猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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文化祭は安全第一で

 胡蝶しのぶは文化祭実行委員会の長である。キメツ学園の自主性を重んじる校風に加え、学園関係者と個人的に仲良くしている(弱味を握っている)関係から、それなりの権力で楽しく仕事をしていた。

 なぜか問題児の多いキメツ学園、それもまたやりがいがあると微笑んでいたしのぶであったが、現在、解決しがたい大きな壁に直面し眉をひそめている。文化祭の目玉イベント『キメツ☆音祭』。参加予定のバンド一覧をじっと眺めていた。

 

(流石に死者を出すわけにはいきません)

 

 なぜ学園の、それも音楽イベントで死者が出る心配をしなくてはならないのか。しのぶは頭が痛くなってきたが、実際、多くの苦情が委員会に舞い込んできている。とあるバンドの音楽が人的被害を出していたのだ。被害者の吐き気、頭痛、失神している様も確認済みである。念のため音源を提出してもらい、自分も小音で試聴したが十二分に気分が悪くなった。そんな、凶器と言っても過言ではない音楽を演奏するバンドの名はハイカラバンカラデモクラシー。竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、宇髄天元の計四名によるバンドであった。

 これで悪意があるというなら叩き潰すのに一切の躊躇いはないものの、バンドメンバーの人となりを鑑みるに彼らは一生懸命やっているだけだろう。悪意などなく、熱意だけがある。とはいえ野放しにしては被害が甚大すぎる。多少下手というくらいならむしろ学生らしくウケが良いだろうに。

 はてさて、どうしようか? 問題児には問題児をぶつけようか、それとも教員に手伝ってもらおうか。

 

(いえ、戦力の逐次投入は愚策。初手から全力で参りましょう)

 

 しのぶは少しだけ逡巡したものの、意を決して立ち上がった。

 向かった先は視聴覚準備室。英語のリスニング教材を整理するという名目で英語教師がよく猫動画を見ている場所である。

 大きなスクリーンには猫が動き回る様子が映し出されていた。しのぶはなるべくスクリーンを目にいれないようにしながら観客へと視線を向ける。

 

「南無……」

「キャー! 猫ちゃんとってもかわいいわ!」

 

 そこに目当ての人物はいなかった。それはそれとして非常に気になることがあるため声をかける。

 

「悲鳴嶼先生はともかく、卒業したはずの甘露寺先輩は何故ここにいらっしゃるんです?」

「あ、しのぶちゃん! そろそろ文化祭でしょう? お手伝いにきたの!」

「学園主催のチャリティーバザーで甘露寺の作品を出品する……モチーフは猫だ……」

「なるほど、それで猫の動画を」

「如何にも」

 

 今回の名目はそれなりに説得力があるな、と少しばかり感心しつつ尋ねた。

 

「こちらに狗尾先生はいらっしゃいませんでしたか? ちょっと質問がありまして」

「寝子ちゃんなら隣の教材室で次に見る猫ビデオを選んでるわ、呼んでくる?」

「いえ、私が行きますよ。ありがとうございます」

 

 当たり前のように教材室で猫ビデオが保管されているが一々ツッコんでいられない。鉄球で窓が割れたり美術室が爆発したりするのがキメツ学園というものなのだから。そして教師が生徒をスマッシュブラザーズのようにブッ飛ばしたりペットボトルロケットで打ち上げたりもする、そんなキメツ学園をどうぞよろしくお願いします。

 教材室では高いところに置いてある猫ビデオを取ろうと横着してぴょんぴょんと跳ねている英語教師の姿があった。全く届いていないのでいつまで跳ね続けるのか鑑賞してみたい気もしたが用件が用件なだけにしのぶは自重し、声をかける。

 

「もう、もうちょい!」

「はい、危ないですよ」

「にゃわぁ!?」

 

 脇の下に手を入れて抱き上げる。伸ばした手が目当てのものに届いたようで、慌てふためきながらもビデオを掴み、狗尾は振り返った。

 

「しのぶ?」

「そうです、しのぶさんですよ」

「か、顔が近い!」

「嫌ですか?」

「嬉しいけども!」

 

 顔を真っ赤にして目を泳がす英語教師は抱えられたまま脱力している。首根っこを捕まれた猫のように大人しくされるがままであった。

 

「少し、寝子さんにお願いがありまして」

「いいよ?」

「内容を聞いてから返事しないのは悪い癖ですよ」

「にゃははは、表情からしのぶが真剣なのは分かるからなぁ。それに、生徒に頼られるなんて教師冥利に尽きるし」

 

 屈託のない笑みを浮かべる狗尾に、しのぶは眉を下げてお願いをした。

 

「お姉さんの力をお借りできますか?」

「え、なに、世界征服でもするの?」

「しません」

「……そんなにまずいんだ?」

「下手をすれば死人が出ます」

「そこまで!?」

 

 狗尾は即座に了承し、姉へと連絡をとった。幸い、狗尾の姉は直ぐに電話に出る。

 

「もしもしお姉ちゃん? うん、わたし。起きてる? お昼は食べた? ……冷蔵庫に入ってるからちゃんと食べてね。それで、今は話せる?」

 

 狗尾は一つ頷き、しのぶへ電話を代わった。

 

「もしもし」

『やぁ、未来の義妹。お困り事かい?』

「はい、困ったことがありまして」

『いいね、本のネタになりそうだ。話すといいよ』

 

 滲み出る人として駄目そうな感覚に懐かしさを覚える。そもそも、しのぶに人と仲良くする(人を都合よく操る)方法を仕込んだのはこの人だった。

 事のあらましをかいつまんで話すと案の定けらけらと笑うものだから、しのぶはちょっとだけ青筋を立てた。

 

『ハハッ、なんて喜劇なんだろうね、あー面白い』

「このままだと悲劇一直線ですけどね」

『うんうん、実際に観客の前で演奏したらどうなるのか気にならないわけでもないが、妹の職場で死人が出るのも目覚めが悪い。ボクで良ければ力を貸すよ』

「助かります」

 

 敵に回れば厄介極まりない存在であるだけに、味方についてくれるならば心強い。悪巧み、もとい学園を救う正義のため作戦会議を手早く済ませ、笑顔で通話を切断した。

 

「ありがとうございます、なんとかなりそうです」

「それで、わた……ボクはどこに頭を下げにいくことになりそう?」

「大丈夫です」

 

 しのぶはにっこりと安心させるように(安心できない)笑みを浮かべる。

 

「すべて、上手くいきますよ」

(すごく悪い顔だぁ!)

 

 狗尾はひきつった笑みを浮かべていた。

 

 

 

 後日、しのぶはハイカラバンカラデモクラシーのメンバーを呼び出し、こう切り出した。

 

「今この時、キメツ学園は廃校の危機に瀕しています!」

「えぇ!?」

「はいぃ!?」

「ハイコー?」

「学園が無くなるかもしれない、ということですよ伊之助くん」

「あ? なんでだよ?」

「それはですね……」

 

 しのぶが最もらしくキメツ学園には問題児が多く、それをお偉い方が問題視していると語る。その後ろで宇髄がちょいちょいと、狗尾の肩をつついた。

 

「おい狗尾、なんだこの地味な茶番は」

「茶番だったら良かったんだがな……」

 

 問題児が多いくらいで廃校になるならとっくの昔に廃校になっている。それでも、『設定にはリアリティが必要だ』と本気で廃校に追い込むのがうちの姉(ロクデナシ)だ。

 

「ガチもガチ、なにもしなかったら気づけばボクたち無職になっているかもな」

「おいおい……ド派手な嘘ってわけじゃあなさそうだ」

「ええ、このままでは廃校は免れません。しかし!」

 

 しのぶの説明も佳境にいたる。炭治郎、善逸、伊之助はすっかり空気にのまれていた。

 

「我々は問題児ではなく個性豊かな魅力ある生徒たちであることを証明できます。そう、あなた方の音楽なら!」

 

 しのぶは真剣な眼差しで四人を見つめる。実際、廃校の危機を乗り越えるためにお偉方を黙らせる必要があるのだ。それが悪魔(ロクデナシ)との契約なのだから。

 

「残念ながら、先方の都合により日程は学園祭と被ります。ですからキメツ☆音祭には――」

「やります! 俺たちにしか出来ないことなんですよね?」

「はい、その通りです」

 

 不安そうな顔をしている善逸とイマイチ状況を飲み込めていない伊之助、裏に何かあることを察している宇髄を炭治郎は説得した。学園を救うために。まさしく彼は学園の救世主である。

 狗尾はどう転んでも都合の良い展開になるだろう、と謝罪に丁度良さげな菓子折をカタログから探しつつ、虚ろな目でそう思った。彼らの観客には後ろ暗い者ばかりが集められるはずだ、なにせ、なんだかんだ言いながら姉は勧善懲悪がお好みなので。

 

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