【視点・錆兎】
過去の記憶が脳裏をよぎった。
「錆兎、男として生まれたからには為すべきことがある。さて、何を成す?」
「大きいことです、父上!」
「ふ、くははっ、大きいことか、そうか。それも良い。だがな、男ならまず心に刻むべきことがある。それは――」
産毛が逆立つ。一瞬でも気を抜けば死ぬと分かった。上弦の参は俺達を一瞥し、俺を通り過ぎて視線が止まる。視線の先を察して全速力で妹弟子たちのもとへ駆けた、が、間に合わない。
「女は引っ込んでいろ」
上弦の参が拳を振るい、三人ともその場に崩れ落ちる。最悪な結果を想像するが、意識が刈り取られたのみで生存の確認は出来た。
「これで邪魔者はいなくなったな、では、話をしようか」
「話すことなどない」
「あるさ、俺は喜びに震えている。ここまで研ぎ澄まされた闘気を持つ人間が目の前に立っているんだ、それも二人も!」
両手を広げて喋り続ける鬼の隙を探る。
「だから素晴らしい提案をしよう」
鬼は手の平をこちらに向け、手を差し伸べてきた。
「鬼となれ、共に戦い、強くなろうじゃないか」
「断る」
「何故だ? お前たちは強い、だが脆くて弱い人間のままでは、その強さも喪われるのみだ。悲しいことだ。つらいことだ。鬼となれば更なる強さを探求できるというのに、その選択肢を取らない理由が分からない」
「確かに、男たるもの強くあらねばならない」
刀を握り直す。隙らしい隙は存在しない。であれば技と技のぶつかり合い。微塵たりとも呼吸を乱すな。
「理由を問うたな、答えよう。男に生まれたからには護らねばならぬからだ、信念を、矜持を、大切な存在を。鬼になる行為はそれら全てを踏みにじるものだ。強さは護るためにある、お前は何のために強くなるんだ?」
「……愚かしい、考えが弱者によるものだ」
「違う。強者の考えだ。父の教えだ。最期まで家族を護った父上は強い人だった」
「虫酸が走る」
その言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
破壊殺・脚式 冠先割
水の呼吸 捌ノ型 滝壺
下から迫りくる脚擊を刀で真正面から受け止める。鍔迫り合い、向こうは脚だが。
水の呼吸 弐ノ型 水車
義勇が脚を斬り落とすも、直ぐに生えてきた。息つく間もなく、義勇と息を合わせて剣擊を加える。何年も一緒だったのだ、次にどう動くのか、どう動けば良いのか手に取るように分かっていた。
水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
破壊殺・脚式 飛遊星千輪
水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
首を狙った一閃は、低く屈まれ掠りすらしない。裏拳を刀で弾くが、流しきれずに頬が切れる。
少し距離が空き、再び鬼が口を開いた。
「お前は、もういい、殺す」
「そうか、俺もお前を殺すつもりだ」
「そっちのお前、お前はどうだ? 鬼にならないか?」
「……俺に話し掛けるな」
「つれないな、いやいいさ、今は話をする気分ではない」
空気が変わる。殺気が鋭く突き刺さる、成る程、数字の通り上弦の伍よりもよほど強い。義勇と二人でも勝てるかどうか。
「殺り合おう」
だが、死ぬつもりはない。
【視点・猗窩座】
無惨様の命により柱殺害に向かっていた俺は、血湧き肉踊る戦いを期待して高揚していた。解体された下弦の生き残りが殺されたらしいが関係ない。強き者との闘いは俺を更なる境地へと至らせてくれる。
実際に相まみえて、歓喜した。剣士たちは俺の期待以上の存在で、喜びをそのまま、鬼に勧誘した。断られてもいい、強者と語り合うことが好きだから、対話さえ成り立てば。
だが、どうであろう。宍毛の発言を聞いてから、喜びが臓腑を焼き付くすような怒りへと変わっていく。疾く、殺さねばならない。折角の対話を、俺自身が拒んだ。
何のために強くなるだって? 強くなるのに理由なぞ必要ない。そうだ、護るためなど、くだらない。
……殺す。殺さねばならない。そんな妄言を口に出す奴は。五十年前に殺した水柱よりも力強く、それでいて流麗な技に対しても、焦燥ばかりが募っていく。見たことのない型を使ったもう一人の剣士に賞賛の言葉をかける余裕もなかった。宍毛を殺すのに邪魔だからだ。
人間だから、闘い続ければ動きが鈍るし怪我が増えて剣筋が狂い始める。そうして、がら空きの身体に拳を振るう。殺すことに悲しみはなかった。早く終わらせたかったから、気づかなかった。
「だぁぁ! 死なせるか、死なせるもんか!」
猫の呼吸 壱ノ型 鼠返し
拳がズレる。力の方向を変えられた。舌打ち、飛び込んできた女の腹に蹴りを入れて遠くへ吹き飛ばす。
「寝ていればいいものを」
「げほ、ごほっ!」
女が血反吐を吐く。その姿に何かが重なる。
「良い子はねんねする時間でも、けほっ、悪い子なんでね。あと、猫は夜行性だし、にゃー!」
「ふざけた奴だ」
水の呼吸を使う剣士は膝をついたままだ。邪魔されないよう、先に女の骨を折ろうと近づいた。
猫の呼吸 弐ノ型 猫車
鈍い。拳で刀を砕き、足の骨を砕くべく蹴りを放った。
「させないよ」
雨の呼吸 肆ノ型 蛇の目斬り
違う女が、闘気が薄いにも関わらず俺の脚を切り裂く。
「次から次へと……」
「あまり余所見をするな!」
水の呼吸 拾ノ型 生生流転
「そんな苦し紛れで俺の首を斬れるか!」
破壊殺・滅式
水の呼吸 拾壱ノ型 凪
「錆兎なら斬れる、だから、邪魔をするな」
邪魔はお前だ! 何度も何度も宍毛を殺す邪魔を! 何が斬れるだ、ほら見ろ、刀は途中で止まった、そして折れた。そんなものなのだ、お前らは。
もうすぐ日が昇る。これ以上手間取るのも馬鹿らしい。撤退だ、次は殺す、必ず殺す。地を蹴ろうとしたその瞬間、
「そんなに急いで帰ろうとせずともよいではありませんか」
「こんなもの――」
「しのぶ、借りるね」
雨の呼吸 参ノ型 遣らずの雨
多数の杭が身体を貫く。構うな、なぜ狐面の女は泣いている? そんなこと、気にしなくていい。
「鬼になんて、なってほしくなかったと思うよ」
「なに、を」
「兄を鬼にしたことは絶対に許さない。でも、あなたの大切な人もあなたが鬼になって悲しんだろうね」
こいつは一体何を言っている。聞くな、早く杭を引き抜いて逃げろ。それくらい簡単に出来る。
「あなたは苦しむ人を心配できる優しい人だった」
「やめろ」
「大切な人は女の子? だから私たちを殺そうとしないのかな」
「やめろ! そんなものはいない!」
心の奥底から沸き上がるこの感情はなんだ? 太陽光はもうすぐ俺に届くというのに、恐怖ではなく、これは……。
『××さん、あの子は……』
『野良猫ですね、追い払いますか?』
『いえ! 日向ぼっこしてて気持ち良さそうですし!』
『そうですか』
『はい』
『……触ってみますか?』
『え、で、でも』
『大人しい奴ですよ、あいつは。俺が抱えますから、大丈夫です』
『それなら、はい、ぜひ。あ、一緒に日向ぼっこもしませんか?』
『はい、そうしましょう』
懐かしい。
足が動かない。
逃げたくない。
俺は、家族と一緒に朝日を見たかった。