7-3『雨が降りやすい時期、六月』
隙だらけの2人のその姿に肉薄し両腕でラリアットをかまして打ち飛ばした。両者ともに後方の障子を突き破り、遠くへと転がっていく。
「おい、お前はどうする?」
「ここから逃げたいけど」
じゃあ好きにしろと言うとカヨコは俺の靴を投げ渡し突き立てた机を遮蔽にして隠れた。戦闘に参加する気は無いがこの場には残るらしい。
先の爆発での煙が僅かに残っており、その向こうへと消えていった奴らを警戒しながら靴を装着感確かめる。
徐々に晴れていく煙を凝視していると、その煙に揺らくと同時に穴が空いた。咄嗟に頭を下げ弾丸を避けると、後方にあった木の柱が裂かれるような音を立てて削られた。
撃ち出された方へと向かって駆けだすが、再び煙が揺れめき弾丸の行先を確認する。……さっきの弾と違って弾速が遅い?それに玉そのものが大きい。
あれでは俺へ届く前に地面へ落ちるだろう。足を止めようとした瞬間先生が一言呟いた。
『それは榴弾だ。着弾と同時に爆発するぞ』
毛先を焦がすような炎が目前で立ち上った。驚きと共にバックステップで距離を取る。
目の前の爆発と同じものが続けて周囲に起こる。煙の中で闇雲に打ち出した弾が爆発しているのだ。
この屋敷は木造だ。あっという間に火の手が回る。
崩れ落ちた天井の木片や障子が爆炎と共に吹き飛び、熱を孕んで炎を帯び始めた。
次々とあちこちを破壊する榴弾が戦闘するには手狭だった部屋を大きな広間へと作り変えていく。
偶然居合わせた他の客にも流れ弾に巻き込まれ悲鳴と共に吹き飛ばされる。それを見た他の客もバタバタと慌てて逃げ始めた。
「何の騒ぎだ!」
白い割烹着を来た黒い毛並みの店員が声を荒げながら入ってくる。
それの後ろから肩を引くように抑える店員が居るが、止められないのか引きずられてしまっている。恐らくだが彼がこの店の店長なのだろう。
だとすれば、自分の店が突然爆撃と共に燃え始めているのだから、それは冷静でいられないだろう。
無防備に大広間となったこの戦場に乗り込んでくるがあの銀髪はともかく金髪の方が撃つ手を止めてない。
「あらこれは」
「此処はワシの店だぞ!ここまで荒らして店を潰す気かおどれら!」
「落ち着ていくださいまし、私はただあの無法者を正したいだけですわ」
「無法者はお前らだ!!」
それは俺も思っているぞ。
「この悪がきゃ共が!まとめてマーケットガードに突きだ――ッ!!?」
怒りが頂点に達しそうだった店長の足元が爆発する。爆風で吹き飛ばされた先で真っ黒だった毛が煤にまみれ、他の店員たちにずるずると引きずられていった。
「これ戦闘する必要ある?」
近くの物陰からカヨコの声が聞こえた。彼女の言う通りあっちが勝手に吹っ掛けて来ただけで、俺らは別に付き合う必要ない。だけど、ここまでされてあの女に何もせず逃げるのは面白くない。
しかし、此処はブラックマーケットの中心、うだうだと時間をかけてしまえば店ごとマーケットガードに包囲されてしまう。
奴らはチンピラとは違って、武装が硬いし統率を取ってくるので囲まれてしまうと逃げるのが難しくなる。
せめてあの女に一発やり返してからこの場を立ち去りたい。
「……はぁ、あの金髪の方は私が抑えるから早くして」
言われなくてもさっさと終わらせるさ。袖の内から取り出す様に銃を取り出す、もちろん自分の銃身の短い散弾銃だ。
眉間を狙って飛んできた銃弾を回避するのと同時に前へと駆けだす。
彼女の使っているあの銃は、どうやらそう何発も連射出来るものじゃないらしい。ならば、さっさと近づいてしまえばこっちのものだろう。
割れた障子や天井と壁の破片を素早く乗り越える。重なった瓦礫を踏みつけた拍子に、足元の瓦礫の隙間に爆薬が見えた。
反射的に彼女の方を向くとその手にはスイッチを見えた。
咄嗟に真横の部屋に飛び込むと再び爆風が屋敷全体を駆け巡った。あの適当に打っていた爆撃は瓦礫を作るためだったか。
距離を維持するために作った瓦礫へ爆薬を隠し、詰めるに詰められない状況で遠くから射撃する。チンピラ達とは違って頭を使った戦い方をしてくる。
「なら、こっちは頭を使わずに行くか……」
壁を背にして息を入れようとするが、悪寒を感じて壁から逃げるように転がる。瞬間、壁へひとつの風穴が空く。
思わず唾を飲み込んだ。障子2枚と寄りかかっていた壁を全て貫通して来やがった。
弾の威力が明らかに違う。
そもそも俺の銃弾は撃ち出した後に拡散するので比べる事が間違い。だが、彼女の弾は障子と壁を悠々と貫通し、果てに俺の頭上を通り過ぎた先の壁すらも打ち抜いてしまっている。
「俺の弾と違い過ぎないか」
『なら、弾を変えてみるか?』
俺の銃に他の弾なんて存在があるのか。その疑問を口に出すよりも先に手元から青い粒子が手を伝って銃口に流れる。
『ああ、今換装した。慎重に狙うんだ』
壁から大広間へと飛び出した。遮蔽物に隠れるより動いている方が安全だ。
道すがらに外れた障子を片手で掴み、ぐるりと回転を掛けて彼女に投げつける。視界を塞ぐのと同時に彼女の射撃の妨害を狙った投擲だった。
燃え移っていた火が風を切るごとに赤く広がっていく。だが彼女は全く避ける素振りを見せない。膝立ちから立ち上がって銃を構えた。
発砲、投げ飛ばした障子が半分に引き裂かれ、弾丸が俺のすぐ真横を通り抜ける。勢いを失った障子は彼女まで届かずに、畳の上を転がって火の中へ入っていった。
「器用だな」
続けて飛んでくる弾丸を回避しつつ、次弾が来るまでの僅かな間に狙いをつけて引き金を絞った。撃ち出す感覚がいつもより強いが、抑えられない程ではない。
撃ち出された弾丸は彼女に向かって飛んでいくが、普段の弾と違って拡散しなかった。
ただ真っ直ぐと進むだけの弾丸は彼女が遮蔽物として使っていた机を吹き飛ばし、その後ろの壁までも砕き割った。
いつもの拡散する弾ではこの距離で出せる威力ではない。そして確かに彼女を中心に捕えて撃った筈なのに弾丸が逸れた事が不可解だった。
『弾丸の質が低いのもあるが、今のはユウリの打ち方が甘い』
「……そうか」
彼女は目の前に複数の爆薬をばら撒くと即座に起爆させる。俺との間で起きた爆発が目の前を黒い煙で包んだ。
距離を取るための目くらましか、多少焼けるかもしれないが強引に煙の中を詰めていく。
さっきまで彼女が居た所に着くもやはり姿が何処にも見えない。足音を辿りたいが生木の弾けるような音と、轟々しい炎のが混ざり合って騒がしすぎる。
この騒音の中で音を頼りに見つけるには時間が掛かる。かといってこの視界不良の黒煙の中、目を凝らしたところで何か見えるわけでもないだろう。
『今見てる方向から左前だ』
言われた通りの方向に駆けだしてすぐ、薄くなった煙の先に細い光が瞬いた。
「そこか」
「なっ!?」
驚いた彼女は反射的に銃で殴りつけるようとするが、俺も咄嗟に膝で蹴り上げて真上へと弾き上げた。何故と分かったのかとばかりの表情をするが、先生の助言でしかなく見つけた方法なんてものは俺にも分からない。
隙を作ってしまった彼女に張り手をかまそうと一歩踏み込む。しかし、天井を向いている筈の銃身から発砲音が聞こえ、釣られる形で見上げると照明が落下して俺に向かって来ていた。
構わず彼女の腕を掴み照明を巻き込んで振り投げる。大きなシャンデリアだったりしたら痛いだろうが、この程度じゃダメージにもならないだろう。
木材の破片を振りまきながら壁際まで転がっていった彼女を追いかける。
足元から嫌な予感がしたが、時間があまり残っていない。避けずにただ少しだけ前へと加速した。
すぐ後方の床から爆発が起こり爆風の煽りを受け、体が浮き上がって吹き飛ばされる。背中に焼けつくよう熱を感じたがこれで彼女へ近づけた。
空中で体を捻って横なぎに蹴り入れるが上手く力を乗せる事ができなかった。地面に足を降ろせば反撃とばかりに肩でタックルをしてきたが、それで押し返される程俺は力押しに弱くない。
少し足に入れて耐えるだけで、その場からよろめく事さえなかった。こういうところを見るとキヴォトスの生徒たちは結局少女なのだなと思う。
「覚悟しろよ」
「――ッあがぁ!?」
持ってきた缶詰を強く握りしめ中身を飛び散らすようにこじ開けた。もちろん、こんな開け方をすれば使った手は中身が付着してベトベトになる。
そのまま彼女の整った鼻に、中指と人差し指を突き入れた。予期してなかった下から攻撃に、彼女は低く濁った悲鳴で鳴いた。
咽ながら呻く彼女は痛いのもあるだろうが、それ以上に鼻の奥に猫の餌が入り込み、不快感で中々にキツイ状態になっているだろう。
嫌がらせするならこんなもんで良いだろう。俺だって食べる時にキツイと思ったのだから。
「――貴方ッ!これは、何ですの!?」
「ああ?猫の餌」
一通り地面をのたうちまわると、彼女は刺激が止まらないのか鼻声で顔に涙を浮かべていた。
育ちの良いお嬢様には知らない味だったか?とそう煽ってやると彼女は悔しそうに顔をゆがめた。
その様子に、加虐心……というべきものなのだろうか。優越感のようなものが胸をざわめ尽かせた。もう、……3回程やってみてもいいかもしれない。
潰された缶詰はまだ俺の手の中だ。この一缶全部を、彼女に無理矢理食わせてみたらどうなるのだろうか。気になる、やってみたいと、自分の方が優位であるという状況が俺も知らない欲求をざわめ尽かせる。
一歩、足がいつの間にか彼女に向かって歩みだしていた。このまま後ろ脚を前に持ってくるというタイミングで、張り上げたカヨコの声が聞こえた。
「カラスッ!ガード達がもう来てる!」
カヨコはこの状況を見ていない。ただ、この煙の中を大声で俺を探しているだけだ。だけど、俺以外の人が居るという感覚が、戦闘による興奮と熱で浮かされた頭を冷たく引き締めた。
「……スゥゥ、――――はぁあ」
呼吸を入れて自分を落ち着かせる。昔の俺は今と違って逃げるばかりで、気に入らない奴などを返り討ちに出来る力何て無かった。
でも、今の俺はそれを簡単に出来てしまう。その高揚感のせいで冷静さを失いかけていたようだ。
「じゃあな」
「なっ、待ちなさい!絶対に貴方を――がッ!?」
もう要らないので手に持っていた缶を彼女の顔に投げつける。そのまま気絶した彼女を丁度良いのでその場に捨て置いて離れる事にした。
声が聞こえた方へと向かえば近くにカヨコの姿あった。
「待たせたか?」
「少しね。もう出入口は奴らに抑えられてるよ」
「あの金髪は?」
「……逃げられた」
ため息交じりで話す彼女にくすりと鼻で笑ってしまう。ここの出入口が使えないのなら新しく作るしかないな。
隣接してる建物も抑えられているか尋ねると、多分まだだと言うので上を伝っていくとしよう。ヘリの音は聞こえないので居たとしても撃たれる事はあっても逃げる事は出来る筈だ。
天井に銃口を向け銃弾を放つ。木片がパラパラと頭上に振り落ちるなか、鞄から暗い灰色のスカーフをカヨコは口元に巻いた。俺とは違う理由だと思うが、彼女は外の連中に顔を見られると困るようだ。
「強引だね」
「なら此処に残っていくか?」
ため息を吐きながら頭を振る。炎で炭化せいもあって天井が崩れかけているが、2階もあるようで僅かに空いた穴の先にも天井が見える。
そういえばと、ひとつ聞きそびれた事を思い出しカヨコを呼ぶと嫌そうな顔をされた。
「なぁ」
「……何?」
「担がれるのと背負われるの、どっちがいい?」
最近これを聞かないとあいつ等に文句言われるのだ。
◇
◇
◇
・
◆
◆
◆
「次の道路飛び越えた先のビル」
「了解」
ブラックマーケットの街並みが早々と流れていく。まるでヘリで低空飛行しているのかと思うほどだ。遊園地のアトラクションでも、ここまで激しい浮遊感と速度のアップダウンを経験しないだろう。
安全装置何て物はある筈もなく、不安とお腹への衝撃が入り混じって初めは吐き気がこみ上げたが、数分も揺られていれば慣れてくる。
どこで降ろせばいいかと問われ、私はなるべくゲヘナ近郊の方へとナビゲートしていた。
「あの赤い色の建物の路地で良いよ」
「こんな所で良いのか?」
「うん、あとは歩いて帰る」
地面に着地する瞬間の衝撃に備えていたが、気を使ってくれたのか着地の際に丁寧に減速して降ろされる。
ここまで自由に街の中移動出来るのは便利そうだが、この移動方法を実現するにはほぼ不可能に近い。かかる重量を耐える頑丈さと、ワイヤーの巻き取る力だけでなく自身の膂力での加速、それらを持ちながら低重量で無くてはいけない。
小柄な身ひとつで機動装置を代用できる身体能力なんて、中等部の生徒がノートの隅に書いた落書きがそのまま実現したようなものだ。
それに、もう1回体験できるとしても私は断るだろう。この浮遊感が夢に出て、眠れなさそうな予感が既にしている。
「それじゃ」
「あっ待て」
カラスが私に何か手渡そうとする。
少し怖い気もしたが、彼女は虚を突けることに長けているが、騙し討ちが出来るタイプではない。悪意は無いと思って手を差し出すと、渡されたのは古びたガラケーだった。
そう、ガラケーである。今どき、年寄りでも使わない様なパカパカと開くあの携帯通信機だ。
もはや、ネットや何かで探さない限りその姿を見る人は居ないレベルの端末。
何とか思考を知識の海から引っ張り上げ、彼女の顔を見るが表情なんて無く、薄く刻まれた十字が私に向いているだけだ。
「お前、その携帯の使い方分かるか?」
「……一応分かるけど」
「依頼があるなら、……その電話番号に掛けてこい」
……そうかあの時、店で話したことを覚えていたのか。彼女の方からはぐらかされので、断られたのだとばかり思っていた。
だとしても、電話番号だけ私に伝えればいい物の、何故ガラケー本体まで渡してきたのだろうか。そんな疑問を感じながらも、片手で開いて電話番号を探す。
「ちょっと、……待ってて」
タッチパネルではない操作感に少しもたつくが、電話帳にはこの携帯の電話番号しか入っていないらしい。
自分のスマホに番号を打ち込んですぐに発信してみると、しっかりガラケーの方に着信が来た。
名前適当に……、ゲヘナ生徒……、いや学籍も隠すために”ロア”と書いとくか。
「はい」
「……ふっ」
携帯を返すと、中を見た彼女が小さく笑った。
「何」
「いや、お前が”ロア”って名前にしたのが少し可笑しくてな」
せせら笑うような態度で彼女は携帯を懐にしまった。……いや、本当にしまったのか?彼女の服装のどこに今携帯を入れたんだ?
彼女の銃もいつの間にか消えている。出すときに袖の中に手を入れていたのを覚えているが、暗器のように服の中に上手く隠しているのだろうか。
腕を触って確認してみたいと思ったが、流石に怪しまられて断られるだろう。
「じゃ、俺は返る」
「……そう、もし何かあったら依頼していい?」
「あ~~……」
ビルの屋上へワイヤー刺した状態で静止した彼女は、頭を掻きながら何か言い淀んでいた。何か悩んでいるのか、でもなでもなと小さく独り言を呟いている。
「……報酬の半分を前払い。あとは内容を聞いて決める」
ワイヤーが高速で擦れる音が鳴るのと同時に、彼女の姿がビルよりも少し高い所に移動していた。
次の瞬間には姿さえ見えなくなる。最後に言うだけ言って帰ってしまった。
本当に、何か、……調査時に考えていた印象とはまるで違ったな。
小さな台風が過ぎ去った事で、口からは自然と溜息が漏れてしまう。
休日の筈なのに彼女のせいで疲れた、とっとと自宅に戻って休みたい。
「……はぁ、……その前に報告しないと」
スマホのロックを解除しモモトークを開いて先輩の名前を探す。通話を掛けてみれば5秒もせずに繋がった。幸いにも出向もせず暇をしているようだ。
「お疲れ様です、鬼形カヨコです。」
「何だ急に、今日は非番じゃなかったか?」
電話の向こうから疲労感を含んだため息が聞こえる。……違う、丁度現場対応が終わって帰ってきたのか。
非番でさえ駆り出される事の多い風紀委員で暇なんてありえないか。
「この間の、風紀委員全体集会覚えてますか」
「あ~~、まぁほぼ覚えてないけど書類残ってるし、それで?」
「偶然ですが、その時に議題で上がってた銀羽ガラスと接触しました」
「マジでッ!?」耳鳴りがするほどの大声が、スマホのスピーカーから放たれた。
先輩はゲヘナにしては真面で良い人なのだが、驚いたり喜んだりすると声がうるさくなる。
ゲヘナ地区に向かいながら周囲を警戒する。黙って尾行するような性格ではないと思うが、するに越したことはない。
先ほどあった事の顛末を事細やかに説明する。先輩は聞いてるかどうかも分からない空返事で答えるが、恐らく私が話す内容を文面に書き起こしているのだろう。
私が不良に絡まれていた時、カラスが一瞬で制圧し財布をスッていた事。
一見、言動は落ち着いている様に見えるが常識が欠如しており、食べ方の汚さや振る舞いから見て育ち方の悪すぎる所、例えるならただ物言わぬ無知な子供に近い事。
しかし、警戒心と勘が鋭く、顔を見せることも無ければ、自分の身元や仲間の話一切全てをはぐらかされた事。
噂と情報に違わない人間離れした身体能力を持っているが、他者の指示や話にすんなり従う気質ではない事。
そして、彼女の電話番号を手に入れた事。
「それは……」
「ですが、機種がガラケーでした。……恐らく、使い捨ての電話番号かと」
そう何個も捨て番を持ってるようには見えなかったが、さっきの仕舞い方を見てしまっては無理とは言い切れない。
「以上です」
「…………了解した。上に報告しよう」
「彼女を抱え込むんですか?」
「さあな?判断するのは私達じゃないし」
梅雨の湿気を感じる生温い風が、腕から肩へと伝うように右から左へと流れる。
空は雨が降らずともどんよりと曇っており、月が何処に居るかも分からない。
気落ちする程暑いって訳ではないが、僅かに服が張り付くような蒸し暑さは既に迫ってきていた。
あと少し歩けば自室へと戻れる。そしたら直ぐにシャワーを浴びよう。
少し呆けた思考に先輩の声が僅かに入り込む。
「そうだ、お前も居てくれた方が報告もしやすいんだが――」
何処からか響く銃声と爆発音が、ゲヘナに帰ってきてしまったと私を要らない感傷に浸らせる。
私は通話を切った。
◇
◇
◇
・
◆
◆
◆
誰も居ない筈の自室に明かりついている。
俺は気にせずにドアノブを回してドアを開けると、コユキ、モエ、トキの三人が机を囲って食事をしていた。
「あっリーダー」
「戻ったんだ」
「……インスタントですが食べますか?」
三人とも小さいお椀型のカップを手にして麺を啜っている。アレは確か沸かしお湯を注ぐと食べれる様になるやつだ。
美味いといえば美味いのだが腹持ちが悪く、やはり麺で食べ難く余り好きではない。しかし、お湯を入れる前の状態で食べると、歯応えが良くて食べやすて美味い。
「いらない、既に食った」
「えっ、お金どうしたんですか?食い逃げ?」
「いや奢って…………いや食い逃げだな」
カヨコに支払いを出して貰うつもりだったのに、あのいけ好かない銀髪のせいで普通に食い逃げしてしまったな。
何なら放火や破壊活動もあるな。……でもそれは俺のせいではない事にしよう。
予想してたのか三人とも驚かず、ただ小さく笑うだけだった。
食事している彼女たちの横を通り、コユキの肩に手を置くと彼女は首を傾げた。
「ラパン、お前はマトモだ。もっと胸を張っていいぞ」
「何ですか一体ーー!!」
怒った彼女の拳を避けて脇を抜けた。
やいのやいのと「何食べたのー?」など話を適当に返してハンモックに背中を預ける。
「こうして、銀羽のカラスはまたキヴォトスで名を轟かすのであった……くひひ」
「食い逃げひとつでニュースになったら、それはそれで凄いです」
「その銀羽のカラスって奴やめろ、体が痒くなる」
本当にどこから来たんだその二つ名、言っとくが名乗った事なんて一度もないぞ。
どこぞの阿呆が言いだしたのか、一片そいつに会って文句でも言ってやりたかった。
「なら、会ってみる?」
「は?誰だ」
思ってもなかった提案に反応して跳ね起きる。
モエはカップに残っていた汁を音を立てて飲み切ると、膝の上に置いてあったノートパソコンをこちらに向けた。
そのページは俺らの下へ来る依頼が並ぶ匿名の掲示板だ。
誰が運営しているか分からず使っているらしく、モエが言うにはいつ連邦生徒会に消されても可笑しくなく、運営者は飛び抜けてヤバイハッカーなのだとか。
「その掲示板がどうしたんだ」
「もしかしてこれですか?」
トキが見つけたのか、数ある依頼の中からひとつ読み上げた。
「果たし状……銀羽のカラスに決闘を申し込む。トリニティにてお前を待つ、キャスパリーグより」