限界女先生と雑対応酒泉君
「お疲れ様っす、先生」
「うん、お疲れ……今日もありがとね、イチカ」
「いやいや、当番として当然のことをしたまでっすよ」
金曜日、シャーレオフィスにて
先生が書類を束ねて1つに纏めると分厚い国語辞典4冊分の山が出来上がった
イチカは相変わらずの仕事量に引きつつもそれを毎日こなしている先生を労おうとデスクの方を見ると、先生が椅子から立ち上がって両手と背を伸ばしていた
「ん~~~~……っはあ!これで漸く休める……」
「……相変わらず無防備な」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も……」
先生の青暗いショートの髪がうなじを見え隠れさせ、背伸びと同時にワイシャツが持ち上げられて臍が露になる
イチカは無意識に喉を鳴らしてからボソッと呟くが、先生に問われた瞬間に即座に誤魔化した
「やっぱり相も変わらず仕事漬けだったんすか?」
「まあ、ね……」
シャーレとしての活動範囲を考えれば仕事量は学園1つ分どころでは済まない、そこらの大企業の社長も真っ青になる程の量を任されるだろう
それに加えて戦闘指揮や物資の補給なども行っているとなればその仕事量はもはや数えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる
「先生も損な役回りっすねぇ……こんなに沢山仕事を押し付けられて、しかも大きい事件から小さい事件まで全部巻き込まれて……」
「そう?私は別に思わないけど」
その発言に反応して目を細めるイチカだが、先生はそれに気付かず話し続ける
「だって多くの事件に巻き込まれるってことはそれだけ多くの生徒が私のことを頼ってくれてるんだよ?それって教師として幸せなことじゃないかな?」
「……でも、問題児達の我儘に巻き込まれる時もあるでしょう?」
「我儘は子供の特権だからね」
ははっ、と軽く笑いながら何でもない様に話す先生
イチカの纏う空気が少しずつ冷たいものに変わっている事にも気付かず、相変わらず無償の優しさを振り撒いている
「……そうやって誰彼構わず優しくしてると……勘違いしちゃった子にしつこく付き纏われちゃうっすよ?」
「勘違い?……何を?」
「…………自分に気があるんじゃないかって」
「あはは!まさかぁ……そんな子、どこにも居ないって────っ!?」
直後、先生の腕に痛みが走る
イチカの手が先生の腕を強めに掴み、そのまま身体を壁へと押し付ける
突然の生徒の奇行に先生は驚くが────その驚愕を上回る恐怖のせいで先生が声を上げることはなかった
イチカの目が薄く開かれている、ギラギラと、獲物を見つめるように
「どこにも居ない?……ここに居るじゃないっすか」
「イ、イチカ?腕が痛いから離してほしいなー……なんて……」
「前から何度も忠告してきたはずっすよ?無闇矢鱈に愛想を振り撒くなって」
「ど、どうしたの?顔が怖いよ?」
「必死に自分の中で線引きしてきたのにそれを越えさせるような発言をしたのは先生っすよね?……あたし、もう十分に我慢したと思わないっすか?」
「痛っ!?」
より強く腕を握り、顔を近づけるイチカ
先生はその手を振りほどこうとするも、外の世界の人間がキヴォトスの生徒に力比べで敵うはずもなく
「大丈夫っすよ、面倒な事は何も考えなくてもいい……というよりも考えられなくさせるっすから♡」
そのまま2人の口は────
────ちわー!三河屋でーす!磯野と野球しに来まし………あれ?お取り込み中?
「……チッ」
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────────
──────
〝当番の仕事も終わったんであたしはこれで失礼するっす〟
そう言ってシャーレのオフィスから去ろうと俺の横を通った仲正さんの瞳は冷たく俺を睨んでいた
おー怖い怖い……女の恨みは買いたくないねぇ
────……で?また襲われそうになってたんですか?先生
「しゅ、酒泉……今回も助かったよ……」
俺の目の前で項垂れている此方の女性はシャーレの先生、無自覚に女の子を堕としまくってるせいで同性でありながら結構な頻度で女子生徒に襲われそうになっているクソボケである、偶然立ち寄っただけなのにとんでもない光景を見せつけないでほしい
いやぁ、前世ではそういう展開はよく二次創作で見かけたけど……まさかこの目で直接目撃してしまう事になるとは
因みにそういったイラストには前世で普通にお世話(意味深)になってたけど、こうして実際にその現場の目撃者になってしまうと……その……ね、なんというかシャレになってない
「今日こそ大丈夫だと思ってたんだけどなぁ……皆何がトリガーで暴走するのか分からないよ、もう」
────どうせ先生がクソボケムーブかましたんでしょ?いつもみたいに
「そんな事した覚えないんだけどなー」
────自覚が無いのもクソボケの特徴ですからね
そう、先生は鈍感系主人公を超えたクソボケ系主人公だったのだ!
……つまり襲われてるのは自業自得ですね、諦めろ
────……まあ、クソボケじゃないんなら生徒に襲われやすいフェロモンでも出てるんじゃないですか?
「だとしたら酒泉に効果が無いのはおかしいよね」
────俺は推しに一途なんで効きませーん
「推し……ああ、ヒナね」
……てか、なんで男の俺が何ともなく接する事ができているのに同性の人達は欲望を抑えられないんだよ
「はぁ……もしかして本当にそんなフェロモンが出てるのかなぁ……」
────いや、冗談で言ったのにマジになられても……本当にそんなフェロモンが存在するなら今日だけじゃなくて一週間毎日襲われてるはずでしょ
「………………」
────……え?マジで?
冗談で言ったのに当たってしまったっぽい
────あの……今週の月曜日の当番は?
「ミヤコ……兎の発情期って凄いね」
────火曜日は?
「シロコ、狼の発情期って凄いね」
────水曜日
「カンナ、犬の発情期って凄いね」
────木曜日
「マリー、猫の発情期って凄いね」
どいつもこいつも発情してんじゃねえか、何が学園都市だよこれじゃ発情都市だよもう
エッチなことは死刑じゃないのか?そこら中にエッチな人達いるんですけど?キヴォトス版最凶死刑囚編でも始まったのか?
助けてジャッジマン、こいつら全員から性欲を没収してくれ
「因みに今日の朝はカズサに襲われそうになったよ、まさか〝誰かに襲われちゃうよ?〟って忠告してくれた本人に襲われるとは思わなかったよ」
もうやだこの街、さっさと滅び……るな
バッドエンドだけは駄目だ
「いやぁ……今日まで無事で居られたのが奇跡みたいだよ……酒泉の助けのお陰が大きいけど」
────……もういっそのこと生徒を全員無視すればいいのでは?
「それは私の心が痛むというか……」
襲われたのは自分だというのにお優しいこった、しかしそんな甘い対応をしているといつまで経っても事態は好転しない
もしキヴォトスの最強格達にまで狙われるようになったら本当にどうしようもなく……
「来週の当番はホシノかー……先週襲われたんだけど来週こそは無事に過ごせるといいな」
手遅れだった、この人はもう駄目だ
「対策とかないかな……酒泉は何か思い付かない?」
────え?なに?女性に告白された事のない俺に対する煽りですか?〝私は女だけど同じ女の子にこんなにもモテるんだぞ〟って?
「そういうつもりじゃないんだけどなぁ……」
────冗談っすよ冗談……まあ、対策と言っても俺の場合だと性的に襲われても大抵返り討ちにできますからね、格上相手とか信頼しきっている人相手とかじゃない限りは何とかなりますし
「うーん、強者の余裕」
こんな例を出したとしてもそもそも女の子に襲われる機会が俺には訪れないんだけどな!
……かといって無理矢理ヤられたいって願望もないけどな、きっと被害者本人にしか分からない恐怖とかあるんだろうなぁ
「んー……本当にどうしよう……」
────もう思い切って生徒達に〝貴女なんて大嫌い!〟って言えばいいんじゃないすか?
「そこまでするのは可哀想じゃん」
まーだ言ってんのかこの人は……他人を無理矢理襲うような輩はハッキリと拒絶してやらないと一生反省しないに決まって……
……いや、そんな事したら逆上した生徒に襲われる可能性も……さては詰みだな?
────……もうキヴォトスの外に逃げるしか方法はないんじゃないですか?
「大人としての責任が……」
────じゃあ教師を辞めて別の職につくとか
「先生としての責任が……」
────……極力会話を控えるとか
「生徒に話しかけられると無視できないんだよね……」
────じゃあもう無理っすね、諦めてください
「ごめんごめんごめん!私もちゃんと解決策考えるから見捨てないで!」
責任感が強すぎて自分から拒否できないとか本当に終わってる、メンタルつよつよ先生なのかよわよわ先生なのかハッキリしてくれ
……んー……他の解決策ねぇ……
────好きな人がいるから諦めてくれ……って言うのは?
「うーん……それで諦めてくれるかな?」
────じゃあ〝既に付き合ってる人がいるから〟ってのは?
「それなら……諦めて……くれ、る?」
────……た、多分?
互いに自信無さげに首を傾げる
……自分から提案しておいてなんだけど、やっぱりこの方法でも諦めてくれない気がする
「もし下手に偽装彼氏なんて作ろうものならその人が皆に狙われちゃうかもしれないし……あーあ、どこかにキヴォトス全体で数えても上位くらいの実力があって最低限の自衛ができて偽装彼氏役を買ってくれるような優しい人はいないかなー……できれば年下の」
────んな都合の良い人いる訳ないでしょ……
「………」
────……?なんすか?
「……いないかなー」
────だからいませんって
「…………むぅ」
先生は項垂れている状態から顔を上げると突如立ち上がって自身の頬を叩く
そして高らかに右手を上げて大きな声で叫んだ
「ああもう駄目だ!生徒には襲われるしクソボケは酒泉だし嫌なことばっか!こんなの飲まなきゃやってられないよ!」
────逆!逆ですかr……そもそもクソボケじゃねえよ!?
「お酒だお酒!今日はコンビニ寄っていっぱいお酒買っちゃうもんねー!」
まーたこの人は酒に逃げようと……って言いたいところだが、環境が環境だし色々と仕方ないのかもしれない
昔と比べて明らかに飲酒量も増えてるし結構ストレスヤバイのかも
────……まあ、俺に止める権利はありませんけど一応忠告を……飲み過ぎには注意してくださいよ?
「大丈夫大丈夫、いざとなったら酒泉が止めてくれるから」
────無理っすよ、家離れてるんで……
「ん?私、酒泉の家で飲むつもりだけど?」
────またかアンタ
てへっ☆と頭をコツンと叩いても誤魔化せんぞ、なんなら今のあざといムーブの写真を撮って先生LOVE勢の生徒達に送りつけてやろうか
……この場合、あざといムーブを直接見ることができた俺が殺されそうだな
「お願い~!材料は私が買うからまたおつまみ作ってよ~!」
────やだ、最近先生が酒持って俺の家に通いまくるせいで先生の好きな料理のスキルばっか上がるんだもん
「いいじゃん~!アヒージョ!オニオンリング!まるごと玉ねぎチーズ入り!」
────だぁーもうっ!分かりましたよ!作ります!全部作りますから纏わりつかないでください!
「やったー!」
仕事に追われ、生徒に襲われ、心身共に限界が来ていた先生を自宅に招待したことがあった
一緒に大好きな特撮のDVDを観たり一緒にゲームで遊んだり、後は……お酒に合う料理を調べてそれを作ってみたり
とにかく先生を癒したかった、その一心で自分なりにできるを精一杯やり続けた結果……先生は俺の料理と共に酒を飲むのが金曜夜の楽しみになってしまった
────……はぁ、先生は本当に酒が好きですね
「………」
そう呟くと先生の動きがピタリと止まり、数秒してからまた口を開いた
「……うん……先生、お酒好きだよ」
────でしょうね……
「うん、好き……好き……お酒好き……」
────何回も言う程ですか?
「……ねえ、酒泉」
────……はい?
「私、お酒大好き」
────いや、だから何回も言わなくても……
「えへ、えへへ……好き……しゅ……お酒好き、アルコールだーいすき」
……まだビールすら買ってないのにもう酔っ払ってるよこの人