貴方のみらいが幸福でありますように   作:タカハン

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もう一つのウマ娘小説の文章が思い付かないので息抜きウマ娘小説です。

世界観は同じなのでいつか自小説内クロスオーバーとかやりたいですね。


心の病気

くぅ~~……と、一つ伸びをする。

 

うららかな日差し、広がる草原、事務所の隣に備え付けられたカフェスペース。

 

緩い風が私の長い髪を揺らし、通り抜けていく。

 

「今日は晴れて良かったなぁ~」

 

「お、ミライ、ここにいたのか」

 

「犬飼トレーナー、お疲れ様です~」

 

「お前はいつもそのテンションだな」

 

「それが私ですから」

 

「だな。さて、開店準備するぞ。今日は一人の予約が入ってる」

 

「わかりました~。では、行きましょうか」

 

 

 

私が勤めているここ、【ホースセラピーみらい】は、私達ウマ娘が通う……ではなく、様々な事情で心が疲れてしまったウマ娘や人間さん達に元気を与え、緩やかに社会復帰して貰う為の施設……と、私は教わった。

 

学業や職場での環境に着いていけなかった人。

家庭環境が悪かった人。

親しい人と別れてしまった人。

 

事情は人によって様々。

その人達の心に寄り添い、少しでも元気になって帰って欲しい。

そんな施設と言うのが、ここのような『ホースセラピー』を行う場所である。

 

その中でも、ここはトレーナーさん──と私達は呼んでいるが、正確には『ウマ娘によるセラピー指導者』という肩書きである──と、私達セラピーホースであるウマ娘三人によるやや小規模なホースセラピー施設である。

その三人の中でも私は最古参という事もあり、何故か私の名前から施設名を付けられている。私は勿論反対したが、犬飼トレーナーが「ウチの看板娘なんだし、お客さんのウケも良いし、大丈夫だろ?」と宥められてしまい、現在までズルズルとこの名前のままになっている。

 

「さて、今日予約されているのは平川さん。男性で、今日十時からの予約だ」

 

「ふむ」

 

「はーい!質問良いですか?」

 

「ユズ、どうした?」

 

「その人がここに来る理由は?」

 

「現時点ではわからん」

 

「がく~~!!」

 

「当たり前だよユズちゃん。その人がここに来るまでは理由は聞かないルールでしょ?」

 

「ヒバリの言う通りだ。お客さんには出来る限り楽な状態で来て貰う。『ここに来るような理由じゃない』と思われて、癒しを受けて貰えないのは本末転倒だ」

 

「う~、わかりました」

 

「うん、じゃあ後何か質問は?」

 

「私からはありません」

 

「私も」

 

「なら受け入れ準備を始めようか。ユズはカフェスペースの掃除、ヒバリは書類整理、ミライは玄関の掃除を頼む」

 

「「「わかりました」」」

 

 

 

ザッ、ザッ、と、箒の音が周囲に響く。

今日は五月。桜は先日散ってしまい、若干茶色くなった桜の花びらがコンクリートを彩る。

私としては、この風景も嫌いではないが、雨が降った時に滑るし、これから更に花びらは茶色くなる。そうなってからの掃除は遅いので、仕方なくも箒を滑らせる。

 

先程も感じたように、今日は緩く風が吹き、日差しも穏やかだ。お客さんを迎え入れるには充分な気候である。

 

と、そこに、一台の赤い車が駐車場に入って来た。

車が停まると、運転席からは女性、助手席から若い男性が出てきた。

腕時計をちらりと見ると、十時手前。時間通り、という事は……。

 

「こんにちは、ホースセラピーみらいへようこそ。予約されていた平川さんですか?」

 

「はい、そうです」

 

「わかりました。ではこちらへどうぞ」

 

そう言って、二人を中に案内する。

 

私は裏に入り、用意していた問診票とペンを用意し、二人の元へ戻る。

 

「では、まずこちらに記入をお願いします」

 

「わかりました」

 

女性の方が応対する。女性の顔にはシワが刻まれており、多分親子なのかな、と思いながらまた裏へ戻る。

と、そこでちょうど犬飼トレーナーが戻って来た。

 

「犬飼トレーナー、お客さんがお見えです」

 

「わかった。問診票は渡したんだな?」

 

「はい」

 

「なら次は俺が対応しよう」

 

「なら、まずはユズちゃんとヒバリちゃんを呼び戻しましょう」

 

「いや、ヒバリはずっと書類整理してたし、ユズはさっき戻って来て、今お手洗いに行ってる」

 

「わかりました。私は奥で休んでますね」

 

そう言って、自分の机に戻り、座る。

テレビを見ながら、自分が呼ばれるまで休憩しよう。

 

そのテレビから流れていたのは、どうやらトレセン学園のCM。レースを走っているウマ娘をバックに、学園の概要が流れている。

 

「トレセン学園、かぁ~……」

 

「ミライちゃん、トレセン学園に思い入れでもあるの?」

 

「んー……やっぱり私もウマ娘だし、レースに出てみんなと競い合いたかったなー、と」

 

「あーね。私達には難しかったよね。だって……」

 

「ミライ、居るか?」

 

「あ、はい。どうしました?」

 

「お前をご指名だそうだ。準備してくれ」

 

「わかりました~」

 

どうやら私が呼ばれたらしい。いつもの道具セットが入ったかごを持ち、表のスペースに出る。

 

「お待たせしました~。では、行きましょうか」

 

そう言って、私が歩き出すと男性の方だけが私に着いてくる。女性の方は付き添いだったらしい。

 

そうして、事務所横の草原の脇に建てられたカフェスペースに男性……平川さんを案内し、椅子に座って貰う。

 

「平川さん、コーヒーとココア、紅茶がありますがどれを飲みたいですか?」

 

「あ……では、紅茶をお願いします」

 

「わかりました。今入れて来ますね」

 

そう言うと私はカフェスペースに備え付けられた簡易的なキッチンで紅茶のスティックを二本取り出し、それぞれをマグカップの中に入れる。

電気ポットからお湯を入れ、使い捨てのマドラーでかき混ぜたら、マグカップをお盆に乗せ、平川さんの元へと戻る。

 

「こちらをどうぞ。熱いので、気を付けてお飲み下さい~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえ~。それでは、始めさせて頂きますね。今日は晴れて良かったですね~」

 

「そうですね。日差しが気持ちいいです」

 

「ええ。それで、今日はどうされましたか?」

 

「…………仕事がキツくて、仕事中に泣き出してしまったんですよね」

 

「まぁ、それは」

 

「それで、それを見た上司の人が、病院に行ってこいって」

 

「……ええ」

 

「何回か病院に通院したら、恐らく鬱状態だろう、って」

 

「成る程……」

 

平川さんの双眸から、涙が溢れてくる。

私はそれを指摘せず、次の言葉を促す。

 

「あの時までは頑張れていたのに、それを聞いた瞬間、何もわからなくなってしまって」

 

「うん」

 

「僕、これからどうして良いか、わからないんですよね」

 

「……成る程、鬱状態ですか。私も興味があって、昔調べた事がありました」

 

「そうなんですか」

 

「ええ、それによると、鬱病と鬱状態は全くの別物であるとも。因みに平川さんは、鬱状態と診断されて、どれぐらい経ちましたか?」

 

「ええと、確か一ヶ月くらい……?」

 

「それは……失礼ながら、あまり外には出たくなかったのではありませんか?」

 

「はい、そうです。でも、どうしてそれを?」

 

「こほん。鬱病と鬱状態には共通して、大きく分けて『急性期』と『回復期』の二つの時期があります。平川さんは……私は専門医ではないので、詳しくは話せませんが、平川さんは急性期に当たると思います」

 

「急性期……」

 

「鬱で最も辛い時期です。この時期は、無理に外出せず、家でしっかり休むことが重要になるのですが……」

 

「ええ」

 

「家族の方が鬱の人を見かねて、気分転換の外出に誘う事があるんですよね」

 

「それは……」

 

「ええ。本来は、家での休息をしなければいけない期間に、善意とは言え外部からの刺激に晒されてしまうのです」

 

「…………」

 

「一度、お医者様に話してみると良いかもしれません。お医者様からの言葉なら、あなたの周りの人も納得すると思いますよ」

 

「成る程……」

 

「多分ですけど、今は趣味含めた全てが手につかない筈です」

 

「ええ、趣味にしていた家庭菜園も、今はストップしています」

 

「今はそれで大丈夫です。今はしっかりと休む時期です。身も心も休息が取れると、その後に漸く『何かやりたい』という欲求が出てきます。これからするべき事は、その時に考えましょう」

 

「……はい」

 

「焦る気持ちもわかります。自分は今何も出来ていないと。でも、そんな風に何もやらない事が、鬱を治す特効薬になります」

 

「何も、やらない」

 

「ええ。眠いのであれば寝て下さい。好きな事をしたいならして下さい。やるべき事ではなく、やりたい事をやって下さい」

 

「……僕は、」

 

「はい」

 

「僕の病気は、治りますか?」

 

「……断言はできません。いつ治るとも言えません」

 

「……はい」

 

「それでも、鬱は治す事ができる病気です。どうか、希望を持ち続けて下さい」

 

「はい……はいっ…………!」

 

溢れ出る涙は遮らない。

泣いてストレスを発散させることも、鬱の解消に繋がる可能性があるから。

 

私はかごからティッシュを取り出し、平川さんに渡す。

今はただ、セラピーホースとして彼に寄り添おう。

今だけでも、今日の天気のように、彼の心の霧が晴れるように。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、私達は皆さまの心を解すのが役目ですから」

 

あれからもう少しだけカフェスペースで日に当たった後、事務所の中に戻って、平川さんを送り出す支度をする。

 

「今日はとてもスッキリしました」

 

「それは良かったです。また来たくなったら歓迎しますよ」

 

「セラピーホースさん、今日はどうもありがとうございます」

 

と、そこでお母様が話しかけてきた。

 

「いえ、平川さんの心の霧を少しでも晴らす事が出来て私達も安心出来ました」

 

「あの子が……なんでこんな事になったのかといつも頭を抱える毎日でしたが、今日こうやってここに来れて、あの子の為になれたと思っています」

 

ズキリ、

私の心が、少しだけ痛む。

彼は本来、今ここに来てはいけなかった。

それでも、私は言葉を続ける。

 

「今日、ここに来られた事を、お医者様に話してみてもよろしいかと思います」

 

「ええ、そうしてみます。ありがとうございました」

 

これで良い。

この事をお医者様に話せば、まだ外出に誘うのは早計だったと気付かせる事が出来る。

 

「それでは、ここで失礼します」

 

「ええ。『貴方のみらいが幸福でありますように』。またのお越しをお待ちしています」

 

その言葉で二人を送り出す。

ふぅ、と息をつき、緊張を解く。

 

「ねぇ、犬飼トレーナー、やっぱり施設名の『みらい』って変えた方が良いですよ。私の名前を主張してるみたいでなんか嫌です」

 

「そうは言うが、別れ際の『貴方のみらいが幸福でありますように』って言葉、ノリノリで考えてただろ」

 

「くっ……それはそうですけど……」

 

なんて会話をしながら事務所内に戻る。

 

 

 

ホースセラピーみらいは、貴方のご来場をお待ちしています。




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