〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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パパになった酒泉とママになったイオリ─下克上─

 

 

 

 

「よーし、着いたぞー」

 

「あーぶっ!」

 

 

 

ゴロゴロとベビーカーを押しながら歩いていると目の前にトリニティ総合学園付近の公園の中央広場が見えてきた

 

俺と銀鏡さんは約束通り土曜日にカイナを連れてトリニティまでやって来た、目的は勿論育児教室に行く為だ

 

 

「確かこの中央の広間を更に真っ直ぐ進んでいくと育児教室があるんだよな?」

 

────ですね、特に複雑な道ってわけでもないですし簡単に辿り着けますけど……それだと時間が余っちゃうぐらいには早く到着しすぎましたね

 

「どうする?このまま広場のベンチで教室が開く15分前まで待ってるか?」

 

 

 

念には念をと早めに出発したせいで1時間ぐらい時間が余ってしまった

 

ベンチでカイナをあやしながら待っていてもいいけど、折角ここまで来たなら銀鏡さんにもカイナにもトリニティを満喫してほしい……というわけで!

 

 

 

────いや、このままジッとしてるのも時間が勿体ないんで俺がトリニティを案内しますよ!

 

「トリニティ?……酒泉って案内できるほどトリニティに詳しいの?」

 

────はい!……スイーツ店限定ですけどね

 

「ああ、やっぱり?」

 

 

 

俺と言えば糖分、糖分と言えばスイーツ、スイーツと言えば俺

 

あのミラクル5000すら食した事がある俺に案内できない場所などない!……は、流石に大袈裟だけど

 

それでもそんじょそこらのトリニティ生よりはスイーツに関しては知り尽くしているはずだ

 

 

 

────……ってことでどうです?俺と一緒にスイーツ巡りしません?丁度行ってみたい店もありますし……

 

「……そうだな、それじゃあ今日は酒泉にエスコートしてもらおっかな」

 

────そうと決まれば早速……ん?

 

「うぅあー!だぁー!」

 

────そんなに暴れてどうしたんだ?まさかカイナもスイーツが食べたいのか?

 

「でもカイナはまだ赤ちゃんだしなぁ……一才にもなってないらしいし」

 

────だからカイナは粉ミルクで我慢しようなー

 

「うぅう~……」

 

「その代わり沢山遊んでやるからなー」

 

「あー!うあー!」

 

 

銀鏡さんがガラガラを尻尾で操るという器用な事をやってのけると、カイナは悲しそうな表情を晴らして元気に両手を上げた

 

カイナは自身のお気に入りであるお星様のマークが入ったガラガラに夢中になり、銀鏡さんの尻尾からそれを奪おうと手をぶんぶんと動かしている

 

因みに明るい所だと分かりにくいけどこのガラガラ、振るとお星様のマークがキラキラと黄色く光ります

 

 

 

「ほーら、カイナの好きなやつだぞー」

「うあー!きりゃりゃ!」

 

────なんて?キララ?夜桜さんに用でもあるのか?モモトークする?

 

「いや、ガラガラの絵柄的に〝きらきら〟って言おうとしたんじゃないの?」

 

 

 

なんだ、赤子の内からオタクに優しいギャルの素晴らしさを理解した訳じゃないのか……なんちゃって

 

軽く冗談も交えながらカイナに話しかけてて思ったが、もしかしたらカイナは言葉を覚えるのが早いのかもしれない

 

舌足らずながらも色んな言葉を喋ろうとしてるし、教育環境によっては口が悪くなってしまうだろう……本当にゲヘナで育てて大丈夫なのだろうか

 

まあ、良くも悪くも影響しやすいって事は……

 

 

 

 

────将来有望だな……カイナにはオンドゥル語とキワミを教えてやろう、英才教育だ

 

「何の事か分からないけど変なことはしないでね」

 

 

 

 

普通に冗談です、実の娘に〝ムッコロス!〟とか〝てめぇら死んでも当たり前やねんし!〟とか言われたらカイナのお父さんがショック受けちゃうからな

 

 

「……で?もう行かない?」

 

────あ、はい

 

 

 

ベビーカーを押しながらその場を動くと銀鏡さんが歩幅を合わせながら尻尾でカイナと遊んでくれた

 

ゲヘナの問題児達と関わらずこうしてを2人で歩いていると何となく〝平和だなー〟って気持ちになってくる……まだ最終編のごたごたが残っているのに

 

笑顔でじゃれあっている銀鏡さんとカイナを見て改めてキヴォトスを守る決意を固めながら、今はただこの日常を満喫しようと気を緩める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私……酒泉さんのこと、応援……してます、から……ぐすっ」

 

────えっと……

 

 

 

そして数分後、俺の目の前には涙を必死に拭いながら無理して笑みを浮かべている正実の生徒が居た

 

……そう、俺に告白してくれたあの子である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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出会ったのは本当に偶然だった、彼女はトリニティに来た俺を偶然発見するといつも通り笑顔で挨拶してきた

 

そんな彼女の視界に入ったのがベビーカーに乗っているカイナと俺の隣を歩く銀鏡さんだった

 

次の瞬間、彼女は何かを察したかの様に〝そうだったんですね〟と呟いた

 

 

 

「しゅ、酒泉さんが言ってた〝支えたい人〟ってイオリさん……ううん、奥さんのことだったんですね……」

 

「お、奥さん!?」

 

────いや、あの……

 

「ごめんなさい……そうとも知らずにフラれた後もアタックを続けちゃって……」

 

 

 

彼女の中ではすっかり俺と銀鏡さんの関係が固まってしまったのか、その誤解をしたまま話を進めようとしてくる

 

あと銀鏡さんも銀鏡さんで奥さんって言われた事に焦っている、自分で〝ママ〟って名乗るのは平気なのに……自分で名乗るか他人に言われるかの違いか?

 

 

 

「……本当は……何があっても諦めないつもりでした。風紀委員長が相手でも、ティーパーティーが相手でも……たとえ互いの学園の憎しみの歴史が邪魔してきても絶対に酒泉さんのことを諦めないと」

 

────……あ、あの……一旦話を……

 

「……そう誓った……はず、なのに……っ!」

 

────とりあえずどっか座ってじっくり話し合いませんか?

 

「…わ、私には……わたしにはできませんっ!奥さんとの仲を裂くなんて……おふたりの子どもの幸せを……うばうなんて……!」

 

────もしもーし?聞こえてますかー?

 

「だ、だから……わたし、これからは酒泉さんの前に姿を現さない様にしますね……だって、もしこうして直接会ってしまえば、きっと私は────また想いを告げてしまいますから」

 

────待ってお願い話を重くしないで周囲の目が痛いから

 

「こ、これが最後の会話になると思いますけど……もう会えなくても私は御二人の関係を応援してますから!………………でも、密かに想い続けるぐらいなら許してくれますよね?」

 

────いや、だから……!

 

「で、では……しつれい……します……ぐすん」

 

────おい待てェ、失礼すんじゃねぇ

 

 

 

 

周囲から〝浮気〟だの〝痴情のもつれ〟だの聞こえてくる、更に彼女が泣けば泣くほど周囲からの視線も冷たいものへと変わっていく

 

誤解を解く為に咄嗟に大声で訂正しようと大袈裟な素振りで手を振る

 

 

 

────これは違うんだって!ただ親戚の子を預かってるだけだから!

 

「……え?親戚の……子?」

 

────そうですよね!銀鏡さん!

 

「え?……あ、うん」

 

「ぱーぱ!まぁま!」

 

「で、でも……その子、御二人の事をパパとママだって……」

 

────俺と銀鏡さんの顔が偶然親戚の夫婦に似てただけですよ!てか風紀委員って立場的に俺が銀鏡さんに手を出すと思いますか!?そんなの絶対あり得ませんよ!

 

「むっ……」

 

 

 

親戚なんてこの世に1人も存在しないが適当にそれっぽい理由を作って誤魔化しておく

 

そもそも風紀を守る立場でありながら学生の内から……その……子供を仕込む様な真似をするなんてのはあり得ない

 

それに銀鏡さんだってお腹に赤子を抱えながら風紀委員として戦うなんて危険な行為をする筈がないし、その危険性を理解しておきながら俺が手を出す事だって────

 

 

 

 

────痛っ……

 

「しゅ、酒泉さん?どうかしました?」

 

────なんか背中がチクって刺された……ような……?

 

「……気のせいでしょ」

 

 

 

どこか素っ気なく呟く銀鏡さんに〝それもそうか〟と返す

 

最初は銀鏡さんに何かされたかと思ったがこの人はこんなタイミングで悪戯する様な性格ではないしな……気のせいか

 

 

 

 

────……まあ、とにかくそういう事なんで

 

「そ、そうだったんですね……私、てっきり酒泉さんが私のせいで言い出しづらくなってずっと黙っていたのかと……」

────おおう……やっと分かってくれましたか……

 

「……ということは……その……これからも……続けていいんですか……?」

 

────……何を?

 

「で、ですから!……酒泉さんへの……アタック、を……」

 

 

 

 

人目があるにも関わらず堂々と、でも恥じらいが無いわけではなくモジモジと

 

顔を赤らめながらそう宣言した彼女は下から俺の顔を覗き込んでくる

 

いつもは前髪の奥に隠されている赤い瞳に射抜かれ、己の身体の奥からドクドクと何かが高鳴る様な感覚を覚え────

 

 

 

 

「……酒泉!大変だ!そろそろ育児教室が始まる時間だぞ!」

 

────……え?いや、まだちょっと時間が……

 

「ほら!急ぐぞ!」

 

「だーう!」

 

────ま、待ってくださいよ!確かこの先に抹茶クリームパフェが置いてある店が……!

 

「いいから早く!」

 

────そんな……楽しみにしてたのにぃ!?

 

「い、育児教室……私も酒泉さんとの未来に備えて勉強しておかないと……!」

 

 

 

 

時間はまだ残っている筈なのだが銀鏡さんは慌てたように俺の腕を引っ張って足早に移動しようとする

 

ベビーカーに乗ってるカイナもすっかり乗り気なのか、その手を前に突き出して〝出発しろ〟と急かしている様だった

 

……あと最後の台詞に関しては俺が去ってから言ってほしかった、凄く顔が熱くなってきた

 

 

 

 

 

 

 

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「あらぁ!そうなの?ゲヘナの方からやってきたのねー?」

 

「は、はい……」

 

「最近の子は関係が進むのが早いのねぇ……でも、そういう青春も悪くないわね♪」

 

「うあー!だっ!」

 

「まあ!元気な子ねぇ!ほら、貴方も挨拶しなさい?」

 

「ぅうー?」

 

「あーだっ!」

 

「ふふっ……仲良くしてあげてね?カイナちゃん♪」

 

 

 

赤ちゃんが身体を痛めないようにふかふかのマットが敷かれた床、壁には色んな幼児向けアニメのキャラクターの絵

 

明らかに二十代三十代しかいない育児教室に足を踏み入れて気まずそうに待機していると、気を遣ってくれたのか同じく近くで待機していた奥さん方が声を掛けてきてくれた

 

周囲をよく見渡してみれば赤ちゃん同士で仲良く触れ合っている所もあり、既に何人かは旦那の愚痴にまで発展していた

 

……てか、人見知りのカイナも赤ちゃん同士だと普通に話せるのな

 

 

 

「そんなお若いのに子供を産む恐怖に耐えたなんて強い子なのねぇ」

 

「い、いや……この子は私が産んだ訳じゃ────」

 

「旦那さん?奥さんのことしっかり支えてあげないと駄目よ?ちゃんと家事育児手伝うのよ?」

 

「その年齢で母になると周りの人達は色々言ってくるかもしれないけど……でも、私達は応援してるからね!」

 

「頑張ってね!新婚さん!」

 

「うぅ……しゅ、酒泉……」

 

 

 

銀鏡さんが顔を真っ赤に染めながら助けを求めてくるが……せっかく奥様方が親切に接してくれてるのにその空気をぶった切るのもなぁ

 

そもそもこんな気まずい時間を過ごしたくなかったのならもうちょい時間が経ってから教室に入ればよかったんだ、つまり突然急ぎ足になった銀鏡さんの自己責任だ

 

 

 

────どうして名前で呼ぶんですか?家だと〝パパ〟とか〝あなた〟って呼んでるのに

 

「……は、はぁ!?」

 

「へぇー……?」

 

「アツアツなのねぇ……」

 

 

奥様方にニヤニヤと見つめられて銀鏡さんの顔の赤みが更に増すが俺は追撃の手を緩めない

 

 

 

 

────そうなんですよ、家にいる時は尻尾を俺の腕に絡ませてくるぐらいにはアツアツなんですよ

 

「て、適当なこと言うな!そんな事してないだろぉ!?」

 

────してますよ……ほら、カイナだって〝そうだ〟って言ってますよ

 

「だぅ?」

 

「どう見ても首を傾げてるだろ!?」

 

 

 

銀鏡さんは必死に否定しているが、一度固定された場の空気はそう簡単には変わらない

 

相変わらず周りの奥様方は微笑ましそうに眺めている

 

 

 

────ママの頑固な性格にも困ったもんだよなー、カイナ

 

「あぃ!」

 

「だ、誰が頑固だって!?」

 

「あらあら、人前だと恥ずかしがっちゃうタイプなのねー」

 

「確か〝ギャップ萌え〟って言うんだっけ?」

 

 

 

すっかり周りの空気に飲まれてしまったのか、銀鏡さんはあわあわと口を動かすだけで訂正の言葉すら出てこなくなった

 

因みに誤解されないように言っておくがこれは決してさっき急かされた仕返しをしている訳ではない、そのせいでスイーツを食べ損ねたからとかそんな恨みを晴らす為でもない、断じてない、絶対にない、怒ってなどいない

 

……相手が銀鏡さん以外の風紀委員の誰かだったら適当に話を流して終わりだったけど……何故か銀鏡さんが相手の時だけちょっとした悪戯心が湧いてくる

 

多分これは友愛とかの一種だろうしありがたく受け取ってもらいたい

 

 

 

「いつまでもそんな風にラブラブでいてほしいわねぇ」

 

「夫婦生活を続けるコツ、教えてあげよっか?」

 

「いい?旦那さんの人間関係はしっかり管理するのよ?」

 

「他の女の子に目を移されないように骨抜きにしちゃいなさいな!」

 

「しゅ、酒泉!助け────」

 

────見ろカイナ、カスタードパンマンのぬいぐるみが置いてあるぞ

 

「あーだっ!ぱんまん!ぱんまん!」

 

 

我関せずを貫き、カイナとひたすら戯れる

 

食べ物の恨みとは恐ろしいのだ……いや冗談だよ?何度も言うけど別に怒ってないからね?本当だよ?

 

でもほーんのちょっとでもいいから食べたかったな~って思ってたり思ってなかったり?

 

……まあ、そんなこんなで放置してたら十数分後に育児教室の先生がやって来た

 

結局、銀鏡さんはその時までずっとからかわれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁー……終わったー……」

 

 

 

可憐な翼、団子の様に纏められたピンク色の髪、土汚れの付着したジャージ

 

そんな姿で肩を落としながら歩いている少女の名は聖園ミカ、ある大事件を起こしてしまったせいでその立場を追われてしまった元パテル分派の長だ

 

彼女は己の犯した罪を償うべくトリニティから一定期間の奉仕活動を言い渡された、ジャージに付いている土汚れはその奉仕活動の1つの草むしりによるものだろう

 

 

 

「今日は〝絡まれなかった〟から仕事もスムーズに進んだけど……その代わり量が多かったなー」

 

 

 

奉仕活動中だろうと〝聖園ミカに恨みを持つ者〟が絡んできてそのせいで更に時間が掛かる事があるのだが、この日は運良くその様な人物は姿を現さなかった

 

その為、ミカは最近にしては珍しく時間を持て余していた

 

 

「ナギちゃんもセイアちゃんも仕事中だろうしなー……」

 

ミカは自分の起こした事件のせいで2人に自分の分の仕事まで回ってしまっているのを理解している、故に昔のように気軽に遊びに誘えなくなっていた

 

現状の立場的に勝手に手伝いに行く訳にもいかず、もしそんな事をすれば命令違反扱いですぐにでも罰せられてしまうだろう

 

 

「……んー……あっ、そうだ」

 

 

それでも差し入れをするぐらいなら許されるだろう

 

罪悪感混じりにそんな事を思い付いたミカは近くに以前寄ったことのあるスイーツ店の存在を思い出し、そこを目的地に歩き出した

 

 

「……汚れ……穢ら……」

「魔女……まだトリニティに……」

 

 

 

「…………」

 

 

 

その道中、周囲の生徒達から当然の様に視線を集めるが……ミカにとっては慣れたものである

 

とはいえ、彼女も何も感じないというわけではなく陰口を叩かれる度にしっかりと心の傷口を抉られている

 

それでも何も言い返さないのは自分が責められるのは当然だと理解しているから、何を言われても何をされても自業自得だと受け入れているからだろう

 

そんな彼女に普通に接してくれる者は今も昔もほんの一部だけだ

 

昔は〝ティーパーティー〟や〝パテル分派の長〟として、今は〝裏切り者〟や〝魔女〟として

 

都合の良い偶像、触れてはいけない腫れ物、すぐにでも切り捨てたい厄介者、ずっとそんな風に扱われていたら誰だって心の中にモヤモヤを抱えるはず

 

そんなミカの心が未だに折れていないのは自分が事件を起こした後でも見捨てずに手を差し伸べてくれた親友や先生がいるから、そして……立場を忘れて感情をぶつけ合える者がいるからだろう

 

 

「……そうだ、せっかくだしパシろっかな。身体の汚れとか落としてからナギちゃん達の所に行きたいしその間に買っておいてもらおっと」

 

 

良く言えば素の自分をさらけ出せる相手、悪く言えばただのストレスの捌け口

 

そんな相手のモモトークに〝どうせ暇でしょ?トリニティに来てよ〟と遠慮も気遣いも何も存在しない文を一方的に送りつける

 

相手が偶々スマホを見ていたとかでもない限りすぐに返信なんて来る筈がないのに、無意識にまだかまだかとソワソワしながらミカは歩き回る

 

 

「…………まあ、すぐに返事が来るわけないよね」

 

 

ふと我に返ったミカは突然テンションを落とす

 

〝別に浮かれてなんかいませんよ〟と自然体を装った姿に戻り、再びその足を進めようとして────

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

少し離れた先を通りすがった〝彼〟の顔を見た

 

 

 

「……いやいやいや」

 

 

 

何でもうトリニティにいるの?さすがに早すぎない?さっきモモトーク送ったばかりだよ?そんなに私に早く会いたかったの?

 

そんな言葉を思い浮かべながら困惑を隠せないミカだったが、それよりもすぐに会えた事への歓喜が勝った(本人は絶対に認めないだろうが)のか小走りで酒泉に近寄る

 

 

 

「酒泉くーん!モモトーク見てくれた────」

 

 

そうして近づいた事によってさっきまで舞い上がっていた(これも絶対に認めないだろうが)せいで視界に入らなかったものまで映り込んできた

 

そう────折川酒泉が押しているベビーカーと、そのベビーカーに乗っている赤子と、酒泉の隣を歩く銀鏡イオリの姿が

 

 

 

「────は?」

 

 

 

 

 

「だから悪かったって言ってるだろ?もう……」

 

────抹茶クリームパフェ食べたかったなー!あそこで銀鏡さんが俺を無理やり連れていかなければなー!売り切れる前に食べられたかもしれないのになー!

 

「ああもう!何度も謝ってるだろー!?」

 

────いやー糖分が欲しいなー……ん?

 

「だったら他の所で買えば……ん?」

 

 

 

 

2人の視線が唖然としているミカに向かうと、ミカはハッとした様に気を取り直す

 

それでも動揺は完全には静まらず、その指先はカイナの方へと向かう

 

 

 

 

────あれ?聖園さん?奇遇でs「どういうこと?」……はい?

 

「なんで……なんで酒泉君が結婚してるの!?」

 

────……は!?

 

 

 

突然出会って、突然叫ばれて、突然誤解をぶつけられる……しかも先程と違って自分の意思ではなく勝手に

 

たった一瞬で混乱を生み出された酒泉は短く一言漏らす事しかできず、逆にミカは息継ぎを忘れるほど一方的に叫び散らす

 

 

 

「結婚報告も何も貰ってないのにいつの間に結婚してたの!?どうしてそれを黙ってたの!?何か私には言いたくない理由でもあったの!?そ、そりゃあ私と酒泉君はいつも煽り合ってる仲だよ?でも、それってつまり互いに他の人よりも気軽に接することができる関係ってわけでもあって……だ、だから結婚する前に一言くらいくれてもいいじゃんね?そもそもなんでもう赤ちゃんが生まれてるの?それって結構前から既に〝そういう行為〟をしてたって事だよね?私の面会に来てくれた後も私と煽り合った後も私と模擬戦した後も私に水着をプレゼントしてくれた後も何事も無かったかの様にその子と身体を重ねてたって事だよね?……も、もしかして……私と会う前にも〝シテた〟の?だとしたら会いに来てくれたっていう私の歓喜も全部ぬか喜びだったんだ……べ、別に酒泉君が誰と結婚しようがどうでもいいけど一応聞いておくね?……なんで私じゃなかったの?暴力的だから?罪人だから?やっぱり……魔女だから?違うよね?酒泉君はそんな理由で私を見捨てるような人じゃないもんね?……私の方が会うのが遅かったからって答えるのはやめてね、そんなのどうしようもないじゃんね……わ、私だって本当はもっと早く会ってたら……そんな〝もしも〟の話をされたって困ると思うけど、私だって困ってるんだよ?だっていきなりこんな現実を突きつけられて……あっ!分かった!これは私の勘違いなんだ!冷静に考えたら酒泉君みたいな鈍感な人が誰かと付き合えるはずないもんね!?だって酒泉君と本心をぶつけ合える女の子なんて私くらいしかいないんだから!だからその子も本当は酒泉君の子じゃないんでしょ!?きっとベビーシッターのバイトとか親戚の子を預かってるとかなんでしょ!?」

 

────よく分かってるじゃないですか、そうですよ親戚の子です

 

「えっ」

 

 

 

恐らく言葉の大半を聞き流したであろう酒泉は最後の言葉にだけ答えを返す

 

ミカは半分……いや、9割くらい自棄気味に自分の考えを一方的に伝えるが、それを肯定されるとは思っていなかったのか返ってきた答えにピタリと身体が止まる

 

 

 

────途中幾つか失礼なことを言われた気がしますけど……聖園さんが最後に言った通りですよ、この子は俺達が親戚から預かってる子です

 

「……ほ、本当に?」

 

────いや、自分で当てたんでしょ……何を驚いてるんですか……

 

 

 

酒泉本人に否定された事で漸く落ち着いたのか、ミカは安心した様に大きく息を吐く

 

その表情はいつもの様にケラケラと酒泉を小馬鹿にする時の様なわざとらしく作られた笑みだった

 

 

 

「そうだよね!酒泉君がそう簡単にそこら辺の人とくっつくはずないもんね!」

「むっ……そこら辺の人ってどういう意味さ!私、酒泉と同じ風紀委員なんだけど!?」

「ああ、ごめんごめん……馬鹿にしたつもりは無かったんだけどね?」

 

 

 

両手を合わせながら謝罪の言葉を口にするミカだが、その表情は悪びれた様子を感じさせない

 

それどころかクスッと意地の悪さを感じさせる笑いを溢し、目を細目ながらイオリと視線を合わせる

 

 

「酒泉君ってばいっつも面倒事に巻き込まれてるイメージがあるから付き合うとしたらそういうのに一緒に巻き込まれても大丈夫そうな人を選ぶのかなって思ってね?……例えば貴女達の委員長さんとか」

 

「……わ、私だってよく酒泉と一緒に問題児の制圧に行ってるし!ちょっとした戦闘程度なら簡単に終わらせられるけど!?」

 

「ああいや、そういうちっちゃいのじゃなくてさ……例えば〝敵地に乗り込んでそこのボスを倒す〟とか、そういうおっきい問題の事ね?」

 

「……っ」

 

 

ミカが空崎ヒナを危険視しているのは〝折川酒泉の隣に居ても大丈夫な女〟だからだ

 

自ら争いに身を投じる酒泉の隣に立とうとするということは当然その者も争いに身を投じる事になる、特に調印式の時の様な状況やベアトリーチェクラスの敵との戦闘を想定すれば命の危機だって考えられる

 

だが、ヒナはそれらの状況に耐えられる強さを持っていた。調印式の件は巡航ミサイルによる攻撃という例外があるものの、それ以外ならヒナは自身の身どころか酒泉のことすら戦闘中にも関わらず護れるだろう

 

つまり修羅場を乗り越えられる強さを持っている=それだけ酒泉の隣に居られるし酒泉に頼ってもらえるという事に直結している……当然、関係はより密接になる

 

……だが、イオリにはそれらの物が備わっていない

ヒナやミカの様な強さは無いしサオリの様に戦場の知識に特別長けているわけでもない、そしてリオの様に他者を凌駕する技術力や情報量を持っているわけでもない

勿論イオリ自身の戦闘力はゲヘナでも上澄みの方だ、だが酒泉が首を突っ込む戦いは〝上澄み〟が1人居るだけでは安心できない

 

各学園最強クラスの生徒が居たとしても苦戦するようなそんな内容の戦いばかりだった、そしてそんな戦いに巻き込まれて尚酒泉がこの日まで生きてこられたのはそれらの生徒が酒泉に力を貸したからだ

 

だけどイオリにはそれができない、未だに落とし穴という単純な手口に引っ掛かったり敵に簡単に出し抜かれたりする自分ではヒナ委員長の様な強者にはなれないとイオリ自身が一番よく理解していた

 

「……そうだね、確かに実力を第一に考えるなら私が酒泉の隣に居るのはおかしいかもね。それでも────」

 

────はっ!?

 

「……は?」

 

 

 

イオリは酒泉の腕を引っ張り、見せつけるようにその身を寄せる

 

酒泉の肩に銀色の髪が掛かるほどくっつくと、ミカの顔を強く睨んで正面から堂々と宣言する

 

 

 

「────戦場で一番長く酒泉の隣に立っていたのは私だッ!!!」

 

 

 

実力がヒナやミカに及ばなくても、酒泉との差がどんどん開いていっても

 

それでも酒泉と共に戦場を駆けた時間は誰にも負けていない

 

空崎ヒナは風紀委員長、周りの者達が彼女の仕事を手伝ったとしてもその仕事量は膨大だ

 

そんな彼女に代わって部下達が現場仕事を行おうとすれば当然酒泉とヒナが共に過ごせる時間は減るだろう

 

それに加えて酒泉が風紀委員になってからは手に負えない問題児達が相手でもすぐにヒナに救援を要請することが少なくなった、それは原作でのヒナの思いを知っていた酒泉が〝これ以上1人で仕事をさせたくない〟と自分が無理をしてでも現場の人間達の力だけで敵を制圧しようとしていたからだ

 

そうなれば当然イオリと2人で事件現場を駆け回る時間が増え、その分だけ互いを知る機会も増える

 

ヒナの様な〝尊敬する上司〟ともサオリの様な〝かつての敵〟ともミカの様な〝喧嘩相手〟とも違う

 

イオリは〝戦場における折川酒泉のパートナー〟という独特な立場を有していた

 

 

「……ふーん……でもさ?長く一緒に居たとしても必ずしもその相手の事を深く理解できるわけじゃないよね?それ以上に仲の良い人が現れたら短期間でそっちの人と互いを深く知り尽くすことだってあるだろうしさ」

 

「そんな事ないぞ、私達は相性ピッタリだからな……なあ?〝パパ〟?」

 

────ま、まあ……俺もそう思ってますけど……どうしてこのタイミングでその呼び方を?

 

「何を驚いてるんだ?さっき酒泉だって言ってただろ?〝家だとパパとかあなたって呼ぶのに〟って……ほら、望み通り素直に呼んであげたぞ?」

 

「────は?待って?貴女達同棲してるの?」

 

「これからは2人で子育てしないといけないしその可能性もあるかもな……だよね?〝パパ〟?」

 

「……え?パパ?……酒泉君が?嘘だよね?」

 

「……なんでそう思うんだ?」

 

「だ、だって!さっき、親戚の子を預かってるだけだって……!」

 

 

 

声を震わせながら尋ねてくるミカに対してイオリはニヤリと無言の笑みで返す

 

その直後、イオリは自身の尻尾をしゅるりと酒泉の腕に絡ませてそのままキツく縛る

 

突然の行為に酒泉は驚愕するが、イオリはそれをジト目で睨む

 

 

 

────し、銀鏡さん?ちょっと急すぎやしませんか?

 

「何が?いつも酒泉の家でこうして尻尾を絡ませてるでしょ?」

 

────もしかしてさっき言った事まだ根に持ってます?

 

「別に?そもそも私と酒泉の距離感なんてこんなもんでしょ?」

 

 

 

〝それは流石におかしい〟

 

そう口にしようとしたミカだったが、直後にベビーカーの方から小さく唸り声が聞こえる

 

 

 

「うぅ~……」

 

「カイナ、どうした?いつもの人見知りか?」

 

────いや、そろそろミルクが欲しくなってきたんじゃないですか?

 

「そっか、それじゃあカイナにミルクをあげないとな……どこか〝落ち着ける所〟で」

 

 

 

意味ありげにミカに視線を送ってからベビーカーを押すイオリ、ミカはその背に向かって何か言葉を発しようとした

 

 

 

「ほら、早く行こうよ……〝パパ〟」

 

────あ、ああ……じゃあな、聖園さん

 

「……ねえ、カイナにミルク飲ませたら私達もどっかで食事にしない?」

 

────そうっすね……銀鏡さんは何かリクエストとかあります?

 

「ねえ、呼び方違うよね」

 

────はい?

 

「〝銀鏡さん〟じゃなくて〝ママ〟だよね?」

 

────……な、なんかいつも以上に乗り気っすね

 

「そう?別に普通でしょ?だって私はカイナの〝ママ〟で酒泉はカイナの〝パパ〟なんだから……なー?」

 

「ぱーぱ!まぁま!」

 

「お?今までで一番発音がハッキリしてたんじゃないか?」

 

 

だが、ミカは声を掛けることができなかった

 

それはこの状況を理解できなかったから……というよりも認めたくなかったからだ

 

折川酒泉が他の女と楽しそうに赤子をあやしている、当人達は幸せそうにしている悪夢の様な光景を

 

ミカは無力感と敗北感を背負いながら唖然と立ち尽くしていると、今朝友人からモモトークに送られてきたとあるメッセージを思い出す

 

 

 

〝ミカ、今日はボランティアが終わったら真っ直ぐ帰った方がいい。私の勘が〝とんでもない光景を目の当たりにする〟と告げているのだよ……当然、私も今日は余計なことはせずに1日を終えるつもりだ〟

 

 

 

 

草むしりを続けている内にすっかり忘れてしまったその忠告を再びモモトーク画面で確認した後、ミカはその友人へと繋がる通話ボタンを押す

 

数コール後、スマホの向こうから気だるそうな声が届いた

 

 

 

 

『はぁ……ミカ?私は用があるならモモトークに送ってくれと言ったはずだが?誰かさんが抜けた分の仕事もこなさないといけないのに、こうして通話している間にも仕事が溜まって────』

 

「知ってたの?」

 

『……?』

 

「セイアちゃんは知ってたの?」

 

『……ミカ、主語はしっかりしてくれ。君は何の事を言って────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒泉君が……子育てしてるってことを……!」

 

『………………は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「むぅ……どうするべきか……上に乗っているフルーツの種類はこっちのフルーツケーキの方が多いが……だが、総合的な量を考えるとこっちのシンプルなショートケーキの方が……」

 

「……ねえ、酒泉……あの人って……」

 

────あー……そっすね……

 

「皆はどれなら喜んでくれるだろうか……いや、ここはいっそ両方とも……」

 

「……店、変える?」

 

────別にもう敵対してる訳じゃないですし……

 

「でも、アイツは酒泉を……」

 

「くっ……!駄目だ……ここで無駄遣いをすればまたミサキに呆れられてしまう……!やはり私は無力なのか……!」

 

────……ちょっと声かけてきますね………………あのー

 

「ばにたすばにたーt……ん?お、お前は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒泉!酒泉じゃないか!どうしてこんな所に!?」

 

────錠前さんこそどうしてケーキ屋の前でシリアス顔してるんですか?店員さんビビってますよ?

 

 

 

 

 

 

 

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