機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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兎-3『ガラパゴス島からのテレフォンコール』

 

 眩しい日が挿す昼間だというのに、目がチラつきそうなほど照明が店内を照らす。

 

 中は広く白く角ばった机が点々と置かれており、その間を客が行ったり来たりと練り歩いている。

 

 「さあ!好きなスマホを選んでください!」

 「いや、何でも良いんだが」

 

 コユキは溌剌とした態度で俺の手を引っ張り店内を歩く。

「連絡さえ取れれば何だって良い」と俺は言ったのだが、彼女はこの機種はどうだとか、何がすごいだとか俺の言葉を無視して熱弁し始めた。

 

 今日、昼前に突然コユキが俺の部屋を訪れケータイショップへ行こうと誘われた。

 

 前々からずっと連絡が取れるように早く買ってくれと、コユキやモエに言われていたのだが余り興味が無く、今日の今まで適当に躱していた。

 

 今回も適当にあしらって、部屋の中で大人しく休息を取りたかったのだが、部屋の中で騒がしく駄々を捏ねられた。

 

 床に転がり赤子の様に喚く姿は、見ていて情けなかった。

 

 だが、その程度で折れる俺では無く無視を決め込み放置した。

 しかし、いつの間にか部屋に居たトキがコユキの目も充てられない姿を見かねて、俺たちを外へと追い出した。

 

 「この汚い部屋を掃除しますので、外に出てもらっていいでしょうか」

 「……はあ、出かけりゃいいんだろ」

 「はい、お気をつけて」

 

 スマホを買おうと外出するにしても、いつものマスク姿で出かけてしまえば騒ぎになりかねない。

 

 「着替えてから行きましょう」とコユキの部屋に連れ込まれ、大きさもほぼ同じなため、また彼女の服を借りることになった。

 

 俺はマスクと上着を外した姿で十分だと言ったのだが、せっかくだと理由もなく服を押し付けられた。

 

 突き返して断ろうも、躊躇することなく目の間で彼女は服を脱ぎ始め、もう流された方が楽かと思い渋々俺も着替えることにした。

 

 「……お前、恥ずかしくないの?」

 「何がですか?」

 「普通、着替え何て一人で、他人に肌を見せたがらないものだと思ったが」

 「えっ、リーダーは恥ずかしいタイプですか?」

 

 ガワは女で中身は男なのだが、同性なら普通なのだろうか。

 ここで素直に頷いてしまえば揶揄れるのが分かっているので、何も言わずさっさと着替えることにした。

 

 俺がスカートを履きたがらないのを分かっていたのか、彼女から渡されたのは明る目なグレーのボーダーシャツと、やけに丈の短いデニムのパンツだった。

 

 「……これズボン千切れてないか?」

 「ブフッ!」

 

 ホットパンツですよと噴き出したコユキが笑う。そのむかつく顔に、そのホットパンツとやらを丸めて顔に投げつけた。

 

 路地裏の街娼だってここまで丈の短い奴を履いていなかったぞ。……まぁ、そもそも履いてすらいない奴は居たが。

 

 「えー、リーダー案外照れ屋さんですね~」

 「殺すぞ」

 「ひゅっ!?……でっ、でもでも私も同じ奴着るのでオソロにしましょうよ」

 

 彼女の顔が真っ青に染まり一瞬怯えた様子が見えたが、冗談だと分かると彼女も何が意地があるのか引くことは無かった。

 

 着替え途中の彼女を見ると、確かに俺か貰った服と同じものだった。……事実、女性らしい服装は抵抗があり少し恥ずかしい気持ちはある。

 

 他の物に変えて欲しいとは思ったが、少し俯きながら縋るような彼女の表情に断りきれず、何も言わずにただ黙って着替えた。

 

 手を引かれながら見る彼女の後ろ姿は、いつもの二つ結びの髪を一つに纒めており、動くたびに大きな尻尾のように目の前で揺れた。

 

 ちょっとした髪型の変化だが、それだけでも印象が少し変わるのは不思議に感じた。

 

 「おっこれどうですか、12k対応カメラで写真とか綺麗に撮れますよ」

 「俺が写真を取ると思うか?」

 

 二つ返事で断るとコユキは手に取っていたスマホを戻し、すぐ隣に置かれていた物を手に取った。

 水色でメタリックなスマホだが、背面に押し込めそうな赤色のボタンがあった。

 

 「これとかはどうですか!背面のボタンを押すと緊急時にパルスボムして使えます!」

 「使った後はどうなるんだ?」

 「スマホ内部回路が全てショートして二度と使えなくなります」

 

 文字通りの使い捨てじゃねーか。なら初めから手榴弾を使ったほうが早いだろ。

 要らないと手を振るが、次から次へとよく分からないスマホを持ってきた。

 

 「じゃあこれはどうです?トリニティ生徒に人気ですよ」

 

 持ってきたのは今までのスマホよりも3個分程大きく、彼女は片手に収まりきらず両手で俺に手渡した。

 

 「かなりでかいな」

 「はい。そのかわり横から茶葉と水を入れると、いつどこでもお茶を淹れる事が出来ます」

 「本気でいらない」

 

 外で態々お茶なんて作ろうとは思わないし、好き好んで飲みたいと思ったことがない。

 てか、トリニティの奴等はこれを嬉々として買うのか?

 

 「ふふっ、機器だけにですか?」

 「……」

 「……ハイ、ナンデモナイデス」

 

 手に持っていた携帯を元の場所に戻す。

 それから右回りで店内にあった色んな機種を見て回るが、どれもこれも癖のあるものばかりで全く買う気にはなれなかった。

 

 そうして店内を一周し元の場所へと戻ってきて俺たちを見かねたのか、近くに居た店員が歩み寄って声をかけてきた。

 

 「何かお困りですか?」

 「……あ?」

 

 ここで働いている生徒なのか、大人のスタッフではなく何処にでも居そうな少女だった。

 

 俺たちより背丈があり少し大人びた生徒で、その顔は当たり障りのない笑顔を作っている。これが所謂、営業スマイルってものだろうか。

 

 「リー……この子スマホを持った事無くて、少し悩んでるんです」

 「……悩んでる。と言うより」

 

 この店に置いてある携帯が全て微妙に要らないんだよな。そう、思ったが流石に口にまでは出さなかった。

 

 「何かコレといった要望、があれば見繕い致しますよ」

 

 店員は笑顔のままそう口にすると、隣りに居たコユキが俺に視線を向けた。……要望か、何も考えてなかった。

 手にしたとしても使わないかもしれないし。そもそも携帯に何を求めるべきなの知らない。

 

 俺は少し頭を悩ませたあと単純に持ち歩くなら、かさばらずに頑丈なだけで良いと思った。

 

 「軽くて……」

 「軽くて」

 

 「大きく無くて……」

 「大きく無くて」

 

 「落ちても壊れない奴」

 「落としても壊れない、……一応、どれも落とした程度じゃ壊れないとは思いますが」

 

 何と今まで見てきた携帯どれも丈夫な物だったらしい。

 まあ、確かにキヴォトスで生活する以上銃撃戦は避けられないし頑丈なのは当たり前か。

 

 「ビルの屋上ぐらいから落としても壊れないか?」

 「ビ、ビルの屋上?」

 「わーっ!わーっ!軽くて一番丈夫な奴でお願いします!」

 

 店員は突然前に割り込んで来たコユキに呆気を取られていたが、一番丈夫な物と聞いてこの場を離れると、すぐにカウンターの裏から翡翠色のボディをした携帯を持って来た。

 

 「こちらが今店に置いてある中で一番耐久性が高い物です」

 「……」

 

 持ってきた店員が怪訝な顔をするので、誤魔化す様に俺は店員から携帯を受けとった。

 手に持ってみると、俺の手でも握れるほど小さく、確かに見た目ほど重くなかった。だが軽すぎて本当に頑丈なのか疑問だった。

 

 何でもボネードだかチタン繊維やらを合成した素材らしく、軽いのにそこらへんの強化ガラスより強度が高いのだという。しかし、難しい言葉を使い始めた所で俺は耳に入れるのをやめた。

 

 しかし、話を理解できない俺とは打って変わり、コユキの方は興味があるのか以外にも話をしっかりと聞いている。

 

 蚊帳の外になった俺は手の上で携帯を少し遊んでいると、ふと本当に頑丈なのか確かめたくなった。

 

 「……ふっ!」

 

 右手で硬く握りしめる様に軽く力を込めて潰そうとしてみるが、僅かに撓んだだけでそのまま壊れる様子を見せなかった。

 

 「何でもキャッチコピーは、戦車が踏んでも壊れない!だそうです」

 「へぇ、……ちなみにいくらですか?」

 「これぐらいです」

 

 尋ねたコユキに店員が値札を見せると、能天気な顔がしかめっ面に変わった。

 見れば数字が6個並んでいるように見える。俺は携帯の相場何て知らないが、コユキからするとかなり高いらしい。……あっ、裏に少し罅が入った。

 

 「わぁ……、それなりの価格しますね」

 「殆どの方は、安くて適度に丈夫な奴を選びますね」

 「まぁ確かに消耗品みたいな所ありますし」

 

 これ以上に壊れる気配が無く、これでいいんじゃないかと思ったが、罅が入った裏面をよく見れば作った会社らしきロゴが刻まれていた。

 

 丸みの無い角張ったイカのロボットが頭に葉っぱの冠を乗せている。どこかで見た気がするのだが一向に思い出せる気がしない。

 

 「コユキ、これ」

 「ん?この携帯にしますか……って何で罅割れてるんですか!」

 「いやそれじゃなくて、これ」

 「これお店の商品何ですけど……」

 

 コユキの目尻が一瞬釣り上がったがロゴを一目見ると、眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を作った。どうやらこのロゴに覚えがあったらしい。

 

 その様子を見て俺もこのロゴが何処の物かが分かった。そう言えば失敗作だったか出来損ないだかを、売って資金にしてるって言ってたなアイツ。

 

 「すいません、このスマホのメーカーって?」

 「えーと、エンペラーです」

 「二番目に丈夫な奴ください」

 

 あれだけ見て回ったのに、最終的に購入したのは一度も見てすらいない携帯だった。

 

 ◯

 ◯

 ・

 ●

 ●

 

 コユキが会計を済ましている間に、横で店員から商品が詰まった紙袋を受け取る。

 結局、携帯が決まった後も保険だとかプランだとかの話で長くなりその全てをコユキに任せた。

 

 「ありがとうございます。重いですが持てますか?」

 「ああ」

 

 携帯というのは使える状態を維持するために必要な物が多いらしい。ケースだとか充電器だとか細かい物も纏めて買ったせいで、荷物がかなり大きなってしまった。

 

 「二人とも仲いいんですね」

 「……そう見えるのか?」

 

 会計が終わるまでの時間、何の気遣いか分からないが店員がそう言った。何て返すべきか考えずに適当に否定したのだが、店員は何が面白かったのか口から漏れるように笑った。

 

 「ペアルックなんて私、久しぶりに見ましたよ」

 「……仕方なく着ただけだ」

 

 胸元のシャツを摘まんだでパタパタと仰ぐ、コユキを見れば俺と彼女はまんま同じ様な服装をしている。違うのはボーダーのシャツの色が灰色か桃色かの違いだけだ。

 

 所詮、俺には女の考える事なんて分からない。服装を同じにした所で一体何が楽しいのか。

 それでも店員の表情は変わらず暖かなもので座りが悪かった。

 

 別に俺は人の気を察せぬほど鈍感なわけではない。

 ただ、既に答えを出さないと決めた事を、また改めて考えたくないのだ。この事については分からないままで、俺からはただ何も答えを出さないままで居たい。

 

 「わ~ん!、見てくださいこのレシート!」

 

 居心地の悪さに耐えつつもしばらくして、支払い終えたのだろうコユキが長い紙を指で摘まみ、ひらひらと俺に見せつけるように突きつけた。

 

 「……高い買い物をしたな」

 「リーダーが罅を入れたから弁償になったんです!」

 

 一番頑丈だなんて聞いたら、本当かどうか試したくなるだろ。世の男たちならきっと皆そう思うはずだ。目の前の彼女は女だから分からないのだ。

 

 「それより腹が減った」

 「……はぁ、そうですね。丁度お昼になりますし、近くでランチにでもしますか」

 「人が少ない所にしてくれ」

 「分かってますって」

 

 コユキと何処にしようか何て会話しながら俺たちは店から出た。

 一人でに締まるドアに振り返ると、あの店員が頭を下げて俺たちを見送っていた。深いお辞儀のせいで、彼女が今どんな表情をしているのかは、俺には分からなかった。

 

 ケータイショップの周囲には、密集する様にお店が沢山あった。

 元々活気ある場所なのか、昼間の休憩でスーツを着た大人や制服姿の生徒たちが多く、何処も賑わっていて空いている所なんて何処にもなかった。

 

 店を出てから荷物片手に連れられるまま歩き回り、丁度良さそうな所を見つけそこで食事をすることになった。

 俺が人気のないところを所望したせいか、かなりの距離を歩く羽目にはなった。

 

 コユキはパスタを注文し俺はオムライスを頼んだ。数回程アジトで食べた記憶があり、その時に名前を教えてもらったのだ。

 

 「好きなんですか?オムライス」

 「そうでもない」

 

 メニューを渡されても何が書かれているか分からないから、見たことある物が移った写真を指差しただけだ。

 

 店内は椅子の数が12個程しかない程狭く、入店時に回りを見たが俺たち以外には客は居なかった。

 

 落ち着けるほど静かだが無音って訳でもなく、カウンター席の方から小さく音楽が流れていた。

 

 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」

 

 注文を終え店員が厨房まで下がってしまうと、テーブルの上には会話など無く、ただお冷の氷がからりと音を立てるだけだった。

 

 ガラスの外でも眺めようと思ったが、ただ日の光を入れるためだけなのか、曇ったガラスには水で滲んだような外の景色しか映っていなかった。

 

 これでは暇つぶしになりもしない。

 普通に考えれば目の前に居る彼女とでも雑談でもすれば良いのだろうけど、コユキと俺はアジトで傍に居ても滅多に話す事がないのだ。

 

 「リーダーって、いつも何してるんですか?」

 

 彼女の声に少し驚き視線を正面へと戻す。俺はこのままご飯が運ばれてくるまで無言で過ごすつもりだった。

 

 「何って、大体お前らと一緒に居るだろ」

 

 日が沈んでからお金を求めて強盗行為を繰り返す。もうキヴォトスに来てそれが日常だ。

 

 「()()()()()じゃなくて、一人きりの時ですよ」

 「あぁ?……だとしても、いつも何もせずに呆けてるだろ」

 「本当そうなんですか、いつもボーッと外眺めてますけど飽きません?」

 

 まるで年寄りみたいですよ。とコユキが冗談交じりで話す、確かに可笑しいかもしれないがアレはもう癖みたいなものなのだ。

 

 寝ずにただ一点どこかを見つめジーッとしているのが、ただ楽で落ち着くほど身体に染みついており、治す気も無いがどうやったって治せようもないものだ。

 

 あの町の生活は殆どがソレだったからな。そうやってずっと、人通りの多い道で機会を待っていたものだった。

 

 「私だったら、すぐどこか遠い所に出かけたくなりますね」

 「お前カジノしか行かないだろ」

 「カジノ以外にも色々行ってます!」

 

 そうやって彼女は否定しているが、大体一人で出かけて帰ってくると、生気の抜けた表情をしており、そのまま不貞寝しているので信用がなかった。

 

 「えーーと、ほらっゲーセンとかにも行ってるんで!」

 「ゲーセン?」

 

 聞いたことのない場所だった。俺が首をかしげて知らないというと、彼女は一瞬驚いたがすぐににっこりと笑いテーブルに身を乗り出した。

 

 「行ったことないんですか!?」

 「……ないな」

 「だったら今度一緒に行きましょうよ」

 「気が向いたらな」

 

 何故なのか、コユキは是非とも俺にゲーセンへ来て欲しいと強請った。

 その勢いにむしろ引いた俺は行く気が失せたのだが、実際ゲーセンという知らないものには少し興味を惹かれた。

 

 行こう行こうと連呼する彼女を、遮ぎる形で店員が料理を持って来た。

 湯気と共に昇った香りが食欲を誘い、慣れているのか綺麗で丁寧な動きで、俺たちの目の前にお皿を置いた。

 

 いいタイミングだった。来るのがあと少し遅ければ俺は、コップに残っていた氷を目の前に居る彼女の顔に目掛けて弾く所だった。

 

 「わぁ!美味しそうですね!」

 「……そうだな」

 

 キヴォトスに来て、食事をする事が少し好きになった自分が居る。汚くなくて、冷たくなくて、簡単に手に入れられる。

 ただ飢えを耐え凌ぐためのものではないと、俺の中で分かっているつもりだ。

 

 「いただきまーす!」

 

 それでも、ふとした時、胃の中に張り付くような飢餓感が生まれる。

 

 ただそれが、俺の当たり前の欲求なのかどうかは分からない。先生の言葉が頭の中で繰り返される。睡眠を必要としない身体なら、恐らく食事だって同じではないのだろうか。

 

 「そうだっ、私のパスタと一口交換――」

 「……おかわり」

 「早っ!、というかこぼし過ぎですよ!」

 

 だけど今はそんな考えを忘れ、2個目のオムライスを頼む事にした。

 

 

 

 カフェで食事を終え特に予定も決め手なかった俺たちは、そのままアジトへと帰る事にした。

 彼女が言っていたゲーセンに行っても良かったのだが、本人がまた次回にしようと断られた。

 

 「また店員の人困ってましたよ」

 「知った事じゃない」

 

 結局あのあと、店員が断るまでオムライスをおかわりし続け、空になった皿が天井に向かって積み上がることとなった。

 

 「何だかんだアジトに戻る頃には夕方ですかねー」

 

 恐らくまだ昼を過ぎたばかりで、人によってはお茶と菓子をつまむ者もいる時間だ。言われた通り、このままゆっくりと歩いて帰れば、帰った頃には日が暮れていそうだ。

 

 半袖のシャツに丈の短いズボンだが、外出をしても肌寒くなるようなことは無かった。気がつかなかったが、心なしか日が経つにつれて冷たかった風が、少しぬるく感じるようになった気がする。

 

 「買い物も行けたし、おいしいランチも食べられたので今日は良い日です」

 「俺はお前のせいで外へ出る羽目になったから厄日だけどな」

 「すぐそんな事言って、スマホ買えたし良かったじゃないですか」

 

 歩くたびにガサガサと音を立てる袋に目をやった。確かに個人用の連絡機器は持っていなかったが、連絡を取り合う相手などモエとコユキ、それにトキの3人しか居ない。

 

 それに基本的にアジトに三人とも居るし、何故か出かける際は態々俺の部屋まで来て報告してくるのだ。

 だから実のところ本当に必要ない。強盗の際だっていつもモエの用意した通信機器を使って行動している。

 

 連絡を取り合うだけじゃなく、ケータイショップで店員から色々出来るとは聞いたが正直俺の手には余る。

 

 「……そうかもしれないですけど、ちょっとした時に会話とかできますよ」

 「お前たち3人同士ならともかく、俺と話す事なんて何もないだろ」

 

 彼女たちならともかく俺自身、そんな人と会話をしたいとは思わない。それにちょっとした時間、何て言うがいちいち連絡があるかないかを確認するのも億劫だ。

 

 「使い方ぐらいは覚えてやってもいい。連絡するなら必要な時だけにしてくれ」

 

 十字路を曲がり、真っ直ぐ進めばアジトに着くという所。突然、服の袖を引かれ足を止めた。

 

 振り返ればコユキの手が俺の腕まで延び、その先の細い指が掴んでいた。袖を引く指先から流れる様に、彼女のその顔を見る。

 

 その表情を見たのは今日で二度目だった。

 

 「れ、連絡しちゃ……駄目ですか?」

 

 俺は彼女をただただ狡いと思った。お前のその顔は苦手だ。そうも弱々しい顔をされてしまえば、まるで俺が悪者みたいじゃないか。

 

 「……好きにしろ」

 

 彼女の顔が晴れるように綻ぶ、コユキは笑うと目をつむって笑う癖がある。嬉しい事や面白い事があれば笑い、焦ったり緊張したりすると分かりやすく顔に出す。

 

 分かりやすい。だからこそ、向けられた思いや感情に戸惑ってしまうのだ。……いったい何が良いんだ、本当に。

 

 掴まれた袖で彼女を引っ張るように歩き出す。肩はアジトの前に着くまで重いままだった。

 

 ◯

 ◯

 ・

 ●

 ●

 

 個人用の携帯、スマートフォンを手に入れてから1週間経ったころ。突然、コユキは俺の部屋を開け放ち声を上げた。

 

 「ちょっと!リーダー何で返信どころか、既読すら付けてくれないんですか!?」

 「……あ?」

 

 ハンモックの上で寝返りを打つように向きを変え、彼女の方を向くと携帯を片手に騒ぐコユキの姿があった。

 

 部屋に居たモエとトキも彼女の方へ顔を向けたが、いきなりの事でイマイチ何の話なのか理解してはいなかった。

 

 「……返信、あーそうか……」

 

 そう言えば三日ほど前に()()()()()()、すっかり記憶から消え失せてしまっていた。

 

 思い出したかの様に懐から取り出すしぐさをしながら、右手で携帯を取り出しコユキに向かって放り投げる。

 慌てることなくそれを受け止めた彼女は、眉間に皺を寄せたまま首を傾げた。

 

 「何ですかこれ」

 「俺の携帯」

 

 モエとトキは携帯を買ったことに驚き、コユキの元へ近寄り手に取ると今度は3人で首をかしげた。

 

 「えっ、態々()()()()買ったの?リーダー」

 「稀に大人の人で使ってる人居ますが、今どき買う人居たんですね」

 

 彼女たちの手元にある携帯。それは折りたたむことができ、開けば小さく数字が印字されたボタンと液晶画面が備わった俺もよく分からない携帯だ。

 

 だがら、それがガラケーと言う名前なのも今知った。

 

 「いやっ違います!ちゃんとスマホを買いましたし、モモトークだって交換したじゃないですか!」

 「でも、これ多分メールと電話ぐらいしか出来ないよ」

 

 可笑しいと叫ぶ気持ちも分からなく無いが、何を言ってもこの前買ったスマホはもうガラケーになってしまったのだ。

 

 こればっかりは誤魔化しようがなく、説明できる事でもないし、意地でも話したくもない。深くフードを被り寝たような姿で無言を突き通すしかない。

 

 決して肌身から放さず持っているのが面倒になり、つい興味本位と楽になればと思い先生に頼んでしまったわけではない。

 

 俺だってまさかこうなるとは予想してなかった。

 

 『だから止めたのだ私は』

 「どうせ隠してるのか、何処かで失くしたんですよね!?」

 

 コユキは俺が悪ふざけで実は隠し持ってるのではないかと疑い始める。しかし信じられないとは思うが、その携帯は形状こそ変わってしまい不便にはなっても本質は変わってないのだ。

 

 「ラパン、俺に電話してみろ」

 「……え?」

 「いいからしてみろ」

 

 俺に言われるままコユキはスマホの上に指を滑らせると、彼女たちが囲むように持っていたガラケーが音を立て始めた。

 

 3人とも呆然としており、モエがふざけて電話に出ると彼女の声がコユキのスマホから流れた。

 

 「……う、うあぁああああん何でーー!」

 

 よく晴れた昼前の頃、アジトの窓を抜けた彼女の声は廃れた街中によく響いた。

 




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