「ミカさん、セイアさん……どうしてここに?」
「その……さっきゲヘナのアイツからナギちゃんが泣いてどっかいっちゃったって聞いて……」
「……その目元を見るに本当だったみたいだな」
泣き張らした目元、微かに震えている身体
桐藤ナギサが慕っていた男の言葉が本当であったと知るや否や、その事態を自ら引き起こしておきながら放置している男に対してミカは怒りを募らせる
「あー……その……ナギサ、君は何も気にする必要はない。君には一切の落ち度がないのだから」
「そーそー!ただ折川酒泉の見る目がなかったってだけだから!」
友人を気遣って言葉を選ぶセイア、相手側に非があると罵るミカ
互いに別々の方法で慰めようと言葉をかけるがナギサからの反応はない
「それにしてもこんな良い女を振るなんてあいつも馬鹿だよねー……私だったら絶対手放さないのに!」
「────っ」
自分の事のように怒るミカ、それは間違いなく幼馴染みを思っての行動だった
しかし最悪な事にこのたった一言がナギサの中に眠っていた感情を揺さぶり、つい先程壊されたばかりの自制心はそれを簡単に吐き出してしまった
「……た……くせに……」
「……ナギちゃん?」
「私のことをっ!裏切ったくせにっ!」
悲痛な叫びが周囲一帯に響き、元より人気がなくただでさえ静かだった公園が更に静まり返る
ナギサの声色はミカですら今まで聞いたことのないものだった
「私だったら絶対に手放さない!?ふざけないでください!」
「ナ、ナギ……ちゃん……?」
「私を切ろうとした貴女に今更そんな事を言われても心に響くとでも!?」
「ナギサ、落ち着いてくれ!確かに君の言うことは尤もだが、ミカは本当に君の事を心配して────」
「セイアさんだって同じですよ!私が押し潰されそうだった時は何もしてくれなかったのに!どうしてこんな時だけ……っ!」
「……っ、それは……」
差し伸べられた手を払い除け、二人から逃げるかのように一歩また一歩と後退していく
ナギサは理解している、二人が大した理由もなくあんな行動をした訳ではないと
ミカは自業自得とはいえアリウスに騙され引くに引けなくなってしまった、セイアはナギサに何も伝えず姿を消したが命を狙われていたという立場から表舞台に出る事ができなかった
そう、全て理解している……それでも〝それなら仕方ない〟と簡単に受け入れられるほど彼女は大人ではなかった
「私にはお二人からの慰めなんて必要ありません!私には酒泉さんが……ずっと私の味方をしてくれていたあの人さえいれば……!」
「……ナギサ、君は……」
桐藤ナギサが折川酒泉に入れ込んでいた理由に気づいたのか、セイアは言葉を詰まらせる
たった一人でトリニティを支えようとしていた彼女の傷口は近くにいた自分達でも気付けないほど静かに広がっていた
「そ、そうだよね?ナギちゃんにとっては虫の良い話にしか聞こえないもんね?……で、でも!今度こそナギちゃんを大切にするから────」
「何が〝今度こそ〟ですかっ!私が本当に殺されていたらその〝今度〟だってなかったんですよ!?」
「ち、違う!私、本当にナギちゃんを殺すつもりなんかなくて……!」
「ミカさんにはその気が無くともミカさんが頼ったアリウスは別でしょう!?彼女達が私のことを最初から殺すつもりだったら!?」
当初ミカはセイアを殺すつもりなどなかった、軽く懲らしめる程度の計画を殺害計画にまで拡大させたのはアリウスだ
そんな相手を再び頼ってしまったのはミカ本人、ナギサを捕らえようとアリウスを頼った時にまた同じ事が絶対に起こらないかと聞かれれば答えはNOだろう
それでも彼女は選んだ────アリウスの手を借りることを
「狡い!二人とも狡いです!狡い狡い狡い狡い狡い!私だって頑張ったのにっ!私だって甘えたかったのにっ!私だって泣き言を言いたかったのにっ!ミカさんとセイアさんばかり皆に救われて!皆に許されて!私だって貴女達みたいになりたかったのに!」
「……すまない」
「どうして私ばかりあんな思いをしなくちゃいけないんですか!?どうして私ばかり責められないといけないんですか!?」
「……そう、だよね。ナギちゃんはずっと一人だったもんね……」
責任ある立場に身を置いてからは表に出すことのなかった〝桐藤ナギサ〟の幼い部分が止め処なく溢れ出る
それは幼馴染みのミカですら一度も見たことのない〝桐藤ナギサ〟だった
「みんな私を置いていなくなって!私だって本当は逃げたかったのにっ!」
「…………」
「……もう嫌です!誰も私の味方をしてくれないトリニティなんて……酒泉さんのいないトリニティなんてだいきらいです!!!」
はぁはぁと息を切らし、両手を膝につくナギサ
ついに自身の統治する学園すら否定する言葉を吐き出した彼女は鈍く立ち上がりふらふらとその場を立ち去ろうとする
「……もう……放っておいてください」
「……どこに行くつもりだ?」
「酒泉さんのところです、私の居場所はもう……あそこしか……」
「……それが依存に似た感情だと自覚していてもかい?」
「……はい」
疑惑から確信へ、ここまでのナギサの様子を見ればミカもセイアもその感情の正体に気づいていた
その感情を生み出す切っ掛けを作ったのは────自分達
ならば彼女を救うのも自分達の手────否、そんな罪悪感からではない
「……ナギちゃん」
「……ナギサ」
幼馴染みだから、友達だから、仲間だから、大切だから
理由などそんな単純すぎる精神論だけで十分だった
「ごめんね、ナギちゃん」
「すまない、ナギサ」
「そんは安っぽい謝罪なんて、今更────」
「ナギちゃんってさ、昔から私に優しくしてくれてたよね」
「君は病弱な私に気を遣ってもいつも率先して仕事をこなしてくれていたね」
「……は?」
謝罪の言葉に続いて出てきた感謝の言葉、しかしナギサがそれに対して抱いたのは怒りの感情のみ
そんな言葉で機嫌を取れるとでも────そんな彼女の怒りを無視して二人は構わず喋り続ける
「私が先に悪いことして喧嘩した時も許してくれたよね」
「私がミカと喧嘩する度にそれを仲裁してくれていたね」
「なに、を……」
「そのせいで会議が全く進まなかった時も私達を責めなかったし」
「思えばトリニティを中心で支え続けてくれていたのはずっと君だったね」
「だから……何を……!」
「いつも助けてくれてありがとう」
「いつも支えてくれてありがとう」
「────っ、今更そんなご機嫌取りで……!」
「ナギちゃん」
冷静に、しかし力強い声で呼び掛けるミカ
その視線は真っ直ぐに〝桐藤ナギサ〟だけを射抜いていた
「ごめんね、ナギちゃん……私達ずっと言葉足らずだったよね」
「声に出さなければ伝わるはずもないのに、私達は話し合うことを放棄していた」
「その皺寄せがナギちゃんに向かうことも知らずに」
「君一人が苦しむことになるとも知らずに」
「これからは全部伝えるから」
「もう二度と君を一人にしないと約束する、だから……」
「お願い、私達のところに帰ってきて」
「頼む、もう一度だけ共に歩んでくれないか」
「……駄目、ですよ……もう……」
喧嘩していた少女達が謝り、仲直りしてハッピーエンド
そんな物語にように簡単に解決できたらどれ程良かったことか、ナギサの心は最早純粋に二人を許せるほど強くはなかった
「そのようなことを言われても……もう、お二人を信じてあげられないんですよ……!」
自分自身を責めるように自らの右手で自らの左腕に爪を立てるナギサ、彼女の泣き跡をなぞるように再び涙が流れる
「三人一緒になっても、また私に何も言わず消えてしまうんじゃないかって!また裏切られるんじゃないかって!」
「……当然の反応だよね、私はそれだけナギちゃんに酷い事をしたんだから」
信じられるのなら信じたい、また以前の様に三人でお茶菓子を囲みながらその日あった下らない事を話し合いたい
だが、ナギサの中の疑心はもうそれを素直に受け入れられない
「……でも、私はナギちゃんに許されたい」
「……え?」
「今までは〝許されなくて当然〟って思ってた、恨まれても……嫌われても当然だって。でも……私、やっぱりナギちゃんに許されたいっ!」
罪の意識から他者からの罰を大人しく受け入れていたミカ、それはナギサからの当たりに対しても同様だった
だが、それは所詮彼女の自己満足にすぎない。その行為によって救われるのは聖園ミカという罪人だけなのだから
ならば、どうすれば桐藤ナギサを救えるか────
「ナギちゃんがまた心の底から人を信じられるようになってもらう為に……私達が信じてもらえるように!ナギちゃんに許してもらいたい!」
「……っ」
「虫の良い話でも!都合が良いと言われても!私、またナギちゃんに好かれたい!ナギちゃんの事を諦めたくないよ!」
それはトリニティの裏切り者として恨みや怒りをぶつけられても〝仕方ない〟と耐え続けてきた少女が吐き出した唯一の我儘
個人的な感情を包み隠さず全てをさらけ出した目の前の幼馴染みに動揺したナギサは狼狽えながら目を伏せる
そんな彼女の背に、セイアの手が優しく当てられる
「……ナギサ、君の疑心が生まれた原因は私だ。姿を眩ますにしてもせめて君にだけは伝えるべきだったと今更になって後悔してるよ」
「……セイアさん」
「思えば私も君の事を疑って……というよりも君の事を信用できていなかったのかもしれない。どうせ私の言葉に耳を貸すこともなくミカの潔白を信じるのだろうと、最初から君に信じてもらうことを諦めて私は姿を消した」
「……」
「その間の責任を全てナギサに押し付けて私は安全なところで眠っていた……どころか未来を諦め、ひたすら傍観に徹していた」
何故もっと早く打ち明けなかったのか、何故ナギサを一人にしてしまったのか
未来を視ることに怯えている間に何か出来る事はなかったのか、どうしてもナギサ一人に全てを押し付けなければならなかったのか、自分が視た未来に怯えず積極的に行動していればナギサは苦しまなかったのではないか
それらの後悔が彼女の心を支配したのは折川酒泉という少年に桐藤ナギサが自身の全てを預けた姿を見た時だった
「ナギサ、君がトリニティを支えてくれていたように今度は私達に君を支えさせてくれないか?」
「……でも、また……」
「いいや、もう消えるつもりはない。むしろ君が辛くなったらいつでも仕事を私達に押し付けてくれて構わない、それだけ君は頑張ってくれたからね」
「……いいんですか?」
「ああ、君が非難されるのなら私達が非難されよう。君が石を投げつけられるのなら私達がそれを代わりに受けよう」
姫を支える騎士のよう片肘をつき、ナギサの手を両手で包むセイア
ミカも自身の両手をその上に重ねる
「お願い、私達ナギちゃんと一緒に居たいの」
「君が望むのならもう誰かの為に頑張らなくていい、だから────」
「────やっぱり……狡いですよ……」
二人の言葉を遮り、ぽつりと言葉を溢すナギサ
両肩が酒泉にフラれた時のように震える、その時と違う点があるとすれば────酒泉とは違い、ミカもセイアもナギサを突き放さなかったことか
「そんな事を言われたら……許したくなってしまうでしょう……!?」
「ごめん」
「せっかくお二人の事をキッパリ切り捨てようとしたのに!トリニティを信じるのを諦めようとしてたのに!」
「すまない」
「そんなに愛されていたなんて知ってしまったらっ!また三人に戻りたくなっちゃうじゃないですかっ!?」
ぽたぽたと地面に落ちる涙、ミカとセイアは打ち合わせることもなく同時にナギサを抱き締める
二人の体温はナギサを────折川酒泉に捨てられ、冷めきったナギサの身体を瞬く間に暖めていった
「……本当に、もう裏切りませんか?」
「うん、何があってもずっとナギちゃんの味方だよ」
「……二度と、私に黙っていなくなりませんか?」
「ああ、必ず君と共に行動しよう」
「……仕事が嫌になったらセイアさんに投げますからね」
「……勿論、喜んで任されよう」
「……ミカさんが気に入らないことを口走ったらすぐにロールケーキぶっ込みますからね」
「うっ……そ、それはお手柔らかに……でも、ちょっとだけ嬉しいかな?またナギちゃんのロールケーキを食べられるなんてさ」
「……ぅ……ぅあ……っ……!」
夕暮れの静かな公園、泣き声は響かない
何故なら泣きじゃくる少女を守るように二人の少女が身体を覆っているから
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「ねーねー、このまま帰る前にさ……どっかで美味しいもの食べてかない?私、この辺りにイタリアンレストランあるの知ってるんだー」
「そう、だな。偶にはそれも悪くないな」
「じゃあセイアちゃんは賛成ってことで!ナギちゃんは?」
「私は……はい、私も賛成です」
「じゃあ決まりー☆…………ねえ、ナギちゃん」
「……なんですか?」
「だーいすき!」
「は、はい!?またですか!?」
「やれやれ……これで八回目だぞ?あと何回告白するつもりなんだい?」
「でもさー、今回の騒動って私が言葉足らずだったせいで起きた騒動でしょ?だからもう二度とそれが起きないように全部素直に伝えるようにしよっかなーって!」
「なるほど?君にしては珍しく一理あるな……よし、私も見習うとしよう……ナギサ、私も君が好きだ」
「セイアさんまで!?」
「ナギちゃん好きー!」
「大好きだぞ」
「わ、わかりました!お二人の気持ちは十分に伝わりましたからぁ!?」
「おや、照れているのかい?」
「ナギちゃん顔真っ赤ー!」
────……見守る必要もなかったな