機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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vol.1 空知らぬ雛鳥たちのバードハウス
1-1 『Escape the runway』


 胃が乾くほどの空腹を感じ、目を開ける。

 

 目を開けて一番最初に見たのは、ひび割れた天井とそこから漏れる水滴だった。

 瓦礫となって崩れ落ちてきそうな天井を眺め呆けていたが、顔に落ちてくる水滴が意識を鮮明にし、これが夢ではなく実感のある現実だと認識させた。

 

 顔を拭いながら体を起こして周囲を見渡すと部屋には自分が乗っている台の他は何もなく、地面は床と思われし物の隙間から雑草が生えており、続く壁は所々崩れて穴が開いているがそれを避けるようにツタが伸びていた。

 

 此処は一体何処なのだろうか、というよりなぜ生きているのだろうか。疑問を抱きつつ移動しようと自分が寝ていたであろう台から降りると、足の裏に草を踏みしめる感触がダイレクトに感じた。

 

 「裸足?」

 

 水滴の音だけだった部屋に少女の声はよく通った。

 自分は裸足だった、それどころか全裸であった。腕を伸ばし、顔に触れて、髪を摘まむ、そして確認する。違う、この今自覚している身体は他人の物だ。

 

 目線からして体躯は変わらない。だが浅黒かった肌は白くなり、傷が1つも残っておらず、常にベタついて土まみれていた髪は短くなり、男性だった自分の特徴はなくなってしまっていた。

 

 「……少女の体そのものだ」

 

 顔を見てみたかったが、周りに顔が映る物はなく諦めた。

 壁まで近づき、崩れた穴の奥を見ると通路のような道が見えた。理解しがたい体験をして、ジッとすることは出来ず、俺は部屋の外に出ることを決めた。

 

 屈んで崩れた穴を慎重に通る、全裸ゆえ小石1つでも擦れてしまったら痛いだろう。腕を少しでも浮かしながらやっとこさ外に出ると、薄暗い配管が巡る通路にでた。

 

 床は目が小さい格子状の鉄の床だが、所々が引きちぎられる様に反り立って割れており、壁や床下には何本もの配管や切れたコードが見え、無造作に生えようとする植物を見ると余程古びた建物なのだろう。

 

 右と左どっちも見える景色は同じ故、感覚に身を任せて左に進んだ。ペタペタと裸足で歩く、鉄の床は冷たく足裏に何か刺さるかもしれない、そんな恐怖が足元を這いまわって足を重くさせた。

 

 『待て、逆方向だ』

 「は?」

 

 部屋から出て数歩の所で女性の声が響いた。驚いた俺は後ろを振り返えって周りを見渡したが誰もいない。それでも響く様に彼女は俺に話し続けていた。

 その声の主は目に映らず、大人の声ではない少女の様だが、冷たくが落ち着いた雰囲気を感じさせた。

 

 「誰だ?」

 『……記憶障害か。それも仕方ないか』

 「お前はどこから話している?」

 

 私は、お前の中に居る。――そう彼女は言った。

 

 共に目覚めるため色々細工したが、やはり量が多かったのだろうか。両意識を維持するのを手古摺ったも良くなかったか、せめて私の事を記憶として覚えては欲しかったが。

 

 しかし、こうなってしまってはしょうがないだろう。今の君からすれば何も理解できないだろうが、私は君の記憶が戻る事を祈りつつも君との約束を果たさせてもらおう。

 

 俺を置いて彼女は一方的に喋り続けた。時折、言葉の端々が何を言っているか分からなかったが、彼女は俺の理解を超えた生体で自分の体の中で俺と共存していると説明した。

 

 もっと他に聞きたい事があったが、彼女は向かって欲しい場所があると移動を促した。だが、俺は誰かから指示されるのが嫌いで、得体が知れない者の言うことは聞きたくなかった。

 

 その場から一歩も動かず無言の抵抗を取ったが、彼女からの返事はなく冷たい鉄の床の上で幾何かの静寂を味わうことになった。

 どこからか聞こえた水滴の音が10回を超えるころ、感情の見えない声がその場に響いた。

 

 『道中答えられる事は答えよう』

 

 

 ◆

 ◆

 ◆

 ・

 ◇

 ◇

 ◇

 

 

 「何処に向かわされているんだ?」

 『この施設に残っているだろう保管室だ。君もずっと裸なのは嫌だろう?』

 

 気になった事を聞いてみると彼女は簡単に答えてくれた。そういえば、起きてから俺は裸にも関わずあまり寒さを感じない、そのせいですっかり何も着ていない事を忘れかけていた。

 道筋は時折、どっちに曲がるか言うだけで殆ど道なり進むだけで何も起こらなかった。

 

 「それはそうだけど何故裸……、というかなんで俺は少女になっているんだ」

 『何故、君がそうなったかは私にも分からない』

 「本当に?」

 『本当だ』

 

 本当だろうか、何を聞かされても信じにくいが彼女はこの状況に順応してるように見えた。ごまかしているようにも思ったが、どこか強く疑う事が出来なかった。

 いくつかの問答を繰り返しながら歩を進める、次第に通路そのものの雰囲気が変わった。格子の床から無機質な普通な床になり、整った廊下に変わったが荒廃した場所である事は変わらなかった。

 

 やっぱりここは知らない場所だ。

 例え壁や床が崩れかけていたとしても、雑草が好きに群生してるとしても、雨風凌げる場所だと言うのに人一人居ないなんてありえない。

 それにこの広さは例え地下だと仮定しても俺の知っている街にはなかった。

 

 「ここはどこなんだ?」

 『……今、君がいる場所は廃墟だ』

 「廃墟なのは雰囲気を見ればわかる」

 『そうではない、この辺り全ての領域が廃墟と呼ばれる場所なのだ』

 

 彼女はいまいち理解していない俺に分かりやすく砕いて説明してくれた。人が居なくなった都市、忘れられた物達が自然とここに集まる不思議な場所なのだと。

 

 まるで作り話みたいだと笑ったが、彼女は真面目だった。揶揄う様に俺は彼女に、人は死ぬとみんな此処に来るのかと聞くと否定された。

 此処は天国でも地獄ではなかったようだ。

 

 だとしたら何故俺は生きているのだろうか、あの雨の日に死期を感じながら意識を手放したはずだ。そこから何故女児に生まれ変わってよく分からない場所に居るんだろうか。

 

 いくつかの会話をして何となく分かったが、彼女は俺自身の事については何も答えてくれない。他の事は尋ねれば答えてくれるのだが、本当に知らないだけか、何を聞けばいいのか段々と分からなくなる。

 

 頭を悩ませながら埃と砂の混ざった通路を歩いていく。足の裏に砂やら何かがくっ付いて、地面を踏む感触が気持ち悪い。

 

 「……お前は俺の中に居るって言ったな、それに記憶障害とも言った。俺たちは初対面じゃない?」

 『そうだ、私が居た深層世界で君と出会った。そこで長い時を共に居た』

 「どれぐらい居たんだ」

 『外界と時間の進みが一緒ではないが、……約三百年程だろうか』

 

 あまりの時間の長さに理解ができなかった。じゃあ彼女が言った記憶障害とはその三百年の記憶ってことか、自分の出生が不明だが数えだして7年はあった。それの何倍もの時間をコイツと居たのか。

 

 思い出すように記憶を振り返っても何も思いだすことができない。だけど彼女が俺に接する距離感、彼女の声にどこか既視感を感じる事も考えると、デタラメだと決めつける事ができなかった。

 

 『この扉だ』

 

 呆然とした思考に耽って居たが彼女の声で呼び戻され、足を止めて横を見ると壁と変わらない凹凸のない扉があった。長方形の枠の真ん中に指も入らないだろう隙間が見えた。

 

 扉の横には黒い液晶と小さなパネルがあり、ひとつひとつのパネルには数字が書かれていた。鉄で出来た扉なんて初めて見たが、彼女が言った扉とはこれの事で合っているだろうか。

 

 「どうやって開けるんだ?」

 『横のパネルに正しい番号を打ち込むと扉が開く』

 

 数字の書かれたパネル触れるが何も動かず、液晶は真っ黒のままだ。他のパネルにも触れたり、強く押してみたが何も起こらない。

 

 「何も起きない」

 『ここはもう電気が通ってないからな、それはそうだろう』

 

 彼女に揶揄わられた事を無視して、扉そのものを触って確かめる。軽く叩くと音が小さく響き、分厚い物ではないのが分かった。

 

 結局どうやって開けるのかとを尋ねると、彼女は思いの外乱暴な手段を提示した。

 

 『君の体は特別な物だ、全力で扉を殴ってみるといい』

 「素手でこの扉を?」

 

 本気で言っているのだろうか、多少薄かったとしても数センチの鉄の扉だ。

 女児の身体で殴ってもどうにもならないと思ったが、取り合えず彼女に言われた通り全力で殴ることにした。

 

 扉に向かって左手をかざし、硬く右手の拳を握る。そのまま、大きく振りかぶって扉を殴りつけようとしたが、拳を痛めると怯えてしまい全力とも言えない勢いで扉を殴りつける形になってしまった。

 

 「……え?」

 

 それでも自分の予想とは裏腹に、通路に鈍い破壊音が鳴り響いた。右拳は無傷なままにめり込み、中央の隙間からひしゃげて扉の向こうが少し見えた。

 小さな体躯から放たれたあり得ない威力に、現実を飲み込むまで時間がかかった。

 

 『仮に力をセーブせずに殴れば扉が奥へ吹き飛んでいたな』

 

 一体この細い腕の何処にそんな力があるのだろうか。疑問に感じながらもコレならと、空いた隙間に両手を入れ引き剥がす様にこじ開ける。

 ベキベキと音を鳴らしながら、空いた隙間から部屋の中へと侵入した。

 

 部屋の中は外と比べて比較的に奇麗だった。縦に細長いロッカーが端から端まで並び、非常灯だろうか金網の反対からくすんだ明かりが、室内を薄暗く橙色に色づけていた。

 

 『手前から2番目のロッカーを開けてくれ』

 

 彼女から言われた所に近づく、他と同じ3本のスリットと鍵穴がある普通のロッカーだ。窪んだ引手に指をひっかけて開けようとするが、やはり鍵が閉まっているようだ。

 どうせ鍵はないと分かっているから彼女に聞くまでもなく、指先に力を入れて力尽くで扉を開ける。先ほどと比べたら軽い破壊音と共に扉が丁番ごと外れた。

 

 ロッカーの中には灰色の衣服達と、十字の切り込みの入ったフルフェイスのマスクが置かれていた。

 適当な場所へ扉を投げ捨てその布地に触る、少し冷たくてツルツルとしてて光沢がない、植物を使った物ではない事が分かったが初めて見る材質だった。

 

 「これを着ればいいのか?」

 『……一人で着られるか?』

 「無理だと言ったら着させてくれるのか?」

 『私は助言する事しかできない』

 

 そりゃそうだろうなと思いながら衣服に手を伸ばし、一人で黙々と着替えることになった。

 

 

 ◆

 ◆

 ◆

 ・

 ◇

 ◇

 ◇

 

 

 ノースリーブのインナーに踝まであるズボン、膝下まで裾があるパーカーや着けても鬱陶しくない手袋。

 全部が白を基調としており、謎に底が厚い靴も白に近かった。

 銀とも鼠色とも言えない服を、何とか着終わって思った。この見知らぬ少女の体よりも、服の方がひと回り大きい。

 最後にマスクを着けたが、見た目と装着したときの視界が合っていない。あまりにも視界が広すぎる、着けてないのと変わらない装着感と視界の広さに謎を感じた。

 

 「この装備は一体何なんだ?」

 

 彼女がこの部屋まで誘導した以上、これらが何故作られてここに置かれているか知っているはずだ。

 もし、あの話が本当なら、俺と彼女はほぼ同時にこの廃墟に目覚めたはずだ。

 

 『これらは私を作った製作者が同時期に作った物だ』

 「お前と同時期に?じゃあ、この身体はお前の体って事か?」

 『私に体は必要ない。……推測だが、製作者は私に身体が必要だと思ったのだろう』

 『――詰まる所、私の為に作られたが、私の体ではないと言う事だ』

 

 何処か彼女の話が理解しづらかったが、この装備の疑問が解けた。だけど、彼女が言った”私を作った”が気になった。その言い方はまるで、自分そのものが物であるようで。

 

 「お前は一体、……何なんだ?」

 『……君が理解できるように説明するのが難しいな』

 

 少し間が空いて、話し始めた彼女の言葉は、何処か苦しそうだった。続きを待つように黙っていたが、外の通路から物音が聞こえた。

 初めは小さな音であったが淡々と同じ間隔で音が聞こえ、次第に大きくなっていく。

 耳を澄ますと、この部屋に近づいてきている事が分かった。人だろうか、急な出現で体が強張り、近づいてくる音が聞くことしかできなかった。

 

 『偶然付近に居た警備ロボットが先ほどの音に気付いたのか』

 『……警備、ロボット?』

 

 入口に何者かの影が差す、こじ開けた扉の先に姿が見えた。

 銃を携えたメタルボディに成人した大人程の大きさ、本来顔があるべき所は青いパネルが張られてあるだけであり、人の形を取った機械人形――ソレを見て俺はそう感じた。

 

 「□□□!、□□□□――」

 

 部屋の中央に居た俺が見えたのだろう、彼は突然ヘンテコな音で鳴きだし銃をこちらに向けた。

 背筋に這う悪寒が俺を突き抜け、体は反射的に動き出した。

 出来るはずだ、出来るはずだ、と心で何度も唱えながら、彼が発砲するよりも地面を蹴った。彼が目前まで近づき、機械で出来た体の中央を全力で拳を振りぬいた。

 

 さっきもあった鉄がめり込む感覚と共に、殴られた機体は部屋の反対側に吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなった。青く光っていた顔は事が切れたかの様に消えてしまっていた。

 

 一瞬の事だったが心臓は強く脈打ち、軽く息が切れた。撃たれると思った恐怖が今になってやってきて、もう動かない彼から目が離せなかった。

 

 『此処から移動しよう、集まってくるぞ』

 「……分かった」

 

 興奮と恐怖でフリーズしていた頭が彼女の声のおかげで帰ってこれた。今の気分だと彼女がすごく頼もしく感じる。地面に落ちている銃を拾って、行き先を尋ねる。

 

 「どこに向かえばいい?」

 『この施設を抜け、ミレニアムの郊内に向かおう』

 「ミレニアム?」

 『来た道の反対側に向かって、左に行ってくれ』

 

 彼女が向かおうとしてる場所が気になったが、道すがらにでも聞くとしよう。

 靴の先で地面を叩いて足裏の感触を確かめる、さっきは弾かれた様な加速をしたが、足は何ともなかった。――ちゃんとした靴はいいな、しっかりと地面を掴んでる感覚がある。

 

 ゆっくりと走り出して、次第に加速していく、楽な速度を維持して走るがちょっと前の自分より遥かに早い。

 今までの自分とは違うという全能感と、先の興奮も相まって気分が高揚してくる。今なら、生きていて良かったと思えるだろうか。

 

 『その先通路が崩れている、迂回するか?』

 「いや、踏破する」

 

 崩れて穴の様になった通路を寸での所で踏み切って跳躍する、着地と同時にまた走り出して後方を確認すると、それなりに大きな穴だったのが分かった。このペースだと15分程で外に出られるそうだ。彼女は一言喋ってから案内を始めた。

 

 

 ◆

 ◆

 ◆

 ・

 ◇

 ◇

 ◇

 

 

 「さっき言っていたミレニアムってのは何なんだ?」

 『説明するにはまず、キヴォトスがどういう場所か話さないといけない』

 

 キヴォトス――それは数千とある学園が集合した学園都市であり、学園に所属している生徒がそれぞれ運営している。

 政治、外交、行政、殆どの事柄は生徒たちが行っており、キヴォトスに住んでいるのは大半が生徒である。無論、他の人々も居るが職種について働くのが殆どだろう。

 

 「……子供だけで何とかなる物なのか?」

 『ただの少女たちではないからな、彼女たちは外の人間と比べて実態が不明瞭だ』

 

 まずひとつ、彼女たちはとても頑丈だ。物理的なエネルギーを受けにくく、強い衝撃を受けたとしても気絶するのが関の山だ。

 それに、例え負傷したとしても数日もあれば殆どが癒え、死ぬ事は滅多にないだろう。

 

 「ほんとにただの少女なのか?」

 『神秘的であろう?』

 「……怖いくらいにね」

 『それ故か、幼い精神性を持ち合わせながら、めったに傷を作らない彼女たちは過激だ』

 「過激?」

 『キヴォトスでは銃火器による小競り合いが日常茶飯事なのだ。お世辞にも治安が良いとは言えない、外に出れば鳥の鳴き声よりも銃声の方が耳にするだろうな』

 

 彼女の軽口を聞きながら弾丸が飛び交う日常を想像したが、場所が変わっても治安が良い場所なんてないのかと思っただけだった。

 

 『話を戻そう、ミレニアムというのは数千の学園の内の1つだ。私たちが今居る廃墟は、そのミレニアムの郊外であり住民が誰も住んでいない所なのだ』

 「なるほど?だから今は誰もいないのか」

 『それもあるだろうが、この廃墟と言われる場所は禁止区域にされてる故、入ってくる人が誰も居ないのだ』

 

 禁止区域?と聞き返すと彼女は先ほど出会ったロボットを例に挙げた。この廃墟には何故か動いている武装したロボットが無数に徘徊しているのだと言う。

 段々と目を覚ました場所が、ろくでもない場所だと思い始める。今のこの身体の怪力なら多少の荒事は屁でもないだろうが、銃を撃った事も撃たれたこともない。

 そんな危なっかしい所に行きたいかと思えば行きたくはない。痛いの嫌だし凍えるのも嫌いだ、だけど空腹をずっと感じ続けるのはもっと嫌いなんだ。

 

 だから結局、危険に身を晒してまで食料を見つけないといけない。

 理由も、原因も分からないけど生き返ってしまったんだ。生に執着してるわけじゃないけど、犬死なんてしたくない。

 

 知らない施設を走り続けるが、奥まで来たのか月明りがなくなってしまい、向こう正面が殆ど見えなくなってしまった。走る速度を落として歩くように進むが、数歩進んだあたりで完全に闇の中に居た。

 

 「おい、本当にこの先に行くのか?」

 『そうだが、どうかしたのか?』

 「いや、何も見えないから進みにくいだけだ」

 

 今まで通った道と変わらないのなら大丈夫なはずだ。壁に手を当てながら慎重に進んでいく、先が崩れていない事を祈るが、先ほどの速度と比べて遅い進みに煩わしさを感じた。

 

 『――そうか、なら一度目を閉じろ』

 「……暗所に目が慣れたとしてもこの暗さじゃ」

 『気にするな、2秒程閉じてみろ』

 

 言われたとおりに目を瞑り、心の中で2秒数えてから目を開いた。

 本当にその一瞬だけ目を瞑っただけだった。さっきまでは伸ばした手の先が、見えないほどの暗闇に居たにもかかわらず。今見えている視界は昼間の様に明るく鮮明に映っていた。

 

 「どういうことだ?」

 『私の力で視界を補助しているだけだ。これなら大丈夫だろう』

 

 どうやったんだ、何て疑問すら投げかける気にはならなかった。どうせ説明してくれたとしても分からないだろう。

 こんな事出来るなら初めからやって欲しかったと、小さく呟きならまた走り出す。

 

 『この先の扉を開いて、上に登ってくれ』

 「上へ?」

 

 錆ついた扉のノブを無理やり回して扉を開く、その先にはパイプを手すりにした階段があった。

 上に登るための階段しかなく、ぐるぐると急な階段を駆け上がっていく。

 どこまで登ればいいか分からなかったが、道中何もなく結局一番上の段まで登った。

 すぐ近くの扉に手をかけて開けようとしたが、錆のせいなのかドアノブが回っても全く扉は動かなかった。

 ノブを捻りながらドアを強く押し引きしてみるが、反対側から抑えつけているような抵抗を感じた。

 

 どうするか、少し考えこむと彼女は別の道から登る事を勧めてきた。

 だけどそれは面倒だった、ハイスピードで階段を駆け上がったから良かったものの、何十も折り返して登ってきた階段を下りて、別の道に行くのは嫌だった。

 

 反対側がどうなっているか分からないが、力尽くで蹴破る事にした。扉から助走を付けられる程の距離を取って、地面を全力で疾走し、そのまま扉へ飛び蹴りをかました。

 

 「――ゥオオッ!」

 

 鉄が凹む音と瓦礫の砕ける音がよく響いた。

 扉が動いた感触と共に外に投げ出される。スローに感じた宙には、腕の太さ程の岩や破片が飛び交っていた。

 地面を転がりながら着地し、周囲を見渡すと随分と雰囲気が変わった。

 

 吹き抜けた広い空洞だが前方に巨大なトンネルがあり、その先は緩やかに上り坂になっていた。

 

 『このトンネルを抜ければいよいよ外に出られるぞ』

 「やっとか」

 

 蹴り破った扉から風が吹いて強く背中を押してくる。周りの塵や砂が舞い上がってしまうが、マスクのおかげで目や口には何ともない。

 キヴォトスに出るのは気乗りしないが、お腹が空いているんださっさと行こう。

 

 

 

 ――そうやって動き出した途端、全身が凍ったかの様に緊張し、理解できぬ不安感が襲った。

 俺はこの感覚を知っている、あの貧民街のスラムで頻繁に襲われていた頃。その時に勝手に身に着けたこの直観。

 この不安から逃げなければ、自分の身が危ないと。

 

 「――――ッ」

 

 その直感に身を任せ前方に身を投げる様に飛び出す、と同時に頭上から()()は降ってきた。

 けたたましい轟音と悲鳴にも聞こえる鉄が擦れる音。地面が揺れて何もかもが喧しく、砂煙が薄くなった頃にそいつの姿が見えた。

 

 『ッコイツは――』

 

 簡単に子供一人は潰せそうな太さの4つ足に、白い装甲をつけた関節と胴体。ギリギリと唸るような音と共にその巨体を蠢いた。

 

 恐らく、俺はそいつの正面に居るのだろう。顔にも見える3個のライトが自分に向いているからだ。

 そして逆光を浴びる中で、恐ろしい物が目に入った。ライトを挟むよう両サイドに3つの砲塔が連なっていた。

 

 過去、貧民街で見た事があった。大きさはもっと小さかったが、改造されて貧相な車に引っ付けられていた。

 しかし、過去を思い出す暇もなく、駆動音と鳴らしながら6つの砲身は回りだした。

 

 『避けろ!』

 

 危険を感じ駆け出すのと同時に彼女が声を上げた。

 発泡音と共に、さっきまで自分が居た地面に火花が散った。いくつもの弾丸が撃ち込まれたと思えば、地面で光る火花は俺の方へと追ってきた。

 

 回り続ける銃身を中心に、横へ回避し続ける。幸い、奴の旋回速度より俺のほうが速い。

 このまま出てきた階段に逃げ込もうと思ったが、いつの間にか扉のあった場所は、瓦礫の山に塞がれてしまっていた。

 

 「……クソッ、さっきの振動で!」

 『出口までは遠くない、全力で逃走するなら5分もかからない』

 

 こんなデカブツ壊せるわけが無い。不意に発射音が止まった、弾を打ち尽くした砲身は赤く灼熱しているのが暗いこの空間でもよく見えた。

 

 銃撃が途切れたと分かるや否や、逃げる方向を折り返して巨大なトンネルに入っていく。

 得体の知れない彼との逃走劇が始まった。

 

 

 

 

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