生徒会室を出て、玄関を目指す。
オレは先程少し気になっていたものを思い出す。
桐山の反応だ。
様子を見るに、既に南雲との戦いは決着がついていたのだろう。
そこで突然のオレから南雲への宣戦布告。
それに対しての桐山の反応は、こちらの想定していたものとは違っていた。
どこか諦めていた瞳に力が入っていくのを感じた。
だがアクションを起こすかは桐山次第。
それまではこちらから接触する必要はないだろう。
そんなことを考えながら、オレは誰もいないはずの後ろの廊下へと視線を向ける。
「あれぇ、バレてました?」
すると甘い声が聞こえてきた。
曲がり角から姿を見せたのは、4月以降一度として関わりが無かった1年Aクラスの天沢一夏だ。
そんな天沢の存在を視界の隅に収め、オレは天沢が出てきた所に意識を割いた。
「どうしたんですぅ?せぇんぱい」
返事が無いオレに対し、天沢はこちらの反応を楽しむように喋りを続ける。
「久しぶりだな、天沢」
「あはは。先輩、そこは〚なんの用だ〛じゃないと。なんでもお見通しのくせにぃ~」
瞬時にこちらの探っていることを見通してくる天沢。
だが今の会話で確信することが出来た。
天沢は宝泉の件で自身が関わっていることを、オレが把握していると。
だが全くと言っていいほど、天沢に悪びれた様子はない。
「特に用とかは無いんだけどさ、綾小路先輩と話したくなっちゃって」
「それはさっきまでいたやつと関係してるのか?」
天沢の顔から一瞬だけ表情が消える。
確信は無かったが、間違いないようだ。
「やだなぁ~警戒し過ぎですよ、綾小路先輩。……もしかしてなにか勘違いしてるんじゃないんですか?」
「勘違い?」
「あたしは綾小路先輩の敵じゃないってこと」
「とても信じられない話だな」
「それってあたしが宝泉くんに入れ知恵したから?」
隠すつもりのない発言。
明らかな誘導だったが、ここは乗るとする。
それにしてもこちらから話を切り出す前に自白するとはな。
「ああ。もし天沢がオレに接触していなければ、宝泉の自爆という形で終わっていただろうからな」
「え~それだけ?あたし甘く見られちゃってるなぁ」
「甘く見た覚えはない。十分に評価してる」
「そうかなぁ。そうは思えないなぁ」
相槌程度の反応になったところで、こちらから質問をしてみる。
「他にはなにもないのか?」
俺からの問いに天沢は考えたようなそぶりを見せたものの、ややあってかぶりを振った。
「特にないかな。話したいことは話せたし、あたしは行くよ。じゃあね、せんぱい」
そういうと天沢はオレの目の前から去っていった。
天沢にその意図があったのかは定かではないが、先程の会話だけで多くの情報を得る事が出来た。
まず天沢の思考パターンはホワイトルーム生と言われても違和感の無いものだということ。
だが何故接触してきたのか、その動機がわからない。
てっきりホワイトルーム生は月城からの命令を無視していると考えていたが、もしかすると違うのかもしれないな。
次に天沢と話していた人物。
月城の気配で無かったのは間違いないが、そうなるとホワイトルーム生を1名呼び寄せるというセリフはやはりデマだったということになる。
あるいは……。
そこまで考えかけた所で思考をやめる。
オレが気にするべきなのはそこじゃないからだ。
今のオレにはハッキリとした目的がある。
まずはそこから片づけていくとするか。
自分の部屋でくつろいでいると、激しい3回のノックが聞こえてきた。
これはオレと恵で決めた密会の合図の一つ。
生徒の出入りが激しい寮であるだけに、ゆっくりとチャイム越しに話は出来ないと読んでの取り決め。
「は、入るわよっ!」
ドアを開けると、少し焦ったような恵の声が聞こえた。
「あ~危なかった。この階にエレベーターが止まっちゃったから、慌てちゃった」
「急に来てどうしたんだ、恵」
「……何か用がないと来ちゃいけないわけ?」
オレの返答に対し不満を隠す様子が無い恵。
公にはしてないものの、恵とは交際関係を続けている。
交際が始まってこういった事態は何度も経験しているため、慌てる事なくオレは恵を案内する。
「そんなことはない。ただいつも言ってるが、急だと茶菓子が用意出来ないだろ」
「別にそんなのなくたっていいし。あたしが清隆に会いたかっただけだから……」
「そうか」
そういうと恵はジトっとした目でこっちを見てくる。
「まったく、そういうところなんだからね」
なにがそういうところなんだか。
そんなやりとりをやっている間に、飲み物の用意が終わる。
「清隆、あたし困ってるんだからね?」
「急になんだ」
「全教科で満点なんか取るから、付き合ってること余計に言い出しにくくなったじゃん」
何のことかと思ったら、そういうことか。
確かに、今の段階で恵がオレたちのことを表にすると角が立つ可能性は高いが……。
「別に無理に言う必要はないだろ?」
「それは、そうなんだけど……ってやっぱり駄目!清隆モテるし」
「それだと何が駄目なんだ?」
答えなど分かり切っているが、敢えて聞く。
「そんなの、清隆が他の女子と仲良くするのに決まってんじゃん!」
ここまで言わせることに成功したので、引くことにする。
あまり交際を公にされては、後々困ることになるからな。
「だがオレだって恵が洋介や他の男子と仲良くすることに文句を言ったか?」
「言われてないけど……」
「そういう事だ。今交際を無理に打ち明けることはない。むしろ目立つリスクの方が大きい」
「わかったわよ……清隆がそういうなら」
「ありがとうな、恵」
そういってオレは恵の頭を撫でる。
「わわっ、清隆!?」
「嫌だったか?」
「い、嫌とか言ってないし……むしろもっとやって欲しいとか思ってるし……」
ここは恵に従い、頭を撫で続けることにする。
暫く頭を撫でていると、オレの部屋の雰囲気が変わっていくのを感じた。
だがこの変化は心地のよいものであると、恋愛に疎いオレでも分かった。
恵の方を見るとこちらをずっと見ていたのか、視線が交錯する。
言葉を交わさずとも伝わる思い。
恵が何を期待しているのか、それを理解するのは簡単だ。
だがその一歩を踏み出すのは、容易に出来ることじゃない。
恥ずかしくなったのか、恵の方が視線を逸らす。
オレはそんな恵の顔を無理やりこちらに向け、顔を近づけてみる。
もう少しでお互いの鼻がぶつかりそうな距離。
視線があちこち行っていた恵だが、逃げる事を諦めたのか観念したようにこちらを見る。
そんな恵の唇へ、オレは自身の唇を躊躇なく重ねた。
「清た……」
どのくらい触れ合っていただろうか。
オレ自身初めて知る異性の唇は、想像よりもずっと柔らかいものだった。
恵との恋愛フェーズは短くも深く。
目的のためには一つずつ、焦らずに片付けて行くことが大切だ。
邪魔されたくないよね……
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