〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

126 / 514
パパだった酒泉とママだったイオリ

 

 

 

空崎さんが休暇を与えてくれたお陰でこの日の学園生活は驚く程静かだった

 

勉強を終えて、放課後になり、銀鏡さんと待ち合わせして、いつもの様に問題児の相手をする事もなくそのまま目的の場所に向かった

 

 

「写真で見たボスの奥さんの顔には火傷の痕があっただろ?……あれはな、先代のボスに恨みを持つ人間の襲撃のせいで出来た傷なんだ」

 

 

カイナと出会った運命の場所、あの廃された工場で己の罪を告白する様に目の前の男は静かに語り始める

 

俺の目じゃないと気付けないほど一瞬だけ身体を小さく震わせた後、平静を装いながら俺の腕に抱かれているカイナを見つめる

 

 

 

「怖かったんだ、その時みたいにまたカイナを巻き込むのが……俺達が背負うべき負の歴史と罪の皺寄せがカイナの方に向かわないかって」

 

「……それも子育てに自信がなかった理由の1つなのか?」

 

「……ああ、そうだ」

 

 

 

銀鏡さんの問いに答えた男は〝逃げ、だな〟と呟いた

 

……だから当初は裏社会とは全く関係ない人達に育てさせて自分達と縁を切らせようとしていたのか、そうすればカイナが狙われるような事は無くなるから……

 

 

 

「……実はな、退廃地区の外で組の名前と従業員の名前を変えて建築会社を立ち上げることにしたんだ。〝表〟の会社とのパイプを繋げて少しでもカイナが表社会に馴染みやすいようにする為にな……データを偽装する為にまた〝裏〟の人間の力を借りることになるけど、汚い手を使うのはこれで最後だ」

 

────……そうか、それなら退廃地区で暮らしていた時よりかはカイナも危険から遠ざけられそうだな

 

「……お前達には感謝している、こんな情けない俺……達に代わってカイナを育ててくれて────」

 

────もうその演技もやめていいんじゃないか?アンタ、本当はボスの側近じゃなくてボス本人なんだろ?

 

「────やっぱバレてたか」

 

 

 

男は自らをボスと認めた後、たははとおどける様に笑っている……が、それが演技である事は直後に分かった

 

ボスはすぐに申し訳なさそうに目を伏せて頭を深々と下げたのだから

 

 

 

「カイナを預ける以上、俺も全てを打ち明けるつもりだったんだが……如何せん他の連中がな……」

 

────まあ、自分達の組織のトップが簡単にそこらの人間に正体を現そうとしてるってんならそりゃあなぁ……

 

「だったら最初から他の部下に────いや……ごめん、今のは忘れて」

 

「……ありがとな嬢ちゃん、察してくれて」

 

 

 

我が子を託せる人間を自らの目で見定めたかった、恐らくはそういう理由だろう

 

カイナを育てている内に親心が芽生えた俺達はそういった感情も理解できるようになった

 

 

 

「……もっと早くカイナを育てる決意を固めていたら……この薄汚れた手でも目一杯の愛情を注ぐ覚悟ができていたら、俺は……今頃カイナと笑い合えていたのだろうか」

 

────……多分、人見知り発揮して泣かれてたんじゃないですか?

 

「ぅや?」

 

「ははっ、そこはお世辞でも〝そうですね〟って答えてほしかったな」

 

 

 

他人を見つめるように視線を向けてくるカイナを見てどこか寂しそうに答えるも、ボスはすぐに顔を上げて己の両頬を叩いた

 

そして、何かを求めるように俺の顔を正面から睨む

 

 

 

「俺達盗銃組は退廃地区の外に拠点を移す、カイナを過去の遺恨に巻き込まない為にその拠点は組織の人間以外には誰にも話さないつもりだ……だから、会えなくなる前に約束を果たそうか」

 

────約束?……ああ、一発殴らせろってやつ?

 

「そうだ……カイナの件はこれで解決した、そしてお前の目の前にはカイナを捨てようとしたボス本人がいる……条件は満たされただろう?」

 

 

 

一歩ずつ近づいてその顔を差し出してくるボス、しかし俺は今更拳を振るおうという気にはなれなかった

 

そもそも最初から子供の目の前で親を殴るつもりなんてなかったし、カイナとの暮らしを経験した今では誰も見てない所でカイナの父親を傷つける事すらも嫌だった

 

だから────別の約束をしてもらおう

 

 

 

────もうそれは忘れていいんで……代わりに別の約束をしてください

 

「別の約束?……カイナを幸せにしろとかか?」

 

────それは当たり前のことなんですから約束するまでもないでしょう?

 

「まあ、な……」

 

 

 

俺が心配なのはボスにちゃんと子育ての知識があるのかどうかだ、本当の父親である彼が俺達以下の知識だと安心してカイナを帰せない

 

だから……カイナの為にも〝幾つか〟教えておこう

 

 

 

────まず……ミルクを飲ませすぎないでくださいね?

 

「……お、おう?」

 

────離乳食に関しても同じです、カイナは食いしん坊なのかすぐにお代わりを求めますけど……ちゃんと適量与えてください

 

「わ、分かった……ちょっとメモするから待って────」

 

────玩具とかは特撮系の物を用意してあげてください、それ等の管理も勝手に口に入れないようにカイナの手の届かない所に置いてください、ベビーカーで散歩する時は段差などしっかりと気をつけてください

 

「待て待て待て!早い!早いから!もう少しゆっくり喋ってくれ!」

 

 

 

他に何を伝えるべきか、散歩の時間とか睡眠時間とかか?

 

ぐずりだすタイミングとか、あと気に入ったオモチャは興奮のあまり乱暴に扱っちゃうところとか……あと、あと────

 

 

 

「酒泉、落ち着こっか」

 

「やっ!」

 

 

 

伝えるべき言葉が次々と頭に思い浮かび、それを必死に頭の中で整理していると突如両の頬に軽い痛みを感じる

 

右の頬を銀鏡さんに、左の頬はそれをなんとなく真似したであろうカイナによってつねられていた

 

 

 

「ほら……ゆっくり話そ?まだ時間はあるんだからさ」

 

────……っ、何を……

 

 

 

カイナを抱えている為に両腕が塞がっている俺の顔にハンカチを当ててくる銀鏡さん、突然の行動に驚く間も無くそのままゴシゴシと俺の顔を拭いてきた

 

制止の言葉を上手く喋ることもできず、ただ顔を逸らして抵抗する事しかできない

 

そのまま数秒経って漸く顔を拭くのを止めてくれたお陰で自由に喋れるようになり、解放された口で文句の言葉を吐き捨てる

 

 

「ほら、これでいいだろ」

 

────……何がですか?突然顔を拭かれたせいでヒリヒリするんですけど?

 

「だって、酒泉……泣いてたぞ」

 

「……う?」

 

 

 

泣いてた?俺が?そんな訳ないでしょう?

 

そう答える前にカイナが首を傾げながら俺の目の下に指を伸ばしてくる

 

そこに軽く触れた後、カイナは人差し指を出して俺に見せつけてきた……その人差し指は僅かにだが確かに濡れていた

 

 

 

「ぱぁぱ、ぴちょぴちょ?」

 

────っ、そうか……いつの間に……

 

「……気づいてなかったんだ」

 

 

 

自分は意外と涙脆いことを知りながらも、自覚してしまったせいで余計に涙溢れてきてしまった

 

押さえようにもカイナを抱えているから手は動かせないしどうしようかと思っていると……また銀鏡さんが拭いてくれた

 

その光景を見ていたボスは微笑ましそうに見守りながら口を開く

 

 

 

「〝ぱぁぱ〟……か、お前達はカイナのことを本当の両親のように愛してくれたんだな。今も涙を拭いてやってるその姿を見てると、まるで夫を支える妻みたいに見えてきたぜ」

 

「……私は当然の事をしたまでだから」

 

「お?すっかり夫婦気分だな?」

 

「そ、そっちじゃない!カイナを愛するって言ってたことの方!」

 

 

カラカラと笑いながら銀鏡さんをからかうが、その顔色はどこか暗さを帯びていた

 

何かを悔いている様な、重大な間違いを犯してしまった様な、そんな表情を……

 

 

 

「……悪かったな、俺の我儘に付き合わせたせいで2人に辛い思いをさせちまって」

 

────……辛い思い?

 

「お前らの顔を見れば分かる、その子との別れを惜しんでいる事ぐらいはな……元はと言えば俺がカイナを手放そうとしたのが原因だ、あんな事を思い付かなきゃお前達だって……」

 

「……それ、やめてよ」

 

「……ん?」

 

「勝手にカイナとの別れを辛い思い出になんかしないでよ。確かに寂しいのは事実だけど、それでも本当の親の元に帰れるのは喜ばしい事だとも思ってるんだからさ……それなのに、そんな風に謝られたら素直に送り出せなくなっちゃうでしょ」

 

「……すまん、気が利いてなかったな」

 

別れが辛いのは銀鏡さんも同じだというのに、彼女は自分が泣くのを我慢して俺の涙を拭いてくれていた

 

……〝まぁま〟がこんなに頑張って支えてくれているのに〝ぱぁぱ〟が情けない姿を晒し続けるわけにはいかないよな

 

 

 

────さっきの続き、言いますよ

 

「……ああ」

 

────カイナは特撮が大好きだから日曜朝はできればでいいので一緒に観てあげてください

 

「大丈夫だ、俺達の新しい仕事は土日休にする予定だからな」

 

────人見知りを改善したい時は大好きなオモチャで遊びながら他人と触れ合わせてください、そうすればカイナもあまり拒絶反応を見せませんので

 

「分かった、組織の皆と少しずつ慣らしていこう」

 

────一緒に寝る時はベッドインベッドを使ったり潰さないように気をつけてください、それと真夜中に突然お漏らしすることもあるのでオムツは近くに置いといてください

 

「心配するな、オムツ替えの勉強ならしておいたからな……実践はまだ行ってないが」

 

────……カイナは俺と銀鏡さんに懐いていたから、初めて顔を見た貴方達には驚くと思いますけど……どれほど拒絶されても諦めずに愛情を注ぎ続けてください

 

「……ああ、器から溢れる程の愛情を注ごう」

 

────……自分の過去を嫌っても、それに苛まれようと……もう二度とカイナを離さないと約束してください。貴方自身が自分の手を汚れていると思っていても、父親としての自信を持ってその手でカイナを抱きしめてあげてください

 

「……任せろ、もう二度と逃げたりはしないさ」

 

 

 

その力強く発せられた言葉に安心感を覚え、これならカイナを帰せるとほっと胸を撫で下ろす

 

それから銀鏡さんとも互いに顔を見合わせると、銀鏡さんはカイナを抱えている俺の手に自身の手を重ね合わせてゆっくりとカイナをボスに近づける

 

ボスは慎重な手振りで恐る恐るカイナを受け取り、そのまま優しく抱きしめる

 

 

「……カイナ、待たせてごめんな」

 

「……うやぁ?」

 

 

ボスの顔を見た途端にキョトンとするカイナ

 

いくら人見知りが多少改善されたとはいえ、他の人と関わってる時よりも大人しいのは血の繋がりを感じているからか、それともうっすらと父親の声だけ覚えているからなのか

 

 

「……だー!あうやー!」

 

俺達以外にいきなり抱っこされるのは流石に困惑したのか、ボーッと考え込む俺の顔に前にカイナが手を伸ばしていた

俺の反応が無いと分かった途端、カイナは今度は銀鏡さんに手を伸ばした……が、銀鏡さんはその手を優しく握ってから困ったような表情で語りかける

 

 

 

「カイナ、ごめんな……もう私達はカイナのことを抱きしめてあげられないんだ」

 

「……う?」

 

「それはもう、その人の……本当のお父さんの役目なんだ」

 

「うぅ~……やぁや!やあ!」

 

 

 

当然言葉の意味を理解できるはずもなく、カイナは俺達に抱っこを求め続ける

 

そんなカイナを抱きしめてあげる……代わりにポケットからある物を取り出してそれをカイナの空いている方の手に握らせる

 

それはカイナと遊ぶ際に何度もお世話になったデンシャオーのソフビ、あのヒーローショーで貰ったカイナの宝物だ

 

 

 

「でんしゃおー!」

 

────そうだ、デンシャオーだ……カイナは本当にヒーローが大好きだなぁ

 

「しゃおー!」

 

────……これからはこのヒーローが俺の代わりにカイナの成長を見守っていくから大切に扱うんだぞ?

 

「……だぶ?」

 

 

カイナの頭を優しく撫でてから一歩後ろに下がり、それと同時に銀鏡さんもカイナの手を離す

 

 

「……もういいのか?」

 

────はい、これ以上ここに残っていると決心が鈍りそうなんで

 

「……それに、もう十分触れ合ってきたからな」

「そうか……ならば最後に改めて礼を言わせてくれ、カイナを愛してくれて……本当にありがとう」

 

 

再び深々と頭を下げるボスに此方も頭を下げ、それを十数秒間続ける

 

俺達を信じてくれたことへの礼、カイナと巡り合わせてくれたことへの礼、そして……あと2日だけカイナと共に暮らしたいという我儘を聞いてくれた礼

 

それらを込めて〝ありがとうございました〟と言い残し、頭を上げてからその場を去ろうと────

 

 

「うあっ!やあ!ぱぁぱ!まぁま!」

 

直後、背後からカイナの呼び声が聞こえてきた

 

必死に何かを訴えるような、そんな泣き叫ぶ声が

 

 

 

「やぁ!やぁや!うだあ!」

 

「カイナ……あの人達とはここでお別れなんだ、だから……」

 

「だぁぶ!やぁ!ぱぁぱ!」

 

 

大好きなヒーローのソフビを気にも留めずカイナは叫び続ける、その声に振り向いてあげたいが────ここで振り向くわけにはいかない、そんなことしたら俺は二度とカイナを離せなくなってしまう

 

銀鏡さんもその身体を小刻みに震わせ、カイナの元に駆けつけたい思いを必死に抑え込んでいる

 

 

「やっ!うあー!やぁっ!」

 

「……大好きな人達と別れさせてごめんな」

 

「うぅー……うぅぅ……!」

 

 

そうだ、これでいいんだ

 

カイナが2本の足で立つところをこの目で見ることはできないけど、カイナがハッキリと喋る言葉をこの耳で聞き届けることはできないけど

 

 

「ぱぁぱ!まぁま!みぅく!みうくぅー……!」

 

 

ミルクを飲ませてあげることもオムツを替えてあげることももうできないけど

 

でも、この別れはきっとカイナの為になるはず……だから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぱぱっ!ままっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対に振り向いちゃ駄目だ

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カイナ、泣いてたな」

 

────泣いてましたね

 

「……あれで良かったんだよな」

 

────……ずっと俺達が育てる訳にもいかないでしょう

 

 

 

すっかり軽くなってしまった両手をぶらぶらと振りながら帰路を歩く

 

ベビーキャリアはカイナと共にボスに渡した、ベビーカーはそもそも持ってきていない、すっかり荷物が軽くなってしまった

 

 

 

「……こうして2人で歩いているのにカイナの声が聞こえないなんて……不思議な気分だな」

 

────……いえ、元々それが普通だったんですよ

 

「……そうだった」

 

 

 

心の真ん中にぽっかりと穴が空いてしまったような虚しさを感じながらも〝これで良かった〟と自分に必死に言い聞かせる

 

けど、まあ……寂しいもんは寂しいもんで、この後誰も居なくなった自宅に戻らなければならないことを考えると億劫な気持ちになってしまう

 

 

 

────……また1人、か

 

「……やっぱり寂しいよね」

 

────……情が湧きすぎて本当の家族だと思って接してましたからね

 

 

 

何となく呟いた一言を拾うと銀鏡さんも俺の言葉に頷いてくれた……ああ、本当に楽しかったなぁ

 

 

 

「……家族ならまだここに居るでしょ」

 

 

 

肩を落として項垂れている俺の左手にギュッと暖かな感覚が訪れる

 

自らの左手を目視してみれば、そこには銀鏡さんの右手が伸ばされていた

 

 

 

「その、ほら……私と酒泉は……パパとママなんだから……」

 

────……その関係はもう終わったのでは?

「……あっ、それは……まあ…………だ、だとしても!風紀委員会でも一緒に仕事して一緒に戦って一緒にご飯食べる時だってあるんだから!実質家族みたいなものでしょ!」

 

────その理論で行くと空崎さんも天雨さんも火宮さんも……てか風紀委員全員家族では?

 

「……う、うるさい!もうっ、寂しさを紛らわせてあげようと人が折角善意で手を繋いであげたのに……!」

 

 

 

ぷんすか怒っている銀鏡さんに軽く謝罪を入れるが、銀鏡さんはふいっと顔を逸らしてしまった

 

……のだが、手は離さなかった

 

 

 

────……銀鏡さん

 

「……なに?クソボケ酒泉」

 

────色々と言いたい事がたった今出来ましたけど、とりあえず…………家に着くまで銀鏡さんの善意に甘えてもいいですか?

 

「……いいよ、自分から繋いだんだし」

 

 

 

折角の心遣いを無駄にはしまいと罵られながら銀鏡さんにそうお願いすると、銀鏡さんの右手に力が入った……気がした

 

それよりも尻尾が俺の左足に巻き付いてるのが気になるけど……本人は何も言ってないし無意識なのだろうか

 

まあ、余計な事を言ってまた怒らせるのも嫌だしこのまま黙っておこう

 

 

 

「……ねえ、酒泉」

 

────なんすか?

 

「もし、もしもだよ?もし酒泉が家族が欲しくなったらさ、その時は…………」

 

────……その時は?

 

「………ごめん、やっぱ何でもない」

 

────ええ……途中で止められると余計に気になってくるんですけど……

 

「いいから!ほら、さっさと帰るぞ!明日からは普通に仕事があるんだからな!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、カイナは無事に父親の元に帰せたのね」

 

 

仕事面でお世話に風紀委員の皆にも事情を説明すると、寂しそうな顔をしつつも全員が納得した様に頷いた

 

随分あっさり受け入れた様に感じるが、その場の誰もがいずれ別れが訪れる事を理解していた。その中でも俺と銀鏡さんは深くカイナと関わっていた為に人一倍ショックも大きかったのだろう

 

 

「カイナちゃんの声が聞こえないだけでこんなに静かになっちゃうんですね……」

 

「チナツ、冷静に考えなさい。むしろその状態こそが風紀委員会の平時なのです」

 

「……アコちゃんそれ本当?静かな状態こそが平時って本気で言ってる?どうせすぐ美食研やら温泉開発部が暴れ出すのに?」

 

「……一部の特殊な状況を除いてです」

 

「だとしたら特殊な状況の方が多いっておかしくない?」

 

 

ゲヘナに静寂が訪れることなどないと自分でも分かっているのか天雨さんは言葉を詰まらせて考え込む、悲しい事にゲヘナでは必ず誰かが問題を起こすのが日常なのだ

 

一日一悪どころの騒ぎではない、お陰で俺達の仕事は増える一方だ

 

 

「だったらそんな状況にならないように働くのが私達の仕事でしょう!ほら!イオリはさっさとパトロールに向かいなさい!」

 

「はーい」

 

ぱんぱんと両手を叩いて急かす天雨さんに対して銀鏡さんは気の抜けた返事をし、軽く俺に視線を向けてから指でちょいちょいと近づくようにメッセージを送ってくる

 

俺も銃を持って銀鏡さんの隣に立ち、そのまま執務室を出ようとする

 

 

 

「今日の仕事が終わったらどうする?」

 

────卵と醤油が無くなりそうなんでスーパーに寄る予定ですね

 

「そっか、じゃあ一緒に行こっか」

 

────はい……あ、今日の夕飯は卵焼きですけど甘いのとしょっぱいのどっちがいいですか?

 

「んー……じゃあ甘いので」

 

────りょうかーい

 

「酒泉が料理してる間洗濯は私がやっておくね」

 

────ありがとうございます……あ、今日も先風呂いいですよ

 

「おー、ありがとなー」

 

 

 

 

 

「……ねえ、イオリ」

 

「ん?どうしたの委員長?……私、これからパトロールに行くんだけど」

 

「今日のパトロールの担当はイオリだけなのにどうして酒泉も連れていこうとしてるの?あと、どうして一緒に暮らしている感じの会話をしているの?酒泉もどうしてそれを疑問に思わないの?」

 

 

 

……?空崎さんは何を言ってるんだ?俺と銀鏡さんが一緒に生活してるなんて当たり前の事だろ?

 

銀鏡さんも空崎さんの言葉の意味が理解できないのか首を傾げている、そして2人で顔を見合わせ────同時に赤面した

 

 

 

「うああああっ!?ち、違うんだ委員長!!こ、これは……その……最近は一緒に過ごすのが当たり前すぎて……つい……!」

 

「……当たり前?」

 

────お、俺も……特に何も疑わず受け入れてました……

 

「……受け入れた?」

 

 

 

俺達の言い訳を気にも留めず空崎さんはぶつぶつと呟き始める

 

 

 

「なに、それ……もう一緒に居ることが当たり前になってるなんて……酒泉と子育てなんて私でもしたことがないのに……」

 

「い、委員長……?」

 

「他校以外にも敵がいるのは知ってたけど、まさかこんな一瞬で部下に私のポジションを奪われるなんて……」

 

「委員長!?お気を確かに!?」

 

「イオリは妻みたいに振る舞うしチナツは然り気無く卑しいしアコは服が変だし……」

 

「わ、私もですか!?」

 

「委員長!違うんです!この服は通気性を考えた結果であって……!」

 

「つ、妻みたいってそんな……ま、まあ……確かに〝まぁま〟って呼ばれてたけどさ?」

 

「満更でもなさそうにしてる……もうやだぁ……」

 

「うああああっ!?委員長がシナっとしたぁ!?」

 

 

水分でも抜け落ちたかのように空崎さんの身体がしなしなになり、それを止めようと天雨さんが全力でペットボトルのお茶を飲ませようとしている……何故か口移しで

 

当然それを強めの言葉で拒否られ、そこから更に天雨さんまで落ち込み、そんな2人を何とかしようと火宮さんが銀鏡さんに助けを求める……が、銀鏡さんは銀鏡さんで顔を赤らめながら何かぶつぶつと呟いている

 

……やっぱりカイナが居なくてもこの騒がしさは変わらないのかもしれない、これなら少しは寂しさも紛れるだろう

 

 

 

「わたしだってがんばった……ほめられたかった……でもわたしはイオリみたいにはなれない……」

 

 

 

やっべ!?そんな事より空崎さん何とかしねぇと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒泉、酒泉」

 

「ん?どうした?シロコさん」

 

「押し入れの整理してたらこんな物が見つかった」

 

「おお、そのベビーカー懐かしいな……いや、懐かしいと言ってもまだ1年も経ってないか」

 

「他にも哺乳瓶とかガラガラも置いてあったけど……どうして?」

 

《理解不能、あれらは全て赤子をあやす為の道具の筈です。それを何故酒泉さんが?》

 

「ああ、それはな……俺と銀鏡さんが赤ちゃんを育てる為に使ってたんだよ」

 

《…………?》

 

「……えっ?」

 

「カイナ……元気にしてるかなぁ……」

 

「……ま、待って……それじゃあどうして銀鏡イオリはこの家にいないの?」

 

「……カイナを育てるのはもう俺の役目じゃないからな」

 

「……っ」

 

《……理解、不能》

 

「ん?」

 

《理解不能理解不能理解不能理解不能》

 

「プラナ!?ど、どうした!?バグったか!?」

 

《あり得ません、酒泉さんの年齢でほぼ同年代の子を孕ませたとなると遅くても今より1年程前には既に銀鏡イオリと身体を重ねていたことになります。ですが、彼女が酒泉さんとお付き合いをしているという話は聞いた事がありませんしそのような様子も確認できていません》

 

「ああ、それにはちょっとした事情が────」

 

「……私、の……せい……?」

「────ん?」

 

「私を預かる為に……酒泉は恋人と別れたの……?」

 

「いや待って、なんでそんな話に……」

 

「だって……既に付き合ってる人がいて、子供もいるのに…………他の女性を預かるなんて……」

 

「違う!違うから!そもそも付き合ってもいないから!」

 

「ご、ごめん……なさい……私のせいで……酒泉の幸せを……こわして、しまって……!」

 

「泣かないで!?お願いだから俺の話を聞いて!?」

 

「い……いっしょに居てくれるって言うから……それが嬉しくて……しゅせんに……甘え、ちゃって……っ!」

 

「頼むからマジで泣き止んで!?俺の心が死んじゃうから!」

 

《……私も……邪魔、ですか?》

 

「はい!?」

 

《私も………………いらない子、ですか?》

 

「んなわけないだろ!?そもそも俺は……っ!だああああもう!とりあえず何があったのか事情を説明するから!一旦涙拭けって!あと鼻かんで!」

 

「ずびー……」

 

《ずびー……》

 

「はぁー……全く……」

 

 

 

 

 

(……ん?待てよ?この調子だともしも俺に本当に家族が出来たらこの人達もっと取り乱すのでは?)

 

 

 

 

 

 

「……なあ、もしだぞ?もしも俺に結婚相手が見つかったら……どう思う?」

 

「……や、やっぱり……わたし、じゃま……?」

 

《…………もう私のサポートは……必要ないのですか……?》

 

「違う違う違う!もしもの話だから!パラレルワールドだからぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

~以下オマケ~

 

 

 

 

××年○月△日

 

 

 

「ま、待て……はぁ…はぁ……カイナ……!」

 

「やだ!待たない!」

 

 

 

 

 

 

 

「ボスとお嬢様、またやってるよ……」

 

「これで何回目だ……?」

 

 

 

とある和風のお屋敷、数十人程度が住めそうな大きさの家で追いかけっこが行われていた

 

逃げているのは銀髪を腰まで伸ばした真っ白な肌の少女、キリッとした目元を閉じて満面の笑みで逃走を続けている

 

追いかけているのは獣人の男、活発に動き回っている少女と違って既に息切れを起こしている

 

 

 

「お父様が私のお願いを聞いてくれるまで言うこと聞かないもん!」

 

「そ、それだ!そのお願いが問題なんだ!どうして突然〝ゲヘナ学園に通いたい〟だなんて……!」

 

「神様からお告げがあったの!〝ゲヘナ学園に通えば運命の人に巡り会える〟ってお告げが!」

 

 

 

それはキヴォトスで暮らす一部の生徒達が持つ力と同じ様な〝極限まで研ぎ澄まされた勘〟なのか……それとも単に少女が登録しているネット占いサイトからのお告げだというだけなのか

 

その答えは少女自身にしか分からない

 

 

 

「が、学校ならここからだと百鬼夜行の方が近いだろう!?わざわざ遠くにまで行かなくても……!」

 

「だったらゲヘナ学園近くの寮を借りるわ!」

 

「それが嫌なんだよおおおおお!!!お父様を1人にしないでくれよおおおおお!!!」

 

 

 

厳つい面からは想像できない様な情けない言葉を口走る獣人、そんな彼は不貞腐れたような表情で悔しそうに呟いた

 

 

 

「くそぅ……そんなに運命の人が大事なのか……!お父様のことはどうでもいいのか……!?」

 

「そんなことないもん!お父様の事はとても頼りになってカッコイイお父様だと思ってるし、お母様の事だって殆ど記憶はないけど皆から聞いた話からとても優しいお母様だったって想像できるわ!だから、誰が何て言おうと尊敬できる両親だって堂々と答えられるわ!それぐらい大好きだもん!」

 

「カ、カイナ……!」

 

「でも!それとこれとは話が別よ!お父様はお父様でお母様はお母様!私が会おうとしている〝運命の人〟とは違うわ!」

 

「かいなぁ……」

 

「さあ!待っててね!私の運命の人────私の〝ぱぁぱ〟と〝まぁま〟!」

 

 

 

項垂れる父親を置いてスキップで廊下を歩く少女、その顔は希望に満ちている未来を見ているようだった

 

……因みにだが、少女は嘗て自分が〝ぱぁぱ〟〝まぁま〟と呼んでいた男女の顔を覚えていない

 

微かに記憶に残っているのは2つに別れた銀髪の女性と優しそうな男性の微笑みくらいだし、その記憶だってモザイクが掛かっているかのように朧気な光景だ

 

では、少女はそんな2人に会って何をしようとしているのかと言うと────

 

 

 

 

 

 

「私、絶対にぱぁぱと結婚するからね!その為にまぁまより素敵な女性になって会いに行くから!」

 

 

 

 

 

 

……まあ、要するに〝運命の人(一目惚れ)〟と〝運命の人(恋のライバル)〟である

 

あまりにも滅茶苦茶すぎる行動原理だが、しかしこの少女の破天荒さはこれだけには留まらない

 

この少女がその代のティーパーティー3人の目の前でトリニティの校章が刻まれた旗を燃やして喧嘩を売ったり、その代の万魔殿の議長の顔をぶん殴って自身の通うゲヘナそのものに喧嘩を売ったり、偶然鉢合わせた態度の悪いアリウス生と殴り合った結果トリニティの武器庫を爆発させたり、ミレニアムのオーパーツ管理設備を勝手に適当に操作してとんでもない事件を起こしたりするのは……もう少し先の話である

 

そうして色んな学園の生徒達と関わっている内にその生徒達に湿度を向けられるようになるのも、そんな彼女達を無視して一直線に運命の人を求め続けるせいで〝ぱぁぱ〟なる謎の人物がカイナLOVE勢に殺意を抱かれるのも……やっぱりもう少し先の話である

 

 

「うふふ……うふふふふっ!」

 

 

 

自身の胸ポケットからとあるヒーローのソフビを取り出してそれにキスする少女、そのソフビは十数年前に作られた物であるにも関わらずそれを感じさせないほど綺麗に手入れされていた

 

 

 

「ぱぁぱ!私よー!結婚してー!」

 

 

 

もしこの少女が〝他校の生徒すら誑かすクソボケ属性〟をぱぁぱから受け継いでいると知れば、その時は自らとぱぁぱの繋がりを感じ取って大はしゃぎして喜ぶだろう

 

そんな少女を見てぱぁぱへの恨みを持つ者達は更に殺意を高めるだろうが……まあ、それは関係ない話である

 

 




ヒナちゃや横乳がメインの番外編はあるのにイオリやチナツがメインの番外編ってなくね?と思って書いたのが当作です

いずれチナツメインの話も書きたいです、まる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。