自身と同じ水の女神。そう言われてアクアをじぃっ、と見つめるアナーヒター。そして、彼女はアクアの顔に見覚えがあったのか、表情を緩めると気さくに話しかける。
「あら、貴女は……? そう、確かアクアだったわね?」
「は、はひっ」
対してアクアは既に半泣き。アナーヒターに何かトラウマでも抱えているかのようだった。
その事に気付かず、あるいは無視した様子で懐かしむアナーヒター。
「こちらの私は貴女と後輩のエリス。二人の教育係を勤めていたみたいね」
「そうなの?」
アナーヒターの感慨深そうな言葉に興味津々な圭。そんな彼女へ説明するためアナーヒターは口を開く。
「ええ、そうよ。
「……記憶を同期?」
アナーヒターの言い回しに疑問符を浮かべるカズマたち。
それも仕方ないことだった。そも、こちらの世界と圭の世界。二つの世界では根本的に神や悪魔の在り方が違うのだから。
こちらの世界に於いて神や悪魔は自前の肉体を持っており、在り方としては基本的には他の生命体と大差ない。もちろん、権能や能力によって人間たちよりも上位存在であることに間違いはないが。
それに対して圭の世界での悪魔の本質は精神生命体にして情報生命体。己の確固とした肉体は持たず、その姿は多種多様。
分かりやすい例で言えば大魔王-ルシファーが人に擬態したルイ=サイファー。かの存在は金髪の青年の姿をしたかと思えば、子どもや老紳士になったり、それどころか淑女の姿や日本の女子高生になったりとやりたい放題だ。
もちろんそれは力が超越した上位存在の一部、それこそ各神話の主神や創造神に限られた話であり、力の弱い存在はある程度形を縛られる。
雪の精であるジャックフロストが雪だるまの姿をしていたり、妖精のピクシーが小さく可愛らしい姿だったりなど。
さらに言えば悪魔という定義すらも違う。
そもそも、圭の世界での悪魔とは人とは違う超常存在の総称であり、一般的な神や悪魔、天使はもとより各地に存在する逸話の登場する英雄や反英雄たち。果ては都市伝説や、犯人が判明しなかった殺人鬼の噂などまで内包する。
つまり、圭に召喚された女神-アナーヒター。彼女も広義では間違いなく悪魔、という存在になるのだ。
そして今回、アナーヒターが記憶を同期した。と言った件だが、それは言葉の通り。精神生命体であり情報生命体の女神-アナーヒターは、こちらに存在する同位存在であるアナーヒターの精神に接続し、文字通り記憶を同期させたのだ。
もちろん、事前にこちらの世界の自身に同期を要請し、了承を受けたうえで行っている。
そうしなければ、こちらのアナーヒターに突如として存在しない記憶。復興を始めているとはいえ、一度ゾンビによって壊滅した世界に、悪魔召喚師やデビルバスターの存在などを見て彼女と、そして天界はパニックに陥ること間違いない。
それらのことを聞いたカズマは泡を食って、圭に問いかける。
「お、おいっ。ちょっと待てよ! 俺が死んでから日本はそんなことになってたのか?!」
逆に圭はそんなカズマの様子にキョトンとした後、しばし考え込むとカズマに一つ確認を取る。
「……時にカズマくん? きみは死んですぐにこの世界へ転生したんだよね?」
「そんなことよりも――」
「……今は私の質問に答えてほしいかな。そうすればすぐに答えるから」
圭のはぐらかすような態度にカズマは苛立ちながらも返答する。
「ああ、そうだよ! 俺は死んでからすぐこっちの世界へ来たよ!」
「やっぱり……」
カズマの返答を聞いて、圭は自身が感じていた違和感。その答えを理解して、同時にカズマに対し、一つの可能性を口にする。
「……恐らく、だけど。カズマくんと私の世界は別の世界。いわゆる並行世界ってやつだね」
「なんで、そう断言できるんだ!」
「だって、もし同じ世界ならカズマくんが知らないことがおかしいんだよ。何てったって、バイオハザードが起きたのは二年も前の話なんだからね」
「「……は?」」
さすがにその事は寝耳に水だったようでカズマと、当時から日本担当の女神だったアクアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「そ、そんなわけないわ! そんなに人が死んでたら天界はもっと大騒ぎになってた筈だもの!」
「うん、だからこそ並行世界だと思ったの。それにこれでも職業上、各地の女神なんかの情報は頭に叩き込まれたけど、アクアなんていう女神は知らなかったもん。……まぁ、とんでもなくマイナーな女神なら仕方ないだろうけど」
圭のある意味暴言とも取れる言葉を聞いたアクアは、目に涙を浮かべ、膨れっ面になりながら謝罪を要求する。
「マイナー、マイナーっていった! 私、アクシズ教の御神体なんですけど! すっごくメジャーなんですけど! あやまって! マイナー扱いしたことあやまって!」
「あ、あはは……」
アクアのあまりの剣幕にたじろぎつつ、笑って誤魔化す圭。もっとも、その笑いは完全に引きつっていたが。
それはともかくとして、アナーヒターは苦笑いを浮かべつつ圭が最初にした質問に答える。
「ともかくマスター。あの娘が水の女神なのは私が保証するわ」
そしてアナーヒターは、次にアクアを見ると彼女にある意味衝撃の事実を告げる。
「アクア、貴女も運が良かったわね。私がいなければ最悪、貴女ここで殺されてたわよ?」
「……へ?」
先ほどまで圭へ募らせていた怒りが嘘のように、ポカンとした表情を見せるアクア。
そんな彼女に、アナーヒターは笑いながら笑い事にならない事実を告げる。
「マスターは経験上、人に敵対的な神や悪魔には容赦ないから。実際、低位な神の分霊程度なら何体か滅ぼしているわ」
そうしたり顔で語るアナーヒターを見て青ざめガタガタ震えるアクア。そこでようやく自身が命の危機に瀕していたことに気付いたのだ。
怯えるアクアを見て、カズマもまた現状そこまで役に立ってないとはいえ、転生特典として連れてきたアクアが殺されるとなにかとがあるため、恐る恐る執り成そうとする。
「なあ、圭。こいつも悪いやつ、いや、頭は悪いんだけど、悪いやつじゃないから命まではとらないでやってくれないか?」
カズマのフォローに気を良くしたアクアは、調子に乗って声を上げる。
「そうよそうよ! カズマ、良く言ったわ! もっと言って――ぴぃっ!」
……もっとも、途中で圭とアナーヒター。二人に見つめられ悲鳴を上げていたが。
それを見て、毒気を抜かれる圭。
「まぁ、良いかな。アナーヒターの執り成しもあることだし……」
「よっしゃ!」
「やったぁ!」
一応、無罪放免を勝ち取り喜びあう二人。しかし、圭は念を押すように言葉を続ける。
「もし、貴女があまりにも目に余る行動を、人を害しようとするなら――」
その時、圭の後方。少し距離がある地点でぼこ、と土が隆起しジャイアントトードが二体現れる。
そのことに驚き、指を指そうとするカズマたちより前に圭は。
「アナーヒター!」
「あいあい、マスター」
アナーヒターへ声をかけ、彼女もまた自身が何を求められているのか理解して行動に移す。
彼女の後ろに浮遊する八枚の板。それを前方に展開するとそれを方円に、砲搭のように配置。さらには水をその中へ集束させると。
「――ヘルスプラッシュ」
――発射!
砲弾のように見立てた水流は地面ごとジャイアントトードを蹂躙。
水流が通った後には、地表が削られ円柱状に抉られた地面が姿を表す。
むろん、水流の直撃を受けたジャイアントトードは影も形も残っていなかった。
その惨状を見て、お互い抱き締めながらガタガタ震える二人。そんな二人に圭は――。
「もちろん、大丈夫だよね?」
笑顔で、分かってるだろうな。とばかりに問いかける。
二人は圭の凄みを受けて、カクカク、とマリオネットのように何度も頷くのであった。