「待ってたぜ、綾小路」
扉をノックすると、ドアを開く前に中から声が聞こえた。
「どうした?入っていいぜ」
人払いは済ませていてくれたようだ。
ドアを開くと、そこにはやはり南雲が1人でいた。
「失礼します」
オレが挨拶すると、そんなものはいいとばかりに本題に入る南雲。
「それで?鈴音との交渉は上手くいったのか?」
「ええ。許可は貰ってきましたよ」
「ならいい。……綾小路、もうグループを組む確約はしてるのか?」
どうやらこちらの考えていたことと、南雲が浮かべている内容は同じかもしれない。
今回の試験は堂々と個人戦が可能なもの。
そう考えれば候補はいくつかに絞られるが……。
「そういった話は無いですね」
「それはよかった。勝負の内容だが俺とお前、お互いに単独グループで試験に参加してどっちのグループが上になるかで決めようじゃないか」
単純明快な勝負内容。
だがここまで南雲が言った所で、当然のように疑問が出てくる。
「その内容だと、一見友達が少ないオレが助かるように聞こえますが、3年生全体を掌握している先輩の方が有利になるのでは?」
今の3年生の全体像は見えないが、南雲が3年生の大半を支配しているという話は有名だ。
「それについてはどうしようもないな。統率、コミュニケーション能力も実力の内だろ?。……だがそれだと勝負じゃなくなるか」
そう、試験内容によっては人海戦術を取られるだけで詰んでしまう可能性がある。
特別試験のルールが全て説明されていれば、まだ手の打ちようはあっただろうが……。
他にもいくつかの方法があるが、ここは南雲の考えを聞いてみることにする。
「ならこれはどうだ?お互いが同学年の生徒1人にベットする。だがその生徒は単独グループということが条件だ」
「その指定した生徒の順位で勝敗を決めるという事ですか」
「そうなるな。そして指定した生徒とは自分のみがグループを組むことが出来る」
同じグループになるもよし、違うグループでサポートに徹するもよしということか。
しかし、問題が解決したわけではない。
「もしその条件で受けたとして、結局オレの懸念は解消されていないのでは?それに指定する生徒が女子だった場合、割合の制限がかかっている以上2人グループは作れないと思うんですが」
「ルール通り、女子を選んだ場合は同じグループになることは出来ないだろうな。違うグループでサポートするしかないだろう。……ああそれと、お前の懸念については心配するな。手回しは済ませてある。勝負の邪魔にはならないだろう」
手回しが出来るなら先に言っておいて欲しかったが……どうやらこちらの想定していたよりも南雲は手強いようだ。
そんなオレの考えが伝わったのか、南雲は自身の思惑を話し始めた。
「最初は正面から完封してやろうかとも思ったんだがな、お前と話していて気が変わった。喜べよ、お前は俺に潰される権利を得たんだぜ」
南雲と話したことは殆どないはずなのだが、もしかすれば学のような審美眼があるのかもしれないな。
「わかりました、その内容で受けましょう」
オレがそう口にすると、南雲は書面の用意を始めた。
生徒を1名指定し、協力して勝利させる。
だが今回は2週間のサバイバルという異質な試験。
間違いなく体力面での管理が必要になるため、普通に考えれば選ぶ生徒は必然的に男子になりそうだ。
「そういやお前、もし勝てた場合のポイントはどう使うんだ?決めてあるのは知ってる。教えろよ」
書面の用意を進めていた南雲だが、ふと気になったのかそんなことを聞いてくる。
南雲は鈍くない。
オレがあっさりプライベートポイントで手を打ったことを気にしていたのだろう。
だが正直に話すメリットは無い。
「どうでしょうね、案外何も決めてないのかもしれないですよ」
「答える気はないってことか」
これ以上の言及は無駄と判断したのか、南雲は書面を出してきた。
「ほら、これにサインしろ」
オレはその書面を読み、自分の名前を書く。
「これで勝負成立ですね」
「選ぶ生徒は週末にでも聞かせてくれ。こっちはもう目を付けてるんでな」
「わかりました。それでは失礼します」
そう言いながらオレは生徒会室を後にする。
「せいぜい俺を楽しませてくれよ、綾小路」
そんな南雲の声は、自身の敗北を微塵も疑っていない。
勝てば2000万プライベートポイント、負ければ退学。
だがオレはその勝負にのみ集中することは出来ない。
オレの行動を阻害する問題は多くあるからだ。
取り敢えず今すぐに出来ることは堀北との作戦会議だな。
そう思った後、オレはある人物へメールを送った。
何回かやり取りを繰り返した後、こちらの目的を伝える。
すると少し間の空き、『話がしたい。直接クラスに来てくれないか?』との返事が返ってきた。
オレは了承の旨を伝えると、教室へと向かった。
教室へ戻ると、堀北が既に指示を出していた。
生徒1人1人の気持ちの切り替えもだが、堀北への信頼が伺えるな。
そんな指示の内容はこう。
・Dクラスで話がまとまるまで、グループを確定させないこと
・どうしても早急にグループを決める必要がある場合には堀北に連絡すること
「強制力はないけどね。最終的には個人の裁量に任せるしかないから」
そう洋介が付け加えた。
確かに、退学もかかっているこの試験ではアドバイス程度しか出すことは出来ないだろう。
もし4クラスが一丸となって手を取り合ったとしても、誰も退学しない理想の組み合わせなど存在しない。
話が落ち着いてきたところで、予定していた場所へ行こうと席を立った。
しかし、そんなオレの後を堀北がつけてくる。
廊下に出て、誰も周辺にいないことを確認した上で話しかけてきた。
「南雲生徒会長との勝負はどうなったのかしら?」
「無事に勝負は成立した。勝負内容はお互いが生徒1人を指定し、その生徒のグループ順位を競うというものだ。だが制約もある。指定した生徒は単独グループに限ることと、その生徒とグループを組んでいいのは選んだ生徒……つまりオレと南雲生徒会長の二人だけだ」
「随分とわかりやすい勝負内容ね」
しかし、この勝負はそう簡単なものじゃない。
追加のルールの詳細で動き方は変わる上、そもそもどうやって順位を決めるのかすら不透明なまま。
「あなたが単独で1位を獲得してくれると、とても有難いのだけど」
「話を聞いていたか?」
現状この特別試験に関しては、オレにとって重要なのは南雲との勝負のみ。
オレが無理に上位に食い込む必要は無い。
「少しいいかね?堀北ガール」
突然後方から姿を現したのは高円寺だった。
「あなたが自発的に私に話しかけてくるなんて珍しいわね」
「今回の特別試験について、少し話しておきたいことがあってねぇ」
「あら、ついにあなたも積極的に協力してくれる気になったのかしら?」
「半分正解としておこう」
意外な高円寺の言葉に、堀北は少しだけ怪しむような表現を見せる。
高円寺が簡単に協力するようなタイプではないことは、痛いほど理解しているからだ。
「何が狙いかしら。協力とは違う残りの半分を聞かせてもらえる?」
「上位3グループに与えられるクラスポイントを、君は喉から手が出るほど欲しいと思っている。それに相違はないかな?」
「当然でしょう。獲得するポイント次第でクラスが大きく入れ替わるかも知れないのよ」
「そこで1つ提案をしようじゃないか。もし私が無人島サバイバルにおいて好成績を残したなら、卒業までの間私の完全なフリーダムを約束してもらいたい」
とんでもない提案、流石は高円寺といったところか。
「完全な自由を約束……。つまりこれまでのようにあなたが好き勝手するのを許し続けろということ?」
「Exactly。もちろん、許すだけでなく如何なる弊害も私が被ることのないよう君には馬車馬のように働いてもらうよ?」
卒業までの間、如何なる弊害も高円寺に与えないようにする。
クラスのリーダーである堀北にしか通じない取引だが、あまりにもリスクが大きすぎるな。
一考の余地もないと判断するのは容易。
「じゃあ後は勝手にやってくれ」
オレはそう言い、本来行く予定だった場所へと足を運ぼうとした。
「待ちなさい、綾小路くん」
だが堀北は開放してくれない。
こちらが立ち止まったのを確認すると、堀北は高円寺へと向き直った。
「高円寺くん、好成績なんて曖昧なものではダメよ。学校内で1位を取ったグループには相応の報酬が用意されているこの試験。あなたが単独で1位を取れたなら、それは卒業までの前借りとして、こちらが納得する理由になるかも知れないわね」
誰ともグループを組まずに単独で高円寺が勝てば、クラスポイントが300も入る。
確かにその条件なら卒業までの貢献度としてみても十分と言えるかも知れないな。
「フフフフフ。なるほど、確かに単独での1位ならば君も納得してくれそうだねぇ」
愉快な提案だと高円寺は高らかに笑う。
「いいとも。その条件で交渉成立としようじゃないか」
「いいえ、それだけじゃ駄目よ」
無茶とも思える提案を呑む姿勢を見せる高円寺に、間髪入れず付け加える。
「そんな大言壮語を吐くんだもの、1位を取れませんでしたで済ませることは出来ない。達成出来なかった場合は、その次に行われる特別試験でもクラスに協力し、成果を出すと約束してもらうわ」
「ふふ、堀北ガールも中々強気なオーダーを出してくれるじゃないか」
堀北の要求がとんでもない値にまで達したようだ。
思わずと言った風に高円寺から笑いが出る。
「今話した条件でいいのなら、今回のあなたの提案を受けてあげるわ」
「構わないとも。私に不可能は無いのでねぇ」
引く姿勢を見せない高円寺はそういうと、この場去った。
「それで、オレをこの場に留めた理由を聞こうか」
「今の会話を聞いたでしょう?高円寺くんを抑えて勝ってほしいのよ」
本当にオレの話を聞いていなかったのかと不安になる。
ただでさえ南雲との勝負が控えている中、高円寺とまで勝負する余裕はない。
だがこちらも条件次第では受けてもいいかも知れないと、先ほどの堀北の強気な姿勢を見て考えを改める。
「分かった。ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ。あるカードを提供してもらいたい」
既にサポートする生徒は決まっているため、どうして必要なカードがあった。
「そのカードが何かは知らないけれど、分かったわ。でも覚悟しておいてちょうだい、高円寺くんに勝てなかったらあなたには表舞台に立ってもらうわ」
別にオレが高円寺に勝とうが勝てなかろうが、堀北にとってあの交渉は対等だと思ったから行ったもののはずだ。
その上でオレにクラスのリーダーをしろ、と。
どちらに転ぼうと、堀北にとってプラスになる部分は大きい。
「口約束にはなるが、いいだろう」
オレはそう返し、止まっていた足を動かし始めた。
しかし堀北はやや不満気だ。
「今までは隠れていることのメリットもあったのでしょうけれど……もうあなたの実力は多くの生徒に伝わっている。いつまで隠れているつもり?」
後ろから聞こえる堀北の質問を無視する。
今この場でそれを答えることは出来ない。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば……その答えを堀北が知る時には、間違いなく手遅れだということだけだ。
堀北との話を終え、オレがやってきたのは一之瀬率いる2年Cクラス。
「一之瀬、いるか?」
突然の来訪者に驚いた様子のCクラスだったが、クラスの誰よりも反応を見せた生徒がいた。
一之瀬帆波本人だ。
「あ、綾小路くん!?」
特徴的な髪色をしている一之瀬を見つけるのはそう難しくない。
ましてやあんな激しいリアクションをしていれば余計に目立つ。
だが、そんな一之瀬とのやり取りを素直に許さない男がいた。
「少し待ってもらおう。綾小路、Cクラスに何の用だ?」
Cクラスの参謀的位置にいる神崎隆二。
神崎たちCクラスとの協力関係は終わったため、今は互いに敵同士ということになる。
「久しぶりだな神崎。少し野暮用があって足を運ぶ必要があったんだ」
「他の者であれば少しは違ったかもしれないが、今回ははいそうですかというわけには行かない。他の皆がどう思っているかは知らないが、現状俺が一番警戒しているのは綾小路、お前だ」
隠すことなくこちらへの警戒を強める。
しかし、そんなオレに対しフォローが入った。
「神崎くん、大丈夫だよ。綾小路くんは敵じゃない」
エビデンスの無い一之瀬の発言。
だがCクラスでの一之瀬の発言は、絶対的な効力を発揮する、してしまう。
「それはどうしてだ?全教科満点なんてただの生徒が取れるわけがない。実力を隠していたんだろう」
「綾小路くんは勉強が得意なことを伏せていた。それが隠された事実だよ」
客観的に見ずとも、一之瀬のフォローに無茶があることは明らかだ。
「ならそれ以外は?勉強だけ?いいや、そんなはずはないだろう。他にどんな能力を隠している。去年の体育祭で見せた自慢の脚力も何故隠していたんだ?俺たちBクラス……いやCクラスにとって最悪なのは、他にも実力を隠し持っていることだ」
一方の神崎も引く姿勢は見せない。
ここらが引き際だな。
「神崎、お前がオレに対し警戒を抱くのは当然だ。だがその上で頼みたい。どうか話だけでも聞いてくれないか?」
神崎はクラスの雰囲気を感じ取り、自分の立ち位置に気づいたようだ。
「……分かった。こちらも冷静さを欠いたようだ。話を聞こう」
「そんなに警戒しないで欲しい。今回来たのは別にクラスの総意という訳じゃない」
「って言うことは、私用ってこと?」
オレの言葉が予想外だったのか、一之瀬が反応してきた。
「ああ。一之瀬、お前に話がある」
すると突然Cクラスが騒がしくなった。
言い方を間違えたと思ったが、気づいたときには遅かった。
『えぇ~今!?』とか『帆波ちゃん、やっぱり……』と言った声が聞こえてくる。
「二人きりで話せないか?今日の夜、20時辺りにでも部屋に来て欲しい」
「えぇ!?あぁ、うん……わかった……」
「そうか。ありがとう」
目の前で行われる、あまりにもストレートな会話に先程まで騒いでいた生徒も呆然となった。
しかし、今度は先程よりも数段大きな騒ぎが巻き起こってしまった。
『男らしい~!』『っていうか!部屋に行くのOKしたってことはさ……』『チクショー!綾小路ぃー!』そんな黄色い声援ばかりが聞こえる。
「び、びっくりしちゃったよ……携帯で言ってくれればよかったのに」
「さっきメールした時に充電が切れてな。だからわざわざ来たんだ」
「あ、そうなんだ……ん?」
間の抜けた一之瀬の声。
気づけば周りの声は嘘のように静かになっていた。
「あ、綾小路くん……話ってなにか教えてもらえるかな……」
「特別試験についてだ」
『あちゃ~』『綾小路ぃ~!』と、今度は落胆と歓喜の声が聞こえる。
「分かった。今日の20時に部屋に行けばいいんだね」
「ああ。頼んだぞ、一之瀬」
「うん。じゃあね、綾小路くん」
そういった一之瀬だったが、全くといって良いほど顔が笑ってないのが分かった。
地獄→天国→地獄。
一之瀬かなぁ。
文字数について。(今までは2000~3000)
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2000~3000
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3000~4000
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5000~10000
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10000以上