猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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草臥

【視点・狗尾寝子】

 

 畳の上でぐったりと力を抜き、両手両足を投げ出す。鬼殺隊本部、産屋敷邸で本来なら絶対にやらないような振る舞いだが、今だけは自分を甘やかした。

 

「酷かったな……」

「うん、酷かった」

 

 疲れきった顔で「わぁ茶柱だ」と呟く真菰は全く嬉しそうじゃない。自分で口にしながらも暫く『柱』という言葉を聞きたくないのだろう。

 半年に一度行われる柱合会議。今回の議題はいくつかあって、しのぶと義勇の準柱任命について、漁村で起こった錆兎たちと上弦の伍との戦闘について、那田蜘蛛山で発覚した鬼を連れた鬼殺隊員についての三つ。全部ボクたちが関わるものじゃないか!

 

「知ってるぜ、ああいうの会議が踊るって言うんだ」

「そんな楽しいものじゃなかったでしょ」

「……うん」

 

 結論から言えば、準柱の任命はされたし、上弦の伍については情報共有だけがなされた。禰豆子も鬼殺対象ではないと認められている。

 ただそこに至るまでの経緯が、いま思い出しても胃が痛いものだった。うん、思い出したくない。

 

「しのぶ、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だろ、それより錆兎と義勇な、錆兎は言い訳はしない、行動で示すって説明しようとしないし。義勇はきちんと説明しようとしては皆に怒られてしょげてた」

「だから錆兎と義勇の言葉を翻訳するしのぶの心労が大丈夫か心配しているんだよ」

 

 ボクたちの関わった議題が終われば、残りは柱と準柱のみによる会議だ。重傷の炭治郎はすぐさま治療のため禰豆子とともに蝶屋敷に運ばれた。ボクと真菰は先に水柱邸へ戻っていようかと話していたところ、カナエに引き留められ待機している。

 

「うーん、カナエは話があるって言ってたけどなんだろ?」

「……禰豆子のことじゃない? あの子、稀血を前にして我慢できたんだから」

「稀血?」

「ほら、風柱の人。鬼が酔っちゃうくらいすごい稀血なんだって、しのぶが調べたがってた」

「へぇー」

 

 風柱か、禰豆子を刀でぶっ刺したから錆兎がキレて殴りかかっていた。そうだ、アレが始まりだった。しのぶと義勇が仲裁に入って、風柱がしのぶのこと『鬼狂い』とか呼ぶから真菰とカナエが刀に手をかけて。ボクはボクで炭治郎押さえつけてる蛇柱に躍りかかって投げ飛ばされていた。体術にはそれなりに自信があったけど、蛇がいてね? 蛇はどうにも……脚が六本以上ある生物は苦手だが、脚が無い存在も苦手なのだ。ま、炭治郎が禰豆子に駆け寄れたから悔いはないけど。

 つまりは滅茶苦茶だった。あの状況を言葉だけで収めてみせたお館様は流石の一言。

 

「早く柱合会議おわらないかな」

「そうだな」

「上弦の血をしのぶにあげるんだ、私が採ったんだよ」

「渡すのは後日にしような。ストレス解消で研究に没頭したらしのぶ倒れちゃうから」

「……うん」

 

 

 

【視点・胡蝶しのぶ】

 

 酷く、疲れた。

 錆兎さんはマトモに見えてズレたことをよく言うし、義勇さんは論外だ。義勇さんが何か言う度に私が彼の言いたいことを説明しては周りから怪訝な目付きで見られていた。二人の面倒を見るのに忙しくて、せっかく久しぶりに会えた姉さんの柱として仕事している姿をあまり観察出来なかったのも、残念だ。

 姉さん。姉さん。蓄積された精神的疲労が思考能力を奪う。今すぐ蝶屋敷に戻って姉さんに甘えたい。カナヲを甘やかしたい。今日くらいは思う存分のんびりするのだ。アオイに生姜の佃煮を作ってもらおう。みんなが喜ぶようなお菓子を買って、みんなでお茶をするのもいい。ああ、疲れている。

 

「しのぶ」

「……姉さん」

「ごめんなさい、貴女のことを信じてあげられなくて」

 

 あ、姉さんだ。

 

「姉さん、だっこ」

「禰豆子ちゃんのことは……はい?」

「だから、だっこして」

 

 両手を広げて、姉さんを見上げた。姉さんは何故か固まったまま動かない。なんでだろう、廊下を行き交っていた隠の人たちもぎょっとこちらを見ている。廊下の端だから邪魔になってないし、なんの問題も無いはずなのに。

 

「姉さん?」

「あの、しのぶ。本当に血鬼術を受けてないのよね?」

「だっこしてくれないの? ……私のこと、嫌いになった?」

「そんなわけないじゃない!」

 

 勢いよく抱きしめられた。姉さんの体温に包まれてふにゃりと頬が弛む。暖かいなぁ、幸せだなぁ。

 

「姉さんはしのぶのこと大好きよ」

「ふふ、私も姉さんのこと大好き」

 

 姉さんはすごい。少しの間、抱き締めてくれただけで私は理性を取り戻せるくらいには疲労を回復できたのだから。

 

「それでね、蜜璃ちゃんが女の子同士で甘味処に行ってお話しようって」

「ころして」

「大丈夫よ、しのぶ。とっても可愛かったから!」

「ころして!」

 

 人の目があるところで! 鬼殺隊本部たる産屋敷邸で! 姉に甘えるなど! 羞恥で身体が震える。ずっと傍にいたカナヲが戸惑いながら、蹲る私の頭をそっと撫でていた。優しさが心に沁みるけれども、つまりは先ほどの恥態を見られていたということで。

 

「しのぶ姉さん」

「! な、なに?」

「わ、私も……」

「んんんんん!」

 

 カナヲが両手を広げている。いや待ってほしい。カナヲが自分からなにかをしたいと行動したこと、それはとても喜ばしいことだ。しかし、ここは廊下で、せめて人目の無いところに移動する猶予はないものか。瞳が揺れた、悲しげな色が見えた。瞬間、抱きしめていた。

 

「おーい、会議終わったって聞いたんだけ、ど……」

 

 背後から、狗尾さんの声が聞こえる。

 

「取り込み中、かな?」

 

 真菰の声も聞こえる。

 

「え、え、いいなぁ!」

「なにがさ」

「あ、寝子ちゃん真菰ちゃんお待たせ~」

 

 この後、甘露寺さんたちと向かった甘味処で滅茶苦茶やけ食いしました。

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