猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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首が切れない鬼狩り

【視点・胡蝶しのぶ】

 

 私は悩んでいた。岩とは何か、と。

 岩というものは人が押して動かすものではないし、ましてや刀で斬るものであるはずがない。岩は岩でありそれ以上でもそれ以下でもないのだ。いや、悲鳴嶼さんはまだ分かる、岩柱だし。しかし、鬼殺隊に入るために岩を斬る必要があるというのは、なんだろう。雨垂れが石を穿つということか。改めて断言するが、岩は斬るものではない。鬼殺隊は岩になにかこだわりでもあるの?

 

(現実から目を逸らすのはやめよう)

 

 目の前に岩がある。綺麗に真っ二つに割れている岩だ。そして、静かに刀を仕舞う真菰の姿。

 

「懐かしいな、俺たちが斬った岩に苔が生えるくらいの時間が経ったか」

「にゃは、あのとき義勇の刀が刃零れして鱗滝さんに骨を折られるってべそかいてたな」

「……かいてない」

 

 目の前の現実を当たり前のように受け入れている。当然だろう、彼らも岩を斬って鬼殺隊に入ったのだから。

 結論から言おう、岩は刀で斬れる。……なんで斬れるの?

 

「しのぶは難しく考えすぎだね。岩が硬くて斬れないなら岩の柔らかいところを斬ればいいんだよ」

「いわのやわらかいところ」

 

 何度も聞いた岩の斬り方。真菰はふわりと笑って「こことか柔らかいよ」と指差した。コンコン、と叩いてみるが岩に変わりない。すごく硬い。

 

「いやそれ出来るの真菰くらいだからな? 同じ場所を斬ろうとしても真菰の斬り方じゃなきゃ斬れないぞ」

 

 狗尾さんが呆れ顔で突っ込みをいれると、真菰は頬を膨らませた。

 

「狗尾の斬り方よりは簡単だよ」

「いやいやボクの方が簡単だな」

 

 鞘から音もなく引き抜いた刀は、瞳の色と同じくはちみつ色で、光の加減でべっこう飴のようにも見える。

 

「おーい、錆兎」

「ああ」

 

 錆兎さんも刀を抜いて、狗尾さんの目の前に立った。

 

 水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 透き通るような水色の刀身が狗尾さんへ流れるように振るわれる。狗尾さんは気負うことなく刀を構えた。

 

 猫の呼吸 壱ノ型 鼠返し

 

 双方の刀が合わさったとき、弾けるような速度で狗尾さんの刀が岩を斬る(・・)。何度見ても慣れない光景だ。

 

「今のは錆兎の力を岩の方に流したけど、鬼の力を鬼の首に返せば斬れる。な、簡単だろ?」

 

 拝啓、姉さん。私には夢があります。鬼殺隊に入り、この世の鬼を一匹残らず駆逐するのです。例えどんな手を使ったとしても、絶対に達成してみせます。でもちょっとこれは、猫の手を借りてもどうしようもないと思うの。

 

 

 

【視点・錆兎】

 

 筋がいい。それだけに惜しい。

 新しく出来た妹弟子を眺めながら考える。やはり、彼女も違う。

 

「……継子にはなりえない、か?」

「ああ、俺が指導するより寝子が指導した方がよほど良い」

「そうか」

 

 この上なく残念そうにしている義勇の表情に、思わず眉を下げてしまった。

 

「一人だと寂しいか?」

「違う。水の呼吸を極める奴が少ないことに……拗ねている」

 

 子供みたいな言い草に、今度は噴き出してしまった。

 

「ふはっ、そうか、確かにな。寝子も真菰も独自の呼吸を開発して、しのぶもおそらくはそうするとなると、兄弟子として拗ねたくもなる」

 

 俺たちが狭霧山で修行していた頃を思い出す。三人とも同い年で孤児になっていた俺たちは、時には喧嘩しながらも仲良く鱗滝さんの指導を受けていた。最終選別に行くための課題は変わらず『岩を斬ること』で、初めて聞いたときは口を開いて呆然としたものだ。

 懐かしい。今よりも身体が小さかった寝子は中々岩を斬れず『岩を斬った義勇と錆兎に勝てたら最終選別に行ってヨシ!』という謎理論(鱗滝さん未承認)で俺たちと手合わせをし、元々かわすよりもいなすことを得意とした彼女の刀が、新しい技を生み出した。

 そして、同じく身体が小さい真菰が狭霧山にやってきたと聞き、嬉々としてその技を教えようとして失敗したらしい。具体的にどんなことをやらかしたのか知らないが、そのこともあって真菰は寝子に対して遠慮がない。

 

「ゴロゴロってきたらフシャーって感じで」

「えぇ……?」

「狗尾、言葉はいいから動きだけやって」

 

 聞こえてくる会話から察するに自分の技術を人に教えるのが下手だ。今回、鱗滝さんが寝子を呼んだのも彼女の呼吸をしのぶに教えるためではないだろう。

 

「そこまでだ」

 

 見かねた義勇が声をかけた。二人に木刀を手渡して戻ってくる。真菰も一緒にやってきた。

 

「義勇、ただ木刀を渡しただけじゃ伝わらないよ」

「問題ない」

「あるよ。狗尾はともかく、しのぶがポカンとしてたんだから」

 

 男らしく寡黙で無言実行を貫く義勇は誤解されやすい。しかし、行動で語る姿をみて、しのぶも直ぐ義勇の良さが分かるに違いない。

 二、三の言葉を交わした寝子としのぶが向かい合い、互いに木刀を構えた。

 

「おいで」

 

 寝子が手招きしながら発したその言葉を皮切りに、しのぶが壱ノ型から拾ノ型まで打ち込んでいく。それを、寝子は猫じゃらしに戯れる猫のようにいなしていった。

 一通り型を披露し、肩で息をしている妹弟子の耳元で何事か囁くと、彼女はそのままふらりとこちらへ戻ってくる。

 

「狗尾?」

「いやー才能の塊って怖いな」

 

 真菰が怪訝そうな顔をして声をかけると、そう言いながら、しのぶを見るように俺たちを促した。しのぶは木刀を傍らに置き、刀を抜く。

 

 水の呼吸 肆ノ型 雫波紋突き

 

 目を見開いた。寝子に打ち込んだときよりも遥かに速いそれは、岩を貫き、刀身を深くまで埋め込んでいる。

 

「突き技に関して言えば現時点で一般隊士なんて目じゃないぜ。ぶっちゃけボクより速いし、この先成長したら水柱様を超すかもな」

「それは楽しみだ」

 

 最終選別までまだ時がある、このまま研鑽を積めば問題なく突破できる実力を得るはずだ。とはいえ、俺は言葉を続ける。

 

「だが突き技では鬼の首が斬れないぞ」

「そこはそれ、真菰がいるな」

「真菰が負傷したらどうする」

「最終選別は鬼を殺すことじゃなくて生き残ることが条件だし」

「その後は。隊士になって鬼の首が斬れないでは通るはずがない」

 

 寝子は肩を竦め、余裕の笑みを浮かべている。

 

「おいおい水柱様、ボクたち鬼殺隊の目的は鬼の首を斬ることか?」

「違うというのか?」

「違うね。鬼の首を斬ることじゃない、鬼を殺すことだ。首が落ちるまで突き続けるでも、太陽が出てくるまで磔にするでも、しのぶが鬼を殺す方法はいくらでもある」

 

 難しいことを簡単に言う。岩に突き刺さった刀を目を丸めて見つめている妹弟子は鬼を殺す方法を身に付けられるのか。不思議なことに、きっと見つけられるという予感が胸に落ちてきた。

 

「有り難いことだけど、狗尾は随分しのぶの肩を持つんだね」

「そりゃあ可愛い妹弟子だからな」

「私のときとは随分態度が違うね」

「だってお前の刀わけわからんし、おっと待て鯖折りしようとするな、ステイステ痛い痛い痛い」

 

 じゃれあっている同門たちを横目で見つめる。例え呼吸が変わろうと鱗滝さんの元で修行した絆は変わることなく繋がっていく。もう執拗に狐の面を狙う鬼はいないのだ。

 妹弟子二人は最終選別を必ず生きて帰ってくる。それは願望でも祈りでもなく、確信だった。

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