機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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短いです。申し訳ない。


駝-2『小さな足跡を辿って』

 

 全開に開かれた窓の先に、弱々しい月明かりが見える。

 

 窓縁から落ちる水滴が地面を打って溶けるまでの一瞬、月光を反射させ光がチラリと反射した。

 

 心臓の鼓動よりも遅くゆっくりと。それでいて、等間隔で落ち続ける様をただ無心に眺めていた時だった。

 

 誰もがもう寝静まったと思っていたこの建物に、物に当たった鈍い衝突音と共に倒壊し雪崩のように崩れていくような音が響いた。

 

 「……何だ」

 

 がらがらと転がる音が一階から聞こえてくる。……位置的にモエの部屋だろうか。

 

 ゴーストタウンといえど人っ子一人通らない訳じゃない。俺たちが使っている事もそうだが、時々スケバンなどの不良たちの姿を見かける事もある。

 

 こんな夜明け前に寂れた建物へ忍び込もうとする奴は居ないと思うが、音の発生源が彼女の部屋であるなら警戒は要らないか。

 

 「――――、――……」

 

 束の間の静寂、ガタガタと踏み荒らすような音が続く。何があったのか知らないが、今もなお物音が部屋の下から届いてくる。

 

 「……はぁ」

 

 気だるさのせいか少し重く感じる体を起こし、ハンモックから降りて自室を出て一階に向かう。階段を下りてすぐ近くの扉がモエの部屋だった。

 

 彼女の自室は一階にあった部屋3つ壁をぶち抜いて、俺の部屋なんかよりも断然広い一室へと変わっている。

 

 理由は彼女の部屋は車庫とガレージを兼用しており、弾薬や何かしらの備品を置く場所となっているからだ。

 

 ドアを開ける。ノックなんてしてやらない。ここに住む彼女たちの全員しないからだ。

 

 「うおっ!、わっ!?」

 

 モエがふらふらと床に散らばる箱を避けて歩く姿がそこにはあった。

 足元が見えないのか、右へ左へと千鳥足の様に歩く彼女は傍から見れば、酔っ払いの奇妙な踊りのようで滑稽だ。

 

 呆れて何もせずに眺めていたが、やがてバランスを崩したモエは床へと向かって体が倒れて――

 

 「何してんだ一体」

 

 転びかけた彼女の身体を支えやる。俺の片腕に少女一人分の重さが圧し掛かるが、何の問題ないほど軽い。

 

 突如湧いた人の手にモエは驚きで息を飲んで固まってしまった。だが、次第に天井に向ていた目が俺へと向い視線を合わせると、緊張して固まっていた顔がすぐに綻んだ。

 

 「あっえッ!リーダーじゃん」

 「騒がしいから来てみれば、何してんだ」

 

 寄りかかられていた腕を持ち上げて彼女を立たせると、パタパタとサンダルを鳴らしながら壁に向かい部屋の照明を点けた。

 

 単に天井から釣り下ろされている細長い電球が瞬くように点滅を繰り返し、やがて落ち着き出した白色色の電灯によってガレージの中、もといモエの部屋の中が照らされる。

 

 打ちっぱなしのコンクリートの壁と床の隅には小さな蜘蛛の巣があり、端の方にひっそりと置かれた布団は、くしゃくしゃに丸めように寄せられている。

 

 大きな部屋だっていうのに圧迫感を感じるのは、箱のまま置かれた荷物と車のせいだろう。それらだけで部屋の半分以上を埋めてしまっている。

 

 「あ~、ちょっとさっき、やらかしちゃって」

 「……?」

 

 苦笑しながら頬を指先で掻くモエは、モニターの近くによると辺りに散らばっていた小ぶりの箱を適当に纏める。

 

 「あったあった」そういって少し散らかっていた床から拾い上げたのは、透明なレンズが2枚付いた針金の様な物だった。形は何かに潰されたのか歪んでおり、レンズも欠けたように日々が入っている。

 

 その姿は壊れた後の物だと分かる。ボロボロになったソレをよく見て眼鏡だと気づいた。

 

 「眼鏡……お前のか?」

 「そうだよ、落として拾おうとしたんだけど、うっかり転んで潰しちゃったんだよね」

 

 拉げた眼鏡を強引に形を整え、目元に掛ける彼女はため息交じりでそう話す。

 

 明かりをつけておらず暗かったせいもあり、壁まで駆け寄って電気を点けようと思ったらしいが、定まらない視界の中で段ボールの山にぶつかった結果があの状況らしい。

 

 聞けば何とも間抜けな話だったが、そもそも俺は彼女が眼鏡を着けている姿を見た事がなかった。

 

 「普段はコンタクトしてるからね。寝る前ぐらいだけだよ眼鏡してるの」

 

 コンタクト?と首を傾げると先生が目に直接貼り付けるレンズだと説明を挟んだ。

 

 眼球に直接貼り付ける所を想像して少し鳥肌が立つ、レンズ何て入れたらとてもじゃないが痛くて目が開けなくならないのだろうか。

 しかしモエの眼鏡姿を見た事がないと言うことは、基本的に毎日コンタクトをしているのだろうから驚きだ。

 

 「それで、その割れた眼鏡で見えているのか?」

 「嫌、全然?」

 

 くひひっと笑って眼鏡を外すとモニターの置いてある机に優しく放り投げる。危なっかしく机の端に着地した眼鏡が2回転半転がって止まった。

 

 「まぁ……もう寝る前だし、コンタクトしたくないからこのままかな」

 「……無かったらどれぐらい見えないんだ?」

 

 この身体の目は良すぎる部類で何とも言えないが、キヴォトスに来る以前は生活に支障が出る程には目は悪くなかった。実際、目の悪い人は世界がどのように見えているか知らず俺は尋ねてみる。

 

「う~ん視力言ってもどうせ……、そうだねこれぐらい離れて今リーダーの顔が分からなくなるぐらいだよ」

 

 モエはそう言って近くの箱に手を着きながら離れた。……全然見えてないんだな。

 

 色は余裕で分かるらしいが、ある程度離れると輪郭がぼやけて分からないらしい。

 

 「ていうより、よく電気つけてないのに私のこと見えたね」

 「……暗い所はなれてるからな」

 

 明かりが無くとも俺にとって何も変わらない。彼女が明かりをつけるまで自分で気付かない程に。だが、それをわざわざ言う事でもないだろう。

 

 「問題ないならいいんだ」

 

 異常事態ではない。襲撃でもなければ空き巣でもない、なら俺は帰らせて貰う。そう思って彼女に背を向けて部屋を出ようとするが、突然後ろ手を掴まれその場に引き止められる。

 

 跳ね上がりかけた肩を必死に抑え、振り向けばまたあの状態に入って興奮しているモエが、長い吐息漏らしながら両手で俺の腕を掴んでいた。

 

 急にスイッチが入るのはこちらとしても相手しづらく、やめてほしいとは常々思っているが治ることは無いだろう。

 

 「ねぇ、ちょっと思いついたんだけどさ」

 「……何だ?」

 

 彼女はくひひと笑って顔を少し赤らめた。蠱惑的な物じゃない、面倒事だ。

 

 「外で少し散歩しない?」

 

 ◯

 ◯

 ・

 ●

 ●

 

 草むらもないのに鳴き続ける鈴虫。夜明けを告げてどこかえと消えていく。俺は視界不良の少女を連れて、人気を感じない街をただ歩いていた。

 

 ぶつからない様に手を引くが足取りが辿々しい、だがそれも当たり前だろう。案内の俺が先導したとしても、本人は外の景色が今どうなってるか見えていないのだから。

 

 ほぼ目隠ししたまま街中を歩くようなものだ。モエはただ俺が手を引く感覚をだけを頼りに彼女は歩いている。

 

 夜明け空の縁から色付き始めるこの光景を彼女は見えていない。なのに、この状態を彼女は楽しんでいた。はっきり言って理解不能だ。

 

 「水たまりあるぞ」

 

 道の真ん中で広がる水たまりを先に避けたが、後ついてくるモエは知らずに足を踏み入れようとしていた。俺は寸での所で手を引っ張って避けさせる。

 

 ……こいつ今、若干水たまりに入ろうと抵抗してたな。だったら手を引いて助けずに突き落せば良かった。

 

「散歩っていうより介護だな」

 

 何を思ったか、目の見えない今の状態で夜の街へ出かけたいと言った。それも街頭が点かない地区の方へと。

 

 このゴーストタウンは整備されてないのもあって、元より明かりが点かない物や、そもそも電気が通ってない地域もある。今は、人が住んでないのだからそうなってしまうのだろう。

 

 それに加えてもうすぐ夜が明けるのだ。夜明け前の空はとても暗く、一段と建物の影を濃くさせる。路地裏の細道何て入れば、閉じ込められたと思えんばかりの闇に包まれてしまう。

 

「はぁ……はぁ……、すごいゾクゾクする。ほんとに何も見えない」

 

 モエが辛抱たまらんと声と共に息を漏らす。この闇夜の中で眼鏡を着けずコンタクトも入れていない彼女は、文字通り何も見えないのだろう。

 どっちが壁で、何処に進んでいるのか分かっていない。危なっかしい遊びだが、彼女が好んでやろうと言ったのだ。

 

 対して俺は目を凝らせばどれだけ暗かろうと昼間の空と変わらない。夜目が効くならばと頼まれたのだが、スリルを求めるなら一人で行けば良かったのではないだろうか。

 

 「ここ最近雨ばっかでしょ。気晴らしの散歩だと思って付き合ってよ」

 「……ただ歩く事を散歩と言うが、俺には散歩の何処が楽しいか分からないな」

 

 時間を持て余した年寄りの暇つぶしだろうと、散歩に対して否定的な事を言ってみるが彼女にとっては違うらしい。

 

 アジトを出てきてしまったのだからもうしょうがないか。そう思って適当に道を曲がっていると、金色に光る物が地面に数個転がっていた。

 道すがらよく見ていれば、それは空になった銃弾の薬莢だった。通り道にあったそれ足で払ってやれば、カランと音を立てながら転がっていった。

 

 「ん?何かあった?」

 「金で出来た薬莢」

 「薬莢?」

 

 「金で作られた薬莢何てあるわけないよ」何て鼻で笑うものだから1つ薬莢を蹴り上げてキャッチする。かなり煤汚れてはいるが光の返りかたは色と相まって金で出来ているように見える。

 

 見せてよと差し出された手の平に入れてやれば、眉間に皺が生まれる程近づけて見つめ始めた。

 

 「年寄りみたいに皺よってんぞ」

 「うるさいな、黄銅を金だと思ってる人に言われたくないよ」

 

 黄銅?と初めて聞いた物を尋ねてみれば、銅と亜鉛を合わせた物だと彼女はしたり顔で言った。それに加える様に先生も真鍮という名前で呼ぶことがあると補完した。

 

 「まぁ、多少汚れてたらぱっと見金メッキにも見えなくはないけど」

 「……だろう?」

 「でも薬莢が何かって幼稚園で習う事だよ?」

 「あーもうこの流れ何回もやっただろ」

 

 話を無理矢理に終わらせるように、モエの持っていた薬莢を指で遠くへと弾き飛ばす。

 黄銅色の光沢を持っていたソレが路地裏の奥へと吸い込まれ、姿を消したのち静かに遅れて音を響かせた。

 

 「くひひっリーダー、今どこあたり?」

 「……さぁ?何処なんだろうな」

 

 断っても良かった。

 しかし、きっと楽しいよ何て言われると断りにくく、連れ出されるように夜の街へと出かけてしまったのだ。

 

 寝る前のちょっとした散歩にしては、いささかスリリングではなかろうか。……いや、彼女はそれを楽しんでいるのか。

 

 「都合よく使われるなら出なきゃよかった」

 「ん~~?リーダーは楽しくないの?」

 「少なくともこの散歩でお前が感じている楽しさを、同じように感じる事は出来ないな」

 

 意図せず突き放すような言い方になってしまった。後ろ目で確認するように様子を見ると、楽しさに酔うように頭を左右へとゆっくり揺らしている。でも、その表情は少しいじけたように唇と尖らせていた。

 

 俺はそれを見なかったことにして歩を進めた。互い違いに響く足音だけが後ろ耳でよく響いたように感じる。この静かな沈黙が気になってしまい、しばらく歩いた後に再び振り返えってしまった。

 

 「ん?」

 

 モエは地面や周囲の壁を見ている訳ではなかった。見ていたのは俺の事だ。

 

 焦点の合っていない目が俺を瞳を見たような気がした。本当に見えていないんだよな?と疑問に思うのと同時に、彼女は覚束ない足取りのまま駆けだして俺に組み付いた。

 

 背丈はモエの方が僅かに高く、俺の両肩に腕を乗せるように顔にへと手を伸ばされる。

 

 「何だ急に」

 「リーダーも私と同じ様になれば分かるよ」

 「分からねぇよ」

 

 抵抗するのも馬鹿らしいと思いモエの好きにさせれば、両目が手に覆われて視界が彼女の手の平だけになった。

 ……右の手のひらだけ少し湿っていて、僅かに光っている様に見える。今の今まで俺と繋いでいた方の手だ。

 

 立ち止まって彼女が離すのを待ったが、背後でコロコロと口の中で飴玉を転がす音が聞こえるだけだった。

 

 「なぁ」

 「良くない?一歩先が壁か水たまりかも分からない感じ、この恐怖感がさ……」

 「……恐怖感ね」

 

 何か目的があって利益となるリターン、その利益に見合ったリスクの壁を越えられた時、といった興奮は分からなくもない。だがただ破滅的な恐怖感の、何処を面白おかしく感じれば良いと言うんだ。

 

 本来その感覚は、危険である事象を避けて逃げる為にある。……と俺は考えている。劣悪な環境下で生き延びてきた経験からくる自身の結論だ。

 

 自分を害そうとする意志、敵意や殺気と呼べばいいのだろうか。そういった物が時々、自身の感覚を通じて危険を知らせてくる。根拠のない唯の直感だが、これに救われた事が何度も以上俺はこの感覚を大事にしている。

 

 「えっ何それ、凄くない?」

 「お前だって何事もこれが危ないかどうか何て分かるだろ。()()が、俺は避けるような生き方をしてる内に過敏になっただけ……」

 「私は好んで触れてきたから鈍感だって?」

 

 鈍感というか、何とも言えないだろう。現にこの散歩のような小さな事でも、()()()()()()()()と好んで危惧しているだろ。

 

 所詮人の居ない街中を歩くだけだ。よほどな不運でもなければ不良が湧くわけでもないし、お前ぐらいだったら周りの様子が分からずとも、歩いた道を覚えとけばいつかはアジト帰ってこれる。

 

 その最中に何かあったとしても、擦り傷のひとつふたつが関の山。作戦行動中で起きる突然の奇行と比べたら本当に細事だろ。

 

 「……そうかな」

 「スリルと破滅を求めてながら生きているのに、元の尺度のまま危ない事をちゃんと危ないと理解している」

 

 そこまで言い切って、俺は何を言おうとしているか分からなくなった。人が何を感じて何を考えるなんて難しい話は俺が話すには難しすぎる。

 

 喋ってるうちに何を話していたかすらも、思考が理解を捨てようとしている。……てかもう面倒になってきたな。

 

 「……あーだからな、お前何だかんだ、大丈夫だって分かってやってるだろ」

 

 瞼の上に置かれていた指が一瞬、目の浅いところまで沈んだ。おいおい止めろよ、思わず後ろへ向かって肘うちする所だった。

 

 「……外れ。まだリーダーは私を、何で散歩に出かけたか理解できてないよ」

 「別にお前を理解したくて言ったわけじゃ――」

 「はいどーーん!」

 

 視界が開けるのと同時にモエに背中を突き飛ばされ、2歩進んだ所で振り返った。彼女はまるで悪戯が上手く行った子供の様に笑っている。

 

 長い溜息を交えながら何がしたいんだいったい。置いて行くぞって、一言呟いて歩き出そうとして彼女が呼び止めた。

 

 「ほら、手、引いてくれないと私帰れないし」

 

 ……確かに、本当に、本当に俺は彼女の事を理解できていないようだ。伸ばされた彼女の手を掴み、もう散歩は良いだろうとアジトに向かって進路を変えた。

 

 「ほんと訳がわからない奴だ」

 「リーダーがもう少し頭良くなったら分かるかもね」

 「嫌味で言ってるなら水たまりに突き飛ばすぞ」

 「くひひっ、ごめんってー」

 

 濡れたアスファルトの上には色んなものがある。深い水たまり、空の薬莢、そして足跡。

 




色んな事がありましたね。アビドス4章、演出も相まってとてもよかったです。
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