彼女の返答は俺の眉間を撃ち抜こうとする銃弾だった。
俺は横へと回避せずに前方へと体を動かした。跳んで避ける様な避け方ではなく、ほんの半歩程に横にずらし銃弾の合間を縫う様に避けた。
自分の目は尋常じゃない程良く見える。ボケっとしてる訳じゃなければ、撃ち出された弾を見てからでも避ける事が出来る。
だが今までそうしなかったのは、文字通り一歩間違えれば被弾するリスクを恐れたからだ。
何なら今も胸の内に冷汗を流しながら避けている。銃弾が耳元で風切るたび、目を閉じてしまいそうだ。
彼女は距離を保とうと後方へと引きながら射撃する。だが先程とは打って変わり、最小限の回避で追いかける俺の方が圧倒的に速い。
足を止めず射程範囲に入るやいなや撃ち返した。
彼女も反応が早い、直前にその場から飛び退くと負けじと打ち返される。
俺の散弾は放射状に広がるため避けにくい筈なのだが、顔色を変えることなく難なく応戦している。
「はっ!」
彼女はライフルの弾を撃ち切ると同時に、俺へと一直線に向かってくる。……ここで仕掛けてくるのか。
「焦ったか?」
俺の事を知っているなら、肉弾戦何て仕掛けるべきじゃないだろうに。
彼女は至近距離までに近づくと俺へ向かって横薙ぎに蹴りを放った。
銃を持っていた右腕で受け止め、空いている左手を握りしめ力を込めた。彼女の腹を狙って拳を振ったが、何故か腕が空を切った感触しかしなかった。
「はっ?……」
ほんの一瞬の事だ。彼女の手が俺の腕を掴んでいるのを感じた時には、いつの間にか俺は天井を見ていた。
その場でふわりと回る感覚で投げられたのだろう。理屈は分からないが、脚と腕が交差しようとしたあの一瞬で彼女が何かをしたのだ。
横目で逆さまになった世界が見える。その中にはバイザーを着けた金髪の少女がまだ居た。
掴まれている腕で彼女の袖を掴み返す、背中を地面にぶつけるよりも早く、膝を曲げて足裏を地面へと着地させた。
お返しとばかりに彼女の袖を持ちながら、体を起こすのと同時に振りかぶる。背中から前へと叩きつけようとしたが、彼女を頭上まで持ち上げた所で手ごたえが無くなった。
「本当に軽々と持ち上げるのですね」
直ぐ頭の上から声が聞こえ、すぐ足元に彼女の銃が音を立てて落ちてきた。
肩に手が置かれていると気づいた頃には首元に腕が通され、そのまま首を締め上げる形で背後に組み付かれる。
彼女は早着替えが得意の様だ。手に残ったジャケットを捨て、裸締めしてきた彼女を背にしたまま、背中を向けて壁へと向かって叩きつけた。
「うぐっ!?」
耳元でうめき声が聞こえたが、それでも腕を首から離さない。無理矢理にでも離させようと、腕を強く握り潰す勢いで掴むと次は悲鳴が挙がった。
「……ぁあッ!」
流石に耐えきれなかったのか首元が解放されると、突然背中を蹴られ前へと転がる羽目になった。
床に伏せながらも顔を向き直せば、腕を抑えて膝を着いている姿が見える。俺は嬉々とばかりにそこに狙いを定めた。
引き金を絞る直前、コチラを見た彼女は目を見開いた。単発式の散弾銃から
理屈を知らない彼女からしてみれば、驚くだけじゃ済まないだろう。
回避するのが遅れた彼女は、左肩から腰にかけて被弾した様に見えた。
「ぐッ!」
『距離が僅かに遠いな』
先生の言う通りか、大したダメージになったようには見えない。実際にそうなのか、彼女は衝撃で僅かに足を止めるもすぐに動き出し、自身の銃を回収しようと走った。
俺もすぐに起き上がり駆け出すが、彼女が拾い上げる方が早い。
「ちッ!」
2丁の銃が向かい合い、共に火花を散らして閃光が交差する。
こっちは向かってくる銃弾を見て、回避し感覚に任せて撃ち返す。対して彼女は銃口の向きから予測して弾を避け、俺の動きを読んで銃弾を放つ。
空になった薬莢と二人の足音だけが地面を小突く、その上を銃声を鳴らして弾丸があちこちに行き交った。
しかし、この攻防で手傷を負っているのは彼女だけ。体が痛むのか動きが少し悪くなった様に見えた。
避け切れなかった銃弾が制服を千切り、皮膚に薄っすらと残る傷跡を増やしていく。
「……出鱈目ですねッ!手品師の方が向いているのではないですかっ?」
「お前こそ傭兵なんて辞めて、曲芸師でもやったらどうだ?」
互いの足元や近くの壁にだけでは無く、俺と彼女の口を結んだ間にも火花が散る。
軽口を言い出した彼女に少し驚く。
声の印象は相変わらず素っ気無い物だが、苦境に立たされ始めた人間の苛立ちの様なものが垣間見えた。
恐らく、元々無機質な人格ではなく。ただ、彼女の言動に感情らしき情緒が全く現れないだけなのだろう。
身に着けているバイザーで目元は分からないが、白く整った顔の輪郭と人間味を感じさせない所作が、彼女を人形の様な端麗で冷たい印象に感じるのだ。
互い違いに重ねるように続いた撃ち合いは、すぐに終わりを迎えた。
「弾切れだろ」
短くも続いたこの撃ち合いで開いていた互いの距離を、前方へと向かって跳び出し距離を縮める。
先程もやった同じやり取りだ。彼女だって弾切れになるのは分かってはいるだろう。
同じように彼女はホルスターに手を伸ばしたが、突如体を硬まらせその場で立ち止まった。
あのバイザーの下で驚きの余り目を見開いていると思うと、マスクの下で意地の悪い笑みが浮かんだ。
生まれると判っていた隙を逃すはずもなく。彼女は手が届く範囲まで接近を許してしまった。
彼女はすぐにはっと我に帰ったが、もう遅いと言わざるを得ない。
絶対に上手くいく、そう確信した。
突きつけるように銃を構えると、俺の銃に意識が向いたのが分かった。
苦肉の抵抗か彼女は自分の銃をぶつけて、捉えようとする銃口を逸らそうとしたが、そんな簡単に弾かれるほど軟じゃない。
しかし、俺は引き金に触れることなく。ぶつかってきた銃に対し、力を入れて上へと弾き返した。
銃を向けたのは銃弾を浴びせる為じゃない。ここまでして彼女の不意を突くためだ。
腕を弾かれ無防備となった彼女を、俺は左足で蹴り飛ばした。
少女らしい薄く柔な皮膚を超えて、その下で骨を覆う肉さえ突き破いてしまうのではないか。そう思わせてしまう程、深く重い一撃を俺は繰り出した。
突き刺すように腹へと向かった足は、彼女の体を
「――ぁ゙ッ!!?」
勢いが収まる事を知らず、地に着かぬまま奥へと向かって行き、シャッターへ体を打つのと同時に浅いクレーターを壁に残した。
彼女は重力に引っ張られるまま床へと倒れ、そして動かなくなった。
「…… 流石に全力はやりすぎたか?」
『死ぬ事はないだろうが、女性の腹を負傷させるのは余り褒められる事ではないな』
「そう言うけど今回は遠慮や情けをかける相手じゃ……」
言葉が途絶える。
もう意識はないだろうと思っていた。かなりの手ごたえと、ここまでの衝撃を受けて気絶しなかった生徒は居なかったからだ。
崩れるように地面に倒れるも、それでも目の前でまだ立とうとする姿が見える。細い腕を立て床に手を着き、ガタガタと体を震わせながらも彼女はゆっくりと顔を上げた。
内臓への衝撃は何とも言えぬ苦痛がある。銃弾の痛みこそ余り気にしない生徒でも、今の一撃はかなり堪えた様だ。
「……ぉえァっ」
少しえずいて青くなった顔を歪ませたと思うと、上げたばかりの顔を伏せて床へと胃液を吐き出した。
銃声が反響して互いの息すらも聞こえなかった空間から、靴の裏を擦る音が気になるほど寒気がするほど 靴底の擦れる音が耳に入るほど静かな物へ。
彼女の嗚咽と場違いなほど浮いた水音は、この静けさを埋めるには余りにも痛々しく生々しい。
ままならぬ呼吸のせいか、咳を伴いながら苦悶の声を漏らしている。その様子に食事した後でなくて良かったなと鼻で笑った。
粗方胃の中の物を吐き終えたのか深い呼吸を続け、後ろでに壁を手にしながらゆっくりと立ち上がる。
空いている手で何かを探しているが、彼女の手元に武器はもう無かった。
「大事な物はちゃんと、手の届かない所に仕舞わないとな」
挑発する様に拳銃を左手の指に掛けてクルクルと回す。彼女の顔はしっかりと手に向いてはいるが、無反応で微動だにしなかった。
面白い反応は貰えなかったが、それでも俺は気にせず説明する様に話を続けた。
別に特別な事は何もしていない、もはや体に染みついた癖の様なもの。彼女が組み付いてきた時にホルスターから掠め取り袖口に入れていただけだ。
手首から大きくしならせて、拳銃を遥か後方へと投げ捨てる。
予備のマガジンがまだ在るだろうが、彼女の軽装を見れば僅かなのは明白。
俺に蹴られた際彼女は銃を手放してしまい、悲し気に床に取り残されている。この状況から銃を拾い、弾倉を入れ替える余裕は無いだろう。
壁に追い詰めるように歩き出す。見ためが重傷に見えたとしても、タフな奴が多いキヴォトスでは当てにならない。
その場から動こうとしない姿になったとしても、俺の中ではまだ彼女は警戒すべき対象だった。
それに、彼女はまだ諦めていない。
「続ける必要あるか?ただの雇われだろ」
何で諦めようとしないのか。俺は何となくその理由を分かっていたが、彼女の口からちゃんと聞いてみたかった。
「……ただの、……雇われではありません」
彼女が話すまで少し間があった。苦しい体に息を入れる為だと思ったが、ただ話すか迷っただけかもしれない。
「私は少なからず、……ドクターには私を拾って頂いた恩と約束があります」
「拾って貰ったぁ?そんな律儀な奴には見えなかったがなぁ」
あのカメラで見た内容を話す気は無かった。例え、この場で言ったとしても聞く耳を持つか怪しいからだ。
俺から見たあの男の印象は最悪だ。第一印象が主な原因だがそれに加え、コユキと共に見た執務室の記録で彼女はかなり酷くコキ使われているらしい。
「とても生徒にやらせる仕事とは思えない」そう言ってコユキが、あからさまに嫌悪感を露わに出していた。
いつも明るく騒がしいコユキの、そういった所は初めて見た気がして印象に残っている。
「それに、私には私のための退けない理由もあります」
「……人を殺してまでもか?」
「はい」
静かに確固たる意志を持った声だった。俺じゃなければ聞こえないほど小さい。
だけどそこに彼女の願いが、全てがあるように重くて、切実さと悲壮さがその言葉にはのしかかっていた。
その苦しくも止めない様子に、彼女は誰に言われずとも自分の行った所業に対して、罪悪感を感じるタイプだと分かった。
だとすれば猶更彼女が惨めに思えた。彼女の手はもう、年の変わらない生徒の血で濡れている。
それでも目的の為に犠牲となりたくはないが、目的の為に手段や外見を選ばず、なりふり構わない姿は嫌いじゃなかった。
俺は彼女を否定する事はできない。むしろ共感して肯定してやりたい。僅かながら自分の中に好感が湧いている。
だっていくら真っ当な道じゃなくても、意地汚く諦めきれないのは俺も一緒だったから。
いくら引き金を引こうが、軽くなる事のない銃を彼女に向けた。
その重そうな足では動き出したとしても、被弾は避けられないだろう。
そっと息を吐いて、引き金に指を掛けた時だった。今、自分の立っているこの施設その物が
『後方に退避しろ!!』
聞いたことのない先生の声に思わず肩が震えたが、反射的に足は素直に動いてくれた。地面を全力で蹴るのと同時に、全身の毛が逆立つような恐怖感が身を撫でた。
何故そうしたかは自分でも分からない。拭いきれない不安から俺は退避した先で、腰を落として頭を高さ低く下げた。それは、何かを避けるように。
だが、もしそうしてなければ、俺はその光景を見ることができ無かっただろう。
次の瞬間には、眼の前の視界が全て赤色の光源体で埋め尽くされた。
熱が全身を焦がす様に突き刺さる。細くなった目の先で、とても小さな何かが、光の中を高速で動いている。高熱を帯びた小さな物体は、床から天井へ向かって流れているように見えた。
その光景はすぐに終わった。いきなり目の前に現れたソレは、右から左へと移動して消えたのだ。一瞬の出来事であり、時間にして1秒あったかどうかだ。
「な、何が起きた?」
声が上ずる事はなくとも、言葉が震えていた。随分と久しく感じた命の危機だ、それも無理はないだろうと自分で自分を慰めた。
『……粒子状の、……エネルギー放射か。当たれば火傷じゃすまないな』
目の前にあった筈の連絡通路の惨状を見て息を飲む。本当に今の一瞬で起きた事なのだろうか。そう思ってしまう程、現実離れした光景が目の前に広がっていた。
「ずいぶん、……風通しが良くなったな」
外の空気が通路の中を縦横無尽に吹き抜けている。浴びた感じたあの熱が幻だったんじゃないかと、涼し気な夜風が俺を冷まそうとする。
最早、ここは通路とは呼べないだろう。何故なら俺の足元から先の床が
床だけじゃない、壁も、天井も一枚続きで消えてしまっている。通路そのものが、斜めに撫で斬りされたかの様に切断されているのだ。
しかし、切断と言っても断面は刃物で切った様な綺麗な物じゃない。あの熱を帯びた光が通った所、その全てが赤みを帯びて粘性を感じさせる形で融けている。
火傷どころじゃない。一歩間違えば首から上が焼き切られたうえ、形なるもの何一つ残ったりしないだろう。
「……もしかして、……起動させたのですかドクター」
恐れるような声に反応し反対岸を見れば、彼女も俺と似たような反応をしていた。
「ドクター」と彼女は言った。てことは今のが此処で作られている兵器なのだろうか。随分とおっかない物を作ったのだと、思うのもつかの間、慌てた様子で二人の少女の声がインカムから流れた。
「リーダー!これ多分私達でどうにかでき……ひわぁッ!!」
「くひひ、凄いよリーダー!私の理想と違うけど、やろうと思えば町ひとつ焼き払えるよこれ!」
何故か助けに行った筈であるコユキの悲鳴と、何故かスイッチが入った興奮気味のモエの声が交互に状況報告をする。
キンと響くような少女の声で続けられると、正直五月蝿くて通信機を耳元から投げ捨てるか考える。
耳に痛い彼女たちの声も騒がしいが、その背景も随分と騒がしい。大型の工事現場かと思う様な物音が常に激しく聞こえる。
「ロボットですよ、ロボット!確かに兵器ですけど大きさが異常――……」
「巨大なロボットねぇ」
ふと、キヴォトスで目を覚ましたあの日のデカブツを思い出した。アレと似たような物が居るんだろうか。
懐かしむように考えていると、インカムをつけていない方の耳からも大きな物音が聞こえた。
「あ?」
『ユウリ、ここに居るのは不味い』
土を擦りあう音が聞こえ、音の出所を探すうちに頭上を見上げる。わざわざ見る必要はなかった、すぐに足元に大きな影が生まれたのだから。
……確かに、角度的には建物も巻き込まれるよな。
「逃げさせてもらう」
「なっ!?」
視界に覆いかぶさろうとする建物の断片が、此方に近づいて来たのを見て急いで通路から飛び降りる。落下する建物の残骸に巻き込まれたくないのだ。
空中で振り返り地面に背を向けるように通路を見ると、端まで駆け寄った俺を睨む彼女の姿があった。
俺を追いたくても追って来られないのだろう。悔しそうな口元がここからでも見えた。
退けないと言うぐらいなのだから、飛んでしまえば良いのに。彼女の名前、確かカメラの映像ではトキと言ってた筈だ。
「せっかくの名前が泣いちまうな」
『…………朱鷺を知っているのか?』
「えっ?……ああ」
昔、読んだ図鑑で読んだことがある。町では生息せず見た事のない色んな鳥の事が書かれていた。
ゴミ捨て場に捨てられている所を俺が拾って、初めはただの頭おきに使っていたが、いつからか拙いながらも何度も読むほど気に入っていた。
ワイヤーを研究棟に撃ち込んで、左右交互に使い分けて回り込むように降下していく。
決着は着いていないのだ。彼女もすぐ違う道で追ってくるだろう。
あの騒がしい二人が何と対峙しているか分からないが、もう向かっている段階から嫌な予感がした。
前に進むほど底が深くなる池を歩いているような。そんな、ゆっくり顔に近づく水面の様な焦燥感が集っている。
施設の入口は堂々と開け放たれていて、破損したドローンや爆破の痕が散見されていた。勢いを殺さぬまま円を描くような軌道で中へと突入すると、入って一番奥の方に何か大きな機械が見えた。
上半身しかない人の様な機械、これがコユキが言っていたロボットか。想像していたデカブツより3回りぐらいデカい。
白くゴツゴツとした人間味を感じない機械の手が、床を払うように振るわれ何かを掴み上げた。持ち上げられた手の中に、緑色のフェイスマスクを被った少女の姿があった。
「あっ!、ヤバッ……あと、どれぐらいで着きそうですか!?」
「もう着く」
壁へと伸びていたワイヤーがぴんと張りつめ、腕の力を使って強引に空中を駆けていく。耳を塞ぎたくなる様な巻き取る音がガントレットから苦し気に聞こえた。
だが加速をやめることなく真っ直ぐ、その巨大な機械へと向う。
向かってくる風が轟音を鳴らし他の音を消し去った時、俺は白く大きな機械の腕に脚を突き入れた。
◇
◇
◇
・
◆
◆
◆
辺りに響いたのは鉄とは思えない鈍い音だった。一瞬だが装甲から返って来る筈の抵抗が、あの勢いで入った衝撃にしては随分と軽かった。
「なっ、お前は!?」
「遅いよ!何してたのさ!」
めり込んでしまった足を引っこ抜き、何故か逆ギレ気味で見てくるモエへと向かう。
随分と精工な機械の手で握られていたが、俺の体程あるその親指を蹴ってやれば、開いた隙間から簡単に彼女は抜け出せた。
そのまま直ぐに地面に降りようとしたが、モエの呻き声を聞いて降りられないと察して肩に担いで飛び降りた。
「うごッ!?……この痛み何かデジャヴを感じる」
着地と同時に俺の肩で腹を殴打した彼女は、耳元でもう一度苦しげに呻いた。
「何言ってんださっさと降りろ」
「無理、走れないからどっかの物陰に隠して」
「……面倒くさいな」
すんなりと言う事を聞かない少女を抱えたまま移動しようとすると、それを咎めるように近くの地面に拳が叩きつけられ、足元に揺れを感じさせるのと共に轟音と砂煙が舞った。
「待ちたまえ」
「あ?」
目の前にあるロボットのどこかに、音を広げるスピーカーがあるのだろう。どこか聞いたことのある大人の声が辺り一帯に響いた。
この声は凄く不愉快だ。自分で簡単に自覚出来る程に。奴の声には人の神経を逆撫でる才能を感じる。
「……ぁんだ?コイツ」
「ただの変態よ」
「この馬鹿でかいのが?」
「違う頭のとこだよ」モエが指差す方へ目をやると頭頂部に、濃い青色の透硝子で囲われた中に人影が見えた。確かにカメラの映像で見たあの男だ。
「目当ての物が態々こちらに来てくれるとは、……見ただけで分かる。お前は他の生徒達とは違う、特殊な神秘を持っていると」
「ああそうか、俺もお前を見ただけでマトモじゃないって分かるよ」
地面を擦る音が聞こえ、その場から飛び退く。振り下ろされたままでいた手が、俺達をねらってか目の前を通り過ぎていった。
「合成金属で作り上げた複合装甲を生身で曲げるとは、……より欲しくなるな。お前であれば、私の夢にまた一歩近づける」
「……おい、コイツ薬でもやってんじゃないか?」
「そしたら連邦生徒会が出張ってくるから、多分あれが素面」
「まじかよ」
遥か後方からシャッターの閉まる音が聞こえた。一旦逃げるかどうかが頭の隅にあったが、端からそんな選択肢は無かったようだ。
振り返ってみれば今通った入口が閉まっており、ついでとばかりに壁に刻まれた深い傷跡が視界に映った。
爪の引っ掻き跡のような緩い曲線を描くソレは、太く悍ましいものだった。端から端までが長くそれでいて大きい。
傷跡の輪郭がしっかり溶けていて、その形状は先の連絡通路の物と同じものだった。
「さっきのアレお前がやったのか」
「……そうか、思えば連絡通路の方角だったな。素体が溶けてしまわないで良かった」
何が良かっただ。そう言い返そうと喉元まで来た時、聞き慣れた軽い足音が側までやって来た。
「リーダー見ましたか!?ビームですよビーム!! 私、実用化された光学兵器なんて初めて見ましたよ!」
どうやらマトモじゃない奴は身内にも居たらしい。
何となく手の甲を振って、横に来た彼女の額を軽く叩く。「あだッ」っと気が抜ける声を漏らした。
「ラパン、残弾は?」
「残ってますけど半分切りましたね。……あれっ?そのショットガンどうしたんですか!」
「俺の愛銃だ」
興味があるのか声を弾ませて銃をベタベタ触れるコユキ。つい嫌になって、今度は反射的にグリップの方で額を叩いてしまった。
「……これが例の兵器か、持って帰れるか?」
「無理だね。依頼の事も考えると破壊するしかないよ」
「そうか」
さてどうするか。シャッターを締められたとしても、他の出入り口を探せば脱出できるだろう。俺はともかくコユキの残弾は心許ないし、足を負傷して動けない奴もいる。
俺一人でも何とかなりそうだが、さっきの一撃で装甲が窪む程度の被害にしかなっていない。なら、闇雲に攻撃しても有効打にはならないだろう。
睨むように目の前のロボットを見上げるが、天辺で顎に手を添えて笑う男に更に不快感が募るばかりだ。
……何故あの男はあそこに居るんだ?
「逃げてくれるなよ。このベノムマキアを起動させたのだ。試験データの1つにもなってくれ」
「何よいい気になって。私達が優勢になった途端、慌てて逃げ込んだ癖に!」
「黙れ!」
意外にも沸点は低いのか彼の怒声と共に、ベノムマキアとやらの両肩から機銃が飛び出した。左右合わせて計6門の銃口が、俺たちに向かって狙いをつけた。足を負傷して動けない奴が、何故煽るような事をいうのだろうか。
「元はと言えば貴様が私の足を故障させたのだろう!」
どうやら足を怪我したのはお互い様らしい。よくやったとモエに親指を立ててやった。
我先にと駆け出したコユキに合わせて、ベノムマキアから離れるように退避する。流石にこれじゃ被弾すると思い、肩に担いでいたモエを盾にしながら走り続ける。
「ちょっ!?、痛ッ!何とか避けてよ!」
「これっ、ただの銃弾じゃないです!JHP弾ですよ!?」
「当たらなきゃ問題ないな」
「それが出来るのはリーダーだけ!!」
近くにあったコンテナケースの裏へと3人で滑り込み、邪魔だった荷物を肩から降ろす。だが、直ぐにコンテナを壊さんばかりの勢いで、銃弾がけたたましい音で騒ぎ始めた。
撃たれるたびに僅かに動くコンテナに背を着けて抑えるが、貫通してきたのか顔のすぐ横の所が膨らむように突き出た。
駄目だ、10秒も持たない。そう思ったがギリギリまで耐えるようにその場で居続ける。銃弾が切れる瞬間はあるはずだと思っていたが、いつまで待っても止む様子が見えない。
『ユウリ、奴は3門づつ交互に撃ち続けている。弾丸が止むことは無いぞ』
「……おい!、あの男を黙らせればこの機械は止まるのか!」
「そりゃそうでしょ、操縦してるのはアイツだけだよ!」
「よし、ラパン!コイツ担いでどっかに隠しとけ、3秒後にこのコンテナ消えるぞ」
銃弾が鉄を打つ音で騒がしい中、大声で彼女たちに指示をだす。二人とも一瞬呆けていたが3秒という時間の短さを理解したのか、コユキは慌ててモエを持って他の場所へと逃げだした。
俺もコユキまでとは言わないが少しコンテナから離れ、助走を得てから押し飛ばす様にコンテナを蹴り飛ばした。
「ふんっ、甘い」
簡単に腕で守られ薙ぎ払われてしまうが、多少の眼くらましにはなっただろう。
あのロボットは胴体までしか出来てないせいか地面に固定されている。奴を中心に倒れた作業用の足場の金網や、散見する箱とコンテナの上を渡って旋回する形で移動を始めた。
「何だあれ?」
ベノムマキアの脇まで回り込めると、背中に8本の棒状の物が飛び出す形で生えていた。それぞれ黒い格子に覆われており、それすらも微かに赤みを帯びるほど棒その物が遥かに赤熱している。
俺の後を追うように奴も旋回してしまい、背中側に隠れてしまったが何となく重要そうな物に見えた。
『……排熱機構か、先のエネルギー放射の為の物と見える。何を動力として動かしているか知らないがあの巨体だ。常に相当なエネルギー量を使用する筈』
「壊して損はないんだな」
『ああ』
奴はまた俺に機銃を向け銃弾を放つが、駆け足からワイヤーでの移動に変えその場から退避する。
「離れれば脅威じゃないと思ったか」
腕が届かない外側で位置している事に気づかれたのか、肩に装備されていた大きな箱の扉が開くと、煙を吹きながら垂直に何かが飛び出した。
飛び出した物体は全部で12個、垂直に伸び続けるそれらは上に真っすぐ向かったと思えば、進路を緩やかに変えて俺の方へと向かった。
『誘導ミサイルだ、追ってくるぞ』
天井に衝突するのではと思ったが、そんなこと考えている場合じゃなかった。だが警戒していなかったわけじゃない、少し引きつけてからワイヤーを引いて回避する。
流石に急には曲がれないのか、何発かは俺の後を追って地面に衝突して爆発を起こした。まだ後から来るミサイルも俺を狙い続けるが、当たらないように回避し続けた。
「緩急に弱いな」
「ならばこれだ」
次は何だと思えば俺へと伸ばした手のひらに穴が開く、一瞬立ち止まり警戒すると穴の奥で火花の様なものが光り、身の危険を感じて真上へと跳んだ。
「……早っや」
エンジン音に似た音を立てるミサイルが真下にあった。さっきと同じようなミサイルに見えるが少し形が違う、それにあの速度で飛んできたのにほぼ俺の居たところで
ミサイルはその場で方向転換し、俺の方へと向き直した。……ああ、そういう兵器か。
『来るぞ』
「ッ!」
再び迫るミサイルを回避するも終わらない。ワイヤーを使った回避を繰り返して逃げ続けるが、物と物の細い隙間も難なく追ってくる。
ふと、目の前の追ってくるミサイルとは別の脅威を感じ、視線をベノムマキアに戻すと同時に機銃が火を噴いた。
後方や直上では避けられないと感じ、あえて追ってくるミサイルへと向かって前に出た。すぐ近くに手頃な箱を見つけ、すぐには巻き取らずワイヤーを打ち込む。
ミサイルが目前まで迫った瞬間に体を僅かに横へと逸らす。とんでもない速度で体のすぐ脇を通り抜けた。
ワイヤーを手繰り寄せ箱を引っ張り上げる。当たらなかったミサイルはその場で止まっており、そこを狙い箱を打ち下ろす様に叩いた。
体まで振動で震える様な音が響き、爆風と共に辺り一体を煙で包んだ。地面と鉄の箱に強く挟まれたミサイルは激しい爆発を起こしたのだ。
「……さっきのとは威力が全然違う」
舞い上がる砂煙と気流に敢えて逆らわず、地面を蹴って上へと飛び上がった。この広がった煙幕中で俺の姿を見失ったはずだ。
煙が晴れるより先に煙幕を抜け出し、ワイヤーを撃ち込んで壁伝ってに天井を目指して登っていく。
「やはり、室内での使用は不向きか」
彼はベノムマキアの腕で煙を払ったが、既にそこには俺は居ない。
天井間際まで近づくと強く壁を蹴って自由落下に身を任せた。状況も角度も良い、大きく伸ばしていた体を縮め、縦向きに体を回転させる。
下から上へと流れる視界が徐々に加速していく。色が尾を引くように延びていくが、それでも確と目を張れば奴の顔を捉えられる。
奴を守っている硝子ごと潰さんと、高所からかつ回転を交えて足を振り下ろした。結論から言えばこの攻撃はほぼ意味が無かった。
触れた踵から俺自身にも衝撃が伝わり、分厚いゴムを殴ったかの様な低いくぐもった音がした。
「硬った!?」
『シールド強化が施されているか。しかしこれは……』
丸みを帯びていた硝子が微かに歪み、白い罅が少し広がる様に入ってはいるがそれだけだ。
ベノムマキアの背中へと転がり、地面に向かって滑っていく。先生が排熱機構と言っていた物が横を通ると、服の上からでも分かるほど熱を感じる。
試しにその内の一本に向かって銃を放つ、小さく広がった銃弾が赤熱した機構を被弾するが傷を作るだけ。
だがその中の幾つかが格子を抜けて奥に突き刺さり、何かを割るのと同時に赤い液体が溢れさせた。
地面に着地するのと同時に前方へと転がった。すぐに上から降り注ぐように液体が零れ落ちる。
「汚っ」
液体は地面に落ちた後もまだ赤熱している。かなりの高温ゆえか、すぐ傍の光景がぐにゃりと僅かに歪んで見えた。
後ろでに腕を振ろうとする姿が見え、後方へ下がる様に回避しながら、耳元に手をやって通信機に声を入れる。
頭と体は共に尋常じゃない程に硬いがアレは脆い、止まるか分からないが背中を狙い続けるしかないな。
「ラパン、俺が注意を引き続けるから背中の棒を破壊しろ」
「了解です!」
とっくに準備出来ていたのか間を置かずして返事が返ってきた。向かってくる銃弾を避けながら彼女を探すと、ベノムマキアの脇の奥にコユキの姿が見えた。
「背中ががら空きですよーだっ!」
物陰から飛び出たコユキが背中を狙って銃を撃ち始める。俺の耳には鉄に弾かれる音しか聞こえないため、恐らく格子を抜けて破壊出来てないのだろう。
「チッ!……排熱の為といえど、露出させる設計にしたのは良くなかったか」
俺とコユキがロボットを挟む形での戦闘が始まると、奴も不味いのか声から楽し気な余裕が消えた。
襲ってくるミサイルや銃弾を回避しながら、近くにあるものを片っ端投げ飛ばした。奴は律儀に向かってきたコンテナなどを処理しては、お返しとばかりに攻撃してくるが何1つ当たることはない。
「そうだな、……カラスより先に兎を狩るか」
やっと2本目を破壊したという時、そう呟くと奴は動きに変化を見せた。機銃の半分がコユキの方へと向けられ、ミサイルも惜しまずに使い始めた。
「わわっ!」
奴は俺を視界から外した。好機だと感じベノムマキナの肩にワイヤーを差すと、コユキを狙っている機銃に向かって跳んだ。
肩から飛び出す様にあった機銃を後ろから蹴り壊し、すぐ隣の物にも蹴りを入れてから散弾を叩きこむ。
両者ともに小さな火花と共に軽く爆発し煙が晴れれば、もう使い物にならない程崩れた物があるだけだった。
「……ッ!」
どうせならと最後のひとつも破壊しようとして俺は、……予期してなかった方向から飛んできた銃弾を回避した。
「あっぶね」
一発だけとは思えず、初弾の方向から射線を避ける様に回避を続けると、続くように俺を狙った銃弾が火花を散らしながら追いかけてくる。
銃弾が撃ち止み飛んできた方向に顔を向ければ、バイザーを掛けた金髪の生徒が銃を携えて俺を見ていた。
「遅くなりました」
「ああ全くだ。捕えてみせると言った手前でこのありさまか」
いつかは来ると思っていたが、俺の中では遅く感じていた。あの様子だと銃弾を補給しに行ったのか。
彼女に追いつかれた事に対してため息が自然と出てしまう。俺の思っていた以上に作られていた兵器が手ごわい、そこに彼女が加わってしまえばコユキと俺の二人だけじゃ苦戦を強いられるだろう。
「申し訳ございません。ですが――」
「理由は話さなくてもいい、不愉快だ。それよりデウスマキナをこれ以上破損させるわけにはいかない」
「……はい、ですので少しばかりお手をお貸しください」
通信機でコユキに向かって指示と警告を送る。この段階で逃げるべきだと感覚が告げているが、生憎まだ手ぶらである負けて帰るのは嫌だ。
それに仮にコユキとモエが先に落ちたとしても、俺一人でなら何とか出来る手段がある。
「機体の試験データも取り終わってる。今すぐに終わらせろ」
「了解」
俺さえ落ちなければ負けない戦いの筈だ。
天井に向かって撃ちだされたミサイルを皮切りに、ベノムマキアと彼女との戦闘は始まってすぐ劣勢な物になった。
やはり狙われたのはコユキだった。機銃で頭を抑えられると上からミサイルの餌食にされ、俺がベノムマキアの動きを止めようとするも、それをフォローするように彼女が俺の相手をした。
そこから何とかワイヤーで離脱し、コユキを拾って逃げているが、追ってくるミサイルと彼女に対する反撃手段がないままである。
「やっ、これっ、どうします?」
「……不味いなぁ」
足場にした何かの瓦礫を後ろに蹴り飛ばす。追ってきた彼女に向かって跳んでいったが、少し速度を落とさせただけの嫌がらせにしかならなかった。
「シュトリヒは?」
「今必死にシステムから動作を停止できないか試してるそうですが、兵器が起動した段階で独立してしまっているので難しいと思います」
コユキが何か頭の良さそうな事を言っている。しかし、回避する事に集中しているせいか全く頭に入ってこなかった。
ベノムマキアを中心にして回る様に逃げて回っているが、このままじゃいつか俺とコユキ共に被弾するだけだ。
意を決して考えを纏めた俺は、コユキにポーチから煙幕弾を抜かせた。
「煙幕!?」
煙を巻きながら逃走を続けると、彼女や俺達も煙に包まれる事となった。十分に煙が巻かれるまで待ってから、気づかれないように反転し物陰に隠れる。
元々そうだったのか、戦闘が起こったせいか分からないが、この施設は隠れられそうな所が沢山あって助かった。
肩に担いでいたコユキを下ろし、奴らに聞かれないよう静かに早口で話し始める。
「シュトリヒと合流してこの施設から出ろ、俺一人で破壊する」
「……そこまでするぐらいなら撤退しましょうよ」
「ここまで来て失敗で終わらせるのは気分が良くない。それに俺一人なら何と――」
最後まで告げる事が出来なかった。寒気がしたと思えば地響きのような音と揺れを感じ、何かが俺達の方へと迫る様に音が大きなっていく。
音の正体が分かった頃には既に遅かった。助かるか分からなかったが、脚でコユキを遠くへと押し飛ばし、自分もすぐさま避ける為に垂直にジャンプした。
恐らくベノムマキアの腕が下を通り、煙を薙ぎ払われた視界は真っ白の物から元の物に戻る。
どうやらゴミを一掃する様に、端から端まで寄せる様に腕を払ったのだろう。辺り一帯にあった物が全て、端の方で山の様に積み重なっている。
「俺の部屋と一緒だな」
空中に居る俺は落下し始めたのを感じると、まだ僅かに残っていた瓦礫に向かってワイヤーを放った。
……だが、そのワイヤーの先端が刺さることは無かった。
「……ッ!?」
横から飛来した銃弾に先端を弾いて逸らされる。空振りになったワイヤーは何の意味も果たさない。その一瞬の動転が俺の動きを一手遅らせた。
ただ落下するだけだと思った頭の片隅で、背後に何か気配を感じて視界を向けるが、見えたのはただ灰色の壁一面だった。
それはベノムマキアがコンテナを握り、殴りつけようとしているのだと分かった。
この後の俺は、体の前後に強い衝撃を受けた事しか覚えていなかった。
その日、俺は初めてキヴォトスで気を失った。ようやく寝る事が出来たのかと馬鹿みたいに思った。