「二人ともこんばんは。ドレス、似合ってるね」
「あら、先生……こんばんは」
「こんばんは……先生はいつも通りシャーレの格好なんだ?」
「うん、一部の人達以外服装は自由って聞いてたからね」
多くの生徒が集まるパーティー会場、そこに一人の大人が入場する
シャーレとして日々活動する彼は万魔殿からの誘いでゲヘナのパーティーに参加する事になっていた
理由は仲良くなりたいから……などという純粋な理由ではなく、シャーレとの繋がりを作るため等の政治的なものが含まれている
「それにしても……想像以上に人が多いね、ここは」
「ゲヘナ学園の各権力者達が集まってますからね………その中に少々過激な方も含まれていますけど」
「まあ、でも流石にパーティーを滅茶苦茶にするような事は………しない……よね?」
「………そうだといいんですけどね」
「あっ、普通にする可能性あるんだ……」
「ここを何処だと思ってるんですか?ゲヘナですよ?」
「どうしよう……納得しちゃった……」
アコは既に口喧嘩を始めている生徒をチラッと見てから溜め息を吐く
それでもすぐに殴り合いの喧嘩に発展していないのはここがパーティー会場だからというのも一応の抑止力として働いているのだろう
「……そうだ、ところで酒泉は?」
「酒泉は……私用で少し遅れるって……」
「全く……委員長もドレスを披露するのを楽しみにしていたというのに、あの男は……!」
この場に居ない少年の話をした瞬間、分かりやすくヒナのテンションが下がる
紫のドレスの腰部分を小さな手でぎゅっと握りながら顔を伏せる
「そっか……遅れちゃうんだ……でも、参加できないって事にはならなくてよかったよ、せっかくスーツとかも選んだからさ」
「……選んだ?」
「あれ?聞いてない?酒泉のスーツを選んだの私なんだよ?」
キョトンとしながら自身の顔を指差す先生
ヒナもアコも酒泉から何も聞いていなかったのか、軽く驚いたような反応を見せる
「彼はどうして先生に……別に頼んでくれたら私が見繕いましたのに……」
「同性の意見を聞きたかったんだってさ、それに〝先生は大人だから生徒よりスーツを着る機会が多そう〟って………実際に友達の結婚式とかで着たりしてたしね」
「……そうなんだ」
「楽しみにしててよ、私も気合い入れて選ん……で…あげ………た……」
ヒナの少々落ち込んだ表情を見て先生は気づく
(あれ?もしかして私……〝酒泉のスーツを選ぶ〟っていう、ヒナ達にとって貴重なイベントを奪っちゃった?)
キヴォトスの為にその身を賭して戦ってきた自らの教え子
そんな彼がキヴォトスの未来の事ではなく、服装の相談という珍しく年頃の少年らしい悩みを打ち明けてくれた事で先生の気合いが上がりまくった
それはもうテンション爆上げだった
あれやこれやと様々なスーツを着せ、己の人生経験と全センスをかけて慎重に見極めた
『頼む!私に払わせてくれ!久しぶりに酒泉が頼ってくれたんだ!ここで退く訳にはいかない!』
『マズイですって!今度リアルグレードのカイテンロボポチるんでしょ!?また早瀬さんに怒られますよ!?』
『どけ!私は先生だぞ!』
『力強っ!?ちょっ……止まっ……止まれええええ!』
『私は止まらねえからよ……!』
『どこの団長ですかアンタ!?ぐっ……この……店員さん!ちょっとこの人止めるの手伝ってくれません!?』
『男の人が男の人に抱きついてる……///』
『は?』
先生のその勢いは留まる事を知らず、ついには自ら支払いを済まそうとする酒泉に対して試着した全てのスーツを買い与えようとした
……結局、それは酒泉の〝また貧困生活して生徒に心配掛けたいんですか?〟という言葉の右ストレートを食らって止められたが
「………その、ごめん。今考えてみたら風紀委員の皆に選ばせてあげるべきだった」
「は、はあ?別に私は彼が誰にスーツを選んでもらおうとどうでもいいですけど?」
「……先生は悪くないから」
それぞれ別の反応を見せる二人に苦笑する先生
すぐに場の空気を変えるべく話をパーティーの件に戻そうとした
「キキキッ!よく来たな!先生!」
……ところで、もっと場の空気を悪くするかもしれない人物がやってきた
尤も、それは相手が風紀委員会限定の時の話だが
「げっ……出ましたね」
「ほう?随分な反応をするじゃないか、アコ行政官?」
出会って早々、バチバチと視線をぶつけ合うマコトとアコ
マコトは相変わらず何かを企んでいるような笑みを、アコは〝またコイツか〟という呆れた目を向ける
「それよりも……なんだこのパーティーに相応しくない辛気臭い空気は、貴様らは風紀を守るどころか場の空気すら読めないのか?」
「風紀を乱してる側の貴女達には言われたくないですけどね……」
互いに嫌味が口から飛び出るが、ヒナだけはそれを無視して辺りをキョロキョロと見渡す
まだかまだかと未だに少年の登場を待ちわびていた
「……キキキッ、折川酒泉ならまだ来ないぞ。奴には我々万魔殿が重大な任務を与えたからなぁ!キキキキキキ────」
「は?」
「キッ………な、なんだその目は?そんな顔をしても怖くないが!?」
マコトの言葉を聞いた瞬間、一瞬で無表情になると同時に無言の圧を掛けるヒナ
それに一瞬怯むが、すぐに強がる辺りは流石組織の長だろう
「安心してください、彼ならこの後ちゃんと来ますよ」
「ヒナ先輩こんばんはー!」
そんなマコトに助け船を出すべく、イロハがイブキと手を繋ぎながらやってきた
純粋な笑顔を浮かべながら無邪気に近づくイブキ、流石に幼い彼女の前ではヒナも圧を抑えざるを得なかった
「……ええ、こんばんは」
「ヒナ先輩のドレス綺麗だね!」
「ふふっ……ありがとう、貴女も素敵よ?イブキ」
万魔殿でも唯一の癒しであるイブキに対しては丁寧に対応するヒナ
その横でイロハが先程の話の続きをする
「マコト先輩が酒泉に出した指示は今回のパーティー関連の仕事ですので、間違いなく会場にやって来ますよ」
「……私はそんなこと聞かされてないけど」
「まあ、その辺りの事情は彼から直接お願いします。ただ、一つ伝えるとしたら……少なくとも貴女にとっても悪い話ではないと思いますよ?むしろ眼福かもしれませんね」
「……眼福?」
「……そ、そうだ!そんな事よりも貴様ら風紀委員は会場の問題児共に目を光らせていればいいのだ!ちゃんと職務を全うしろ!」
「分かった、なら私は貴女を見張るから」
「誰が問題児だっ!?」
調子を取り戻したマコトは直ぐ様ヒナに噛みつこうとするが、簡単にあしらわれてしまう
「ですが……確かに会場には要注意人物が多いですね……例えば後ろで大量の料理を前に騒いでいる方達とか」
「あら?私達はまだ何もしていませんわよ?」
「まだ……?」
「ねえねえ!あっちに骨付きのおっきいチキンあるよ!漫画みたいにガブッてやろうよー!」
「うぅ……全部美味しそうだけど……全部はお腹に入らない……」
そう言いながらアコが後ろを見ると、美食研究会の少女達が少々引っ掛かるような言葉を言いながら否定する
少年漫画に出てくるような見た目の肉に目を輝かせるイズミ、品揃えの豊富さに歓喜するが全てを腹に入れる事はできないという事実にショックを受けるジュンコ
確かにそれぞれ騒がしいものの、普段と違って珍しく他者に迷惑を掛けるような騒ぎ方はしていない
「それに私達、釘を刺されちゃいましたからね☆」
「……釘を?誰に?」
「フウカさんですわ……ほら、あちらに」
アカリの言葉に疑問を感じたアコ
それに答えるかのようにハルナが指差した先にはジト目で美食研究会を見つめているフウカと、その横には普段の部長の様子と違うことに困惑しているジュリの姿があった
「……貴女達がフウカさんの言う事を聞くなんて珍しいですね」
「………〝今日暴れたら本当に許さないから〟とガチ殺意をぶつけられましたので」
「えぇ……貴女達、今度はフウカさんに何をしたんですか……」
「いえ、今回はまだ何も……フウカさん曰く〝見届けたいから〟との事ですが……」
どうやら具体的な理由はハルナ達も分かっていないらしく、とりあえず〝今のフウカを怒らせたらヤバい〟という危機感の下、従っているらしい
「……まあ、私達は今日のところは暴れるつもりはありませんので、他の方々を見張っていた方がよろしいかと」
「温泉……温泉~!!!」
「あっはは!どうする?部長?掘る?掘っちゃう?」
「た、確かにここに泉脈を感じるんだ……!だが、この会場には風紀委員長ががががが……」
「抑えてくださいよ部長!?ここで暴れたら今度こそ終わりですからね!?またトラウマ植え付けられるのは部長なんですからね!?」
「う、うぐぉおおおお……!」
「ど、どうする!?」
「ツルハシで殴って気絶させるか……?」
「久しぶりのまともな食事……!」
「ア、アル様……私達ここに居て大丈夫なのでしょうか……?」
「だ、大丈夫よ!今回は何もしてないんだし、それに〝酒泉からの依頼〟って答えれば見逃してもらえる……はず……」
「まあ、どうせここでご飯にありつけないと餓死しちゃうだけだもんね~!くふふっ!」
「どっかの社長がカッコつけて依頼人からお金を受け取らなかったからね……」
「し、仕方ないでしょう!?まさか依頼人とその敵対組織のボスが生き別れの兄弟だったなんて……感動の再会中に〝依頼料を払ってください〟なんて……ぐすっ……!」
「……まあ、社長らしいけどさ」
「………意外と皆大人しくしてるね」
ゲヘナでも一際有名な問題児もこの会場に居るが、ヒナ自身も思ったように意外にも騒ぎは起きていない
それどころか、各々自身の欲望を抑えようと努力すらしている
ハルナはフウカに言われて、カスミはヒナを恐れて
なら便利屋は……
「……それで?酒泉からの依頼ってどういうこと?」
「ん?………ひぃっ!?空崎ヒナ!?まだ何もしてないわよ!?」
「どうして皆揃いも揃って〝まだ〟って付け足すの?」
ヒナは先程の言葉の意味を問おうとアルの背後に立つ
気配を悟れず、いつの間に後ろを取られたアルは悲鳴の声を上げる
「ど、どういうことも何も……言葉通りよ?私達はただ、酒泉から〝パーティー会場で暴れる奴が出てきたら追っ払ってほしい〟って頼まれただけよ?」
「酒泉が?………貴女達に依頼してまで万魔殿主催のパーティーを成功させようと……」
何かを考え込むヒナに対し、アルはポケットから一枚の紙を取り出す
「これは……パーティーの食券?」
「そうよ、酒泉から依頼料として渡されたのよ。………普段なら依頼料は依頼遂行後に払ってもらってるんだけど〝当日は合流するのが遅れそうだから〟って理由で今回だけ前払いさせてくれって頼まれてね」
余程パーティーを邪魔されたくないのか、風紀委員以外にも警備を呼び込む徹底ぶり
それほどまでにマコトから頼まれた仕事を確実に成し遂げたいのか……あのマコトを嫌っている酒泉が
そんな考えがヒナの脳裏を駆け巡る
「と、とにかく!私達は頼まれたからこの場に居るだけだから!指名手配だってこの前捕まった時に解除されてるでしょう?」
「……まあ、余計な仕事を増やさなければそれでいいから」
ヒナの視線は既に便利屋から外れており、その紫の瞳はマコトに向けられている
その事に気づいていないマコトはニヤニヤと笑いながら、何かを待っている
「……イオリ、チナツ、聞こえる?」
『うん、聞こえてるよ』
『何か問題でも?』
「まだ、だけど……これから発生するかもしれないから、十分な警戒を」
『了解……よし!場所を移すぞ!』
『了解しました、私の方ももう少し会場を見渡しやすい場所を探してみますね』
ヒナは少々離れた場所で立っているイオリとチナツに視線を合わせながら無線機で声を掛ける
外からも内からも対応できるようにより強固な警備を、マコトの悪巧みを警戒しながら指示を飛ばす
「……キキッ、キキキッ!そろそろだな……」
「……そろそろ?マコト、一体何を───」
「各員!照明を落とせぇ!」
疑問を感じた先生の声が遮られる
くるり、と長い髪とドレスを靡かせながら大きな声で命令するマコト
それと同時にパーティー会場は一瞬で暗闇に包まれる
「……えっ?何?停電!?」
「でも、今マコト議長が照明を落とせって言ってたよね?」
「なになに?イベント?」
「い、今ならここを掘ってもバレないのでは……?」
「今ならフウカさんを拉致してもバレな────冗談ですわ本当にごめんなさい」
「大人しくしてなさいよ……やっと始まるんだから」
会場がざわめく中、突如前方の舞台上の照明だけ元に戻る
そして、一人分の足音と共に何者かがその舞台上に繋がる階段を上る
「なんだ?マコト議長の挨拶でも始まるのか?」
「ビンゴ大会でもやるんじゃない?」
「……ねえ、あれってスーツじゃない?」
「……え?誰?」
暗闇の中を歩きながら、光が照らされる舞台上に足を踏み入れようとする謎の生徒
そんな生徒の正体に真っ先に気づいた人物が二人
一人はヒナ、理由は言わずもがな長年付き添ってきた経験から
もう一人は先生────そもそもあのスーツは自分が選んだのだから
「……えっ?嘘?」
「あの子って一年の……」
一人の少年が────折川酒泉が光に照らされながら姿を現す
漆黒のスーツに身を包み、前髪をヘアピンで隠す
子供でありながら大人のような雰囲気を醸し出しながら歩く
顔立ちは普通、他者より圧倒的に優れている訳でも劣っている訳でもない
そんな彼が、会場中の人間の時間を止めている
「わぁ……カッコいい……」
「っ……皆さん案の定驚いてますね………それにしても結構似合ってますね、スーツ」
「…………」
「……マコト先輩?」
「……っ……あ、ああ……そうだな……」
イブキの声に気を取り戻したイロハ、そんな彼女の言葉に対してどこかぎこちなく返事をするマコト
ようやく反応したが、その視線はすぐにまた舞台の方へと向けられてしまった
……それは酒泉と共に過ごしてきた風紀委員達も、そんな彼と敵対してきた者達も同じだった
「……そっか、そういう事だったんだね……似合ってるよ、酒泉」
その中で唯一、場の空気の支配から抜け出した先生は何かを察したかのように微笑む
「……っ……しゅ、せん?」
ヒナも先生に続いて声を発するが、その視線は完全に酒泉の方に固定されている
一瞬、一瞬だが酒泉の方からもヒナに対して視線を向けられる
そして、何を言う訳でもなくそのまま歩を進めた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
視線が自分に集まっていくのが分かる
〝なんでコイツが〟と思っているのか、それとも〝場違いだ〟と思っているのか
それぞれ考えている事は別だろうが、それでも今この場で最も注目されているのは俺だろう
……だが、不思議と緊張はしなかった
堂々と、そしてなるべく足音を立てないように静かに歩く
ピアノの前に立つと、一度周囲を見渡す
いつも通り、シャーレで働いている時と同じ服装の先生
珍しく大人しくしている美食研究会や温泉開発部、そして万魔殿、今回力を貸してくれた便利屋
今日の為に俺を支えてくれた愛清さん、その隣で他の生徒と同じく視線を此方に向けている牛牧さん
そして……俺の大切な人達、風紀委員
ドレスを身に纏い、驚愕した様な表情で見つめてくる空崎さんと天雨さん
その二人とは離れたところから警備隊の風紀委員達と共にどこかボーっとした感じで此方を見ている銀鏡さんと火宮さん
……他にも、多くの生徒がここに居る
よく下らない話をして笑い合っているクラスメイト、何度も戦ってきた問題児、全く面識のない完全なる他人
その全員に、深く頭を下げ、お辞儀をする
そして、ピアノの前の椅子に座る
今から俺は、音楽を届ける
……この世界の誰も知らない曲を
楽譜は無かった、けど前世で弾いていたから指が覚えていた
そこから可笑しな部分を少しずつ修正し、なんとか完成させた
本物と比べると少し間違っている部分があるかもしれない、それでも限りなく完璧に近く仕上げたつもりだ
………やれる事はやった、後は弾くだけ
この数分に全てを乗せる
俺の時間を……俺の想いを、全て
皆には青春を謳歌してほしい、前世の俺のように中途半端なところで青春を終えてほしくない
日頃から事件解決に回っている風紀委員会の皆
アリウスのように今までの環境がそれを許してくれなかった人達
ティーパーティーのように友と言葉を交わさなかったが故に後悔してしまった人達
天童さんやケイさんのように青春を始めたばかりの人達
既に十分青春を満喫しているゲーム開発部のような人達
調月さんや空崎さんのように責任感に押し潰されそうな人達
そんな生徒達と共に歩んでいる大人である先生も、そして………今も一人、電車で揺られている連邦生徒会長も
……………一応、ゲヘナの問題児達にも
全員に最高の時間を、全員が満足するような青春を願って
………そして俺自身、前世で止まった青春をこのキヴォトスで再スタートさせる為に
全ての人にRE Aoharuを届けよう