日本から遠く離れた異国で突然死した私を待っていたのは、みんなが大好きな神様転生――……
精神と時の部屋を思い出させる空間で、私をうっかり殺した
「昔は『これがお主の運命だったのだ』とか言ってそのまま天国に突っ込めば問題なかったのじゃがな。昔はよかった……わしが何をしようが、誰も責任がどうのこうのと面倒なことを言わんかった」
「わあ、かなりサイテーな発言」
突然死する前に私が買ったカレーヴルストを、何故か神が食べている。輪切りのヴルストにカレーソースをしっかりと絡めてはひょいぱくと口に放り込み、白いひげや白い衣装にカレーソースが飛んだ。あららー。
「最近は天界でもコンプラだの公正取引だのとうるさいことうるさいこと。昔はヨブの妻子を……百人くらいじゃったかな、悪魔に殺させても全く問題なかったのに、今では天使共が口を揃えて『人権を守りましょう』とか『適正な損失の補填をせねば』とか『世の中をより良くするためフェアトレードを』とかうるさいことこの上ない。年々締め付けが厳しくなるばかりじゃ」
こんなに同意できない愚痴は初めて聞いたわ。伝説の92でもここまで悪質なことは言わなかった。
「はあ、そりゃあいい世の中になりましたね」
「カーッ! 何が自己責任じゃ、損失の補填じゃ、忌々しい!」
「わあ……」
つまり神が何を言いたいか――天使が神に苦言を呈しているかと言うと。私が転生する際にはお土産を持たせる必要がある、ということだ。慰謝料ってやつね。
「面倒な時代になったもんじゃ、まったく。四十二歳か二十四歳かという程度のささいなミスじゃというのに……」
「百年生きるかどうかの人類からすれば特大にデカいミスですけど? コンプラ意識持ちましょうよコンプラ大事ですよコンプラ」
うわ……こいつのコンプラ意識、低すぎ……? そんな気持ちが顔に出ていたらしい。神は腹立たしそうに鼻を鳴らすと「天使共と一緒でそんなにコンプラが好きなのか、貴様も」だなどと訳の分からないことを言い放った。
まさかゾーフィの真似? ダメダメ似てない、残念。もっと感慨深げにかつ穏やかな声でないと。あと私はコンプラより天ぷらのほうが好き。
「好きか嫌いかという話ではなくて、社会生活において――」
「ふん、社会生活など知らんわ!」
つまり神って、社会不適合って……コト……?
「コンプラ好きのお前はコンプラの使者にしてやろう」
「はい?」
法令が存在するのに遵守されていない環境にお前を放り込んでやる。神は仁王立ちしてそう言った。神なのに仁王立ち、いいのかこれ。
「かの世界でお前の大好きなコンプラ思想を広めるがいい……せいぜい頑張ることじゃな! ふん!」
そして神はお土産の話をすることなく――つまり慰謝料についての話し合いはブッチされ、私の視界が白く染まった。
次の瞬間、尻を叩かれた衝撃で「おぎゃー」と泣いたその場所は、太陽系が地球の島国日本の首都……東京都にあります産院だ。
産院での生活は良かった。看護師さんがずっと見守ってくれて、一定時間ごとに粉ミルクをくれた。だけれど家に帰ってからは悲惨そのもの、今生の両親は親として不適格な夫婦だとしか言いようがない。
なんとこの夫婦、二人揃って仕事人。社長に心酔するあまり我が子を顧みず、家に帰るのは寝るためだけでーすイェーイという極めっぷりにはドン引きだ。
何がイェーイだ、何が。新しい生活様式のパリピか? 職場じゃなくて真夏のビーチ行け。キャンプ場でマシュマロ焼いてろ。
むろん、そんな二人の関心の薄さに助けられた面がないわけではない。うっかりと私が乳児や幼児にあるまじき態度や言葉遣いをしても、全く見咎められないし聞き咎められもしないのだ。何を言っても言ってもスルーだったから調子に乗って「きゅーきゅーにょりつりょー」とか「天上天下唯我独尊!」とか「その声は我が友李徴子ではないか?」とか言った覚えがある。楽しかったです、まる。
とはいえ、失言を気にしなくていい安心より――不安や不満はそれを遥かに上回っている。ワクチンやら乳離れやらトイレトレーニングやらという「一般的な親であれば気にすること」すら気にしてもらえていないのだ。あの人たち頭大丈夫? 正気? 脳内が恋愛レボリュ○ション21なの?
中身が大人の私でなければネグレクトが原因の餓死か病死か事故死していただろう。それくらい酷い。
とはいえ嘆いたところで現状は変わらない。そう、逆に考えるんだ。あの二人は単なる生活資金供出者なんだ。ATMに親の役割を期待した私が間違っていたんだと……!
私の親は前世の親だけと思ったほうが良いんだろう。なるほどこれが話題の親ガチャってやつか……これ以上なくハッキリ理解した。ガチャは悪い文明ってホントだったんだ。
割り切ってしまえば気が楽になるもので、一人でお箸や鉛筆のトレーニングをし、一人で買い物をし、一人で家事炊事をする生活が苦痛ではなくなった――むろん「大変じゃない」とは言ってない。
一度の買い物で持ち帰れる牛乳は最大で二本。未就学児が成人用の包丁を扱えるわけがないし、洗濯機から洗濯物を取り出すだけの作業で時間と体力が消える。巨人の世界で暮らしているようなものだ。
時の流れとともに出来ることが増え、小学校に入学してからは周囲の協力も得られるようになり、ニ年が過ぎ、三年が過ぎ。
四年生の二学期に入って少し経った十月の半ば、うちに女の子と赤ん坊がやってきた。上の女の子は私より一学年下で名前が明美、赤ん坊は生まれてまだ数ヶ月の女の子で、名前は志保というらしい。
どこかで聞いた覚えがある名前だけど、どこだったかな……しほ、しほねぇ。思い出せないから後でゆっくり考えよう。なんせ明美ちゃんの表情はガチガチにかたく、目に見えて憔悴している――目の前の女の子のことを考える方が大事だからね。
この二人がどうしたのかなと両親を見上げれば、母が信じられないことを言い放った。
「私達は忙しいから、この子達の世話は貴方に任せるわね」
「えっ、正気?」
「じゃあ私達は職場に戻るわ。頼んだわよ」
それだけ言って職場に帰っていった両親を呆然として見送る。あの人たちの思考回路がやばいってことは知ってたけど、ちょこっとLOVEレベルでぶっ飛んでるとは思ってもみなかった。
両親にため息をついて、明美ちゃんと明美ちゃんが抱いている赤ちゃんに向き直る。
「私、秋穂。よろしく」
「えっと、うん……よろしく」
私と宮野姉妹の交流は、こうして始まった。
++++
明美ちゃんと志保ちゃんが私の生活空間に増えてから一ヶ月ちょっとが過ぎた。対面式の台所から居間を見ていれば、明美ちゃんが志保ちゃんにミルクを飲ませる手付きはなめらかで淀みがなく、おむつのにおいを嗅いでウンと頷く姿はもはやママ。唯一残った家族を守りたいという想いには毎度胸が打たれる。
私はこういう健気な子供に弱いんだ。うう、明美ちゃんが天使過ぎて胸が苦しい……デジカメでパシャリとな。
明美ちゃんが志保ちゃんの世話をしている間に完成した夕飯のカレーを皿に盛る。作り置きができるしアレンジも効くから私の作る夕飯はカレーが多い。
明美ちゃんにカレーを渡し、福神漬もテーブルに置いて、志保ちゃんの抱っこ役を交代した。重くて熱い赤ちゃんを膝に乗せてテレビを付ければどのチャンネルもクリスマス特番で盛り上がっている。
リモコンを置き座椅子に深くもたれかかりテレビをぼんやり見ていれば、番組の合間、車のCMで子役がハキハキと店長っぽいことを話した。流石テレビに出るだけあって可愛い顔してるよね、かつお節だよ○生はなんて歌われたら「ぎゃわいいー!」としか言えないよこんなの。でも私、鰹節よりまねきねこダ○クの方が好き。もっと好きなのはマルモリ……ノリがいいし踊れるから。
閑話休題、子供は可愛い。ひねくれたガキでも可愛いのに、健気な子なんてスーパーアルティメット可愛い。ということで明美ちゃんはスーパーウルトラハイパーミラクル可愛い。私が親なら周囲に自慢して回るくらい可愛い……なのに明美ちゃんはうちに来た。なぜなのか。
明美ちゃんと志保ちゃんのご両親はうちの両親と同じ研究所で働いていたらしい。ところが研究所が火事になって夫妻はお亡くなりになり、明美ちゃんたちだけ残されてしまったのだそうな。
ちょっ、待てよ……! 親の職場が燃えたことなんて私は知らなかったんですけど!! なんであの二人は元気なんだ。愛する職場が燃えたのに二人が元気ハツラツな原因は何だ、オロナミ○Cか? その謎を解くため私はアマゾンへ飛んだ。
なんて与太話は横においておいて。
「もうちょっと待っててね、お姉ちゃん。すぐ食べ終わるから」
「慌てて食べたらご飯がお腹で詰まっちゃうからゆっくり食べて。私は味見でちょこちょこ食べてるし、まだそんなにお腹すいてないの」
そう、私は明美ちゃんに「お姉ちゃん」と呼ばれているのである! 理由は私が一学年上だからというのと、「私達の名前似てるね、明美ちゃんと志保ちゃんを足して2で割ったら秋穂だもん。姉妹みたいじゃない?」と私が言ったためだ。
お一人様ロードを歩んできた私は同居人と円満な関係を築きたかったし、両親を亡くした明美ちゃんは頼る相手を求めていた。つまりお互いの希望が噛み合ったってわけ。
昨日から冬休みに入ったことだし明日の晩は手の込んだ物を作ろう。なんせクリスマスだ、骨付きの肉とかケーキとかほしいよね!
「そうだ、明美ちゃん。私は明日朝から買い物に行くつもりだけど、明美ちゃんはどうする? どこかに出掛けてもいいし、外に行きたくないなら留守番しててもいいよ」
「明日? 明日は……留守番する!」
「留守番ね、分かった」
翌朝、志保ちゃんを背負って買い物に行こうとする私をびっくり眼で引き止める明美ちゃんがいた。
――その翌年の夏休み、明美ちゃんが別の家に引き取られると両親から聞かされた。あの二人ときたら普段ほとんど家に帰ってこないくせに、こういう一方的な連絡の時だけは帰ってくるのだ。
お姉ちゃんと離れたくないと言って泣く明美ちゃんを抱きしめてなだめる。悲しいけれど私達はまだ小学生。大人の都合に振り回される他ない身なのだ。
「新しいお家で落ち着いたらお手紙くれる? 文通しようよ」
「うん、書くよ。絶対書くから……!」
悲しみに沈みながら明美ちゃんと志保ちゃんの荷物をまとめ、明美ちゃんが連れて行かれる当日。
うちへ車で迎えに来たブラックスーツのチンピラたちが明美ちゃんに向かって「お別れだ、挨拶しな」と偉そうに声を掛ける。
「お、お姉ちゃん……お手紙、書くから。絶対に書くからね!」
「うん、待ってるよ!」
明美ちゃんには「初心者ができる範囲の家事」を仕込んだから、新しい両親とは「お手伝い」から打ち解けていけるに違いない。
明美ちゃんは私達の思い出が詰まったアルバムをリュックで背負い、頬を涙で濡らしたまま、志保ちゃんと共に車に乗ろうと踵を返した……が。
「おいおい、そっちのチビガキは別だぜ」
嘲笑するような声でブラックスーツの男がそう言った。何言い出したんだこいつ――
「えっ」
「はあ?」
「ばーか、オシメしたガキの世話なんて面倒なことするわけねぇだろ。チビガキは置いていけ」
「でも、えっ、志保は私の」
「あん? オレの言うことが聞けねぇのか!?」
「だって志保は、志保は私の妹ですッ」
「そうだよ! 明美ちゃんは志保ちゃんと一緒に――」
止める間もなく男は明美ちゃんから志保ちゃんを取り上げ、私に向かって放り投げた。慌てて受け止めて顔を上げれば、明美ちゃんが車内に放り込まれて後部座席のドアが乱暴に閉められた。男たちが車に乗り込んだ直後にドアロックのかかる音。
「ちょっと、待ちなさいよ、どういうこと!?」
車に駆け寄れば明美ちゃんが上体を起こしたところで、「しほ」と口が動いた。
「明美ちゃん! 明美ちゃん!」
窓ガラスをドンドン叩きまくる。投げられて驚いたらしい志保ちゃんも泣き出し、住宅街に悲鳴と鳴き声が響く。明美ちゃんも車内からドアレバーに飛びついて何度も引いたが、チャイルドロックだろうか、開く様子がない。
車が動き出す。追いかける――スピードが上がる――走る――子供の足では追いつかない速さで車が去っていく――呆然として、見送る。
車の影は曲がり角に消えた。
「し、信じられない……」
ゼイゼイ息をしながら、腕の中の志保ちゃんを抱きしめて、呟く。
その証拠に、何ヶ月経っても――志保ちゃんが三歳になっても、明美ちゃんからの手紙は来なかった。
++++
私には、両親が幼児愛好家あたりに売り払ってしまった明美ちゃんに代わり、志保ちゃんを育てる義務がある……とはいえ私はまだ子供の身。できることは少ない。
そんな私に手を差し伸べてくれたのは、近所の人たちと学校の先生たちだ。
明美ちゃん連れ去られ事件は目撃者が何人もいて、私と一緒に警察に行ってくれた。なのに――受理された数日後に呼び出されて「宮野明美が同居していたという証拠がない」「保護者が家出児童を迎えに来ただけ」などと訳の分からないことを言われた挙げ句、追い出すようにして警察署から放り出された。
間違いなく癒着です有難うございません。警察署の前で近所のみんなと呆然としていたら……怪しげなブラックスーツの男が署内からふらりと出てきて、こう言った。
「命が惜しけりゃ黙ってることだな」
誰が聞いても明らかな脅迫だ。私たちは無力な一般市民、そう脅されたら黙るしかない。
うちの親は犯罪組織と深く関わっているのだと、この時理解した。
学校の先生たちも私の「あまりに酷い親」については理解してくれていて、修学旅行のときや私が病気で倒れたときには色々と世話を焼いてくれた。中学に入ってすぐの林間学校でも志保ちゃんを預かってくれたし、親
が。
「秋穂さん、志保ちゃんについて話したいことがある」
林間学校のあいだ志保ちゃんを預かってくれた教頭先生が、廊下で私を呼び止めた。
「志保ちゃん、何かしちゃいましたか?」
「いいや、いい子だったとも。聞いてくれ――あの子は天才だよ。まだ三歳児だなんて信じられない。もう中学レベルの数学を理解しているんだから」
「へ? え、志保ちゃんが?」
教頭先生の話によれば、志保ちゃんは先生のお宅にある数学の問題集をスラスラと解いたのだという。
「数学の問題を理解する国語力もある。漢字を読めているんだよ、あの年で」
「へ……」
私の宿題を横から覗き込んで「ねーね、これなんて読むの」とか「これなぁに」と聞いてくる志保ちゃんに答えているけど、まさか問題を解けるほどだったとは。
「ウソでしょ……?」
あまりの衝撃によろけて二歩後退る。両手で口を覆って声を絞り出した――信じられない。まさかそんなことが?
「うっそぉ、志保ちゃん天才じゃん!! すごい、すごすぎる!」
「そう! そうとも、あの子は凄い、天才だ!」
私は志保ちゃんの能力を伸ばしてやりたい。もしここに明美ちゃんがいたなら彼女だってきっとそう願ったはず! 思考回路はめっちゃホリデー、つんくもニッコリ。
教頭先生から幼児でも通える塾のパンフレットを貰い、休み時間それに目を通す。通わせるのは和気あいあいと勉強できるらしいEC○がいいだろうか、それとも公○式とか学○みたいに自分のスピードで進められるところがいいだろうか? どのパンフレットにも「うちに通えばお子さんのためになります!」と様々なアピールポイントが列挙されていて悩ましい……。
放課後になるまでウンウン唸りながら悩んで、気がついた。
「志保ちゃんは勉強したいって思ってるんだろうか……」
私や大人の関心を引きたいから問題を解いているだけだとすれば、塾に通わせるのは志保ちゃんにとって負担だし不満だろう。逆に勉強が嫌いになるかもしれない。
先ずは志保ちゃんがどうして問題を解いたのか確かめて、志保ちゃんが勉強好きならそれから悩もう。いやぁ贅沢悩みでウキウキだわ、ぬはははー!
――塾に通って数ヶ月経たぬ間に全教科高校レベルに届いてしまった志保ちゃんをブラックスーツの連中が連れて行ってしまうなんて、その時の私は思いもしなかった。
++++
志保ちゃんが連れて行かれたのを近所のみんなと泣いて、恐れて、悔しがって……「今日はうちに泊まりなさい」と誘ってくれた隣家のおばさんの好意に甘えた。
のそのそと顔を洗って、四歳上の幼馴染に「疲れてるだろ、寝ろ」と言われるがまま布団に潜り込み目を閉じれば――私の夢の中に現れたのは奈良の大仏だった。どれがどこの大仏なのか区別がつくほど詳しくないけど、古い建物の屋根の下にいて全身に金箔がついているのは奈良の大仏だ。間違いない。
唖然と立ち尽くす私に、大仏様は言った。
「そなたは、一応とはいえ、仏教徒でしょう」
「あ、はい」
「どうして神様転生など……。神が出てきた時点で私に助けを求めてくれればまだ間に合ったものを……」
「あ、はい……はい?」
詰るようなことを言われて目を白黒させていれば、大仏様はため息を一つ吐いて話しだした。その話によれば、私の魂の所属先は仏門であり、六道を巡って修行中の身の上だったのだという。ところが海外旅行先で私が「誕生日が同じで年齢の一の桁と十の桁が逆の人」と混同されて殺されてしまったうえ、異界に飛ばされてしまった。「(いつか解脱できると)信じて(修行に)送り出した弟子が、という脳破壊展開に心砕け散りました」と言われても……。大仏様がエロネタ使っていいんですか?
「そなたが理解しやすいであろう表現を使いましたからね、分かりやすかったでしょう?――修行中の皆の様子を見ていれば自然とそういう情報が目に映り、耳に届きます。サブカルにも詳しいですよ」
「ああー……」
ああとしか言いようがなかった。
「おかげさまで必要のない知識が日々更新されていますね」
「あららー……」
人類は仏様相手に現在進行系で黒歴史を重ねている――と考えると背筋が凍えるようだ。やめてください、死んでしまいます!
ところで……そうか、私って人違いで殺されてたのか。初耳だけどコレどういうことなのかな? かな?
「話を戻しましょう。そなたが広義的には仏門であるにも関わらず、異教の神が証拠隠滅とばかりにそなたの魂を別の世界に送ってしまった。これにより、そなたの今の姿――魂の形ですので見た目の話ではないですよ、もちろん――魂の形は歪んでしまいました」
「エッ歪んだんですか!?」
「はい。例えるなら、仏門が日曜女児向けアニメ絵柄のところ、かの神はスーパー○隊シリーズなので」
「なので?」
「今のそなたは、頭はキュアなんちゃら、首から下はドキワク合体マシンです」
「キュアなんちゃらの頭をしたドキワク合体マシン!?」
残酷な幼児の
「そんな、酷い、あまりに酷すぎる……! 大仏様、なんとかならないんですか!?」
今から入れる保険はないんですか!?
「方法はあります」
「あるんですか!?」
話の展開的になさそうだなと思ってた。
「この世界観に抗うのです」
「世界観に……!?」
曰く、今私がいる世界は「人権? 国際法? 何それ美味しいの?」という世界観らしい。法が存在しているのに守られていないと聞かされた私は確信した――この世界は任侠物かマフィア物なんだなって。明美ちゃんの件でも人身売買組織と警察の癒着は明らかだし。
それも少年誌連載のヤクザ物ではなく青年誌連載と見た……フ○ブルとかウシ○マくんあたりだろう。
そんな倫理観やコンプラ意識皆無の世界観に染まらず良心を維持し、小さな善行を重ねていれば、自然とドキワク合体マシン部分がプリ○ュアに変わっていく……と大仏様は言った。
「とは言え、現にそなたの日々の行いはすでに『善い行い』です。今の気持ちを忘れず、年上を敬い友を大切にし年下を守り続けなさい」
「は、はい……!」
そして話はここで終わ……らなかった。
「次に、そなたが転生する際に受け取るはずだった『慰謝料』について話しましょう。あの神の一方的かつ非論理的な怒りにより今の世界に転生させられていることその他様々な要素から、そなたに相応しい慰謝料は……」
「慰謝料は……?」
「三十五歳になるまで、そなたは何があっても死ぬことがありません」
三十五歳のときに私は悟りを開きました。私は二十九歳から修行をして六年で悟りを開いたのですから、それよりもっと長い期間があるそなたが悟りを開けないわけがない。喜びなさい、この人生でそなたの六道巡りは終わるのです――大仏様のありがたいお言葉に私は膝から崩れ落ちた。
それまでに解脱できなければどうなるか解っているだろうな、そう
「あ、あにょ……あの、頑張ります……」
大仏様は慈愛の微笑みを浮かべ、最後に一言。
「あと、そなたのいる世界は『名探偵コナン』の世界です。宮野明美と宮野志保は原作に登場するキャラクターですから、そなたも物語に巻き込まれていくでしょう。頑張りなさい」
「へっ?」
名探偵コナンなんて小学生の時に見てたきりで、映画が盛り上がってるって噂を聞いてた程度なんですけど!? 待って、爆弾発言過ぎて反応が追いつかないから待って。
「私はいつでもそなたを見守っていますよ」
それって修行状況の監視じゃないですかヤダー! やっぱり神様転生したこと怒ってるんだ!……じゃなくて!
輪郭がぼやけていく古い建物と大仏様に両手を突き出し「待って!」と叫ぶ――
「待って待っ待っへく
「はい、何ですか?」
待ってくれるんだ!? セオリー的には待ってくれない展開だとばかり!
歪んでいた輪郭線が一気に元に戻り、胸に手を当てて安堵のため息をついた。噛みまくった舌と口の肉が痛い。
「わら、私、名探偵コナンについて詳しくないです!」
「おや……オタクは全員コナンを履修しているものとばかり思っていましたが、違うのですか」
「違いますね。私は2.5次元派なので」
舞台とドラマを吸って生きてるのが私だ。
私が小学生の時だった……姉が「バ○ラ3」の舞台に連れて行ってくれたのは。一緒に行くはずだった友達が急きょ不参加になったからチケットが余ったため、チケット代を巻き上げられたうえで連れて行かれた。
――そこで私は「リアル」に降臨したキャラクターと出会った。
お姉ちゃんがプレイしてるゲームって現実にいたの!? うそ、凄い本人だぁ! と興奮しまくった私は、舞台を見て以降、ゲームに没頭した。
姉のプレイする様子を横目に見てるだけだったからストーリーなんて全然知らなかったし、キャラクターの性格もさほど分かっていなかったが……プレイすればするほど舞台で見たストーリーが理解できるようになっていった。それが本当に楽しくて、次の年の舞台も姉にお年玉を捧げ連れて行ってもらった。
アルバイトができるようになってからは自ら抽選戦争に身を投じた。いくつかの舞台を見に行って推し俳優ができ、推しが演じるキャラクターへの解像度を高めるために原作を読んだりプレイしたり。ちなみに最推しは歌声が素敵すぎるのにファンの扱いは下手なス○たんだ。
閑話休題、つまり私は俳優ジャンル(なまもの)メインのオタクであり、舞台やドラマになってない漫画とアニメは副流煙しか吸ってない。
だから名探偵コナンについては、連載誌がサンデー元な……サ○デーで、主人公が江戸川コナン探偵さってことくらいしか覚えてなかったりする。
「そうでしたか。では軽く説明しましょう。名探偵コナンの主人公は工藤新一と言い、毒薬により幼児化させられた工藤新一の世を忍ぶ仮の名が『江戸川コナン』です」
「幼馴染の毛利蘭とじれったい両片想いをしながら殺人事件の謎を解くラブコメミステリー漫画」という説明に、そういえばそんな話だったかもしれない、と微かな記憶が蘇る。
はい、と挙手して質問した。
「でも、少年誌連載のミステリー漫画で『女の子がロリコンに売られる』とか『素晴らしい才能の持ち主の幼児が保護者と引き離されたりする』展開ってアリなんですか?」
「宮野明美が連れて行かれた先はロリコンの下ではありませんが、名探偵コナンではありふれた展開ですね」
「……えっ」
「工藤新一が追う犯罪組織『黒の組織』は宮野姉妹の両親に危険な研究をさせていました。夫妻の死後も宮野姉妹はその頭脳を受け継いでいる可能性があるからと生かされ、姉は妹の人質として監視付きの生活を、妹は親譲りの才能を利用され研究所での監禁生活を送ります」
監視付き生活と監禁生活を? 二人が?
「あの、それはいつまでですか」
「宮野明美が二十五歳の年に原作が始まりますので、十四年後ですね」
「はあ、十四年後……。そんなに長い間二人は苦しい思いをするんですか」
「そうです。そして、宮野明美は黒の組織幹部のジンに撃たれてこの世を去ります」
「撃たれてこの世を?」
「宮野志保は姉を殺されたことその他の事情により服毒しますが、幼児化して工藤新一の仲間入りを果たします」
「服毒します?????」
私は聞いた単語を繰り返すbotと化した。
あの二人が何をしたっていうんですか!?
「黒の組織の非道さを伝えるサブメインキャラですし、そういう立場は過去が重いものですよ」
うっそだろオイ……。
他にも色々と質問をして――目を覚ませば時計は夕方の5時。窓の外は少し赤みがかっている。
明美ちゃんが二十五歳のときに原作が始まるなら、そのとき私は二十六歳。悟りを開かないといけないタイムリミットまで九年の時点だ。
原作開始までの間は大悟なんて目指してる心の余裕がないだろうし、これから十年は小悟を繰り返すことを目標にしよう。小悟は「この世の真理についての気づき」を言い、この小悟体験を繰り返すことで大悟に至ることができる……と考えられている。偉いお坊さんが言ってたらしいから間違いない。
明美ちゃん、志保ちゃん、待っててね……。きっと助けてみせるから。
胸にザ☆ピ〜スを抱いて、闇に染まらず頑張るよ!
黒の組織には不死身の幹部がいる、という噂がある。コードネームはシードル。
「シェリーが見つかった……?」
バーボンとベルモット、そしてキールの三人から連絡を受け、シードルはスマホを握りしめた。
「何やってんの、主人公くんは」
突出した能力があるわけではない、ただ「絶対に怪我をしない幸運体質」により幹部の座が転がり込んできただけのシードルには手足となる部下などいないし、他の幹部連中――特にジンからは言動を疎まれている。
それでも彼女がこの組織に居座り続けるのは――
ハロプロはいいぞ……