機械たちは明日に夢を見るか?   作:akuriru14

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仕事やカルバノグ2章読んでいたら時間かかりました。
次こそはちゃんと一週間に1本投稿します。


3-3『一晩二食』

 

 「……先生が居なかったら危なかった」

 

 身に覆いかぶさる瓦礫を持ち上げ外に出る。

 爆発により建物が崩れ、降ってきた天井を避けられたのは、先生が咄嗟に落ちてきた瓦礫の隙間まで、瞬時に誘導してくれたからだ。

 

 周囲を見渡すと昼下がりの日の下に、剥き出しの鉄筋と瓦礫の地面が出来上がっていた。

 地下の広さと比べ、建物が倒壊したには瓦礫が少なかった。地下に作られたあの空間が本命で、上の建物は見せかけの物だったのだろう。

 

 『まさか建物を倒壊させるとはな』

 「あの爆弾が悪い、何で爆発の威力をバラバラにしているんだ」

 『……ミレニアムは優秀なのだがな、変わった者が多いと聞く』

 

 出た数字に依って爆発力を変えるのは理解していたが、威力が強すぎたり爆発しなかったりと、兵器としてどうなのだろうか。

 

 しかし、狙ったのかどうかは分からないが、コユキが投げ捨てた時に起動したおかげで、あの場から逃げることが出来た。

 

 アイツも運が良いのか悪いのか分からない奴だ。俺が使ったときは”0”や”2”だったのに、あの時”10”を出していた。

 

 どこに埋もれているか分からないが、銃弾が当たっても死なない奴らだ生きてはいるだろう。

 廃材の山を足場にして移動すると、運よく埋もれずに済んだヘルメット団や、瓦礫に挟まれているものなども居るが全員意識はないようだ。

 

 奴らが起き上がる前にこの場から逃げてしまおう。崩れそうな足場に気を付けながら、剝き出しになった鉄筋を掴んだ。

 

 『彼女は置いて行くのか?』

 

 先生が聞いているのはコユキの事だろう。

 確かに強盗に手を貸してもらったが、この状況下で埋もれたであろう彼女を探すのは時間がかかる。

 

 奴らの応援も来るだろうし、まだ見たことないがマーケットガードも来る可能性がある。

 無法地帯の治安を維持するなんて、余程大きい組織じゃなければ無理だ。

 

 そんな奴らに出くわす可能性があるなら、見捨ててしまったほうがいい。目当ての物も手に入っている以上、長居する必要もないだろう。

 

 『良いのか?彼女の力は今後も使えるのではないか?』

 「――今後、……次は今を何とかしてから考える事だろ」

 

 欲張ってヘマしてお終い何て俺は嫌だ。それに彼女は強盗する切っ掛けになっただけで、コユキの力が必要不可欠かと言われればそうではない。

 

 『君は時々、強気な所があるのにどこか腰が引けているな』

 

 まるで俺が悩んでいるかの様な物言いに、俺は強気に言い返した。

 

 「引きどころを考える、それが生き延びるコツだと知っているからな」

 

 やるときは堂々と大胆に動き、上手く行けば深追いせずにリターンを得る。

 必要のないリスクをなるべく取りたくはない、ココが引き時だと俺は思っている。

 

 振り返ると倒壊した建物の残骸がよく見えた。ここら一帯を全てひっくり返せば、確かに見つける事も出来るだろう。

 先生の言っている事も多少理解は出来る。だけど、今はもう逃げるだけの段階まで来ていて、彼女の事を気に掛ける余裕はない。

 

 こうやって考えてるうちにも時間は過ぎていく、早くどちらかを選ばなければ最悪の結果になってしまう。

 

 『君はもっと欲張りになっていい』

 

 『君には私が居る。失敗した時の事を怯える必要はない』

 

 『もっと貪欲に、好きなように生きて良いんだ』

 

 先生の言葉をゆっくりと飲み込み、俺がどうしたいかを考える。

 彼女を助けに行くべきか、一刻も早くここを立ち去るか。

 

 周りの警戒すらも捨てて考え込んでいる内に、先生の言葉が優しく頭の考えを纏めてくれた。

 目の前しか見えなかった視界が広くなる、いつの間にか焦っていたようだ。

 

 目を瞑れば風通りが良くなった瓦礫の上で、砂と小石をカタカタと転がり落ちる音が聞こえる。

 

 聞こえてしまえば騒がしいはずなのに、とても静かに感じるこれなら一人の声ぐらい見つけられるだろうか。

 

 

 ◇

 ◇

 ◇

 ・

 ◆

 ◆

 ◆

 

 

 舞い上がった砂埃が気管に入り、咽るような咳で意識が覚醒する。

 目の前が真っ暗で自分の置かれた状況を理解した。

 

 爆発と同時に落ちてきた瓦礫に頭を打ち、そのまま生き埋めになってしまったのだろう。

 お面や銃も爆発に巻き込まれて何処か行ってしまったようだ。

 

 「けほっ、……折れてはいないですね」

 

 体をよじらせると、たいして負傷はしていないようだ。しかし、腰から下が強く挟まれているようで一人で脱出する事は出来ないだろう。

 

 このままでもヘイローが壊れる事はないでしょう。今生きているだけでもう安心です。

 ブラックマーケットで一番大きいカジノが爆破されたんです。恐らく、ものの数分でマーケットガード達が来るはず。

 

 運が悪ければヴァルキューレの人達も出張ってくるんじゃないでしょうか。

 最近何かあったのか、連邦生徒会の活動も活発になってきてますし、乗じてガサ入れでもしそうです。

 

 そうなれば救出はされるとは思いますが、カイザーの所有地での事ですし、怖いのはその後ですね。

 

 「彼女も、同じ状況でしょうか」

 

 いや、あの人の事です。恐らく生きてますし、あの怪力なら生き埋めになる事もないでしょう。

 

 キヴォトスでは稀に特異的な体質を持っている生徒が居る。それは傷が早く治るなどちょっとした物から、未来を見る事が出来るなど眉唾な物まで千差万別。

 

 雰囲気が少し重い彼女ですが、あの身体能力も特異体質の1つでしょう。恐らく私も、そんな感じだと思いますが深く考えた事はありません。

 

 出来る事なら彼女に救出して貰う事が最善ですが、慎重な彼女は恐らく間もなくマーケットガードが来る事を分かっているはず。

 私を助けには来ないでしょう、割と真面目そうなので拘留された後、こっそり迎えに来てくれないでしょうか。

 

 「ないですね、単独行動を好むタイプですし、会ったばかりの他人です」

 

 カジノから脱出する際も私は何もしてなかった。行く手を阻んだヘルメット団の殆どは彼女が無力化していた。

 私がやった事はロックを開けただけ、でもそれがなくても彼女は金庫を破れるような気がします。

 

 「はぁ、これ以上考えても意味ないですね」

 

 助けが来るまで寝てしまおうかと、目を閉じて気を休ませようとする。が、それまで無かった恐怖感が湧きだし、私の体を冷たくさせた。

 

 なるべく考えないようにしていたが、このスペースが密閉空間なら酸欠で死ぬ可能性があった。

 

 それに頭上の瓦礫もふとした振動で崩れれば、次こそ骨折など重症を負う事になる。

 可能性は低いが私の存在に気付かれないまま救助されなかったら、この状態のまま餓死する事もあり得るだろう。

 

 「……もう私に出来る事は何もありませんし、成るように成れって感じです」

 

 ふと考えてしまった不吉な未来を、頭から振り払い全身の力を抜いた。

 

 「にはは、それでもやっぱり少し……怖い、ですね」

 

 昔から私は何事も運が悪かった。賭け事なども良い所まで行けても、いつも最後は悲惨な目に会う事ばかり。

 もし、その可能性を引いてしまうかもと思うと怖かった。

 

 

 

 突然、頭上で瓦礫の動く音が聞こえた。パラパラと顔に砂が掛かり、目をきつく閉じる。

 周りの物が動いて崩れてしまうかと、胸を締めつけるような恐怖が私を襲った。

 

 さすがに救援が来るには早すぎる。私の運もここまでか、そう思っていた。

 

 体に押しかかる重圧が軽くなると同時に、真っ暗だった瞼の裏が明るくなる。

 

 「おい、起きてるだろ。さっさと逃げるぞ」

 「わっ!?あっあれっ?」

 

 目を開けると彼女の数倍も大きく重いはずなのに、片手で瓦礫を支える彼女が私の事を見下ろしていた。

 その余裕そうにしている姿もだが、まさか助けに来てくれるとは思って無かった手前、変な声で驚いてしまった。

 

 「何だ泣いてたのか、泣き声ぐらい出してくれたら、もっと早く見つけられたんだがな」

 「なっ、泣いて何かいませんよ!砂が顔にかかったんです!」

 

 彼女に揶揄われ慌てて目を擦って涙を拭う、言い返してやりたかったが助けて貰った身では、誤魔化すことしかできなかった。

 

 瓦礫の下から這い出るように起き上がると、彼女は支えていたブロックをその場に落とした。

 彼女が他の場所に移動させたのか、私が居た周りの瓦礫はまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は私に近づくと、吹き飛ばされたはずの私のお面を手渡した。

 砂まみれで多少の傷が付いていたが、何処か欠けたりはしてはいなかった。

 

 「そうかい、ならちゃんと着けとけよ」

 「あっ、ありがとうございます。……ついでに私の銃も見てません?」

 「あそこ」

 

 彼女の指さす方を見ると私の銃は、瓦礫達の山の中にグリップから先が、突き刺さるような形で埋もれていた。

 その上にはかなりの瓦礫が積みあがっており、掘り起こすには多少時間がかかるだろう。

 

 「うあぁあああー!愛銃にしようと思ったのにー!」

 

 引き抜こうと近寄ろうとしたが、身体を突然浮いたと思えば彼女の肩に担がれていた。

 そして揺れた衝撃と共に遠く離れてしまう私の銃が、寂しそうに小さくなってしまった。

 

 「残念だったな、どこかで同じような銃でも買え」

 

 わざわざ助けに来てくれた事も忘れ、彼女に我儘を言った。

 

 「嫌です!あの子が良いんです!」

 「もうすぐ人が集まってくる、諦めろ」

 

 嫌々と背中を何度も叩くとようやく彼女は止まってくれた。だけど私の事は離してはくれなかった。

 

 「金があれば買えるだろ」

 「あの銃を市場で見た事がありません!手に入れる事はできませんよ!」

 

 急ぐ理由は分かるがそれでもあの銃はこの場で手に入れたい。

 戻って欲しいと頼むと彼女は数秒悩んだ後、踵を返して先と同じ場所に戻ってくれた。

 

 私を担いだまま近づいて銃に近づくと、僅かながら見えるグリップを掴んだ。もしかして強引に引き抜くつもりだろうか。

 

 「壊れない事を祈れ」

 「修理できないのでやめてください」

 「……はぁ」

 

 突然見えていた景色が回転し、身体が浮遊感に一瞬包まれ、何も出来ず背中を地面に打ちつけた。

 背中の衝撃を無視し、何事かと思い急いで顔を上げると、彼女は既に銃を引き抜いていた。

 

 「……えっ、何で私いきなり投げ落されたんですか」

 「お前が我儘言うからだろ」

 

 投げられた銃を慌ててキャッチする。多少の傷は付いていたが手入れすれば大丈夫だろう。

 元あった場所を見ると瓦礫の大半が消えていた。

 

 「えっ、どうやって引き抜いたんですか?」

 「…………蹴り飛ばした」

 

 重なり合ってた瓦礫達を一瞬で蹴り飛ばした?

 そう疑問に思ったが、地面に散る火花と後を追うような銃声で考えが吹き飛んだ。

 

 「おい!ここで何をしている!!」

 「不味い、行くぞ」

 

 見えたのは武装した黒塗りのアンドロイド、やっぱりマーケットガードが来ましたか。

 

 逃げましょう、なんて言う暇もなく。

 タックルの様に腹に組みつかれ、肩に担がれた私はお腹の痛みを、泣く泣く耐えるしかなかった。

 

 そのまま私を担いでいても彼女は苦にせず、不安定な足場を逃げ回る。

 銃弾に当たらないよう逃げていたが、それでも後を追ってくる彼等の銃弾は頬をかすめた。

 

 「危なっ」

 「しっかり避けて下さい!私に当たります!」

 「むしろ、お前が俺の代わりに受けろ!」

 

 背中に目でもついているのか、私には銃弾を掠めるが彼女は一発も被弾してなかった。

 

 追ってくるマーケットガードを見ていると、かなり後方の方に人影が見えた。

 独特な弾頭にあの大きさは見た事があった。対戦車ロケットである。

 

 「回避して下さい!」

 「してるだろ!」

 「違います!RPGです!」

 「は?なん――」

 

 RPGが分からなかったのか、こちらに向かってくるロケットを一目見た彼女は、大きくその場から前へ跳躍した。

 

 きっと反射的にそう避けたのだろう。だけど、急な動きで体勢が崩れ私たちは、そのまま爆風に煽られ地面を転がった。

 

 「――ッ痛」

 

 肘と腕の痛みに耐えながら、起き上がろうとすると、すぐ横に誰かの足元が見えた。

 黒い金属製のブーツに薄く光るバイザー、目を向ける時には銃が向けられていた。

 

 さすがにダメかと思ったが、その銃から弾丸は放たれる事なかった。

 

 次の瞬間には彼女がそこに居た。

 何処か光沢のある灰色の広袖を靡かせ、空中で体を翻すと傍に居たアンドロイドの太い首を、刈り取るように脚を振りぬいた。

 

 そして地面に着地した彼女は、何事もなかったかのように話し始めた。

 

 「早く立て、もう担がない」

 「……行きましょう」

 

 起き上がると周りには既に倒れ伏した者達が居た。

 私のが最後でRPGを打ち込まれてから、この数秒で数人を膂力だけで無力化したのか。

 

 あの威力で首が折れてなければいいですけど、流石の私でも殺人の容疑を受けたくない。

 その場から移動しようとすると、彼女は足を止めて後方を見ていた。

 

 「何してるんですか、逃げるんじゃないんですか?」

 「……そうだな」

 

 何故か未練がましい彼女に訝しむと、彼女が持っていた鞄がなくなっている事に気付いた。

 先の爆心地を見てみれば、まだ僅かに残った鞄の様な布地が見えた。

 

 「もしかして、燃えちゃいました?」

 「さっさと行くぞ」

 「私の、せいですかね」

 「運が悪かった。……しょうがないだろ」

 

 瓦礫の下敷きになった私を助けに来たから、私が我儘を言って銃を取りに戻らせたから、どう考えても私のせいだろう。

 

 彼女が無関係だと言うのなら、それに甘えさせてもらおう。別にそういうのを私は気にするタイプではない。

 

 なのに、何故か少しばかり心苦しく感じて会話を続けてしまった。

 

 「でも、そしたら貴方が強盗した意味がないじゃないですか」

 「お前が居ればそれでいい。次はもっと大きな額で強盗すれば、それでいい」

 

 そう言って真っ直ぐ私を見つめる姿は、私と同じぐらい小さいのに私より大きく見えた。

 

 そのマスクの下では、どんな表情をしているかは分からない。

 

 でも、彼女に付いて行けばもっと一杯、楽しい事があるんじゃないかと、彼女に心が引きつけられた。

 

 「何度も足を引っ張ったんだ。お前には付き合ってもらうぞ」

 

 一言残して先を行こうとする彼女を慌てて追いかける。

 

 「あっ!待ってくださいカラスさん!」

 「……いざ呼ばれると何か嫌だ」

 

 自分で考えた筈の偽名なのに、彼女は何故か不服そうだった。でも、確かに私も呼びにくいとは思った。

 

 「それじゃあ、……リーダーって呼ぶことにします」

 「……リーダー?」

 「今後も居ていいんですよね!」

 

 何となくそれが良いと思った。語感も良いですし、何かあった時に彼女が主犯って事に出来ますしね。

 彼女は少し頭を悩ませていたが、他の代替案が思いつかなかったのかはそれで納得した。

 

 「好きにしろ」

 「はい!好きにします!」

 

 そうして、私たちは続々集まってくるマーケットガード達から、逃げるように倒壊した施設を後にした。

 

 

 ◆

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 ◇

 

 

 カジノから逃げ出した俺達は、コユキの隠れ家に向かった。

 家にまで取り立てに追われていた彼女は、部屋を転々と移動するため、複数の寝床を持っているのだという。

 

 話的に恐らく、いくつもの借金などで追われているのだろう。

 

 「ここです、管理している人が居なくて、放置されているんですよ」

 

 場所はブラックマーケットを抜けてすぐの所だった。

 コユキはまるで目の前の建物だけが放置されているように言うが、周囲の建物は疎か道中全ての物が、人の手を感じさせない雰囲気を持っていた。

 

 最近見ていたチンピラ達の気も感じず、人だけが消えた様にも見える。

 しかし、あの廃墟程に荒廃しているわけではなく、言うなら生まれたばかりのゴーストタウン。

 それが目に見えて不自然で、寂しげな雰囲気を作っていた。

 

 俺の疑問など知らず、階段を上がっていく彼女の後を追いかけた。

 コユキが向かったのは2階の奥だった。まだ階段はあったが建物の高さ的に3階程だろう、もしかしたら屋上もあるかもしれない。

 

 「なあ、何でこんな寂れてるんだ?」

 「あ~、何ででしたっけ?」

 

 コユキはくるっと回り、後ろ向きで歩きながら答える。

 頭を悩ませるようにふらふら歩く姿は、見ていた壁にぶつかりそうだった。

 

 「二ヶ月、……前ぐらいですかね。連邦生徒会の要請でヴァルキューレの一斉検挙があったんですよね」

 「ヴァルキューレ?」

 「……え?あのヴァルキューレですよ?」

 

 その場で聞き返した俺に、コユキは少し驚いて目を丸くした。

 

 『キヴォトスの治安維持を担う学園だ。学園各地に居るが、殆どの学園は自ら実力組織を持っているため、介入する事があまりできない』

 

 キヴォトスにおいての警察みたいな物だろうか。

 聞き返した事にして誤魔化そうと思ったが、結局本当に知らない事にした。

 

 どうせ共に行動していれば、いずれ無知である事がバレる。

 

 「ちなみに何ですけど、今何年生ですか?」

 「知らん」

 「……記憶喪失って奴ですか?」

 「半ばそうだな」

 

 コユキは珍獣を見るかの様な目で俺を見る。嘘は言っていない、目を覚ましたら廃墟に居ましたなんて、突拍子も無い話を一々説明するのが面倒だ。

 

 「どうりで変わった人だと思いましたよ」

 

 ケタケタと笑いながら彼女は、階段から一番離れた部屋のドアを開けた。

 彼女の隠れ家にはソファーと小さい机が置かれているだけだった。正面の擦りガラスの窓から入ってくる光が、部屋に舞う埃と塵を照らしていた。

 

 コユキは颯爽とソファーに倒れ込んで横になった。足をぱたぱたと動かす彼女の脇を通り俺は窓を開けた。

 窓の向こうはさっき通った大通りの景色、向かいの建物の天辺から僅かに夕焼けが見えた。

 

 どうせ周りに人が居ないだろうし窓台に腰を掛けた。床よりかはここの方が居心地もいいだろう。

 楽な姿勢を探しながら体を捩るが、結局片膝だけ立てて窓枠にもたれる形になった。

 

 「それでこれからどうするんですか?」

 

 コユキのくぐもった声が聞こえる。ソファーに顔を埋めながら喋っているのだろう。

 

 これからどうするか何て決めてない。本当ならコユキと組む事なんてなかった。

 でも今こうやって居るのは先生の話を聞いて、もしもっと良い生活が手に入るならと、考えた時にコユキが必要だと思ったからだ。

 

 だけど彼女を救出に向かった結果がこれだ。あの段階で逃げていれば、今頃手元に大量の現金があったはずだったのに。

 自然と出したくなった溜息を窓の外へと吐き出す。リスクを負った意味が、と考えると気が萎える。

 

 またやれば、もう1回やれば、その気のもちようが俺にはない。でも、この選択をしてしまった以上やるしかない。

 金は残らなかったが人が1人残った。何か失ったわけでもない、もう気に病む必要ないと思い込んだ。

 

 駄目だそれでも憂鬱な気分は晴れない。段々と建物の影に隠れようとする夕日を見つめ、コユキの返事をも忘れて考えに耽ると簡単に答えが分かった。

 

 「――腹が減った、何か寄こせ」

 「……何もないですよ」

 「その銃売り飛ばして飯に変えんぞ」

 

 コユキはゆっくりと体を起こすと、上着の内側に手を入れ机の上に何か投げだす。

 近寄って見るとそれは1つに纏められた札束だった。

 

 「……まだあるだろ」

 「ナイデス」

 「さっさと出せ」

 

 誤魔化そうとする彼女に凄むと、机の上の札束が3つに増えた。

 

 机の上に並べられた札束を2つ手に取る。互いの取り分だと分かったコユキは残った1つに手を伸ばした。

 

 「くぅ、銃の調整資金に充てようと思ってたのに」

 「お前が足を引っ張らなかったらもっと沢山あったんだよ」

 

 コユキがわざとらしくすすり泣いている内に、札束から一枚だけ抜き取りポケットにしまう。

 そして、彼女に気付かれぬよう自分の中に仕舞ってから手の中に再び出す。

 

 確認してみると変色してるわけでもなく、朽ちそうになってるわけでもないが、書かれている数字の桁が1つ減っていた。

 先生はただ劣化すると言っていたが、色んな物で試してみると変化の仕方がそれぞれ違っていた。

 

 この様子だと仕舞った爆弾や瓦礫がどうなっているか想像しがたい。出してみれば小さくなっていたりするのだろうか。

 とりあえず、現金は仕舞うと価値が下がるから駄目だ。次からはもっと大きいバッグでも用意してからやるべきだろう。

 

 十枚程抜き取ってから、残りの全部をコユキに渡す。

 

 「えっ何ですか、要らないんですか、喜んで貰いますよ」

 「お前が管理しといてくれ、懐に物があると動きにくい」

 

 任せることに不安要素しかないが、金銭の価値がまだ分かるコイツに預けた方が俺よりマシだろう。

 

 「よしっ、じゃあデリバリーでも頼みましょう!私もお腹空きました」

 「デリバリー?」

 「本当に何も知らないんですね。この場所にご飯を持ってきてくれるサービスの事ですよ」

 

 ふふん、と胸を張りながらソファーに座り直したコユキは携帯を取り出した。

 俺に画面を見せるようにコユキは携帯を操作する。何をしているか観察していたが、コユキの操作が早すぎて画面が次々と切り替わり、殆ど何をしていたか分からなかった。

 

 最終的に色んな料理の写真が見える状態で俺に手渡してきた。そこからコユキにやり方を教えてもらい、食べたい物を選んでいった。

 見た事がない料理ばかりで気になる物を全部選ぶと、隣に居たコユキが怪訝そうな顔をしていた。

 

 「そんなに食べれますか~?」

 

 携帯を返すとコユキはコユキで何かしら選び、最後の注文の確定を押すところを見て終わった。

 彼女が言うには一時間ぐらいで此処に持ってくるらしい。

 

 「多分ですけど、スマホも持ってないですかね?私が今度用意しますよ」

 「じゃあ頼む」

 

 使い方から何もかも知らないが、用意できたときに彼女から教えてもらえばいいだろう。

 そのまま彼女はソファーで一人携帯を弄っていた。

 

 俺は手持無沙汰となり窓枠に戻って、再び窓台に腰掛けてデリバリーが来るのを待った。

 会話もなくただ静かに、部屋に入ろうとする風を手で遊んでいた。

 

 案外そうやって居るだけ一時間は経ったらしい。

 

 空が薄暗くなり始めた頃、目の前の道路に車が止まった。

 上からずっと観察していると、車から数人程生徒が降りて大量の荷物を持って建物に入っていく。

 

 食欲をそそられる様な匂いが2階の窓まで届き、彼女達がコユキの言っていたデリバリーだと分かった。

 

 「おい、来たぞ」

 「おっ、やっと来ましたか。私もうお腹ペコペコでしたよー」

 

 起き上がった彼女はドアを開けて部屋の中まで呼び込み、支払いをしている横に並べる様に運んで貰っていた。

 せっせと働くデリバリーの彼女達を見ると、ちゃんと働いてる生徒も居るのだと思った。

 

 初めの内は机の上に並べられていたが、スペースが足らなくなり床に置くようになった。

 

 「ご注文ありがとうございましたー!」

 「したー!」

 

 運ぶだけ運ぶと彼女達は、元気の良い挨拶を残して颯爽と帰っていった。

 部屋の中はビニール袋に包まれた食べ物だらけで、色んな物の香りが混ざりあって充満していた。

 

 「これ軽く15人分ぐらいありますけど」

 「残ったらまた時間を空けて食べればいいだろ」

 「それもそうですね、私はこれ頂きます」

 

 一番手元に近い袋を覗いてみると薄くて軽いトレーの中に、焦がした様な茶色のソースのかかったハンバーグが入っていた。

 袋の底を持ってみるとまだ暖かく、作り立て物を冷める前に持ってきただろうか。

 

 コユキを見ると透明な蓋を外してスプーンでオムレツを食べていた。ただのオムレツかと思ったが、中にオレンジ色の米が入っていて俺の知らない物だった。

 

 「フォークはどっかないか」

 「あれ箸入ってませんでした?」

 「箸使えないからフォークがいい」

 

 そういうとコユキは近くにあった袋を漁り、こちらに包装されたフォークを投げた。

 軽く握るだけで曲がってしまう程柔い物だったが、飯を食べるだけなら使えない事もない。

 

 蓋を開けるとまだ湯気が出るほど熱く、何とも言えないソースの匂いと肉の重厚感が、頭の中の考えや不満を食欲で塗りつぶした。

 

 床に座って食べようとすると、コユキがソファーの脇に詰めて「座ればいいじゃないですか」と言うので隣に座った。

 邪魔なマスクをソファーの肘掛に置き、包みからフォークを取り出してハンバーグに突き刺した。

 

 そしてそのまま齧り付き飲み込んだ。味の濃いソースと肉の油を感じるハンバーグが、ガツンとご飯を食べている感じがして美味しかった。

 彩りのためか添えられた野菜と、ハンバーグの下に敷かれたパスタの麺がソースに絡み、手が止まらずあっという間に空になった。

 

 次の袋に手を伸ばしてまた食べ始める。今度は薄く切られた肉を炒めた物でシンプルな物だったが、香りが少しすっきりしているのに甘くしっかりとしていた。

 炊かれた米と一緒に入っており、交互に食べると甘じょっぱいタレが米に合って、すぐに無くなってしまった。

 

 視線を感じ横に顔を向けるとコユキと目が合った。

 手元のオムレツはまだ半分程残っていて、俺より食べるのがゆっくりだった。

 

 「なんだ?」

 「――あッ!?いえ、本当に食べきれそうだなと思っただけで」

 「お前はそれだけでいいのか?」

 「はい、……いやポテトだけ後で貰います」

 

 コユキは何故かぎこちないまま、手元のご飯を口に運びなおした。

 本当にそれだけ足りるのだろうか、俺は目が覚めてから何を食べても()()にはならなかった。

 

 勿論、満足はするし食欲も次第に無くなる感覚がある。だけど食べようと思えば、ずっと食べ続けられるのだ。

 以前はこんな大食漢ではなくむしろ小食で、キヴォトスの生徒達がそうなのだと思っていたが違ったらしい。

 

 空になったトレーを重ね、また次の料理に手を伸ばす。それをコユキはポテトを摘まみながら見ていた。

 

 「その体のどこに入っていくんですかね」

 「……さあ?」

 

 確かに食べたものは本当に、どこに消えていくんだろうか。

 

 その後も一人、黙々と食べ続けていたがコユキは眠ってしまい。

 

 ◆

 ◆

 ◆

 ・

 ◇

 ◇

 ◇

 

 「……んぁ、……あれ寝ちゃいましたか」

 

 残った大量のポテトを少しずつ食べながら、少し欠けた月を眺めていると背中越し声が聞こえた。

 あのままソファーに寝落ちした彼女が起きたようだ。

 

 寝ぼけているのか目を擦りながらこちらを見るコユキは、まだ回らない口も相まって本当にただの幼子のようであった。

 

 「まだ起きてたんですか?」

 「……お前こそ、まだ寝るのか?」

 「当り前じゃないですか徹夜でしたし、今日は色々あったので疲れましたよ」

 

 背を伸ばしならソファーから降りると、俺に背を向けて廊下へと向かっていった。

 

 「どこいくんだ?」

 「お手洗いです。ここ一階にしかないんですよねー」

 

 たどたどしい足取りでコユキは廊下へと出て行った。

 静かなこの建物ではドア越しでも階段の降りる音はよく響く。

 

 窓の外に向きなおし、見つけたリンゴジュースを口に含んで喉に通す。

 さっぱりとした甘さに、リンゴの香りが乗ってとても飲みやすかった。

 

 「先生、コユキはキヴォトスの生徒なんだろ?」

 『そうだ』

 

 そうだよな、彼女の頭にはちゃんとヘイローはあるし、普通の人の並みの力と頑丈さではなかった。

 

 「それでも、彼女達だってトイレには行くし、寝ないとキツイんだろ」

 『……そうだな』

 「じゃあ、()()()()()()()()()()()()?」

 

 此処に来て二日過ぎた時から疑問に感じていた。

 

 まず眠くならない、俺は廃墟を出たあの夜から未だに睡眠を取っていない。

 初日は興奮で眠気が飛んでいるのかと思ったが、ここまで来て何も感じないのはおかしい。

 

 それに合わせて俺は人らしい生理現象を何もしていない。4日間、好きに食べて飲んで過ごしたのに無い何て事があるのか。

 

 不自然に感じた、ちゃんと疑問にも思った。

 だけど、それを頭の隅に追いやりここの生徒達が、そうやって生きているんだと思い込んだ。

 

 鉄を易々と曲げる腕力も、物の形を変えて中に溜め込むのも、神秘的なナニカでキヴォトスではあり得る事だと思った。

 

 でも違う、生徒達の身体能力が一線を画す物だとしても、まだ人であることには変わりなかった。

 生物として持つべき機能がまだちゃんとあるんだと、一日コユキと共に居てわかった。

 

 「そもそも生き返った身だからな、ただの人ではないとは思っていたよ」

 

 ――この身体は一体何なんだ、教えてよ先生。

 

 ゴーストタウンの中央で風が静寂を割くように鳴り響いた。

 人が居なくて物が少ないこの場所では、さぞ風通しも良いのであろう。

 

 『……確かに、君の身体はキヴォトスで類を見ない、しかし他者との違い何て探せばいくらでもある』

 「俺が聞きたいのはそんなことじゃない」

 

 ポリポリと萎びたポテトを口に押し込み、そして口に残る油をまたリンゴジュースで流した。

 

 『……ユウリの気持ちも理解はできるが、実の所その身体の詳細な事は私も知らない』

 『私が知っている事は私の事だけ、後は推測でしかない』

 

 先生の事も本当は聞きたい、だけど理由は分からないが教えてはくれない。

 俺の事も実は知っているかもしれない。でもそんな事を問い詰めても流されて終わりだ。

 

 先生に不信感があるわけでは無いが、語ってくれない秘密が多すぎる。

 なら、やはり自分で答えを見つけるしか無いのだろう。

 

 「なら、先生も手伝ってくれよこの身体のこと」

 『元よりそのつもりだ。その為に私が居るのだから』

 

 少し驚いたが人間離れしていたとしても、便利で強い身体を手に入れたと思えば、メリットの方が多いだろう。

 

 『……ただユウリ、君は少し勘違いしている』

 

 先生の話す雰囲気が少し変わった。何となく分かる、きっと俺に言うべきかどうかを悩んでいる。

 

 『その身体に睡眠が必要無いのは事実、だが眠る事が出来ない訳じゃない』

 「……じゃあなんで」

 『直接的な原因は分からないが、ユウリが寝ようと思えば眠れるはずだ』

 

 先生の言う通り眠気が来ない以前に、一度も寝ようとしていない。

 身体の疲労感は休めば消えるが、起きていると気が張ってしまって、精神的な疲れは溜まる一方だ。

 

 窓台から足を降ろして窓側の壁を背に寄り掛かる。立てた片膝に腕を置き、頭を乗せて眠ろうと目を瞑る。

 

 暗くなった視界の中で、周囲の微かな音が俺を囲んで逃がさない。

 眠りたくても周りの事を意識してしまい、微睡にすら届かずさらに眠りからかけ離れていく。

 

 階段を登る音、ドアが開き流れる空気、コユキが返って来てからも眠ろうと努力したが、眠りにつくよりも先に朝を迎えてしまったのだった。

 

 

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