「私、知らされてないよ!!?」
とあるスイーツ店にて
ダンッ!と聖園さんがテーブルを叩く
やめろよ、テーブルが壊れるどころか店が真っ二つになるだろ
「酒泉君がスーツ着てピアノを弾いたってつい最近知ったんだけど!?」
何故教えなかったと迫られる
いや、まあ……そうは言ってもさ……
────アンタ、ゲヘナ嫌いじゃん
「うっ……いや、それは……そうだけどさ……」
ゲヘナ嫌いの人間にゲヘナのパーティーの話をして何になるのか
むしろ不快になるだけなのでは?
「で、でもさ?少しは誰かに話しとこっかなーみたいなさ?……ね?あるでしょ?」
────だとしてもゲヘナ嫌いの聖園さんに話す理由はないだろ
「そうだけど……そうだけどぉ……!」
何をそんなに悔しそうにしているのか……そんなにパーティーに参加したかったのか?
でもゲヘナ生しかいないパーティーだしなぁ……あっ、もしかして食事だけしたかったとか?意外と食いしん坊?
「こんなの不公平だよ……納得いくわけないじゃんね……」
そんなこと言われてもどうしようもないじゃんね、もう終わった事じゃんね
そんなに参加したかったのなら普段からゲヘナ嫌いを抑えてほしかったじゃんね、それかせめて隠してほしかったじゃんね
じゃんねじゃんねうるさいじゃんね、カン○ロウのパチもんみたいな語尾になっちゃったじゃんね
「……ねえ、またスーツ着て弾いてよ、ピアノ」
────無理じゃんね
「は?」
やっべ、口に出ちゃった
「……無理ってどうして?別にそんな困るようなことじゃないでしょ?弾く場所なら私が用意してあげるよ?…………ナギちゃんに頼んで」
────あの人を巻き込むんじゃないよ……別に弾くこと自体は構いませんよ?けど、暫くは予約が埋まっているので
「……予約?もしかして他の人にも聴かせるの?」
他の人に聴かせるも何もパーティー会場で弾いた時点で結構な人に聴かれてるんだけどな
ただ、聖園さんは別の事に対して不満を持っていそうだった
「……ふーん?私だけ仲間外れなんだー……で?相手は誰?アリウス?それともミレニアムの人?」
────それは……ひ・み・つ♡
「きっしょ」
────流石にゴリラ基準でもキモかったか……
「折るね」
やめてくださいうでをつかまないでしんでしまいます
「……で?結局誰なの?」
────ゲヘナの人とだけ答えておきます
「………またゲヘナなんだ」
そりゃ、ゲヘナに通ってるんだからな、相手がゲヘナでも何もおかしくないだろ
だからそんな不機嫌そうにしないでほしい
────……ていうか、聖園さんに限らず他の人達からの頼みも断ってますよ、俺
「え?そうなの────って、他の人にも頼まれてたんだ……」
天童さんやケイさんに頼まれたし、モモイさんもそれに便乗してきた
調月さんには〝依頼〟された、ポケットマネーまで引っ張り出そうとしてきた
アリウススクワッドの皆と時間が合わないからって動画を頼まれた
トリニティからは百合園さん……だけじゃなくて白洲さんや宇沢さんにも興味を持たれたのは意外だった
他にも正実のあの娘とかエンジニア部とか色んな人が声を掛けてくれたけど……一旦全部断った
〝先約〟があるからな………それが終わるまではあの人の為だけにピアノに集中していたい
「……なにその顔」
────は?顔?
「なんでそんな幸せそうなの?」
……幸せそう?俺が?
「……自覚してなかったの?今、顔が緩みきってたよ?」
────……それマジ?
「マジ」
……ほーん、それほどあの人にピアノを教えるの楽しみにしてたのか、俺は
まあ、色々と世話になったからなぁ……恩を返す機会が来たとなれば、そりゃ嬉しいか
「……もう、酒泉君にそんな顔をさせてるのって誰なの?」
────……さあ?
「むっ……別に隠さなくてもいいじゃん」
────だって名前言ったら聖園さん怒りそうだし
「……て事は私の知ってる人……ミレニアムの会長さん?それともアリスクのお姫様?いや、この二人はさっき断ったって言ってたし……じゃあお宅の風紀委員長さん………はあり得ないか、貴方にとってはただの〝推し〟だもんね?」
様々な候補を挙げる聖園さんに対して意味深な笑みを浮かべ、そのまま無言を貫く
「……嘘でしょ、もしかして……空崎ヒナ?」
────真相は闇の中ってことで……じゃあ、そろそろ時間なんで帰りますねー
「ちょ、ちょっと待ってよ!正解なの!?」
────支払いは全部俺が済ませときますねー
「え?あ、うん、ありがと────っじゃなくて!そうなの!?あの娘なの!?あの娘にピアノを聴かせることに対してあんな笑顔だったの!?」
何か呟いている聖園さんを背に、会計を済ませてから店を出る
ゲヘナに戻る際、何度か軽くスキップしてしまったが………周りに見られてないよな?
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────はい……足元気をつけてくださいね
「うん………旧校舎にこんな教室があったんだ」
ガラッと扉を開けると、今ではすっかり慣れ親しんだピアノが出迎えてくれた
ひび割れているボロボロの床に気をつけながらピアノの前まで移動すると、空崎さんが立ち止まる
「………」
────……?どうかしました?
「……酒泉はこのピアノで練習していたんだなって思って」
そう返すと、空崎さんは愛おしそうにピアノを撫でる
そんなに気に入ったのか?これ……まあ、俺も愛着湧いてるけど
「……?これは……日誌?」
突然ピアノを撫でる手を止めて視線を横に移す空崎さん
ピアノの上に置いてあった複数のボロボロの日誌が視界に入ったのか、空崎さんはそれを手に取って開く
ああ、それか……
────いや、実は俺がこの教室を見つけた時からあったんですよ、それ
「そうなんだ……状態からして結構古そうだね」
そう言ってページを進めていく空崎さん
……勿論、俺はとっくに読み終えている
この教室にやってきた日に全ての日誌を見つけ出している
《このピアノなら自由に使ってもいいと言われた。私は将来、ゲヘナで……いや、キヴォトスで一番のピアニストになりたい。その夢を叶えるために、これから毎日、欠かさず練習を続ける。いつの日か夢が叶うことを願って、記録を残していこう》
日誌の内容自体は……まあ……昔、誰かがこの教室でピアノの練習をしていたって内容だった
《中々実力が伸びない、才能がないのかな》
《今日も大会で賞を取れなかった》
本当にそれだけ、特に珍しい事が書いてある訳でもないし宝の地図って訳でもない
ただの一学生の苦悩を記した、それだけのものだった
《今日を最後に、ピアノから離れようと思う》
《自分にできること、やりたいこと……ただ、それが一致しなかっただけの話》
《私は何者にもなれなかったけど……ピアノを愛した気持ちは嘘じゃない》
《いつか、この日誌と私の作った楽譜を見つけてくれる人が現れることを祈って》
結論から言うと、この人は夢を諦めたらしい
けど、ピアノを愛していたのなら夢に向かっていた間の時間も苦だけではなかったはず
……実はこうやってじっくり読んだのは初めてこの教室にやってきた時以来だ
それまでは……その……この日誌を読んでると〝俺も前の世界のことを諦めた方がいいんじゃないか?〟って勝手にマイナス思考になってしまって……
〝やりたくてもできない〟ってこの日誌の持ち主の想いと〝帰りたくても帰れない〟って自分の想いを勝手に重ね合わせてしまっていた
けど、この人はきっと後悔や悲しみを引きずりながらでも前を向くことを選んだのだろう
過去の人間の気持ちなんて分からないけどなんとなくそう思った…………だって、俺もそうだったから
「……そっか、昔ここで練習してた人の日誌なんだ」
パタン、と静かに日誌を閉じると、空崎さんは日誌の下に置いていた楽譜を手に取る
「この楽譜って酒泉が練習に使っていたものかと思ってたけど………違ったんだ」
────はい、この日誌の持ち主が使っていたものです
「……この人は、誰かに知ってほしかったんだね」
努力の軌跡か、それとも心情か……あるいは両方か
自らの積み重ねてきた物をこうして〝形〟にして残せたのだ、この人の心も少しは晴れた……と思いたい
……俺も、せめて何か残してからこっちの世界に来たかったな
高校生の内から遺書なんて書いているはずもなく、普通の日記だって小学生の頃にやめてしまった
────……………ねえ、空崎さん。俺達も練習風景を日誌に書き記しませんか?
「私達も?」
────はい、そうすれば上達具合とか分かりやすいと思いますし……あと、改善点とかも書けますし……
「……うん、そうしよっか」
……嘘だ、それっぽい理由を述べているが、本当は俺もこの日誌の持ち主みたいにここに〝何か〟を残したかっただけだ
そして空崎さんにはなんとなくだけど理由がバレている気がする………本当に頭が上がらないな
もし今後、この教室で練習する人が現れたとして……その人が俺や前任者の日誌を見つけてくれたら嬉しいなーなんて
………この人が書き残した楽譜、今度練習してみよっかな
────ありがとうございます……と、それじゃそろそろ練習しますか、何か弾きたい曲とかあります?
「うん、事前に決めておいたから」
〝夢路の花〟
空崎さんに手渡された楽譜にはそう書かれていた
────じゃあ、早速弾いてみましょっか……最初は片手で、簡単に
「よろしくね?酒泉先生」
────どうしよう、俺の教え子強すぎる
「……ところで……酒泉は座らないの?」
ピアノの前の椅子に座り、隣をポンポンと叩く空崎さん
それに釣られて俺もゆっくりと腰を下ろす……ギリギリ二人分か
さて、まずはお手本を見せようか────そう決めた瞬間、目の前が真っ白になる
……いや、物理的な意味でだからな?気絶した訳じゃないからな?
「……よいしょっと」
ストン、と人間一人分……にしては軽いような重さが俺の膝に掛かる
「良い座り心地だね」
何が起きたのか理解できていなかった
……が、後ろを見ながら微笑んでくる空崎さんを見て漸く気づくことができた
この白は空崎さんの髪の色だ
俺、空崎さんに、座られてる
「どうしたの?練習するんでしょ?」
空崎さんは固まっている俺の両手に自身の両手を重ね、鍵盤の前まで移動させてきた
だが、俺はそれどころではない
何故なら緊張で完全に頭の中がぐちゃぐちゃに────って訳でもなかった
今までも何度かこういう事はあったが別に慣れた訳ではない、むしろ未だに緊張はしている
……している…………けど
でも、昔ほど混乱はしていない…………だって、緊張と同じくらい俺は何故か喜んでしまっているのだから
前なら〝こういうのは好きな人にー〟とか、そんな感じの理由で離れていたはずなのに、今回はどうしてかそれを言う気にはなれない
尊敬している空崎さんが身を預けてくれたのが嬉しかったのか、それともこの歓喜には別の理由があるのか
……まあ、それを考えるのはこの練習が終わった後でもいいだろう
だって今は、空崎さんを近くで感じていたいから
はい、これにて酒泉君のピアノは完結です
本当は女先生ifを先に完結させたかったのですが、三周年イベントがヒナちゃメインだと知った瞬間に「此方も書かねば…無作法というもの…」と心の中の兄上が仰っていたのでそれに従いました
次からはまた女先生ifに戻ります……けど、此方もすぐに完結します
そしたらいよいよ最終編後編に突入します、もう少々寄り道にお付き合いしていただけると幸いです
………あ、それと最後の酒泉君の感情については
・ついに酒泉君にもそういう気持ちが芽生えたのか
・単純に憧れや推しへの好意がそのまま上がっただけなのか
どちらで捉えるかは皆様にお任せします