機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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6-1 『where there's Karasu there's Toki』

 

 pipipipipipipi――――

 

 高速で鳴り続ける電子音が私の浅い眠りから起こす。寝起きの微睡みなんて暇は無く、すぐに体を起こしてベッドから降りた。

 

 鳴り続ける音は小さなものだが、ベッドとロッカーの2つしかないこの部屋にはよく響いた。

 壁に付けられた液晶へ触れると音が止む。画面に映る文字を確認すると社長からのコール(呼び出し)だった。

 

 いえ、社長と呼ぶとまた怒られてしまいますね。

 

 「んぅ、眠い……」

 

 ロッカーから制服を取り出し肌着から着替え始める。学生服らしくない無骨な物ですが、此処で働く生徒は私しか居ないため我が儘は言えません。

 

 白いシャツに着直して、紺色を基調としたの制服に袖を通した。支給された制服の中には動きやすそうなズボンもあったが、私はそれを使っていなかった。

 

 その代わりに膝丈程のスカートを履いている。色も浮かないように制服に合わせたお陰か、注意された事は今のところない。

 

 「銃は……恐らく要りませんね」

 

 バイザーを取りだして耳から掛けるように着ける。姿見で軽く身だしなみを整えて自分の姿を見ると、秘密結社のエージェントみたいで頬が緩んだ。

 

 「ふふっ、良いですね」

 

 部屋を出ると空調の冷たさが身体を包んだ。いつものひんやりとした空気感が私の脳を。

 私は少し寒いと思うのだが此処のトップが少々暑がりで、私の部屋以外の場所は全て少し冷えている。

 

 行き先は近い、この長い通路の奥だ。何かあった時にすぐ駆けつけられる場所にと、社長室の近くの部屋で私生活を過ごしている。

 

 通路には誰も居ないせいか私の足音が鮮明に聞こえる。セキュリティだらけで窓ひとつないこの通路と、こつこつと進む足音に通気口の奥から響く空調の音。

 これが、私の変わらない日々の風景だ。

 

 この施設はかなりの大きさを有しているが、ほとんどの区画はAIによる自動制御で警備されている。だから他の方と会う事はまずなかった。

 

 一応、私兵も常駐しているらしいのだが、渡される仕事の事もあって関わる事もない。単独での潜入や情報工作、指名された目標の排除。それが私の主な任務。

 

 扉の横にある液晶を触れると、スピーカーのノイズが鳴と共に「入れ」と扉が開いた。

 

 「お呼びでしょうか、ドクター」

 

 暗い執務室の机に寄り掛かり、手に持ったタブレットから目を離そうともしない男性に頭を下げて挨拶する。

 

 細身のボディの上に草臥れたシャツ、皺だらけの寄れたジャケットを()()着ていた。もう10日程は風呂に入っていない筈だ。

 

 マッドでサイエンスな雰囲気を感じるが、彼こそが私の雇い主でもあるドクターと呼ばれ、このエンペラー社グループの代表取締役でもある()()()だった。

 

 虚ろな藍色の光がこちらを向く、何をも感じさせないその表情を見て少し体が委縮する。

 

 彼は他の大人たちと違って表情が乏しく、自分の研究や開発以外に余り興味がない。

 突然の無茶ぶりで、お抱えの私兵が何人かクビになったという話を聞いたことがある。

 

 「……仕事だ。トキ」

 

 彼が持っていたタブレットの映像が宙に浮かび上がり、私に見せるように拡大し部屋の中央に鎮座した。こういった細かい所に謎の技術力が垣間見える。

 

 空中に映し出される映像が薄暗い部屋を僅かに明るくさせた。

 

 「カイザーに送った工作員を使って依頼をかけた。数日中にカラス共が此処に来る。一任する、捕らえろ」

 

 ドクターが指先を動かすたびに、文字と画像が下から上へと流れる。色々尋ねたいことはあったが、情報を見逃すと後で困るので見る事に集中した。

 

 先月、突如現れブラックマーケットを中心に各地強盗を働く三人組。

 正確にはリーダーの名前だが、今キヴォトスで話になる時は"カラスの一味"や"カラス達"と呼ぶため"カラス"という言葉そのものがその三人組を指す名前となった。

 

 「警備の増員も視野に入れてよろしいですか?」

 「構わない。それと、もし此処の施設の記録を見られていた場合は確実に消せ」

 

 殺人、ドクターは淡々と言うがキヴォトスで殺人がどんなに重いか知らないはずが無い。もちろん私も、その罪の重さは知っている。

 

 知っていて私はこの仕事から抜けられずにいる。

 

 映像が消され部屋の明かりが減って薄暗くなる。

 用件を話終えたのか、ドクターは私に背を向けて机に置かれた書類を手に取った。

 

 そこに何が書かれているかは分からない。小さく打ち震えるように言葉を吐き出した。

 

 「ああ、だが出来る事なら、リーダーの生徒だけは生け捕りが良い」

 

 彼は今どんな表情をしているのだろうか。

 その声はまるで、おもちゃを嬉々として強請る幼子の興奮でありながら、大人が女性に向ける劣情の様に気味が悪かった。

 

 柔肌を撫でるような声色のせいで顔に嫌悪感が募る。顔に出てはいないだろうか?

 

 「……了解致しました」

 

 返事をその場に言い残して部屋を出ようと思ったが、彼と私の約束の事が頭を過り気になってしまって尋ねた。

 

 「私の……、()()の件……、……どうなりましたか?」

 

 どんだけ気持ち悪くとも、この件だけは彼の機嫌を損ねたくなかった。

 

 興奮で震えていた体が止まり、首だけを回して顔を私に向けた。

 藍色に染まるどんよりした光りが彼の表情を僅かに照らす。そこに見えたのは何処までも無機質な大人の顔だった。

 

 「いい頃合いだろう。……成果次第で援助してやる」

 「ッ!、ありがとうございます!」

 

 ドクターのその一言は、私の胸を静かに跳ねさせるには十分だった。

 その勢いのまま深く頭を下げ、浮足立った気持ちをのまま部屋を後にする。

 

 ――また、学生として学園に戻れる。戻れるのだ、あの普通の学園生活へ。

 

 元居た学園には戻れないだろうけど、また学校に通う事が出来る。私はその為に、この1年をドクターの下で過ごしたのだ。

 

 であるならば、差し当たって然るべき脅威を、何としてでも乗り越えなくてはいけない。

 

 例え非道と思える手段や方法だとしても、私はまた学園生活を送りたい。

 

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 その少女は顔を明るくして部屋を出て行った。彼女にとってその知らせはとても大切なものなのだろう。

 

 扉が閉まると机に並ぶ書類から一枚手に取りを顔に寄せる。その内容を斜め読みすると、音を立てて長い息を吐いた。

 

 「……若いな、少なからずもこの業界で経験しているだろうに」

 

 スピーカーから部屋に入室を知らせる電子音がなる。部屋の扉が再び開きを顔を向ければ、入ってきたのは青色の装甲で固めた兵士の一人だった。

 

 「今そこで見たことない表情をした副隊長殿を見かけましたが?」

 「何、復学をチラつかせただけだ」

 

「それまあ、人が悪い」とそいつは鼻で笑った。見ていて気持ちがいい表情じゃなかった。

 それに釣られるようにドクターも笑う。この部屋に善良な大人は居ないようだ。

 

 「考えれば分かると思うんですがね。都合のいい人材を安々手放すわけ無いと、彼女は仕事をこなし過ぎた」

 「盲目になるほど彼女は真剣だと言うことだ。俺は答える気がないがな」

 

 先の会話のからして胡散臭いと思っていたが、やはり都合よく使う為だけに彼女を煽った。

 恐らくこの感じなら、この変態は何度もそうやって人を動かしているのだろう。

 

 彼からは罪悪感のようなものは感じることが出来ない。

 騙す事に慣れ躊躇がないというタイプではない、ただ他人がどうなろうとも関心が無いのだ。

 

 俺には分かる。こういった人種を俺は、何人もあの町で見てきたのだから。

 

 「それに俺がどうしたって、彼女の罪はgzッ!――……」

 

 机に乗せていた足を振り上げ、傍にあったノートパソコンへと振り下ろした。

 

 画面か真っ二つに割れキーボードが押されたまま返ってこない。音声がノイズに変化したまま止まる事はなく不気味な音を挙げる。

 

 それをコユキを挟んだ反対側で見ていたモエも悲鳴を挙げた。

 

 「ちょっおおおおおおお!私のパソコンなんですけど!!」

 「んで、あそこが()()()侵入する施設だな?」

 「あーー、はい……そうですね」

 

 もう、意味はないのだろうが慌ててパソコンに近づき、モエが触れようとした瞬間に完全停止した。

 命尽きる所を目の当たりにしたモエは、顔を落として項垂れたが、慰める奴は誰もいなかった。

 

 「しかしエンペラー社への潜入ですか、ゲヘナの密売以来の縁がですね」

 「そうだな、……何してるんだ。シュトリヒさっさと行くぞ、奴らの警備が強化される前に()()を済ませるぞ」

 

 モエとコユキの二人係でハッキングした監視カメラの映像はもう流れない。

 

 これは俺達のもとに来た初めての依頼。

 人の指示で動くのは好きじゃない。しかし、受ける事となった発端はコユキとモエだった。

 

 

 

 「暇です」

 

 唐突に呟いたコユキの一言で、閉じていた薄目を開く。部屋には当たり前のように、モエとコユキが居座っていた。

 俺と同じくモエも反応していたが、すぐに眼の前のノートパソコンへと意識が逸れた。

 

 「暇です、暇です、暇ぁぁぁああぁぁああなんですけど!」

 「騒がしい」

 

 バタつかせる足がソファを叩き、コユキを中心に埃が部屋に舞うように飛び交う。

 電灯に照らされた埃が、パラパラと床に落ちているゴミの上に落ちるが見えた。

 

 次第に駄々を捏ねる動きは激しさを増し、狭まいソファから滑り落ちる。間抜けな悲鳴とゴミの動く音が同時になった。

 

 「何がしたいんだお前は」

 「面白そうな事です」

 「……どこかに出かけたいのか?」

 

 金にあまり困らなくなった今。無理にする必要もないが、強盗がしたいのかと問うと彼女は首を横に振った。

 

 「少し飽きちゃったんですよねー」

 「一人でカジノ行ってくればいいだろ」

 「負けすぎてて、……今はちょっと」

 

 面倒くさくなった俺は「じゃあ寝ろ」とコユキを切り捨て、ハンモックの上で寝返りをうつ。

 見上げると天井で光る電灯の周りには、まだ小さな埃が舞っていた。

 

 見捨てられたコユキがし枯れた声で叫びだし、今度はゴミの上で駄々をこね始めた。

 

 いつか収まるだろうと思い構わず放置したが、拍子抜けにもモエの一声がすぐにそう騒音を止めた。

 

 「なら、依頼でも受ける?」

 「依頼って何ですかっ!?」

 

 食い気味で反応するコユキに続いて、俺もどういう意味かと身体を再び起こす。

 

 モエは俺たちの反応を見て、待ってましたと言わんばかりの表情で話し始める。

 

 「ほら、近辺の襲った銀行や企業たちは、ほとぼりが冷めてないでしょ?だから、暇になると思ってリーダーの名前で簡単なサイトを作ったんだよね」

 「俺聞いてないぞ」

 

 聞く必要があるのかとモエは肩をすくめた。俺も彼女の真似をするように肩をすくめた。

 

 「もういくつか来てるんだけど、ついさっき面白そうな依頼来たんだよね」

 「……内容は?」

 

 彼女の面白そうは、俺やコユキの面白そうとはひと味違う。

 簡単な物であってくれと静かに願ったが、告げられたのは確かに()()()好きそうな物だった。

 

 「兵器開発施設の機密情報の奪取と、兵器の確保か破壊だって」

 「――ッ!、良いじゃないですか!そう言うのを待ってたんですよ」

 

 ツボだったのか、意気揚々にモエのパソコンへと向かっていった。ゴミ床の上を四つん這いで颯爽に進む姿は小動物みたいだった。

 

 「勘弁してくれ、絶対に面倒だろ」

 「え〜〜良いじゃないですか、私達なら余裕ですよヨユー」

 

 余裕と彼女は言うが、俺たちの盗みが穏やかに終わった事は一度もない。いつも最終的には窃盗から強盗へと代わっている。

 

 戦闘になった時、前線は俺の一人のため、一番割を食うのは俺のため不満も積もる。

 

 前回だって、一人黙ってダミーの金庫に手をつけたせいで警報が鳴り戦闘になった。

 俺たちが気づいていないと思って、独り占めする気だったらしいが、潜入する前にダミーがあることは事前に話していた。

 

 「2人が見逃してると思ったんですよぉ……」

 「一人だけ良い思いをしようとしたのが裏目に出てたね」

 「そもそも人の話を聞かないのが悪い」

 

 モエもこうは言っているがコユキと同じく常習犯だ。

 

 前々回はコユキがセキュリティを解除するっていう話だったはずなのに、入口を爆薬で開けたせいで、もはや普通の強盗する羽目になった。

 

 何なら作戦の段取りを考えていた段階で、爆薬を使う話は出ていなかった。何故かいつの間にか設置して、現着して早々に爆発したのだ。

 

 「くひひっ、アレは設置の手軽さは良かったけど、ちょっと火力が微妙だったね」

 「その微妙な火力に私たちは吹き飛んだ訳ですけど」

 「俺は気づいてたから離れてたぞ」

 

 「何で教えてくれなかったんですかー!?」とコユキは叫ぶが、モエが堂々と設置するものだから、そういう段取りだと思ったのだ。

 

 こうやって二人が問題を起こすせいで、いつもヴァルキューレやらマーケットガードやらPMCやらが出張ってくるのだ。

 

 コユキもモエも足を引っ張るだけではなく、使えない訳じゃない。

 しかし、銃撃戦になるとモエは頭数にならないし、コユキは道を開くタイプではなく場を抑えるタイプ、逃げながら応戦するとなると必然的に俺が前に出ないといけない。

 

 何故か最近は戦闘員が駆けつけるまでも時間も早く、装備を固めてるやつが多くなった。

 そんな中で、いつも矢面に立つ俺を労わって欲しいものだ。

 

 「「……でもこの前一人でトリニティに行ったじゃん」」

 「まだ言ってんのか」

 

 口を揃えて二人が言う、その様子にもう飽き飽きしてきた所なのだが、二人は未だに俺が置いて行った事を引き合いに出してくる。

 あとゴミを床に捨てていたせいで、俺が数をちょろまかしているのがバレた。

 

 「あと最近ヴァルキューレや、マーケットガードが装備を厚くしたのはリーダーのせいですよ」

 

 モエの言う通りではあるが、先日のトリニティの一件が思っていた以上に大事だったのか、あれを契機に俺は連邦生徒会なる所から公的に指名手配へとなった。

 

 「もうキヴォトスじゃ有名人だもんねー」

 

 元々お尋ね者だったので変わらないのではと思っていたが、捕まった時の処罰が段違いに重いらしい。

 言っても生徒は基本的に停学、例外が出ても退学処置で終わる事が多いのだとか。

 

 勿論、罰金やら何やらもしっかり付いてくるが、懲役だとか終身刑などが無いのは正直甘いのではと思った。

 

 まあ日々の積み重ねではあるが、自業自得でありしょうがないと割り切ってる部分はある。

 それでも何処に行っても悪目立ちするようになってしまったのは気が重くなる。

 

 素顔が割れていないのが幸いだが、外出する際はもう普段の服装から変える必要はあるだろう。

 向かう先々でサイレン鳴らされちゃ、静かに飯も食えない。

 

 俺の周りで二人がキャッキャと騒ぐ、黙って聞いてれば永遠にごねられると思い渋々折れる事にした。

 

 「あー分かった分かった、依頼受けたいんだろ?受ければいいさ、何かあってもフォローしないし」

 「おっ本当ですか!なら早速連絡を取りまぶぇっ!?」

 

 わざと言ってるのか、都合の良い所しか聞いてないのか、ムカつく顔にチョップすると額に入った。

 

 「あんた達仲いいね」

 「……俺の気が変わらない内に準備しろ」

 

 コユキに依頼人との詳細と報酬を詰めてもらい、モエは行き先である施設を調べてもらう様に指示を出す。

 俺は少しでも体を休めるべくハンモックに体を沈めるが、休めたのはハッキング出来たと起こされるまでの短い間だけだった。

 

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 モエがこれ以上は近づけないと言って車を道路の脇に止めた。窓の外を見ればまだ市街地の中だが、その先に目的のエンペラーの第一研究開発所があった。

 

 周りの建物と間隔を離し孤立するように建てられているせいか、距離もあって少し建物が小さく見える。

 しかし実際は施設棟が2つあり、施設の端から端まで4キロとかなり大きいらしい。

 

 フェンスで囲むように大きく区切られており、出入口が車両用入構口のしかなく1つしかない。入口を超えた先も道路の様な道が見えるが、地形が平坦で開けているため視界が良く通った。

 

 「フェンスの脇を越えても駄目そうだな」

 「今調べてるけど死角があるように見えないし、セキュリティを落とさないと無理じゃない?」

 

 コユキと一緒に外を見ていたが、車内にキーボードの音が聞こえ振り向くと、モエが膝の上でノートパソコンを開いていた。

 どうやら予備のパソコンを持ってきたらしい。

 

 「じゃあ――」

 「外部から切り離されてるから、中からじゃないとハッキングは無理だね」

 「……侵入するためにハッキングを――」

 「無理だから、……はいコレ」

 

 何故か俺への当たりが冷たいモエは、俺の方を見向きもせず何かを投げた。

 咄嗟に飛んできた物を掴み見てみると、横にいたコユキが「usbメモリ?」と考え込むがこれが何か分からないようだった。

 

 「ソレを施設の警備システムに挿してきて」

 

 モエの突き放す様な態度に指さしてコユキを見ると、彼女も困ったような顔して俺の脇腹を肘で突いた。

 コユキからも暗に謝ったほうがいいと、言われているような気がして車内の居心地が悪かった。

 

 確かに思わず壊してしまったけど、予備があるなら怒る必要ないじゃないか?

 

 『不貞腐れる女性が一番怖いぞ』

 

 先生までもアチラ側に付いてしまい、味方は誰もいないようだった。

 何かを言ってやるべきかと思ったが、すらりと言葉が喉元から出ることもなく、俺は逃げるように車の外へと飛び出た。

 

 「ちょっ!リーダー!?」

 

 コユキの悲痛な叫びが聞こえたが、モエを慰める仕事は彼女に押し付けた。

 

 別に1台パソコンを壊した所で気を立てる事無いだろ、と思う感情と彼女の気に障る事をしてしまった。という負い目が責ぎ合う。

 

 自分の中で答えは分かっているにも関わらず、それが大きい塊になって詰まって言い淀んでしまう。

 

 近くにあったビルの上から研究所を見つめる。

 考え無しに出てきてしまったが、セキュリティに引っかからず侵入する方法はあるだろうか。

 

 『……ユウリ、後でもいいから彼女に――』

 「待ってくれ、今必死に潜入方法を考えてる」

 

 いくら頭を捻った所で良案が思いつくとは思ってはいないが、追い討ちのように説教は聞きたくなかった。

 

 あの雰囲気の車内には戻りたくないと、施設の広い土地を観ていると1台のエンジン音が聞こえた。

 俺たちの車じゃ無いよなと見てみれば、市街地から施設に向かう大型のトラックが走っている。

 

 それは研究所の入口に停まると運転手が降り、詰所の大人が受付をしている。

 俺はアレコレ考えるのを辞めて、眼の前のトラックへと向かう。俺は意地でも謝りたくないと、いつの間にか考えが纏まってしまっていた。

 

 「入構証は?」

 「ホラ、これでいいか?」

 

 トラックの後方に静かに着地する。運転手と受付の人間が会話している内に、トラックの下へと潜り込み車体の下にしがみつく。

 

 投げやりだが俺の中にはこの方法しかもう思いつかなかった。

 やがてトラックは動き出し、俺はじっと動かずバレぬよう祈るだけた。

 

 やがてトラックはフェンスの内側に入り敷地の中を移動する。気づかれぬようにと、ジッと息を殺して行先を見守る。

 

 頭上は常にアスファルトの地面が通っており、一歩間違えればすりおろされてしまいそうな程に近い。

 

 落ちてしまわないように注意しながら手でフードを抑える。トラックが軽く揺れる度に肝が冷えた。

 

 『このままいくと搬入口に着くとカメラに囲まれて、トラックの下から出られなくなるぞ』

 「……先生の力で何とかならないか?」

 『2秒程度なら』

 

 2秒、その具体的な数字を聞いて落胆するほど少ないとは思わなかったが、一体何が出来るのだろうかと考える程には頼りなかった。

 

 そうこう考えようとしている内に、トラックはカーテンシャッターを超えて何処かの施設に入る。俺から見える視界は足元のみだが、運転席から降りた奴以外に人は見えなかった。

 

 何か無いかと逆さまで狭い視界の中で周囲を見渡すと、部屋の隅そのさらに天井に排気口のような物が見えた。

 

 「先生、あそこは?」

 『……排煙口か良いんじゃないか?発報を止める事なら私でも出来る』

 

 運転手の足が視界から消え荷台に上がったのだと分かると、車体から手を離して静かに地面に降りる。

 

 『君が出た瞬間からカメラも止めるぞ』

 

 なら今すぐにでも出るべきだろう。地面に手を付いた状態から駆け出し排煙口へと向かう、天井まで少し高いが近くにあったボンベを踏み台にして飛び上がる。

 

 目の前で排煙口の入り口の板が半回転し、空いた空間へ手を差し込んで体を持ち上げた。ダクト内へと上がるのと同時に締まると視界が暗闇で黒く染まるが、すぐに視界が明るくなり鮮明に見えるようになった。

 

 「はぁ、……セーフか?」

 『発報もされていない、一先ずは大丈夫だろう』

 

 一息ついてダクト内を屈みながら移動する。本当は這って進みたかったが、ダクト内は所々に飛び出たボルトや鉄板などがあり、引っ掛かりそうな物が多かった。

 

 「セキュリティルームは何処だ?」

 『……もう少し話を聞いてから出るべきだったな』

 

 先生は致し方ないと今いる建物の3階にあると教えてくれた。排煙口も繋がっているらしく、ダクト内を途中で逸れれば部屋の中まで行けるらしい。

 

 そいうえば俺は連絡を取る手段を持たずに出てしまった為、セキュリティを外したとしても外の二人は気づくのだろうか。

 

 『それを差し込めば、彼女たちは自発的に気づく』

 「そうか」

 

 何を渡されたか分からないがこれはそういった物らしい。

 

 ダクトの中はゆっくりと進めば良いだけのほぼ一本道で、楽だなと思っていたが突然目の前が行き止まりで詰まった。

 だが、すぐに察して上を見ると、恐らく屋上まで続くよう垂直にダクトが伸びていた。

 

 目的の部屋は3階、壁を背にしながら反対側の壁を足で支え、少しずつ壁を擦るように登れば行けない事はない。

 しかし、多少時間が掛かるのと滑らした時に落下すると思い、ワイヤーを一番上のダクトの天井へと打ち込んだ。

 

 ダクト内に空気が噴き出たかのような射出音が一度響き、これ以上は音が出ないようにとゆっくりとワイヤーを巻き上げ登っていく。

 

 「……3階、これか」

 

 2つ目に見えた横へと続くダクトに足をかけてから、残っていたワイヤーを先端を引き抜いてから巻き取る。

 こういった細かい使い方も何日と使っていると、意識せずとも使いこなせるようになった。

 

 先生の案内のもと、セキュリティルームを目指すが3階に上がってからはかなり長かった。

 施設そのものが大きいため当たり前なのだが、特に変化もない狭くただ真っすぐ伸びるダクトの中は、自分がどれだけ進んだかも分かりにくいうえ体感時間が長く感じる。

 

 そうやって意識が緩み始めた頃、キヴォトスに来るよりもかなり前、昔にもダクトの中に入った事を思い出した。

 

 追いつかれると思い隠れようとして、廃屋だった建物の通気口によじ登り室内へと入った。慌てて登ったせいで短い通気口から転がり落ちてヘドロまみれになったのだ。

 

 逃げ切った後ドブで洗い流そうにも中々落ちないし、ドブはドブで臭いしであまり楽しい思い出ではなかった。

 

 『その左のダクトの先がセキュリティルームだ。……ユウリ?聞こえているか?』

 「……ああ、此処か」

 

 少し戻って左に進む、注意不足になっていた俺を先生が軽く咎めた。

 確かに、今になって思い出す必要もないな。この先の足元にヘドロがあるわけもないだろう。

 

 『人は居ないようだ』

 

 向かおうとしていた先で床が開く同時に、青白い光がダクトの中を薄く明るくさせる。

 

 ただ俺の視界は元より暗いところなんて無く、入ってきた光を認識するためか、明かりのある今の方が周囲の薄暗さを感じる。

 

 先生が開けてくれたのだろう、排煙口へ近づき部屋に頭を覗いてから、くるりと中へと飛び降りた。

 

 「居ないとは思ってたが何故だ?」

 

 「施設のほぼ全てが機械警備によるものだからな、管理者の好みだとは思うがな」

 

 好んで機械たちに警備を任せるのかと、先生の話を聞いて思う。単純に人の滞在する警備の方が安全だと思うのだが、しかし言うても俺は科学や機械に詳しい訳では無い。

 

 きっとキヴォトスには想像つかないような物があるのだろう。そう思いながら部屋の奥に目をやると、壁一面を覆うような数のモニターが並んでいた。

 

 近づいて観てみれば映っているのはこの施設のものだ。何秒かおきに映像が転々と切り替わり、施設外から通路やどこかの部屋などが映し出される。

 

 ……確かに施設の大きさに対して人が少ない。だが、その代わりにドローンが飛んでいたり、区画ごとにセキュリティの体制が違うようだ。

 

 『ユウリ、人が戻ってくる前に彼女から貰ったものを』

 「ああ」

 

 スティック状の機械を取り出し、出っ張っている方を刺すのだろうと持ち替えるが、正面にあるモニターと機械を見て思った。

 

 「これ何処に刺すんだ?」

 『そのデスクの足元にある機械だ、背面側に穴があるはずだ。そう……それだ、コードは抜くなよ』

 

 先生の指示に言われるまま手を動かす、機械の背面には何かの差込み口が大量にあり、適当に刺そうとしたら止められた。

 

 似たような穴の形状が多く、最終的に先生に一つ一つ合ってるかどうかを聞く形になった。幸にも5回目で正解を引いた。

 

 向きを合わせて力みすぎて壊れないよう、気をつけながら差し込むと綺麗にはまる。

 

 「これで合ってるよな?」

 

 デスクの下から這い出て立ち上がる。モニターを見るとカメラの映像の上に、先ほどまでなかったウィンドウがいくつも生まれており、何かを読み込もうとしているのかくるくると印が回っている。

 

 その様子をしばらく見ていると、無線を点けたようなノイズがスピーカーから聞こえ、それに続いて聞き覚えのある声が流れた。

 

 「もしもし~、リーダー聞こえてます~?」

 

 緊張を感じられない癪に障りそうな声がセキュリティルームに小さく響く、……コユキの声だった。

 

 「ああ、聞こえるぞ」

 

 デスクの上にあったスタンド式のマイクを手に取り、返答しようとマイクに向かって喋った。

 

 『マイクが起動していないぞ』

 「……」

 

 俺はデスクの上にあったスタンド式のマイクを手に取り、電源を点けてからマイクに向かって喋った。

 

 「ああ、聞こえるぞ」

 「あっ繋がりましたね。あれっ、その感じだと何か無事にセキュリティルームまで行けたんですね」

 

 「トラックの底に引っ付いて入って行った時、流石にあれ無理じゃないかと二人で思ったんですけど」と、そう話を続けるコユキの声はどこか残念そうに感じた。さては俺が失敗しないか期待していたなコイツら。

 

 しかし、今考えればかなり運任せの方法なの事実であり、誤魔化すようにセキュリティが今どうなったかを聞いた。

 続けてコユキが話すかと思ったがまだ不機嫌そうな声色をしたモエが出た。

 

 「もう全部ハッキング終わってるからアラートがなる事はないよ」

 「了解」

 「ただ警備システムとは別で管理されている区画があるから、そっちのセキュリティは私が直接解除しに行く」

 

 既に彼女たちも施設内に向かっているらしい。そしてエレベーターで合流する流れとなった。

 

 デスクの上へとマイクを元に戻し、近くにあったキャスターの付きの椅子を引き寄せ腰を下ろす。向かいに来てくれると言うので待つ事にした。

 

 骨が細い背もたれに深く体重を預け、天井を超えてなお見上げると、唯一の出入口である扉が逆さまになって視界に映った。

 

 背骨が心地よく音を鳴らし、肺に溜めた空気を長い息と共に吐いた。何だ今回も余裕かと呟いていると、視界が突然回転するようにブレた。

 

 いや回転していたのは視界だけではなかった。僅かな浮遊感を感じたのも束の間、痛みはないものの派手な音と共に後頭部床に打ちつけた。

 

 虚しく空回りしていたキャスターが次第に静かになると、スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえた。

 

 「……何か転びました?」

 『マイクが点いたままだぞ』

 

 ……ああ、聞こえてるよ。

 

 

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