『大丈夫だよ火宮さん……この程度の怪我、空崎さんなら何事も無かったかの様に仕事を続けるんだから』
〝だから俺も〟
そう言って酒泉君は手当てを拒んで次の戦場に走り去ってしまった
彼が手当てを受けるのは決まって全ての事件を解決した後だった……それだけゲヘナでは頻繁に事件が発生していた
委員長の抜けた穴を埋める為に戦う度にその身を酷使して、でも酒泉君は委員長みたいに絶対的な強さを持っている訳ではない
身体には傷と疲労が溜まり続ける、他の風紀委員達もより激しい仕事に追われ、無駄に実力だけはあるゲヘナの問題児達を取り逃がすことも増えてきた
そして、その度に酒泉君が出動してまた傷と疲労が溜まる
……悔しかった、大して戦力にもなれず、見ている事しかできない私の弱さが
ボロボロになっていくその身体を癒してあげる事ができない私の弱さが、貴方や委員長が居ないと何もできない私の弱さが
そんな思いを噛み締めながらボロボロな酒泉君の背中を手当てしていた時の事
『ありがとな、火宮さん……火宮さんが居なかったら俺は今頃くたばっていただろうよ』
私に対して酒泉君は感謝の言葉を口にしてくれた
いつも護ってくれてありがとうと、いつも支えてくれてありがとうと……笑顔でそう言ってくれた
それに対して〝私は何も出来ていない〟と答える
『そんなことないぜ?火宮さんが俺の手当てをしてくれてるお陰で今日まで戦えてこられたんだし、それが結果的に俺自身の身を護る事にも繋がってんだよ。怪我を放置したまま戦ったらうっかり流れ弾に直撃ってこともあり得るからな』
それでも貴方は私のお陰だと言ってくれた
私自身が感じている力不足を否定して、私の代わりに私のことを認めてくれた
……貴方はどこまで優しいの?一番辛いのは貴方の筈なのに、心身共に限界が来ている筈なのに
そんな状態でも他者を思い遣る気持ちを忘れない────だからこそ、暴徒達のせいで荒れ果てたこのゲヘナで普通の生徒が普通に過ごせるように戦い続けてしまう
……ならば、私はそんな貴方の傷を何時如何なる時でも癒せる様に今持っている技術を高めよう
私の実力では貴方を護れない、それならせめて貴方を治せるように
『ははっ……悪い、身体吹き飛んじまった』
そう言って酒泉君は悲しそうに笑った
私の決意は無意味だった、酒泉君の怪我は私ではどうしようもないものだった
腕も足も治せず、心の傷を癒すこともできない
結局昔と何も変わらず、自分の力不足を嘆くことしかできなかった
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「……もう、こんな時に誰ですか?」
アリウス自治区突入前、アリウス生の目撃情報があったというカタコンベ付近で待機しているアコの元に一本の電話が掛かってきた
もうすぐ悲願を達成出来るというこの状況に水を刺された事で僅かに眉間に皺が寄るが、スマホの画面に表示された名前を見た途端に表情が柔らかくなる
「……酒泉?」
アコはその呟きと同時に通話ボタンを押してしまっていた
それは無意識の内に少年の声を欲していたが故の行動なのかは分からないが、アコはそれを考える前に直ぐ様他の風紀委員達に声を聞かれない距離まで移動してスマホに耳を当てる
『あ、お疲れ様です……天雨さん』
聞こえてきたのは少し前にアコが告白したばかりの少年の声、その時の光景を思い起こしてかアコは少々気恥ずかしくなる
それでも平静を装って〝要件は?〟と伝える
『えっと……その……さ、さっきの事なんですけど……天雨さん、俺に想いを伝えてくれたじゃないですか』
「……え、ええ……そうですね」
なんて無粋な、改めて聞かないでくれと思いながらもアコは答える
すると酒泉は〝じゃあ〟〝その〟と言葉を発するのを躊躇う様にゴニョゴニョと呟き続ける
『お、俺達……こ、恋人になったって事で……いいん……です、よね……?』
「……はい、それが?」
どうかしましたか?と平然と答えるものの、電話越しの酒泉には伝わらないがアコの顔は真っ赤に染まっていた
改めて恋人になったことを自覚したアコは己の中の胸の高鳴りを抑えながら拳をキュッと閉じる
『い、いや……そう考えると恋人なのに俺だけ何も言わないのもなーって……ほら、天雨さんは勇気出して言ってくれたっていうのに』
「……言う?何を────」
『天雨さん、いえ…………アコさん、好きです』
「────っ」
それは突然の告白、想定外の奇襲
一方的に告白を受けた酒泉は自分だけアコに対して想いを伝えていなかった事を気にして態々律儀に伝えたのだった
『ほ、ほら!天雨さん……アコさんが想いをぶつけてくれたのなら俺もぶつけ返さないと失礼でしょう!?ま、まあ、だから……』
「…………」
『……そ、その……こんな身体ですけど、頑張ってアコさんを幸せにしますので!デ、デートコース考えたり、この身体でもアコさんの好きな料理ができるように練習したり……で、ですから!えっと……す、末永く……よろしく、お願いします……』
電話越しからでも伝わる、真っ赤に染まっているであろう酒泉の顔
それを想起しながらもアコはゆっくりと口を開いた
「…………酒泉」
『ま、まあ!こんな身体で何言ってんだって感じですけどね!?俺に出来ることはアコさんにもできるでしょうしね!?』
「……酒泉」
『だ、だから色々と頼りなく感じる事もあるかもしれませんけど、でも必ずアコさんに相応しい男に────』
「酒泉」
『────は、はい!?』
照れ隠しのように次々と言葉を発する酒泉、アコはそんな彼の名前を強めに呼んで一旦言葉を止めさせる
そして一言
「好きです」
『…………うぇ?』
「好きです、大好きです」
『そ、それはさっきの告白の時に聞きましたよ……?』
「愛しています、ずっと貴方を愛します、貴方だけを愛します」
『わ、わかりましたから!?もう十二分に伝わりましたから!?』
「……酒泉」
『うぅ……ま、まだ何か……?』
「私、頑張りますね」
『が、頑張る?何を────』
アコが通話を切ると、ツーツーという音が流れる
そしてモモトークを開いて酒泉とのトークルームに移動し、〝愛しています〟と最後の追撃を加える
そうしてスマホを閉じると、これからの戦いに備えてスマホの電源を切ってからアコは俯いたまま笑い始める
「……ふ、ふふっ……〝アコさん〟〝好きです〟……ですか」
酒泉の言葉を噛み締めるように呟くアコ、その表情は先程までの復讐に染まったものではなく年頃の女の子と同じ表情だった
「ええ……私も大好きですよ、酒泉。貴方の為ならばどんな事でも成し遂げる覚悟があるくらいに……」
しかしそれも一瞬、直ぐ様無機質な表情に変わる
彼女がアリウスへの復讐から気を逸らすのは酒泉絡みで何か起きた時のみ……そして、復讐〝に〟気を逸らすのも同じく酒泉絡みの話の時だけだ
「待っていてくださいね、酒泉。アリウスへの復讐を終えたら今度は……ゲヘナの治安を〝改善〟してみせますからね」
全ては彼を護る為に、彼に害を加えようとする者を排除する為に
愛する者の為ならば彼女はどこまでも堕ちる覚悟がある
……例え、それを愛する者自身が望んでいなかったとしても
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天雨さんとの通話が切れた
最後に言ってた〝頑張る〟が何の事だか気になるけど……多分、風紀委員長としての仕事のかな?
風紀委員会の皆には迷惑を掛けてしまった、俺がこんな身体になってしまったばかりに……
しかしいつまでも後ろばかり向いてる訳にはいかない、少しでも早くリハビリを終えて今の自分なりに出来る事をやらないと
……身体の一部を失ったショックはまだあるけど、それでも少しだけ前向きになれたのはきっと天雨さん……じゃなくて、アコさんのお陰だろうな
〝ただ貴方のことが好きで好きでしょうがないだけですよ!〟
────……ふへ
告白された時の言葉を思い出す、それだけでにやけてしまう
────いいのかなぁ……俺、こんな幸せになっちゃって……ふへへ
そんなことを呟きつつも全くニヤケが止まらない
風紀委員長としての責務も果たせず皆に迷惑を掛けてしまった役立たずの俺がこんなにも幸せな人生を歩んでしまってもいいのだろうか
自責の念と嬉しさで思考がごっちゃになってしまうが、未だに笑い続けていることを考えると俺も満更でもない……ってよりめちゃくちゃ嬉しいのだろう
ちょっぴり自分の未来が明るくなったみたいな気がして胸が温かくなる
「こそこそ……こそこそ……」
……さて、これからはリハビリに励む日々になるだろう
先生の言ってた義手義足がどんな物かは知らないけど、とりあえずそれに慣れるところから始めよう
そうして動くのに慣れた後は天雨さん……じゃなくてアコさんと色んな所でデートなんか……しちゃったり?
「こそこそ……こそこそ……」
いやぁ……まさかアコさんとこんな関係になるとは思いもしなかったなぁ、あの人は空崎さん一筋だと思ってたし
それにしても恋愛感情の矢印が俺に向けられていたとは……空崎さんが居た頃は互いに噛み付き合ってたから気づきもしなかったな
と言っても、別にガチ喧嘩していた訳ではないけど────
「こそこそ……こそこそ……」
……てか、扉前からなんか聞こえね?
さっきからずっと女の子の声が聞こえてくるんだけど、あとこそこそと声に出してると隠れてる意味がないぞ
一体誰が来たんだ?面会時間はとっくに過ぎてるし正しい方法で病院に入ってきたとは思えないが……もしや不審者だろうか
ただの不審者なら別にいいが、これが俺に恨みを持つ者とかだと面倒な事に────
「イブキ、侵入成功!」
向こうから正体を明かしてくれた、どうやら不審者じゃなくてちっちゃなお客さんだったようだ
しかし何故この時間帯、夜中の7時に?面会なら昼から来ればいいものを……そんな事を考えているとコンコンと扉を優しく叩く音が聞こえてきたから反射的に〝どうぞ〟と返す
すると音を立てないように微かに扉が開き、そこから幼い少女がヒョコッと顔だけを恐る恐る覗かせてきた
────こんばんは、イブキさん
「……」
────……?どうした?入らないのか?
「あ……は、入る……」
静かに病室に足を踏み入れてゆっくりと扉を閉めるイブキさん、さっきから誰にもバレないように行動しようとしてるしやっぱりこっそり病院に入ってきたとかそんな感じだろうな
しかし、どうしてそんな方法を?面会するにしても別に日を改めればいいだけなのに
「えっと……こ、こんばんは……」
────おう……それで?どうしてこんな時間に?
「そ、その……〝風紀委員以外の面会はお断りするように言われてる〟って病院の人達が言ってて……」
……面会禁止?何でだ?誰がそんな事を……今の委員長はアコさんだし、やっぱアコさんが言ったのか?
「でも、イブキね?酒泉が大怪我しちゃったって聞いてどうしてもお見舞いに行きたくてね?それで……悪い子になっちゃったんだ」
────そうだなぁ……見張りの目を欺いて勝手に病院に侵入するのは悪い子だな
「うぅ……ごめんなさい……」
────でも、そんなに俺のことを心配してくれてたのは素直に嬉しいぞ
落ち込んでしょぼくれているイブキさんの頭を苦笑しながら左手で撫でてあげる
するとイブキさんは頬を緩ませながら笑ってくれた……が、直後に俺の右手と左脚があった部分に視線を向けて悲しそうな表情に変わる
「……その……お手手と足、痛い?」
────……まあ、痛い……かな?
「……イ、イブキが治してあげる!」
するとイブキさんは両手をかざして〝痛いの痛いのとんでけー!〟と小声で囁き始めた
子供らしいなと思いつつもその無邪気さに癒され、本当に痛みが和らいだ気がしてきた
「ど、どう?治った?」
────ああ、痛みがすっかり収まったよ……ありがとな、イブキさん
「ほ、本当?よかったぁ……」
心底安心したかの様に溜め息を吐くイブキさん
……さて、雑談タイムもここまででいいだろう
────それで?何を求めて俺の病室にまで来たんだ?
「っえ?」
────普段から先輩達の言いつけを守っているお利口なイブキさんがそう簡単に病院のルールを破る筈がないだろ?
そう問うとイブキさんは驚いた様な表情を見せてから小さく口を開いた
「うん、そうなの。酒泉のお見舞いに行きたかったっていうのも本当だけど……実はイブキね?それ以外にも理由があるんだ」
────理由?
「どうしても酒泉に聞きたい事があって……実は最近、マコト先輩の……ううん、万魔殿の皆の元気がなかったの。ずっと何も喋らなかったり何度もおやすみしちゃう日もあったり……あとね?イブキのことを抱きしめたり撫でようとしたりして途中でやめちゃったり……」
────それは驚いたな、あの人達がイブキさんに触れるのを躊躇うなんて
「それでね?イブキ、マコト先輩達に元気になってほしくて皆の似顔絵を持って遊びにいったんだ!……でも、おしごと部屋の中から悲しそうな声が聞こえてきたからこっそり覗いてみたらマコト先輩が酒泉のことを呼びながら何度も謝ってたの」
────……は?
「だから、もしかして酒泉とマコト先輩が喧嘩しちゃったのかなって……」
顔を伏せながら語り続けるイブキさん
最後の言葉を言い終えて後、彼女は不安そうな表情をしながら顔を上げた
「違うよね?酒泉とマコト先輩、喧嘩なんかしてないよね?」
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「……アコちゃん、C装備部隊到着したって」
「ご苦労様です……ではイオリは彼女達と合流を、C装備部隊の指揮は貴女にお願いします」
「……了解」
「あれらは全て最新式の装備ですから、それに見合う戦果を期待して────」
「ねえ、アコちゃん」
「……何ですか?」
「本当にやるの?」
イオリがカタコンベから少し離れた場所に設置された仮拠点を眺めると、最近導入されたばかりのまだ見慣れていない武器や普段から使用している物より強固なプロテクターなどが用意されていた
更にはそれらを点検してから装備する全ての風紀委員達、この場には風紀委員会に所属する全生徒が集合していた
「……本当にここまでする必要があるの?」
「ええ、万全を期すに越したことはありませんから」
「そうじゃなくてっ……これじゃまるで本気で相手を殺しに行くみたいじゃ────」
「イオリはアリウスが憎くないのですか?」
無機質な表情のまま言い放つアコ、しかし彼女が発した言葉はどこか怒りを滲ませていた
それらを感じ取ったのかイオリも悔しそうに叫ぶ
「そりゃ、私だってアリウスは憎いさ!酒泉の身体をあんなにした奴等なんて……でも!その傷つけられた酒泉本人がこんな事を望んでるなんて思えないよ!」
「そうですね、彼にもその事を問えば〝そんな事は望んでいない〟と答えるでしょうね」
「っ!だったら……!」
「だって彼は後ろ暗い感情を表に出すのが苦手な人間ですから、本気の憎悪や嫌悪を感じていてもそれすら抱え込んでしまいますからね」
「……は?」
「不意の事故や自らの意思でもない、第三者の明確な殺意によって手足を失ったというのに何も感じない人間が存在する筈ないでしょう?彼は聖人ではないのですよ?」
言葉の意味を問おうとするイオリだが、アコはそのままイオリに喋らせる隙も与えず語り続ける
「彼だって怒りも憎みもする普通の人間です、そんな普通の人間が自分の中の負の感情を必死に抑えているのですからその苦痛や心労は計り知れないでしょう」
「じゃ、じゃあ尚更その酒泉の努力を無駄にするような真似は……!」
「逆ですよ、だからこそ不器用な彼に代わって私達がその憎しみや怒りを解放させてあげるのです。アリウスに復讐したところで彼の手足が戻ってくることはないのは百も承知ですが……それでも多少の鬱憤は晴れるでしょう」
彼の心情を理解しているのは自分だとばかりにハッキリと伝えるアコ、その表情には最近では滅多に現れることのなかった笑みが浮かんでいた
しかし実際に現状で酒泉の心を一番理解しているのが病院で酒泉の弱音を直接聞いたアコである事は事実……そして、口にこそしなかったものの彼がアリウスに対して怒りを抱いているのも同様
「彼は風紀委員会という組織の為に十分に尽くしてくれました、だから今度は……私達が彼に尽くす番です」
「わ、私だってその覚悟はあるけど……でも、このやり方は間違ってるよ……」
「……そうでしょうか?風紀委員の大半はこのやり方に納得していると思うのですが……」
そう言って仮拠点で戦闘準備をしている者達を見つめるアコ
何人かの風紀委員は不安そうな表情をしていたり何か思い悩んでいる様子を見せるが、殆どの者達はアリウスへの怒りを必死に堪えたり酒泉の名を呟きながら静かに仇討ちに燃えている
あんな荒れ果てた環境で戦い続け、傷つき続けた彼の身体にトドメを刺した……そんな憎きアリウスに復讐を
更にはその思いに感化されてか、さっきまで戦いを躊躇っていた者達まで覚悟を決めた様に武器を装備し始める
それは全ての風紀委員が彼を慕っているが故に沸き立った闘志
……しかし、それほどまでに折川酒泉という少年が慕われているのであれば当然その中の何人かは〝ある少女〟に複雑そうな視線を向ける
「アコ、こっちも準備終わったよ」
「そうですか……では、いつでも行けますね?ヒナさん」
「……委員長」
それは風紀委員会という組織を纏めていた小さな少女────空崎ヒナ
何もかもを投げ出して便利屋という風紀委員にとって敵対する事の多い組織へと逃げ出した嘗ての長に、嘗ての部下達からの視線が集まる
「アコが命令を出してくれたらいつでもアリウススクワッドを捕まえに行くよ」
「そうですか……一応言っておきますけど生け捕りでお願いしますね?まあ、動けなくなる程度に痛め付けるのは構いませんが……」
「うん、分かってるよ。殺すのはアコがやりたいんだもんね」
「……は?殺す?」
まさか本当に殺すつもりで動いていたとは思いもしていなかったイオリは思わず驚愕の声を溢してしまう
その事を知ったイオリはアコに掴みかかり、怒りで顔を染めて叫び散らす
「どういう事なの!?アコちゃん、本気でアリウスを殺すつもりだったの!?」
「ええ……それが?」
「〝それが〟って……人を殺す事がどれだけ重いことなのか分かってるの!?」
「大丈夫ですよ、調印式を襲撃した大規模テログループのリーダー格なんて殺したところで誰も悲しんだりはしませんから……それに手を汚すのは私1人ですから、貴女達にはアリウスの確保以外の仕事をさせるつもりはありませんよ」
「そういう事を言ってるんじゃ……っ!そうだ、委員長は!?委員長だってこのやり方には反対だよね!?」
敬愛していた上司からの言葉ならアコだって思い止まってくれるだろう、そんな期待を込めて縋るイオリ
しかしイオリは気づいていなかった、アコとヒナの嘗ての関係はとっくに逆転している事に
「私はアコのやり方に従うわ」
「ど、どうして!?委員長だってこんな事をするのは明らかにおかしいって理解してるでしょ!?」
「だってアコの言う通りにしたら酒泉に許してもらえるから」
最早操り人形となんら変わらない扱い、それを笑顔で喜んで受け入れるヒナ
それを聞いたアコは洗脳するかのようにヒナの耳元で囁く
「ええ、その通りです。ヒナさんがアリウスを捕らえてくれたらきっと酒泉も喜んでくれます……ですから、ね?」
「任せて……私、頑張って酒泉の役に立ってみせるから」
赦しを貰いたい一心でアコに従うヒナ、そんな歪な関係を昔の2人を知っているイオリは直視できなかった
「アコ行政官……いえ、アコ委員長。此方も準備は整いました」
「───っチナツ!」
周囲の空気が重苦しくなってくると、その空間に他の風紀委員同様突入準備を終えたチナツが割り込んできた
「ねえ!チナツからも何か言ってよ!チナツだってこんな血で血を洗うような戦いはしたくないでしょ!?」
元は救急医学部所属だったチナツなら誰かを傷つける為だけの戦いには反対してくれるはず
しかしチナツの返答はイオリが望んでいたものとは違った
「私は……私には何が正しいのか分かりません」
「……チナツ?」
「もし誰かを殺めるのが間違っているというのならアコ行政官の行動も間違っているのでしょう、でも……それなら酒泉君を殺めようとした者達が罰せられていないのもまた可笑しな話です」
「じゃ、じゃあ罪を償わせれば……!」
「……どの様にですか?数十年掛けて牢の中で大人しく過ごさせる?彼女達の右手と左脚を奪う?……結局そんな事をさせても酒泉君の手足は治らないのに?」
「そ、それは……そうだけど……」
「彼の身体の傷を癒してあげる事ができないのなら、せめてあの事件のせいで植え付けられた憎悪や憤怒といった感情を少しでも晴らしてあげられるような選択を……私はそう思ってます」
アコは言った、復讐したところで酒泉の失った手足は戻らないと
チナツの考えはそんなアコの考えと非常に似ていた……唯一アコと違うところといえば、その発言をしたチナツの表情に躊躇いを感じられる事ぐらいか
「ふふっ……貴女は私と〝同じ〟だと思ってましたよ、チナツ」
「…………」
しかしそんなチナツの思いも知らず微笑みかけるアコ、それに対してチナツは無言で頷く
……この場には酒泉以外の風紀委員のメンバーが全員揃っている、しかしその空間に嘗てのような騒がしさと暖かさは感じられない
「……おかしい……おかしいよ皆……こんなの絶対間違ってるよ!」
アリウスへの復讐に染まったアコ、他者を傷つける事を肯定したチナツ、そして復讐の為の道具に徹してしまったヒナ
もう二度と戻る事のない過去の記憶がイオリを苦しめる
「あ、あの……アコ委員長、少々宜しいですか……?」
「……はい、どうかしましたか?」
そんな彼女達の前に1人の風紀委員が近づいてくる
……アコがアリウススクワッドを殺すつもりだという話は他の者達から離れて行っていた為に聞かれてはいなかったが、4人の会話から何となく険悪な空気を感じていた風紀委員はその会話が終わるまで遠くで待機していた
「実は先にこの付近で待機していた偵察部隊から気になる目撃情報が……どうやらカタコンベ内にアリウス生以外の人物が突入していったらしいんですが、その人物が……その……ティーパーティーの聖園ミカに似ていたとかで……」
「……聖園ミカ?」
それは友を裏切り、戦いに破れ、魔女として吊し上げられた愚かな少女の名前
(そんな彼女が何故……まさか、彼女もアリウスへの復讐を?)
だとすれば目的は同じ、彼女も同じ志を持つ仲間────という事にはならない
何故ならアコは自身の手でアリウスへの復讐を遂げる事を望んでいる、ならばそれを横取りしようとする者も敵対者でしかない
故にもし素直に標的を譲るつもりがないのならば力ずくで排除するのも吝かではない……が
(彼女は中々の実力者という噂を耳にしました、あまり中途半端な戦力をぶつけたくはないのですが……かといってヒナさんは対アリウススクワッド用に残しておきたい)
ならば、と
仮拠点に置かれている大きめのケースに視線を移す
(〝あれ〟を使ってアリウススクワッドをあっさり殺してしまっては復讐にならないでしょうし……この際〝あれ〟は堕ちぶれた魔女を処理する為に使用しましょうか)
此方に害を加えてくるならば、と心の中で付け加えるアコ
しかし、もし自棄になっている彼女がアリウスへの復讐を大嫌いなゲヘナに邪魔されたのならばほぼ間違いなく戦闘にまで発展するだろう
(アリウスの捕獲任務を邪魔してきた、先に手を出されたから自衛の為に反撃した……さて、どんな言い訳が自然な理由になるのでしょうね)
ゲヘナとトリニティ、両校の関係を悪化させる大問題に発展する事はアコも理解している
それでも彼女は殺すこと自体には躊躇いを見せていない
「……ご報告ありがとうございます、では……不確定要素も知れた事ですし……そろそろ行きましょうか」
報告を受けたアコはそのまま仮拠点へと歩き出し、その後ろをチナツとヒナがついていく
ゲヘナを守る為の風紀委員ではなく、敵を殺す為の風紀委員へと様変わりしてしまった組織に悲しみと寂しさを感じながらイオリも後に続く
「……たすけて、酒泉」
……そう呟いた彼女のスマホにはいつの間にかモモトークの画面が開かれていた
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先生だから生徒を助ける、それは当然の事だと思いながら私はキヴォトスで過ごしてきた
どんな時でも笑いながら生徒の為に戦おう────その覚悟に自ら疑問を抱く日が訪れるとも知らずに
あの時、土下座をしながら助けを求めてきた生徒に対して私が抱いてしまった感情は〝どうして〟だった
どうして今更助けを求めた、どうしてもっと早くその考えに至らなかった、どうして彼の人生を滅茶苦茶にした後で私を頼ってしまったんだ
先生でありながら生徒に対してそんなことを考えてしまい、それを吐き出してしまう前に自らの頬を叩いた
一度先生としての不甲斐なさを感じてしまえば、それはずっと私の中でモヤモヤと残り続けた
彼女達の仲間を救う為に指揮をしている時も、こうして一旦隠れて身を休めている時も……ずっと
……それでも私は戦わなければならない
だって私は先生で、この子達は生徒なのだから
……でも、これだけは絶対に忘れてはならない
「君達の仲間が助かっても……酒泉の手足は戻らないって事を」
「……ああ」