『此処から先がブラックマーケットだ』
結局、先生が言うブラックマーケットに着いた頃には、空は茜色に変わりつつあった。
いざ中へ足を踏み入れると、雰囲気が重く澱んでいて至る所に落書きやゴミ等がある。街として出来上がってるのが分かる程には発展してるように見えた。
俺の知っている町とは違い、犯罪の巣窟と聞いてた割には小奇麗な所だった。
消えかけのネオンの看板や、建築に建築を重ねた歪な風貌。道の脇には意識がないまま転がっている生徒や、集まって悪だくみしている集団。
ただの通りすがりも、誰とも目を合わせないように足元だけ見てそそくさと歩いている。
「空気感がよく馴染む、ミレニアムよりか親近感が湧く」
今はまだ人が滅多にいないが、夜になればもっと増えるだろう。こういう所は明るい内に活動出来ない輩が多い、人の目に晒されると困る様な事を生業としてる奴らだ。
それでもやる奴はやる、突き当たった丁字路を適当に曲がる。
気づかれない様曲がる際に後方を見ると、頭を覆うヘルメットをつけた集団が居た。
一人ではなく、その集団全員がヘルメットを着けていた。それぞれ違った物を被り、銃を片手に跡をつけている。
「何だあいつら」
『ヘルメット団、キヴォトス各地にいる不良生徒達の集団だ』
「それであのヘルメット」
『分派ごとに分かれるほど人数が多いが、本当に多いだけだ』
ふいに通りから脇道へと入ると、気づかれてないと思っているのか、彼女達も脇道へと入ってきた。確かに阿保の集まりの様だ。
しかし、此処にきたばかりだと言うのに、目をつけられるまでが早すぎる。
この服装のせいだろうか、フードさえあれば構わないので、そこらの生徒をひん剥いても良いのだが、先に下手くそな尾行を振り切るべきだろう。
『そのまま進めば行き止まりだ』
「屋根に登るから」
道なり進んでいるだけだが、すれ違うのも気を使う程の狭い裏路地に入ると、側にあったドラム缶を踏み台にして屋根上まで登った。
彼女達の顔も見る必要なく、そそくさと違う道に降りて街を探索する事にした。
出来れば何でも買い取ってくれそうな店を見つけたい。
屋根に登った際、遠くに周囲の建物より綺麗な地域が見えた。
ここらは空き家が多かったが、あそこならショップを構えてる所もあると思い、試しにそこに行ってみる事にした。
『何か探しているなら、手を貸そうか?』
「いや、多分入り浸る事になりそうだから、道を覚えながら探すよ」
もし追われる事になれば、土地勘があるだけで逃るのが楽になる。先生に案内されるだけだと、道を全く覚えられない。
何処からか騒がしい声が聞こえる。何処かの輩達が騒いでいるのだろう、少し歩を早めて歩く事にした。
向かっている道中、淀んだ空気の中に暖かで優しい香りがした。足を止めて意識すれば煮込み料理の様だと分かったが、付近にそれらしき物は見つからなかった。
『どうした?』
「食べ物の匂いがしたんだが、気のせいみたいだ」
食べたばかりだと言うのに、この香りのせいでまたお腹が空いてしまった。
『……全ての感覚を捨てて、嗅覚を意識してみろ。やり方は視覚と一緒だ、君なら匂いを辿れる』
別に本腰入れて探そうと思ってた訳ではなかったが、先生が言うのもあって探す事にした。
廃墟でやった様に、目を閉じて周囲の喧騒も弾いていく。
段々と感じる匂いが増えていき、何の匂いか鮮明に分かる。唸る室外機の腐臭、側溝の溜まり水の臭い、嗅いだ事のないツンとした臭い。
ひとつづつ頭の中で分けていく中で、今さっき嗅いだ香りを見つけた。
先生は辿ると言っていたが、それが難しかった。薄く目を開き、周囲にある道をそれぞれ見つめながらひとつ選んだ。
「多分あっち」
『……少し投げやりになってなかったか?』
できる訳ないだろ犬じゃあるまいし、臭いを嗅ぎ分けただけでも十分だと思った。
行くはずだった道を逸れて、あるか分からない店を探す。
嗅覚を頼った直感だったが、間違ってはいなかった様だ。
すいすいと道決めて進んでいけば、少しずつ香りが強くなった。
そうやって誘われるように、香りについて行くとその店はあった。
人の気配が感じられない寂れた通りだった、どの店もシャッターを降ろされているが、それから上げた形跡が見られない。
見える窓全てが真っ暗だが、過去には色んな店が並んでいた場所だったのでは無いだろうか。
「……あれだ」
昼過ぎだと言うのに薄暗い通りの中腹に、台車に屋根を乗っけた屋台があった。
薄い紙を貼り付けたような籠の灯りがあるが、その明かりは通りの出入り口届かない程弱かった。
『おでんの屋台か、珍しい物を見つけたな』
「おでん?」
『魚から取った出汁で作る煮物の事だ』
嗅いだことのない匂いだと思っていたが魚の煮物だったのか。
ポケットの中を漁りながら屋台に近づき、吊り下げられている布を分けて入った。
中は木材で出来た机があり真ん中に角型の鍋が埋められていた。
鍋の中は薄く濁った汁で満たされており、中に板が仕切られていたが殆ど具が入っていなかった。
その鍋の向こうに居たのは頭に捻じった手ぬぐいを縛り、3本の腕で器用に作業をしているアンドロイドが居た。突然俺が入った事に驚いたのか、こちら見ているその液晶は無表情だった。
何を食べる事ができるのかは知らないが、ポケットから今ある手持ちを全て机の上に出した。
「これで直ぐ食える分だけ出してくれないか?」
計二人分の拾った小銭を彼に見せるが、この小銭達がキヴォトスでいくらになるかは知らない。
「悪いが今煮始めたばかりだ。ちゃんと出せる物なんてない」
「腹が減って仕方ないんだ、頼むよ」
「……少し待ってろ」
少し困ったような表情をしていたが、彼は見た目以上に老けた声で一言残し、屋台の外へと出ていった。
本当に少し待つと彼は小さい皿と小さなケースを横に持って帰ってきた。ケースを裏返して俺の傍に置くとそのまま対面に戻っていった。
もしかして使えって事だろうか、足元まで引き寄せて踏み台にすると確かに机が丁度良かった。
そして、何処からか出した細長い木の棒で鍋に入っていた具を摘まむと、器用に皿に乗せて細い木の板と共に手渡された。
皿の中にはいくつかの種類の具が入っていたが、練った肉団子と卵以外知らない物だった。一緒に貰った木の板を見たが中央に溝が入っていて、細くなる先端はそこから裂けて割れていた。
『割り箸だ。溝に沿って割れば箸になる』
「……よっと」
先端から2つに裂くように木を割ると、1つの板から棒が2本生まれた。
だからと言ってこれをどうするか分からなかったが、少し考えると彼が鍋から具を取り出したように使うものだと分かった。
どうやっていたか思い出しながら箸を持つ、摘まんでみようと試すが力を入れるものの慣れてないのもあり、卵が皿の中で逃げ回って一向に掴めなかった。
ツルツルと滑る卵を追うのが面倒くさくなり、箸を束ねて握り卵へ突き刺した。
マスクを外し皿から掻き込む様に卵を口に運んだ、さすがに一口では食べる事は出来ず少しずつ食べる。卵何て片手で数えられる程しか食べてこなかったが、それでも一番食べやすい味がした。
それから皿ごと食べる勢いで食べ進め、汁を飲み干して中身を空にして箸を机に置いた。
顔を上げると店主の彼と目が合ったが、彼は何事もなかったように目を逸らしてカタカタと作業を再開した。不愛想なおっちゃんだと思いながら袖で口を拭った。
「これで全部か?」
「そうだ」
「……そうか」
マスクを着けなおして一言言って店を出る。
全然足りなかったが、初めて食べる味でまた食べてみたいと思う程美味しかった。
そのまま去ろうと思っていたが店の奥から呼び止められた。
「次来るなら夜に来てくれ」
不愛想だと思ったがそうでもないらしい、来てくれって言うのならまた来ても良いかも知れない。
変に返事する事もせず、通りに出て当初の目的だったブラックマーケットの探索を続けた。
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屋上の端に腰掛け昨日と少し違う夜景を眺めていた。昨日は空を埋め尽くさんばかりの星空だったが、今見ているのは白色と暖色が入り混じり、人の営みが作り出す夜の景色。夜なのに街がこんなにも明るいのは不思議な感覚だった。
ブラックマーケットの探索は、思いの外楽しいと思える物だった。行く先々で怒号や銃声が響いていたが、段々と慣れていくだろう。
ジッと街の端を眺めていると足元から人の声が聞こえ、喧噪となって騒がしくなった。
見てみるとヘルメットを着けた集団と、ロングコートを羽織ったスケバン達が小競り合いを起こしていた。
やっとかと思い、空腹を感じ始めたお腹を宥めながら腰を上げた。そのまま背を伸ばすと肩からかけて背中が気持ちよかった。
『ユウリは景観を眺めるのが好きなのか?』
「……好きというか、癖だから」
動かず座ったまま出来る事なんて何もないから眺めてる。ただ、それだけだが今となっては何も考える必要がないからしていたのかもしれない。
建物の下層で勃発した銃撃戦が静かになるまで見つめていると、スケバンの最後の一人が撃たれてそのまま地に伏した。
終わってみればあっという間だが、両者の違いはヘルメット団には場を指揮する奴が居た事だろうか。
終始ヘルメット団が優勢でスケバン達は、常に動きにくそうに戦っていた様にも見える。言ってもヘルメット団も無傷ではなく半数程が端に転がされていた。
指示する奴の有無で変わる物だと思いながら、起き上がっている連中の中心にいる頭上を狙って飛び降りた。
「リーダー、回収班を呼びますか?」
「ああ、よ――バぁあッ!」
屋上から降ってきた俺に気付く者が誰一人おらず、何か喋ろうとしていたヘルメット団の一人を地面へと叩きつけた。
可愛らしい丸いフォルムは形を変え、装着していた彼女はくたりと動かなくなった。
「だ、なんだコイツ上から――だアッ!?」
「あ?!何が――」
指示役は潰したが撃たれる前にやってしまう。近くにいる奴から順に、鳩尾や首を狙って叩いて転がしていく。
感触的に普通なら死んでそうだが、出血もせずにヘイローが消えている所を見ると、恐らく気絶しているだけだろう。
事態を察して発砲する奴も出てきたが、狭い路地裏で壁と地面を跳んで移動する俺を、誰も当てることはできなかった。
薄暗い夜に加え明かりもない路地裏では、小柄な俺はさぞかし狙いづらいのだろう。
「一体なんなんだ!スケバン共の増援か!?」
「あー、……通りすがりのあれだ。カラス」
「……は?、カラ――ゥッ!?」
残った一人を壁に叩きつけたが、今のは舌噛んだだろうな。
『だいぶ戦闘も小慣れてきたな』
「不意打ちだから通じるだけだ」
正面切って戦っても恐らく勝てるだろうが、無傷で済むとは限らないし、銃と素手じゃ出だしから不利だ。
俺も何かしら銃を携帯すべきだろうか。もし使うなら廃墟で使った様な銃がいい気がする。
ヘルメット団の落とした銃を拾い、サイトを覗きながら近くのゴミ箱を撃つが、銃弾は殆ど周りの壁に当たってた。
やっぱり銃を撃つセンスがないのだろう。
ワイヤーですら打ち込む際に狙った所を当てられていない。
的が壁だから外れる事が無いだけで、実際は狙った位置から割とズレて着弾しているのだ。
銃なんて今まで撃った事がないのだから、しょうがないと思うのだが、ひとつぐらいは持っとくべきだろう。
「でも、ここにある奴は全部売ってしまおう」
銃なんだジャンク屋に持って行けば、少なくない金になるだろう。
『……成程、しかしユウリこの数の銃をどうやって運ぶつもりだ?』
拾う手を止めて考える。1つしかない鞄に入れたとしても2つ、自分が抱えるとしてもこの体躯だと3つが限界だろう。
「もしかして5個ぐらいしか運べない?」
『……そうなってしまうが、全部運ぶ方法も無い事も無い』
やけに勿体ぶっていた先生だが、不本意そうな声で俺に銃を全て一箇所に集める様に要求した。
また何か不思議な事でもするのかと思いながら、不良集団を一人づつ剥いでいった。
「こんなもんでいいか?」
『大丈夫だ』
そこそこな山になった銃達を目の前に、両手を向ける。長く息を吸っては吐いて、廃墟での感覚を思い出す。
元は彼女達の物だが今はもう俺の物だと、当たり前だと強く底から思い続ける。
意識の隅にまた気絶するのかと覚悟していたが、心配をよそに俺には何も起こらなかった。
だが、見ていたはずの銃の山は違った。
薄く光ったと思うと塵の様に細かくなり、砂の様に空中に流れては手に吸い込まれて消えた。
両手を見てもあの大量の砂と何処にも見えず、その場から銃は一本も残っていなかった。
「本当に、何というか魔法使いだな」
『君に載せただけだ、何を降ろすか意識すれば出せるはずだ』
「……降ろす」
試し打ちした銃を思い出しながら右手を宙に出すと、今さっきまで流れ込んできた砂が形を取り始め、全く同じ形の銃へと変わった。
驚きを抑えながら”すげえ”と声を漏らすが、よく見てみると最初の銃と少し状態が違った。
「何か風化してる?使い込まれたと言うか少し錆びてるし」
『……まぁ、少し予見していたが、こう言う形になったか』
どういうことか話を聞けば、先生が使う不可思議な力は使った物を劣化した物へ変えてしまうらしい。
どんな劣化をするかはある程度は予想できるらしいが、実際にやってみないと分からないだとか。
「運ぶ事は簡単になったけど、買い取ってくれるか怪しくなったな」
『……すまないが行って確認してみる他無い』
「行くだけ行くよ」
便利な力も欠点があるもんだと思いながら、気絶している奴らが起き上がる前に逃げるように夜の街に紛れる。
見つけたジャンク屋はそんなに遠い所ではない、常に店を開けていると言っていたがやっているだろうか。
場所はシャッター街で看板と呼べるものも置いてはいなかった。何件もの建物の壁を抜いて、1つの広い建物みたいになっていたが、いつか崩れそうだなと思っていた。
中途半端に降ろされたシャッターを持ち上げて中に入ると、いくつかのコンテナや小奇麗な物、半分に割れてしまっているものなどの廃材に囲まれた。
生徒の1人が居るはずだったが今は留守のようで、適当な箱に座って待つことにした。
『留守だというなら、今の内に銃を出してしまった方が良い』
「あ?……ああ、分かった」
開いてるスペースに銃を出しては捨てたが、途中から1つずつ手から作らなくてもいいと気づき、滝の様に回収した全部の銃を床に出した。
そうして結局箱の上に座って待っていると、俺が入ってきた入口から、高い所で結って垂らした金髪を揺らし、顔にゴーグルを着けた生徒が帰ってきた。
「あれ昼間の子じゃんか、どしたん」
「銃を拾ったんだ買い取ってくれ」
彼女は立つと俺よりも身長が大きく、薄手のタンクトップに黄土色のカーゴパンツを履いていた。
俺が銃の山を指さすとポケットから手袋を取り出しては、床に落ちている銃を取って何かを確認するように眺めていた。
「ほぉ、なるほどねぇ」
彼女は一言漏らすと近くのダストカートにその銃を投げ入れた。
そしてまた銃を拾い出し始め、床にあった全部の銃を選別するようにあちこちに投げ入れると、こちらに向き直った彼女は笑いながら一言喋った。
「殆どゴミだね!」
「買い取れないか?」
「いや買い取るけど!割と新しめの銃も雨ざらしで風化した様になってる!どこで見つけたん?」
流石に何か疑問に思ったのか、広い部屋でもしっかり通る声で問われるが適当に誤魔化すと、余り気にしていないのか彼女は話を流した。
カウンターとも呼べるか怪しい机の下から彼女が顔を見せる、数枚のお札と小銭を机に出した。
「はい、27丁で31650円」
「さんまんせんろっぴゃくごじゅうえん」
「ん?これでも結構色付けた方だよ」
出された金を掴んでそのまま服の内ポケットにしまった。安い高いは分からんが後で先生に聞くとしよう。
これでどれ程のおでんが食べられるのだろうか、通貨の数え方も聞いておくべきだろうか。
恐らく此処も通うことになるだろう、出来るようになって損はないはずだ。シャッターの下をくぐる様に外に出て、おでん屋の方へ向かう。
「まったねー!!」
建物のシャッターを越えても彼女の声はよく聞こえた。元気な奴だ、能天気そうに見える彼女だが終始ずっと俺の事を警戒していた。やはりブラックマーケットで過ごしてるだけはあるのだろう。
先生は此処をキヴォトス中でも治安が悪いと言っていたが、抗争が絶えないだけで何処か雰囲気が活力を感じる。
終わっている場所ではない。ブラックマーケットはそんな風に見て取れた。
建物の屋根を移動して、一直線におでん屋があった通りに向かう。
昼間と全く変わらない場所にはまだ屋台は残っていた。明かりは点いており、まだやっているようだった。
「おっちゃんまた来たぞ」
声を掛けながら中に入ったが、店主の肩が震えたのが見えてしまった。どうやら驚かせてしまったようだ。
「……その日の内にまた来るとはな」
「ほら、これで食えるだけ出してくれ」
銃を売り払った金を全て出して、近くにあった籠を足元に引き寄せて机に手を付いた。
店主は机の上の金を一瞥すると、鍋に載せられていた木製の蓋を外した。
湯気が立ち上がり、屋台の中がおでんの香りに溢れた。鍋の中には昼間より沢山の具が煮えていて、どれもが見た事のない物ばかりで、いつの間にか心が浮足立っていた。
昼間より山盛りに盛られた皿を受け取ると、もう1つの腕から見慣れた物をもらった。
「フォーク何てあったのか」
確かに箸よりかはこっちの方が食べやすいが、あるなら昼間の時に貰えば良かったと思った。
おっちゃんを見るとお金を手に取りいくらか数えていた。
「……この金額だと結構な量になるが食べきれるのか?」
「分からないけど出してくれ」
そういうと、おっちゃんは笑った顔をして2皿目を差し出してくれた。
何度もお代わりを貰い、気づけば夜明け前になってしまっていた。
確かに結構な量を出してくれたが、結局金額分を食べきるよりも先に鍋が空になってしまい。
次はもっと用意すると言うものだから、うれしくて明日も来ると約束して店を出る事になった。
通りから出ると陽は見えないが、感覚的にもうすぐ夜が明け始めるだろう。
「すごいな、永遠に食っていられそうだった」
『私はユウリがそこまでおでんが好きになるとは思わなかった』
朝日を見るため周囲でなるべく高い建物へ上る。まだ兆しは見えないが腹ごなしに待っていても良いだろう。
『これからどうするんだ?』
「……そうだな、取り合えずまた銃を回収して金を作ろうかな」
また、おでんを食べるのかと先生に問われる。
「うん、だって腹が減っているからね」
◆
◆
◆
・
◇
◇
◇
ブラックマーケットで過ごすようになって四日が過ぎた。ただ言うなれば何の代わり映えのない四日間だったろう。
スケバンやヘルメット団を襲っては銃と小銭を回収し、夕方になれば3本腕のおっちゃんの所へ食べに行く。ただその繰り返しの日々は今日まで続かなかった。
「悪いが今日の夜は休みで俺は居ないぞ」
「……そうか」
フォークと皿を置き口元を袖で拭う、目の前にある鍋は汁すら残らず空っぽになっていた。
二日前に汁も寄こせとねだると、それから貰えるようになったのだ。おでんは汁まで美味しい、配給で食べたごった煮とは遥かに違った。
「次の夜は?」
「営業している」
聞きたかった事だけ聞いて店を出る。空は既に朝日が僅かに上っている頃だった。
充てもなく通りを出て適当に歩き出す。今日は別の食事を探す必要があるが、一体どうしたものか。
昨日から先生に一日二食おでんしか食べない事に苦言を呈していた故、丁度良かったと言えばそうなのだが、不思議とおでん以外に食べたい物がない。
後を引くあの味はずっと食べていられる。もしかして薬でも入っているのではないだろうか。
『単に君がおでんしか料理を知らないだけだ』
「……そう、かもしれない」
確かに知っている食べ物何て、俺が数えられる程しかないだろう。
おでんと同じぐらい美味しい物があるのなら探すのも良いかも知れないが、マスクを着ける癖ができてしまった為、顔を大っぴらにしたくない。
ジャンク屋に言えば何とかマスクを使いやすくしたりできないだろうか。
金も多少なら飯以外に使っても良いと思う、僅かながら金を手元に残せるようになったのだ。
毎度鍋にあるだけのおでんを食べていたが、ついに食べた金額よりも俺が持ってくる金額の方が多くなったのだ。
最初はジャンク屋が少し困惑していたが、2回目から喜んで買い取ってくれた。ブラックマーケット内で少し銃の価値が上がったのだとか。
「……ん?」
『どうした?』
狭い路地でふと立ち止まり耳を澄ます、あちこちに人が走っている音がする。遠いが怒鳴り声の様な声も僅かながら聞こえた。
何事か知らないが巻き込まれる前に、民家の屋根に登ろうとした時だった。
『ユウリ、正面だ』
「――あっ、」
「は?」
横道から此方に曲がった生徒と衝突し、共にその場に倒れることとなった。
遠い場所に意識を割いたせいで、身の周りの事をおざなりにしていた。
体を起こしてぶつかってきた彼女を見ると随分と小柄な生徒だった。
身長は俺とほぼ変わらず、身体全体の線が細く俺なら片手で折れてしまいそうだった。桃色の髪を左右に分けて結っているが、それでも腰にかかる程長かった。
「痛ってて、何ですかもうしっかり前見てくださいよ!」
「お前からぶつかってきたんだろ」
理不尽に此方を睨む瞳も桃色だった。だが阿呆みたいな顔と童顔が相まって何の威圧にもなっていない。
そうしていると、偶然か否か別の足音もこちらに近づいてくる事が分かった。
「……先を急いでる、じゃあな」
「――あっ、ままま待ってください!」
俺にはこれは面倒事だと分かった。しかし、立ち上がってそそくさと歩きだすが、彼女は抱きかかえるように俺の足を掴んできた。
何事かと思い引っ付いてきた彼女の顔見ると、困ったような顔をしながら俺に懇願した。
「――出来たら~、……お金貸してくれません?」