【視点・真菰】
ザァァァァ
雨が地面を打つような音。これが自分の肺から発せられているのというのだから不思議だと思う。
雨の呼吸 弐ノ型
鬼の首を刎ねる。柔らかい部分に刃を当てれば、豆腐を包丁で切るような当然さで首が飛んだ。
親友の打ち込んだ杭が、調理のしやすさを格段にあげていた。鬼は群れず、連携というものは存在しないが、それでも異様に数が多い。風の噂によれば、鬼を全て狩り尽くして、途中からただの山籠りになってしまった年があったために多くなったとか。そして、その狩り尽くした剣士は狐の面をつけていて、今では水柱をしているとか。
兄弟子の姿を思い浮かべ、鱗滝さんから貰った厄除の面を撫でる。すると、心がポカポカあったかくなった。私は一人じゃない。錆兎に義勇に、ついでに狗尾と出会えた。親友だって出来た。改めて、このお面がしのぶとお揃いだと思うと顔が綻ぶ。
「さてと、しのぶのお手伝いしようかな」
気分が浮わついている。家族を奪った鬼に復讐できている高揚感もあった。いつか、この手であの鬼を殺すのだと、逸る気持ちが止まらない。
『へなちょこ』
突然、声が頭に響いて、昔の記憶が呼び起こされる。
『お前は怒りとか殺意とかで刀が鈍るタイプだ。感情を捨てる必要はないが、どんなに怒り狂っても冷静に刀を振れる訓練は必要だな』
うん、うんうん。私は冷静。狗尾との訓練を思い出したけど、ほら一太刀で鬼の首を二つ飛ばせるくらい冷静だよ。
雨の呼吸 肆ノ型 蛇の目斬り
鬼を殺す。磔になってる鬼の首を一つ残らず飛ばした、それは狙い通りの一閃で。これを冷静と言わずしてなんというかな。
「真菰」
「あ」
しまった、と後悔するも後の祭り。しのぶは辺りを見渡して、ゆっくりと首をかしげた。
「鬼は? 拘束できてなかった?」
「えぇと、杭はちゃんと刺さってて……八つ当たりで殺しちゃった。ごめんね」
「せっかくの実験台なのに」
お面越しで顔は見えないが、ほっぺたを膨らませて怒っている様子がありありと思い起こされる。地面から杭を引き抜いて親友に渡しながら、誤魔化すように話し掛けた。
「どうだった?」
「どうもこうも、木の杭でも銀の杭でも心臓を貫いたところで殺せなかったわ。やっぱり眉唾物はダメね」
「そっか、残念」
「でも、藤の花は当たり。この山にいる鬼くらいなら花弁一片で動きが鈍って、一房で身体が崩れる。藤以外の花でも鬼に効くものはあるかしら。いえ、それより藤の効果を高める方法がないかの検証が先ね。濃縮、処方、組み合わせ、試すことはたくさんあるわ。もっと鬼に試してみないと」
一息で言い切ったしのぶは、今にも立ち上がって鬼探しに行こうとする。楽しそうで生き生きしているところ申し訳ないけれど、裾を掴んで引き留め、空を指差す。
「もうすぐ日の出だよ。まだ六日間あるんだから休息も大事」
「うぐ」
早く鬼を殺す手段が欲しいのは分かるけれど、放っておいたら七日間休まず実験して過労で死んでしまいそうだ。そんなことになったら最終選別に向かう前、『必ず生きて帰ってこい』と激励してくれた鱗滝さんに顔向けできない。錆兎は山での鬼の探し方、義勇は山籠もりのコツを教えてくれた。狗尾は素手で魚を捕る方法、鬼が蔓延る山の魚は……最終手段かなぁ。
結局、どれだけ鬼がいたって有限で、三日目には鬼はいなくなり普通の山籠りとなった。たくさん実験が出来て満足そうなしのぶと二人、これと言った事件もなく鱗滝さんのもとへ帰るのである。
【視点・狗尾寝子】
帰ってきた妹弟子たちを出迎えて、用意しておいた木箱を二人の目の前に置いた。
「なにこれ」
真菰がジト目でボクを見る。警戒心が満載で悲しい。しのぶはキョトンとした顔をしている。可愛い。
コホンと咳払いして、いそいそ木箱を開けると、中身を見せながら説明した。
「隊服と羽織。前田が変なの作らんよう早めに用意しないとだからな、んで、こっちはボクたち先達からの贈り物な」
隊服はともかく羽織は錆兎と義勇と侃々諤々の末に選ばれたものだ。あいつら水にまつわる柄を激推ししてくるからな。流石に忙しい水柱とその継子が直接来ることは出来ないからボクが届けに来たけれど、真菰の羽織は二人の意見を反映して流水柄になった。そのぶん、しのぶの羽織はボクの推したものを押し通したけれども。
「……ぁ」
「ん?」
小さく声を漏らしたしのぶの顔を見ると、ポロポロと涙を零していてぎょっとする。え、そんなに気に入らなかった!? いや無理して着ろとは言わないからさ!? などとオロオロしているボクに真菰が怒気を向けてくるが、泡を食って正座する他ない。
「す、すみません急に泣いたりして……姉さんの着物によく、とてもよく似ていて……」
「ねえさん?」
「はい、ようやく、ようやく会えます」
蝶の羽を思わせる柄の羽織にそっと触れてから、涙をぬぐい、しのぶは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、狗尾さん」
「……にゃふ、どういたしまして」
ちょっと気恥ずかしくなって、ふにゃふにゃと笑いながら返事をする。真菰の目にじっとり感が増した。
「じゃあ着替えるから狗尾は出ていってね」
「なんで? ボクも女なんだが?」
「変態さんだからだよ」
どうしてそういうことをいうんだ! 原因は分かっているけど! いやでもあれは真菰がいつでも冷静に刀を振るえるようにという訓練であって……言い訳は許されなさそうだ。むしろここで駄々をこねた方が変態さが増しそうだと、ボクはすごすご出ていった。
手持無沙汰にしゃがみ込むと、手慰みで地面に生えている狗尾草を千切って、ゆらゆらと揺らす。
「……しのぶも妹なのかぁ」
ぽつりと呟いた言葉は、小さく、か細く、誰に聞かれることなく消えていった。