機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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8-2『この蒼き水平線に刻む』

 ゆっくりと船体が軋む。一定のリズムで間延びしていて、船そのものが唸り声を響かせてる様にも思えた。

 給水室の棚を空にし次に向かったのはモエの所だった。上階の操舵室に居るらしく、もう探険には飽きた俺は先生に案内され操舵室へと進んでいた。

 

 操舵室の入口は奇妙な事に三重にもカーテンによって隔たれており、かき分けるように中へ入ると電灯を点けてないのか真っ暗だった。

 

 部屋の中心にある機械のモニターが弱々しい光源を放っており彼女の横顔を僅かに照らしている。

 入る時に漏れた光に気づいたモエが振り返ると、その顔には何か頬張っているようにも見えた。近づきながら手元を見てみれば卓上に半分程食べ進められたピザがあった。

 

 「おっ、リーダーお疲れー」

 「……何故真っ暗なんだ?」

 「ああ、港とか船の光が見える様に暗くしてるんだよ」

 

 「そうか」と短く返事しつつ俺もピザを手に取った。モエが少し嫌そうな顔をしたが気にせず口へ含むと諦めて何も言わなかった。

 僅かに冷めてぬるくなったピザはチーズが固まってパサついていた。同じようにモエもピザを一口食べ飲み込むと、彼女は俺に尋ねた。

 

 「船内探索はもう終わり?」

 

 どうやらここから船内の防犯カメラを見ていたらしい。

 あちこち彷徨ってる姿を見て疑問を持っていたようだが、俺は天気が荒れそうだから船内を適当に歩いていたと誤魔化した。

 

 「予報では曇りで済んでたけどねー。波も立ってきたし、かなり荒れると思うよ」

 「……船は大丈夫なのか?」

 「んーー?……ああ、多少速度落としたから予定より目的地に着くのが遅れると思うよ」

 

 波が激しく荒れても船は走行できるのか。沈まないのか。そう言った意味で俺は話したがモエには伝わらなかったようだ。

 

 「それも気になっていたが、そもそも船は沈まないのか?」

 

 改めて尋ねると彼女は一瞬呆けた顔を見せた後、声をあげて可笑しそうに笑った。キャスター付きのイスを引く姿に足を掛け、転がしてやろうと前のめりになった所で手を軽く挙げて制止される。

 

 まだ面白いのか目に波が浮かんでいたが、彼女が何かを言おうとする素振りを見て俺は適当な機材の上に腰を移した。

 

 「怒んないでって、風向きとルート的に1時間もしないで雨雲を抜けられるし大丈夫だと思うよ」

 「……そうか」

 「何か問題でもあんの?」

 

 特には無い。だが、徐々に気温が低くなっていく様な寒気を感じる。身体的な話ではない。この薄ら寒さは俺のいつもの予感だった。しかし、これ口で説明様な物ではなくただ、何となくってだけなのだ。

 

 「なぁ、お前は海泳げんのか?」

 「何急に、……まぁ、泳げない事は無いよ。溺れないだけって感じだけど」

 

 鈍くさいモエでも泳げるのかと思いつつピザの油を裾で拭う。「流石にこの海だと溺れるかもねー」なんて冗談をよそに俺は操舵室を抜け出した。

 

 「そういえば、リーダーって水の中で目開けれるの?……って居ないし」

 

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 適当な部屋に入って休もうかとも思ったがどうにも休める気分ではなく、気が落ち着くのを待つように船内を練り歩いていた。

 

 俺達4人しか居ないせいか、聞こえる船の軋みと波の音、そして強くなった雨音が良く響いて不気味に感じる。

 甲板の方にでも向かおうかと階段を下り通路に出ると()()はあった。

 

 通路の中央にポツンと不自然に置かれていた。先程この道を通った時にはこんな物はなかった筈だった。

 

 僅かに塗れた箇所が水の染み込んだ地面の様にシミとなって広がっており、本来の開け口のあった場所が下向きとなって床に面している。

 その証拠だろう。側面に描かれた文字が逆さになり蓋となる所が床に向けて広がっていた。

 

 人一人入れそうな段ボールだ。今それが不可解な事に長いこの廊下の真ん中にある。

 

 「……」

 

 俺はそれを避けて横を通り抜けた。

 すれ違いざま微かに呼吸を耳にしたが聞こえなかった事にした。

 何故なら段ボールは呼吸なんてしないからだ。

 

 だが強めた足音を追いかける様にズリズリと引きずる音が後ろ背中を離さなかった。

 はたから見たら段ボールを引き連れた不思議な一行だ。

 

 悪ふざけだとは思うが放っておけばどこまでも付いてきそうで恐ろしい。

 踵を返し後を追ってきていた段ボール箱に何だ何だと手をかけた。

 

「――!?」

 

 持ち上げようとするも腕に感じたのはずっしりと乗せられた重量感だった。

 内側からどうやって体重をかけて抵抗しているのか分からないが、このままだと箱はビリビリに破ける事だろう。

 

 結果が見えている力比べをするまでもない。面倒くさくなり呆れた俺は諦めて手を離し、箱の上へと腰掛けた。

 どうせ寝る事も、やることもないのだ。俺は彼女に少しばかり付き合うことにした。

 

 「……?」

 

 困惑しているのか、座られた箱はそれからは微動だにしなかった。俺は胡坐を組んで近くの窓にあった窓から外の様子を眺めた。

 窓に打ち付けられる雨は大粒で時折見える高波が白い泡を飛ばしている。

 

 空は雲の輪郭を掴めぬほど真っ暗に染まっていた。分厚い雲が月も星をも隠してしまい暗闇の中でうねる波が、飲み込まれればどこかに攫って行ってしまうような、そんな悍ましさがあった。

 

 ふいに視界がゆっくりと横へ流れた。目下を見れば俺を乗せたまま箱が動き出した。亀の如くじりじりと動く姿に中の人は大変なのだろうなと他人事の様に思う。

 窓が遠くへ離れてしまい次に見えたのは廊下の壁に掛けられた額縁だ。中に入れられているのはこの船の全身の図面の書き写しだろうか。

 

 モエに見せれば多少は分かるのだろうが俺にはどこに何があるのかはさっぱり分からない。だが、何となく船体そのものが縦に四層ほど分かれているのが見て取れる。

 上層の方は船室がいくつかあるが下層はただの空洞しかないようだ。その空洞の位置にどことなく既視感を覚えた。

 

 以前あの空間で先生と見たあの船に似ている。互いに同じ船なのだから構造が似るのは当然のことかもしれない。

 あの光景を思い返し、耽っていた思考から帰ってくればいつの間にか箱の歩みが止まっていた。

 

 振り返ればかなりの距離を移動しており、何故止まってしまったかと箱を手で叩いてみるがやはり動き出さない。降りてやるべきかと思った直後、視界と体が後方へと傾いた。

 

 「――――ぁはああああっ!!」

 

 突然、中に居たトキが声を挙げながら立ち上がった。上に乗ってると分かっていて彼女は箱をひっくり返したのだ。

 背中を床へと落とした俺は僅かな痛みに腰を摩り、顔を上げると顎にまで汗を滴らせる彼女と目が合った。

 

 「突然なんだよ」

 「何だと言われましても、これは隠密調査を想定した実験です」

 「……隠密調査?」

 「そうです」

 

 ひっくり返った箱を指さしながらパタパタと自身の服を仰ぎ、待ってましたと言わんばかりに髪と頭を振った。少し気取った様な話初めに俺は溜息を吐きながら苦笑した。

 

 「こういった閉所では段ボールを用いた潜入が一般的。軽く頑丈で携帯しやすく、何処にあっても不審に思われ難いのが利点です」

 「通路のど真ん中にあるのは不審だろ」

 

 隅に捨て置かれているようであれば気にも止めないかも知れないが、半歩避けなければいけないほどのサイズの箱が堂々と通路に置かれりゃ嫌でも気づく。

 

「うーん、改善の余地がありますね」と一人でとぼける彼女を見て自然と足が自室へと向かっていた。

 その後をはしゃぎながら付いてくるトキは、俺を追い抜いたり抜かれたりして視界にチラチラと映りこんでうっとおしい。

 

「どこ行くんですか」

「寝る」

「せっかくの海で船旅だというのに勿体なくありませんか?」

 

 つまらなそうに、味気ないと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが、その顔はいつもの表情と変わらないで見える。

 

「そう思うなら外に行って来い。心地よい潮風がお前を迎えてくれるだろな」

 

 そう言って近くにあった小窓を指差すと叩き割らんばかりに強風に流された雨粒が窓ガラスを叩いた。

 風を浴びた次は海中遊泳でも楽しめる事だろう。ついでにお前の段ボールも連れてってやれば、ちょっとした小舟の代わりにでもなるだろうよ。

 

「私が溺れでもしたらどうするんですか?」

「……何だ、泳げないのか?」

「いえ?得意ですが?」

 

 得意げな顔で此方を向いた彼女の横顔「ものは試しだ」といって首根っこを掴もうとして手を伸ばす。さらりと見越されたかのように躱される。

 

 二の手、三の手と次に伸ばした手をも彼女は躱し、次第にトキは俺から逃げる様に足取りを変え、船内の廊下を駆けだした。

 

 これではもう”追いかけっこ”をしているのと変わらない。

 足を緩めて止めようかと思ったが、それでは何処か納得出来ない自分が居て、しかたなく彼女の遊びに付き合ってやることにした。

 

 長い通路を抜け階段の踊り場で体を翻しいくつかの角を曲がった時、追いかけっこは突然の爆発音と共に終わりを迎えた。

 

「あ?」

「ん?」

 

 一体何の爆発音だ?疑問に思ってから一番最初に頭へ浮かんだのはうちの変態爆弾魔だった。

 落ち着いてるように作業して見えたモエも、存外羽目を外したかったのだろか。

 

 追いかけられていたトキは足を止めるとただ俺の様子を伺っていた。口にはしなかったがその表情は「どうしますか?」と言わんばかりだった。

 

 気にはなる。音の聞こえた方向的に外の甲板の方だろうか。確かコンテナなどの貨物は船内だけではなく外にもいくつか置かれているはずだ。

 

 強風に影響で結び付けられた貨物が外れでもしたのだろうか。

 そんな偶然があるのだろうか。護衛を頼まれていた兵器に手を出したのだろうか?カイザーの奴らがあらかじめ仕掛けていたか?

 

 ……ここで考えても仕方ない。トキを連れて甲板を向かって確認した方が早いだろう。

 

 「いくぞ」

 「はい」

 

 甲板までは何事も無くスムーズに辿り着けた。ぐだぐだと船内を歩き回ったかいがあった。

 

 扉は既に開いており船内へと入り込む強風のせいか雨と波の飛沫でびしょ濡れになっていた。

 風に煽られるフードを強く抑えながら甲板に出ると何が爆発したかが一目で分かった。

 だが同時にそれは、次に不可解な謎を呼ぶ物だった。

 

「どうしてここに……」

 

 トキの声は疑問を孕んでいた。

 それもそうだろう。今俺たちの目の前にあるのは、どしゃ降りの中で黒煙と炎を噴き出す、破壊されたヘリコプターの残骸だったのだから。

 

 操縦席のガラスも、機体を飛ばす為の羽根も、無残にも砕けて甲板に引き摺った様な傷跡を残していた。

 

「……シュトリヒの仕業じゃねえな」

 

 俺が探索した時にはヘリなんて何処にもなかった。信じ難いが今この悪天候の中を落ちてきたとしか思えなかった。

 

 であれば操縦席に乗っていた奴がいるはず、しかし立ち上る炎を避けながら確認してみても人の気配はありやしなかった。

 

「……この校章、SRT?」

「SRT?」

 

 側でヘリの残骸を確認していたトキが零した名前、名前だけは何処かで聞いたことがあった。

 

「……今の連邦生徒会長が発足させた治安維持学校です。ヴァルキューレでは手に負えない事態に出張ってくる特殊部隊」

 

 それを聞いてあのカイザーのオッサンもやけに警戒してた事を思い出す。

 まさか悪天候の中を掛け分けて乗り込まれるとは思わなかったが、であればこの船に乗り込まれたのは精々片手で数えれる程ではないだろうか。

 

「かもしれませんが、だとしても可怪しいです」

「何が?」

「無謀です。私たちが出港してから約半日は経ってます」

 

 半壊したヘリを眺めながらときげ

「どう見積もってもヘリで追跡するには燃料に懸念が残ります。運が悪ければ海のど真ん中に墜落する指揮をSRTが執るとは思えないです」

 

 そんな無謀な作戦をこなす奴らでは無いのかと尋ねれば、それはそれで彼女は困ったように押し黙った。

 ……ふと疑問に思う。これ程の爆発だ他の奴らにも多少聞こえてる筈なのに何故ほか二人は連絡もないんだ?

 

「ラパン、シュトリヒ、甲板にヘリが墜落した。どうせ起きてるだろ返事しろ」

 

 ……返信が返ってこない。

 

返事を待つその静寂が甲板で打ち鳴らす雨音をより際立せた。そして幾許かの間が耐えきれず再び問いかけようとしたのと同時に、船がエンジンを止め動きを止めた事に気がついた。

 

「船が止まった」

「……本当ですか?」

「ああ、船の操縦は……」

「操舵室です」

 

 シュトリヒが作業していた部屋だ。

 トキに言葉を返さず船内へと駆け戻る。薄々感じていた悪寒が今ごろ肌を逆撫でて不安を煽った。

 

 耳に付けっぱなしだった通信機に向かって乱暴に声を上げた。

 

「おい、シュトリヒ!返事しろ!」

「……反応ありませんね。私の方には来てますので通信機の不調ではないと思います」

 

 甲板を突き抜けた風が貨物を覆っていたシートを乱暴に剥がした。不吉な予感がする。肌に張り付いたシャツが汗なのか雨なのかも判断がつかない。

 雨を振り払い船内へと急いで戻る。ヘリが墜落して大して間も開いてない、こんな短時間で二人ともやられたとでもいうのだろうか。

 一瞬のノイズ音が耳元で鳴りすぐにでも声が聞えた。しかし、それはモエではなくコユキだった。

 

 「ふわぁ……何か大きな音がした気がしたんですけど何かありました?」

 

 コイツ寝てやがったのかと悪態を吐きかけたが、通常寝ていた昼に起きていたことを思い出し、吐き出さずに喉奥へと飲み込んだ。

 

 「すぐに護衛対象を確認しろ。甲板からヘリで侵入された」

 「うぇっ!?ヘリ?この嵐の中でですか?」

 「シュトリヒが返事しない。俺とトキは操舵し――」

 

 突如言葉が掻き消される。酷く鈍い轟音が船内を響かせ床が異常に傾むき横尾壁へと身を打ち付けた。

 一瞬の衝撃だったそれはぐらついた余韻を残しながらもまた水平へと戻っていく明らかに波の揺れではない。

 トキがすぐ近くの扉を開け放ち外の通路から海を覗いた。俺もすぐ体勢を立て直して様子を伺ってみれば、昼間みた小型船よりも一回り大きい船が貨物船の外装を削るように横へと無理やり着けていた。

 

 すぐ近くには小型船も何隻かいるが大波に揺られて今にも転覆しかけている。その船のどれもこれもにヘルメット団の姿があった。

 

 「リベンジって事かよ」

 「そのようですね。この感じだと恐らく反対側からも乗り込まれてます」

 

 状況が次第に劣悪な物へと変わっていく。昼間の襲撃は乗り込まれる前に俺が敵船へと強襲するなどしてこの少人数での防衛を成し遂げた。

 しかし、乗り込まれれば数に押されてあっという間に船内を殆ど占領されてしまうだろう。攻めてくる奴らを逐一排除したとて、船が止められてしまった以上頭数を増やされ続けて摺りつぶされる。

 

 トキはいつもと変わらぬ顔で俺を見た。今、この状況をどうするか。彼女が、彼女たちが俺の指示を待っている。

 早急な対応を求める状況、高まっていく寒気のする予感と焦りが自然と鼓動を早めた。それら全てを抑えながら思考を巡らせ考えをひとつにまとめた。

 

 「この船を捨てて脱出する。俺がシュトリヒを回収しにいく間に船を用意しろ、ラパンには依頼の荷物を運ばせるが無理そうであれば俺が行く」

 

 結局、思いついたのはいつも通りの作戦だった。やる事やって目的をこなしてからその場から一目散に逃げる。

 この荒れた海域を小さい船で逃げてどうなるかは分からない。だが、いつだって逃げた後の事は逃げた後に考えている。

 

 今はとりあえずこの窮地を脱するべきだと、自分の感覚が常に警鐘を鳴らし続けている。

 

 「ラパンも聞いてたな?」

 「――……あっ、はい!大丈夫です!」

 

 繋げたままの無線機へ投げかけた声にコユキが一拍遅れて返事した。少し不安が残る反応だが大丈夫と言うのであれば彼女一人に任せる他ないだろう。

 

 「ではその手筈で」

 

 カンッと音を立て雨に濡れた手すりを足場にしたトキが海へと飛び出す。かなりの高さがあった筈だが目下の小型船へと無事乗り込むと、近くに居たヘルメット団を船から蹴り落して船内へと入って行った。

 

 それを見届けた俺は手すりから身を乗り出すように顔を出して艦橋を見上げる。モエが居た筈の操舵室へ辺りをつけトキと同じく海へと飛び出した。

 

 体が海へと引っ張られる前に船体へワイヤーを撃ち込み、はずみをつけてさらに上空へと高度を上げ外から操舵室へと向かう。非常灯の様な小さな明かりしかないせいか、タンカーは殆どが真っ黒に染まっていた。

 船が止まったお陰で狙いやすいと考えていたが、雨を乗せた強風が俺を横殴りに吹き抜けて狙いがつけにくい。

 操舵室近くの扉に降りるのを止め操舵室そのものへと降りる事にする。むしろ、その方が手っ取り早いだろう。

 

 操舵室正面の窓へ2本のワイヤーを撃ち込むと小さい罅がガラスに広がった。突き抜けられるか不安だったが大丈夫そうだ。

 ワイヤーが巻き取られるのと同時に腕力で力尽くで引けば、直角ともいえる挙動と加速で空中を駆ける。

 

 窓ガラスに直撃する直前。全身が氷を押し当てられたかのような寒気に襲われる。これが今日一番の悪寒だった。

 一瞬の衝撃と雨嵐の中を引き裂くような音と共に操舵室への中へと転がり込んだ。すぐに起き上がりたかったが雨に濡れた足と砕けたガラスに足を取られ、二転三転と操舵室の床を転がる。

 

 回る視界の中、見えたのは暗闇の中に浮かぶ白塗りのキツネ。白い面に赤い文様が書かれて、目の奥で赤い瞳が真っ直ぐこちらを覗いてる。

 

 割れた窓から風が吹き込み遠くの空で青白い閃光が瞬く。

 

 一瞬を轟かした雷が操舵室の中を照らし、見えたのはキツネのお面を着けた生徒だった。

 いや、お面だけじゃない、頭部から生えた獣の耳と背から覗かせる尾がゆらりと揺れ動いてる。

 

 

 和服のような黒い制服、手には同じく黒く染められた銃が握られていた。先端に掛けて赤く塗られた銃口の下には刃物が濡れたように鈍く光っていた。

 

 そしてキツネの足元、そこには既に気絶しているシュトリヒの姿があった。

 

 「あら、随分と派――」

 

 銃を取り出し即座に撃ち放つ。しかし、撃ち出し宙で広がったその銃弾の何一つ体を傷つけることは無かった。

 避けられた訳ではない。弾が拡散してるにも関わらず、それでも掠りもしないほど俺の狙いが余りにも酷かったのだ。

 

 なぜここまで外したのか、そうした思考と驚きが自分に僅かな隙を生み出した。

 

「――ッ!」

 

 目を離したつもりは無かった。しかし、モエの傍には誰も居なかった。

 

 逃走。そう思った瞬間、身に感じた危機感が否定した。機械の影から飛び出してきたキツネが俺に発砲する。

 床を飛び上がり寸での所で回避するが、鈍色に光る刃が横薙ぎに振られるのを見て咄嗟に銃を盾にした。

 受けた衝撃は空中では掻き消すことが出来ず、吹き飛ばされ再び操舵室の床を転がる羽目となった。

 

「……?」

 

 追撃を恐れて直ぐに立ち上がるが、キツネはその場から動かず俺を目で捕らえているだけ。吹き込む風に彼女の服と体が揺れている。

 

 ……脱力している。警戒などではなくただ本当に俺を見ているだけだと理解する。

 

 この女はなんだ?普通の輩じゃない。

 

 銃を持つ手にもう一方の手を添えて抑えつける。それでも変に力む右手が自分の意思とは無関係に震えてしまい言う事を聞いてはくれない。

 

「烏合の衆、それに銀羽のカラス、……噂はかねがね聞いておりましたがまさかこれ程に脆弱とは」

 

 期待外れも良いところですわ。と彼女はため息混じり一人で呟く。

 

 ……不味いな。俺は一人口に出さずに胸の内に呟いた。

 ここまでの震えはここキヴォトスに来て起こったことは無い。でも、来る前だったらしつこい程に覚えがあった。

 

 今思えば今日一日感じていた胸騒ぎの様な不快感は全てこれだと言ってしまっても良い。

 

 ……過去、俺の意思とは別の感覚が体を震わせ、町へ、大通りへも市場も行かせてくれない日が幾度あった。

 そして、そんな日を終える頃。ストリートから俺のようなガキが、薄汚れた男が、物乞いを辞めない女が消えていた。

 

 だから俺は知っている。こういう日は()()()()なのだと。

 

「クソったれ、……何なんだお前」

「ふぅん、そうですね。最近になって、よく()()()()と私を呼びます」

 

 息を溜めに溜め思いっきり吐き出す。今はまだ腕だけで済んでいるが、肩から顔と全身に波及していくと何となく分かってしまっている。

 

 ……さて、此処からどうやって逃げようか。

 

 吹き込む嗅ぎ慣れない潮風、雨脚と遠くで響く轟、そんな最悪が災厄との初の邂逅だった。

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

「一応尋ねましょうか。この船にカイザーの作った非合法的なオモチャがあるそうですが、ご存知ですか?」

「……知らねぇよカス」

「そうですか」

 

 端から期待などしてないのだろう。俺の言葉に気にも留めず彼女はヒールの突く音を響かせ始めた。

 しっかりと生きた感情が彼女の言葉の中には存在している。だというのに、彼女の物言いはどこまでも冷ややかで刺々しい。

 

 このタイプは自己的かつ他とは掛け離れた思考と価値観を持ってる事が多い。ストリートで徒党を組んでその頭になれてしまうタイプだ。

 

『落ち着け、決して勝ち目のない相手ではない』

 

 先生の声が耳に響く、そうかもしれないが既に俺は彼女と戦い合う事を諦めてしまっている。今、脳裏にあるのは自身の生存、その次に依頼の成否だった。

 

 他の奴らにも通達すべきかと耳元に手を伸ばそうとするが、着けてあったはずの通信機が無いことに気がつく。彼女に殴り飛ばされた時に外れてしまった事に今更気づいたのだ。

 

「直ぐにでもこの船は占領されることでしょう。貨物を全て確認すれば必ず出てくるはず、それまで貴方たちは眠って頂きましょうか」

「生憎、俺たちは夜に起きては陽が出た頃に寝るんだ。俺らは寝かしつけられるほど幼稚じゃない」

 

 まだ口元は上手く回ってる。上擦りそうになる声色を精一杯の敵意と軽口で誤魔化す。

 

「あら残念ですわ。よく皆さんぐっすりと眠られるので結構自信があるのですが」

「海に出て二度も襲撃してくるとは随分暇そうだな?キツネらしく山で木の実でも齧ってればいいものの」

「あらよく喋る小鳥さんであること、震える程怖いのなら鳥籠から出てこなければがよろしかったのに」

 

 売り言葉に買い言葉。俺は口に任せて適当に言葉を吐きだし、何かが起こらないかと無作為に時間を引き延ばす。

 相手も分かっていて乗ってきている。明らかに舐められているが今はとにかく時間が欲しかった。

 一言返すたびに彼女が一歩ずつ距離を詰める。それに対して俺が取った行動はなるべく姿勢と重心を低くし、どの方向にも動けるように身構えて回避に徹する事だった。

 

 手は震えるが、足はしっかりと地を踏めている。たとえ言う事を聞かないのだとしても、何をどうしたらいいかは体が分かっていた。

 

 歩けば10歩、駆ければ2歩の所まで近づいた時、待っていたのかも分からない切っ掛けが起きた。

 

「――対象は無事確保しました!どこに向かったらいいですか?」

「――右舷側の一番大きい船です。あと少しで船内は片づきます」

 

 床に落ちていた通信機から声が漏れだした。聞こえたのはコユキとトキの声だ。彼女がその声に耳を傾けた直後、俺はその場に装備していた全ての発煙弾を転がした。

 

 互いに駆けだした強い足音が響く。俺は彼女を躱すつもりで物陰を通りモエを回収しに向かう。

 

 吹き込む風に煙を持っていかれているにも関わらず、瞬く間に操舵室は煙で埋め尽くされ視界が塞がっていく。明かりのない上にこの濃さの煙幕は彼女でも戦いにくい筈だ。

 

 聴覚に意識を傾けながモエを片手で引き寄せ、屈んで壁際へと身を寄せる。抵抗する間もなくやられたのかモエに負傷の跡が少ない。

 

「……?」

 

 何かしらのアクションを見せると思ったが、拍子抜けするほど静かだった。

 足音を消してるのか、それともその場から動いていない?

 

 ――――いやっ違う!あの女ッ!

 

 気絶しているモエから通信機を奪い間髪入れずに大声で叫んだ。

 

「ラパン!そっちにキツネ女が向かった!」

 

 僅かに遅れて響く俺の声は今手に取ったひとつだけ。って事はこの部屋を出る際にしれっと俺の通信機を持っていきやがった。

 

「俺の通信機が奪われた。気をつけろよ!」

「――きっ狐!?それもしかして災厄の狐のことですか!?」

 

 この状況をどうする?次は何をするべきだ?普段あまり考える事しない頭に、直感では解決できかねない問題が埋め尽くした。

 

 コユキには何とか逃げ切って欲しいが、船の位置も知られてしまった為に奪われるか破壊される可能性が高い。であれば脱出用の船が健在な今の内に逃げるべきではないだろうか。

 ……是非ともそうしたいと思いかけたが、モエとトキの2人は恐らく納得しない。

 

 そうだ。だから、だからコユキをフォローするために助けに行くべきだと感じる。しかし、奴を追いかけて対面した所で勝算がない。であれば何か方法を――

 

 『追いかけろ!狐の少女を見失えば状況は更に悪化するぞ!』

 

 はっとして直ぐさま操舵室から飛び出し駆け出す。 先生の言う通り足を止めてはいけない、悩んで動けなくなるより何かアクションを起こした方がマシだ!

 

「――っこっちか!」

 

 一番近い足音を聞きつけ最短距離で追いかける。奴は船内を大まかにしか把握してないのか、すぐに彼女が通路を曲がる姿を遠目で捉える事が出来た。

 

 速度を上げて全力で走るが俺をを撒きたいのか、船倉に向かうのではなく出鱈目に移動して振り切ろうとしている。そのように立ち回られると追いつくことが出来ない。

 ワイヤーが使えれば直ぐにでも追いつけるのだが、狭い船内の通路で使えば事故は免れないうえに、移動が直線的すぎて彼女へ不用心に近寄るのが怖かった。

 

 いっその事彼女を諦め先回りすべきかと思案した直後、反射的に走るのを止め屈むように頭の位置をずらす。

 銃弾が頭部をかすめ背後の壁に弾痕を作る。一発で済むはずが無いと思い、咄嗟に近くの扉を蹴破りながら室内へと身を隠した。

 

「あら、勘がいい」

 

 少し驚いたように言えば背後の扉を奥へするりと消えて行った。靡かせた黒い後髪が手招きされたかのように不気味だった。

 

 舌打ちを鳴らし彼女に続き部屋へと突入する。

 

 中は部屋と言うには余りにも広く物が溢れていた。彼女が入ったのは貨物が置かれた船首側の船倉だった。見通しを悪くし中を進めど物陰の多さが不意打ちを予感させて足が重くなった。

 

 あの狐女の姿がどこにも見えない。何処かに忍んで居るのは分かるが、息を殺すのが上手いのか正確な位置までは分からない。

  

 シートの被せられた荷物にぴったりとくっつき、周囲を探るが気配がしなかった。少しづつ集る緊張感の中、現状の打開を模索する。

 

 狐女の率いる不良共の狙いはカイザーの試作兵器だ。現状それはコユキが確保して持っている筈。だが既に船は奴らに乗り込まれて多勢に無勢だ。

 

 一瞬の攻防ではあったがあの女は普通の生徒ではない。異様な雰囲気を持った生徒を見るのはは初めてでは無いが、あそこまで純粋無垢な悪意は初めてだった。

 

 人間性が垣間見える筈の心情の揺れ、そこに彼女という人間が居なかった。

 あれはもう人の形をした無垢なる狂気だ。

 

 それがたまたま暴虐性に富んだ彼女に芽生え、そのまま何ら変化することなく、あそこまで成長してしまっている。

 

 幼児期の残虐さを残したまま、ただ身体が大きくなった赤ん坊の様。

 それでいて馬鹿じゃない。アレは確かに確固たる知性を――――

 

 その場を跳ねて近くに重ねられたパレットへ手をかける。弾丸が足元で跳ね静かに感じていた船倉に銃声がこだました。

 

 「うふふっ、また避けられてしまいましたわ」

 

 振り向けばその楽しそうな声がパレットの山の影へと姿を消した。身を乗り上げ貨物を足場にを銃声の方へと向かって行く、そのまま角から飛び出せば狙い撃ちされるだろう。

 

 体をよじり彼女の居る場所へとコンテナを蹴り倒した。かなりの重量感が足に伝わり、外装を撓ませたコンテナが奥へと倒れていく。

 中身が何なのかは知らないが下敷きになれば無傷で済まない。

 

 しかしコンテナが彼女を床と挟み潰す前に下から滑り出てくる。この瞬間だろうと思い浮いた体のまま俺は銃を抜いて直上から狙いを定めた。

 

 引き金を引こうとした瞬間、俺の銃身が彼女の銃身によって弾かれる。

 反応されたというより予期されていたと思うべき反応速度だった。次に銃口を向けられたのは俺だ。

 

 残されていた左手で彼女の銃身を払おうとした寸前に気づく。銃口のそのした、そこにぬらりと鈍色に光る刃があった。

 

 「チッ!?」

 

 咄嗟に手首を返してガントレットに刃を充てる。擦れ合った金属を音を感じながら彼女の真横へと降り立ち、直ぐにでも引き金を絞るが銃口が真上から叩きつけられる勢いで押さえつけられ、放たれた銃弾が床を叩いく。

 

 握られた銃を振り払おうとに力めば彼女も同じく力を掛けたのが分かった。

 力比べ何て物は俺の土俵だ。残っていた息を素早く吐き出して力任せに振り払う、膠着しかけたこの状況を制したのは俺だった。

 体勢を崩した彼女に再度銃口を向けて撃ち放つ。

 

 

 続けざまに放たれた2()()()に流石に不意を突かれたのか回避しようとした彼女に散弾が横殴りに直撃する。

 しかし服を割いて見える皮膚に僅かな傷を残しただけだった。

 

 「おめぇも頑丈な口か」

 「……?。あなたの銃弾が()()だけですわ」

 

 確かめてみろと言わんばかりに彼女のライフルが俺を狙う。半歩その場をずらせば耳元で銃弾が音を残した。

 

 「ハッ、当ててから言えよ」

 「当たりましたわよ?」

 

 木材が引きちぎれるかの様な音が背後で鳴った。思わず振り返れば山の様に積んであったパレットが俺の方へと向かって崩れだしていた。

 

 この後の展開は誰にだって分かる。一瞬の思考で前方か後方かを即座に考えた末に後退を選んだ。距離を詰めるべきだと思ったが、何となく嫌な予感がしたのだ。

 

 だが、それでもまだ甘かったと直ぐに思い知らされる。

 

 崩れたパレットと柱が目の前で崩れ、床にたたきつけられた木片と何かが視界を遮る。

 

 『ユウリ!離れろ!』

 「あ?」

 

 聞こえたのは先生の声と微かな電子音だった。直後、船倉内に爆炎が起こった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 コンテナの扉の僅かな隙間から外を覗くと、燃えそうな物の殆どに炎が引火し轟々と火を纏っている。

 先生の咄嗟の判断のおかげで近くにあったコンテナ内へ逃げ込むことができ、全身を煤と煙で炙られる程度に済んだ。

 ただ幸か不幸か事態は変わった方向へと進展したことだった。それは……コンテナには先客が居た事であった。

 

 「……何してんだ?」

 「……えへっ、出ていくと巻き込まれると思いまして」

 「まあ、落ち合えたのはラッキーか?」

 「災厄の狐を連れてきた時点でアンラッキーです」

 

 未だ薄着でいるラパンがコンテナの奥で息を潜める様に座り込んでいた。そして傍には彼女の銃と見慣れないガンケースが1つ置かれていた。

 

 濁った緑色の様なハードタイプでそこそこの大きさがある。脳内に思い当たる事があり、問いただしてみればコユキが肯定した。

 

 「はい、そうです。これが言われてた新型兵器らしいです」

 

 思っていた以上には小さいな、一人でも簡単に運び出せる大きさだ。あの狐の女がどこまでこの兵器を知ってるか分からないが、これなら脱出ができる。

 

 俺はコユキに近づき耳元で静かに口を開いた。

 「ブリッジでシュトリヒがまだ気絶してるはずだ。そのケースとシュトリヒを回収して船から脱出しろ」

 「この大シケの中を小型船でですか?目的の島までかなり距離がありますよ?」

 

 「知らん、この船に大勢乗り込まれた時点で守るのは厳しい。トキが奴らの船を占領した筈だからその船で離脱しよう」

 

 コユキは俺の話を聞いた後少し考える様な仕草をして頭を悩ませていた。何をそんなに悩むのかは知らないが、外の火事が徐々に激しさを増しているような気がしてならない。一刻も早くここから脱出したいのだ。

 

 「……分かりました。行きましょう」

 

 重苦しくコユキが呟く。慣れ親しんだ夜が今日は随分と気味の悪い長い夜へと変わりつつあった。

 

 

 

 

 

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