猫は蝶にじゃれつく   作:白虎しゃも

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蝶の羽休め

【視点・胡蝶カナエ】

 

 声をかけても返事がなくて、部屋の中を覗き込めば積み重なった書物に実験器具、医療道具の山が目に入る。雑然としているようでちゃんと足の踏み場もあるし、どれもこれも札がつけられて管理されている様子がみられた。几帳面な妹らしい、と眉を下げつつ歩いていく。机に向かって動かない妹の背中に、もう一度、声をかけようとした。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

「えーと、しのぶ?」

 

 突然笑い始めた妹に驚いて、ちょっとだけ恐る恐る話しかける。パッと振り返った妹は子供みたいな笑みを浮かべていた。

 

「姉さん! これ見て!」

「うん、素敵な笑顔で姉さん嬉しいわ。だからまずはいったん手に持ってる小刀を置きましょうね?」

「はい!」

 

 素直な返事とともに小刀を片付けるしのぶの姿を見つめる。

 父と母が鬼に殺されてから、妹の笑顔は極端に減ってしまった。たくさんの悲しみとそれを塗りつぶすような怒りで自分を奮い立たせて。これ以上、私たちと同じ想いをする人が増えないように、一体でも多く鬼を倒そうと約束して。

 

「鬼が細胞を再生させる因子の特定が出来たの! 個体差はあるけれど仕組みは同じ。この因子を破壊する成分の候補はいくつか検討がついているからさらに実験で絞り込んで……!」

「しのぶ、注射器も危ないから置きましょうね」

「はい!」

 

 それが今ではとても良い笑顔で返事をしてくれる。嬉しく、喜ばしいことだ、けれども。

 

「姉さん、姉さん」

「はいはい、なにかしら?」

「ふふ、これでもっとたくさんの鬼が殺せるわ! 強い鬼も殺せるんだから!」

 

 屈託のない笑顔。その下には殺意が塗り固められていた。

 人を食らう鬼、討たねばならない存在。例え元が人だったとしても、それは変わらない。

 

「そうねぇ」

「……姉さん?」

 

 とはいえ、もしも。人のままだったのなら。笑いあえたかもしれない。仲良くなれたかもしれない。

 だから、もしも。鬼が人に戻れたら、人を食べずに済むのなら。

 

「仲良く、出来たらよいのだけれど」

 

 鬼がいなければ、刀を握る必要がなければ、しのぶも危険に晒されず、鬼を殺すためではなく人を生かすために薬を煎じていたはずだ。ふと、顔をあげると、しのぶはストンと感情をどこかに落としてしまったような表情でこちらを見つめていた。

 

「……姉さんなら打算も何もなくとも、あの子を生かすことを望むのでしょうね……」

「? えっと、ごめんなさい。声が小さくて聞き取れなかったわ。もう一度いい?」

「ううん、なんてことない独り言だからいいの。それより、もう一つ見て欲しいものがあるからこっち来て!」

「あらあら、なにかしら」

 

 手を引かれて微笑ましく思っていたら、ピン、とコインを弾く音。振り向くとカナヲがコインの裏表を確認して、そのまま部屋の前を通りすぎていった。おそらく、裏だったのだろう。

 

「……今何時?」

「あっ」

 

 そういえば、私はご飯の時間だとしのぶを呼びに来たんだった。

 

 

 

【視点・狗尾寝子】

 

 目を覚ますと見知った天井だった。鱗滝さんの家だもの。

 

「ふわぁぁぁ」

 

 よく寝た。手をグーパー握って、肩を回してみる。うん、すっかり痛めた筋肉は回復したみたいだ。横を見る。相変わらず禰豆子は寝たきりだ。

 多数決で、その後もすったもんだはあったけれども、殺さないと決めた鬼。もちろん、この鬼が何か問題を起こせば責は鱗滝一門が負うし、その筆頭である錆兎が命をかけているとなれば放置なんて出来ない。いやさ、鱗滝さんなら炭治郎を鍛えながら禰豆子も見ていられるだろうけれども、療養中で任務に出向けないボクは、言ってしまえば暇なので禰豆子を見張っている。

 

「本当、起きないなぁ」

 

 診察をしたしのぶによれば、人として診るならば全くの健康体らしい。しのぶは採血をして他にも色々サンプルをとりたがっていたから、ちょくちょく禰豆子の様子を見に来る。水柱と継子は任務の合間にときたま、真菰は一度も来ていない。

 

「うーん……」

 

 どうするのがよいのだろう、いったいどうしたいのだろう。目を細めて考える。遠くで弟弟子が滝壺に突き落とされる音が聞こえた。同時に、扉が開く音も。

 

「おーっす」

「おじゃまします。狗尾さん、調子はどうですか?」

「万全!」

「それはよかった」

 

 しのぶは話しながらも手早く、道具を取り出して診察の準備を始めた。

 

「なぁしのぶ、最近さ真菰に会った?」

「いえ、私はずっと研究ばかりですし。真菰も立て続けに任務が入ったそうで」

「うむむ、そっかぁ」

 

 怪我が完治したからボクにも任務が入ってくるだろうなぁ。そのつもりで既に隊服を着込んでもいるし。真菰と会うのは先のことになりそうだ。一応手紙のやりとりはしているけれど、一切禰豆子のことは話題に出ない。

 

「体温、心拍数は共に変わりなし。血液採取も完了……さて、炭治郎くんが戻ってくるまで後どれくらいかしら」

「おっと、なにをしようとしている?」

「いえいえ、弟弟子と会うのが楽しみなだけですよ?」

 

 本当かー? 本当にそれだけかー? という目でしのぶの手元を見ていたら、やれやれと肩を竦めて、手にしていた紙切れをこちらに見せた。

 

「危険なことはしませんよ、ほら」

「なんだこの紙。触ってもいいのか?」

「どうぞ」

 

 受け取った紙をペラペラと揺らし、おもてうら、光に透かしてみる。

 

「なにこれ」

「口で説明するより、試してみた方が早いですね」

 

 そう言いながら禰豆子の指先に紙を触れさせた。瞬間、真っ白な紙が一気に紫色へと変化する。

 

「とまぁ、鬼に反応して色が変わります。理論上は血鬼術にも反応しますよ」

「にゃはー、こりゃすごい」

 

 姿形、気配までも変化させる鬼もいる。相対して死合えば鬼だと分かるものの、人里に紛れ込まれると厄介だ。この紙に触れさせるだけで鬼が判別できるとなると、凄まじく助かる。

 

「でしょう? 禰豆子さんのおかげで毒の研究が一気に進みまして、その副産物です」

 

 自慢げに語る妹弟子、いやもっと胸を張って語り尽くしてもいいくらいだ。鬼を殺せる毒、鬼を見分ける術。有用にもほどがあるそれらを短期間で産み出したのだから。

 

「ですが、よかったです」

「うん?」

「接触だけで反応するか、試してみるまで分からないものなので。毒だって、投与してみるまで、ちゃんと殺せるか分からない」

 

 ふぅ、と一息つくとそのまましのぶは押し黙ってしまった。ここしばらく研究漬けだったのだろう。化粧で誤魔化しているが、クマが出来ている。

 

「しのぶはちゃんとできてるよ。頑張りすぎてるくらいにさ。少し休もうぜ?」

「……ええ、そうですね。少し、休みます」

 

 緊張の糸が切れたのか、座ったまま目を瞑るとすぅすぅと寝息を立て始めた。着ていた外套を脱ぐと、毛布代わりにしのぶの肩にかける。

 

「さて、ボクも頑張らないと」

 

 姉弟子としての威厳が保たれまい。威厳なんてそんなもの、ハナからないかもしれないが。

 だってボクは、初めから間違ってばかりで、なにもかもがダメダメで。どうやったってどうしようもないヤツだから。

 曖昧で、がむしゃらで、わけもわからないままに駆け回っている。何が正しいのか、胸を張れる答えも持たずにいる、それでも。

 

「……お姉ちゃん、わたし、もっと頑張るよ。錆兎は死なせない。義勇も真菰も……しのぶも死なせない、死なせたくないよ、絶対に」

 

 祈るように呟いた。それだけは、確かなことだ。

 

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