「本日はお忙しい中お時間を頂き、ありがとうございます」
嘗て桐藤ナギサが折川酒泉を招待した茶会の場、酒泉はそこに再び足を踏み入れていた
その時とは違って周囲にはミカもセイアも居なかったが、テーブルの上に置いてあるスイーツだけは同じだった
「先ずは、あれほど迷惑をお掛けしておきながら連絡すら取ろうとしなかった事の謝罪を……」
────いや、その必要はないですよ。あれは俺から突き放したんですから
「……ですが、その行為も私の目を覚まさせる為だったんですよね?」
最後に会ったのは数ヶ月前、その間の月日の流れは酒泉が心の傷を癒したのと同様にナギサが冷静に己の感情を整理するのに十分な時間だった
折川酒泉は彼女の為に厳しい態度を取った、その答えは早い段階でナギサの心に浮かんできた
「本来なら感謝するべきところだったというのに、私はあの時自分の感情を優先して逃げ出すことしかできず……」
────……それは仕方ないでしょう、あんなこと急に言われて傷付かない訳がないんですから
「……だとしても、酒泉さんが非情に徹してまで私の心と向き合ってくれていたのに私自身が逃げ出してもいい理由にはなりませんから」
あの時のナギサの心は幼子の様に酷く消耗しており、少し揺さぶられただけだすぐにでも崩れてしまいそうなほど脆い物だった
だが、今のナギサは違う。仲間達とは和解したし考える時間だって幾らでもあった
深く息を吐いてから、酒泉の目を真っ直ぐ見つめる
「酒泉さん、私の答えをお伝えします」
────……はい
「あの時の酒泉さんの考えは正しかったです、私は────酒泉さんに恋愛感情なんて抱いていませんでした」
ただの依存心、それがナギサの答え
信用できない身内より無償で自分を救ってくれた他人を選び、あらゆる手段を使って自分の依存先として仕立て上げようとした
そのような自分自身の醜い一面も、ナギサは全てが明らかとなった後では不思議とあっさり受け止めることができた
「……酒泉さんの優しさを利用しようとした事を、心よりお詫び申し上げます」
────……それを言うなら俺だって中途半端に親身になるくらいなら最初から関わるべきではなかったですし……此方こそ事態を混乱させるような真似をしてすいませんでした
「……謝らないでください、少なくともあの時の私は……そのお陰で救われていたのですから」
例え歪んだ感情だったとしてもあの時点でのナギサにとって酒泉の存在は誰よりも心の支えになっていた
更にはその歪んだ感情が後戻りできなくなる前に更生させようとしてくれたのだ、感謝こそすれど恨む理由はない
「と……ところで!そちらの近況の方はいかがですか?最近はミレニアムの方で起きた事件に巻き込まれたと耳にしましたが……」
意図せず空気を重くしてしまったか、そう思ったナギサは咄嗟に話題を変えて場の空気を軽くしようとする
ただ感謝の気持ちを伝えたかっただけのナギサにとって今の空気は望まぬものだった
────えっと……まあ、ボチボチですかね?いつも通り問題児を捕まえたり、最近友達になったミレニアムの生徒と遊んだり……てか、よく俺が事件に巻き込まれたって知ってますね?
「学園の長たる者、常に他校の動向にも気を配らないといけませんから…………その、大丈夫でした?」
────まあ、軽症でしたし
「……入院したともお聞きしましたが?」
────……軽症です
頑なに強がる酒泉を見て苦笑するナギサ
相変わらず他校の事件に首を突っ込んでしまうのは彼の性格からか……ミレニアムの件は巻き込まれた側と言えなくもないが
「あまり他校の問題ばかり気に掛けてはいけませんよ?少しはご自愛しないと風紀委員会の皆様も心配するでしょうし、それに……私のような面倒な女性に絡まれてしまいますからね?」
────おおう……自虐ネタ……結構吹っ切れました?
「ふふっ……お陰様で」
様々なトラウマから起きてしまったあの事件を自虐ネタに昇華できる程度には心が回復したのかと安堵する酒泉
とはいえ、酒泉に自愛してほしいという点はネタでも何でもなくナギサの本心なのだが
(……まあ、今更私が忠告したところで……寂しいですがそれはもう私の役目ではありませんし)
今の自分達はただの他人、あの日以降会っていないので友人ですらない
彼を気に掛けるのも彼を支えるのも全て風紀委員会の役目────
(……ん?私はなぜ〝寂しい〟と────)
────そういう桐藤さんの方の近況はどうなんですか?あの二人との関係とか……
「あ、えっと……はい、関係は良好です。特に大きな変化がある訳ではないのですが、あの一件以降二人とも何かと私に相談してくる機会が増えまして……」
────そりゃよかった、やっぱ話し合いって大事ですからね……当たり前の事ですけど
「ええ……ですがその当たり前がどれほど大変なのか、今回の事件で身を持って知りましたよ」
良くも悪くも今回の件はティーパーティーの絆をより強固な物へと変えていった
ミカとセイアは相変わらずよく口喧嘩をしているが、それはそれでいつものティーパーティーらしくもある……それでももうちょっと仲良くしてほしいとナギサは思っているが
────まあ、俺だって空崎さんにも先生にも隠し事してたし話し合いどうこう言える立場じゃ……っと?
「……電話ですか?」
────はい、風紀委員会から……すんません、ちょっと出てもいいっすか?
「ええ、お構い無く」
────ありがとうございます……もしもし?どうしたんですか?
酒泉の言葉を遮って鳴り響く着信音、それはナギサの端末からではなく酒泉のポケットの中から鳴っていた
軽く頭を下げるジェスチャーをしながら通話ボタンを押す酒泉、その表情は通話を続けるに連れ真顔から面倒そうな表情に変化していった
〝場所は〟〝敵の数は〟〝すぐに向かいます〟という言葉から恐らく緊急の連絡であろう事が伺える
────じゃあそっちに……あ、そっちは空崎さんが向かってる?なら俺は反対側に行きますね……んじゃ失礼します
話し終えた酒泉は通話を切り、スマホをポケットにしまったかと思えば申し訳なさそうにナギサを見つめた
────あー……その……桐藤さん、非常に申し訳ないんだけどさ……
「……緊急の用件ですね?大丈夫ですよ、もう本題はとっくに話し終えてますから」
ナギサが酒泉をこの場に呼んだのは直接礼と謝罪を伝える為、その目的は会話の始めの方でとっくに達成されている
ならば酒泉の行動を止める理由はない、遊ぶ約束をしていた訳じゃなければ〝今は〟そんな間柄でもないのだから
(本当はもっと一緒に居たかったのですが────)
「────はい?」
────……はい?
「あ、いえ……なんでも」
それはちょっとした疑問、自分の感情への違和感
(……なぜ私は〝もっと一緒に居たかった〟などと?)
それはとうの昔に消え去った感情
ナギサが酒泉を必要としていたのは依存していたから、だからファーストキスを捧げてまで……どんな過激な手段を使ってでも酒泉を手に入れようとしていた
しかしそれを自覚して自分の心にケジメを付けてからはナギサは一度もそんな感情を抱いたことはなかったし、何より近くで支えてくれる親友と幼馴染みのお陰で依存先など必要なくなっていた
(それなのに何故?……それに、先程も〝寂しい〟だなんて思ってしまって)
今の自分は十分に愛情で満たされている、トリニティへの不平不満だって一度吐き出したことによって大分マシになったはずだ
つまり、先程ナギサが自分で定義した〝他人〟を必要とするはずがない。だというのにその〝他人〟に対して〝もっと一緒に居たかった〟なんて
(これではまるで……依存心ではなく本当に心の底から私が酒泉さんのことを────)
────んじゃ、そろそろ行きますね。ロールケーキご馳走様でした……近い内にこっちから手土産持って伺いますね
「……え?あ……ありがとうございます……」
思考を切り替え、客人を送る為にナギサも席を立って途中までついていこうとする
しかし酒泉の方は席を立っておきながら一歩も進もうとはせず、ナギサはその事に困惑する
「……?あの……どうかされましたか?」
────いや、どうかされたも何も……
「え?」
────その……この手はなんですか?
視線を下ろせば酒泉の右手が何者かの左手で繋がれていた……〝何者かの〟と言ってもこの部屋には二人しかいないのだが
この部屋に居るのは酒泉とナギサだけ、つまり酒泉の手を握っているのは必然的に……
「……え!?」
いつの間に勝手に動いていた自分の身体に驚くナギサ、それが無意識下での行動だったのは誰の目から見ても明らかだった
ナギサは視線をきょろきょろと右往左往させながら弁解の言葉を考える……その間にも自分の手が一ミリも酒泉から離れようとしていない事にも気付かず
────……えっと……よくわかりませんけど用が無いならもう行ってもいいですか……?
「あ!?え、えーっと……その……その……!」
(一言でもいいから何かしら言わなくては……さようなら?またいずれ?いえ、お気をつけて?こういう時に相応しい言葉は────)
「好きですっ」
────……ん?
「……はい?」
場の空気が一瞬で固まる
「……あの、今何か言いました?」
────いや、それはこっちの台詞なんすけど……
「……私?今の言葉、私の言葉でした?」
────はい、どう聞いても
「……その……私、なんと仰ってました?」
────えっと……〝すきです〟って……
「すき……ですか……ふふ、うふふ……」
「そう!!!隙です!!!」
ナギサは突如大声で叫び、自身の指を酒泉へ突きつけた
突然の出来事に酒泉はただ口を開けてぽかーんと佇むのみ
「隙だらけですよ!相手が私だからと油断してもいいと思いましたか!?甘い!甘いですよ!」
────は、はぁ……そっすね……?
「キヴォトス仮面様ともあろう者がこんな簡単に隙を見せてどうするのですか!これからも様々な事件に首を突っ込むつもりなら常に周囲を警戒しておく程度の危機感は必要ですよ!?」
そんなキャラだっけ、困惑しながらも何とかその言葉を飲み込んだ酒泉は素直に頷いた
するとナギサは何故か満足気に笑みを浮かべながら再び酒泉に指を突きつける
「さあ!今日はもう帰りなさい、折川酒泉!次に会う時はこのような醜態を晒さないように!」
────は、はは……気を付けますね……
苦笑しながらその場を立ち去る酒泉、若干引いているように見えたのは気のせいだろうか
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酒泉が出ていくとその場にナギサだけがぽつんと取り残され、辺りを静寂が包んだ
テーブルの上には綺麗に完食されたロールケーキ、本来なら喜ぶべきであろう事なのだが今のナギサにそんな余裕はなかった
そっと指が自身の口元に向かい、半開きになっている口を押さえるように指が当てられる
椅子に座ることなく、皿の片付けもせず、ただ立ち尽くす
彼女の脳内では今、先程の言葉が何度も再生され続けている
「──でさー──してて」
「それは──君だって──」
そうしてぼーっと立ち続けて何分経ったか、ナギサの耳に僅かな足音と聞き慣れた声達が響いてくる
ガチャ、と扉が開かれるとそこから金髪の少女とピンク髪の少女が足を踏み入れてきた
「ナギちゃーん!草むしり終わったから遊びにきたよー!あ、これお土産のアップルパイね!」
「私の方も仕事が一段落したからついでに…………ナギサ?」
無言のまま二人の方を向くナギサ、その動きは何故かロボットのようにカクカクしていたそうな
そんな彼女の様子を見て何かしら事件が発生したのかと心配したミカが声を掛ける
「ナ、ナギちゃん?どうしたの?壊れたロボットみたいになってるよ?」
「…………ミカさん、セイアさん、大事件です」
「……事件だと?一体何が起きたと言うんだ?」
「……まさか、またエデン条約関連で────」
「わ……わわわわわわたしっ!酒泉さんのことを普通に好きになってしまったかもしれません!!!」
「「…………はぁあ!?」」
その表情は依存していた時のような平然としていた表情ではなく、年頃の少女らしく恋する乙女みたいに緊張で赤く染まっていたとか
以下乗せられなかったオマケ、ナギちゃんの恋愛ワンカットシーン集
最終編前会議にて
ナギサ「……初めまして、私は桐藤ナギサと申します。酒泉さんには日頃から〝お世話に〟なっております」
リオ「初めまして、酒泉の〝理解者〟の調月リオよ……よろしく」
ナギサ「…………」
リオ「…………」
ヒナ「……酒泉?どうして理解者面が増えているのかしら」
酒泉「さ、さぁ……?」
トキ「尻VS胸ですか……一体どちらが酒泉さんの癖に突き刺さるのやら」
酒泉「んなことよりさっさと止めてきてくれアンタの上司だろ」
持たざるもの空崎ヒナ「……」ペタペタペターン
ムネナシホシノ「ヒナちゃん……その気持ち、おじさんにはよーくわかるよぉ……」
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酒泉「あ、朝からステーキっすか……」
ナギサ「も、申し訳ございません……少々気合いを入れすぎてしまいまして……」
ミカ「なに?ナギちゃんの料理に文句でもあるの?」
セイア「ナギサの手料理を食べられるなんて幸せだろう?」
酒泉「も、もちろん嬉しいっすよ?でも────おい待てや事前に連絡のあった桐藤さんはともかくなんでアンタらまで朝っぱらから俺んちにいんだよ」
ミカ「ナギちゃんに相応しいか見定める為だけど?」
セイア「またナギサを泣かさないか監視する為だが?」
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酒泉「……」
ナギサ「……」
ハナコ「……」
コハル「……」
アズサ「?どうして皆喋らないの?」
ヒフミ「あ、あはは……」
酒泉(桐藤さんと海に遊びにきただけなのにまさかこんな出会いがあるなんて……気まずい……気まずすぎるぞ……!)
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ナギサ「その……ど、どうでしょうか……?」
酒泉(桐藤さんの白ビキニ……だと……!?)
ナギサ「……しゅ、酒泉さん。ちょっとお耳をお借りしても……?」
酒泉「うぇ?な、なんですか……?」
ナギサ「その……じ、実は今着ているのよりもっと小さい水着も持ってきているのですが……」
酒泉(マイクロビキニ……だと……!?)
ナギサ「……///」
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突然の豪雨のせいで近くのホテルに避難し、並んでベッドに座っている二人
ナギサ「あ、あの……シャワー……浴びてきました……」
酒泉「そ、そうですか……」
ナギサ「……」
酒泉「……」
ナギサ「……」スッ
酒泉「……っ」
酒泉(指が……小指が触れている……!これは偶然か!?多分偶然だよな!?)
ナギサ「……」キュッ
酒泉(っ!?重ねられた!?ハッキリと手を重ねられたぞ!?これは偶然なんかじゃない……!)
ナギサ「……」ギュー
酒泉(指が……指が絡まれっ……!)
ナギサ「……」チラッチラッ
酒泉(寂しそうに、そして頬を赤らめながら顔色を窺われている…………これは、これは────)
ナギサ「……♡///」
酒泉(間違いない────さ そ わ れ て い る !)
このあとめちゃくちゃ頑張って耐えた
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ヒナ「……もしもし?酒泉?先ずは……明けましておめでとう、今年もよろしくね」
酒泉『はい!此方こそよろしくお願いします!』
ヒナ「……それで、早速本題なんだけど……もし良かったら私と初詣────」
ナギサ『酒泉さーん、お雑煮できましたよー』
酒泉『あ、はーい』
ヒナ「……は?」
酒泉『えっと……それで?何ですか?……空崎さん?もしもーし、空崎さーん?』
ヒナ「……酒泉、今誰か家にいるの?」
酒泉『ああ、居ますよ。昨日の夜から桐藤さんが────』
ナギサ『酒泉さん、朝食前からそんなにみかん食べてるとお腹いっぱいになっちゃいますよ?』
酒泉『いやーなんか近くに置いてあったからつい……桐藤さんも食べます?』
ナギサ『え!?で、ではお言葉に甘えて……あーん────』
酒泉『はい、あーん(俺が食べさせるのか……)』
ヒナ「…………」
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ヒナ「一死以てNTRを誅す、それこそが風紀委員会の意気と知りなさい」
ヒナ「────破道の九十六、一刀火葬」
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イオリ「こ、こうなったら無理矢理にでも酒泉を奪い返すしか……!」
チナツ「いけませんイオリ!それでは自らヒロイン力での敗北を認めたも同然ですよ!」
イオリ「強硬手段に出るなって言うの!?それじゃあ私達はあんなヒロイン力の高い奴と────」
イオリ「────どうやって戦えばいいんだ!!」
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ナギサ「……酒泉さん」コンコン
酒泉「……」ビクッ
ナギサ「酒泉さーん」コンコン
酒泉「……」ビクビク
ナギサ「あら?どうして出て来てくれないのでしょうか?私、別に怒ってませんよ?」
酒泉「……」
ナギサ「ええ……〝ナグサ〟と名前を間違えられても怒ったりなんてしませんよ」
酒泉「……」
ナギサ「……そういえば最近、百鬼夜行の方でお友達が増えたそうですね?」
酒泉「……」ガクブルガクブルガクブル
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ぶちギレアコ「はああああああああ!?私は貴女よりずっと前から酒泉の事が好きでしたけどなにかぁ!?」
酒泉「!?」
ナギサ「!?」
ヒナ「!?」
イオリ「!?」
チナツ「!?」
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ナギサ「酒泉さんのばかぁ!私とは同棲してくれなかったのに!私とはそこまでしてくれなかったのにい!」
クロコ「ん、選ばれたのは私」ドヤァ
酒泉「いや違うんすよ……これには海よりも深い事情がありまして……!」
クロコ「酒泉は尻よりも胸の方が好きだということが証明された」ドヤァ
酒泉「頼むから黙っててくれ!」