酒泉がピアノを弾いている
いつも私の仕事を手伝ってくれて、いつも前線で引き金を引いているその指で
ずっと私を支え続けてくれたその手で
初めて見た
こんな酒泉、一度も見たことなかった
知らなかった……けど、不思議と悪い気はしなかった
むしろ新しい酒泉を知ることができて嬉しかった
酒泉が指を動かす度に美しい旋律が会場中に響き渡る
透き通るような音が、それでいて何処か強さを感じる音が
酒泉の弾いている曲は私の知らない曲だった
なのに、スッと心に入り込むような、まるで最初から知っているかのように自然と受け入れることができた
……酒泉の横顔を見ると、彼は目を閉じていた
元より楽譜は置いてなかったけど、ピアノすら見ていない
それでも、指が動き続けている………恐らく身体が覚えているのだろう
一体どれほど練習したのか、指に刻まれた記憶がそうさせているのか
瞬きすることも忘れて聞き惚れていると、直感が私に告げてくる
終わる
終わってしまう
嫌だ
もっと聴きたい
もっと弾いて
もっと貴方を私に見せて
もっと貴方を私に魅せて
そんな祈りは届かず────酒泉が最後の音を奏でた
無音、無音、無音
誰も言葉を発しない
息を吸う音すら聞こえてこない
まるで無の世界に居るのかと思ってしまうほどの静寂
数秒、数十秒
パチ
一つだけ、音が鳴る
パチパチ
二つ
それに続くかのようにパチパチパチと音が増えていく
まるで小さな花火が沢山打ち上がったみたいに、会場の全員が手を叩いている
……終わった、終わってしまった
けど、それで良かったのだろう
だって
舞台の上の貴方は、こんなにも笑顔なんだから
──────────
────────
──────
「酒泉、お疲れ様………最高の演奏だった」
「まさか貴方にあんな特技があったとは……」
周囲の拍手を浴びながら舞台から下りると空崎さんと天雨さんが此方に歩いてきた
勝手にパーティーのオープニングを担当した事について何かしら言われるかと思ったが……全然そんなことはなかった
むしろ二人とも笑顔で迎えてくれた
「……えっと、酒泉……なんだよな?」
────そうですよ、銀鏡さん………そんなに違和感あります?スーツ
「い、いや!そんなことない!カッコいいと思うぞ!?けど……」
「その……雰囲気が変わりすぎて……」
「ふふん、でしょ?」
「どうして先生が喜んでるのさ……」
「まあ、選んだのは先生らしいですから……」
銀鏡さんと火宮さんがまじまじとスーツを見てくる
流石は先生だ、俺でもピッタリ着こなせるのを選んでくれた
「……キ、キキキッ!ま、まあ?それなりには似合っているじゃないか!馬子にも衣装とはこの事か?」
────ありがとうございます……羽沼さんも似合ってますね、魅力が存分に引き出されてますよ
「っ……そ、そうか……?き、貴様にしては中々素直じゃないか……」
「何照れてるんですか……」
────えっと……〝カスにも衣装〟ってこの事でしたっけ?
「な……なんだとおおおおお!?」
「あ、いつも通りだ」
なんだよ……煽ってきたのはそっちからだろ……
「しゅせーん!」
────うおっ……と、イブキさん?
「あのねあのね!酒泉、凄くかっこよかったよ!」
横からぐちぐち言ってくる羽沼さんを適当に受け流していると、イブキさんが突然抱きついてきた
子供特有の無邪気な笑顔に対し、此方も笑顔で対応する
ちなみに羽沼さんに対しては草加スマイルで対応した、あの人にはあんなもんでいいだろ
「まるで王子様みたいだった!」
「イブキ、その男は王子様には程遠い!やめておくんだ!」
「えー?そんなことないよー?ピアノ弾いてる時とかきらきらー!ってしてたもん!」
今回ばかりは羽沼さんに同意だな……どう見ても俺は王子様って柄ではない
王子様の後ろで敵兵と戦っている一般兵Dみたいな………それか敵組織の戦闘員
「……あっ!でも……酒泉、イブキだけの演奏家じゃなくなっちゃったね」
しょぼんと落ち込むイブキさん
……そうか、あの時の約束を破ってしまったのか
「それだけは残念だけど……でも!酒泉の凄さが皆に伝わってくれたならイブキも嬉しいよ!」
────ごめんな……イブキさん〝だけの〟ではなくなっちゃったけど、それでもイブキさんの為にピアノは弾けるからさ、またいつかリクエストしてくれよ
「本当?約束だよ!?」
スッと小指を出してくるイブキに合わせて此方も小指を出す
「ゆーびきーりげんまん!うーそつーいたーらはーりせんぼんのーます!ゆーびきった!」
ああ……本当に万魔殿唯一の癒しやでぇ……
頼むから一生純粋なままで────
「むうううううううう!?」
「フ、フウカせんぱーい!?」
突如、会場中に響き渡る悲鳴
生徒達の視線が一ヶ所に集まる
そこには美食研究会にグルグル巻きにされた愛清さんが……愛清さん!?
「酒泉さん、ピアノの演奏……見事でしたわ」
────あっ、どうも………じゃねえ!?アンタら何やってんだよ!?
「……私達は確かに見届けましたわ……貴方の演奏を、最後まで」
「ですからっ!ここからは私達のターンですわ!」
なに言ってんだコイツ
「もはや遠慮は不要!フウカさん!私達にも〝アレ〟を!」
「んぐぐっ……ぷはっ!〝アレ〟ってなんの事よ!?」
口の布を自力で取り外した愛清さんが困惑したように叫ぶ
しかし黒舘さんはお見通しとばかりに堂々と話を続ける
「とぼけても無駄ですわ……既に何度もお作りしたのでしょう?フウカさんが酒泉さんの為に愛情を籠めて作った栄養満点味最高のスペシャルメニュー………生姜焼き定食を!」
「あ、愛情!?別にあれは……そんなんじゃ……なくもないけど………というよりも!どこでそんな情報を手に入れたのよ!?」
「ふっふっふっ……私達の食に対する情報網を舐めてもらっては困りますわ!」
「しょっうがっやき!しょっうがっやき!」
「とっても楽しみですね☆」
「うぅ……おもいっきり注目されてるじゃない……別に生姜焼きは無くても他にいっぱい料理あるのにぃ……!」
ドヤァッ!と誇らしげにする黒舘さんに対して文句を言おうとする愛清さん
……赤司さんに関してはドンマイとしか言えない
「……ですが、それを楽しみに会場に来てみれば………生姜焼きの〝し〟の字すら存在しないではありませんか!」
「当然でしょ!?あれは酒泉君の為だ……け……コホン、期間限定のスペシャルメニューなんだから!そもそもパーティー会場で定食なんて出すはずがないでしょ!?」
会場内の生徒達もなんだなんだとガヤガヤしてきた
マズイな……これ以上騒ぎが広がる前に愛清さんを救出して奴等を捕まえないと────
「な、なんだぁ!?会場の外が爆発したぞぉ!?」
今度は会場内の入り口近くから叫び声が聞こえる
「ア、アル様!命令通り逃げ道を塞いできました!」
「……ハ、ハルカ?確かに私は〝美食研究会が逃げられないように道を塞げ〟と命令したけど……どうして爆弾を使っちゃったの?」
「……?で、ですから爆弾で逃走経路の破壊を……」
「」
「でた~!アルちゃんの白目だ~!」
「……で?この状況どうすんの?社長」
……えぇ(困惑)
「……はっ!?しゅ、酒泉!?違うの!悪気はないの!私はただ、酒泉の依頼通り問題児を捕らえようとしただけで……」
「……ていうか、依頼内容は〝追い払う〟じゃなかった?」
「………あっ」
ぎこちなく俺の方に身体を向ける陸八魔さん
……まあ、悪気は本当に無さそうだし良しとしよう
「ぶ、部長!先程爆破された会場の外から温泉がぁ!?」
「なんだとぉ!?」
は?
「どうします!?絶好のチャンスですよ!?」
「だ、だがここには空崎ヒナが……!」
「部長!みてみて!風紀委員長が美食研究会と戦ってるよー!」
「何っ!?ならば今の内に────待て、もう給食部の部長が救出されてないか?早くない?」
「あ、ありがとう……」
「気にしないで………これ以上酒泉に助けさせて好感度が上がるとマズイから」
「?」
「……先生は温泉開発部の制圧をお願い」
「えっ?あ、うん……」
「……美食研究会、貴女達は余計な事をしすぎた。ここで罪を償ってもらう」
「くっ……また失敗しましたわ……!でも、次こそは……!」
「次なんてない、問題児に相応しい罰を見せてあげる」
「ヒ、ヒナ?できるだけ手加減してあげてね?」
「……イオリ、行くよ。チナツとアコはバックアップをお願い」
「ヒナ?聞いてる?……ヒナ!?」
飛び交う弾丸、白目を剥く羽沼さん
人が吹き飛ぶ、巻き込まれる羽沼さん
花火代わりの爆発、アフロ頭になる羽沼さん
より激しくなる戦場、ヒラヒラと揺れている空崎さんのドレスを下から撮ろうとする天雨さん
おかしい………俺はパーティー会場に居るはず、コ○ンドーの上映会を観にきたつもりはない
なんだこれ、ラ○ダーの春映画か?
先程までの空気が一瞬で消滅し、空気が一気にお祭りのそれと同じになる
────……ははっ
渇いた笑いを出しながら再び舞台に上がる
もはや全員が騒ぎに夢中で誰もそれを疑問に思う人はいなかった
────は、はははは
ピアノの前の椅子に再び座る
────あは、ははは、ははははっ
今ならアレを弾ける気がする
これを弾き終えたら俺の指が死んでしまう気がするけど……まあ!どうでもいっか!
────最後までゲヘナらしくいくかぁ……
────Unwelcome School
もうどうにでもな~れ☆
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パーティーも結構盛り上がったところで、そろそろ俺も参加を………の前に、火照った身体を冷やす為に外の空気に当たる
ちなみに暴れてた奴等は全員制圧された、先生の指揮と本気モードの空崎さんが居たから楽勝だった
とりあえず全員先生からガチ説教された上で皆で会場を掃除した………それと、幸いにも食べ物は全て無事だった、流石は美食家最初から暴れんなちくしょう
………俺?ピアノ弾いてましたけど?何か?
パーティーは無事に再開されたけど………俺は会場外のベンチに腰掛けてゆっくり休むとしよう
ああー……会場内のガヤガヤ音と冷たい夜の風が……なんか、こう……良い感じにベストマッチして……
……語彙力消失バグかな?
「酒泉」
────……あ、空崎さん
「こんな所に居たんだ……休んでたの?」
俺の隣に座りながら微笑む空崎さん
……そういえば、まだ言ってなかったな
────空崎さん、その……ドレス、綺麗ですね
「……綺麗なのはドレスだけ?」
────あっ、いや……勿論空崎さん自身も綺麗です
「……ありがとう」
……やっぱ言葉選び下手だな、俺って
けど、俺は本当に空崎さんのことは綺麗だと思ってるし、それはお世辞でもなんでもない
それだけは理解してほしい
「ふふっ……そんな顔しないで、ちょっとからかってみただけだから」
此方の心情を察したのか、空崎さんはさらっとフォローしてくれた
普段の風紀を取り締まる長の顔とは違って年頃の少女がイタズラした時のような表情で笑われる
……こんな顔もできたのか
「酒泉もスーツ似合ってたよ、かっこよかった」
────……かっこよかったのはスーツだけですか?
「酒泉がかっこいいのは既に分かりきってる事だから……今更でしょ?」
こっちもちょっとだけからかってみようと思ったらアッサリと反撃されてしまった
どうしよう、一生空崎さんに勝てないかもしれない
「顔、赤いね」
────ちょっと気合い入れすぎたかもしれません、まだちょっと熱いです
「……ほんとだ」
オペラグローブを外し、俺の頬に右手を添えてくる空崎さん
……ちょびっと冷たくて今の俺には丁度良い体温だ
もしかして外で俺を探している内に冷えてしまったのだろうか、だとしたら申し訳ない
「……じゃあ、もっと冷やそっか」
今度は左手も一緒に添えられる
「どう?気持ちいい?」
────……はい
「……あれ?」
冷たい、冷たい……のだが……
「……顔、赤くなってない?それに、心なしかまた熱くなってるような……」
顔が熱くなるのも当然だろう
だって、空崎さんが、ドレス姿で、正面から俺を見つめて……両手で……
……これ以上は勘弁してほしい、頭が沸騰しそうだ
「……本当に大丈夫?熱とかじゃ……」
────大丈夫ですよ、ちゃんと冷めてきたんで………手、ありがとうございました
「……そう?」
空崎さんは俺から両手を離すと、ベンチから立ち上がった
「じゃあ……私達もそろそろ戻ろっか、本当はもっと二人で居たいけど……皆には酒泉を探してくると言った手前、これ以上待たせる訳にはいかないし」
────そうですね……向こうで皆で食事でもしましょっか
「うん」
さっきまで空崎さんに触れられていたという事実、それと頬に残った冷たい感覚が変に心を騒がせる
前世含めても感じたことのない妙な胸の高鳴り、だけど苦しくはないしむしろ不思議な心地好さすら感じさせる
そして〝もうちょっとこうしていたいなー〟という謎の寂しさ
それらの理由を考えながらも、俺も空崎さんに続いて立ち上がる
さて、戻ったらまずは先生や愛清さんにもう一度礼を言って……それから……
……まずは肉でも食うか!
結構な間シリアスモードに入っていたせいで腹が減ってしょうがない
今日はガッツリと食いたいものを食いたいだけ食べるつもりだ、野菜とかその辺の健康を考えるのは明日からでいいだろう
我慢は身体に毒だからね……なんて、それっぽい免罪符を思い浮かべてみる
「……酒泉?」
────どうしました?早く行きましょうよ!空崎さん!
「いや、その……」
────美味しいご飯が俺達を待ってますよ!さあ、美食研の奴等に食い尽くされる前に……
「……手」
……手?
「その……このままだと……移動できないから……」
空崎さんの言葉に疑問を感じ、手元を見てみる
すると、俺の両手が空崎さんの右手を掴んで動きを止めていた
ていうか、ベンチから立ち上がってすらいなかった
────……?……………っ!!?!?!!?
自分の身体が勝手に動いていた事実など考える余裕もなく、声にならない悲鳴を上げる
……なにやってんだお前ええええええ!?馬鹿じゃねえの!?
なんでこんな事をした!?答えろルドガー!
「………」
無言でジーっと見つめてくる空崎さん
何か文句を言われる前にさっさと手を離せばいいものを、俺は未だに行動に移せずにいた
ヤバい、勝手に手を握った、理由も分からず握った、怒られる
つーかドン引きされるのでは?
でも、こんなことをしてしまったからには嫌われても仕方ない………やっぱ嫌だ、この人には嫌われたくない、この人にだけは────
「………いいよ、もうちょっと一緒にいよっか」
此方の予想とは裏腹に、空崎さんは手を握り返して再びベンチに座った
……え?
「だって……〝隣に居る〟って言ったから」
その言葉を聞かされてあの日、空崎さんに全てを吐き出した時の事を思い出す
……正直、前世の事は未だに割り切れていない、思い残したことが多すぎる
両親のこと、友人のこと、先輩や後輩のこと、残してきてしまった人達に対する罪悪感は未だに胸の中に残っている
それだけじゃない、日常的なことまでずっと残っている
〝もうすぐ二十周年を迎えるあのロボアニメの続編映画ってどうなったのかなー〟とか〝そういや携帯で変身するあのヒーローももうすぐ二十周年だったよなー〟とか
色々と残した、残しすぎてしまった
……それでも、俺がどれほど後悔しようと前の世界には戻れない
だって、俺が今〝生きている〟世界はこっちなんだから
……それならせめて、前世の皆に胸を張れるように、今世の皆を悲しませない為に
キヴォトスで精一杯生きていこう
……また心が折れそうになる事もあるかもしれない
でも、まあ、その時はまた
「……ううん、もうちょっとなんて言わず………ずっと一緒にいようね、酒泉」
空崎さんに甘えてしまおう