全力で地面を踏みしめ、緩やかな勾配がついたトンネルを駆け抜ける。
無駄にある袖丈が音もなくはためき、風を切る音が耳の周囲を埋め尽くす。目一杯に走っているというのに、後方から聞こえる機械音はゆっくりと近づいてきている。
また砲塔の回りだす駆動音が聞こえ、背中に緊張が走った。直線で走るのをやめ、左右に体を振り回避しつつ前進する。
この回避によるロスのたびに彼との距離が近づく、時間にして10秒前後の銃撃が俺の進みを妨害していた。
「ここを脱出できたとしても、これじゃあ……」
チラリと後ろを見れば四脚で地面を蹴る巨体が見える。2つの後ろ脚で地面を蹴り、あとの前足で体を支え、その繰り返しで俺を追う姿はもはや恐怖のウサギ走り。一定のリズムで広いトンネルがそいつの足音で響く、あとどれ程で出口なのか。
『交戦するしかない、いずれ追いつかれるぞ、』
「それは――」
そうなのだが、どうしても破壊できる気がしない。今の自分の力でも鉄を曲げる事が出来ても、装甲を抜けて足をへし折るなんて事はできない。
それに、一度生まれた恐怖が逃げる事以外の選択肢を取らせようとしてくれない。物置での接敵も戦闘したわけではない、全力の不意打ちでも心臓が動悸する程怖かった。
『落ち着け、無力化までする必要ない。追ってこれないようにすれば良いだけだ』
こんな状況でも声はしっかりと聞こえた。彼女は冷静で声色ひとつ変えていない、その様子で少しばかり頭が落ち着てくる。
走りながらも少しずつ呼吸を整えていく、確かに破壊までしなくても、何かしらできる事があるかもしれない。
「どうすればいい?」
『奴の四脚の関節を破壊しろ、装甲は外側にあるだけで駆動部の内側は何もない』
「わかった」
期を待って銃弾が来るタイミングで横へ展開する。奴は急制動しながらも銃身を旋回させ俺を狙うが、旋回する速度が遅すぎて弾はかすりもしない。
そうして銃撃が止まるのと同時に、滑り込むように足元に飛び込んだ。彼女の言った通り膝の裏にあたるだろう所は、奴を支える鉄の骨がむき出しだった。
その関節部に狙って跳躍し飛び蹴りを放った。衝撃で巨体が少し浮き上がり、硬い何かが折れ電光が走った。もはや元の原形をとどめていなかった。
埋もれた足をすぐさま引き抜き、下敷きとなる前に離脱する。足は多少煤汚れただけで何もなく、息を吐きだしながら呼吸を整える。
『怯えていた割に卒なく出来るじゃないか』
「……うるさい」
奴は折れた足から崩れて、火花を散らして動かない。警戒しながら距離をとって出口に向かおうとすると、突然煙を吹き出しながら前足からワイヤーを射出した。
咄嗟に身を屈めるが、放たれた6つのワイヤーは俺の頭上を通りこし、ワイヤーの伸びが止まったと思えば、眼前の巨体が浮き上がりながら勢いをこちらに向かってきた。
轢かれる前に横へ転がり込み、すれ違い様に今まで使わなかった銃の引き金を引いた。放たれた弾丸は空中で分離し、細かな弾へと変わった。
初めて撃った銃弾が当たるとは思ってはいなかったが、運よく奴の折れた足に被弾し、脆くなっていた装甲やパーツが弾け飛んだ。しかし、奴は気にも留めずに俺より先に出口の方へと消えていった。
連射した銃が空になり、投げ捨てる。弾がないのだから持っていても意味は無いだろう。
「逃げた、のか?」
『……ああ、出口からさらに何処かへと移動している。君に足を折られた事で破壊されると判断したんだろう』
トンネル内は急に静かになり、出口へと向かい風だけが残った。殺そうとしてきた癖に一瞬で逃げるとは、端から逃げていた自分が言うのもあれだが、怯えていたのが噓みたいな呆気なさだった。
「移動しやすそうでいいな、あれ」
『……奴が使っていた射出装置か?』
「それ、かな」
『撤退するための物としてはアナログだが、他の手段と比べればローコストかつ取り付けしやすいのがメリットだな』
また始まったと話しを聞き流しながら出口に向かって歩き出すと、先ほど弾け飛んだパーツが目に入った。本当にこれを俺がやったのかと感じながら、手に触れると彼女がこちらに問いかけてきた。
『ワイヤーに依る立体移動、使ってみるか?』
「……どういうこと?」
『手をパーツに向けてくれ』
こんな感じだろうかと両手を壊れた機械に向ける。何故かそれだけで、視界が少し湾曲して意識がぼやけた。
『そして今見ている物は自分の物だと、誰の物でもなく唯自分だけの物と強く思ってくれ』
手をパーツに翳しながら彼女の言う通りに意識する。彼女は何をする気だろうかと考えていると意識が一瞬暗転した。
うたた寝の様な意識の飛びに驚き、頭に手をやるとゴツゴツとした感触が額に触れた。驚いて手を見ると、手の甲から肘にかけてガントレットの様なものが付いていた。
「――何が、……起きた?」
『すまない、変換する際に支障が出るとは思っていなかった』
変換、その言葉の意味を聞くより先に、消えてしまったパーツ達と腕についたガントレットを見て分かってしまった。
身体に見合わない身体能力、広大で近未来的にも関わらず廃れた場所、獣の様に生きて襲ってきた機械、その全てが非現実的な出来事だった。
目の前にあった廃材が一瞬で装備に変わってしまう、そんな不可思議な現象も察せる程、慣れてきてしまった自分が居た。
だけど何も知らないこの身体に、襲ってきた奴ら、正体不明の彼女も、全て分からない事を自覚すると少し怖かった。
『……どうした?』
「いや、大丈夫。それでこれは何なんだ?」
『奴が使ったワイヤー機構を、君用にスケールダウンした物だ』
袖を捲って腕を伸ばしながら観察する。着けていたグローブが無くなり、布地の場所が減りアイツのそっくりな装甲に変わっていた。
関節を守るように所々に付いているが、手を自由に動かしても違和感はなかった。
そして手の甲から肘まである装甲は少し分厚く、手首の下に銃口の様な穴が見て取れた。
此処からワイヤーがでるのだろうかと触っていると、そもそも撃つ方法がどこにも見えない。
「これどうやって撃つんだ?」
『今はガントレットその物を自分の体の一部だと思え、イメージすれば出来るはずだ』
聞いてみれば簡単に彼女は言うが、腕に取りついた物をそう簡単に想像できるはずがないだろう。
腕をトンネルの壁に向け、何度も意識しながらイメージする。目を閉じて唸るとふと出てきたのは、さっきの巨体を引っ張って移動する姿だった。
あの様に、と考えた所で俺の中で何かが嵌まった。
バシュッ、と抜ける音と共に腕が揺れた。ガントレットの中で何かを引いてる音がキリギリと唸り続け、飛び出していった先端はそのまま壁に当たって壁と腕がワイヤーで繋がれた。
繋がれたままのワイヤーは緩やかに垂れ下がっており、待っても何も起こらずワイヤーをぴんと張らせると、急激な勢いで腕ごと壁へと引っ張られた。
「あっ!?やべっ」
足はすでに宙に浮いており勢いを増しながら壁に向かっていく、勢いを殺す手段を持たない俺はそのまま壁に叩きつけられた。激突する間際、ワイヤーと先端はしっかりとガントレットに吸い込まれていた。
「……痛てぇ」
『意識はあるようだな』
あの勢いで激突したというのに、打ち付けた背中が少し痛むだけでよかった。痛いのは嫌いだから試していなかったが、恐らく怪力に伴って頑丈なのだろうとは思っていた。
これは使い方を理解しないと難しいなと思い、涙目を擦りながら起き上がった。
「ここを出よう」
◆
◆
◆
・
◇
◇
◇
彼女に使い方を教えてもらいながらトンネルを走り続け、前方に出口がやっと見えたきた。徐々に出口が大きくなり空気の変わった感覚がはっきりと分かった。
道路に出るんだったな、この様子だと外も荒廃しているんだろう。此処から見える景色は薄暗く、今は夜なのだろう。
『後は実際に使って慣れていくしかない』
「分かった」
ただ外に出られるだけ、なのに何処か気持ちが上ずる。自分が思ってるよりキヴォトスに興味があるのかもしれない。
後ろから追い越そうとする風に乗って、戻ってくることは無いだろうトンネルから走り出た。
外に出ると木々と草が無造作に生える、とても開けた場所だった。トンネルから続く道は出口から真っ直ぐ伸びてはそこで終わっていた。何のための場所か分からないが、遠くを見ると高い建物が見える。
距離はあるはずなのに大きく見えると言うことは、実際の大きさはかなりの物なんだろう。視線を流れるように空に向けると、そこには建物なんかより遥かに大きい光の輪があった。
何重にも重なり夜空に薄く光る輪、その中心にある一本の柱が見えた。その柱は雲をよりも高い空の先まで伸び、もはやその先端を確認することができなかった。
「すげぇ、何なんだあれ」
『あれはサンクトゥムタワーだ、このキヴォトスを管理する為――』
彼女が何か説明してくれていたが、何も聞いていなかった。
暗い夜空を見た事は何回かあった。でも、星が見えた夜空は一度もない。あの町は常に雲が空を覆いつくしていた。
何故雲で覆われているかは知らないが、俺はあの町で雲が晴れた所を見た事は一度もない。強風が町を襲った後に運が良ければ稀に空が見えると聞いた事があったが、そこまでして見ようと思った事はなかった。
こんな綺麗な物なのか、黒い夜空に浮かぶ光輪と月、その星々がただそこに在り続けるだけで、こんなにも。
あの汚い町でも雲の反対側は綺麗だったのだろうか。
『呆けてるところ悪いが此処を移動しよう、奴が戻ってこないとは限らない』
「……ああ、行こう」
いつの間にか足を止めてまで魅入ってしまったようだ。確かに、もう一度奴とは会いたくはない。
「どこに向かえばいい?」
『九時の方向に真っ直ぐ行ってくれ』
「どっちだ?」
『……出口のトンネルから見て左に行ってほしい』
膝程ある雑草達を力づくで踏み潰し、彼女が言った方向へと向かう。道中、格子状のフェンスがあったが意味をなさない程壊されており、簡単に通ることができた。
出口から離れるにつれて、やたらめったらあった草は徐々に減り、砕けた地面や建物が増えてきた。割れたままのガラスや折れた円柱などが散乱し、周りの高い建築物は大きくひび割れている物ばかりだった。
道に沿ってやってきたが、瓦礫や砕けて出来た凹凸に走りずらさを感じ、ワイヤーを使って高所に登る事を決めた。
彼女の教えを思い出しながら、近くの建物に近寄って壁の高い位置にワイヤーを撃った。引っ張られながら宙に浮いた体を回し、壁に足を向けて着地する。
勢いがなくなる前に建物の屋上を目指してワイヤーを撃ち、巻き取る速度に負けないように足を踏み出して壁を走る。両手を交互に使いながら上へと駆け上がり、最後のワイヤーを巻き取りながら屋上へと着地した。
「はぁ、こんな感じで合ってるか」
『先の説明で此処まで出来たら上出来だろう』
彼女が手放しで褒めてきたのが意外で、少しくすぐったかった。
屋上の端に近づき下を覗き込むとかなりの高さがあった。今の一瞬で此処まで移動したのか、その体験が胸を少し高鳴らせた。
助走を取って隣の建物へと飛び立つ、ふわりと浮く感覚と高所を移動する感覚は好きかもしれない。
建物から建物へ跳躍し、距離があればワイヤーを使いビルの谷間を超えていく。
段々とワイヤーを使った移動になれてきた。やろうと思えば、一度も足を着けずに建物の間を移動出来そうだ。
そうやって建物の上を移動していると、地上に人形の何かが見えた。足を止めてよく見てみれば、着替えた場所に現れた機械と同じだった。
「結構いるな」
見えた数は少ないが、彼らは統制された動きで常に移動しており、周りを警戒してるように見えた。
もし知らずに此処まで地上で移動していたら、見つかってしまって居たかも知れない。
『廃墟の外までもう少しだ、出てしまえば奴らは居ない』
「……少し急ぐべきか」
日はまだ登らず周囲の風景はまだ暗いが、ゆっくりしていれば明るくなってしまうだろう。
そう思って居たが何か物音が聞こえ、こちらに近づいてくる物があった。
咄嗟に近くでむき出しになっていたダクトの影に隠れる。そこでジッと息を潜めていると、何処から丸いフォルムの宙を漂う円盤が飛んで来た。
少し小柄だが四角い細長いコンテナが備わっており、他に何も見えない所それが武装なのではないかと考えた。
『この先はドローンも徘徊しているようだ』
「……ドローン」
移動速度も速くない故に叩き落とせそうだと思ったが、彼女は破壊された事で他のドローンも集まってくると言い留める。一人二人なら大丈夫だろうが、もし多勢となって襲ってきたらどうしようもない。
今の俺なら逃走することは出来るだろうが、自ら危険な目には会いたくはなかった。
なら見つからないように移動するしかない。ダクトの蓋を音が出ないよう外し、中をゆっくりと降りていく。
警戒しながら真っ直ぐ降りると、とっくの昔にダクトは朽ちていたのか、すぐに空間が見え部屋の中に降り立つことなった。
何も無い部屋だったが引き裂かれたかのように割れた壁が、少しばかり外の光景を覗かせ、月明りが部屋の中を挿していた。
『なるべく警備が薄いルートに誘導するが、見つかるかどうかは君次第だな』
「心配ない、人目に付かないように移動するのは慣れている」
部屋をゆっくりと出て足音が出ない最大速度で移動する。本当にいい靴だ、意識して使えば滅多に音が出ない。思えば、今着ている服は風に煽られていても余り音がでない。本当によく分からない装備達だ。
瓦礫や物陰に隠れながらの移動は時間を食い、周囲に誰も居ない事が分かる所まで来た頃には、空は漆黒から藍色へと色づいていた。
機械人形達から逃げ隠れしてるうちに廃墟を出ていたのか。罅割れた建物に囲まれた街並みではなく、綺麗なものへと変わっていた。
廃墟と引けを取らない程の高層ビルや奇妙な形をした棟など、今やっと他の人が居るんだと実感できた。
そのまま街の中へと入ろうとすると、彼女は俺に行って欲しいところがあると告げた。言われるまま案内に従うと、付近に一番高い建物へと着いた。
周囲の建物だって首が痛くなりそうな程大きいが、彼女が連れてきたこの建物は頭ひとつ抜けていた。
「ここがどうかしたのか?」
『……頂上まで向かって欲しい』
◆
◆
◆
・
◇
◇
◇
狭い空間で体にかかる圧を感じながら、俺は液晶に映る早々と変わる数字を見ていた。
頂上へと向かえと言った彼女の願いに戦慄したが、流石によじ登れということはないようで、独りでに開いたドアを抜けた先にあったこの小さい部屋は、上へと高速で登っているようだ。
ドアやこの部屋が勝手に動いた事に驚いていた時は、彼女が動かしていると笑いながら説明された。
目的地に着いたのか、先ほどまで少し重かった体がふと軽くなった。目の前にあった2枚の戸が横へスライドし扉が開いた、途端に強い風が中へと入ってきた。
風に揉まれなながら、屋上へと踏み出す。周りには配管やダクト、端に塀の様に少し段差があるだけで、ちょっとした事だけで落ちてしまえそうなほど何も無かった。
中央へと歩いていく、涼しげな風を浴びたくてフードとマスクを外した。
「此処に何かあるのか?」
『……いや、君が夜空を初々しく観てるのを知ってな』
「……?」
『これも観て欲しかったのだ』
彼女の意図を察しようと、屋上の端へと近づいていく。
そして、規則的に貼られたガラス張りのビルを超えて、大小構わず幾つもの建物が並ぶ地平線。
『丁度見えるぞ、朝日だ』
その先に、暖かくも眩しい光りが顔を出した。
朝焼けに染まり出した空の末端は橙色に縁取られ、そこから綺麗な青空を描いていた。
「――――」
言葉に出来なかった。夜空と同じく、星も太陽も見た事ない俺には眩し過ぎて、目がとても痛かった。
「……なあ、アンタは俺にどうして欲しいんだ?どうして手助けしてくれるんだ?」
彼女は目を覚ました時から、俺の助けになる様にずっと居る。それが俺の知らない約束なのか、長い時を過ごした関係性としてなのか、俺は何も思い出せない。
『……数時間じゃ思い出せやしないか、もはや思い出すことも叶わないかもしれないな』
『だけども、身勝手ながら君と結んだ約束を果たしたい。君は――』
「私の恩人なのだから」
向かい風に押され、数歩下がってたたらを踏んだ。日が徐々に登り始め、強くなった光に目を細めた。
その細い視界の先に小さな影が見えた。
肩にかからない程の黒髪に、灰色を基調とした上着とズボン。
屋上端の段差に乗っているが、その体躯は今の俺と大差ないだろう。
そして、この無造作に吹く風の中で微動だにしない物があった。彼女の頭の上に浮かぶソレはまるで神や天使の様で。
「与えられた使命を全うするだけの私は、あの果てのない荒野で君と出会い、感化されてしまった」
「もはや、当初からあった使命は意味をなさず、今の私が動く理由はただのお節介だろう」
逆光を背にするように彼女が振り返る。眩しい光の中でも彼女の火の様な赤色の目は見えた。
頭の上に浮かぶソレ以外はただの子供だ。だけど今、目の前にしているのが彼女なのだろうと感じた。
「選べない出会い、湧いて出る理不尽、未知を既知と変える経験、とめどなく変化する日常」
「それを君に知ってほしい、鮮やかな光景を感じて欲しいのだ」
童顔にしては鋭い瞳が少し柔らかくなった。俺を見る彼女の顔は優し気で、生きてきてそんな目を自分に向けられたのは初めてだった。
荒野に赤色の瞳、何かが俺の頭を翳めてスッキリとしない。
何か見覚えがある、何となく覚えている。もっと彼女はつまらなさそうな顔をしていた気がしたんだ。
「此処はキヴォトス、何千もの学園に数え切れぬ程の生徒達が住まう場所」
「いつの間にか生徒が1人増えた所で、何も問題にはならないだろう。――きっと認めてくれる。」
「フューリ、どうか此処で生きてみてくれないだろうか?」
そういって彼女はいつの間にか見えなくなっていた。体を震わせるような風は落ち着き、頬を擽るような春風だけが残った。
端まで近づき段差に足をかけて街を一望する。キヴォトスは俺が思ってたよりもずっと大きかった。
まだ知らない場所へと入っていくのは怖い、でも彼女が居てくれるなら怯える必要はないかもしれない。
「俺が生徒か、ならアンタは先生って事か?」
『……私にその名前は――』
「そういうことじゃないのか?」
先生は少し言い淀んだが、君がそう思うなら別に構わないと納得した。ずっと何て呼べばいいか分からなかったから、ちゃんと呼べるのは少し嬉しかった。
「てか、フューリってもしかして俺の名前か?」
『ああ、名無しのままじゃ不便だろう』
俺が名前を持ってない事を知ってたのか。
あの町で生きていた時は、総じて皆ネズミなど別称で俺を呼ぶものだから、自分の名前を気にしたことは無かった。
『いい響きだと思うのだがどうだ?』
「覚えやすいが言いにくい」
顔も姿も見えなくなってしまったが、何処かでショックを受けているのが分かった。俺に名前のセンスを測る事は出来ないが、由来を知らずともいい名前だと思った。
「普段呼ぶときはユウリでいいんじゃないか?」
『……君が言うならそうしよう』
自分の名前か、何故だか心が落ち着かない。緩みそうになる顔を隠すようにマスクを着け、足場のない宙へと踏み出した。
まずは、どにか食べ物を得るとしよう。ずっとお腹が空いていたんだ、周囲を探索しながら手に入れる方法を探そう。
落下中の自分の姿が建物のガラスに映り、今の自分の姿がよく見えた。
肩にかからない程の黒髪に、灰色を基調とした上着とズボン。子供の様な体躯と身長、そして落下中にも関わらず頭の上に居続ける光る輪っか。
この身体はそうじゃないかと思っていたが、恐らくマスクを外せば似たような顔が見えるのだろう。しかし、輪の色が若干オレンジの様に明るい気がする。
触ろうとしたが指が通り抜けてしまい、実態のない物だと分かった。先生はこれをヘイローと呼ぶことを教えてくれた。
『一応だが、君はどうやって食料を得ようと思っているんだ?』
「え?そりゃ――」
「人から奪うのさ」
俺は最初からこの方法しか知らない。
一週間に1話ペース投稿できればと思います。
初めて小説を書くので拙い所はご了承ください。