耳を塞ぎたくなるような車体の擦れる音、右へ左へと揺れる安定しない運転。
角を曲がろうと思えば、速度を落とさなければいけない故に、俺達はあっという間にエンペラーの兵士達に追いつかれていた。
「お前運転下手くそだな」
「普通の車と勝手が違うんですよ!?」
コユキは必死になって運転しているが、あと少しで高速道路に入る事が出来るので頑張ってもらうしかない。
俺の心無い声援に反応したコユキは何か言おうとしていたが、割れるガラスの音と銃声でかき消された。
サイドミラーから後方を確認すると、後方から数台のジープが追ってきており、奴らが打つ銃弾は殆ど当たってはいないが、タイヤに一発でも当たればおしまいだ。
「何とかしてくるから、このまま高速に向かえ」
「うぇっ!?、この人と二人きりにしないで下さいよ!」
触れずに放っていた彼女の方を見ると、いつの間にか取り出した棒付きの飴を舐めていた。
逃げる気があってここに居るはずなので、何もしないとは思うが、性格的には何かしそうで怖かった。
目が合うと少し笑って「飴ならあげないよ」なんて言うが、変態から貰った飴なんて元より願い下げだ。
「いざとなったら盾にでもしろ」
窓枠に足をかけ外へ飛び立つ、誰かが何か言ってたような気がしたが風の音で分からなかった。
すぐ近くの信号機のポールを掴み、勢いを無くさぬまま方向を変え、追ってきていた車両へと身を投げる。
彼らはトラックにしか意識がなかったのか、矢のように降ってきた俺には気づかず、腰だめで銃を撃っていた一人を蹴り落とした。
無残にも銃を片手に道路へ落ちて転がる姿は、見てるだけでも痛そうではあった。
突然現れた俺に鈍器のように振った銃を受け止め、そのまま押し出してまた落ちて転がっていった。
車の上という狭いフィールドでは俺の方が有利だ。
彼らの抵抗も虚しく、運転手を最後に兵士全員を車の外に叩きだし、飛んでくる銃弾を避けて他の車両へと飛び移る。
乗り捨てられた車は運転が不安定になり何処かへと衝突した。
流石に直接乗り込んでくる事を想定していなかったのか、為す術もなくまた一台と車の数を減らしていく。
最後の車両を無力し終えトラックに戻ろうとすると、かなりの速度で車の脇をバイクが通った。
大きな1つの座席に2人で座り、片や運転している後ろで銃を撃つ彼らは、俺の事を歯牙にもかけずトラックに向かっていく。
「あれは不味いな」
ワイヤーと共に上空へ飛び上がり、先頭へ急いで向かう。
群がるようにトラックに近づくバイクをどうするかと考えていると、俺が何かするよりも先に助手席の窓からコユキが見えた。
「ついに出番ですよ!完全体となった私の愛銃”マリ・ガン”!」
運転はどうしたという疑問もあったが、彼女は窓から身を乗り出しながら乱射し始めた。
意気揚々と撃ち始めていたが、銃弾は兵士やバイクを通り抜け全然当たっていなかった。彼らは左右に蛇行し回避行動をとりはじめ、お返しとばかりに銃を撃ち返す。
流石に小回りの利くバイクを当てるのは難しいだろう。彼女が撃ち漏らしたバイクを狙って下降し、擦れ違う間際に運転手の顔を蹴り飛ばした。
余り勢いを乗せられていないが、一瞬んでも意識が飛べば運転は出来ないだろう。
よろめいた拍子で運転が崩れたバイクは豪快な音と共に転倒し、後続を少し巻き込んで道路を駆け抜けるこの集団からはじき出された。
俺にも飛んでくるようになった銃弾を避けつつ、荷台へと着地しようとするが俺を避ける様にトラックは横にズレた。
荷台へワイヤーを撃ちこみ、寸での所でトラックの上に足を着けた。車体が僅かに傾き、緩やかに曲がりながら坂を上り、何かを蹴破る音と共に高速道路へと入った。
何かの残骸が視界の端を飛んだが、正確には見えなかった。
上から覗き込むように運転席を見ると、飴を咥えながら運転する彼女が居た。
「お前、……直前で俺の事避けようとしただろ」
「んー?、車線変更しただけだよ」
そう言ってわざとらしく笑いながら、車体を小刻みに揺らす。コユキと何を話したか分からないが、運転ができるならこのまま任せてしまおう。
まだ追ってくるバイクを1台処理しては荷台へ帰り、居なくなるまで続けた。撃ち続ければいつか当たるのか、次第にコユキの銃弾も当たるようになっていた。
僅かとなったバイクに飛びかかろうと荷台から駆け出した刹那、耳の後ろから首元を滑るような悪寒を感じた。
その場にしゃがむ様に伏せるのと同時に頭上に弾丸が通った。遅れて聞える銃声、遠距離からの射撃に手を地面へ着けて警戒した。
間近にいるバイクよりも遥か後方、一直線に開けた景色の奥に見えたのは、新たな追っ手の数々だった。
今まで処理してきた数と同じ人数で追う姿に、やる気を削がれゲンナリする。
互いにほぼ同じの速度で移動していれば、追いつかれる事は無いのだが、先程から狙って飛んでくる銃弾が鬱陶しかった。
『弾道を見るに射撃は正確だ。ユウリもよく避けられるものだ』
「感覚的なものだから何とも」
恐らく撃ってきているのは一人だけ、このスナイパーだけでも無力してくるべきか。
場所を探るべく遠くの集団を見据える時、先頭走る車が目に入った。
他はジープやバイクなど軍用車両だと言うのに、その一台だけ車の形が違った。目を凝らして見れば、ハンドルを足で押さえながら銃を俺に向ける
彼の放った銃弾がマスクを掠め、次弾が来る前に助手席の窓に向かって飛び降りる。
身を出していたコユキを押し込むように、運転席に入った。
「――っ急に何ですか!」
「不味いぞ、あいつトラックで追ってきやがった」
「くひひっ、ラッキーだね。爆発が間近で見られるじゃん」
案の定彼女は喜ぶとは思っていたが、この距離だと巻き込まれる事は無いだろう。あのまま他の車両と共に消えてくれれば手間が省けるのだが。
下敷きになってしまったコユキを起こして、半分彼女の膝に乗る形で席についた。
俺が下でもいいのだが、何かあった時のため動きやすい方が良かった。
「……リーダー前が見えにくいです」
「狭いんだからしょうがないだろ」
コユキは邪魔そうにしていたが、結局何も言わずに弾薬を交換し始めた。
このまま逃げ続ければ直に爆発する。そう思いながら時が経つのを待っていたが、運転していた彼女が何でも無いように口を開いた。
「……何かさっきから私たち以外に車が見えないんだけど」
言われて記憶を振り返ると、高速に入ってから一般車両を見ていない気がする。
考え出した途端、何かを忘れてしまってような気がした。
幸か不幸か、その
「――えっ?」
彼女も見えたのだろう、トラックの進行方向のわずか先、道路が崩れてしまったかのように無くなっていた。
そして微かに記憶に残っている匂いが、俺の嗅覚を通して想起させた。
「あっ、そういえば温泉開発部のせいで――」
「舌噛むよ!」
目一杯にハンドルを回しながら彼女はブレーキを踏んだ。ガクンと急停止しようとした衝撃で、俺とコユキは目の前のフロントガラスに顔を打ちつけた。
だが恐らく強く打ったのは俺だけで、コユキは俺が前に居たおかげで、比較的衝撃は無いだろう。
こうなるのなら俺が下になれば良かったと今更ながらに後悔した。
彼女の咄嗟の運転のお陰で、トラックは奈落の数歩手前で止まった。だが、これで安心するのはまだ早く、コユキをどかして急いでトラックの上へと登った。
「先生」
『……爆発まであと1分と13秒、距離と速度を考えるに接敵するまで40秒程』
一言で先生は俺が聞きたかった事を言ってくれたが、あまりにも現実的な数字に対してどうするか。
状況は至極最悪に近く、このトラックは袋小路で逃げる事ができない。
今ならまだコユキを抱えて逃げる事ができるが、今回は諦めて逃げるしか手は無いのか。
「はぁ、はぁ……逃げる事が出来ないこの状況で迫ってくる破滅。このまま巻き込まれると思うと……」
下から聞こえる彼女の声が俺の思考を裂き、不快に思った俺は反射的に、何でこの状況を楽しめるのか彼女に聞いてしまった。
「えぇ?、ただ単純に好きなだけだよ。何もかも破壊して、手に負えないような状況で、そこで感じる背徳的な快楽がただ好きなの」
「……自分の身を犠牲にしてでもか」
「そりゃそうだよ、自分で選んだ破滅に向き合うから興奮するんだよ」
切羽詰まったこの状況で考える事ではないのに、腹立たしくも彼女の話が耳に残った。
ただ好きだから、気持ちがいいから。生きてきてそんな享楽を求めた事がなかった。
彼女の破滅的な欲望は、一般的な物ではないのだろう。それでも、自分が求めるままに生きる彼女は少し羨ましく感じた。
俺には好きな物や生き甲斐みたいな物は無いからだ。
ご飯を食べるのは空腹が俺を苦しめるから。
傷を受けたくないのは痛みが伴うから。
俺の欲はいつも苦痛から逃げる為のもので、自らが欲して求めたものじゃない。
代わりになる物があるなら何だって良いし、何かを好んで動いた事なんて無かった。
――――俺は一体、何を望んで生きているんだろうか。
……?、このような会話を以前もしたような気がする。そうだ、誰かに聞かれたんだ。何処か、何処かで。
思い出そうとして頭に浮かび上がったのは、地平線まで続く枯れた台地、何処まで行っても変わらない朧げな景色。
知らない、あの町にこんな所はなかった。だけど、確かにそこを歩いた様な気がする。
『ユウリ!』
俺を呼ぶ先生の声で現実に引き戻される。
時間にして5秒程だろうか、反射的に体は横に跳び、銃弾が元居た位置を通り抜けた。
間一髪で避ける事が出来たが、勢いが余って崩れた道路の方へと転落した。
ふわりとした浮遊感を感じ奈落へ向かいかけたが、咄嗟に道路の端を掴んで事なきを得た。
チラリと見えた下層の道路には、建設途中の施設が見えた。所々に戦闘が起きた跡が残っていて、途中で放棄されたと言うより恐らくコユキが言っていた風紀委員が来たのだろう。
去り際に見た時にはあった間欠泉は、戦闘余波で埋もれてしまったのか何処にも見えなかった。
上へ急いで登ると助手席の窓から見下ろすコユキと目が合った。
「ヤバイです!追いつかれますよ!」
「分かってる。ただヤバい事にあのトラック後1分程で起爆するぞ」
余り顔を出さないよう後方から追ってくる車両たちを見ると、俺達が止まっている理由を知らないのか、速度を緩める様子無く向かってきている。
これなら、もしかしたらイケるかもしれない。
俺は頭が良いわけじゃない、だから単純に考える事にした。変態には悪いが爆発に巻き込まれたいのなら、何処か一人でやってもらおう。
「おい!方向転換してあのトラックへ突っ込め」
「正気ですか!?」
「……へぇ、何するつもりなの?」
あと数十秒で爆発するトラックに突撃するなんて、正気の沙汰じゃ無いと俺も思う。
だが結局の所、トラックをどかして遠くにやればいいのだろう。
「俺がトラックをどかす、そこを通って逃げるぞ」
ハンドルに持たれかかっている彼女が困惑しているのが分かる。しかし、俺の考えた中で荷台の荷物を捨てずに打開する方法はこれしかない。
「リーダー、あのトラック10トンとかありますよ?」
やはり何をしようとしてるかを理解したのはコユキだけだった。
トラックの重さが10トンだと言われてもどれ程重いかは分からない。きっと、俺が思っている以上に凄く重いのだろう。
「運転任せたぞ」
「……まあ、何するか気になるしいいよ」
彼女の返事を聞けたところで、俺は荷台の陰から飛び出した。
向かってくるトラックへ突撃すると、運転席に居た兵士が驚愕しているのが見えた。
「馬鹿め、このまま轢いてやる!」
俺しか見えていないのか、速度を変えず此方へと真っ直ぐに向かってくる。
両腕を前へと伸ばし構える、射程距離に入ったトラックのフロント下部にワイヤーを撃ち込み、即座に後方へと方向転換する。
彼女は俺の言った通り向きを変えて俺の方へ走り始めていた。一歩間違えれば正面衝突になる角度だが、彼女に避けてもらうしかないだろう。
手首を翻しワイヤーを1つに束ね、前へと駆け出すのと同時に全力で引き寄せた。
全身全霊。ありったけの力で引っ張られたトラックは、前輪が浮き上がり更なる加速を得て俺へと飛んでくる。
自身のギリギリまでトラックを引き付け、身体を低くするよう地面へと倒す。
「一体何が……、――――ッあああああ!!」
僅かに浮いたトラックの下に潜る様な形になり、俺は後ろ足で車体の底を蹴り上げた。
トラックは前のめりになるように空中を進んでいく。流石に崩れ落ちた道路が見えたのか、彼の絶叫が頭の上を通った。
「うわああああぁあああ!」
「嘘でしょッ!?」
避けようとしていた彼女だったが、トラックは側面を削り似合うように、火花を散らしてすれ違った。
そしてエンペラーが乗っていたトラックは道路の底へと向かって行った。
目の前で指揮官がトラックと共に消えた事により、残った兵士たちは車両を止めて俺に向かって銃を構えた。
『爆発まで34秒』
「頼むから先生焦らせないでくれ」
コユキ達のトラックとは合流せずに前へ駆け出す。
ヘイトを俺に向けさせる為、高く飛び上がり銃弾を避けつつ接敵する。
発砲していた兵士の一人の頭部を掴み、そのまま他の兵士を巻き込む様に周囲を薙ぎ払う。
手首に伝わる生々しい手ごたえと同時に、鉄同士のぶつかりあう音が鳴り響いた。
短い時間だが殆どの兵士は俺向かって銃を撃つ、その飛び交う銃弾と人を通り抜ける様にトラックは走り去る。
動かなくなった兵士を投げ飛ばし、俺もトラックを追いかけた。
『10秒』
先生がカウントダウンを始め出す。もう微かな時間しか残されてなかった。
トラックが下まで落ちたとして、高低差を含めてもまだ此処は近すぎる。
銃弾が俺を追い抜くように掠め、危険を感じ回避するがその一発が後輪のタイヤを撃ち抜いた。
「あっ、やられた」
抜かれてもトラックは走り続けるが、車体がズレて明らかに速度を落とした。
「クソッ!」
トラックよりも先の地面にワイヤーを放ち、荷台の後ろ扉に足を向けて飛ぶ。
車体を蹴るのではなく、足裏が着くのと同時に両足で押し飛ばした。
パンクしたタイヤが地面を削りながらも進み、急加速による衝撃で中に居た二人は体を座席に打ちつけた。
「あだっ!?」
残りのワイヤーを巻き取って自身も後を追う。
だが、ついに導火線についた火は爆弾に火を移した。
『1、……0』
瞬間、体の芯を打つ様な衝撃と爆音が響いた。下の道路から黒い爆煙が噴き上げて俺達を飲み込んだ。
◇
◇
◇
・
◆
◆
◆
幸い火の手は向かって来なかったが、爆風と共に飛んできた道路の破片が、鋭い礫となって足を切りつけた。
「ッ!?」
少しでも回避しようと、風の煽りを受けなが地面を転がり、爆発が落ち着くまで伏せ続けた。
長く感じたこの一瞬が過ぎると、周りは煙で何も見えなくなっていた。
ゆっくりと立ち上がり痛みがした足を見ると、脹脛を横切る様に一本の切り傷ができていた。
傷口から垂れる様に出血をしており、痛みの割には浅い所までしか切れていなかった。
右手のガントレットを外して、上着のポケットにしまった。
指先を傷口に当てて血を拭い、口元まで持ってきて舌先で舐める。
「……違う、気がする」
『どうかしたか?』
「何でも無い」
考えてみればそうだ、ここの生徒達は元の俺と比べて生き物として違い過ぎる。
だからこの変化は何らおかしくない。
手前の煙を腕を振って払い、爆心地の方へと進んでみるがすぐに歩けなくなった。さっきまであった道路がすぐそこまで無くなっていた。
俺が居た位置よりわずか手前まで崩れ落ちており、運が悪ければ俺も倒壊に巻き込まれていただろう。
道路の下は大きく地面を抉れた地点から円形状に広がり、中心にあった建設途中だった筈の建物は跡形ともなく消し飛ばされていた。
踵を返し彼女たちの方を確認すると、トラックは横転してしまっており、上に向いた窓からコユキ達が出ようとしていた。
もう彼等は追って来られないだろうが、この騒ぎで今度は風紀委員が来てしまうだろう。早くを立て直すべきだと思いトラックへ駆け寄った。
「痛てて、リーダー大丈夫でした?」
「問題ない、それよりトラックを立て直すから出るなら早く出ろ」
「ちょっと待ちなって、アンタのせいで首を痛めたんだから」
コユキが出た次に、彼女が文句を言いながら窓を登って出てくる。きっと、爆発の間際に車体を急に押したことで、むちうちになったのだろう。
二人が降りたのを確認してから、荷台を掴んで持ち上げる。浮かして出来た隙間に手を滑り込ませ、回転させる様にトラックを立て直した。
「……はぁ、これで良いだろ」
途中、捻りが入ったせいで不穏な音が鳴ったが、恐らく大丈夫だろう。
「……アンタ本当に人間?」
「他に何に見えるって言うんだ」
「ゴリラ」
「ブフッ!」
隣で聞いていたコユキが笑いを堪えながら吹き出した。
そういえば、いつぞやのコユキも同じ事を言っていたな。二人で笑い続ける空気に不愉快に思い、今だに笑うコユキの尻を蹴り叩いた。
響きの良い音と共に笑い涙が痛みに変わり、彼女は尻を押さえながら地面に伏した。
「さっさと撤収するぞ」
「……私のお尻3つに割れてませんか?」
「そしたら次はくっつ
「面白くないですってー」
痛みが引かないのか、摩りながら立ち上がるコユキをトラックに乗せようとすると、いつの間にかしれっと乗ろうとしてる人物が居た。
「おい、何でお前も乗ろうとする」
「え〜良いじゃん乗っけてよ、手伝ったじゃん」
「それはお前が無理矢理トラックに、乗ってきたからだろ」
意地でも乗ろうとする彼女の襟元を掴んで止める。このまま放り出そうと思ったが、まさかのコユキが彼女の味方をした。
「良いんじゃないですか、このままブラックマーケットまで運転してもらいましょうよ」
「……マジかよ」
「分かってんじゃーん」
俺は運転する事ができない為、コユキが運転しないなら彼女に任せるしかない。
諦めて渋々襟元から手を離すが、彼女が運転席に乗ろうとしたその時、低く唸るような地響き聞こえた。
まさか今居るここも崩れるのかと思い、身構えたが崩れる様子は一向に無く、音は次第に大きくなり地中からまた噴き上げた。
昼間見た間欠泉よりも大きく湧いた温泉が、細かな飛沫となって俺たちに降り注いだ。
「わあ!すごい勢いですね!」
「……これ俺らがやった事になるのか?」
「見つかる前に逃げれば、温泉開発部のせいにできるんじゃないですかね」
「逃げるか」
見上げる程高く湧き続ける温泉は、勢いを衰えさせる事がなく、俺はトラックに二人が乗るまで眺めていた。
コユキが助手席に乗った後、俺も続けて足を掛けた途端、再び地鳴りが聞こえ始めた。
まだこれ以上の物が噴き出すのかと思い視線をやったが、突然視界が大きく縦に揺れた。
揺れたのは視界だけじゃ無かった。身体、トラック、そして今いる道路そのもの。
再び揺れるのと同時にトラックが傾き、急な坂となった道路の上で、少しづつ地上へとずり落ちていく。
「ここも崩れます!」
「分かってる!」
落ちるのが早いか、体が一瞬軽くなりトラックと共に落下する。
咄嗟にコユキは俺の方へ組みつこうと近づき、その彼女を肩に抱えて崩れ落ちる前にトラックから脱出する。
後ろ髪を引かれる思いで、同時に近くの建物にワイヤーを撃った。
濡れた広袖が靡くと、周囲に水滴が広がる様に舞う。
滑ってコユキを落とさぬ様しっかりと掴みながら、何の建物か分からない屋上を目指す。
後ろ目で目的であったトラックを見ると、無常にも地上へと向かって落ちていく。
あれはもう駄目だろう。初めて経験する失敗で打ちひしがれそうになったが、その光景の中に、思い出したかの様に彼女の姿を見つけてしまった。
彼女は逃げる事を諦めたのか、運転席でアメを片手に手を振っていた。
きっとこのまま落下したとしても、破滅的な彼女なら本望なのだろう。
『ユウリ』
「……」
先生が俺に呼びかける。名前を呼ばれただけだが言いたい事は分かる。でも、彼女は無理矢理乗り込んできた赤の他人。
助けようとは思わないし、助けない方が奴の為になるのじゃないだろうか。
そう思いながら崩れる道路から離れるが、最後にふと目をトラックに向けると、運転席から動かない彼女と目が合ってしまった。
「……何で」
「リーダー?」
体制を崩し空中でコユキを手放す、尻の次で申し訳ないが建物の屋上に方向を合わせ、彼女の腹にそっと足を掛ける。
「えっ嘘で――」
まだ何もしていないと言うのに顔を真っ青した彼女に、悪いなと一言かけて弾き飛ばした。着地の事を考えずに飛ばしたが彼女なら恐らく大丈夫だろう。
そして、コユキとは反対方向に弾き飛んだ俺は、地上へ向かうトラックに迫った。
本当に腹が立つ女だ。目が良い事を恨む日が来ると思わなかった。
さっきまで堂々と、これが我が身の享楽だと語って居たのに、どうして今そんな表情をしたんだ。
この状況、結末がお前の望んていたものじゃないのか。
自分でも分からない胸の憤りを抑え、ワイヤーをトラックに狙いをつける。
気分が悪い。今回の収穫もなくなり、同じ場所に二度も落ちて、そして訳の分からない奴のせいでまた気分が悪い。
俺は気分の悪いまま帰りたくはないんだ。
大体グレゴリオ君のせいです。(3敗)