこれ? 俺、死ぬのか……?

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 蝶々羽織が、目の前を横切った。同時に、息ができる。

 

「遅れてしまってごめんなさいね、猪さん。大丈夫かしら?」

「ゲホッ、カハッ」

 

 先ほどの光景を反芻する。あの女、あんなにも強かった蜘蛛野郎の腕と首を花弁毟るくらい簡単にとっちまった。こいつ、女のくせしてすげぇ! すげぇ強ぇぞ!

 

「おいてめぇ、蝶々羽織! 俺と戦いやがっ」

「……あらまぁ」

 

 視界がぐらつく。なんだ、滅茶苦茶、アタマが痛ェ……?

 

「カナヲ、駄目よ。人を鞘で殴ったりしたら」

「師範に斬りかかろうとしたので」

「それでも駄目、うーん、まだ山には鬼の気配があるわね。応急処置だけして、後は隠の人たちに任せましょうか」

 

 

 

【視点・胡蝶しのぶ】

 

 全身に毛が生えている生き物は苦手だ。見ているだけで背筋がゾワゾワするし、触れようものならふっと意識が遠くなる。そんな生き物の一種である猫を自称する姉弟子に思うところがないでもない……と思っていたのだが。

 

「にゃーーーーー!? ごめん! むり! むりむりむりぃ!!」

 

 目に一杯の涙を溜めて、木の上へと逃げる狗尾さん。地上には多くの、おそらく隊員が鬼によって姿を変えられた人面蜘蛛が徘徊している。鬼自体は金髪の少年が倒したのだろう、こちらに攻撃はしてこない。症状を診るにこれくらいなら適切な処置をすれば全員、人へと戻れる。そう判断して薬の調合を始めた。

 

「ひっく、ぐす……おうちかえる……」

 

 メソメソと、しゃくりをあげて泣き始めている狗尾さんを見るとこう、蟲の呼吸を扱うものとして複雑な気持ちと、普段あんなに飄々とふてぶてしく振る舞っている姉弟子の意外な姿だからか、えもいわれぬ感情が湧く。真菰が狗尾さんを転がす理由が少しだけ分かった気がした。

 

「いやいや、いくつですか貴女」

「にじゅういち……」

 

 二十歳を超えている大人が泣き張らしている。いやでも義勇さんも転んで鮭大根を引っくり返したときはポロポロと泣いていた。

 

「帰るのは鬼殺の後ですよ」

「はやくきさつしてかえるぅ……」

「ではそのためにも狗尾さんは周囲に鬼がいないか探ってきてください。彼らを隠に任せるにしても安全の確保が必須です」

「う、うん。わかった!」

 

 首を傾げる。恐怖で多少幼児返りしてるにしても、普段の狗尾さんと雰囲気が変わりすぎていやしないか。

 そういえば、狗尾さんが初めてカナヲと会って彼女の境遇を聞いたときも似たような雰囲気だった。それから、ちょくちょくカナヲの顔を見に来ては甘やかしている。カナヲといえば、姉さんと二人で任務だと手紙がきていたが二人とも怪我はしてないだろうか。今頃なにをしているのかな。

 

「にゃふ、安全確認! 残りの鬼は山頂にいると思うぞ!」

「承知しました、では行きましょうか」

「はやくかえりたいのできょうはアレ(・・)にしような」

「ええ、いいですよ。あまり毒は使いたくないので」

「……? 実験はいいの?」

「藤は貴重ですからね、ある程度の実験は済んでますし」

「ふーん、めずらしい。ボクは助かるけど」

 

 鬼に手の内を晒せば、それは鬼舞辻無惨へと伝わる。珠世さんからの情報を丸飲みするつもりはないが、敵に手の内を晒さないに越したことはない。いつかこの手で鬼舞辻無惨を殺すまで。

 隊員の治療を隠の人たちに任せ、山頂を目指して駆ける。久しぶりの山登り、狭霧山での修行を思い出した。

 

「ん、あれは……炭治郎!?」

 

 開けた場所に、今まさに鬼に襲われんとしている炭治郎くん。即座に頭を戦闘時へと切り替える。

 

「しのぶ!」

 

 狗尾さんの掛け声に合わせて刀を抜いた。

 

水の呼吸 肆ノ型 雫波紋突き

 

 狗尾さんに向けて(・・・・・・・・)全力の突きを放つ。彼女は猫が威嚇するときのような呼吸音とともに刀で突きをからめとった。

 

猫の呼吸 肆ノ型 夏梅(またたび)

 

 鼠返しのようにただ返すだけでなく、さらに力を上乗せする型。鬼の首を断ち斬り、そのままゆらり、ゆらりと身体が揺れて鬼と一緒に狗尾さんも体勢を崩し、尻餅をついた。

 

「ぐわー、手が痛い!」

「炭治郎くん、禰豆子さん、大丈夫ですか?」

 

 反動でのたうち回っている姉弟子は置いておいて弟弟子たちの様子を尋ねる。

 

「ぐ、身体中が痛いですが大丈夫です。我慢できます! 長男ですから!」

「その理屈はよく分かりませんし我慢しなくていいですから診せてくださいね、応急処置をしちゃいますので」

「は、はい」

「ほら、禰豆子さんも……っ!?」

 

 手を伸ばした瞬間に、身体が浚われる。誰かの小脇に抱えられて遠くへ運ばれていた。視界には炭治郎くんが引き剥がされて、禰豆子さんへ日輪刀が迫る様子が写っている。

 

猫の呼吸 壱ノ型 鼠返し

 

 狗尾さんがするりと間に入って、刃をはじく。

 

「あぶなっ!? 待て待て、なにをしてんだカナヲ(・・・)!?」

「……」

 

 カナヲは無言のまま刀を構える。私は、自分を抱えている人物を見上げて叫んだ。

 

「姉さん離して! カナヲもやめなさい! その子は鬼殺対象ではないの!!」

「しのぶ……」

「そうだ、ほら、あとでラムネやるから少し落ち着こうな?」

「……」

 

 姉さんは私を抱き寄せて、いや、動けないように拘束して、悲しげな目で禰豆子さんを見つめた。

 

「しのぶでも抵抗できない血鬼術よ、カナヲ油断しないで」

「はい」

「……っ、姉さん! あの子は鬼舞辻を殺すために必要なの、分かってよ!」

「……カナヲごめんな、たぶん禰豆子が死んだら錆兎が責任感じて切腹すると思うんだ、いいやする、あいつはそういうやつだ」

 

 狗尾さんとカナヲが刀を構えて相対している。状況がまずい! これじゃあお館様からの許可があると伝えても血鬼術で操られているとしか認識されない! 歯痒い、だが最善を尽くさねばならないと、炭治郎くんに禰豆子さんを連れて逃げるように言おうとしたところ、烏が鳴いた。

 

 

 

 柱合会議が始まる。

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