機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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誤差報告と感想、感謝します。


5-1 『Star drops』

 

 雲一つなく空気が澄んでいる夜だ。

 窓辺で夜風にあたり、いつもより綺麗に見える夜空の端を眺めながら、まだ冷たいままのジュースを口に付ける。

 

 甘いのに後味がスッキリとしているリンゴジュースはとても飲みやすく、基本的にコレばっかり飲んでいた。

 

 このまま一人で静かに落ち着いて夜空を眺めたかったが、この部屋には何故か二人の少女が居た。

 

 モエとコユキだ。モエがここに来て二週間がたち、彼女たちはだいぶ打ち解けるようになった。

 

 「ふっふっふ何回やっても同じです。……ほらどうです?」

 「……うっそでしょ」

 

 モエは渡したノートパソコンを返してもらうと、食い入るように画面を見つめた。

 片手で持ちながら器用にキーボードを操作し、しばらくすると長い息を吐きながらコユキを疑惑の目で見つめた。

 

 「本当に?実は私が暗号化している所を後ろから見てたんじゃないの?」

 「失礼ですね!分かるものは分かるんです!」

 

 立ち上がって腕を振りながらコユキは抗議するが、モエはそれでも信じられないような顔をしていた。

 もう数時間前からだ、ああやってコユキの特異能力を聞いたモエが試しにやりだしたのだが、何回も強固なロックを築いても一瞬で解かれ、熱くなってずっと続けているのだ。

 

 どんな暗号も解けることは出会った時から知っていた。だが俺にはその力がどれほど凄いのか、いまいち理解できていない。

 

 『私が何度か説明した筈なのだが……、シュトリヒの様子を見れば何となくで理解できるか?』

 

 いつも飄々としているモエが熱くなっているのを見れば先生の言う通りだろう。

 だが、そこまで凄い力であるなら俺と出会う前から、金を盗むなりして悪さをしている筈だ。

 

 『君が思っている彼女の力の詳細は分からないが、言ってしまえば彼女の力はどのような金庫も鍵を()()()()()()()なのだ』

 

 先生にそこまで言われて少し理解する。足が付いてしまうのか、あの日も確かにヘルメット団の奴らに追われていたな。

 借金抱えて逃げているのだと思っていたが、実際の所盗んだ後で追われていたって事もありえそうだ。

 

 このまま放置していれば朝までやり続けても可笑しくない、彼女たちも自分の部屋があるのだから態々この場所にいる必要がないだろう。

 

 「お前ら自室に戻って寝ろ、何で俺の部屋にいるんだ」

 

 再びパソコンに向き合って作業を始めたモエと、スマホをいじりだしたコユキに出ていけと告げる。

 

 二人はお互いに顔見合わせると、困ったような表情をして言葉に悩んでいた。それでも先に言葉を選んだのはコユキの方だった。

 

 「まぁ、1人で部屋に居ても暇じゃないですか」

 「……まあ、私もそんなトコ」

 

 つまり理由がないって事だろう、……あと少しすれば夜が明ける。

 

 俺たちは夕方から深夜の間に活動する事が多い、昼夜逆転の生活をしているため日が昇るころに皆就寝する。だから、俺の部屋でうたた寝する前に帰ってくれ。

 

 「……あっ、リーダー甘い物好きでしたよね。最近トリニティであるお菓子が話題なんですよ」

 「俺の話聞いてたか?」

 

 見え透いた話題切り替えを許す気もなかったが、机を挟んで反対側で作業をしていたモエもその話題に便乗した。

 

 「あ~何か知ってるかも、アレでしょ”星の雫”」

 「そう!それです!聞いた話でしか知らないんですよ」

 

 何故かモエは知っているらしいが、俺には聞いたことのないお菓子だった。名前からしてそもそも食べ物の気配がしない。

 

 手に持っていたリンゴジュースを空にして、部屋の隅に投げ捨てる。コユキが俺の事を睨んだような気がしたが気に留めなかった。

 

 モエはキーボードから手を離し、思い出すように話し始めた。

 

「お菓子そのものは砂糖や水飴を使った干菓子なんだけど、透かして見れば裏側がくっきり見えるほど透明で綺麗だって」

「砂糖と水飴って事は飴ですかね?」

「食べた事ないから分からないけど、多分それに近いと思うよ」

 

 ”星の雫”そう聞いて俺は夜空を見上げた。限りなく遠くで光るあの星々。その雫だと比喩されるお菓子とは、一体どんな物なのだろうか。

 

 だがモエ曰く、普通に売っているのではなく予約制でしか販売しておらず。今注文すると一年以上待つ事になるらしい。

 普段から飴を舐めているモエが詳しいのも納得だ。

 

 「別に絶対に食べたいってわけでもないし、それで諦めたんだよね」

 「来年って予約してた事すら忘れちゃいそうですけど。……あっ、リーダー!」

 

 ソファから起き上がりバタバタとゴミを飛び越えて俺の元へと寄ってくる。何かと思えば、コユキはそのまま携帯の画面を俺に見せるように向けた。

 

 気になって見てみると、確かにモエが言うように、濁りの無い透明な群青色の中に光が通っている事が分かる。

 お菓子なのではなく宝石だと言えば信じてしまいそうな存在感。

 

 想像出来なかった物をいざ写真で目にすると、どんな味か気になった。

 砂糖から作られるのなら甘い事は分かる。しかし、甘いだけではなく他の何かがあるのだろう。

 

 どんな味なのだろうかと考え込んでいると、思っていた以上に長くスマホを見ていたのか、コユキが話を切り出した事で思考から離れた。

 

 「気になるのなら、次はこれを盗りに行きません?」

 「……星の雫を?」

 「はい、一年も待ってられませんから」

 

 彼女の言う通り盗んでしまえば何年待ちだろうと関係ない。いつも現金や重火器、軍事兵器しか狙っていなかったが、たまには金になる様な物じゃなくても良いんじゃないだろうか。

 

 奥に居るモエを一瞥すると右手でサムズアップを返される。まあ、彼女の好物であろうし乗り気だろう。

 

 工場施設や銀行とは違い、ただの和菓子を売る販売店なら危険も少なく失敗することもないだろう。

 

 「……次は星の雫を盗みに行くか」

 「はい!決まりですね!」

 

 そういうとコユキは楽し気に笑う。その場で振り返ると、目の前で括った二つの桃色の髪の毛が揺れた。

 

 実行するなら明日の深夜に向かうことにする。それまでに準備をしてくれよ。

 モエもコユキも軽く返事を返して部屋から出ていく。それを見送ってから窓の外へ顔を向けると、背中から彼女たちの声が聞こえた。

 

 「おやすみなさい、リーダー!」

 「おやすみ~」

 

 手を挙げて返すと扉が閉められる。騒がしく感じていた部屋が途端に静かに感じた。耳を澄ますと彼女たちが各々の自室に戻る足取りが分かった。

 

 見上げるとやはり今夜の夜空は一段と空気が澄んでいて綺麗に見える。

 まだ明るくなる前の小さな星を見つめていると、星の雫とは一体何なのか、不思議とおかしな名前だと思った。

 

 『眠らないのか?』

 「……眠くないんだよ」

 

 窓枠に足をかけて建物の外へと飛び出し、アジトの屋上へとワイヤーを使って着地する。これも自分の手足のように馴染んできたものだ。

 

 遠くを見ると、ほんの僅かに青くなった夜空の端が見えた。

 

 結局、これまで何度か寝ようと試みたが精神的な疲労が少し取れただけで、睡眠と呼べるまで深く意識が落ちる事は一度も出来なかった。

 

 何が悪いのだろうか、昔の様に無理矢理でも訪れる眠気があれば、それを切っ掛けに寝ることが出来る気がするのだが、それが無くなってしまったこの体じゃ寝る方法が分からない。

 

 「まあ、どうせ今夜寝ることは無かったと思うけど」

 『何故?』

 

 彼女たちの前だった手前、コユキに押されて次の獲物を星の雫にしたが、あそこでコユキが話を続けなかったとしても俺は既に決めていた。

 

 今回はお菓子だからってのもあるのだろう、何せ今まで消し去りたい空腹感や、実利的な物で判断してきた。

 だが、コユキやモエと出会ってまだ長くは無いが、彼女たちと過ごしていて少し考えが変わった。

 

 いや、考え方が増えたと思った方が適切だ。まだ俺はこの考え方や気持ちを素直に受け入れられていない。

 

 自分の知らない未知の物への好奇心、それを確かめたい。

 

 「先生」

 『なんだ』

 

 

 

 「トリニティって何処だ?」

 

 

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 

 日が出て明るくなる前に到着したい、そのため地上よりも高い位置を滑走していた。全力を出して移動するのは久しぶりの事だった。

 

 『その先の橋を越えればトリニティの領地内だ』

 「分かった」

 

 視線の先に映った大きな橋を目掛けて弾丸の様に跳びだす。高度を上げると視界が開けたが、思っていた以上に川そのものが大きく、そのまま下降してブリッジの真下にまで高度を下げた。

 

 川に着水する前にワイヤーをブリッジに打ち込み、水面の縁をなぞるように移動する。

 調子に乗って振り子の様にワイヤーに振られたら、片足を川に突っ込んでしまい水しぶきが上がった。

 

 「……濡れた」

 

 だが、この速度で移動を続けていれば風に当てられすぐに乾くだろう。

 

 川岸にぶつかる前に弾みをつけて再び高度を上げて街中へと入っていく。そうして建物の上を高速で移動すること数十分、周囲の景観が変わったのが分かり人気のない道へと足を着けた。

 

 トリニティは綺麗に整えられた、調和のある街並みだった。

 殆どの建物の高さや装飾のデザインが統一されており、石やレンガを多用しているように見えるが、額縁やガラスなどの装飾で派手な雰囲気を感じる。

 

 建物たちに挟まれる石畳の道も、汚れや傷を見れば長く使われている様に分かるが、街の雰囲気に溶け込むような落ち着いた印象を持っていた。

 

 その街道に沿うように設置されたガス灯はまだ灯っており、照らされたその下は味のある一つの空間となっている。

 

 ミレニアムの高層建築がひしめき合い、整えられた街並みとは打って変わり。

 統一された雰囲気に煌びやかで、暖かな印象を与えるこの街の景観は、俺にとって()()()()()()()()()とよく酷似していた。

 

 マスクの下で顔が反射的に顰めてしまう。俺が居た町とこのキヴォトスは全くの無関係な筈だ。それでも、この風景は俺の過去を簡単に思いださせる程似てしまっていた。

 

 『どうかしたか?』

 「……いや、一人で来てよかったと思っただけだ」

 

 弾むように浮足立っていた感情が、着て早々に出鼻を挫かれた。本当に一人で来てよかった、あの二人に見られて気取られでもしたら、少しいたたまれない。

 

 飛ぶように宙を駆けてきた足が、鉛でも詰められたかのように重くなった。それでもゆっくりと踏み出して周囲の探索を始める。

 足元に点々と設置された格子蓋の排水路、どんな細道にも伸びている石畳、目に映る光景の端々が締め付けるような頭痛となって意識を圧迫する。

 

 『大丈夫か?ユウリ』

 

 無意識に何かから逃げる様に細道に入り壁に手を付いた。息をゆっくり吸って吐く、ただの深呼吸で段々と痛みが引いてだいぶ楽になってくる。

 

 非日常的な日々を過ごしていたせいか、あの町の記憶と感覚を忘れていた。

 この先何度もトリニティには来る事になる、一々過去の記憶とのギャップに悩まされていたらキリがない。

 

 「――――あの、……大丈夫ですか?」

 

 突然の人の声に驚き顔を上げる。淡いターコイズ色と白のセーラー服に、胸元に黄色いリボンをつけた生徒がいつの間にか目の前に居た。

 

 周囲の光景と記憶に気を取られ全く気がつかず、三歩詰めれば手が届く距離まで接近を許してしまっていた。

 

 『制服に書かれている校章、トリニティの生徒だ』

 

 彼女の佇まいを見ていれば、高貴さと育ちの良さを見て取れる。しかし、人の見えないこの細道で、見ず知らずの不審者に声を掛けるのはお人よしが過ぎる。

 

 大丈夫だと言って早く立ち去ろうと思ったが、彼女が肩から掛けている鞄からはみ出した銃口が見えた。

 制服の色と全く同じカラーリングの自動小銃が鞄に無理矢理入っている。

 

 それが俺の目に入った。それだけだった、乱雑に鞄に突っ込んだその銃と彼女との距離感が、普段なら火種にもならない警戒心を生み出し、気づけば俺の方から距離を詰め右手を顔に押し当てて居た。

 

 「ーー!?」

 

 声を挙げる事すら許されず、彼女の頭をそのまま押し倒すように地面に叩きつけた。これから明るくなろうとする静かな明朝の下で、酷く生々しい肉と石畳の音が鳴った。

 

 顔から手を離し警戒しながら様子を見ると、地面に打ち付けた衝撃で彼女は気絶した様だった。深く息を吐くと、先ほどまであった頭痛がいつの間にか消え、段々と冷静に戻ってくる。

 

 手を出した後では遅いが、少し余裕がなかったとは言え短絡的だったとは思う、だからと言って同情はしないが不運な出来事だった。

 

 『落ち着いたか?』

 「……ああ、もう大丈夫だ」

 

 しかし、俺の問題は落ち着いたが、目の前に新しい問題が生まれた。彼女を放って置きたい所だが姿を見られ手まで出してしまった以上、目が覚めてしまえば騒ぎになるだろう。

 

 カラスとして俺の事を知らない可能性もあるが、トリニティの風紀委員まで話が伝わってしまえば周囲に警備網が敷かれてしまう。

 

 これから星の雫を盗みに行く身としては何とかしたく、適当に縛りあげて何処か遠くに捨てたいが、手持ちに縛るものが何もない。

 

 どうするべきか頭を悩ませている間にも空は明るくなっていく、何とかしないと他の生徒に見つかってしまう。早くこの場から消えなければ。

 

 …………結局の所、俺の情報さえ通達されなければ良いのだ。ならばいっそ彼女の事をこーー

 

 『ユウリ、提案がある』

 「何?」

 『彼女の身ぐるみを剥いで着替えろ、サイズが少し大きいが着れないことはない』

 

 先生の案を頭の中で砕いて考えると、素直に名案だとは思った。

 トリニティのマッピングや探索を人目につかないように隠れる必要がなくなる。しかし、肝心の俺の情報の伝達を阻止することが出来ないのではないだろうか。

 

 『裸のまま放置すれば不審者として拘留される。彼女の話なんて聞いてもらえないだろう』

 「……そうするか」

 

 意識のない彼女の体を起こし服を脱がす、彼女が使っていた鞄も使わせてもらう。マスクを外すのは少し嫌だが、今後も変装する事もあると考えれば慣れた方が良いだろう。

 

 鞄をひっくり返し中身を纏めて外に吐き出させ、彼女の銃だけを俺の中へ回収する。

 彼女の荷物の代わりに空いた鞄に自分の服を詰める。かさばる物がガントレットしかなく鞄の中の余白が余った。

 

 キヴォトスの生徒たちは体は頑丈だが、熱や寒さには強いのだろうか。そんな疑問を考えながら、この場からそそくさと離れる。

 

 声を掛けただけで、突然叩き伏せられ、身ぐるみを剥され、挙句の果てに露出魔として捕まる彼女の事を思うと涙も出なかった。

 

 『だいぶ学生らしくなったのではないか?』

 「……不自然に見えなければいい」

 

 コユキとモエはいつもこんなの履いてんのか、股下の寒さに耐えながら着慣れないスカートを揺らし建物の細道から出る。

 今がそういう時間帯なのか大通りには、多くの生徒たちが同じ方向に向かって歩いていた。

 

 お淑やかに談笑しながら歩き上品に立ち振る舞う様は、まるでお屋敷から出てきた御令嬢のようだ。

 俺にあのような高尚な振る舞いは流石に出来ない。あの雰囲気の中に入ってしまえば、周囲との違和感で俺の存在が浮いてしまうだろう。

 

 『案外行けるかもしないぞ、試しにやってみたらどうだ?』

 「……ごきげんよう、本日はお日柄もよろしくて?」

 『……』

 

 先生に無言を言い返されたのが分かった。

 お嬢様の言葉遣いなんか知るわけもない、二度と使わないと心に決めた。

 

 学生がごったがえすこの道に長居したくなく、お嬢様方の人の川から早々と脱出する。

 抜け出すとすぐに、朝から働こうとする大人たちの流れに変わり、トリニティ郊内をぶらぶらと練り歩く。

 

 明らかに生徒の数が減ったが、それでも居ないわけではなく。時折、店先のテラスでお茶を飲んでいる姿をよく見かけた。

 

 街の景観、人の過ごした方、どこからか漂う紅茶の香り。意識しないようにしても、やはり俺の過ごしていた街にそっくりだと思ってしまう。

 

 あの頃は人の目についてしまうと、碌でもない事ばかりで道の中央なんて歩けなかった。

 まぁ、今も昔も道の端っこを歩くのは変わらないが、あの頃より顔を上げて歩けるのは少し嬉しかった。

 

 まだ目覚めたばかりの街、その中をゆっくりと進むと、ある建物が目に入り自然と足を止めた。

 

「……教会」

 

 街の造りが似ているのだから、その地の文化も似ているのだろうか。

 ここは俺にとって良い思い出がある場所ではない。

 だが、少なからず世話になっていた。拾われた孤児が集まって生活するあの環境が、はっきりと覚えている物の限りでは最も古い記憶だ。

 

 特段何が変わった所があるわけでもなく。再び足を踏み出そうとした瞬間、正面の扉が開こうとする音が聞こえた。

 

 反射的に塀の壁へと張り付き、出てこようとする人から見えないように体を隠す。

 

『何故隠れる?』

「……何となくだよ」

 

 出てきたのは一人のシスターだった。全身を黒い装いで身を包み、頭に白いウィンプルをつけているが、ここのシスターは晒すように髪を外に出していた。

 

 道に出ようとするなら道を少し引き返そうと考えたが、シスターはそのまま教会の裏へと回った。

 

 安堵の息を静かに吐き、また扉が開く前に門の前を走り通り過ぎる。

 

 やましい事など何も無いが、教会という場所が俺に居心地の悪さを与え、それから逃げるようにその場から立ち去った。

 

 教会とシスターが苦手なのは、死んでも治らないらしい。

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 

 周りの建物と比べ高く聳え立つ時計塔の短針が三時を過ぎた頃、俺は見つけた公園のベンチでクレープを食べていた。

 

 「甘い」

 『……それは良かった』

 

 焼きたてのクレープ生地に挟まれた、バナナとチョコスプレー。そしてたっぷりと塗られたカスタード、一口に詰め込むように頬張って噛み締めると、口の中に濃厚な甘さと香ばしさが広がった。

 

 暖かでパリパリした生地の上に、溶けたチョコスプレーとカスタードが混ざり合い、口の中で終わりが見えない甘味と進化する。

 それをバナナの滑らかな甘さと風味が挟まることで、より甘く重厚感のある一品へと仕上がる。

 

 そう、それでもまだ甘いのだ。チョコとカスタードクリームという甘党しか喜ばないようなこの組み合わせは、果物一つ挟んだところで何ともならない。

 だけど、それでもいいと思う、だって美味しいのだから。

 

『口元にまで付いているぞ』

「知ってる」

 

 半日ほど掛かったがトリニティ郊内の探索は粗方終わった。

 朝の一件の事も尾を引いておらず、問題は何も起こらなかったし、トリニティは散策しやすい道の造りをしていた。

 

 どこも空気が綺麗でゴミなんて全然落ちてなく、路地裏に落書きの一つもない所を見ると、かなり治安が良いところじゃないだろうか。どっかの町とは大違いだ。

 

 『星の雫を販売している店の方は行かないのか?』

 「これ食べ終わったら向かう、行って、雰囲気みて、盗んで、逃げるだけ」

 

 だがその前に、空腹で食事を取ってからではないと気が乗らないのだ。

 

 口の周りに付いたクリームを指で拭き取り、最後の一口を飲み込んだ。かなり胃に重たそうな味だったが、あっという間に食べ終わってしまった。

 

 『……ユウリが言う”これ”とは、そこに置かれている大量のクレープの事か?』

 「そうだよ」

 

 クレープを包んでいた紙を公園に備え付けられたゴミ箱に投げ入れ、一番近くにあったビニール袋から新たにクレープを取り出す。

 

 その袋の周りには同じような大袋が大量に並べられており、先ほどから食べ進めていくつか消化したのだが半分も減っていない。

 

 発端は偶然通りかかった公園でキッチンカーなる物を見つけ、買おうと店前まで来たのは良かったがメニューが読めず、先生に聞くよりも早く注文を聞かれ「全部」と言ってしまったせいなのだが。

 

 『キッチンカーの中が昼時の食堂みたいになっていたぞ』

 「……?」

 『店主が嬉しい悲鳴を挙げながら焼いていたぞ』

 「嬉しそうで良かったんじゃない?」

 

 次のクレープはホイップクリームとフルーツの物らしい、先ほどと比べるとあっさりとしており瞬く間に手の内からクレープが消えた。

 

 包み紙を丸めゴミ箱へと投げ入れる。俺二人入れそうなほど大きいのだが、箱の半分まで丸めた包み紙で埋め尽くされていた。

 

 『……まぁ、このペースなら小一時間程か』

 

 黙々とクレープを食べながら公園の風景を眺める。

 中池の噴水の流れやその涼し気な水の音を聴いていると、園内はとても静かで散歩する年寄りぐらいしかいなかった筈だが、トリニティの生徒を少しずつ見かける様になった。

 

 最初はただ公園を通り道に使っているだけだと思っていたが、何度も多くやってくる生徒たちが気になり、彼女たちを見てみると目的はキッチンカーである事が分かった。

 

 しかし、不思議な事に皆キッチンカーに訪れるも、何も買わずしょげた顔ひっさげて公園を出ていくのだ。

 店前には完売と書かれた立て看板も置かれている。一体、どうしたのだろうか?

 

 ……まあ、原因は俺だろう。

 しかし、あのクレープ屋がもっと材料をこさえとけば良かった話だ。ただ注文して買った俺は何も悪くない。

 

 『あの注文の仕方では仮にあったとしても完売にはなるぞ』

 「じゃあしょうがないな」

 

 一部生徒が俺の事を遠目から睨んで出ていくが、俺より早く来て買えば良かった話だ。気にせずクレープを食べている内に、彼女たちの事は視界にも入らなくなった。

 

 これは……、シナモンとリンゴだろうか。甘くもピリッとした香りとリンゴがとても合っていて、買ったクレープが残り半分を超えた今、その食べてきた中で一番美味しいと思った。

 

 もう一つ同じクレープがないかと思っていたその時、キッチンカーの方から誰かが俺の方に近づいて来るのが分かった。

 

 「そこの貴方、私達クレープを買い占めた生徒を探しているのですけど、ご存じないかしら?」

 

 顔を向ければ居るのは四人組のトリニティの生徒、ここの生徒なら態々向かって絡んでこないと思っていたが、それは甘い考えだったらしい。

 

 「知らないね。悪いが他の人に聞いてくれ」

 「あのミリオンクレープの店員が、貴方を指さして仰っていましたけど?」

 「なら店員の勘違いだな」

 

 言葉の端に怒気を感じるが適当にあしらい、まだ開けていない袋に手を向けるが、彼女たちの影が俺の足元へと伸びるのが見えた。

 

 顎を引いたまま視線を上げれば、ベンチに座る俺を取り囲むように距離を詰められた。

 まだ銃口は向けられていないが、彼女たちの手には各々の銃が握られている。

 

 俺に話しかけてきた奴は一見、顔は明るいが瞑られた目が笑っていない。その取り巻きは最早、表情を隠そうともしていない。

 

 このタイプの人間は総じて嫌いだ。高貴な身であるが故に遠回しに話したり、自分の恥を晒さぬよう言外に物事を進めようとする。その陰湿で醜悪な言動は、生まれた時からずっと嫌いなんだ。

 

 「であれば、寮から近くもない所までやって来た私達に、そこの余りあるクレープを少し分けて頂けませんか?」

 「嫌だね」

 

 間も開けずに返した俺の言葉に、この場の雰囲気はより張り詰めた物になった。

 

 「もちろん無償でとは言いません。買われた時と同じ金額をお渡ししますので」

 「嫌だ」

 

 誰かが小さく舌打ちをした。静かに聞こえる衣擦れの音、取り巻きの生徒たちが銃を俺に向ける。

 

 「……心優しそうな貴方にお願いしているのです。多少、色をつけーー」

 「帰れブルジョワ共、ここにあるのは全て俺のだ」

 

 そう言って袋から適当に一つ取り出し、目の前で見せつける様に食べてみせる。

 彼女の顔が苛立ちでひくついたのが分かった。

 

 「何よコイツ!、私達が下手に出れば調子に乗って!」

 「先輩の顔を立てる事も出来ないのかしら、年功序列という言葉をご存じではない?」

 

 俺の嘲罵一つで彼女たちの緒が切れたのか、周りから騒々しい罵声が飛んできた。

 顔を赤くして怒鳴り散らす姿は、先ほどまであった優雅さとはかけ離れたものだった。

 

 引き金に掛けた指が怒りで今にでも引かれそうな状況だが、目の前の彼女は肩を震わすだけ。

 顔はつつけば崩れそうな表情をしているが、彼女のプライドが寸での所で怒りを抑え、自分の品格を落とすまいとしている。

 

 静かに一呼吸おいて怒りを飲み込むと、彼女は俺に向かってゆっくりと口を開いた。

 

 「……いいですか、私たちも寄ってたかって後輩を虐めたい訳ではーー」

 「黙って帰れ、……おまえら全員口が茶葉くせえ、口の中で葉っぱでも育てているのか?」

 「ーーぁああッ!!もう我慢なりませんッ!!今ここで、貴方に上下関係というものを教えてあげます!」

 

 彼女が持っていたストックが翻り天を向いた。振り下ろしてストックで殴打するつもりか。

 

 向かってくる銃に手を合わせ掴み取ろうと手を合わせる、だが俺は視界の外から伸びる黒袖の腕に気がつかなかった。

 

 狭くもないこの公園の片隅、数あるベンチの一つ、その傍で生々しい骨の音を聞いた。

 

「――――!??」

 

 驚いたのは俺だけではなく、彼女たちもそうだった。

 目の前の背中を見て理解する。誰かが俺を庇うように間に割って入ったのだ。……余計な真似をされた。

 その人の顔を拝んでやりたかったが、こちらからでは黒い制服しか見えない。

 

 白く淡い雰囲気のある制服とは違う、生地の殆どが黒く僅かに赤色が添えられただけの制服。しかし制服のデザイン、様式はトリニティの物と全く同じだ。

 

 「……けけ、けけけけけけけけ!!!」

 「なっ、何よコイツ!正義実現委員会!?」

 

 正義実現委員会、あのカスはそう言った様に聞こえた。トリニティ独自の組織だろうか、彼女を一目見ただけで奴らは俺から離れていく。

 

 項垂れているかの様な猫背の様な前傾姿勢、だらりと脱力した腕と彼女の長い髪が地面に向かって垂れている。

 腰元からは刺々しく切り刻まれた黒い翼が左右へ伸びており、その佇まいは常人の雰囲気ではなく、背後に居る俺にまで感じる不気味な圧力があった。

 

 「きひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 ……化け物みたいな声出してるが大丈夫か?

 俺は庇われたのではなく、人の形をした野生動物に絡まれたんじゃないだろうか。

 

 「先輩っ!、コイツは……正義実現委員会のあの一年生です!」

 「正実の一年?……もしかしてあの噂の"怪物"!?」

 「……耳にした事がありますわ。強盗を追いかける為だけに、民家の壁を何枚も突き破ったとか」

 

小声で何やら不穏な話をしているが、しっかりと俺には聞こえる。

 衝突した車を大破させ無傷だとか、やれ人が缶のように捻り潰されたとか。

 その不気味な声を聞いたら、他の誰か五人にも聞かせないと呪われるだとか。

 

 話を聞いてるだけで事実無根だと思えたが、自分と言う例を顧みれば、本当かどうか分からない所はあった。

 

 勝手に怯え始める彼女たちは、リーダー格の生徒に身を寄せると腕を引き、逃げるべきだと説得している。

 

 彼女自身も腰が引けてるが、怒りとプライドで逃げ出したくは無いのだろう。

 

 「ーーチッ、……此処は帰りましょう。こんな下らない事で正実と揉めたくありません」

 「ギャッ、ギッギギ…………」

「貴方、もう平穏な学園生活を送れると思わない事ね」

 「関係ねぇな」

 

 彼女は俺に向かって捨て台詞を残し、尻尾を巻くように公園を出て行った。

 残念だがトリニティに所属してる訳でもない俺からすれば、学園生活なぞ本当に関係のない話だ。

 

 誰も居なくなってしまった公園は、ついさっきまでと比べ一段と静かに感じた。元々静かだったが、今は目の前の彼女を除いて人っ子一人も居ない。

 

 いつの間にかキッチンカーも消えており、俺が揉め事を起こしたから逃げたのか、それとも目前に居る彼女のせいなのか。

  

 「…………キキッ」

 

 彼女はゆっくりと振り返り、俺と目が合うと動きを止めた。

 そのまま互いに微動だにせず俺は彼女を警戒したが、少しして喉奥からは掠れた鳴き声の様なものが聞こえ、目は辺りを無差別にみる様にぎょろぎょろと動かし始めた。

 

 何が彼女の琴線に触れたか分からないが、壊れた人形のような挙動不審な動きは、人を怖がらせるには十分な程おぞましい雰囲気を放っていた。

 

 「ギャッ……、ギギッ……、……気をつけた方がいい」

 

 お前喋れるのか、思わずそう言いかけた。何故か目線が明後日を向いているが、それでも彼女は話を続ける。

 

 「初等部の生徒にしては……、度胸はあるが……、無暗に喧嘩を売るべきじゃない」

 「……突然割って入った奴が説教を垂れるな。俺の事を庇ったつもりか?」

 

 俺の物言いが不思議に感じたのか、彼女は首をかくかくとブリキ人形の様に動かした。

 俺はベンチに座り直しクレープを食べるのを再開しようと、袋から新しいクレープを取り出す。

 

 「あの程度のカス共なら俺一人で何とかなる。お前が邪魔しなければ今頃、奴らは噴水のモニュメントだった」

 「……危ないことはあまり、しないほうがいい。……怪我をする所だった」

 「何処が」

 

 急にしっかりと喋り出したと思えば、俺への心配の小言で面倒くさくなり、クレープに齧り付いて考えるのやめた。

 俺が黙って食べている間、彼女は帰るんじゃないかと思っていたが、何故か俺の事を凝視しており一言も喋らない。非常に食べづらく、手に持っていたクレープを全部飲み込み、余りある袖で口を拭った。

 

 「そこに居られると食べ難いんだが?感謝も謝罪もしないから消えてくれ」

 「……家まで送る、さっきの奴らが戻ってくる可能性がある」

 「要らない」

 

 これから強盗しようと思ってた矢先にまたこれか、一つ解決すればまた問題が起きる。

 

 彼女は化け物みたいな風貌でかなり目立つし、正義実現委員会とかいうトリニティの治安組織、しかも送ると言われても変装している身であって此処に住所なんてない。

 

 彼女の傍に居て良いことが何一つない。気絶させて逃げるべきか考えたが、カス共が話していた噂が本当なら戦闘はしたくない。

 

 咀嚼しながら彼女に迷惑だと睨むが、右往左往動く眼球には一度も視線が合わず、いくら言っても聞かなさそうだ。

 

 どこかで彼女を撒ければいいのだが、どうにかならないだろうか。

 

 「じゃあもう好きにしろよ。……後、ほらっ」

 

 自分の分を出す時に、ついででもう一つ手に取って彼女に投げ渡す。

 何を投げられたか流石に分かったのか、握りつぶすような事はなく簡単に片手でキャッチした。

 

 「勝手に庇って怪我されたままなのも気分が悪い」

 「……いいのか?」

 「それでチャラって事な」

 

 彼女は掴み取ったクレープをマジマジと見つめると、また化け物みたいな笑みを浮かべ、そのまま俺の隣へと腰を下ろした。

 困惑した、ベンチが二つ余っているというのに何故隣に座るのだろうか。味も分からなくなりそうな彼女の隣を逃げ、すぐさま間隔を空けて座りなおした。

 

 「……くひひ」

 

 本人は何も気にしていないのか、俺から貰ったクレープの包みを剥すと、恐る恐る口をつけた。

 

 「……あ、あの……凄く美味しいです」

 「――ぶッ!?」

 

 突然、纏う雰囲気と声色が変わり、表情すら別人かと思う程人が変わった。

 驚いた俺は気管に入った生クリームで咽た。

 

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