【視点・狗尾寝子】
上弦の参、討伐。その知らせにお館様は大層喜ばれ、鬼殺隊全体の士気が大いに上がった……らしい。というのも上弦の参に遭遇して直ぐ様気絶、意識を取り戻すもお腹蹴られて刀を砕かれて、それからまた気絶したボクは、ようやっと蝶屋敷で目を覚ましたばかりなのだ。錆兎と義勇はとっくのとうに任務へ戻っているそうな、すごい。
「内臓を痛めてますので今回は絶対に安静にしてくださいね」
「はーい」
「分かってますか? もし部屋から抜け出したりしたら縫い付けますよ?」
「杭を人に向けちゃ駄目だとボクは思うな!」
「狗尾さんは猫なのでしょう?」
「あっはい、大人しくします」
前科の多いボクにしのぶはピキピキしていて、病衣をベッドに縫い止めるように杭を刺された。まだ部屋を抜け出していないのだが、信用がないらしい。致し方ない。
怪我をすると不安になる。余計なことをしたボクがこのまま死んで、鬼舞辻無惨は生き残る。ボクが鬼舞辻無惨を倒せるとは思えないけど、頑張って、頑張って、みんなを死なせず、鬼舞辻無惨を倒す手伝いを出来たらなって。すがるように、お姉ちゃんの墓を訪れずにはいられないのだ。
「そういえば、ボクの刀ってどうなった?」
「隠の方が回収してくれましたが、根元から粉々になってましたね」
「あー、そっか、みたらし団子買いに行かないと……」
「狗尾さん?」
「にゃい、治ってから! 治ってから行くから杭を構えないで!」
ただ流石に今回は本当に大人しくしておこう。二本目の杭を刺されて、冷や汗混じりにそう思った。
呼吸のお陰でそれなりに治りが早い。一週間もすれば普通の人と同じものが食べられるようになった。
「へぇー、炭治郎も鋼鐵塚さんに刀を打ってもらってたのかぁ」
「はい、そうなんです」
すっかり元気になった炭治郎が持ってきてくれた草餅を食べながら雑談する。
「新しい刀はいつ頃になるだろうなぁ、炭治郎はもう来たんだっけ?」
「あっ、えぇと、それがですね……」
炭治郎は困ったように眉を下げた。任務に出る前、そろそろ新しい刀が届くと言っていたような気がするが、まだ来ていないのだろうか。おずおずと差し出された手紙を受け取り、ボクは炭治郎に土下座した。
「ごめんなさい」
「いえ、そんな、俺も刀を折ってしまいましたし、寝子さんはとても強い上弦の鬼に遭遇したんですから!」
手紙には『お前らにやる刀はない』と大きく書かれている他、大量の呪詛が書き連ねられていた。
「……すごいね」
「にゃっ!?」
いつの間にか覗き込んでいた真菰がボクの慌てようにクスクス笑う。鋼鐵塚さんの手紙と合わせてお化けかと思った。バクバクうるさい心臓を抑えて、文句を言おうとしたけれど、「はいこれお土産」と鯛焼きをくれたから許す。
「ちょうどよかった、狗尾と炭治郎も一緒に行こうよ」
「行くって、どこに?」
「刀鍛冶の里」
ボクは炭治郎と顔を見合わせた。
カウンターを狙っていると、少しでもタイミングがずれたら刀が折れてしまう。そもそも刀というものは打ち合いには不向きなのだと、お姉ちゃんが言っていた気がする。それでも、鱗滝さんに刀を折ったら骨を折ると脅されていたこともあり、出来る限り折らないように気を付けていた。
気を付けていたけれども、二回ほど折ってしまったことがある。一度目は最終選別のとき、二度目は下弦の鬼と戦ったとき。一度目はまだ鋼鐵塚さんの刀じゃなかったから良くないけどまだ良い、問題は二度目だ。お姉ちゃんがやらかす度に関係各所へ頭を下げていた経験がなかったら鋼鐵塚さんに殺されていたかもしれない。
そんなこんなで、つまりは今まで刀鍛冶の里に縁がなかったのだ。
「え、行けるんですか? 行ってもいいんですか?」
「行けるよ、というか行かないと二人とも刀無くて困るでしょ。私も杭を作って貰おうと思ってたからさ、一緒に行こうよ」
「あれ、杭作るのな。重くなるから嫌だって言ってたのに」
「うん、今回使ってみて、結構使い勝手が良かったからね。柔らかいところがないように見えても杭なら通ったりするし」
「やわらかいところ?」
炭治郎が不思議そうな顔をしていたので、真菰が簡単に説明している。感心して頷いている炭治郎を眺めてから、しのぶは許してくれるかな、と庭を飛んでいる蝶々へ視線を移した。
「駄目です」
「にゃーん」
駄目みたいです。
「と言いたいところですが、ほら、服捲ってください」
「にゃい」
聴診器がお腹に触れる。ひんやりした金属が肌に触れ、むずむずした。
「戦闘行為は厳禁ですけど、移動くらいなら問題ないでしょう。刀鍛冶の里には温泉もありますし、湯治と考えれば悪い話ではありません」
「ということは?」
「外出を許可します」
「わーい」
そうと決まれば、善は急げとその日のうちにえんやこらさっさと運搬される。三人まとめて移動とは行かないため、バラバラのルートで運ばれ、現地集合となった。
集合場所についたときはまだボク一人で、どうやら一番乗りのようだ。時間つぶしに日向ぼっこして、うつらうつらとまどろんでいた。
「あー! 寝子ちゃん、寝子ちゃんじゃない! 偶然ね!」
振り替えると桜色に黄緑の髪をたなびかせ、しっかりと
「蜜璃お嬢様、お元気そうで何よりです」
「もう、呼び捨てで良いって言ってるのに! 言葉遣いだって皆と同じにするって、甘味処で約束したでしょう?」
「あー……」
決まりが悪く、頬をかいた。いつぞやの柱合会議の後、胡蝶三姉妹に真菰と蜜璃お嬢様で甘味処に行った時のことを思い出す。
「あら……もしかして、寝子ちゃん?」
「……蜜璃お嬢様?」
会議での乱闘騒ぎから柱には出来る限り近寄らないでおこうと考えていたボクは、名前を呼ばれて驚く。どこか聞き覚えがある声だと近くで顔をよく見れば、なんともはや知り合いだった。
「お久しぶりです。申し訳御座いません、御髪の色が変わられていたもので気付きませんでした」
「えへへ、桜餅をたくさん食べていたらこうなっちゃったの」
「それはまた、昔からお好きでしたものね」
「うん。その、お姉さんのことがあってから連絡がとれなくて心配していたの。鬼殺隊に入っていたのね」
「……はい、蜜璃お嬢様も。柱になられていたとは」
それも、お姉ちゃんが生きていた頃の知り合い。彼女が鬼殺隊に入っていたとは。心臓がぎゅっと痛むのを感じる。
「えっ、誰?」
「お嬢様……?」
「あらあら」
「……」
困惑した視線が突き刺さり、はてな、と首を傾げた。
「誰って恋柱だぞ、真菰も会っただろ?」
「狗尾だ」
「熱はないみたいですね」
「なぜ熱を測るんだ」
様子のおかしい妹弟子たちも気になるが、それよりも更に気になることがある。
「その、蜜璃お嬢様? 随分と大胆な格好をされていますが……」
「あーこれね、やっぱり皆は前閉じてるのよね。私、女の子は皆これだって聞いてたの」
「前田ぁ!!」
あいつ絶対に許さん! 段々とカナヲのスカートを短くしてること含めて今度絶対に抗議してやらぁ!!
カリカリしていると、ひょこっとカナエがこちらの顔を覗き込んだ。
「ねぇ寝子ちゃん。どうして蜜璃ちゃんのことを蜜璃お嬢様って呼ぶの?」
「え? うんと、それは……」
お姉ちゃんに関することはあまり周囲に話したくない。何が『余計なこと』なのか分からないからだ。しかし、蜜璃お嬢様は姉が生前の知り合いだし、話しても構わない、はずだ。
「姉のご学友だから。姉と言っても、ボクと血が繋がってなくて、あと姉の実家は名家で、そんな感じ」
「そうなの、ありがとう」
確信が持てなくて、ぶっきらぼうに言ってしまったが、カナエは微笑んで礼を言い、それ以上何も聞かなかった。
「そんな、ご学友なんて。お華を習っていた先生が同じだっただけなのよ? 寝子ちゃんの方が年上だし……」
「年など関係ありません。姉がどれだけ蜜璃お嬢様にご迷惑をお掛けしたか……礼を尽くしても尽くしすぎるということはありません」
「その割に連絡絶ってたんだ」
「うぐ」
「ね、寝子ちゃんも大変だったのよね!」
真菰は痛いところを突く。蜜璃お嬢様がボクのことを庇ってくれるが、昔の光景が思い出されてお腹が痛くなった。やらかす姉、謝るわたし、庇う蜜璃お嬢様……うっ頭が!
「また改めて桜餅を持参して謝罪に参ります……!」
「わー! いいからいいから!」
「しかし」
「それなら、ほら、皆と同じように話して欲しいわ。私にだけその話し方だと距離を感じて悲しいもの、ね、お願い!」
「……蜜璃お嬢様がそう望まれるなら」
回想を終えて、蜜璃お嬢様と向き合う。あのとき食べた餡蜜おいしかったなぁと現実逃避もしつつ。
「み、蜜璃」
「! はい、なぁに?」
「にゃぅぅぅ……」
笑顔が眩しい。浄化されて天に召されそうだ。早く真菰と炭治郎来ないかなぁ。
二人が遠くからこちらを眺めていたことに気づくまで後もう少しかかった。
【視点・真菰】
鼻歌を歌いながら歩く。ご機嫌だった。蜜璃さんと狗尾と一緒に入った温泉は心地好かったし、鍛冶師の人には色んな武器を見せてもらえて楽しかった。総じて刀鍛冶の里へ来て良かった、と言える。
実に、実に、ご機嫌だった。
この趣味の悪い壺を見るまでは。
雨の呼吸 捌ノ型 篠突く雨
考える前に身体が動いて壊していた。壊してから、思考が走って、まずは鎹烏を呼び寄せる。
「刀鍛冶の里に上弦の伍の侵入を確認! 至急応援を!」
「カァ! ワカッター!」
飛び立つ烏を見送ることもせず、五感を集中させて壺の場所を探る。上弦の伍とは戦ったことがあるが、そのときの経験からこの悪趣味な壺が一つや二つじゃ終わらないことを知っている。とにかく片っ端から壊そう。そうして、周囲を探っていると、激しい音を拾った。
(……戦闘音!)
上弦の伍? いや、それにしては生臭さを感じない。もしかして、複数の鬼が侵入している?
とにかく他の隊士と合流すべきだ。途中で見つけた壺を壊し、魚を捌いて駆けていく。複数の戦闘が繰り広げられている、大規模な戦闘は二つ。片方は複数対複数の戦闘、もう片方は複数対単独、かつ、気色悪い生臭さ! 上弦の伍に一人で立ち向かっている隊士がいる!
即座に化成すべく走り出した。
(間に合って……!)
辿り着いた先には敵の血鬼術に囚われた隊士が一人。周囲には血鬼術の金魚と、刀鍛冶の少年が一人。
雨の呼吸 弐ノ型
まずは壺を割る、金魚が消え、少年の安全は確保された。次に隊士、いや、柱合会議にいた記憶がある。つまり柱。軽く刀を振るうが、血鬼術は軟らかくて斬れない。じゃあ、硬いところを斬ればいい。
雨の呼吸 壱ノ型 霧雨
五感を集中、水で出来た壺を両断する。突き刺さっている針に触れないよう服を掴んで引きずり出した。
「大丈夫?」
「……助かった」
「それ、平気?」
「針自体は引き抜いて止血すれば問題ない。手足に痺れがあるけど、まだ戦える」
「痺れ。わかった」
痺れがあるなら、黄色い蓋。しのぶから貰った薬を手渡した。
「飲んで、少しは良くなるよ」
「……ありがとう」
さて、名前はなんといったっけ? 乱闘に参加していない柱だから印象が薄い。何の呼吸の使い手か、名字も思い出せないけれど、お館様の声は記憶に残っている。
「無一郎、飲んだら行くよ。ついてきて」
あ、柱だから敬語使わないとだ。まぁいいや、年下みたいだし。
「……兄さん?」
兄になった覚えはないかな。