〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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もしもカヨコが元カノだったら……的な話です、感想欄での反響が意外と大きかったので……

因みにこの番外編世界は最終編後の話として書いています




番外編~湿 度 四 天 王~(湿度ルート・未完結)
鬼方カヨコ元カノ概念


 

 

 

 

キヴォトスで生きる夫婦やカップルの内、初恋の記憶を鮮明に覚えている人はどれくらい居るのだろうか

 

食パンを咥えながら走っている時に曲がり角で運命の人とぶつかったり、敵に追われてる時に偶然巻き込んでしまった少年に庇われたりだとか

 

そんなアニメや漫画の様な衝撃的な出会い方をしたならば滅多に忘れることはないだろう

 

では、気づいたら好きになってたパターンの場合は?

 

出会いの切っ掛けはあっても明確に惚れるような決定的場面がなければ己の恋心を自覚した瞬間の記憶も自然と消滅してしまうのではないだろうか

 

実を言うとこの私────鬼方カヨコもそのパターンだった

 

出会いは覚えてる、不良にちょっかい掛けられている捨て猫を当時中等部一年だった酒泉という少年と二人で護った時のことを

 

仲良くなった切っ掛けも覚えてる、その捨て猫の里親を二人で探していたことを

 

そして里親が見つかるまで酒泉の家で飼うことになり、その間は私もよく酒泉の家にお邪魔していたことを

 

そこから互いに時間を積み重ね、気づいたら普通に二人で遊びに行くぐらいには仲良くなっていた

 

そんな〝仲の良い友達〟ぐらいの関係になった頃、私は下校中に暗い表情で何かを考え込んでいる酒泉を目撃した

 

当然放っておくこともできず、近くの公園のベンチに座らせてから何を悩んでいたのか話を聞いてみた

 

 

『俺って本当に空崎さんの力になれてるんでしょうかね……』

 

 

酒泉が空崎ヒナのことが好きだというのは理解していたし、私がその悩みに疑問を持つことはなかった………当然〝推しとして好き〟だということも分かってた

 

曰く、仕事を手伝ってるだけで本当にいいのか

 

曰く、休む時間を確保できたとしても責任感の強い空崎ヒナは勝手に働いてしまうのではないのか

 

そんなことを相談してくる酒泉に対し、私は一つの提案をした

 

 

『だったら空崎ヒナを働かせないように酒泉が一緒に居ればいいんじゃない?例えば………二人で何処かに遊びに行くとかさ』

 

 

………今にして思えば、この時の行動は敵に塩を贈るどころか土地の権利と全財産を無償で譲渡したようなものだった

 

この時は恋愛感情とかそういうのは無かったし(もしくは自覚してなかっただけか)それも仕方無いけどさ……

 

……話を戻そう、酒泉は私の提案に対して〝その手があったか〟と頷いた………けど、直後に酒泉は困ったように口を開いた

 

 

『……でも俺、空崎さんの行きたい場所とか知らないんですよ。それに俺なんかが誘うのも迷惑かもしれませんし……あまり人と遊んだことがなさそうな空崎さんを楽しませられるのかも分かりませんし……』

 

 

基本的に誰とでもある程度は仲良くなれる酒泉が珍しく人間関係で悩んでいた、そんな彼の力になりたくて私はこう返した

 

 

『……だったらさ、私が手伝おうか?』

 

『二人で色んなところ回って経験値積めば、ちょっとは自信が持てるでしょ?』

 

 

……さっきも言ったように、この時の私は酒泉に対してそういった感情を持っていなかったからこそ発することができた言葉だった

 

酒泉も最初は遠慮してたものの、暫く考え込んだ後に〝よろしくお願いします〟と頭を下げてきた

 

この日から、私と酒泉の特訓デートの練習が始まった

 

 

 

 

 

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結論から言おう、酒泉は飲み込みが早かった

 

元より相手への気遣いは得意だし、かと言って自分の本心を隠したりせず決して受け身になりすぎない

 

つまり………普通に楽しかったです、はい

 

思わず特訓だということを忘れてしまうくらいには毎回楽しめた、楽しんでしまった

 

最初は酒泉の方から誘ってきてた特訓も、途中からは私の方から誘うことが多くなっていった

 

好きなバンドのライブ会場に二人で行ったり、帰りに酒泉の家に寄って二人でその日のことを語り合ったり

 

………二人で同じイヤホンを片耳ずつ付けて音楽を聞いてた時もあったけど、あれはちょっとやりすぎた

 

 

『いや、こういうのって普通は付き合ってる人同士でやるようなもんじゃないんですか?それか同性とか……』

 

 

言われてみればそうだ………そう自覚した瞬間、私の中で一つの疑問が生まれた

 

〝なぜ私は当たり前のように酒泉と恋人紛いのことができるのか〟

 

私は別に鈍感という訳ではない、恋愛の価値観だって他の子達と似たようなものだろう

 

そんな私がどうして何の疑問も抱かずに酒泉の肩に頭を乗せながら同じイヤホンで音楽を聞いているのか

 

酒泉のことを男として意識していないから?だとしても肩に頭を乗せる必要はないだろう

 

ただの友達だから?普通の恋愛の価値観の私がこんな距離感のバグった行動を取る?

 

なら、他の理由は────酒泉となら身体がくっつくほど近づくのも嫌じゃなかったから?

 

それはつまり、私がそれぐらいには酒泉のことを────

 

 

『っ!?』

 

『うおっ!?いきなりイヤホン引っこ抜かないでくださいよ!?』

 

 

理解した、理解してしまった

 

その日、その瞬間から私の中で妙な違和感を抱くようになった

 

自分から酒泉を誘う時、モモトークでメッセージを送ろうとする指が一瞬止まるようになった

 

酒泉と出掛ける時、所詮はデートの〝練習〟であることを思い出して若干落ち込むようになった

 

同じイヤホンを共有して二人で音楽を聞く時、胸の鼓動のせいで音楽に集中できなくなった

 

そして、〝今日は委員長とこんな事があった〟と話を聞かされる度に────胸が苦しくなった

 

ここまで来たらもう完全に認めざるを得なかった、自分の本心を………〝鬼方カヨコは折川酒泉に恋している〟という事実を

 

それを自覚してからは酒泉の特訓デートの練習に付き合うのが苦痛に感じるようになってしまった

 

自分から提案しておきながらなんて様なのだろう、そう思っていながらも一時的に得られる喜びを手放せずに私は自ら傷を負い続けた

 

………とはいえ、私の心は自分で思っているよりも脆かったみたいだ

 

ある日、とうとう心の痛みに耐えきれずにその本心を酒泉の前にさらけ出してしまった

 

最初は友達としか思っていなかったこと、酒泉の力になりたいという思いは本当だということ

 

そして………一緒に過ごしていく内に〝友達として〟ではなく〝女として〟好きになってしまったことを

 

確かその時は勢いのまま告白しちゃったんだけど……どんな風に言ったんだっけ?

 

〝好きです、付き合ってください〟だっけ?

 

〝貴方と同じ人生を歩ませてください〟だっけ?

 

………冗談だ、本当はあまりにも情けない告白すぎてあまり思い出したくなかっただけだ

 

〝二番目でもいいから愛してほしい〟………そんな感じの言葉だった気がする

 

年上なのに恥も外聞もなく、泣きながら酒泉の胸に顔を埋めてそんな事を言った覚えがある

 

………その後、頭を撫でられながら気持ちを受け入れてもらえた時は更に泣いたことも覚えている

 

とにかく嬉しかった、この日までやってきたこともこの日までの苦悩も全部無駄じゃなかったと心の中で歓喜した

 

………後から考えれば〝推し〟への想いと〝好きな人〟への想いは別物だし、その感情に二番目も何もないと思うとあの告白はちょっと重すぎたと思う

けど、まあ………結果オーライってことで

 

その日から私達の特訓デートの練習は明確な〝デート〟へと変化した

 

 

二人で手を繋ぐことが増え、距離感もより近くなった

 

褒められたくて慣れないオシャレもした

 

その度に〝可愛い〟と正面から褒められ、〝私の顔は怖いから〟というのを理由に必死に否定したりした

 

 

『……そうですか、そんなに否定するなら俺にも考えがあります………カヨコさんが自分の顔を怖いと自虐する度に俺が〝可愛い〟と褒めます!』

 

『………は?』

 

『カヨコさん可愛い!超可愛い!ベリーベリー可愛い!』

 

『ちょっと……止めてよ……』

 

『すっげー可愛い!照れてる顔は天使!怒ってる顔も最高!』

 

『止めてって……』

 

『俺の為にオシャレしてくれるところも手を繋ぎたくて俺の指先にちょんと触れてくるところも全部全部可愛い!』

 

『………ふんっ!』

 

『わ、脇腹を突かないで……もう言わないから……』

 

『……私が嫌がらない程度に褒めて』

 

『可愛すぎだろこの人(はい、分かりました)』

 

……そんな馬鹿みたいなやり取りをしながらも、恐らく私は笑顔だったのだろう

 

あの頃はどんな場所だろうと酒泉と一緒に歩けるだけで幸せだったのだから

 

……だからこそ、付き合っているのにも関わらず一度もキスをしたことがないという事実に二人して気づけなかったのだろう

 

ある程度時間が経ち、レストランで食事をしている時に漸くその事に気がついた

 

 

『ねえ、カヨコさん………初めてのキスってコーンポタージュの味がするんですね……』

 

『そりゃ、さっきまで二人ともレストランでコーンポタージュ飲んでたからね………ちなみにだけど、市販のコーンポタージュとの味の違い解った?』

 

『………正直、全く』

 

『ふふっ……実は私も』

 

 

初めてのキスはレモンの味………なんて事はなく、ロマンも何も感じない味に二人で微妙な顔をしてた

 

………けど、不思議と嫌な感じはせず、むしろその事実に二人で笑ったりしてた

 

私は間違いなく幸せだった、これ以上求める物は何もないほどのハッピーエンド────だったら良かったのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、どうやら私は相当欲深い女だったらしい

 

 

 

『今日も空崎ヒナと用事があるん……だっけ?そう……』

 

『ねえ、明日なんだけど……空いてる?そっか、良かった……』

 

『……そういえば昨日は空崎ヒナと二人で歩いてたけど……あっ、仕事帰りだったんだ……』

 

 

ヒナと酒泉が同じ組織に所属してる以上は一緒に行動する機会だって当然存在する

 

そんな二人を見る度に心の中に靄がかかる

 

……うん、何度も言ってるけど酒泉の〝推し〟に対する〝好き〟の意味はちゃんと理解している

 

私だって酒泉とは別に好きなバンドはいるし、それと同じようなことだってのは分かってる

 

空崎ヒナに対して別に恋愛的な感情を持っている訳ではないってことも、ゲヘナの治安維持という忙しい仕事の中でも私との時間を頑張って作ってくれているということも

 

全部全部、全部分かってる

 

分かってる……けど…………酒泉が空崎ヒナと楽しそうに話しているのを見る度に、自分でも理解しているはずの感情に疑問を持ってしまう

 

そんな酒泉を疑ってしまっている自分の心の弱さを恨みながら平静を装って学生生活を過ごしていると………ある日、学校の廊下で酒泉と空崎ヒナが何かを話しているのを目撃した

 

その瞬間、私は廊下の曲がり角に隠れた

 

恋人同士なんだから堂々と話しかければいいのに……何故か私は身を潜めてしまった

 

 

『ねえ、酒泉……私が卒業した後も私のことを支えてくれる?』

 

 

そして目撃してしまった、空崎ヒナが顔を赤らめながら酒泉に恐る恐る尋ねるのを

 

〝女の顔〟で酒泉に近づいているのを

 

……酒泉にとって空崎ヒナは〝推し〟でしかないのだろう

 

でも、その逆は?もし空崎ヒナが酒泉のことを恋愛的な意味で好いていて、その想いを酒泉にぶつけたら?

 

その瞬間から酒泉の推しに対する好きという〝感情〟は空崎ヒナ個人に向けられる〝愛情〟に変化してしまうのでは?

 

そんな考えが脳裏を過った瞬間、嫌な汗が流れてくる

 

呼吸が荒くなり、身体が震える

 

お願い、断って、私から酒泉を奪わないで

 

声に出すことすらできず、身を潜めながら祈ることしかできない

 

 

『────ええ、俺は構いませんよ』

 

 

酒泉の答えが聞こえると同時に身体の震えが止まる

 

〝二番目でいい〟なんて強がっておきながら、私の心は完全に崩れ去った

 

二人がまだ何かを話しているのにも関わらず、頭の中が真っ白になった私はとにかく二人から離れようとユラユラと歩きだした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……別れ話をしたのはその日の夜だったかな

 

 

 

 

 

 

 

 

酒泉のことを呼び出して、告白した時と同じ場所で、私の想いを全て伝えて

 

 

『………あの時は〝二番目でもいいから〟なんて強がったけど……ごめん、やっぱり耐えられなかった』

 

『酒泉が私を大切にしてくれてるってのも私をちゃんと愛してくれてるのも知ってる、けど………』

 

『自分勝手なのは分かってる、それでも……私は……』

 

 

これは〝逃げ〟だった

 

酒泉の心が空崎ヒナの方に向く前に自分から離れようという〝逃げ〟

 

こんな自分勝手で可愛げのない女にも、酒泉は最後まで罪悪感を感じてくれた

 

悲しそうな顔をしながらも、私の話を聞いて全て聞き入れてくれた

 

 

『〝愛されてる〟と思わせることができなくて……すいませんでした』

 

 

別れる直前まで酒泉は頭を下げ続けた

 

〝願わくば、この出来事が一生酒泉の中に傷として残り続けますように〟

 

最後まで私を想ってくれていた酒泉に対し、私はそんな性格の悪いことを考えてしまっていた

 

さて………中途半端な覚悟で告白してしまったせいで心が折れた馬鹿な女の話はこれでおしまい

 

………なんで今更こんな夢を見るんだか、未練でも残ってるのかなぁ

 

まあ、何もかも手遅れだけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ねえ、酒泉……私がここを卒業した後も私のことを支えてくれる?」

 

ええ、〝俺は〟構いませんよ

 

「………ありがとう、酒泉」

 

いえ………でも、その前に先に彼女に相談してもいいですか?

 

断られたら、その……申し訳ないんですけど……

 

「……えっ?彼女?」

 

はい

 

「しゅ、酒泉……彼女いたの……?」

 

はい……とはいえ、数ヵ月前に付き合い始めたばっかですけど

 

「そ、そうなんだ………」

 

女性関係の事とか進路の事とかは全部彼女には話しておきたいんですよね

 

俺一人で勝手に決めて不安にはしたくないですし……

 

「………大事なんだね、その人のこと」

 

ええ、大好きです

 

「そっか……そっかぁ……」

 

とりあえず帰ったら相談してみようと思います………じゃあ、お疲れ様でした!

 

「うん………お疲れ様………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……相変わらず無茶ばっかしてるんだね」

 

────生きてりゃ儲けもんですよ

 

「………怪我によっては大赤字でしょ」

 

 

 

トリニティの病院、その一室のベッドの上で寝転がっている酒泉

 

そんな彼の前に一人の少女がお見舞いにやってきた

 

 

 

────にしても……お見舞いにきてくれたんですね、鬼方さん

 

「まあ、一応元カノだしね……」

 

酒泉は言葉を詰まらせるが、カヨコは何も気にしていないかのように振る舞う

 

 

「〝調印式で先生に力を貸してあげてほしい〟って依頼がきたから何事かと思えば………最初からこうなる事が分かってたの?」

 

────ノーコメント……じゃ駄目ですか?

 

「まあ、別にいいけど………どうせまた誰かの為に無茶しただけだろうし」

 

────う゛っ……!

 

「図星なんだ……」

 

 

相変わらず誰かの為に身を粉にして働く元恋人にジト目を向けるカヨコ

 

酒泉も酒泉で何も言い訳できず、ただ目を逸らすだけだった

 

 

「……で?今度は誰の為?また風紀委員長さん?」

 

────いや、これは俺が勝手に行動しただけなんで……

 

「風紀委員長の為なんだ」

 

────………これもノーコメントで

 

「はぁ、相変わらず尽くしてるね…………その感情を私だけに向けてほしかったな

 

────………すいません

 

「あっ………ごめん、つい口に………やっぱり今の無しで」

 

久しぶりに二人だけで話したことへの緊張からか、つい口を滑らせてしまうカヨコ

 

酒泉も思うところがあったのか、心苦しそうに謝罪する

 

 

「……本当にごめん、嫌みを言いに来た訳じゃないのに……」

 

────大丈夫っすよ、鬼方さんのことは分かってるんで

 

「〝鬼方さん〟………ねえ、酒泉」

 

────なんですか?

 

「なんで〝カヨコさん〟から呼び方変えたの?」

 

────……特に理由はありませんよ

 

「……そう、なんだ」

 

 

カヨコは知っている、酒泉が嘘を吐いていることを

 

昔を思い出させてカヨコを苦しめない為にあえて名字呼びに戻したということを………尤も、それは逆効果になっているのだが

 

 

「………」

 

────………

 

「……なんか面白い話とかない?」

 

────病院から動けない怪我人に無茶振りしないでください……そういう鬼方さんの方こそ何かないんですか?

 

「便利屋絡みの話だと常にハプニングだらけなせいで逆にどれを話せばいいのか………」

────うわっ、余裕で想像できる……

 

 

 

互いに話を進展させず、ただポツリポツリと声を漏らすだけ

 

それでも二人にはその空間が心地よかった

 

 

「……ねえ」

 

────なんです?

 

「昔はよくこんな感じでダラダラしてたよね」

 

────ああー……そうですね、よく俺んちでダラけながら鬼方さんの持ってきたCD聞いてましたね

 

「二人で肩を寄せあったり」

 

────近づきすぎて頭をぶつけて笑ったり

 

「……懐かしいね」

 

 

恋人時代の話など明らかに気まずくなる、それを理解していながらもカヨコは何故か話を続けてしまった

 

それは単純に昔を懐かしみたいからなのか、それとも未だに未練が残っているからなのかは本人にも分からなかった

 

 

「……酒泉はさ、昔に戻りたいと思ったことある?」

 

 

そんな不安定な感情のまま、カヨコはついに触れてしまった

 

今まであえて触れてこなかった話題に手を伸ばしてしまった

 

 

 

────この流れから昔っていうと………俺達が付き合ってた頃とかですか?

 

「うん」

 

────……楽しかったとは思ってます、けど……あれ以上鬼方さんを苦しませない為にはこれで良かったとも思ってます

 

「……そっか」

 

────鬼方さんは?

 

「私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとだけ〝戻りたいな〟って思ってるよ」

 

 

カヨコの発した言葉から暫く無言の時間が続く

 

時計の針が進む音のみが病室に響き、互いに顔を伏せている

 

 

「……もし」

 

 

カヨコが呟く

 

 

「もし、私が────っ……ごめん、やっぱなんでもない」

 

 

途中で喋るのを止めたカヨコは椅子から立ち上がり、お見舞いの品を置いて病室から出ようとする

 

 

「暇が出来たらまた来るね」

 

────っす……ありがとうございました

 

「……じゃ、またね」

 

 

………結局、カヨコは自分でも何を聞こうとしたのか分からなかった

 

 

〝もし、私達がまだ付き合っていたら〟

 

〝もし、私がまた告白したら〟

 

 

今更聞いても何も意味がない、そんな言葉をひたすら頭の中で繰り返しながらカヨコは帰路を歩いた

 

 

 

………そして、カヨコと酒泉が会話らしい会話をしたのはこれが最後だった

 

ウトナピシュティムに乗った時以外に二人きりで話す機会はなく、そのウトナピシュティム内での会話も全て作戦に関する内容だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「カヨコ!貴女、最近気が緩みすぎよ!」

 

「……は?」

 

 

事務所に入るや早々、突然指を突きつけて叫ぶ社長さん

 

「えっと………ごめん、私何かやった?」

 

「えっ?い、いえ……何もしてないしむしろ便利屋のブレインを務めてくれて助かってるけど……」

 

「もー!アルちゃんは素直じゃないなー………アルちゃんはカヨコちゃんとあの風紀委員君の関係について心配してるだけだもんね!」

 

「風紀委員〝君〟ってことは………酒泉のこと?何で?」

 

「貴女、気づいてないの……?ここ最近彼に会う度にずっと意識がそっちに向いてるわよ?」

 

 

便利屋が問題を起こす度に風紀委員が駆けつけてくる、その中には当然酒泉の姿もあるし必然的に出会うことになる訳だけど……

 

 

「……私が酒泉に?それはあくまで酒泉の実力を知ってるから警戒してるだけであって……」

 

「でも、戦闘が終わった後でも心ここにあらずって感じだったよ?」

 

「……気のせいじゃない?」

 

「〝酒泉……〟って呟いてたよ?」

 

「……嘘でしょ?もしかして声に出てた?」

 

「うん、嘘だよ………やっぱり考えてたんだ?」

 

 

ムツキの罠にまんまと引っ掛かってしまい、冷静さを失っていることを嫌でも自覚してしまう

 

そうなんだ……そんなに分かりやすいほど酒泉の方を見てたんだ

 

 

「……いつから変になってた?私」

 

「うーん……ウトナピシュティムに乗った日から」

 

「私的には調印式の件でお見舞いに行った日から少しずつ様子がおかしくなっていった気がするわ」

 

「えっ?そんな前からなの?」

 

「ま、周りの人の異変にすぐに気づくなんて……流石はアル様の慧眼です!」

 

「そ、そう?まあ、それも当然よ!組織の長たる者、この程度の異変はすぐに察知しないと!」

 

 

ハルカに褒められていつも通り自信満々な笑みを浮かべる社長

 

………まあ、そんな昔から気づいていたのは実際に凄いことだと思うけど

 

「……そんな早くから気づいてたならもっと早く言ってくれればよかったのに」

 

「あの時はまだそんなに様子がおかしくなかったし、個人間の問題には下手に触れない方がいいと思って……」

 

 

………うちの社長は変なところで気を遣う

 

 

「でも、最近は悪化しすぎよ!作戦会議中にボーッとすることも多くなってきたし、酒泉との戦闘中に返事をするのが遅れることも………」

 

「あー……それは本当にごめん、今後は依頼中にそういう事が起きないように注意しとくからさ」

 

 

どうやら私が気づいていなかっただけで、実はかなり仲間達に迷惑を掛けてしまっていたみたいだ

 

社長は私の方を見て何かを呟くと、再び私の方に指を差して叫んだ

 

 

「……それならその覚悟が口先だけでない事をちゃんと証明してもらうわよ!」

 

「別に構わないけど………私は何をすればいいの?」

 

「そうね……まずは手始めに風紀委員の弱味を握ってきなさい!」

 

「なかなか面倒な事を………まあ、なんとか調べてみるけど────」

 

「折川酒泉から情報を引き出すことによってね!それも二人きりで!」

 

「────はい?」

 

 

どうしよう、とんでもない事を言い出した

 

元カレと二人きりで話してこい?それも元カレ側の組織の弱点を探るために?

 

……いや、社長に……アルに悪気がないのは分かっている、恐らくは素直に会いに行けない私の為に口実を与えてくれてるのだろう

 

それに……アルが私と酒泉の関係を知らないというのもあるのだろう

 

ムツキとハルカにはなんとなく察せられたが、そういう方面にはポンコツなアルは私と酒泉の関係なんて〝昔はめっちゃ仲が良かった〟くらいだと思っているのだろう

 

あまり期待はできないけど一応ムツキとハルカに助けを求める視線を向けてみる

 

ハルカは目を輝かせてアルを見つめ、ムツキは面白そうにクフフと笑っている………駄目だ、やはり意味がなかった

 

 

「さあ!そうと決まれば早速敵陣に攻め込むわよ!ムツキ!ハルカ!」

 

「りょうかーい!」

 

「か、かしこまりました!」

 

 

 

 

 

 

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そんな三人に引っ張られて連れてこられたのは酒泉の自宅前

 

後ろを振り向くと三人は親指をグッ!と立てて車で走り去っていく………因みにレンタカー

 

はぁ……あまり気は乗らないけど、このまま過去の事をずっと引きずって仲間に迷惑を掛け続ける訳にはいかないし、覚悟を決めるしかないか

 

それにしても……こうして酒泉の家に来るのも久しぶりだな……

 

玄関を見ているだけでも過去の光景が目に浮かぶ………いや、これ以上浸るのは止めておこう

 

………また昔みたいな関係に戻りたくなっちゃうから

 

玄関に近づき、恐る恐るインターホンを押す

 

〝ピンポーン〟という音から十数秒後、バタバタという足音と共に家の中から〝今出まーす!〟という男の声が聞こえる

 

そしてドアが開き……

 

 

 

「あー……久しぶり」

 

────……あれ?鬼方さん?なんか珍しいっすね

 

「うん、ちょっと酒泉に用があって……」

 

 

来た、出てきた、でもまだ顔を合わせただけ、まだ引き返せる

 

………まあ、そんな事はしないけどね

 

 

 

────俺に用……ですか?

 

「いや、用っていうか……久しぶりに遊びにきたかっただけっていうか……」

 

────ああ、そういうことですか……別に構いませんよ

 

 

 

私の言葉に何の疑問も持たず、素直に受け止める酒泉

 

本来の目的を隠し、酒泉を騙してしまっている事への罪悪感が湧いてくる

 

 

 

────ただ、実は俺以外にも三人ほど知り合いが遊びにきてまして………別に今日は誰とも約束してなかったはずなんですけど

 

「あっ、そうなんだ………」

 

────はい、なんで鬼方さんも一緒でいいですか?

 

 

 

……どうしよう、ここまで来て何もせず帰るのは便利屋の皆に申し訳ないし……

 

 

「……うん、それでいいよ」

 

 

………まあ、その人達が帰った後で二人きりで話せばいっか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた時期が私にもありました、はい

 

 

「……ねえ、貴女達誰?」

 

「それは私の台詞なんだけど?」

 

 

互いに睨み合う二人の猫耳少女

 

一人は白い制服の上に青色の羽織を纏わせ、もう一人は黒いパーカーを着ている

 

そして私の隣には白いパーカーとダメージジーンズを着こなしている少女

 

 

「私は……まあ、ただの知り合いよ。風紀委員長と一緒に百鬼夜行のお祭り事に参加しに来ていたアイツと偶然出会って〝色々〟あってちょっと〝仲良く〟なっただけ」

 

「ふーん……奇遇だね、実は私も同じ様な経歴で仲良くなったんだ。レイs……共通の知人を通して出会ったんだけど私も酒泉も好物や趣味が偶然被っててね、そこから少しずつ〝仲良く〟なっていったんだ」

 

 

〝仲良く〟の部分をやけに強調して言う少女達、それだけでこの二人にとって折川酒泉とはどういう存在なのかハッキリと理解してしまった

 

二人が暫く見つめ合って睨み合っていると、今度は視線が私と……隣のもう一人の少女の方へ向けられる

 

 

「……で?そっちの二人は?誰?」

 

 

何かを警戒する目、まるで敵か味方かを見定めるかのような………

 

正直、もうすでに酒泉と別れた身である私としては恋愛関連のいざこざに巻き込まれるのは御免だ

 

ここに来たのだって私自身の気持ちにも決着をつける為だ、これ以上事態を悪化させるつもりはない

 

だからここは適当に〝友人です〟って答えて、穏便に解決させよう

 

そう、穏便に………

 

……穏便……に……

 

 

 

 

 

「………誰って、酒泉の元カノだけど?」

 

「「「っ!?」」」

 

 

冷静に考えたら嘘を吐いて後からバレた時の方が面倒だよね

 

この後酒泉が戻ってきた時に〝この人俺の元カノなんすよー〟って普通にバラされる可能性もあるしね………まあ、私としては別にバラしてくれても構わないけどね

 

 

「……へー?そうだったんだ?」

 

「……その元カノさんがどうしてこんな所に?」

 

「どうしても何も……ただ遊びに来ただけだけど?」

 

「元カノなのに?」

 

「別れたと言っても付き合う前の関係に戻っただけだし………何もおかしくないでしょ?」

 

 

正面からそう返すと、青い羽織の少女は目を細める

 

……ていうかさ

 

 

「……私達、まだ自己紹介してないよね」

 

「……そうだね、じゃあ……ここらでやっとく?」

 

「じゃあまずは私から………私は杏山カズサ、酒泉とは〝共通の〟趣味ですぐに〝仲良く〟なったよ………だからどうだという話じゃないけどね」

 

「桐生キキョウ、今日ここに来たのは偶々暇潰しに会いに来ただけ………まあ、それ以外にも〝私の目の届く場所や体温の伝わる距離に居てくれる〟っていう約束を果たさせる為でもあるけど……」

 

「鬼方カヨコ、さっきも言った通り酒泉の元カノだから〝貴女達の知らない酒泉のこと〟を教えてあげられるよ」

 

「………それぐらい本人に直接聞くから」

 

「同じく」

 

 

キキョウとカズサの目付きが鋭くなるが、私はそんな事などお構い無しに視線を隣に向ける

 

 

「……後は貴女だけだよ」

 

 

黒いマスクを外し、溜め息を吐く少女

 

彼女は私達を順番に一瞥してから口を開いた

 

 

「私は戒野ミサキ、酒泉との関係は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が酒泉の〝道具〟ってだけで、それ以外は別に特別なことはないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「────っ!?」」」

 

 

待て、この少女は………ミサキは今、なんて言った?

 

道具?道具って酒泉の?恋人でも想い人でも友達でもなく?道具?

 

 

「……それ、どういう意味?もしかしてアイツと〝そういう関係〟なの?」

 

 

キキョウが先陣を切ってミサキに尋ねることで、場の空気が一旦元通りになる

 

 

「どういう意味も何も………〝道具〟以上の意味はないけど?必要とあらば私は酒泉に使われるし、使われない日でも道具が駄目にならないように〝定期点検〟しに来てもらってるし」

 

「……定期点検?それってどういうこと?」

 

「だからそれ以上の意味は無いって言ってるでしょ」

 

「定期点検………それは困るわね、私との約束がある以上は勝手に私の手が届かない範囲に出掛けられると困るんだけど?」

 

「それを言うなら私も同じなんだけど?私が酒泉とスイーツを食べに行く日と被ったらどうするの?」

 

戦場は三竦みへ、各々が目の前の敵を牽制しようと睨みを利かせる

 

この光景を眺めてると酒泉は昔と変わらず面倒な女に好かれやすい性質であろう事が窺える

 

………私含めて

 

まあ、酒泉が何処の誰に好かれようと今の私にそれを邪魔する権利は無い………けど、私より付き合いの短い人達に横から連れ去られるのはなんか嫌だ

 

………ごめん、前言撤回。やっぱり私より付き合いの長い人が相手でも嫌だ

 

こんな事を考えてしまうってことは自分で自覚してないだけで未練タラタラだったのだろう

 

………仕方無い、今日はこの人達が帰ってから二人きりで話そう

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

────お待たせしましたー、ジュースとお菓子持ってきちょっと待ってなんか部屋の中めっちゃジメジメしてない?

 

 

「お帰りクソボケ」

 

「遅い、クソボケ」

 

「準備なら道具である私に頼ってよクソボケ」

 

「相変わらずだねクソボケ」

 

 

 

────いきなりっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この世界の酒泉君はカヨコの前例があるから正実モブちゃんに告白された時も最強の鉄壁を発揮しました、それでもモブちゃんは挑み続けます

ちなみにヒナちゃんも酒泉君がフリーになった日からバチバチに狙ってます、もう後悔はしたくないからね
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