酒泉君が誰かとなんか食うだけ~ヒナとカツ煮定食~
「ふっ……酒泉さん、貴方は何度も私達の前に立ち塞がるのですね……やはり貴方は美食の前に越えるべき壁────」
「はーい、さっさと連行されてくださいねー」
「きゃうんっ!?」
いつまで経っても風紀委員会の車に乗ろうとしない黒舘さんの尻を蹴り飛ばして無理矢理車に乗せる
他のお仲間は既に連れてかれた、あとはお前だけだ
「もう……レディを足蹴にするなんて────」
「扉閉めますねー」
「えっ、ちょ────」
運転席の風紀委員に軽く挨拶してからバタンと扉を閉める
黒舘さんが何か言おうとしてたけどどうせ大した事じゃないだろうしスルーする
「さて……一先ずこれで解決ですね、空崎さん」
「うん、珍しく他に事件は起きてないみたいだし……一旦学園に戻ろっか」
因みに今回解決した事件は美食研究会が〝シルバーカジキ〟とかいう魚を求めてこっそり巨大漁船に乗り込もうとしたという内容だった、当然バレた
食べ物関連の事件は大抵この人達なんだよなぁ……
きっと、くいしんぼうのびしょくけんきゅうかいのしわざにちがいありません
「それにしても……もうお昼になっちゃったね」
「全くっすよ……せっかくの飯の時間が……」
今日のゲヘナ食堂のメニューは確か……唐揚げだったか?
でも数量決まってたはずだしとっくに無くなってるよな、愛清さんの作る唐揚げ好きなんだけどなぁ……
頼み込んだらこっそり俺にだけ作ってくれたりは……しないか
「……あ」
「……今のは酒泉の?」
そんな事を考えていたら自然と腹の虫が鳴り、自分が空腹状態である事を自覚する
それを見た空崎さんにクスッと笑われて少し恥ずかしくなってしまう
「そんなにお腹空いてたんだ」
「すいません、飯のこと考えてたらつい……」
「……じゃあ、学園に戻る前に何処かで昼食にでもする?」
「あ、でしたらこの辺りに俺のオススメのお店があるんですけどそこに行ってもいいですか?」
「別に構わないけど……酒泉はこの辺り来た事あるんだ」
「はい、美食研究会が今回のと似たような事件を起こした時に一度」
「……あの子達は……」
空崎さんは額を押さえて溜め息を吐いた
別に美食研究会に限った話じゃないけど、ゲヘナは目的の為ならどこまで突っ走るような無謀な奴が多すぎる
その尻拭いを俺達風紀委員が押し付けられるというのだから理不尽なものだ
「……まあ、面倒な事は一旦忘れて飯にしましょう……案内しますよ」
「うん、お願い」
何度取っ捕まえても懲りない美食馬鹿共に呆れと怒りを覚えつつ、空崎さんの前を歩いて目的の場所へ向かう
………アイツら、バラムツでも食わせたら暫く大人しくならんかな
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「こんにちは~」
「……こんにちは」
「はい、いらっしゃい!お好きな席へどうぞー!」
建築から数十年は経っているであろう風貌のお店に入ると鳥人のご高齢の方が明るい笑顔で出迎えてくれた
酒泉に連れられてやって来た場所は港付近に建てられた個人経営店だった
水を持ってきてくれたお店の人に〝ありがとうございます〟とお礼を言ってから酒泉と2人でメニュー表に目を通す
「……ありゃ、唐揚げ売り切れてる……」
「本当だ……残念だったね」
「しゃーないっすね、今日の夕飯は自分で唐揚げ作るかぁ……」
「しゅ……酒泉……それなら私が酒泉の家に行って作って────」
「そうだ、シロコさんに鶏肉買っといてもらおう………ん?今なんか言いました?」
「……別に」
改めて砂狼シロコと酒泉の距離の近さを思い知らされる
今みたいな日常会話をしているところを見ると、なんというか……その……恋人とか夫婦みたいな関係に見えて妬ましく感じてしまう
「なら良いですけど……あ、それよりも空崎さんは注文決まりました?」
「え?……えっと……酒泉は何にするの?」
「俺ですか?俺はこの〝カツ煮定食〟ってのにしようかと」
「……じゃあ、私も酒泉と同じので」
「じゃあ早速注文しますね……すいませーん!」
そんな事を考えていたせいか何を頼むのか決めるのを忘れてしまった
初めて来る店だし何が一番のオススメなのかも分からなかったので、とりあえず酒泉と同じものを注文してみる事にした
「はーい、ご注文お決まりでしょうかー?」
「えっと……カツ煮定食を2つ、ご飯は大盛で……空崎さんは?」
「……私も大盛で」
……実は、単純に酒泉と同じものを食べたかったからというのもあるけど
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「俺、今日みたいに仕事帰りに個人経営の飲食店探すの結構好きなんですよね」
「……それは知らなかった」
「最近はそんな暇無かったですからねー」
もう既に15分は経っただろうか
厨房の方から聞こえてくる料理音を背後に、酒泉と何気ない会話を続ける
「それに個人店ってチェーン店と違って席の数も座れる客の数も限られてますし、静かな空気を味わいたい時とか丁度良いんですよね」
「ゲヘナみたいな騒がしい場所で生活してたらそういう空気を吸いたくなる日も偶にはあるよね」
酒泉の視線に合わせて店内を見渡してみる
私達が座ってるテーブル席の隣には恐らく4人は座れるであろう座敷席が2つ用意されている
それ以外には獣人の演歌歌手のポスターが壁にぽつんと張られていたり、今ではあまり使われる事のないダイヤル式の電話がカウンター席に置かれていたりする
これらの物もこの店の静かな空気を生み出している要素の一部なのだろう
「あの騒がしさも嫌いって訳ではないんですけどね……こうも毎日ドンパチ騒ぎを聞かされるのは流石にちょっと」
「同感、その度に駆り出される私達の身にもなってほしいわ」
少しは大人しくできないのかと嘆きながら問題児達の顔を思い浮かべる
……でもまあ、不謹慎ながらこの治安の悪さにほんの少し……本当にほんの少しだけ感謝する時もある
だって、現にこうして事件解決の為に一緒に出向いた酒泉と2人きりで食事に行けたりするのだから……それも自然な流れで
「お待ちどおさまー!カツ煮定食のご飯大盛でーす!」
「おっ?きたきた……ありがとうございます」
そうして待っていると店主さんが完成したカツ煮定食が乗ったお盆を持ってテーブルまで運んできてくれた
続けてもう1つ厨房から運び終えると〝ごゆっくりどうぞー〟と言ってから再び厨房へと姿を消した
「じゃあ、早速……いただきます」
「いただきます」
お盆に乗っているのは大盛のご飯、味噌汁、7枚にカットされたたくあん、そしてメインのカツ煮………うん、最初に食べるのはカツ煮からにしよう
細切りにされた玉ねぎと衣を纏ったカツ、それらをふんわりと優しく包む玉子ごと箸で掴んで口に運ぶ
(……美味しい)
味は甘辛、でも甘さの方がほんのちょっと強めでそれを際立たせるように辛さが支えている
衣も内の肉もしっかりとタレが染み込んでおり、それでいて衣はべちゃべちゃになりすぎずしっかりと衣としての役割を果たしている
この細切りの玉ねぎもしゃきしゃきした食感を私の口に与えており、食べ応えを感じさせる
(……カツ煮ってこんな感じなんだ)
実は私はカツ丼は食べた事はあるものの、カツ煮という料理を食べたのは今回が初めてだった
こうして直接口に入れるまでは大して違いはないと思っていたけど………なるほど、確かにこれは明確に違う
サクサクとした食感と肉の厚さを感じたいのならカツ丼、味の濃さと肉の柔らかさを感じたいのならカツ煮………まあ、結局どちらも〝米が欲しくなる〟という点に置いては同じだけど
(……ご飯が進みそうね)
今度はご飯と一緒にカツ煮を食べてみる
想像通り……いや、想像以上にご飯にピッタリ合う味だった
そうして何口か食べ進めていると、ふとお盆に乗っている味噌汁に視線が移る
(……そうだ、こっちも……)
一旦ご飯を置いてから味噌汁の入ったお椀に手をつける、中の具材は大根と油揚げだ
スッと音を立てないように中の具材と一緒に頂くと、口の中に味噌の濃い味が広がる………そっか、ここの味噌汁は濃い目なんだ
それが嫌なのかといえば全然そんな事はなくて、むしろこの味噌汁もご飯と共に頂いてもピッタリ口に合いそうな程の美味しさだった
具の大根はちょっと噛めばじゅくっと溶け、逆に油揚げは普通に噛んでも形を保っている
(……ついでに……)
味噌汁をある程度飲んでからお椀を置き、ここでたくあんを1枚箸で摘まんで口に入れる
すると、噛み応えのある食感と共にカツ煮と味噌汁の味で埋め尽くされていた口内たくあんのあっさりした味でリセットされた
……たくあん7枚は定食に備える漬物としては多すぎると思ってたけど……もしかして濃い目の味付けの味噌汁とカツ煮を食べさせやすくする為に?
(……これなら……もっといけそう……)
再びカツ煮とご飯を食べ、また濃い目の味噌汁を飲み、たくあんで口をリセットする
抜群のコンビネーションを誇る料理達をぱくぱくと口に運び、それを繰り返す
それから暫く、お盆の上の料理を全て食べ終えた私はお茶を飲みながら一休みする
(そういえば……酒泉はどれくらい食べたんだろう)
チラッと軽く視線を向けてみれば、酒泉の方の料理は味噌汁もカツ煮もたくあんもご飯もまだ半分くらいは残って────え?
(……待って)
酒泉はまだ食べ終わってないのに……私は先に完食したの?
別に酒泉は少食という訳ではない、むしろ人より多く食べる方だ
でも、私はそんな酒泉よりも早く……
(待って、待って待って待って────)
「────あれ?空崎さんもう食べ終わったんですか?……待たせちゃってすいませんね、もう少しで俺も食べ終わるんで!」
(────マズイ)
マズイ……マズイマズイマズイマズイマズイ
いや、料理は全部美味しかったけどそういう意味じゃなくて……この状況は非常にマズイ
今の私を見て酒泉は────私のことを食いしん坊だと思ってはいないだろうか
「……あ、カツ煮1枚食べます?」
お皿を差し出された、絶対に気を遣ってきてるよねこれ
「あ、あの……しゅ、酒泉?私は……その……!」
「……?」
「ひ……日頃からこんなに沢山食べる訳じゃなくて……きょ、今日は偶々朝食を抜いてたから……!」
顔が真っ赤に染まり、熱くなっていくのが分かる
それでも私の口からは必死に考えた言い訳の言葉ばかり出てくる
「朝抜いてるなら尚更食べた方が良いですよ……はい、どうぞ」
「あ……ぅ……」
そんな私の事などお構い無しに酒泉がカツ煮を近づけてくる
目の前には私が無意識の内に夢中になって食べたカツ煮、その匂いと食べた時の味を思い出して勝手にゴクリと鳴る喉
そして何より────酒泉からの〝あーん〟という最高の調味料
「……ぃ……いただき……ます……」
結局、私は誘惑に負けた
次このシリーズを書く時は多分ハルナとたい焼きを食べる話になると思います