【視点・狗尾寝子】
移動は基本、徒歩である。しかし、筋肉を痛めているから走ると全身が痛い。でも妹弟子の手前、泣き言をいうのも格好がつかないから、なんでもないような顔で走ってきた。出来る姉弟子なんだよボクは。いやしかし全身が痛いな!
ちょっと泣きそうになってしまったが、鱗滝さんの小屋から言い争う声が漏れ聞こえてきて、目を丸めてしのぶと顔を見合わせる。
「鬼なんだよ! もう鬼になってるの!」
「禰豆子は人を食べていません! これからも俺が食べさせません! ですからどうか!」
「それなら! それなら、どうして……」
真菰の声だ。もう一つは知らない少年の声。どちらも悲痛な感情が乗せられていて、慌てて扉を開いた。
部屋には鱗滝さん、錆兎、義勇、真菰、そして見知らぬ少年と布団で寝ている少女がいる。真菰は刀に手を掛けていて、少年は少女を守るように両手を広げていた。
「来たか。真菰、座りなさい」
「………………はい」
鱗滝さんが促すと、真菰は珍しいことに暫し逡巡してから頷く。
「召集に応じ参上しました、っと。鱗滝さんおじゃましまーす」
「おじゃまします」
ずかずかと入っていって真菰の頭をわしゃわしゃ撫でくってから、空いている座布団に座る。俯いたまま反応がなく、こりゃ重症だ。しのぶも心配そうに真菰の隣へ座る。
「それで? ボクたちが呼ばれたのってそこのお二人さんのこと?」
「そうだ」
おろおろとあたりを見回す少年に、目覚める気配のない少女。ふむ。
「ふぅん、女の子の方は鬼みたいだけど」
「え」
しのぶが思わずと言ったように、声をあげた。視線を集めてしまったことに、身動ぎをして頭をさげる。
「あ、すみません。最近になってようやく鬼が食べた人の数というものが分かってきたのですが……そちらの方からはそんな気配が全くしませんよ?」
「……人を食べたことがないんだって」
憮然とした表情で呟いた。真菰は拳を握り締めたまま、それ以上何も言わない。少年が何か言おうとして、錆兎が手で制した。
「禰豆子は飢餓状態でも炭治郎を食べることなく庇うように俺の前へ立ち塞がった。鬼になって一ヶ月経つが、眠ったままで一度も人を食べていない」
「うん」
「炭治郎は鼻が利く。妹を鬼にした存在、つまり鬼舞辻無惨の匂いを覚えている」
「……本当ですか?」
「嘘の匂いはしていない。儂と同じように匂いから情報を読み取れるのは確かだ」
「へー、じゃあ今義勇が何を考えているのか分かるの?」
「え、義勇さんですか? えぇと少し不機嫌、ですね。お腹でも減りましたか?」
「減ってない」
ぐぅ、と腹の虫が鳴く音がした。
「ボクのおやつ食べる?」
「……貰おう」
煮干しを手渡すとモソモソ食べ始める。
「つまり、妹を匿うかわりに鬼舞辻探しを手伝ってもらうって話? ものの見事に隊律違反だな、バレたら切腹ものだぞ?」
「お館様に話を通してある。炭治郎はもちろん、人を食べる必要のない禰豆子に鬼舞辻が興味を抱いて接触する可能性がある、と仰せだ」
「ふーん、なら問題ないんでない?」
なんてたって組織の長から許可を貰っているのだから。軽い気持ちで頷いていたら、真菰が勢いよく立ち上がる。
「問題ない? 大有りだよ。人を食べる必要がないかどうかなんて分からない。鬼になってるのは確かなんだから、殺すべきだよ。食べてからじゃ遅い!」
「……食べないと判断した。食べたときは腹を切って詫びる」
「それじゃあ遅いんだって!」
「待て」
錆兎の言葉に、頭がすっと冷えていった。
「腹を切る? 命を以て償うってか?」
「ああ」
「なら駄目だ。その鬼を殺そう」
刀を抜く。人を食べていない鬼なら、ボクの筋力でも首を斬れるはずだ。
「俺は妹を殺さないと言った。男に二言はない、約束は違えない」
錆兎も刀を抜いた。約束は大事だけどさ、頼むからもっと命も大事にしてくれ。心のなかで毒づいて構える。
「喝ッ!!」
「ぐっ!?」
「いだぁ!?」
一触即発なボクらに、鱗滝さんの拳骨が落ちた。
「鬼を匿い、その鬼が人を食べたとなれば儂と錆兎が腹を切っても同門の者は何かしら処分されるだろう。ゆえに、納得できるまで話し合わねばならない。しかし、刀を抜くなど言語道断! 刀を向けるべき相手を間違えるな!」
「はいっ!」
「申し訳ありません!」
痛みに悶えながら反射的に返事と謝罪を口にする。反応が遅れると容赦なくもう一発拳骨をくらうのだ。
「寝子」
「いでで……なにさ、煮干しはもうないぞ」
心配する気配を微塵も見せずに近づいてきた義勇を横目で見やる。
「多数決だ」
「は?」
「こういうときはそうするものだろう?」
いや確かに三人で言い争ったときにはよく多数決で決めていたけれども。晩御飯のおかずとかそういうのであって、こういうときにそれでいいのだろうか。義勇の得意気なムフフと笑う顔を見ていると毒気が抜かれる。それでいっか、と思ってしまった。
「そっちの、炭治郎と禰豆子だっけ? 二人で殺さないに二票とか無しだぞ」
「五人だ……鱗滝さん」
「構わん」
ふーっと息を吐いていると、ちょいちょいと袖を引かれる。しのぶが小声でそっと囁いた。
「今のは、鱗滝さんを含めた六人だと偶数で決まらないかもしれないから鱗滝さんを除いた五人で決めていいですか、という意味で合ってますか?」
「うん、そうだな」
「義勇さん言葉、分かるようになるものですね……」
さて、まずもって錆兎は殺さないに一票。ボクと真菰で殺すに二票。
「義勇は?」
「殺さない。鬼ではなく錆兎を信じている」
「ボクだって錆兎を信じてるさ。絶対に腹を切るぞアイツは……つまり半々ってわけだけれども」
視線を向けた先には、禰豆子のことをじぃっと見つめるしのぶがいた。そのまま口を開く。
「危険ですから殺すべきだと思います」
炭治郎の顔から血の気が失せた。ボクが刀に手を掛けると同時に、しのぶはこちらを向いて言葉を続ける。
「ですが、このまま人を食べないで生きていけるとしたら、彼女の身体は他の鬼にはない変化が起きます。既に起きているかもしれません」
思っていることをそのまま口に出している。そんな風に呟いて、しのぶはニマリと口元を三日月に歪めた。
「実に、興味深い」
可愛らしい声なのに、蟲が這うみたいに背筋がゾワゾワする。周囲の視線を受けて、ハッと我を取り戻したしのぶはしどろもどろ、「いえ、ですからえーと、そのですね」と言い繕うとしたが諦めて「つまり、殺さないに一票です」とだけ言った。思わず、炭治郎が叫ぶ。
「妹に何をする気ですか!?」
殺しはしないから大丈夫だな、ヨシ!