『~~~♪~♪』
『……あれ?母さんピアノ弾いてんの?なんか久しぶりだな』
『あら……お帰り、酒泉。今日は随分と帰りが早いわね?』
『特に友達と遊ぶ約束もしてなかったしなー……で?なんの曲弾いてんの?』
『多分教えても分からないと思うわよ?……ほら』
『……楽譜見ても曲名読んでも何も分からねえ』
『でしょ?ここに載ってるの殆どマイナーな曲ばかりだからねぇ……』
『わざわざ防音室のある家を選んだり、母さんって本当にピアノ好きだよなー………昔から得意だったの?』
『お父さんと出会う前から習っていたからねぇ……私の人生の一部と言っても過言ではないわね』
『ふーん……そうなんだ』
『もう……何よそのつまんなそうな反応は……』
『だってそういうのよく分からんし………』
『そうねぇ……例えばだけど、貴方の好きな仮面のヒーローの曲があるでしょ?それを自分の指で弾きながら歌ったりできるのよ?』
『あー……カラオケで特撮ソング歌ってる時と似たような感覚か……それは確かに楽しそうだな』
『でしょ?私がピアノに夢中になったのも同じような理由なのよ』
『……そう言われると……興味が出てきた……かも?』
『もし弾いてみたくなったのなら私が教えてあげてもいいわよ?』
『んー……そうだなぁ……別に部活に入ってるって訳じゃないし、暇潰し程度にはいいかもなー』
『うふふ……決まりね!貴方にどれだけのピアノの才能があるのか、お母さん楽しみだわ!』
『まあ、母さんの血を引いていると感じる程度には才能が眠っている事を願うよ……』
『ちなみにお父さんの腕は壊滅的だったわ』
『自分が居ない所で勝手に評価を下げられる父さんェ………そういやさっき〝父さんと出会う前からピアノを習ってた〟って言ってたけど、父さんと母さんっていつ知り合ったの?』
『あら?気になるの?あれは確か、私が〝学校生活改善部〟って部活に所属していた時の話で……』
『……学校生活改善部?なにそれ?』
『そうねぇ……近いものを挙げるとするなら生徒会……いえ、風紀委員会みたいなものね。実はお母さん、三年の時にはそこの委員長でもあったのよ?』
『へぇ……初耳だな……』
『ちなみにお父さんは三年間ずっと下っ端だったわ』
『また父さんの立場が……!』
『でも存在自体は学校全体でも有名だったのよ?』
『そうなの?』
『〝クソボケ〟とか〝女泣かせ〟とか〝そのうち背中から刺されそう〟とか色々言われてたのよ?』
『それ全部暴言では???』
『酒泉はお父さんみたいになっちゃ駄目よ?』
『大丈夫でしょ……未だに義理チョコしか貰ったことないし』
『……本当に義理よね?』
『去年俺に渡してくれた子が何度も念入りに〝本当に義理ですからね!?ぜっっっったいに勘違いしないでくださいね!?先輩みたいな地味面がモテるなんてあり得ないんですからね!?〟って罵ってきたし義理で間違いないでしょ………くそっ!思い出しただけで腹が立ってきた!俺だってその気になれば……!いや!そもそも中学生の内からモテるモテないを気にする方がおかしいんだ!そういうのは高校生からで十分────』
『……クソボケの血、目覚めちゃったかしら』
────温泉開発部が暴れてる?
『ええ、貴方にはその制圧をお願いします……はぁ』
通信機越しから天雨さんの溜め息が聞こえてくる
温泉開発部か……別に相手にするのは構わないが……
────俺以外の風紀委員は?
『勿論貴方以外の戦力も向かっています、ですが……委員長だけは別件で席を外しています』
────……別件?
『……便利屋ですよ』
ああ……それだけで納得したわ、どうせまた風紀委員会に目をつけられるような事をやらかしたんだろうな
『ですので貴方には大至急、現場まで向かっていただきたいのですが……今はどちらに?』
────あー……旧校舎に居るんで到着までほんのちょっとだけ時間が掛かると思います
『旧校舎……ああ、例の噂の件ですか。そちらについての調査は進んでいますか?』
────……いえ、まだ犯人の姿すら見つけられてない状況です。もうちょい根気強く探ってみますね
『ええ、引き続きお願いします………それと、今回の通報は万魔殿からのものですので……あのタヌキ共が難癖をつけてくる前に迅速な解決を』
天雨さんがそう言い残すと通信がブツリと切れる
……万魔殿が通報?アイツらが風紀委員会に対して素直に情報提供するとは思えないが……まあ、それは後で考えよう
さて、俺もそろそろ現場に向かいますか
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「部長!前線の部隊が制圧されました!」
「な、なにィィィィィィ───!?」
アタフタしながら報告を入れる部員達に対して驚愕の声を上げる温泉開発部の部長・鬼怒川カスミ
「まさか……風紀委員長か!?彼女が来たのか!?」
「い、いえ!敵は折川酒泉一人です!」
「よ、よし!それなら十分に勝ち目はある!」
「第二線!突破されましたァ────!!!」
「なんだってぇぇぇぇぇぇ!!?」
どこぞの便利屋みたいなリアクションをしながら白目を剥く部長
そんな彼女に対して下倉メグは能天気に笑う……自分達のピンチなどお構い無しに
「あはははは!部長の顔おもしろーい!それどうやってるのー!?」
「そんな事を言っている場合ではない!後で教えてやる!」
「あっ、教えるんだ……じゃなくて!どうするんですか部長!このままだとすぐに追い付かれますよ!?」
「ぐぬぉ……!折川酒泉の実力が底上げされていることには気づいていたが、まさかこれ程とは……!」
多くの事件に巻き込まれ、時には自ら身を投じ、様々な戦場を経験してきた酒泉
そんな彼の爆発的にまで向上した戦闘能力はゲヘナの問題児達に不利益を生じさせていた
「第三線!戦闘開始ィィィィィィ!」
「早い!早すぎる!」
「あそこが突破されたら戦力はここしか……!」
「こ、こうなったら私自ら……!」
「さっすが部長!」
「だから、頼れるのはもう部長しか……!」
いよいよ自らの力で外敵を排除する事を選んだカスミ
そんな勇敢な彼女を部員達が称える中、最悪な報告が届く
「第三線!崩壊寸前です!」
「えっ」
雰囲気が一瞬で盛り下がる
「……で、でも!部長が直接戦ってくれるみたいだし!」
「………あ、ああ!任せたまえ!ヒナ委員長さえ来なければ────」
「第三線崩壊しましたァァァァァ───!」
「……は、はは……彼はRTAでもやっているのか?」
あまりの早さに乾いた笑いが出てくるカスミ
だが、そんな部長の様子とは裏腹に部員達は謎の士気の高さを見せる
「諸君!心配するな!我々が負ける事はない!何故なら我々には始祖カスミがついている!」
「おおおおおおっ!!!」
「部長が一緒に戦ってくれるなら百人力だ!」
「勝ったな、風呂入ってくる」
「おいおい、私達の場合は風呂じゃなくて温泉だろ?」
「違いないな!ははははは!」
完全に余計な事を言った
そんな後悔を感じる彼女の下に更なる絶望が訪れる
「第三線突破!まもなく此方に追い付きます!」
「さあ!出番ですよ部長!」
「空崎ヒナが来る前にさっさと終わらせましょう!」
いよいよ覚悟を決める時がきた……のだが、カスミは冷や汗を流しながら気まずそうに呟く
「……な、なんだか少しお腹が痛くなってきたな……あいたたた……これは戦闘には集中できそうにないな……」
「れっつごー!」
「ちょっ……話を───」
カスミの様子に目もくれず腕を引っ張るメグ
そのまま酒泉が暴れている方へ足を動かした瞬間………突如、侵入者を阻む為に設置したバリケードが爆発した
「な、なんだ!?何事だ!?」
困惑しながらもしっかりと爆発した方向を注視するカスミ
すると、爆煙の中から一人の生徒の姿が見えてきた
「……ま、まさか……もう……?」
「────っ!ええい!撃て!とにかく撃てー!」
「うわっ……部長のセリフ小物っぽい……」
背後で部員達が唖然とする中、部長であるカスミは即座に敵を攻撃するように命令する
ハッ!とした部員達は自分達の長の必死すぎる様に少々引きながらも命令に従う
「なっ!?弾の中を突っ込んで……!?」
「待て!?奴は盾を持っているぞ!?」
ヘイロー持ちの生徒達と比べると柔い身体で真っ直ぐ突っ込んでくる酒泉
彼は弾丸が止んだ一瞬の隙を突いて盾を両手で全力でぶん投げた
「へぶっ!?」
「忘れてた!スナイパーとアサルトの二丁持ちで動き回ってる時点でアイツも十分ゴリラ────」
────誰がゴリラだあの女と一緒にすんな
「グボァッ!?」
後頭部にアサルトライフルを突きつけられ、弾丸を浴びせられる部員の一人
その隣で怯えている仲間達にも即座に酒泉の放つ弾が襲い掛かる
「くっ!援護しろ援護!」
「仲間を助けろ!」
「ば、馬鹿!やめろ!今撃つと────」
酒泉に向けて放たれた数発の弾丸、酒泉はそれをチラッと確認するだけですぐに視線を目の前の敵の方へと戻してしまった
そして、その弾丸は勢いのまま酒泉の後頭部を貫く────ことはなく、軽く顔を逸らして回避する
「いっ───!?」
ターゲットを失った弾丸は更にその奥、反対側から酒泉を狙っていた部員の頭に直撃した
「し、しまった……!?」
「だからやめろと言っただろ!アイツの〝眼〟の前で無闇に攻撃したところで逆に利用されるだけだ!」
「そんなこと言われても……じゃあどうすれば────がっ!?」
言い争っている間にも次々と数を減らされる戦力
だが、それを眺めている鬼怒川カスミは焦りながらも不敵な笑みを浮かべる
(ふふふっ……そうやって調子に乗り続けているといい!その隙に私が隠し爆弾で────)
悪巧みをしながらカスミは懐から爆弾のスイッチを取り出し………
「……は?」
直後、一発の弾丸がスイッチを弾いた
ギギギッと機械のように鈍く顔を動かすと、視線の先にはスナイパーライフルで狙撃した後であろう酒泉が銃口をカスミの方へと向けていた
「……えっ?いや……なんで?乱戦中だったんじゃ……」
────全部〝視えてる〟に決まってんだろ
「………」
そう言いながら酒泉はカスミでも部員達でもない見当違いの方向に弾丸を放ち────温泉開発部の人間しか知らないはずの隠し爆弾を全て撃ち抜いた
────後で相手してやるから……大人しくしていろ
「……ぁ……ぁぁ」
……一瞬、ほんの一瞬だけだが鬼怒川カスミは確かにその目で見た
折川酒泉に重ね合わされた空崎ヒナの姿を
鬼怒川カスミが恐れる〝絶対的強者〟と全く同じ威圧感を
「ぴええええええええっ!!?」
「うわああああっ!!?部長が泣いたあああああ!?風紀委員長を相手にした時みたいになったああああ!?」
突如、膝から崩れ落ちて泣き叫ぶカスミ
……鬼怒川カスミという少女はヒナを目の前にした瞬間、あまりの恐ろしさにパニック状態に陥って泣いてしまうのだとか
しかし、それはあくまでヒナが相手だったからの話、他の人間が邪魔してこようと意に介する事はないだろうと本人含めて温泉開発部の誰もが思っていた
……そんな考えが、目の前で覆された
「どうしようどうしよう!?部長が泣いちゃった!?」
「な、なんで……ここには空崎ヒナは居ないのに……!」
「う゛ああああああん!!!びええええええん!!!」
「ぶ、部長!落ち着いてください!何か指示を……ひいいいい!?折川酒泉がこっちにきたああああ!?」
「も、もう駄目だあああ!」
周りが混乱する中、酒泉が部員達を無力化させながら近づいてくる
とうとうカスミの前に辿り着いた彼はアサルトライフルを背中のホルダーにしまい、その空いた手をカスミに振り下ろした
「うああああん!うあぁ───あ……ぁ……?」
殴られる、そう思って泣きながら身構えるカスミ
しかし次の瞬間、彼女が感じたのはまるで幼子をあやすかの様にポンポンと軽く頭を叩かれる感触だった
「あ……あう……うぅ……ぐすっ……んう……」
カスミがすすり泣いていると今度は頭をサラッと撫でられ、その手の暖かさに安心感を覚えながら目を擦る
酒泉はそんな彼女の目元をハンカチで拭い、頬に垂れた涙も全て拭き取る
「しゅ、酒泉……私のことを許してくれるのかい……?」
目を開け、上目遣いで酒泉を見つめるカスミ
「あぅ……ふふっ……くすぐったいじゃないか……」
酒泉はカスミに微笑みかけると、再び彼女の頭に手を置いてそのまま撫でる
くすぐったそうにしながらもどこか心地好さそうなカスミ
まるで猫のように自分から頭を差し出すカスミに対して酒泉は……
「………え゛っ」
額にスナイパーライフルを突きつけ、逃がさんと言わんばかりにカスミの頭を押さえてそのまま引き金を引いた
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──────
「だーかーらー!私達は万魔殿からの依頼で新議事堂の裏に温泉施設を建てようとしていただけだ!何度説明させるつもりだ!」
────万魔殿からの正式な依頼だったらその万魔殿から通報が届くはずないだろ
「うぐっ……!」
明らかに何かを隠しているリアクションをする鬼怒川さん
どうせ現場に居た人達に直接事実確認したら一瞬でバレるのに……
────ほら、ここで正直に話せばちょっとぐらいは罰を軽くしてもらうように空崎さんにお願いしてあげますよ?
「……ほ、本当か?本当だな?それが罠だったとしても、せめて取り調べだけは風紀委員長以外にやらせるように手配してくれよ?」
────そんなに空崎さんが怖いのかよ……分かった、約束だ
「……さっきも言った通り最初は新議事堂の裏に温泉施設を建てる予定だったんだ。でも……」
……なんだ?何を言い淀んでいるんだ?
「……その……万魔殿との契約を破ってつい新議事堂の駐車場に温泉施設を建てようとしてしまったんだ」
────はあ?なんで契約破ったんです?
「……泉脈を感じたんだ」
────……?
「新議事堂の駐車場の真下から!とびっきりの温泉エネルギーを感じたんだ!!!」
────根拠は?
「無いっ!!!!!!」
────よし、さっきの約束は全部無しだ。皆さん連れていってください
「そんなっ!?私を騙したのか!?私を売ったのか!?待て!待ってくれ────」
ギャーギャー騒ぐ鬼怒川さんを現場に到着した風紀委員達が連れて「温泉が私を待っているんだ!放せ!放せええええええ!」うるせえなコイツ
ったく……こっちはピアノの練習で忙しいんだから余計な仕事を増やさないでほしい
……もしかして万魔殿が風紀委員会に素直に情報を流した理由って、パーティー前に変な騒ぎを起こされて台無しにしたくないからかもしれないな
さて………仕事は終えた、天雨さんに報告した後はフリーだ
ならやる事は一つ……旧校舎に戻って〝あの曲〟の練習を再開しよう
………思っていたより前世の感覚を忘れてなくてよかったな
『ただいまー……っと』
『お帰りなさーい……で?今日はピアノは?』
『あー……ごめん、今日もいいや』
『最近そればっかりよねー……飽きちゃったの?』
『いや、ピアノに飽きたって訳じゃないんだけど……その、最近ハマってるゲームがあってさ』
『ああ、この前そんなこと言ってたわね……確か名前は……ブ……ブルーコスモス?だったっけ?』
『そんな物騒な名前じゃないって……それは父さんが好きなロボットアニメに出てくる方だよ』
『あら?そうだったかしら?』
『もう……ブルーアーカイブだよ、俺がやってるのは』
『そうそう!ブルアカよねブルアカ!……で?それってどんなゲームなの?』
『……えっと……子供が銃で撃ち合ったり先生が生徒の脚を舐めたり……』
『……?』
『まあ、とにかく青春系のゲームって思ってもらえれば……』
『そう……?でもまあ、珍しく貴方が特撮以外でハマった作品だし相当面白いんでしょう?』
『まあ、ね……正直、自分でもここまで夢中になるとは思わなかったよ』
『……ところで、お母さんその〝ブルアカ〟ってゲームについて調べてみたんだけど……可愛い女の子達が沢山いるわね?』
『……そういう理由でハマったんじゃないですぅー!何気ない日常でほんの少しの奇跡を見つける物語に惹かれたんですぅー!』
『じゃあ好きなキャラクターとかはいないの?』
『……居る……けど……』
『へぇ……ねえねえ、どの娘が好きなの?この太ももが太い青髪の娘?それとも胸元が際どい水色の髪の娘?』
『やだよ……なんで自分の母親にそんなこと教えないといけないんだよ……』
『それか……この白髪のちっちゃい娘?』
『……っ』
『あら、アタリね?』
『……この話、止めない?』
『そう……酒泉、貴方幼い娘が好きなのね』
『は、はあ!?別にそういう感情は向けてないって!この娘は……その……色々と大変な思いをしてるから支えたくなるみたいな……そう!〝推し〟だよ〝推し〟!』
『冗談で言っただけなのにそんな必死に否定しなくても………別に貴方がちゃんと自分の意思で選んだ娘なら私もお父さんも文句を言うつもりはないわよ?』
『もう……現実にこんな娘は存在しないって……』
『そう?世界って結構広いのよ?』
『ないない、こういう娘と出会う機会なんて絶対にあり得んよ…………』