猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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おまけ
平和な世界の後日譚


【視点・狗尾寝子】

 

 鬼舞辻無惨が討伐され、鬼がいなくなった世界。ハッピーエンドを迎えても世界は続いていく。

 

「うーん……」

 

 生きていくためには働かねばならない。文筆を飯の種としているボクは、白紙の原稿用紙を前にウンウンと唸っていた。幸い書きたいものは決まっている。ただ、書きたい想いばかりが募って考えが纏まらないのだが。

 

「寝子さん、今いいですか?」

 

 襖の向こうから声がかかる。筆を置き、返事をしながら襖を開けた。そこには竹刀片手に少し疲れた表情のしのぶが立っていた。

 

「一本でいいので手合わせ願います」

「おー、いいけどお疲れみたいだな?」

「読みたい論文というものは大体日本語ではなく翻訳もされていないのが世の常ですよ」

 

 なるほどなぁと、しのぶの部屋に増えた洋書類を思い返す。医学書に薬学書、軍医学校の教授という立ち位置をフル活用していた。下手すりゃその辺の軍人より強い軍医か、うん、小説のネタになりそうだ。今度しのぶに色々取材しようかな。

 

「部屋に閉じ籠ってばかりいても仕方ないので少し身体を動かそうかと」

「にゃはー、いいね。やろうか、あと英語とドイツ語ならボクも手伝えるぞ」

「え、寝子さんが?」

「うん、お姉ちゃんが洋書もかき集めていたからね」

 

 『イチガイ英語ニガイ独語だったボクの辞書に不可能という言葉はない』とは姉の言葉だ。お姉ちゃん語は独特で意味が分からない単語も多々あるが、ともかくお姉ちゃんは英語もドイツ語も読めるわけで、そうすると妹たるわたしが読めなくてよいだろうか、いやよくない!

 

「寝子さんのお姉さん、ですか」

「そう、お姉ちゃんはすごい人だったからな。次はお姉ちゃんをモデルにした主人公にしようと思ってるんだ」

「へぇ、それはまた」

 

 道場に向かいながら今取りかかっている小説の構想を話す。しのぶは意外そうな顔をしていた。

 

「そんな意外か?」

「ええ、寝子さんはお姉さんのことをあまり話したがらなかったので」

「あー、まぁうん」

 

 本当は鬼舞辻無惨が倒された後、すぐにでも自分にはとてもすごい姉がいたということを周りに伝えたかった。しかし、お館様から聞いた話で思い止まったのだ。だがしかし。

 

「もう五年も経ったしいいかなって」

「?」

 

 鬼殺隊の面々は既に新たな道を進み始めている。お館様の容態も回復へと向かっていた。バレない程度に小説のモデルにするくらいなら、いいだろう。

 

「ボク、お姉ちゃんの名字も狗尾だと思っていたんだよな」

「違うのですか」

「産屋敷かぐや」

「……はい?」

「お姉ちゃんの名前らしいぞ。たぶん狗尾は、家の周りに狗尾草がたくさん生えていたから、それでつけたんだろうなぁ。だって寝子も、よく寝るからってつけたんだぜ?」

 

 産屋敷一族はお館様にご子息方に立派な人が多いから、あのロクデナシなお姉ちゃんがその一員なんて初めは信じられなかったけれども、聞けば鬼舞辻無惨も一族と関わりがあるというし、そういうこともあるのかもしれない。それに、お姉ちゃんが何者であろうとわたしがお姉ちゃんのことを大好きなことに変わりはない。

 固まったままでいるしのぶの顔の前で軽く手を振り、軽い調子で声をかける。

 

「ただでさえ誰かさんの独断専行で鬼殺隊は動揺していたからな、そこに別の爆弾を投げ込むなんてことは出来なかったにゃあ」

「うっ……」

 

 しのぶは嫌なことを思い出したとばかりに顔をしかめた。鬼舞辻無惨討伐直後に行われた柱合会議の混沌具合は那田蜘蛛山のときの比ではなかった。いやまぁ手伝ったボクも滅茶苦茶怒られたけど。

 

「お姉ちゃんはすごかったんだぞ! 面白いお話を沢山作れるし、なにより未来が分かるんだ!」

「にわかに信じがたいですが……お館様の直感もありますし、産屋敷一族の一員ともなればあり得ますね」

「だろ! まぁそれでやってたことが株式の売買なところがお姉ちゃんなんだけど」

「えぇ……」

 

 生前、お姉ちゃんは未来予知が出来るなんて口にしなかったけれど。部屋の片付けをしているときに落としてしまったノートのページにはこれからの日本に起きる出来事がつらつらと羅列されていた。その時はお姉ちゃんの書いているお話かと思っていたが、ちょうど直ぐ後に書かれていた事件が新聞で報道され、酷く驚いたのを覚えている。

 

「未来を知っている主人公が悪い未来を変えていくお話なんてどうだろう、もちろん最後はハッピーエンドだ」

「ふむ。いいと思いますよ。物語は悲劇よりも喜劇の方が私好みです」

「そっかそっか……あっ」

 

 しのぶの言葉を聞いて、頭に電流が走ったように閃く。

 

「主人公は何でも未来を知っているわけではなく、そう、本で知っていた。物語として。それから本の中の世界に迷い込む、いや、本の中の住人に生まれ変わる……?」

 

 書きたかったことが、そうなるべくしてそうなるように頭の中で整理されていった。ぶつぶつと声に出しながらさらに纏めていく。

 

「そうすれば、頓珍漢な言動も説明がつくな。うん、うん、しのぶ!」

「……わかりました、手合わせはまた今度でいいですよ。その代わり翻訳作業手伝ってくださいね」

「ありがとな、任せとけ!」

 

 早く書きたい、筆を走らせたい。構成は頭の中で固まった。後は書き進めるだけだ。いや、そうだ。題名を決める必要がある。どうしたものかな、うーん。

 

 死ぬほど安直だけど『お姉ちゃんは転生者』なんて、どうだろう?

 

 後日、ものの見事に編集からボツとされた題名である。そんにゃー。

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