猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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無限列車

【視点・狗尾寝子】

 

 わたしにとってお姉ちゃんは神様のような存在だった。

 まずもって、橋の下に捨てられたわたしをお姉ちゃんが拾ってくれなければ、今こうして生きていない。

 

「奇遇だね、ボクも弟が生まれてお役御免になったんだ。もしよければ一緒に来るかい?」

「……弟?」

「うん、正式な次期当主様の誕生さ。ボクは一人寂しく自由にやらせてもらってるから、キミもおいでよ。ボクのことはお姉ちゃんと呼ぶといい」

 

 今思えば、お姉ちゃんは人としてわりとロクデナシだった。自分の自由のためなら如何なる手も躊躇わずに使ったし、手に入れた自由で寝食忘れて本を読んで書いて、部屋をこれ以上なく散らかす。

 

「馬鹿は死んでも治らない、まさしくその通り」

「死んだことあるの?」

「あるよ、死ぬ前も本を読んだり書いたりしていてね。でも、食っていけなくて死んだのさ」

「ふぅん」

「おや信じてないな?」

 

 お姉ちゃんはよく作り話をしてくれた。まるで本当にあったかのように話すから、たまに嘘か本当か分からなくなる。男みたいな口調は当主になるため男として育てられたから、これは本当だろう。死んだことがある、これは嘘だろう。そうやって考えるのも好きだった。

 

(だった?)

 

 さっきからどうしてそう、過去のように考えているんだろう。縁側で本を読むお姉ちゃんを眺めながら、不思議に思った。

 

 どこかから、藤の香りがする。

 

 庭に藤を植えていただろうか、そんな疑問が頭をよぎったとき。

 

「え」

 

 先程まで身に纏っていた普段着が、真っ黒な洋服に換わった。腰には刀も帯びている。作り話みたいな出来事が現実に起こって、思わずお姉ちゃんにすがった。

 

「な、なにこれ?」

「おや、鬼殺隊の制服じゃないか」

 

 当然、お姉ちゃんは答えを知っている。知らないことなんてない。だって未来も知っているのだから。

 

「偉いね、寝子。錆兎を助けてくれたんだって? ありがとう、嬉しいよ」

「――」

 

 そうだ、お姉ちゃんが病気で亡くなってから、見つけた日記に、これから死んでしまう人のことが書いてあって、助ける方法も書いてあったから、助けなきゃって。

 

「……嘘だ。これは夢だ」

「寝子?」

「褒めてくれる筈がない! わたしは余計なことしかしていない!」

 

 お姉ちゃんが死んでしまったことが受け入れられなくて、とにかく目標が欲しかった。生きる意味が分からなくて、お姉ちゃんの『好きに生きるといい』という言葉が酷く難しかった。猫が好きだから、猫になろうとして。お姉ちゃんが好きだから、お姉ちゃんになろうとして。

 

「お姉ちゃんの日記は破られてた、錆兎の他にも死んでしまう人のことが書いてあった筈なのに、お姉ちゃんが何故破ったのか考えようとしなかった!」

「……」

「お姉ちゃんなら助けられた。それをしなかったのは、死ぬ筈の人を助けたら、倒される筈の鬼舞辻無惨が倒されない可能性があるから」

 

 日記の最後のページ、小さく小さく書かれた『鬼舞辻無惨は倒され、ハッピーエンドで終わる』という言葉。錆兎を助ければハッピーエンドになると思い込んだ。そのあとに続く言葉は、きっと、『だから何もしてはいけない』。

 

「……ごめんなさい」

 

 お姉ちゃんがどんな表情をしているのか、見る勇気がなくてボクは庭へ走った。藤の香りがする方へ、目の前をヒラヒラと蝶が舞う。

 

「っ、しのぶ!」

 

 手を伸ばして、蝶を捕まえた。

 

 

 

【視点・胡蝶しのぶ】

 

 声が聞こえる。

 

「縄で繋ぐのは腕ですか?」

「そう、注意されたことを忘れないで」

 

 腕の近くにあった手を払いのけ、背後に回り込んだ。みんな寝ている? 起きている人物の位置を把握して、囁いた。

 

「へぇ、その縄で繋いだらどうなるんです?」

「!?」

「ごきげんよう、教えてくださいな」

 

 鬼ではない。鬼の気配が充満しているが、彼女たちではない。怒りを隠して情報を探る。状況を把握する時間も欲しい。

 

「な、なんで……」

 

 乗客全員が寝ている。おそらく血鬼術、そしてこの人たちは鬼の協力者。ほら、趣味の悪い錐を片手に襲いかかってきた。

 

「どうやら、教えてはくれないようですね。残念です」

 

 状況は理解した。この人たちには寝ててもらおう。

 

「おやすみなさい」

 

 当て身をして眠らせる、鬼の協力者の中には駅員も紛れていた。懐から、無くすと大変だと預かっていた全員分の切符を取り出し判別紙を重ねると紫に変わる。溜息をついた後、密封してからもう一度懐にしまった。ついでに、不意に意識を失ったとき、自分に刺さるよう仕掛けておいた薬針を抜いて元に戻しておく。

 

「さて」

 

 血鬼術ならば普通の気付け薬は意味をなさない。眠気覚ましと言えば珈琲だけれども、と漫ろに考えながら手元にある薬品を軽く調合した。

 

「くっ、敵の術中に嵌まるとはなんたる未熟! 男として情けない!」

「俺の鮭大根はどこだ」

「うーん、ひどい夢みちゃったなぁ」

 

 目を覚ました瞬間、戦闘体勢をとるのは流石の一言。そして相も変わらず通常運転だ。それだけに、遅れて目を覚ました狗尾さんの様子にぎょっとした。

 

「……あぁ、嫌になる」

 

 顔色は蒼白で、苦虫を噛み潰した表情をしている。気だるさを隠すことなく表に出していて、思わず声が上擦った。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 パッと顔を上げた狗尾さんは無理やり笑みを作って、何事もなかったかのように振る舞う。

 

「へーきへーき! って、おわぁ!?」

 

 確実に平気でないと問い詰める前に、車内の状況が一変した。肉が壁を覆い、生えてきた触手が乗客に襲いかかる。

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫

雨の呼吸 捌ノ型 篠突く雨

蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ

猫の呼吸 参ノ型 三味線・速弾

 

「乗客は俺と義勇で守る! 真菰はこいつの首を探せ! 寝子は真菰の護衛! しのぶは血鬼術を妨害しろ!」

「……後ろ四両だな」

「了解、だいたい検討はついてるよ」

「にゃはー、いるかな護衛?」

「お任せください、いい実験台になりそうですね」

 

 車内の触手は特殊能力を発揮していない。あるとすれば鬼の急所近く。窓から屋根の上に登った二人を追いかける。切符は嗅覚、だが外だと風が強い。少量の因子で発動できる能力ならば他に考えられること。

 

「視覚聴覚からの催眠作用が予測されます! こちらから起こせますけど、なるべく寝ないでください!」

「にゃるほど、目と耳ふさいで斬りゃいいんだな、無茶をおっしゃる!」

 

 狗尾さんはすっかり普段の調子を取り戻したようだ。叫びながらも、目と耳をふさいで周囲を探る真菰の方に注意を向けている。

 

「真菰、舌しまい忘れてるぞ」

 

 真菰は舌を出したまま狗尾さんに指文字で『だまれ』と伝えていた。おそらく舌で見聞きして鬼の急所を探しているのだろう。

 

「見つけた! 鬼の首!」

「よしきた! 任せろ!」

「狗尾は鼻と口をふさいで」

「息をするなと申すか!?」

 

 先頭車両へと駆けていき、鬼の首へと辿り着く。

 

「な、なんだおまっ」

「はいちょっと寝てろ!」

「運転士を気絶させて大丈夫?」

「やっべ!」

 

 不穏な会話が聞こえるが、意識の外に置いて血鬼術を警戒する。伸びてきた手に杭を打った。

 

「狗尾さん!」

「あいよ!」

 

猫の呼吸 肆ノ型 鰹節・踊り喰い

 

 真菰に迫りくる無数の手は切り落とされ、開かれた無数の瞳には片っ端から杭をねじ込んだ。

 

「さてと、真下だね」

 

雨の呼吸 玖ノ型 雨久花(みずあおい)

 

 豆腐でも切るように真菰の刀が床を通り抜ける。列車が揺れた、いや跳ねた。まずい!

 

「技出せ技出せ! 揺れを最小限に!」

「わかってる!」

 

 私たちは不安定な足場で刀を構える。しかし、技を出すことはなかった。

 

 

 

【視点・冨岡義勇】

 

 断末魔とともに肉が急激に膨張を始めた。新手の攻撃、ではなく最期の悪足掻きだ。

 

「義勇っ!」

「ああ」

 

水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 

 ピタリと、列車の揺れが収まる。型の応用、力を流し、打ち消した。列車規模となると多少疲れる。

 

「……義勇なら何とかするとは思ったが、予想以上だ」

「錆兎の生生流転でも同じ結果だった」

「馬鹿言え、そうしたら揺れに揺れていて乗客も危なかったぞ」

 

 なるほど、だから錆兎は俺に任せたのか。錆兎の判断力に感嘆していると、先頭車両の方からこちらに向かってくる影が見えた。友人と妹弟子だろう。列車と融合した鬼の身体が崩れていくが、血は採った方がいいだろうか。しのぶのことだしもう既に採っているかもしれない。でも念のため採っておこうかと悩んでいたときに、それは降ってきた。

 

 鬼が。上弦の参が、目の前に降ってきた。

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