「確約した訳でもない話を勝手に当てにされては困る。それに私が依頼していた物が不足している以上、報酬を満額貰おうなんてムシが良すぎるのではないか?」
「うぐっ」
何とかして報酬を少しでも増やそうとコユキはごねり倒すが、無慈悲なほど筋の通った言い分で一蹴された。
俺たちは指定された場所、カイザーローンの敷地内であるヘリポートまで向かい。
今、目の前の男に出向かわれて依頼の報告を行ったのだが、話すにつれ最初の温和な雰囲気が消えうせてしまい、いつの間にかコユキと揉め始めたのだ。
何だか思ってたより長く話をしているせいで、退屈なうえもうすっかり日が出てしまった。先ほどからずっと腹が減ってしかたない。
「だ、だとしても今回の依頼で目的だったエンペラー社に、かなり手痛い損失を与える事になったはずです」
「かもしれんな。だが、奴らに手傷を負わせる事は依頼に入っていたか?」
「……いい大人が――」
「もういいだろ」
前のめりに机へ足を掛けようとしたコユキの肩を掴み引き止めた。これ以上言い合っても奴は恐らく報酬額を変える気は毛頭ない。
「で、でも」
「ソイツが言っている事は概ね正しい。だからもう帰るぞ」
何か言いたげな顔をする兎のお面が俺に向く。気持ちは分かるが、奴に足元見られている以上今の俺たちが凄みを利かせた所で立場が悪くなるだけだ。
少し肌がピリピリとひりつく、此処は奴らのテリトリー。今日は疲れたし、もう戦闘はしたくない。
「流石、チンピラ共を纏めているだけの奴は話が出来るな」
俺を軽く試しているのだろうか。見え透いた煽りだが後ろに居る2人が、奴の言葉に反応して力んだのが分かった。振り返って牽制すると、二人とも目をそらしてそっぽを向いた。
……今だけは頼むから、さっさと俺を帰らせてくれ。
「アンタ、ここの誰だっけ?」
「……この支店の部長をやっている」
「ブチョーね。分かったわ」
ブチョー、ブチョー、覚えやすくてとても良いと思う。俺の言い方が軽視しているように感じたのか、奴は軽い溜息を吐きながら俺たちに出ていけと手で払った。
「ふんっ、次は礼節も覚えて帰ってくると良い。お前たちみたいな生意気な生徒は嫌いなんだ」
「へぇ次もあるんだ。じゃあ次は、
「……俺は忙しい、この後も商談がある。さっさと出ていけ」
ようやく帰れると言わんばかりにドアを開けて俺が先に出ていくと、他のみんなもつられる様に一人ずつ退出する。部屋の外には扉を挟むように2人の兵士が警備していた。手で軽く挨拶するが返事らしき反応がない。奴を護衛用のオートマタの様だ。
そこから離れ出口に向かって歩き出すと、後ろからモエが俺に近づいて小声で尋ねた。
「本当に良かったの?」
「ああ、アイツ必ず次も依頼してくるからな、その時に吹っ掛けよう」
「分かるんですか?」
トキも気になったのか、少し離れた所から会話に入ってくる。まだ距離を測りかねているのか声色に硬さを感じる。
「ここまであのブチョー1人しか見かけてない。恐らくあの依頼はアイツの独断で、他の人に気づかれたく無いんだろう」
競合他社であるエンペラーにちょっかいを掛けて何が目的なのだろうか。それもアイツの独断、奴は奴で何かきな臭い事をやっているのだろう。
ブチョーってのはどれぐらい偉いのか分からないが、単純に地位か金目的なのだろうか。
「……ん?」
渡り廊下の向こう側からカツカツと革靴が床を叩いたのが聞こえた。聞こえる足音の数的に1人の様だが、ブチョーの言っていた商談相手だろうか。
互いに歩くにつれて足音が近づいていく。廊下の角から本人が姿を見せた時、まず最初に思ったのは
黒いスーツに黒いネクタイ、そして不気味にまで黒く染まった顔。右目だけが開いており淡く発光して、その穴から全身へと細い亀裂が走っている。だが、
だが、キヴォトスの人ではない。俺が住んでいた場所の人か分からないが、ただはっきりとその男はキヴォトスの外から来た人だと分かる。
『……』
前に踏み出そうとした足が僅かに強張った。今までなかった神経が急に生まれ、骨の髄から抵抗されたような奇妙な緊張。
俺の意識や感覚ではない。これは、……先生だろうか。
人の姿が見え警戒した3人は静かに黙り込んでただ廊下を歩く。ひとつの道を向かい合って歩いていればすれ違う事になるだろう。
横に広がってた俺たちは少し横に詰めて、彼が通れるほどの道を開ける。その男は俺たちの気遣いに気づき、人二人分空いただろう隙間を会釈をしてすれ違った。
「……失礼、少しよろしいでしょうか?」
ただの通りすがりで終わると思っていた男が、足を止めて俺たちを呼び止めた。どうするか考えた後ゆっくりと間を開け、俺が返答せずに足を止めて振り返る。その男も振り返り俺たちを見ていた。
「急に呼び止めて申し訳ありません。ただすこし……貴方。その白い装いをしている貴方です」
声を出さずに頭を横に軽く振って応える。
「その
唾を飲み込んだ首元がそのまま固まった。言い淀んでは気づかれると感じた俺は、咄嗟に「ブラックマーケットで見つけた」と言おうとした。しかし何故か、
『「トリニティだ。下水道の出入口に落ちていたのを拾った。……お前の物か?」』
「……いえ、少し気になったものでして」
先生が俺の身体を使って喋っている。身体が自分の意志とは関係なく勝手に動く感覚は不快じゃないが、不意打ち気味にやられたせいで少し驚いてしまった。
男は俺の顔をじろり覗き込むように見つめた後、彼は表情ひとつ変えずに背を向けて再び歩き出した。
「……では、失礼します」
本当にそれだけだったのか。何事も無かった様に歩き去ろうとする男の背中を、俺たちは小さくなるまで見つめ続けた。身体はもう自由に動けるようになっていて、俺はそれを確認してから出口に向かって歩き始める。
「不気味な大人でしたね。あの人に何か心当たりあります?」
「……さあな」
少し震えた小声でコユキが耳打ちした。……心当たりか、ある。ありすぎて困る程だ。
何故今、先生は出てきたのだろうか。考えて一番最初に浮かんだのは、先生は俺自身の謎を俺に知られたくない事だ。
てことは、今の男は俺の事について何か知っているのだろうか。
「……先生」
「えっ、何か言いました?」
「……何でもない」
隣に居るコユキにも聞こえてしまうと分かっていたが、俺は今この場で先生の名を呼んで尋ねたかった。しかし、予想通りと言えばいいのか、先生は押し黙ったかの様に静かで何も答えてくれなかった。
「リーダー、この後どうすんの?」
「あっ?……ああ、飯食いに行くぞ」
そう聞いた彼女たちは一人を除き、何処へ何を食べに行くか何て聞かなかった。
◇
◇
◇
・
◆
◆
◆
昨夜、兵器開発を支援していた一人が何者かに襲撃された。
幸い彼は生きているそうだが確認した所、開発途中だった兵器は破壊されてしまったそうだ。
彼は己の悲願を叶えるために手段を択ばず、その子供の様な純粋さを持った狂気の大人として目をかけていた。ビジネスとしてまだ技術提供を続けてもよかったのだが、一番の開発施設がアレでは復興もままならないだろう。
もしエンペラーから乗り換えるなら、今このタイミングだろう。
「しかし、あのマスクは……」
大方、傲慢で思い上がった彼が何処かに恨みでも買われたのだろう。ソレ自体は細事であり、大したことではないのだ。
むしろこれでカイザーにとって憎きエンペラーが衰退していけば、キヴォトスにおいてカイザーグループが一大企業とトップに躍り出る。
「……
いや、だとしても奇妙な点が多すぎる。
あれには、明らかに私が作ったという痕跡が残っていた。しかし、アレはかなり古い型の物で今さら出てくるような物ではない。
そして何より、作成した時の事を思い出すことが出来ない。考えれば考えるほど不明瞭な情報が頭の中を過る。これは、……この感覚は――
「忘れてしまっている。……私が?」
自身の作り出した物を忘れてしまう。それ以上に、思い出せないなんて事あるのだろうか。
足を止めると気が付けば目の前にドアがあった。これから大事な商談だと言うのに、すっかり意識はあの生徒に向いてしまっている。
あの生徒の事を少し調べてみるとしましょう。他の者たちにも尋ねてみましょうか、きっと何か手がかりがあるはず。
思考を切り替え、私はドア数回叩いたあと部屋の中へと入った。次の方は彼と違ってもっと長く、より良いビジネスになる事を祈りましょう。
そして、ゆくゆくは……
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