サァサァと風で草木が揺らぐ音が聞こえる。
「……い、けい!」
ゆさゆさ、と体が揺さぶられていることを感じた圭は、心地よさと煩わしさを感じて顔をしかめる。
もう少し、寝ていたい。それが圭の偽らざる気持ちだった。
「みきぃ、あと5分……」
「あと5分、じゃないよ! 起きて!」
「うぇぇ……」
自身を起こそうとする切羽詰まった声に、不満そうな声をあげる圭。
しかし、同時にいつも起こしにくる親友の美紀、直樹美紀はこんな舌っ足らずな声だっただろうか、と疑問に思う。
その疑問を解消するためにも、彼女は億劫そうに目を開けて――。
「ふぇ……?」
辺り一面に広がる草の景色。どうやら草原のど真ん中で寝ていたようだ。
そして、彼女の近くでは心配そうに見つめてくる銀髪の幼女、ジャック・ザ・リッパー。
――いったい何が……?
いまだ寝惚け眼で、頭も働いてない状態ではあるが、なんとか考えをまとめようとする圭。
(えっと、私どうしたんだっけ……? 確か、最後はアカラナ回廊にいて、それで――)
そこで全て思い出した圭は、がばり、と倒れた状態から起き上がる。
「ひゃんっ!」
圭が急に起き上がったことで、驚きの声をあげるジャック。
そんなジャックを置いておいて、圭は一刻も早く事態を把握するため、辺りを見渡す。
辺り一面は見渡す限り、草原、草原、草原。そして、巨大なカエルに丸呑みにされて叫んでいる女の子と、それを見て慌てふためいているジャージの男の子。
「ここどこ、って――。あれ、なに?!」
カエルの踊り食いならぬ、カエルに踊り食いされている状況に思わず叫ぶ圭。
その圭の叫びでジャックもようやく回りの状況に気がついたのか、目を真ん丸に見開いてきょとん、としている。
「おっきな、カエルさん?」
「いや、それはそうだけども!」
ある意味呑気なジャックに突っ込みをいれる圭。
いくらなんでも、人が捕食されている状況でその感想はないだろう、と。
「ともかく行くよ、ジャックちゃん!」
「……うんっ!」
そうして二人は、今の状況はよく分かっていないものの、とりあえず目の前の惨状。巨大なカエルに捕食されている女の子を助けるために駆け出すのだった。
俺の名は佐藤和真。若い身空で死んじまった俺を憐れんだ女神……さま、の手によって魔王討伐をするためチートを授かり異世界に転生し、転生……。
ああ、もう、ホントあのバカ女神!
俺たちは今、冒険者ギルドのクエストでジャイアントトードの討伐に来ていたわけだが!
「だから一度帰ろう、って言ったんじゃねぇか!」
ゴッドブローってなんだ、ゴッドブローって。ジャイアントトードに物理は効きにくいってギルドで教えてもらっただろうが!
無策で突っ込んで、また食べられやがって!
俺はさっき買ったばっかりで、つい今しがた1匹目のジャイアントトードの頭をカチ割ったショートソードを構え近づいていく。
幸い、このジャイアントトードはアクア。このバカ女神を食べるのに夢中でこっちに注意を払っていない。なら――!
「貴方たち、大丈夫――?!」
「うぇ、誰――」
いや、ホント誰――!
こっち向かって爆走している幼女と女の人。
しかも、女の人に至ってはファンタジーっぽい衣装じゃなくて……。
――!
もしかして、俺と同じ転生者?!
アクアのやつ、他の日本人もこっちに送ってるって言ってたし。
「ジャックちゃん!」
「……うん!」
女の人にジャック? と呼ばれた幼女が――はやっ! どこに――。
「……は?」
いつの間にか目の前に現れた幼女。しかも、側にはジャイアントトードに食われてたアクア?!
どうや……はぁっ?!
ずずぅん、と地響きを立てながらジャイアントトードが倒れ伏す。そのカエルをよく見ると、顔が切り刻まれ無惨な姿に……。
これを、この幼女が……?!
きっと、今の俺は顔色が悪くなってるだろう。信じられないことが目の前で起きたのだから。
もしくはこの幼女も転生者、なのだろうか?
俺は追い付いてきた女の人に話しかけられるまで呆然としてしまっていた。
時は進み、ジャック・ザ・リッパーが巨大なカエル。ジャイアントトードを細切れにしたあと、圭とジャックはカズマの案内にて近くにある街。始まりの街アクセルへと訪れていた。
そして、冒険者ギルドの中にある酒場で圭たちはカズマについて話を聞いていた。
「へぇ、そうなんだ。つまり、きみは転生者としてこの世界にやってきたんだね」
「ええ、そうなんすよ」
「……でも、転生者、ねぇ。……色々と大変だったんじゃない?」
カズマから一通り話を聞いた圭は、不憫そうに見ながら気遣っている。
彼女にとって転生者、と言われるとまず真っ先に蘆屋晴明。自身の悪魔召喚師としての師匠のことを思い浮かべてしまったからだ。
そして彼は、何かと苦労する星の元に生まれたのか、色々と面倒ごとに巻き込まれることが多かった。
目の前にいる彼、佐藤和真もそうであるなら。と考えるとそう思ってしまうのも無理なかった。
だが、肝心のカズマはどこか不思議そうな顔をして圭を見つめている。
「……えっと、祠堂さん――」
「圭で良いよ?」
「……んじゃ、圭。なんか、他人事みたいに言ってるけど、アンタも転生者なんだよな?」
そのカズマの問いかけに、今度は圭がなに言ってるの? と言わんばかりに、首をかしげている。
「……違うよ? 私は、ちょっとした事故でこっちの世界にたどり着いたというか……」
「……はあっ?」
あまりに食い違う二人の主張。そのことを不思議に思ったカズマはアクアを見る。
「おい、アクア……」
「……汚された、汚されちゃった。また、わたし……。女神なのにぃ……びちゃびちゃって――」
ぼそぼそ、と何事か呟いてるアクアを見て、頬を引きつらせるカズマ。少なくとも公共の場でするにはあまりにもあんまりな呟きだった。
事実、アクアの呟きが聞こえたであろう一部の――主に女性の――冒険者たちから絶対零度の視線を浴びることになったカズマ。
本人からすると完全な冤罪なのだが……。
「おい、アクアさん? アクア、マジでやめてくれ! いろんな人からすごい勘違い受けてるから!」
「……しくしくしく」
「おぉい――!」
二人の漫才のようなやり取りを見て乾いた笑みを浮かべる圭。
正直、他人のふりをしたい。というか、ほぼ他人なのだが、それでも同じ席に座っている以上、そうすることは不可能なわけで――。
「は、はは……。帰りたい」
「どうやって?」
こてん、と可愛らしく首をかしげるジャックから突っ込みを受けて、ため息をつきつつ肩を落とす圭。そして、黄昏ながら。
「本当、どうやって、だろうね……」
と、哀愁たっぷりにこぼすのであった。